サン=サーラ...   作:ドラケン

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学園祭 第三幕

 耳を聾さんばかりの轟音と共に、廊下に残った二機の抗体兵器と十八機のノル=マーターの放つ弾が学園祭の名残……設営された出店や出し物等の目に映る全てを暴風雨の如く、廊下や壁、天井も含めた至る所を粉砕蹂躙していく。

 イャガの襲撃により、物部学園のお祭り騒ぎは阿鼻叫喚と化した。

 

 テレポートした赤の腕部や脚部の発振レンズから放たれた追尾光線『ホーミングレーザー』と至近で高圧水の霰弾を放つ青の『フロストスキャッター』を、物質化させたダークフォトンの結界『絶対防御』で防いだ。

 その結界を砕くべく、尖った水晶を秒間千発の高速度で連射する緑の『デュアルマシンガン』と天井を貫いて撃ち上げられた白の閃光弾『ジャスティスレイ』が、痛みに辛うじて展開できていた結界を少しずつ削り取っていく。

 

「ッ……チィ!」

 

 そこに抗体兵器の『空ヲ屠ル』を撃ち込まれ、穴だらけとなった結界の維持を放棄してステップや宙返り等、機動力を駆使した回避を行うが……直ぐに胸部を刔るような痛みで脚が止まった。

 その絶好の好機を見逃す程、機械兵器は無能ではない。大きく腕を振りかぶった黒が――その前腕を、まるでロケットパンチのように撃ち出した。

 

「――ゴフっ!?」

 

 命中と同時に時空震を発生させる剛拳『アゴニーオブブリード』が強かに胸を打ち付け、壊れかけの内臓を全部引きずり出したくなる程ご機嫌にシェイクする。

 

――……クソッタレ、ミニオンとかノル=マーターにまでガチで負けかねないエターナルとかね。

 神剣宇宙広しと言えども俺くらいのモンだろ、不甲斐無くて泣けてきやがる……!

 

 拳と時空震によるダメージ自体は『威霊の錬成具』によって大した事はないが、内側から訪れる激痛に気が触れそうになった。

 機動による回避は、自身の状態と敵の数の多さから不可能だ。攻撃を受け止める以外に方法はない。しかし、護っているだけでは勝負には勝てない。負けないとしても、勝てもしないのだ。

 

――一つだけ、方法がある。『サンサーラ』なら……

 

 思い返すのは、海の中で耳に響く鯨のように美しい歌声。絶える事の無い生命の賛美歌、過去に一度しか使った事の無い、魔法すらも越えた"輪廻律"。

 彼岸の彼方へと消えていった生命に『再生』ではなく、同一の存在のままに『再誕』を赦す祝福を。

 

 精神を集中して、襲い来る攻撃に正対するベクトル……『内から外』のみの一方通行で汐力を掛けて、失速・停止させる事で防御とする護り『サージングオーラ』を展開する。

 八機のノル=マーターの攻撃は見えない壁に減り込んだように次第に速度を落として、空中で停止した。

 

――どんなに御大層な理由が有ろうが、自分から死んだ奴自身は未来永劫に救われない。"死者に奇跡は起こせない"よな。奇跡を起こすのは、いつだって……"現在を生きる意志"だけだ!

 

 霞みが掛かる精神に喝を入れて、眼前の軍勢を睨み据える。更なる汐力に、最後の学園祭を文字通り『ぶち壊し』にしてくれた相手に向けて――己らの銃弾が反転して撃ち返された。

 前衛の機は己らの攻撃により撃ち抜かれて四散。だが、後衛の機は各々のディフェンススキルでそれを防ぐ――。

 

「行くぜ――【烏有(うゆう)】!」

 

 その絶好の好機を逃す程、アキは無能ではない。右手に番えたアパッチ・デリンジャー【烏有】を――己の米神に当てる。

 その暗殺銃に、漆黒の翳りがまとわり付く。アイオネアの影である、『幻影死霊(ドッペルゲンガー)』が……アイオネアとは左右が逆の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)を開いた。

 

「模倣しろ――モード『幽冥(ジ・アザー・ワールド)』」

 

 その魔眼の特性は、『模倣』と『改竄』。担い手の知る永遠神剣の性能と形を好きなように得る神銃。

 そして今、その薬室(チャンバー)に装填された赤いプラズマを内包した薄墨の硝子球。赤と黒のマルチカラーによるそれは――高純度の赤と黒のマナとしてアキの脳内に弾け、『レゾナンスレイジ』と『プライマルレイジ』の複合技『アウトレイジ』として、彼を気が触れる寸前の憤怒と狂気に誘う。

 

――イケる。ああ、お望み通り……屑鉄すら残さずに輪廻の環から弾き出してやるぜ有象無象――――!

 

 植え付けられた激情に逆らわず、『生誕の起火(ニトロ)』を流す。刹那の時間すら飛び越え、指揮していた抗体兵器を【是我】の横薙ぎの『空間断絶』で撫で斬りにし、そのまま縦に降り下ろしてノル・マーターを()し斬る。

 

 しかし、まだ十機。それらはやはり破壊された機体に構わず、一斉に砲を放つ――よりも早く、速くアキは廊下と言わず壁や天井を縦横無尽に駆け巡った。

 それにより撒かれた弾幕に、ズタズタに砕かれた廊下。アキはそこに着地し、一度血液混じりの唾を吐いた後でゆっくりと立ち上がりながら煙草を銜える。そして、左手のオイルタンクライターで火を灯す。

 

 無論、その輪廻龍の刺繍がなされた外套を羽織る背中には、十機分の照準が向けられ――

 

「――ヘリオトロープ!」

 

 【烏有】のクイックドローで放たれた、核融合の焦熱により魂すら焼き尽くす煉獄の葬送華。狙った機体どころかその周囲の二機ほどを巻き込んで瞬時に気体へと昇華させた。

 だが、幾ら目の前で同型機(なかま)が消滅しようとも機械の兵器に恐れなどはない。直ぐ様、密集陣形は不利と判断したか、散開……しようとした事で、鋼糸に囚われて身動きが取れなくなっている事に漸く気付く。オイルタンクライターの底部から伸びた【是我】の物と同じ、飛び回る間に蜘蛛の巣の如く張り巡らせていたエーテルの糸に絡め取られている事に。

 

「俺の力、甘く見たな――挑んだ事を後悔しろ」

 

 ハイペリオンのオーラと『限界突破』により爆発的に上昇した戦闘能力。それを最大限に活かし、自らの起源を引き出したオーラフォトン『神々の怒り』を【是我】より放つ。

 地を埋める滄茫の魔法陣と天より降り注ぐ蒼茫の光の矢が一片の情け容赦なく氷の鎧『フローズンアーマー』や炎の法衣『ファイアクローク』、風の壁『デボテッドブロック』、光楯『オーラフォトンバリア』、闇の帳『トリーズンブロック』を易々と貫き、脆弱なディフェンススキルごと悉く残骸に変える。

 

「ふふ、凄いアグレッシブさね。『神銃士(ドラグーン)』とはよく言ったものだわ、貴方まるで本当の『龍』みたい」

 

 廊下を蹂躙した雑兵の二個中隊は壊滅した。だが、しなやかな指先で虚空に描かれた淡く白い魔法陣『精霊光の聖衣』にて守護された敵の本丸はまだ……傷一ツ負ってはいない。

 

――今の状態で剣戟は分が悪い。距離を保って戦いたいところだが……空間跳躍する奴の前には、距離なんて在って無いようなモノ。

 ならば、隙を見せずに一気呵成に攻め抜くまで!

 

 その距離を維持したままで再装填した【是我】の薬室。落とした撃鉄が『生誕の起火』を薬莢の内へと導く。

 それを受けたエーテルが炸裂してオーラフォトンへ変わり、螺旋の軌道を描く蒼茫の輝煌……『割込不可(アンチインタラプト)』の聖なる光『オーラフォトンクェーサー』として、理想幹でも使った、さながら戦艦の如き重兵装を覗かせる透徹城内からの支援砲撃……さながら龍の咆哮を思わせる『ドラゴンズロアー』を加えた上で撃ち出す。

 

「大盤振る舞いね。じゃあ、遠慮なく――いただきます」

「――チッ!」

 

 だが、宇宙起源の光と龍の咆哮は振るわれた【赦し】の割いた空間にぽっかりと空いた肉質の胃界……イャガの胎内に繋がる"口"に呑み込まれて消滅した。

 更にもう一振り、再び開いた胃界の中より自らの放った砲撃が降り注ぐ――!

 

――クソッタレ、読み誤った! あの女は言ってたじゃねぇか、『食う能力』じゃなくて『腹の中に繋げる能力』だって!

 

 辛うじて間に合った『ダークフォトンコラプサー』に捕らえる事で無力化する。しかし、それにより次の一手が遅れた。

 イャガは短刀を祈るように握り……刀身の輝きと共に、足元に金色の魔法陣を展開する。

 

「痛みも、不安も……全て私が引き受けるわ。その為に、私は此処に居るの」

「――がアッ!?!」

 

 その刹那に、左前腕と右肩、左腿に走った烈しい『痛み』。赤い光が肉を刔り、骨を軋ませる苦痛に堪らず膝を突く。

 

「……悩まなくていいの、私に身を委ねて。そして……消えなさい」

「ッ――!?!」

 

 それと同時に空間跳躍で目の前に現れたイャガが、クロークを翻しながら……技巧も何も無く無造作に【赦し】を振り下ろす。

 斬り裂く相手のあらゆる罪を赦す、『(みそぎ)』の一撃を。

 

「――ふざけんじゃねェ、クソッタレがァァァッ!」

「――っ!?!」

 

 それに、クロスカウンターの如く対応した剣戟。立ち上がりつつ迫り来る【赦し】の刃をスレスレで躱わして、【烏有】を【是我】と同じ長剣小銃……ただし、ライフルが『モスバーグ464 SPX』の形に『改竄』し、【夜燭】を『模倣』する。更に【是我】と【烏有】の銃床部同士を組み合わせて、『双刃剣銃(ダブルセイバー)』とした。

 そして最下段から刷り上げ、ヘリコプターのプロペラのように巻き込む竜巻の如き剣閃『ワールウィンド』が蒼い残光をたなびかせて、対応出来なかったイャガの左脇腹から右腋下までを逆袈裟斬りにした。

 

――手応えは十全に有った。その所為で、こっちも傷が開いて死にそうな程の苦痛を味わったが。

 

 駆け抜けて、隙を見せないように正眼に構えつつ反転する。イャガは斬り裂かれたて血を流す胸部を押さえて――

 

「ふふ……やっぱり期待した通りね。待った甲斐が有ったわ、こんなに美味(つよ)くなったなんて……もっと見せて、最後まで」

「……イカレてるぜ、アンタ……」

 

 激痛を生み出す筈の傷痕……魂自体に刻まれた『空』起源の、簡単には癒えない刀創を愛しそうに撫でた上で……にこりと。

 総毛立つ程に美しく、美しい故に心底から悍ましく感じる。全ての『苦難を受け入れるもの』は狂気すら肯定した女神の如く、美しい笑顔を見せた。

 

「……でも、つまらなくなったわ。美味しく熟した代わりに、小さく纏まってしまったもの。気取った小鉢に盛りつけられてちまちまと小出しにしてる今の貴方よりも、食材も調味料も丸ごと大鉢に叩き込んだような野生味溢れてた貴方の方が好みだったわ」

「何を訳の解らねぇ事をッ……!」

 

 吐き捨てつつリロードする。だが、彼女を射撃で倒せない事は先程放ったクェーサーやロアーが呑み込まれた事で承知している。

 

――剣戟しかねぇってか、クソッタレ……どうしてこう、俺って奴はにっちもさっちもいかないのかねぇ……

 

 腐りそうになる意識を奮い立たせ、二つの刃にそれぞれオーラフォトンとダークフォトンを纏わせる。

 隙を見せた瞬間に斬り返すべく、『後の先』に意識を集中する――

 

「悲しみも苦しみも、もう味わわなくていいの。だから……」

「な――」

 

 その刹那、掲げられた【赦し】が空に融けて『消えた』。余りにも意外なその行動に、不覚にも思考が停止してしまった。

 

「――お休みなさい」

 

 マナを奪われた事で飢餓状態に陥り、上空から数十倍にも膨れ上がりながら空間と天井を突き破り墜ちて来る槌と化した【赦し】……その刃で貫いた相手のあらゆる罪を赦す『(はらい)』の一撃に対しても――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「うぉぉぉぉっ!」

 

 銀光二閃、【黎明】を振り払った望の前に抗体兵器が崩れ落ちる。他の神剣士達も体育館を護るようにそれぞれ交戦しており、尽きる事の無い敵を辛うじて押し止めていた。

 

 学生達は何とか皆体育館への避難に成功。だが、その学生達を護る為の神剣士が有するマナこそが敵の襲撃目標なのだ。

 守ろうとすればする程に敵が集中してしまう、その悪循環。しかも、幾ら打ち倒しても一向に敵数が減らない。それもその筈だ、先程天空のに開いた穴……中から巨大な剣が校舎に向けて墜ちて行った穴から、ぞろぞろと抗体兵器が湧き出てきている。

 

「――ノゾム、来るぞっ!」

「くっ……」

 

 レーメの声に気を取り直して見てみれば、更に五体が現れる。幾ら何でも無勢が過ぎる、ナルカナでさえ舌打ちしながら歩みを止めるだけで精一杯だ。

 

(……護れないのか、俺の力じゃ……皆を……!)

 

 己の無力に歯噛みする、望のその脳内に――

 

『――ならば、我に代われ』

「――ッ?!」

 

 重厚で温度の感じられない、彼の前世……『破壊と殺戮の神』の声が響いた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 土埃が晴れた時、立っていた者は二人だけ。帰ってきた【赦し】を手に微笑んだままのイャガと、鎧が蜘蛛の巣状にひび割れているアキ。

 穴の空いた天井から覗く、時間樹の枝が絡み合う分枝世界間。魔法の世界で戦ってノル・マーターや抗体兵器がザルツヴァイへと侵入してしまう事を危惧したサレスの命で、脱出したのだろう。

 

 大質量に加えて重力までもを味方に付けた【赦し】を防ぎきれずに、『サージングオーラ』の護りは突き破られた。掠っただけでこの有様だ。

 

「……ッ」

 

 係累を維持出来なくなった胸鎧類が完全に崩れ、根源力へと還る。大量の血が零れ落ち、失血と苦痛に躯の方が付いて来なくなる。

 ふらりと、前のめりに。たった今、己が作った血溜まりの中に倒れ込もうと――

 

「――ッッ………!」

 

 震える脚を突っ張り……己自身の力で踏み止まった。躯が既に死に体でも、心が既に情動を停止していても。叛骨の魂が理不尽な暴力に屈する事を許さない。否、赦してくれない。伽藍洞の分際で。

 

――クソッタレ……クソッタレ! 負ける訳にはいかないんだ、俺は絶対に……『家族』を護るんだ……!

 

 砕けんばかりに奥歯を喰い縛る。砕けて意識が保てるのならば安いモノだ、今の状況ならば。

 緩慢な動作で聖外套を脱いで袖をサラシとして使い、(ハラワタ)が零れ出さないようにきつく縛る。さながら、腰の部分に纏う幌布(マント)の如く。

 

「どうしたの? 貴方の壱志(イジ)、見せてくれるんじゃないの? うふふ……」

「ハ――――煩っせぇんだよクソ女がァァァッ! 永遠神剣からの借り物の力なんぞで勝ち誇ってんじゃねぇ……!」

 

 反駁しようと声を出したその瞬間、何かが勢いよく喉を競り上がる感覚に咳込む。堪らず膝を突いて、口許に当てていた掌を開けば……黒ずんだ固まりかけの血塊。それを握り潰し、見上げるように睨みつけた。

 

「ええ、そうね……でも、仕方ないじゃない? あらゆる生き物は生きる限り罪を犯すもの……なのに、自分の犯した罪すら認められない程に弱いんだもの……それを救済するのが、私達。私と、この【赦し】――――『最後の聖母』イャガの願い」

 

 淑やかに微笑みながら、手元に再度召喚された【赦し】の刃を撫でるイャガ。

 その唇から紡がれた言葉は、紛う事なき本心。『全ての罪を許すこと』こそ、真なる彼女の願い。だからこそ、彼女は全てを『喰らう』。全てが一つになってしまえば、『()()()()()()()()()()()()()()()()』。

 

「下らねぇな……『生命』は、蛋白質とかマナの反応じゃねぇ……悩み、迷い、間違いながらでも自ら選びとった『軌跡(いきかた)』の事だ! それを、永遠神剣なんかの奇跡に縋って近道してるテメェ風情が騙ってんじゃねぇよ……!」

 

 それを、唾棄するように『否定』する。それはこの男にとって、何一つ頷けない理想。『天つ空風の』アキにとっては、『可能性』を否定する彼女の理想は。

 

――『あらゆる生命がありのままに、あるがままに生きられる世界』……それが、俺の願いだ。『奸計の神』"クォジェ=クラギ"でも、"天つ空風のアキ"でも無く……ただ一人の"人間"だった自分、"巽空"として……時深さんみたいに、強くて優しい人間になるんだ!

 

 魂の消え失せた空洞で在りながら……ただ空白で在ると。そう誓った壱志(イジ)が未だに、無様に燻り続けている。

 何モノも生み出す事無く、何モノにも成れない『()』のみが。ただ今も尚……焼き付いた壱志のみでも願いを叶えようと、無意味に足掻いている。

 

――何が永遠者(エターナル)だ。ハ、笑わせてくれる。永遠を手にした者の辿る末路は"忘却"だ。

 何も残りゃしない、人だった頃と何が違うってんだ。デメリットが大き過ぎるだろう、望んでこんなモノになる奴が居るってんなら……相当自分が嫌いかイカレてるか、或いはその両方。要するに、俺も含めてどうにかしてる。

 

 瞬きの内に流れて消え去る流星の如く生き急ぐ、その生命。

 結局は死の彼方に消え去り、何も残さない――――その、空虚(ホロゥ)

 

――いいさ、俺は……それでいい。栄光なんて要らない、輝きなんざただの一瞬だけで充分だ。刹那の後に消え去る幻想だろうと一向に構わない。

 だから……せめて。忘れられるとしたって、証明が欲しいんだ。この時間樹(ふるさと)で、確かに巽空(オレ)という生命が生きた……こんな俺にも確かに絆を結んだ……家族が居たという、その証明(おもいで)が。

 

(だから……もう、いいんだ。もう――人間じゃなくて……!)

 

 認めた。もう、己が人間ではなく永遠者――――否、永遠神剣その物なのだ、と。

 

 それを認めた刹那、双刃剣銃(ダブルセイバー)を左手で軽く回転させて黒曜石の曼荼羅を展開する。【是我】と【烏有】の二つの『永遠神銃(ヴァジュラ)』が融合し、拳銃でありながらライフル弾を使用する怪物銃『トンプソン・コンテンダー』となる。

 イャガは己の勝利を確信しているのか、若しくは興味が有るのか。じっと彼を見詰めるのみだ。

 

(天つ空風のアキ――いや、我が真名【無明】の名の元に……力を寄越せ、()()()

【【【【【――――御意に、『()()』】】】】】

 

 勅命が下る。それに答えたのは、腰元のガンベルトに装備する五挺……そこに宿る、『()()()()()()』。

 それらが展開した各属性色のマナが同化すると共に、一発の銃弾が虚空に現れる。文字通り、『虚空』が結晶となったような――――無色透明な『50BMG』が。

 

――そうだ……俺こそは、アイの対たる()()。『命』の対たる『死』……【真如】の対たる【無明】…………!

 

 それを、コンテンダーに装填する。明らかにオーバーサイズだが、そもそも人外の代物を常識で語る方が誤っていよう。

 自らの顕現である銃弾と、聖母の深紅の(ならく)を感じながら――

 

術式棄却(ソード・オフ)――」

 

 その時、まるで目から鱗が落ちるように。暗い雲を風が斬り裂き、その隙間から差し込む陽光が深い海に注ぐように。

 【真如】との契約でも感じる事がなかった、自身の拡大。そう、()()()()()()()()()()()、その永遠神剣は――――

 

――本当に莫迦だ、俺は。今更気付いた、俺が契約した相手はこんなにいい女だったのか。

 大体、前提から間違ってる。姫君を護る騎士(ナイト)なんて御大層なものは俺の柄じゃない。そんな気障ったらしく気取ったモンじゃなくて……俺は雇い主の邪魔者を、善悪正邪に関係なく殺す暗殺者(アサシン)だったじゃないか。

 

 海面に散乱する眩い光に、海底に沈みかけていた戦意が浮上する。左手に握るコンテンダーの銃口をイャガへと突き付け、照星に捉える。

 

――そりゃあ、負けが込む筈だ。武器に合わせて戦術を変えるのは三流だ。一流(ホンモノ)なら……自分の戦術に合わせて武器を取るモンだろ!

 

 そう呟くと同時に、彼の口角が吊り上がった。嘲笑か、侮蔑か。或いはその両方を持って、アキは己を省みた。

 

――いい夢を見させて貰った。まぁ確かに……ずっと餓鬼の時分にそんな『選ばれた人間』みたいな在り方に……本気で憧れた事だって有っただろう。

 

 今までに成した事を省みて、自分が手を繋いだ相手(しんけん)の……余りに無辜な水鏡が映した己の、余りに穢れた姿から、目を背けていた事に気付いた。

 

 血溜まりを掻き消す程に眩ゆい光。天にはステンドグラスのオーラフォトン、地には曼荼羅のダークフォトンが展開される。その間の空には――――対消滅による、黄金の煌めき。

 彼の笑いをどう見たか、イャガは頗る嬉しそうに笑顔を返した。

 

「マナよ、咎人に滅びと赦しを与えよ。償いの刻が始まるわ……」

 

 そして三度、祈りを捧げた最後の聖母。応えた【赦し】が光と共に魔法陣を展開する。

 

 空間が烈震する。何か圧倒的な存在が悠然と、分枝世界間を泳いでいるのを肌で感じる。

 その『大変動』の間にも、空位の永遠神銃が解けていく。元来在るべき形に、この神剣宇宙で最低位の永遠神剣……位も、カタチすらも持たぬ『零』の剣に還っていく。

 

――俺の護り方は受動的な『楯』になる事じゃない。俺の護り方は能動的な……コンマ一秒でも早く、速く――――付け入る隙も無く敵を殺す『刃』になる事だ!

 

「何をする気なのか知らないけど、貴方の生命(神剣)じゃあ私には勝てないわよ。ただ一言、貴方は救いを求めればいいの。後は私に任せて……」

「御厚意に御高説、揃ってウザッてぇんだよエターナル……! 俺は俺の"壱志"に懸けて絶対に……生命の何たるかも知らねぇ……永遠神剣が起こす奇跡に頼らなきゃ、自分の道も斬り拓けない奴らには負けやしねぇ……!」

 

それは、この神剣宇宙の有り様を呪う呪詛。この宇宙でただ一ツの、該当の無い『空位』の位を示す、この――。

 

――そうさ、俺は……俺達は、零を充たした(から)だ。それこそが俺の最大の武器。

 勝負とは、天秤で実力を計る事と同じ。俺と戦うという事は、空の天秤皿と鬩ぎ合う事となり……相手は自重によって自滅する。勝手に地面に落ちて勝手に零れ落ちる。こっちは宙に投げ出されようと、零れるモノなんて始めから無い。弱者が強者から一方的に奪い取るって訳だ。

 

 そこに二度(ふたたび)、黒ずんだ血を吐きながら放たれた"禁句"。それにやはり彼女は笑顔を持って応えた。

 

「苦しまなくていいの、終わりはきっと訪れるから……全てを赦してあげる」

 

 瞬間に、空間を咀嚼するべく力が振るわれる。無数の歯が、口の中の『禁句』を噛み砕くように。

 

「【赦し】、総ての罪は此処に浄化しましょう……これが、断罪よ」

 

 そしてもう一度、虚空に【赦し】が消えた。それは先程の『祓』の比では無い、『大祓』。

 

「……ごめんなさい、逃げられたりすると面倒なの。ね? 一つになりましょ……」

 

 先程のモノよりも、遥かに莫大なマナを持って。全てを……己すらも喰い潰そうと、天空より【赦し】が疾駆する。

 そして、真横から巨大なクジラが迫って来た。さながらオキアミを莫大な海水ごと飲み込むように、ものべーよりも遥かに巨大な次元くじらが……第二位神剣【赦し】の守護神獣(パーマネントエンジン)『パララルネクス』が。

 

 『大変動』に『禁句』、『大祓』……その全てがアキに向けて迫る。

 

「ハ――今度はそっちが大盤振る舞いかよ……」

 

 苦笑と同時に、銃口の先に薔薇窓と曼荼羅の重なった魔法陣が展開される。そこから――。

 

「上等……俺も全力だ。もう一度、喰えるモンなら喰って見せろよ、この俺の……全身全"零"を!」

 

 まるで剣を握り締めるように握り締めた銃把が軋む。黄金の煌めきは刃先に集中して無限光となり、

その姿はさながら、獲物を狙って鱗に包まれた強靭な体躯にチカラを溜める――龍が如く。

 

「――――永劫回帰す輪廻の刃(エターナル・リカーランス)…………!」

 

 その撃鉄(トリガー)()こされた刹那、魔法陣より現れた両刃の長剣の神刃(ブレード)

 距離はたったの六メートル、しかし――神剣の担い手同士の戦いでは絶望的な開きだ。

 

 その合間を縫って優美に動く指先で展開された白く輝く魔法陣は、『精霊光の聖衣』。イャガの防御。自らも使用するからこそ分かる、遍く歩みを閉ざす究極の楯。

 突破困難な障壁に、もし少しでも退けば三種の攻撃がその身を砕くだろう。

 

「――――ハァァァァァァッ!」

 

 それでも、歩みを止めはしない。深滄の回答者(リタリエイター)は一切速度を緩める事無く、その"生命"をただ一発の銃弾と変えて。

 幾重にも待ち受ける深紅の聖母の虎口へと駆け抜けた――――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 爆音が轟く。校庭に犇めく抗体兵器が纏めて、『天ヲ穿ツ』灼光を放ったのだ。

 

「……クッ……」

 

 それを辛うじて受け止めた神剣士は、既に軒並み戦闘不能となっている。希美やサレス、ナルカナの癒しも間に合わない。

 ノル=マーターと空中戦を行っているユーフォリアとクリストファー達を除けば、まともに立っているのはたった二人だけ。

 

「癒し系ヒロイン、ナルカナ様登場! ちょっと望、何よその目は」

「……いや、元気だと思ってな……」

 

 望とナルカナだけだ。しかし望は皆と同じく、『バイオリズム』の癒しを受けても足元はおぼつかず大剣とした【黎明】を杖代わりに立っている状態だ。あと一撃でも受ければ倒れてしまうだろう。

 

「あとはあたしに任せなさいよ。望は……皆を守って」

 

 先に駆け出したナルカナが、抗体兵器のど真ん中で暴れ出す。だが、多勢に無勢。動脈に達した傷口を押さえるような徒労だ。

 横目に映るのは、傷付いて何度も打ち倒されて……それでも学生達を護る事を諦めない"家族"達の姿。

 

「……やっぱり……それしかないよな。そう、それしか……」

「ノゾム……?」

「待ってよ、望ちゃん……先に傷を治してから……」

「そうよ、ナルカナが引き付けてくれてる間に少しでも体勢を立て直して……」

 

 一歩、また一歩と。抗体兵器へと歩み出す。それに気付いたのは、レーメと沙月と希美、ルプトナとカティマ、ナーヤの六人。

 

「……皆……ごめん。俺にもっと、力が有れば……」

「な、何言ってるんだよ望っ!」

「そうです、まだ……まだ諦めるには早い!」

「そうじゃ、わらわ達が……こんなデク人形共に負けるものかっ!」

 

 呼びかけられて、望が振り返る。ゆっくりと……諦めたような表情で微笑んだ。

 翻意を促す言葉、それに望は目を閉じた。まるで最後に見た家族達の姿を、瞼の裏に焼き付けるかのように。

 

「望ちゃん!」

「望君!」

「望っ!」

「望!」

「のぞむ!」

 

 五人のその悲痛な叫びに、彼は目を開いて――

 

「違う――我が名は、ジルオル……ジルオル=セドカだ」

 

 凍てついた声と共に、氷点下の眼差しを向けた……

 

 

………………

…………

……

 

 

「……驚いたわ。一体、どんな奇跡を起こしたのかしら?」

 

 聞こえた女の声。左掌に握られているコンテンダーは、【是我】と【烏有】へと還っていた。

 そして――――イャガに付けた斬傷の真中に刃を撃ち込んだ姿勢のまま、問いに答える。

 

「奇跡なんかじゃねぇよ……そんなモン、中々起こらない必然をそう呼んだだけの事なんだからな……」

「ふふ……その言い方じゃあ貴方、最初から私に勝つ事が決まってたみたいじゃない」

 

 心臓に銃弾……係累と断絶を同時に齎すアキの起源『(くう)』を直接叩き込まれた彼女の右手に、無残にヒビ割れた短刀……第二位【赦し】が握られていた。

 

「……そうさ、最初から決まってたんだよ。俺の本質はあんたらの『始まった後と終わる前』しか対象に出来ない永遠神剣と違って『始まる前と終わった後』に干渉出来るからな……」

 

 有り得てはならない事だ、確かに放たれた筈の『大祓』も『禁句』も召喚されたパララルネクスも……『精霊光の聖衣』さえもが、全て『最初から存在していなかった』かのように消えている。

 

「ああ――成る程、理解出来たわ。着弾まで零秒どころかマイナス……時空を遡りながら命中する一撃とはね。発動するより前にはもう勝負が決しているなんて……流石は、時間を操る【時詠】のトキミの秘蔵っ子と言ったところかしら」

 

 にこりと笑って、聖母は左の指先で自らの刃毀れした頬を撫でた。

 

「最後に聞かせてくれる? 貴方の神剣……"生命"が何なのか。ずっと知りたかったの、"生命"って一体……どんなモノなのか」

 

 その冷たい指の感覚が、少しずつ希薄になる。神刃と共にイャガの胎内を経由して流し込まれた"生誕の起火"に、自身が含有するマナの時間樹化によって【赦し】は内部から破壊されていた。

 如何にエターナルとは言え、永遠神剣を手放した状態で死ねば――後は消え去るだけだ。

 

「……簡単だ。『知覚する全て』……それが"生命"ってモンだ」

 

 迷い無く、回答は実に単純明快。イャガは――

 

「是非とも、死睨に聞かせてあげたい台詞ね……それにしても、私を捨て駒にするなんて……酷い『私』だこと……ふふ、でも…………貴方……想像以上に……凄かったわ……うふふふふ……ふふふふふふ…………」

 

 その言葉を残して聖母は、マナの霧と消えて逝った。

 

「…………」

 

 勝利の感慨も無く天を仰ぎ見れば、幾つも星が瞬く。いや、それは今も戦うユーフォリアやクリスト達がノル=マーターを打ち砕く光。そして、神剣士達が闘っているのか。

 真横の校庭を見遣れば――無数の破砕音。そして、その合間に響く……()()()()()始めて聞く禍々しい咆哮。

 

「……莫迦……野郎が…………」

 

 その聞き覚えのある、耳障りな『破壊と殺戮の神』の(こえ)を聞きながら。

 今度こそ、意識は自分自身が躯に充たしたモノ……果てしなく広がる『零』へと拡散していった…………

 

 

………………

…………

……

 

 

 巨大な時間樹を眺める大男、獅子鬣の如き金髪を靡かせる三つ目の"輪廻の観測者"のすぐ隣に、鈴を転がすような笑い声が響く。

 

「うふふ……見ましてボー・ボー? 【赦し】のイャガ……分体とはいえ、第二位【赦し】の担い手である"最後の聖母"イャガを、生まれたばかりのエターナル如きが……流石は、()()()()()()()()()を組み込んだ甲斐がありましたわ……この私が、見誤るなど」

 

さながら、クリスマスプレゼントにはしゃぐかのように。白い髪に白いローブと……凄まじい存在感を放つ杖を持った幼い少女が、他人の失敗を嘲笑い……その死を歓喜で迎えた。

 

「欲しい……是非とも、我がロウ=エターナルに欲しい人材ですわ、あの坊や。まぁ、男ぶりで言えば前の坊やに軍配が上がりますけど……トキミさんのお気に入りを奪うのも面白そうですし、少なくともあの三人よりは役に立ちそうですしね」

 

 その口調や爛々たる輝きを放つ老獪な眼差しは明らかに異質。熱の篭る眼差しは、円熟した女の色香を放っている。

 

「……では、時間樹に攻め入るか? 止めておいた方がいいと思うがな……"法皇"テムオリン」

「貴方に言われなくても。そんな真似をして、何になるのかしら? 私のモットーは『スマートに』、知恵により望みを叶える事ですわ。力で押さえ付けるなんて、馬鹿にでも出来る無粋な真似は……簡単過ぎて詰まらないでしょう?」

 

 その少女こそがロウ=エターナルの事実上の盟主、第二位【秩序】の担い手"法皇"テムオリン。

 彼女は左手に持つ杖を徐に回し、ボー・ボーに突き付けた。

 

「それに――ああいう手合いは、放っておいてもコチラ側に来ますし……何より、彼をコチラ側に引き入れてくれる毒婦ならもう、既に居るみたいですもの」

「フ……相変わらずだな」

 

 紅い三日月のように悍ましい笑顔を向けられたボー・ボーは、事もなげに丸いレンズのサングラスの位置を直す。

 両腕を組んだまま、背中に生えた三本目の腕……彼の永遠神剣である第二位【無限】を使って。

 

「ああ……愉しみですわね。無垢なあの顔が、悲しみに歪むところが……ふふふ……」

 

 紅い舌を覗かせて、ペロリと唇をなめずって。その唇から、限りなく無限に近い分枝世界間に再び悪辣な鈴の音色が響いたのだった。


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