サン=サーラ...   作:ドラケン

68 / 95
学園祭 第一幕

 アラーム音に眼を覚まして、備え付けのタイマーを切る。大欠伸をしてベッドを抜け出し、洗面台に向かう。

 

「ふう……」

 

 鏡に写った金髪を適当に整えて無精髭を剃り顔を洗い、歯を磨いて。

 寝癖の付いた髪を適当に整えて、クローゼットに掛けていた学制服に袖を通して。

 

――さぁ、泣いても笑っても人生最後の学園祭……精々永らく記憶に残るように楽しもうか。

 

 歩きながら入口脇のカードキーを引き抜いて、虚無感を抱きつつ…蛻の殼の部屋を後にした。

 

 

………………

…………

……

 

 

 赤絨毯の廊下を歩む。気が付けば――薄紫色の髪に赤いメッシュの男と黒い髪を赤い髪留めで纏めた少女、ソルラスカとルプトナの姿が在った。

 

「あーふ、おはよーさん、空……」

「おふぁよー……あき……あふあふ」

「おう、朝っぱらから暑苦しいな。避けて通りてェ」

「ぬかせっての……さぁて、朝メシ食ったら学園祭だ。急ごうぜ」

 

 盛大な欠伸をしたソルラスカと、眠たげに眼を擦るルプトナの三人で揃って歩き出す。幼馴染みの望と希美より気が合う二人。

 そのまま、エレベーターの下矢印を押して待つ。

 

「…あー……やっぱし、早起きは性に合わねぇ…」

「ホントだよ……んー、それっ」

「っあ、オイ、何しやがるルナっ」

 

 伸びをしたソルに同意するように答えたルプトナが、実に怠そうにアキの背中に飛び乗った。

 

「へへ〜、楽ちん楽ちん。このまま食堂に運んでよ」

「ざけんな、テメーの足で歩けよ…天ってか、お前は先ず自分の得物の破壊力を自覚しろ!」

「得物? 【揺籃】は出してないじゃんか」

 

 振り解こうとするが、彼女の主な武器の脚が腰に巻き付けられて、解けない。

 何より、首に回された腕が絞られて彼女の持つ物部学園有数の……ヤツィータに次ぐ程豊か過ぎる双丘が背中に押し付けられ、健全な男子として否応なしに動悸が速くなる。

 

「いいじゃん、けちけちしてさー。ユーフィーにはやってんだし、差別するなよなー」

「アイツはアイツ、お前はお前だ。それに差別じゃなくて区別」

「元気だなテメーら……で、どんな具合だった?」

「DないしE、夢と希望が詰まっているとみた」

 

 何とか彼女を背中から下ろして、ソルラスカに答えを返す。

 軽く握った左腕を曲げて己の右胸に当てると、それにソルも右腕で同じ仕種を返した。

 

「?」

 

 それに置いてきぼりにされたルプトナだけが、首を傾げていた。

 

 窓から差し込む陽射しに、一瞬意識が白む。ソルラスカとは剣の世界で爪と銃、ルプトナとは精霊の世界で靴と銃を交えた。

 いずれも、出逢った時には本気で殺し合った間柄だったというのに今はこうして――……思わず、涙が出そうになるくらいに平凡な日常を繰り広げている。

 

――そうだ、楽しいだろう。もう、お前の手に入らない……魂の安寧(アタラクシア)は。

 

「――ハハ……」

 

 瞬間、ただ失意だけで死にそうになった。己が捨てるモノの煌めきに目を逸らすべく、反響する思考に蓋をする。

 もう決めた事だ、己に与えられた名の通り……この世の一切は無意味なのだと。

 

「なぁソル……ルナ。俺はお前達に出会えて、本当に良かった」

「「――はぁ?」」

 

 と、そんな歯が浮くような台詞を口にした瞬間、エレベーターの扉が開いたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 レストランフロアに入り、ソルとルプトナが離れていく。

 洋風セットを取って、座れる席を捜してみれば……右から蒼・黒・滄の三人娘の姿。

 

「よう、お前らも朝メシか」

「「あ……」」

「兄上さま……」

 

 同じテーブルで食事を摂っているユーフォリアとイルカナ、そしてアイオネアと合流する。

 

「……どうした、何か困り事か?」

 

 ふと、きっと合流する前からそうだったのだろう、妙に浮かない顔をした三人に気付く。

 

「え? あ、ううん……別に……」

「何でも……ないです」

 

 それを受けて、ユーフォリアとアイオネアが揃って首を振った。浮かべた笑顔は、薄曇りの陽光か月光のようだ。

 ふるりと揺れた長く艶やかな髪は大空を翔ける蒼穹(あお)色の風、大海をうねる滄海(アオ)色の波を連想させる。

 

「そうか……まぁ、あれだ。ピンチになる前には頼れよ」

 

 誰しも自分の力で解決したい事が有るだろうと、食い下がる事無くぶっきらぼうに話を終える。

 頼られるのと頼らせるのは違う、甘やかすだけでは大成しない場合は確かに在る。

 

「……うん、ありがと……」

「はい……有難うございます」

 

 答えた彼女達は――微かに、笑顔を見せてくれた気がしたのだが。互いにそれを見ると、何故か表情を固くして目を逸らし合った。

 

「……兄上さま、少しお耳を」

 

 グイッと耳を引っ張られる痛みに意識を向ければ耳元に寄せられた、先程おんぶの際に肩に置かれたルプトナの横顔にどこか似ているイルカナの端正な顔立ち。

 

「一体に何をしたんですか?」

「何って……何が?」

「しらばっくれないでください、ほら……あれ」

 

 と、指差された先に目をやれば……金色の聖盃に湛えたアイテールを伏し目がちに口に含むアイオネアの姿。

 爪先から順に確認してみる。黒いロングブーツにタイツ。学園指定の制服に瑠璃の宝珠が嵌められた首輪型のアミュレット、海色の髪に――サークレット状に編まれた常緑の冠。

 

「ああ……花冠(カローラ)月桂冠(ローレル)になってるな」

「夕べ、兄上さまを探し行った後にああなっていました。それからずっと落ち込んでいて、慰めようにも目線すら合わせてくれません。お陰でユーちゃんまで落ち込んでしまったんですよ……」

 

 はて、と思い出してみる。昨日はアイオネアに会っていない筈だ。

 

「……まさかとは思いますけど……アイちゃんが大人しくて兄上さまに絶対服従なのを良い事に、無理な事をしたとか」

「するか、アイは同じ生命を共有した妹つーか、一卵性双生児より自分に近い存在だぞ」

「ですよね。兄上さまはもし恋人が出来ても、大事にするあまり手が出せないタイプでしょうから」

「放っとけ」

 

――昨日は、そう……ユーフィーに会ってそれから部屋に戻って寝ただけだけど。

 

 そう考えてユーフォリアを見遣ると……パンをかじろうと大きく口を開いていた彼女とバッチリ視線が交わった。

 そんな状態を見られた恥ずかしさからか、赤くなった顔で睨まれる。そして――にこりと、花の蕾が綻ぶような笑顔を見せてくれた。

 

「なるほど、そーいう事ですか……アイちゃんが落ち込む筈ですね」

「……オイ待て、何誤解してるんだお前。誘われただけだ、カオスに来ないかッてな」

「それを聞いて、確信しました。全く……困ったものです、早くアイちゃんに謝ってくださいね」

 

 そしてジト目のイルカナに溜息を落とされてしまった。

 

「ご馳走様でした、ルカちゃん……アイちゃん……あの、最後の準備をしに行こうか……?」

「ええ、そうね。先に行ってて、ユーちゃん、アイちゃん」

「……うん……」

 

 食事を終えたユーフォリアが立ち上がり、イルカナとアイオネアに声を掛ける。それに答えて二人が立ち上がって、イルカナを残して歩いていく。

 

「兄上さま、私達永遠神剣の化身だって……一個の意志を持った女の子なんですよ」

「……どういう意味だ、俺はアイを武器扱いなんてしてねェよ」

 

 そして真剣な瞳の彼女に……真摯にその一言をぶつけられた。

 だが、その一言は多分に心外で……思わず、恫喝するようにトーンを下げてしまう。

 

「だとしたら、尚更見損ないます。己の言葉に矛盾する貴方を」

「−−俺が、矛盾してる……?」

 

 が――彼女は同じる事も無く、彼を睨みつけた。気圧されたのは、寧ろアキの方だ。

 イルカナは、背後を通り抜ける際にポソリと。

 

「貴方なら……誰よりも志を重要視する兄上さまなら、必ず理解してくださると信じていますから……」

 

 そんな言葉を残していった。

 

「……知った風な口を利きやがって……」

 

 残されたアキは一人毒づき、椅子に深く腰掛ける。

 

――ユーフィーとの話を聞いてたとして……アイが嫌がる筈が無い。あの二人は随分仲が良いんだから……一緒に居れるのは寧ろ嬉しい事だろうに……。

 

 思考するが、腑に落ちない。誰も損をしない選択の筈だ。

 

『……次に結んだ手は決して離さぬように。貴方を慕ってくれる者なんて、もう二度と現れはしないでしょうから……』

 

 と、その時ふと甦ったレストアスとの別れの際に掛けられた言葉。その金言に自分は応えられているのだろうか、と。

 

「ああ――……確かに、謝らねぇとな……」

 

 瞬間、一体何をしているのだろうかと。漸く気付いた己の頬を勢いよく張ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 生徒会長・斑鳩沙月の、校庭での学園祭開幕の宣言より既に半刻。様々な催し物により賑やかな声に溢れる校舎内は活気に充ち溢れている。

 そして、様々なテキ屋があるその祭の中に在って、特に盛況な店が在った。喫茶店『悠久』、外面は軽食喫茶だが、その実態は−−

 

「――あ、おかえりなさいませ、ごしゅじんさま~」

「うひょー、ただいまユーフィーちゃ~ん!」

 

 開いた扉に向けて愛想を振り撒くユーフォリアに、信助は喜色満面で答えた。

 特筆すべきは、その彼女の格好。白いレースとフリルがふんだんにあしらわれたエプロンドレスに、ヘッドドレス。つまりは、所謂……メイド服という奴だ。本職のそれに較べれば露出が多いが。

 

 そう、此処は一昔前に一世を風靡した、あの――……『メイド喫茶』なのだった。

 

「あ、信助さん。もう四回目ですよ……他のところを回らなくて良いんですか?」

「良いの良いの。ここは俺達の……モテない男達のオアシスなのさ」

「はぁ……何馬鹿な事言ってんのよ、アンタは」

「全くじゃ。何度も来るな、席の回転率が悪くなるじゃろうが」

 

 と、同じくウェイトレスのタリアとナーヤも現れた。そのどちらもがやっぱり似たメイド服。

 ただし、ユーフォリアが赤を基調としていたのに対してナーヤは青。タリアは二人とデザインが多少異なり薄い緑を基調にボーダー柄が使われ、余程抵抗が在ったのかヘッドドレスではなく同色の帽子となっていた。

 

 そんな二人に口々に冷たい言葉を掛けられ、彼は――

 

「はぁぁ~、痺れるぅぅぅ~!」

 

 『それもアリ』といった具合に、身もだえていた。

 

「……あんな方が契約相手だったらと思うとゾッとします。ああいう事をしたら、百年の恋も冷めるというものね、アイちゃん」

「……うん……」

「その点で言うなら、兄上さまはむっつりだから安心ね」

「……うん……」

「アイちゃん……はぁ、兄上さまはまだ謝ってないのかしら」

 

 それを冷やかに見る、黒を基調としたメイド服に身を包むイルカナが、黄色を基調としたメイド服を纏うアイオネアに話し掛ける……のだが、月桂冠を戴くメイドさんはしょんぼりと俯いたまま生返事を返しただけだ。

 

「おーい、メイドさーん。注文が有るんだけどー」

「メイドさーん、おしぼりー!」

 

 その時、客連中から声が上がった。他にも数人の女生徒が給仕役に居るが、此処に来ている大多数の男子生徒はメイド……しかも、美形揃いの神剣組を目当てにしていると言っても過言ではない。

 

 呼ばれた彼女達は笑顔で、何処か……タリアに至っては、露骨に面倒そうに仕事に戻って行った。

 というのも彼女は、ほぼ今日この職務内容(メイドカフェ)をやる事知らされたらしい。その性格からすれば、不本意この上あるまい。

 

「さぁさぁ、ユーフィーちゃん。俺も席に案内してくれよ」

「んもぅ、仕方ないですね……」

「んじゃあ、さっきと同じ紅茶とスコーンでね」

「はーい」

 

 『はふぅ』と溜息を落とし信助をテーブルまで案内する彼女。席に着いた彼はメニューを見ずに注文して、厨房の在る奥に引っ込んだユーフォリアの後ろ姿を見ながらだらし無くニヤつく。

 やがて、注文通りのメニューを盆に置いた彼女が現れた。

 

「ご注文の品になります、どうぞごゆっくり……あ、おかえりなさいませ、ごしゅじんさま~」

「あ、ちょっとまったユーフィーちゃん!」

 

 さっさとそれらを置いて、新たに訪れた客の方へと向かおうとした彼女を呼び止める。そして――

 

「いやぁ、紅茶が熱いからさー……ふーふーして欲しいなぁ、って」

「……信助さん、あんまりわがまま言うと流石に怒っちゃいますよ」

 

 全力でそんな事を述給(のたま)いたもうた。さしものユーフォリアも眉根を寄せ、少し厳しい声を発する。

 

「いいよー、怒っても。いや寧ろユーフィーちゃんになら積極的に怒られたい!」

「おいおい、汚ねぇぞ信助! ユーフィーちゃん、俺も俺も!」

「俺も俺もー!」

「むう、みんなで馬鹿にしてー! もう許しません、成敗ですっ」

 

 既に手の施しようの無い信助達(せっそうなし)の鼻息荒い言葉に、頬を膨らませたユーフォリアは――テーブル上に備え付けてある、呼び出し用の小さな銀色ベルを手に取り『ちりんちりんちりん……ちりりーんちりりーんちりりーん……ちりんちりんちりん』と規則的な音色を奏でた。

 それは紛う事なきモールス信号。その瞬間、厨房からまるで黒い風のように。

 

「――困りますねぇお客様……踊り子に手を触れちゃあ。ウチはそういういかがわしい店ではございませんので」

「「「奥から怖いお兄さんが出て来たァァァッ!?!」」」

 

 オールバックにした金髪、漆黒の燕尾服に白い手袋、紐タイに磨き上げられた革靴という執事然とした姿の、ディファイアント=デリンジャーに銃弾を装填しながら最高の笑顔を見せるアキが現れた。

 

「オイィィ、聞いてねーぞ! 何で俺達の憩いの場(パライソ)の厨房に殺人シェフが居るんだよ!」

「そうだそうだ、戦艦ミズーリ号に帰れ!」

「暴走した列車に姪っ子の誕生日ケーキを作りに帰れ!」

「同じ学園に通う生徒をケ○シー=ライバック扱いなんて良い度胸じゃねーか! 聞いて驚け莫迦野郎共、お前らがメイドの手作りだと思って喜んで食ってたモノ、あれ全部俺の手作りだから。篭ってるのは俺の真心だからな!」

「「「うえっぷ……なんかスゲエ気持ち悪くなってきた……」」」

 

 周りからの非難と暴言に、アキは大声で答える。それに伸助に賛同して声を上げていた男子生徒達は、揃って顔色を悪くした。

 

「それじゃあ空さん、後は任せたからね」

「おぅ、任しとけ。こいつらには俺直々に『()()()()』しとく」

「「「止めてェェェッ!」」」

 

 そして解放されたユーフォリアは、ぱたぱたと急ぎ足で先程入って来た客の方に向かっていく……と、待ちくたびれたのか客の望と希美に沙月と絶、カティマとルプトナ、ソルラスカとサレス、ナルカナの九人は既に直ぐ近くまで来ていた。

 

「やれやれ……何騒いでんだか」

「ふむ、大盛況のようだな」

「おお、のぞむではないか! ささ、ゆっくりしていくが良いぞ」

「特等席をご用意いたしますね、望さま」

「サ、サレス様っっ?! ようこそいらっしゃいました!」

「ちょっと、ナーヤ、イルカナ! 勝手に望を連れてくんじゃないわよっ!」

「まぁまぁ、ナルカナさん。みなさんも近くに案内しますから」

 

 辛い事だが、全てありのままを話そう。俄かに色めき立つ店内。想い人の登場にナーヤとイルカナ、タリアがかつて無いくらい発奮して案内し、息巻く望ハーレムの面々をユーフォリアが案内する。

 

「あ、あの……暁くんっ! 私が案内するね!」

「ちょっと、それは私がやるからこの料理持って行って!」

「おっとと……そう急かさないでくれよ」

 

 絶はといえば、今までちっともやる気が無かった一般の女生徒メイド達が我先にと案内を買って出て、牽制しあいながら引っ張るように連れていき、最後には――……。

 

「…………」

「「…………」」

 

 誰からも見向きもされなかった、一匹の野狼(ソルラスカ)が佇んでいた。

 

 目が合う。野狼は哀しそうに瞳を伏せた。だから……耐え切れずに、アキと信助がその肩に手を置いたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 店内の勝ち組負け組の配置は、あっという間に別れた。日当たりの良い窓側席は望ハーレム勢力と一般メイド達に構われる絶勢力、そして痒い所に手が届くタリアのサービスを受けるサレスの三国が割拠する戦国に突入して、残りの生徒(八割方男子)は一挙に廊下側の日当たりの悪い席に移されてしまった。

 

「……すげぇ格差、何コレ。珍百景に登録してぇよ、兄貴」

「……こんな屈辱的光景を登録してどうすんだ、信助」

 

 すっかり不貞腐れて体育座りした信助とソルラスカが先頭を切って、そんな明るい方を恨めしそうに見ている。

 店内に溢れる負の視線に殺傷能力が有ったのならば、きっと三百回は殺せるだろう。黴や茸が生えてきそうな陰湿さを感じる。

 

 そんな男子生徒達に十字を斬り、適当な念仏を唱えて唯一神の加護でもあるように願った後に。

 

「……で、エヴォリアさん。アンタは紅茶一杯でいつまで粘る気だ」

「あら、別に良いじゃない。まだ残ってるんだし」

 

 その廊下側の席の一角、残る二割の女生徒の中心に居るエヴォリアにジト目を向けた。

 テーブルの上にはタロットカードらしきモノ。易者をやって学園祭を愉しんでいるらしい。因みに、ベルバルザードは直ぐ脇で葛切りを食っている。

 

「すいませーん、ガトーショコラと紅茶のおかわりを」

「承知致しました、お嬢様」

 

 と、耳に届く女生徒からの注文。それにより仕方なく、メイド喫茶という事で取り敢えず執事として畏まった様子で、頭を下げて厨房に引っ込んでいった。

 

「あ……アイ」

「あ……兄さま」

 

 と、そこでバッタリと出くわした相方。信助曰く『愁えるあの表情もまた堪んねー』らしい、謝らなければならないのに忙しさも有り捕まえられなかったアイオネアの姿。

 彼女も彼女で注文を受けているのだろう、銀の盆には結構な料理が置かれていた。しかも驚くべき事に彼女、今日はまだ一度もドジを踏んでいない。

 

――千載一遇のチャンスか、謝るなら今だな。丁度、人目も無い事だし。

 

「……少し時間、良いか」

「……厭……です…………聞きたくない……」

 

 と、こちらの決意をどう察したのか。急に怯え始めて盆を落とし、ふるふると首を振って後ずさる彼女。

 まるで、目前まで迫った捕食者に怯える非力な小動物のような仕種で。

 

「アイ……聞いてくれ、俺は――」

 

 二人の間に横たわる溝を象徴するかのように展開された魔法の隔壁が、歩みを阻む。

 絢爛たるステンドグラスの如く、細緻な真円形の薔薇窓……動く事を止めた大気とマナを組み合わた、物理効果(マテリアル)魔法効果(フォース)への絶対的な防御壁と全属性に対する完全無欠の遮断膜(プロテクション)を誇る、彼女の――【真如】の持つ『最強の楯』であるディフェンススキル。

 

「厭……厭です……聞きたくない……聞きたくない……!」

 

 遂には手で耳を塞ぎ、きつく目をつむって駄々をこねるように長い髪を揺らす。

 

「ッ……この、いい加減に……!」

 

 だが――彼自身も全幅に信頼する加護『精霊光の聖衣』でさえも、生誕の起火(プラズマ)を引き出して波紋を刻みながら摺り抜けた。

 起源たる『(アカシャ)』の内包する要因、『風』がかき混ぜた海の『水』に起因した流体制御に『雷』を加えた事により、太古の海に命の源が生まれたように。『輪廻流転』、意識的にその密度を飛躍的に高めて『対象外』能力を強化した彼には失効したのだ。

 

 出来るだけ怯えさせないように、ゆっくりと歩を進める。

 当の彼女は壁にお尻をぶつけて退路を失い、口を真一文字に結んで見ざる言わざる聞かざるの構え。

 

「――あっ……」

 

 その腋下に両手を入れて持ち上げ、キッチンテーブルに座らせる。視線の高さが合った事に驚き力の緩んだ腕を掴み、耳を覆った手を外して――すっぽり収まる小さな掌を包み込んだ。

 

「……御免な。そりゃあ怒るよな、勝手にお前の進む道まで俺が決めちまって……」

 

 今の己の"生命"は、彼女から借り受けた半分。それをまるで、自分だけのモノで在るかのように振る舞った己を恥じつつ頭を下げる。

 

「……そんな事は……良いんです」

「……え?」

 

 謝罪の言葉を遮ってアイオネアが口を開く。顔を上げれば至近に、真っ直ぐに見詰めてくる文字通り宝石の光沢を放つ金銀の双眸。

 

「わたしは兄さまの神柄です。兄さまのお進みになる道を切り開く為の刃ですから……わたしの進む道は、いつも必ず兄さまと共に在ります」

 

 泪の向こうに見える龍瞳に、迷いなど一片も無い。曇り無く純粋な言葉に偽りは無かった。

 

「なら、どうして……」

 

 『今にも泣き出しそうなんだ』、と。だからこそ口を突いた、その問い掛けに彼女は。

 

「わたしでは、兄さまに御満足頂ける力には……為れませんか……?」

「――……!?!」

 

 震えた唇から紡がれたその一言、揺れる瞳から零れたその一滴に全てを悟る。

 

『……カオス、ねぇ……俺は空っぽだ、加わったところで戦力は増えも減りもしねェぞ? 役に立つかどうかも判らん』

 

 何気なく呟いたあの、自虐の言葉。他の何でもないあの言葉こそが、彼女の心を傷付けた正体だった事に。

 そして、思い知る。己を卑下する事は、自らこの少女を貶める事と同義なのだ。

 

「……ないで……頑張りますから……見捨てないで……」

 

 それが概念でありながらも事象……有形にして無形なるカタチを持つ"生命"というモノ。

 

 己が如何にそれを甘く見ていたかという事を本当に今更思い知る。それに気付いた時、思わず彼女を抱き締めていた。

 

「……莫迦だな、俺がアイを捨てる訳が無いだろ? 寧ろ、お前に愛想尽かされる方がしっくりくる位の駄目男だぜ?」

 

――それに……俺は絶対に生命を捨てはしない。俺は、俺を捨てた奴らのようにはならない。

 

「……そんな事、在り得ません。わたしはどんな事が有っても兄さまと……この生命の尽きた後でも、永久に共に在ります」

 

 ゆっくりと背中に回される細腕の感覚に安寧を覚える。以前、あの月世海で彼女に抱き締められた際に感じたモノと同じ。

 陽光射す海に揺蕩うような、あの安寧。

 

「ああ、俺も同じだ。似た者同士だな、俺達って」

「当たり前ですよ……だって、同じ生命なんですから……」

 

 腕の中から見上げ、微笑んでくる瞳に微笑み返す。滄い髪に手櫛を通せば、まるで彼女の喜びを表すように冠の蕾が華開いていく。

 

「ごめんなさい、兄さま……我が儘な事をしてしまって……」

「全然我が儘の部類に入らないって……そうだ、アイ。罪滅ぼしって訳じゃ無いけど、何でも一つ我が儘聞いてやるぞ」

「えっと……その……突然言われても、思い付きません……」

「期限付きじゃ無いからな、いつでも良いさ」

 

 月桂冠(ローレル)から、いつもの花冠(カローラ)に戻るのに時間は懸からなかった。

 そうして仲直りを終えて、静かになった室内に−−

 

「……次はきっとキスですよ、キス。しかも深いやつ」

「ききき、キス?! しかも深いやつって何?!」

「「…………」」

 

 といった具合に、興味津々に此方を覗くイルカナとユーフォリアの姿が在ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 生徒から受けた注文の品を届けて一息つき、何気なく周囲に視線を巡らせてみる……と、目に入るのは宙を舞った食器群が降り注ぐ場面だった。

 勿論、ケーキやパフェ等中身が入った状態で雨霰と。救いは紅茶等の熱い物が無かった事だろう。

 

「はぅ……ソルさん、シンスケさん……ごめんなさいぃ……」

「オーケー……気にすんなよ……」

「そうだぜ、アイちゃん……もう、慣れたからさ……三回目だし」

 

 そして慌てて起き上がりパフェやケーキを頭から浴びたソルラスカと信助に、ぺこぺこと頭を下げているアイオネアの姿。

 どうやら、悩みが解決して集中力が切れてしまったたらしい。二人に許しを貰い、二人が受け止めていた食器を受け取ってキッチンに引っ込んで行った。

 

「ふぅ、兄上さまと仲直りしてテンションが復活したのは良いのですけど……ドジっ娘属性まで復活ですか。困ったものですね」

「……ぐう……」

 

 通りすがりにそう、わざとらしく呟いていくイルカナ。取り敢えず契約者の務めとしてぐうの音だけは出しておいた。

 と、室内に澄んだ割砕音が響く。アイオネアが盆に乗せて持って来たばかりの熱々のおしぼりを、驚きのあまりに転んでソルラスカと信助の顔にぶつけてしまった程に盛大な音だった。

 

「「ギャアア、熱いィィ?!」」

「はぅぅ、ご、ごめんなさい~!」

 

 野太い悲鳴を上げて七転八倒する二人とさっきよりも速いペースでぺこぺこ謝るアイオネアを尻目に、イルカナは深い溜息を落とす。

 

「……まぁ、使えなくなった具合で言えば彼女もどっこいですけど」

 

 その眼差しの先に――

 

「あっ、ごめんなさい望さん!」

「大丈夫大丈夫……ユーフィーこそ、怪我してないか」

 

 ボンヤリと歩いていて望のズボンへアイスコーヒーを零してしまい、更にグラスを割り慌てふためくユーフォリアの姿が在った。

 

「は、はい……本当にごめんなさい――痛っ……うぅ」

 

 その慌ての所為か、彼女は素手でグラスの破片を拾おうとして指を切ってしまった。

 人差し指の先にぷっくりと、赤い血球が出来る。それを見た少女は、目を潤ませてしまう。

 

「ったく、何やってんだお前は……悪いな、望」

「あ、お兄ちゃん……大丈夫だから」

「望さま、直ぐに代わりのアイスコーヒーを持って参りますね」

「いや、いいさ。それより怪我の手当をした方がいいぞ」

 

 イルカナとアイコンタクトで打ち合わせ、その手を掴む。アイオネアを呼ぼうかとも思ったが、忙しそうな彼女を呼び付けるのもどうかとやめた。まあ、忙しくなったのは自分のドジの所為なのだが。

 

「む〜っ、大丈夫……本当に大丈夫だからぁ!」

 

 そんな思慮の間にもユーフォリアはむずがるように手を振り解こうとするが、アキに触れられて永遠神剣の加護を受けられなくなった少女の細腕では屈強な青年の腕を解く事など不可能だった。

 

「煩せぇなぁ、黙ってろ。傷痕が残ったりしたらコトだろうが」

「うぅ~……」

 

 ならば、と。『普通は逆だが』と苦笑しながら――。

 

「――はむ」

「――ほえっ?」

 

 その白魚のような指を、パクリと咥える。余りに意外な行動だったか、ユーフォリアはぽかんと呆気に取られて――

 

「ふ、ふぇぇぇっ! なにするの、お兄ちゃんのエッチーー!」

 

 それにわたわたと抵抗する彼女、しかし前述の通りである。

 

「ング……ほら、暴れんな。ちょっとした切り傷でもナメんな、世の中には――」

「……破傷風?」

「何だ、知ってんのか。だったら尚更暴れんなよ。すぐ終わる」

「う、うん……」

 

 と、急に大人しくなった合間に傷絆創膏を貼り、処置を終える。

 

「これでよし、っと……後はグラスの修復か」

「えと、ありがと……片付けなら、あたしが……」

「いいから、お前は早くおしぼり持って来い」

 

 最後に、割れたグラスの全破片を無のエーテル塊で包み込んで――完全分解して再構築。終わりを始まりに還し、そこから無限に分岐する可能性の系統樹を形作って割砕前の状態……則ち『グラスとなった』可能性を選び取り回帰させる。

 それを望の座っているテーブルの上に乗せた瞬間、アイスコーヒーのピッチャーを持ったイルカナが戻って来た。

 

「どうぞ、望さま」

「ああ、有難う空、イルカナ」

 

 グラスに氷とコーヒーを注ぐと、コースターの脇にガムシロップとミルクのポーションを置いてからストローを差す。良く出来た給仕さんだった。

 

「……兄上さま、料理の作り置きの方は出来ていますか?」

「ん、ああ……ある程度は冷蔵庫に入れてあるぞ」

 

 そしてイルカナは、ユーフォリアが盆に乗せて持って来たおしぼりを受け取り彼女を押し止めた。

 

「それなら充分ですね。兄上さま、ユーフィーちゃん。お店は私とナーヤさま達だけで大丈夫なので、アイちゃんと上がって下さい」

「ええっ、でも……」

「これ以上ヘマをされるとこっちが迷惑なんです。それに……貴方達は楽しませるより、まずお祭りを楽しむべきですよ」

 

 反論しようとしたユーフォリアを一言で斬って捨て、そして全てを見通すかのような黒い瞳で見詰められる。『分かってますよね?』と。

 

――やれやれ、俺に慰めろってか? そういうのは望とか、いつでも誰にでも優く出来るような優男に頼めっての……。

 

諒解(ラジャー)、お言葉に甘えさせて貰うさ。じゃあ一人で回るのも何だ、俺らと一緒に回るかユーフィー」

「うん……えっと、あの……じゃあ、着替えてくるね」

 

 落ち込んで萎れたユーフォリアの頭頂部に、軽ーく空手チョップを落として注意を向けさせる。

 彼女は少しだけ嬉しそうに痛む頭を押さえ、途中でアイオネアの手を引き隣の部屋へと消えて行く。

 

(……さて、それではお姉ちゃん。望さまのズボンが染みにならないようにお拭きして)

(イルカナ……あんた……あたしに花を持たそうと)

 

 それを見送った後で、イルカナはナルカナに思念を送った。

 そう、望争奪戦のアドバンテージを取る為に。

 

(うふふ、当たり前じゃないですか。お姉ちゃんが選ばれる=私も付随するという訳なんですから)

「イルカナ……あんたの思い、受け取ったわ! 望、あたしがズボンを拭いて――」

 

 そんな打算的な妹の支援を受け、姉は勢い込んで望に向き直り伝家の宝刀(プライモディアルワン)を振り抜く――

 

「――あ、大丈夫だよナルカナ。わたしが拭いてるから」

「……くっ、希美……?!」

 

 もうとっくに、自前のハンカチで拭いている希美の笑顔を見たのだった。

 

「……さぁて、今回も始まりました第三次世刻大戦。実況は私こと、森信助。解説は神銃士こと、巽空さんです!」

「何で俺だ、ソルに頼めよ」

「兄貴はタリアさんに見惚れてて役に立たねぇんだよ」

「まぁ、仕方ねぇか……」

 

 テーブルに着いたまま、さながらプロレスの実況席のような口調の信助。アキは手早く空間に刻んだ波紋を通り抜けて、学生服を着た状態で現れた。

 ソルラスカはといえば、確かにメイド姿のタリア……サレスにかいがいしく仕える彼女を指を咥えて見ていた。余りに不憫なその姿に不覚にも、涙がちょちょぎれそうになってしまう。

 

「……さて、流石は緑属性の希美。伝家の宝刀をも通さないあの防御は並大抵じゃ突破出来ない。次は誰がどう出るか……」

「希美さま、乾いたハンカチより濡らしてあるおしぼりの方が適任でございます――」

 

 と、呟いた瞬間。一歩出遅れたイルカナがナルカナにおしぼりを手渡そうとして――既にお盆から消えている事に気付く。

 

「――そうよ、希美ちゃん。此処はおしぼりを持ってる私が拭いておくから、希美ちゃんはケーキでも食べてなさい」

「そんな……沙月さま……!」

「……速い……私にはインターセプトが全く見えませんでしたよ、解説の巽さん!」

「いや全くですね実況の森さん。神速のインタラプトと、さながらトムキャット並の多数ロック性能……流石は会長。あれこそ、全てを貫く最強のバニッシュスキル――オーラフォトンスパイク!」

 

 そして目にも留まらぬ速さを以ておしぼりをゲットしていた沙月が、希美に取って代わろうとする。

 

「何だか懐かしいなぁ。望ちゃん、よく飲み物零してたよね」

「うーん、そうだったっけか?」

「そうだよぉ、もう……都合の悪い事ばかり忘れて……」

「な……まさか、希美ちゃん……その技は!?」

 

 だが、希美は全く動じない。そればかりか沙月の言葉は完全に無視されてしまった。

 沙月は驚きと屈辱の入り混じった瞳で、そんな彼女を見遣る。

 

「巽さんんん?! あれは……あの技はまさかァァァ!」

「その通りです森さん! あれこそ仲良し幼馴染みのみが展開可能な、共有する時間と記憶による固有結界(スイートメモリー)……関係無い者には突破どころか干渉すら不可能な究極のディフェンススキル――ノゾミブロックです! ハハ、同じ幼馴染みでもこの差ァ、素面でやってられっかァァァ!」

「丁寧な解説を有難うございます。はたしてあの防御を突破出来る猛者は現れるのか! 面白くなってきました、そして呪われろ望!」

 

 ヤケクソ気味に気勢を上げる信助と、真世界から以前のように酒を取り出して煽るアキ。

 

「アンタ達、ノリノリね……」

 

 それを見ていたエヴォリアが、呆れた様子で呟いていた。と――

 

「汚れを落とすんだったら洗濯が一番だよ。ボクの【揺籃】の水で洗い流してあげるよ、望!」

「――なっ……!?!」

「っ!? こ、こら、ルプトナっ!」

 

 その刹那、望の後ろからルプトナが豊満な胸を彼に押し付けるかのように抱き着く。望は上辺で抵抗しつつも、満更でもなさそうだ。

 

「……わたしにも……わたしにもあれくらい、ばいーんとたわわな果実があれば……ううう……」

 

 希美がその圧倒的なボリュームを見た後、絶句しつつも己のモノを改める。そして――がっくり肩を落とした。

 

「粉砕ィィィ! トラウマを突いてあの鉄壁を完全に粉砕したァァ! なんて破壊力なんだァァッ!」

「青の真髄は何か……インタラプト? バニッシュ? そんな猪口才(ちょこざい)なモノじゃない、その真骨頂は敵を防御ごと砕く攻撃力だ! あの質量こそルプトナ巨乳(ナントカ)――ランページブルゥゥゥ!」

「解説有難うございます巽さん! さあさあ、あの質量に勝てるのはヤツィータさん位……残るメンバーはどう立ち向かうのか! そして、何より呪われろ望!」

 

 アキが喇叭呑みしていた酒を奪うように信助も一気呑みし、怨嗟に近い実況を開始する。

 

「ふふん、愚か者め。るぷとなよ……物部学園の制服は、手洗いしか出来ぬのじゃ!」

「な、なんだってー!? 足じゃダメなの?!」

「そういう意味じゃあ無いだろ、てかちょっと待て、どんな洗い方をする気だったんだ!」

 

 と、そのルプトナを望の正面からナーヤが指差す。それにショックを受けたらしいルプトナが大袈裟にのけ反った。

 

「判ったのなら引っ込むがいい、そもそもお主らは客じゃろうて。のぞむの世話はのぞむ専属メイドである、わらわに任せておけ」

「いつ俺の専属になったんだよ」

「ぬぅ、なんじゃのぞむ? わらわでは不服か……?」

「うっ……いや、そういう訳じゃ」

 

 そんなイケずな望の言葉を受けて、ナーヤは文字通りにじゃれつく子猫のように彼の膝に顎を置いて見上げた。

 

「出たァァァ! 真打ち登場です! 物量に対抗して、フェチを攻める作戦に出たァァァッ! メイド服に猫耳、止めにロリ! 好きな人には堪らない、真性の三種の神器!」

属性効果(フォース)は常に赤と共に在るもの……その破壊力たるや、正に銀河を吹き荒れる大嵐――コズミックテンペスト!」

「チッキショォォォ、俺もあんな風にされたいです言われたいです、解説の巽さん!」

「先ずは生まれ変わって出直して来て下さい、実況の森さん!」

「そして呪われ望! あとサレスもな!」

「とにかく、持ちうる限りの属性を注ぎ込んだ属性攻撃だ、あれを上回るのは至難の技だぞォォ!」

 

 酒乱なのか喚く信助をアキが嗜め、更には横から酒瓶を取り上げたソルラスカが加わり、精霊の世界で結成した負け犬男同盟が再結成される。

 そして遂に――最後に残っていたカティマが口を開いた。

 

「――ところで、話は変わりますが望……この後、是非行ってみたい催し物が在るのですが付き合って頂けますか?」

「ぶった斬ったァァァ! 今までの流れを完全にぶった斬りましたよ巽さん!」

布津御魂(ふつおみ)の太刀ィィ! 北天の剣神が本気を出したァァッ!」

 

 完全に流れを無視して話を変えて、彼女は望にエスコートを頼む。それに、世刻望(どんかん)は−−

 

「ああ……別にいいけど」

「な、何〜っ! わらわはまだ店番があるのじゃぞ!」

「ええ、誠に残念ですね。沙月殿は生徒会長としての責務が有り、希美はこの後にライブ、ルプトナとナルカナ殿は……確か洗濯と、床を拭くのでしたっけ」

「「「「な……!?!」」」」

「更にファイナルベロシティで置き去りにする気だ! 半端ねェ、北天の剣神マジ半端ねェ!」

 

 今までの揚げ足を取る形で、彼女は瞬く間に恋敵を殲滅していく。そこに情け容赦は、一片たりとも見られなかった。

 

「ふふん……甘いぞカティマ! 吾は全然ヒマだ!」

 

 ババーンと、満を侍してレーメが望の頭の上で踏ん反り返る。

 

「ええ――願ったり叶ったりですよ、うふふ……」

「と、突然だが用事を思い出した。二人で楽しんでくるがいい!」

 

 だが、可愛いモノ好きのカティマの熱い眼差しを浴びてぶるりと身を震わせ、望の胸ポケットの中に撤退して行った。

 

「ちょっとナルカナ! 今この瞬間こそがあんたの傍若無人スキルの発揮のしどころでしょう! 此処を逃したら、あんたなんて存在価値皆無の穀潰しよ!」

「ちょっと沙月、あんたあたしを何だと思ってんのよ! ナルカナ様を敬えー!!」

「駄目ですー! 望ちゃんは午後は私のライブに来てくれる約束なんですー!」

「第一、ボクは洗濯なんてしないってのー!」

「そうじゃのぞむ、今日一日此処でゆっくりしていくがよい! そうしようぞ、な、な?」

「皆さん、往生際が悪いですよっ。望、さあ行きましょう!」

「イダダダダッ、ちょ、腕とか足とか首とか取れる……っ!?!」

 

 そして結局、引っ張り合いの騒乱に発展してしまった。阿鼻叫喚の地獄絵図、それを男子生徒の怨嗟『もげろ』コールが取り囲む。

 そこに、メイド服から学園指定の制服に着替えて来たユーフォリアとアイオネアが揃って現れた。

 

「お待たせお兄ちゃん……って、何この状況?」

「ああ……モテるが故の当然の苦労を味わっているモテ男の観察だ。いやー、モテなくて良かった」

 

 酔いなど無い様子で立ち上がってハハハッとヤケクソ気味に笑い、いつも通りに出した左腕をいつも通りにアイオネアが抱き締めて、並び歩く。

 そんな流れるような一連の動作を、ユーフォリアが思い悩むように見詰めていた。

 

「ん……? どうした、行かないのかユーフィー」

 

 と、振り返り様に何気無く空いている右手を差し出してみる。

 

「……え、あ、うん……」

 

 すると――きゅっと。思いがけずその掌を握り返された。

 紅葉みたいに小さくて、やたらに温かな掌だ。握り締めれば簡単に壊れてしまいそうな、硝子細工を思わせるその儚さに……思わず息を飲む。

 

「……って、わわ、ごめんなさいっ!」

 

 しかしそれも束の間。正気を取り戻したユーフォリアが慌てて手を振り解き、タタタッと軽快にドアから出て行った。

 

「……何だ、ありゃ」

 

 そう吐き捨てつつ、今だに温もりが残る掌を握って歩き出す。

 

「…………」

 

 俯き、僅かに不満の色を浮かべるアイオネアに気付く事無く……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。