サン=サーラ...   作:ドラケン

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理想と 現実と

 百華繚乱の中央島ゼファイアス。美しき箱庭のただ中にあってアキは、空間に波紋を刻んで永遠神銃【是我】と同化したアイオネア……永遠神銃【真如】を携えた。

 

「"予定以上"に早い進攻だったが、所詮は餓鬼の浅知恵よ。我等は貴様の能力を見極める為にわざと泳がせておったのだ」

 

 地を踏み進んで来る足音と共に、錫杖【伝承】の鳴らす澄んだ音色と凄まじいプレッシャーが彼らへ投げ掛けられた。

 身構えるアキだが鞘刃に波紋の刃紋は無く、尽きさぬ筈だった蒼滄(あお)き輝煌も無限光の聖剣(アイン=ソフ=アウル)の使用による反動で濁りきっている。

 

【ごめんなさい、兄さま……】

(気にするな……今は休んでろ)

 

 『空[カラ]』の銃弾も使えない今、何も斬れないその剣銃は無用の長物。加えて彼は、"生誕の起火"の連発で相当に消耗している。

 

「全くだ、我等の手の上で踊っている事にも気付かぬとは……愚かなものじゃ。くくく……猿以下だのう」

 

 同じく踏み出して来る足音、宙に浮かぶ魔法具【栄耀】の単眼が睨むように彼等に向けられている。

 彼の隣ではナル化から持ち直したばかりのユーフォリアが杖代わりにしていた【悠久】を重そうに、苦しそうに構えた。

 

「外部存在に神にも侵せぬ存在……どうだ、手を組まぬか? サルバルの穴を埋める人材を探しておるのだ……計画成功の暁には望むモノをくれてやるぞ?」

 

 だが、その消耗を見越して現れた管理神は歯牙に掛ける様子もない。それどころか、エデガは二人を勧誘までしてのける。

 余計な事を嫌うエトルは、それにやれやれと肩を竦めた。

 

「ふざけないで! あなた達のやり方は好きになれません、話し合う事で解り合う事だって出来るのに……全てを一方的に、暴力や滅びで解決しようとするなんて!」

「仕方なかろう、悠長な方法ではこの時間樹は枯死してしまうのだ。この理想幹さえ我等が管理してきた。故に、我等こそ真の神……」

 

 激昂したユーフォリアの言葉にも、エデガは落ち着き払っている。勝利する絶対条件を揃えての戦闘に、誰が不安など感じようか。

 

「……戯れはもう止せ、エデガよ。こやつらに我等の『理想世界』は理解出来ぬ。ならば今までと同じ……恐怖と暴力にて縛るのみよ」

 

 マナが篭り、紫色の光が【栄耀】を覆う。同時に見開かれたエトルの、どろりと濁った青い瞳。

 対峙する相手の瑕疵を見抜いて、幾度と無く彼に勝利を齎してきた『アナライズ』の眼だ。

 

――知恵が武勇を凌駕する好例、ヤバい状況だ。数はイーブンだが……疲弊しきった俺達で全快の奴ら相手は厳し過ぎる。

 

「……奇遇だな、クソ爺……俺もそう思ってたところだ」

 

 聖外套を腰に巻き、透徹城の門を開く。これで、内部に納めた兵器を使った戦闘が出来るようになるが――これだけでは、十位の担い手にも充たないだろう。

 

「――まぁ確かに涎垂モノの条件だからよ……テメェらを消滅させてから考える事にするぜ!」

 

 それでも、強がる。ただ、『自分よりも強いモノに打ち克つ』永遠神剣【真如】の担い手“天つ空風のアキ”の名に懸けて。

 相棒をスリングにて襷掛けで背負ったアキは疲労困憊の躯に鞭打って、腰のガンベルトに吊した拳銃を手に取った。

 右手に紅金のデザートイーグル【比翼】、左手に蒼金のコルトパイソン【連理】を。

 

――対抗する策は……一ツきりだ。あいつらがそれに気付いてくれるまで堪えられるかが、俺達の生命のボーダーライン……!

 

「ふん、残念だが……どうやら何処までいっても平行線のようだな。我等が計画の為、イレギュラーは排除する……」

 

 溜息と共に掲げられた【伝承】、そのエデガの頭上に現れ出る神異『パワーオブブルー』。

 

「……何、あれ……!?」

「クソッタレめ……見せ付けてくれやがる……!」

 

 嚇炎のビーストソード、切先がY字に分かれた岩の両刃斧剣、闇に染まるズー・アル・フィカール、灼熱の大鉈、氷の断頭剣、流水のクレイモア、砂のグラディウス、風纏う音叉状の和剣。

 根源力にて編まれ、半透明に透き通る色とりどりの剣また剣が――

 

「――消えろ!」

 

 二人へ向けて一斉に刃先を揃え、剣の槍襖が撃ち出された−−!!!

 

 

………………

…………

……

 

 

 光が消えた後、一行は浮遊感と共に迫り来る雪原の拠点フロン=カミィスを見る。望は、【黎明】を抜き放ちながら舌打ちした。

 寄り添うかのように側に居る希美(ファイム)も、すかさず【清浄】を構える。

 

「……ックソ、理想幹神の奴ら!」

 

 難無く着地してのけた学園一行は、狙い済ましたように遅れて落ちてきたアルフェ=ベリオの建造物の残骸を粉砕した。

 降り注ぐ破片の雨の中で、一行は悔しそうに天を見遣る。

 

「してやられたわね……見なさい、アキとユーフィーが居ないわ」

「それもあいつらの狙いだってのかよ!?」

「間違いないわ、厄介な二人組を纏めて始末する気なんでしょう。弱っている今の内に、ね」

 

 天を見上げ、ゼファイアスを覆う光の膜へと舌打ちしたナルカナの言葉に皆の表情が強張る。

 中でも、ルプトナとソルラスカは今にも走り出しそうな姿勢だ。

 

「じゃあ急がなきゃダメじゃん、早く戻らないと!」

「そうだ、急ごうぜ!」

「……そうしたいのは山々だけどね、クー君が転送先を壊してるし」

「「空のバカヤローっ!」」

 

 そんな二人を窘めながら、何かを思案しているヤツィータは溜息を零す。完全に裏を掻かれた、と。

 

「あの光は、理想幹を覆っていた障壁と同類と見るべきかのう……とすれば、破るにはさっきと同じ方法を取るべきか」

「ですがナーヤ殿、今度は完全に打ち合わせ無しです。理想幹神達の妨害も在るでしょうし、流石に非現実的かと」

 

 カティマの言葉にナーヤはむぅ、と唸り声を上げる。その瞬間、絶が神剣の気配が近づいて来るのを察知して腰を低く落し、【暁天】を構えた。

 

「……どうやら、向こうはこちらも逃すつもりは無いようだ」

 

 近付く気配は、この戦いが始まった段階で感じていたミニオンよりも遥かに強大だ。加えて、天より降下して来る巨大な影達も在る。

 

「……ハイミニオンね。あたし達、光をもたらすものにも僅かに数体しか供与されなかった奴らよ」

「少なくとも三十は難いだろうな……しかも、抗体兵器まで」

 

 眉をひそめながら、エヴォリアとベルバルザードが各々【雷火】と【重圧】を構える。それを受け、他の神剣士達も神剣を構えた。

 そこで、スバルが遠くを見遣る。

 

「……もう一つ、悪い知らせです。どうやら、ノル=マーターも来たみたいですね」

「全く、次から次にうじゃうじゃと!」

「防戦は得意なのですが……流石にこの戦力差は厳しいですね」

「しかし、やるしか無いだろう。だが、此処を切り抜けたとしてもどうやって中央島に戻る?」

「……アッキーがさー、壊してさえ無かったらねー……」

「本当、後先考えない上に肝心要でポカやらかすのよ……アイツは」

 

 苛立たしげに吐き捨てたタリア、ミゥは以前の経験から現状を危惧している。そんなミゥを叱咤して、ルゥは差し当たっての問題点を挙げた。

 勿論ワゥやゼゥに解決策は無く、安易な事をした策士を糾弾するに留まる。

 

「そこなんですけど……考えが有ります」

「ポゥもか……俺にもあるぜ、一つだけだが」

 

 だが、ポゥとクリフォードはそんな事を呟いた。皆が一斉に『えっ!?』と彼女に視線を向ける。

 

「本当か!? どんな?!」

「えええ、えっと、その、あくまで可能性に賭ける事になるんですけどどどど……」

「落ち着けよ、お前ら。多分、ポゥの案と俺の案は一緒だ」

 

 凄い剣幕の皆に詰め寄られて相当に(ども)った緑の少女と双刀の青年は『策』を口にした。

 

「成る程……確かに、それに賭けるしかあるまい」

「では、準備を。行きましょう、ナーヤ殿、ソルラスカ!」

「よっしゃ、久々だが気合い入れていくぜ!」

 

 ブリーフィングを終えた一行は役割分担を速攻で終わらせ、各自の行動に移る。ナーヤとカティマとソルの三人はフロン=カミィスに引っ込んで行った。

 

「抗体兵器はあたしが相手するわ、雑魚は任せるわよ」

「分かってる……皆、征くぞ!!」

 

 ナルカナと望の言葉に『応っ!』と応え、残った彼等は再度戦闘を開始する――

 

 

………………

…………

……

 

 

 土埃が晴れた時、そこには古戦場のような光景が拡がっていた。

 (ツルギ)の墓標が林立するその死地に、『フローズンアーマー』と『イミュニティー』を並列にて展開したアキが、ユーフォリアを庇って立っていた。

 

「お兄ちゃん、どうしてっ……!」

 

 彼女の声にも、彼は振り向かない。ただ眼前の、神を名乗る道化師を睨みつけるのみ。

 その道化師に、良いように遊ばれている自身の不甲斐無さを歯噛みしつつ。

 

「大人しくしておればよいものを……貴様からかのう」

「んっく……チカラを貸して、ゆーくん!」

 

 更に、エトルの【栄耀】より撃ち出された『ビジョンスフィア』の紫光を、ユーフォリアの『オーラフォトンバリア』が防御する。

 

「……ックソ……!」

 

 そこで、アキは呻き声を漏らす。他は逸らす事が出来たが、運悪く右の太股を貫き通した翠の和剣を伝って朱い血が地面に滴った。

 

「どうしてあたしを庇ったりしたのっ!」

 

 【真如】の急速治癒が得られない今、負傷は直接的に戦闘力の低下を起こすというのに、彼の得意な高速戦闘の要である脚をやられてしまった。

 

「……ただの帳尻合わせだっての。気にすんな」

「気にするなって……まさかお兄ちゃん、さっきの事……」

 

 脚に走る鋭い痛みを堪えながらも、和剣を引き抜く。気が遠くなるが、敵の神剣の能力で出来たモノにいつまでも貫かれているよりは遥かにマシだろう。

 

「マナよ、光放つ薄絹となり害意を跳ね除けよ――レジスト!」

 

 彼女の精霊光、抵抗のオーラを浴びた傷口は血を流すのを止める。マナ製の躯とは便利なモノだ。

 

「こう見えても守りは得意技だ……生き残るぞ。皆が来るまで……!」

「……うんっ!」

 

 ユーフォリアを……何より、苦痛に屈しそうな自分を叱咤する。

 

「ふはははっ、仲間など来ぬぞ! 外輪の浮島に送り返して抗体兵器やハイミニオン、ノル=マーターを送り付けてやったのだからな」

「ゼファイアスに繋がる転送装置は無い……我等の駒に砕かせた故にな。加えて障壁も展開した、神獣に乗っての進入も不可能!」

 

 それを、管理神達は嘲笑った。丁度ゲームのプレイヤーが、絶対に負けない雑魚敵の起こす抵抗を嘲るように。

 

「どうせ、貴様達は死ぬのじゃ。少し遊んでやろう……」

「「……ッ!?」」

 

 刹那、背後に【栄耀】が現れた。マナにより肥大し、その内部から漆黒の(かいな)が伸びる。

 その狙いは――ユーフォリアだ。振り向こうとするアキだが、脚の傷により素早い動きが取れない。

 

 一方で、対応したユーフォリアは『サージングオーラ』を展開するべくマナを練り上げて――……

 

「真の神に刃を向けるとは、愚か者が……最早、刃向かう事すら許さぬ」

 

 その空間を、凍えた空気が包む。エデガの神剣魔法……マナの恩恵を断つ『フリージングスフィア』が覆った。

 

「あれ……?! なんだか、身体が怠いです…きゃあっ!?」

 

 それにより、マナの欠乏した彼女のスキルは不発に終わる。

 加護の無い彼女に、剛腕の一撃は致命的。何とか【悠久】で防いだ彼女を高く打ち上げる。

 

「クッ……ユーフィー!」

 

追撃を掛けようとする【栄耀】、それに照準を合わせて引鉄を――

 

「貴様らがどうなろうと、我等には関係ない……」

「グあッ?!」

 

 引くよりも早くエデガの言霊が響き、地面が炸裂した。同じく、空中に弾き出されて。

 

「苦悶の声を、上げるがいい!」

「闇に沈め!」

 

 そして二人はそれぞれ、追い縋り打ち下ろす【栄耀】の黒い腕と……エデガの【伝承】が紡ぐ根源力の、巨大な光球に撃たれた――!

 

 エトルの『クライブリンガー』によって花畑へと叩き付けられて、咲き乱れる花を撒き散らしながら転がったユーフォリアが、仰向けに止まる。

 その直ぐ脇の地面に投げ出された【悠久】が衝き刺さった。

 

「……パパ……ママ………助けて……」

 

 痛烈に打たれた躯の軋みに呻いて目を開く。霞んだ眼差しの先には、彼女から僅かに離れてエデガの『パワーオブブラック』を受けて俯せに倒れたアキの姿。

 それを見て、彼女は意識を飛ばしたのだった。

 

「ほう……これは」

「それなりに、やるではないか」

 

 衝き付けていた【伝承】を下ろすエデガと【栄耀】を手元に戻したエトルが嘆息を漏らす。

 倒れ込んでいたアキの腕に力が篭り、もたつきながら……さながら幽鬼のように起き上がった為に。

 

「……カハッ……ハァ、ハ…………!」

 

 自在にカタチを変えて襲い来るエデガの根源力は、第四位という位と相俟って凄まじい威力を発揮する。それはアキが操るモノより遥かに強大だ。

 その一撃をまともに受けて、それでも立ち上がった頑丈さと根性を――嘲ったのだ、『無意味』と。

 

「笑えよ……笑えるのは生きてる間だけだ……あの世じゃあ、もう笑えねぇ……」

 

 即座に纏った『威霊の錬成具』と武術着の上半身部分は燃え尽きて、彼が刻んできた"生命(れきし)"の証明……積み重ねた鍛練と研鑽、幾つもの修羅場で琢磨されてきた細身だが筋肉質でしなやかな猛禽を連想させる、決して消える事の無い幾つもの傷痕(れきし)が残る躯を曝している。

 満身創痍の躯で携えたままの弐挺拳銃を衝き付ける。背負った鞘刃は……未だに濁りきったまま。

 

【おやおや、随分追い込まれてるじゃないかボウヤ?】

【だらしねェ野郎だぜ、それでも媛樣の伴侶か】

(……煩ッせェな、黙ってチカラを貸しやがれ!)

 

 やはり空位の伍挺拳銃も【真如】と同じく無限の弾倉だが、現在は【真如】の加護が無い為にただのカラ銃だ。

 銃弾は圧縮した根源力にて、箱型と円筒型のマガジンごと構築して装填する。

 

「――ハァァァァッ!!!」

 

 【比翼】からは灼けつく熱閃『ホーミングレーザー』が、【連理】からは凍てつく水の塊『メガフォトンバスター』が撃ち出された。合計十三発を撃ち尽くした彼は両マガジンを排して弐挺に再度創り出したマガジンを装填する。

 反動(リコイル)による手首の痛みと、地を踏み締めた事による腿の痛みを堪えて前を見れば――

 

「問題無かろう、この程度」

 

 エトルの【栄耀】より発せられた、マテリアルとフォースの両方に均等に高い防御力を誇る紫の球体バリア『グリムチューター』にて防がれている。

 

『……へぇ、ムカつくじゃないか。上等だね、消炭にしてやるよ!』

『奇遇じゃねェか、同じ事を考えてたトコだ……凍り腐れ!』

 

 声と共に、各属性を象徴する空位眷属の化身たる霊獣達が現れ出た。比翼の紅金鷲が右肩へ止まり、比目の蒼錦蛇が左腕に巻き付く。

 

 そのどちらもが銃口の向いている方向へと――管理神達へと、名匠によりカットを施されたルビーとサファイアのように美しい魔眼の瞳を向けた。

 

『『――果てろ!』』

 

 刹那にて、ノル=マーターが焼き砕かれ凍り砕かれた。迎撃不能の起源弾はその魔法の宝石(ひとみ)に籠められた地を穿つ嚇星の矢『スターダスト』と絶対零度の蒼星の矢『アイスクラスター』だ。

 ギリシャ神話のメドゥーサ退治のような鏡のトリックは通用しない。同じ事をやっても、鏡ごと燃え尽きるか凍てつくだけ。

 

 深淵の銃弾により敵の神剣魔法を撃ち消して戦闘マナを奪いつつ、『初めから命中している』因果を持つ星屑の銃弾で撃ち砕く。

 どれ程強力な防御機構を備えようとも、この弐挺の組み合わせの前には無力だ。

 

「少しはやるようだが、それではどうにもならんぞ」

 

 だが、エデガは赤と青の高位の神剣魔法を、それぞれ青緑と赤黒をプロテクションする根源力の盾『プリズマティックシールド』と『プリズマティックバリア』にて無力化した。

 貫通効果が無い、それこそがこのコンボの唯一の弱点だろう。

 

「……クソッタレ……」

 

 完膚無きまでに自分の努力を凌駕された屈辱に、歯を食い縛った。

 

甚振(いたぶ)るのにも飽きた、そろそろ始末するか……今すぐに、覚悟を決めるがよい!」

 

 その表情を満足げに見下した神は『やっと』、本腰を入れる。

 くるりと一回転させた【伝承】が高く掲げられ魔法陣が空中に展開された刹那、周囲を真紅に染めてオーラが煌めいた。

 

「――二度と邪魔が出来ぬよう……引き裂いてくれるわ!」

 

 永遠神剣に刻みつけられた様々な神の智慧『パワーオブレッド』により、彼の操る根源力が爆発的に膨れ上がったのだ。

 

「我々の計画は完璧じゃ……だが、備え有れば憂い無し。先に備えておくとしよう」

 

 当然、その恩恵はエトルにも分け与えられる。いや増す【栄耀】の光が、妖しく拡散した。

 

――野郎、一体何をしやがった!!

 

 何も起きない神剣魔法の発動に、隙無く身構えたアキのそんな考えを見透かしてか。エトルはニタリと笑った。

 

「……心配せずとも、すぐに勝負をつけてやるわい。罠にかかったと気付いた時が、死ぬ時じゃ!」

「……ッ!」

 

 その刹那にアキは右を大型回転式拳銃トーラス=レイジングブル、【海内】に持ち替える。

 

【追い込まれてから僕を喚ばないで欲しいなぁ】

 

 円筒型の弾倉を装填すれば、彼の前方に現れたエメラルドの魔眼の幽角獣。

 

「悪いな……一丁頼む」

『何にせよ媛樣の為か……仕方ない、守り抜いてあげるよ!』

 

 蹄を帯電させて高く掲げた前脚を振り下ろせば、呼応して翠色の魔法陣が展開された。敵の魔法へと警戒して、せめて防護を固めようとマナ結晶の城塞『ガイアブレス』を発動し――

 

「――くく、死相が見えるぞ!」

「しまっ……!?」

 

 仕掛けられた悪性の罠である神剣魔法『ボトムレスピット』を発動させてしまった。エトルの背後に、妖艶な魔女の如き頭巾とローブを纏った女が現れる。

 それこそが、彼の永遠神剣第四位【栄耀】の守護神獣『滅びの指』。冷酷無比な殺人者である――

 

「こやつは相手を痛め付ける事が何よりも好きなのだからな……楽に死ねるなどと思うな、蕃神の成れの果てよ」

 

 エトルが、攻撃を許可する。口許しか見えていないが、滅びの指は薄く……残虐な笑みを浮かべて腕を指し出した。

 

「……チィッ!?」

 

 そのローブの下から迫り出した、無数の肉質な触手。それは汚れた津波のように競い合って、アキとユーフォリアに押し寄せた――

 

 

………………

…………

……

 

 

 中央島ゼファイアスの、更に中央に座す中枢部……巨大な時間樹の幹が貫く理想郷、幾何学的な紋様の刻まれた立方体の青い石が幾つも積まれている、ログ領域に直接のアクセスが可能な装置の置かれた『ゼフェリオン=リファ』。

 管理神の本拠にして、この時間樹エト=カ=リファの全ての歴史を記す本棚である。無論、一般的な人間が想像する本棚等とは似ても似つかない、光の奔流であるが。

 

 その居城の守護の為に多数が配置されていたノル=マーターを全て機能停止させて、ハイミニオンを消滅させた『人影』はゆっくりと、それに手を伸ばした……

 

 

………………

…………

……

 

 

 前後左右、そして上下からも迫り来る触手の雨霰。対応して、持ち替えた黒金のベレッタM92F【地角】と白金のCZ−75【天涯】の弐挺拳銃に、黒と白の各属性である二本の箱型弾倉を装填して構えた。

 もう篭手と【天涯】に【地角】、下半身には『威霊の錬成具』製の根源力の鎧とホルスターに納めた【比翼】と【連理】くらいしか、残っていない。

 

【次は儂らの出番かな?】

【このような輩に苦戦するなんて、担い手としての自覚が足りないのではありませんかしら?】

(小言は後で幾らでも聞くからよ、今はチカラを貸せッ!)

 

 【地角】からは過重力の暗闇が、【天涯】からは分子崩壊の閃光が撃ち出される。入り乱れる黒白の銃弾が寄せる触手を撃ち砕く。

 

【まぁ、なんて汚らしい言葉遣い……宜しいですわ、言質は取りました。貴方には、媛樣の伴侶に相応しい覇皇となるべく騎士道と紳士の気品と帝王学をみっちりと学んで頂きますわよ!】

 

 銃弾の残る【天涯】を連射しつつ、撃ち尽くした【地角】の弾倉を排する。空弾倉は、地面に落ちる前に根源力を満たし満タンの弾倉として再構築された。

 すかさず左足でサッカーのようにリフティングし、軸にした右脚の苦痛に気が遠くなりながらも拳銃自体を横殴りに振り抜きリロードする。

 

【それは面白そうじゃのう……よしよし、儂も他者の心を手玉に取る手練手管をしっかりと教え込んでやろうぞ。くくく……覚悟しておくがよい】

 

 今度は【地角】を連射しながら、撃ち尽くした【天涯】のマガジンを排す。再びフルの弾倉と化したマガジンを蹴り返して、縦に振り下ろしてリロードした。

 しかしそれは、小石で大津波に太刀向かうような行為。少しずつ圧されて、やがて迫り出した岩石の城塞に背を預ける形になった。

 

『心の底から悍ましい……ワタクシ、久々にトサカに来ましたわ!』

『くく、確かにのう……儂も逆鱗に触れられたのは久し振りじゃ!』

 

 顕現した、右腕に巻き付く黒闇海蛇と左肩に止まった白閃鳳鳳は、蛇球のように蠢く触手の塊を睨みつけて吐き捨てる。

 それぞれ、ブラックオニキスとダイヤモンドの魔眼が見据える敵に狙いを定め――

 

『『――失せろ、下郎!』』

 

 【比翼】と【連理】と同じく迎撃不可能の起源弾として、魔眼の瞳から神剣魔法である『無限回廊』と『ライトニングブラスト』を撃つ。

 暗闇と重力の牢獄に囚われ、回避の出来ないそれらに閃光と焦熱の奔流が襲い掛かる。

 

「中々にやるではないか。だが、侮りはせぬ……ただ対応するのみ」

 

 相当数の触手が纏めて消滅させられが、それでも滅びの指の攻勢は止まらない。この程度ではエトルの予測の範疇なのだ。

 

「なまじ力が有るから、戦おうとする……その力、奪ってくれる!」

 

 そして業を煮やしたエデガが、駄目押しの『パワーオブブルー』を放つ。展開された剣の槍襖は、先程の倍近く。

 アキと霊獣達の三つの口は揃って舌打ち、その触手の波と根源力の剣による砲弾へと更なる起源弾を放った――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 昏みに沈んでいた意識が、明るい方へと浮上する。ギシリと痛む躯に、ユーフォリアは不承不承瞼を開く。

 

「……っう……んん…………?」

「あ……ゆーちゃん、大丈夫?」

 

 その空色の円らな瞳に映ったのは、滄い髪に花冠を戴いた刧初海の媛君と……踏み締めた大地の城壁『ガイアブレス』を発生させて、全周から押し寄せる触手から彼女達を護る翠の幽角獣だった。

 

『おや、目が覚めたかな。可愛いお嬢さん?』

「えっ……? アイちゃんに、貴方は……確かアイちゃんの……」

 

 気付いたユニコーンは振り向くと、『魅了』の効果も持つ翠の魔眼と共に笑顔を向ける。

 

『覚えてくれて光栄だね、僕も君の事はよく覚えてるよ。一目見てずっと気になっててさ。良かったら今度、膝枕をして欲しいなぁなんて――』

「あの、お兄ちゃんはどこに居るんですかっ!?」

 

 そこで、外から銃声が聞こえる。まだ外で戦っているのだと知り、彼女は【悠久】を握り締める。

 

『ちぇ、おかしいなぁ……効いてる筈なんだけど』

「兄さまは外に居るの……私とゆーちゃんを護るように言って、一人で」

「……やっぱり……さっきの起火での事を気にしてるんだ」

 

 どうやら魅了の効果は、全く出ていないようだった。それに幽角獣は溜息を落として壁を眺める。

 一方ユーフォリアは、壁を叩いて開く所が無いかを探している。

 

『止めときなよ、外は色々大変な事になってるから。特に女の子は行かない方がいいよ、エグいし』

「エグいって……と、とにかくここから出してください、早く助けに行かないと!」

 

 しれっと答えたユニコーンの言葉の通り、この城壁に隙間はない。マナが練り込まれた超硬度の岩石は触手の侵入を許さない為に天蓋を作り、地中すら固めているのだから。

 

『護られてる内が華だよ。世の中、護って貰いたくたって護って貰えない奴だって居るんだからさ』

 

 その発動元である、足元で輝いている魔法陣を、幽角獣が術式を解かぬ限りは。

 

「……それは、違います。だって、あたし達は……家族だもん」

『家族だからさ、護りたくなるんじゃない? それが動機じゃないか、君も』

 

 ぷるぷると、少女は蒼穹と同じ色の髪を揺らした。そのさざめきに一角獣は、陽光の注ぐ大空を連想する。

 

「家族は護り抜くものなんかじゃない……護り合うものだから!」

「……!」

『……』

 

 その台詞にアイオネアはぎゅっと掌を握り締め、幽角獣は眼を細めて彼女を見遣る。

 

 それは彼女達の両親の在り方だ。かつて、とある世界での戦争中に出逢ったユーフォリアの両親は、その戦争で背を預けて戦い抜き結ばれた。それは決して一方的に護るようなモノではなく、互いに互いを護り合うモノだった。

 永遠者として終わらぬ戦いの渦中に身を投じた今でも尚、想い合い護り合う。そんな両親の後ろ姿を、ずっと見続けてきた彼女だ。

 

 そしてアイオネアの両親もまた、彼女を護る為に全霊を尽くして、自分達を護り合った。結果的には道を違えたが、それも互いが必ず最後には解り合えると知っていたからに外ならない。

 

「……だから、お願い……お馬さん、ここを出して!」

『馬は酷いなぁ……これでも気高き幻獣種の代表格なんだけど』

 

 ユーフォリアの必死の願いに溜息を漏らして、幽角獣は――

 

『判ったよ』

 

 天蓋の一部がカタパルトのように開く。そこから出ろと言う事なのだろう。

 

『残念だけど、僕には君より媛樣の方が大事だから。どうなっても知らないよ』

「うん、ありがとうお馬さん!」

『はは……もういいや』

 

 変型した【悠久】に乗り、そこを目指そうとして……彼女は俯く媛君を見る。

 

「大丈夫だよ、アイちゃん……直ぐに一緒に帰って来るから、一緒にお灸を据えちゃおうね」

「ゆーちゃん……私は……いつもそう…………護られてばっかり……」

 

 その唇が紡いだのは、自責の言葉だった。魂の契約を誓い合った、共に歩むべき伴侶の危機…そして生まれて初めて出来た親友も危機に飛び込もうとしているというのに、チカラを発揮する事も出来ない不甲斐無さに。

 

「ずっとずっと……父さまに母さまに、【調律】さまに皆に……兄さまにゆーちゃん……」

「アイちゃん……」

 

 胸元で祈るように掌を組み、瞼を伏せて。弥榮(いやさか)なる"生命"を象徴する刧初海の姫君は――

 

「護られてばかりなんて、もう厭……迷う事なんて無い……私は……」

 

 万象を"肯定"する剣銘(なまえ)を持って、"否定"のみしか"否定"する事を許されない彼女は――金と銀の、右左で色の違う龍眼の瞳を決意に染める。

 

「私は天地の狭間に生まれた唯一の空位永遠神剣【真如】……ありのままである事を肯定する……不可能は不可能だけ……」

 

 その願いを"肯定"する。生まれて初めて、己の欲望を肯定した。

 そもそも『空位』とは名のみの、誰も就いていない位の事。故に最低の位だが……その位に就いているからと言って『他の剣に劣る』と何故言えようか。むしろ、それ故に彼女は奇跡を起こせるのかもしれない。

 

 この空位永遠神剣の本来のカタチは"生命(いのち)"、何であろうと限定されぬ『可能性』を宿した空海だ。

 諦めない限り、"生命という奇跡"はあらゆる奇跡を起こす可能性を引き寄せられる唯一の奇跡。

 

「――遍く可能性を斬り拓く神刃(ヤイバ)を振るう為の、神柄(ツカ)なんだから……!」

 

 『終わりより始まる』というその永遠神剣が紡ぎ出す奇跡は、決定された未来を覆して超越する事。

 それは神のチカラをもってしても否定出来ぬモノ……否定を否定する概念を宿す"彼女"を止められる概念など、決して存在しえない。

 

 故にこの刃とその担い手は、進む道を閉ざそうと立ちはだかる障害の全てを、凌駕してのける可能性を有している――……!

 

 

………………

…………

……

 

 

 ずるりと蠢く触手に取り囲まれ、太刀(たち)尽くしたアキは力無く息を吐く。最早、引鉄を引く体力も気力も残っていない。

 

「よく堪えたのぅ……正直、予想外じゃったぞ」

「全くだ、前世とは比べるまでも無かったぞ。ただ……我々の敵では無かったな」

 

 触手の海が十戒のように割れて、そこを管理神達が歩む。そして……エデガが最後通牒を行う。

 

「もう一度だけ言おう……我等の駒と成れ。そうすれば貴様も、その岩戸の中の娘も助けてやる……」

 

 勝利を確信した、傲慢な言葉。それに、アキは――

 

「……そうだな、流石に……もう無理だし……これで終わりにしようぜ」

 

 スッと、何も持っていない左手を……まるで握手をせがむかのように差し出した。

 

「……く、ははは……そうだ、それでよい……敗者とはいえ、礼を尽くす者にはそれなりの待遇を約束しようぞ」

 

 エデガは実に愉快そうに、快哉快哉と笑う。笑いながら直ぐ近くまで歩み寄り、永遠神剣【伝承】を持っていない方の左手をアキヘと差し出して組み合う。

 

「――あばよ」

「――何ィィッ!?」

 

 ……前に摺り抜け、その左の袖裏から飛び出して構えられたスリーブガン――暗殺拳銃(デリンジャー)【無銘】に、左胸を撃ち貫かれ――

 

「それで勝ったつもりか? 哀れな……管理神の力を見せてくれよう」

「――何ッ!?」

 

 だが、そのエトルの見下す声に呼応してか、エデガの周囲から黒いマナが溢れ出る。

 それはエデガの銃創に吸い込まれ、瞬く間に傷痕まで消し去った。

 

「……ふ、我々の伝承こそが真実となるのだ…貴様に付け入る隙など無い!」

 

 それこそ、エトルが仕掛けていた真の罠。受けた傷に反応してそれを癒す治癒魔法『ライフバーン』、この戦闘の開始時に仕込まれたモノだった。

 

「……我々に逆らった罪は、万死に値する……」

 

 憤怒に染まったエデガの【伝承】から、光が溢れる。膨れ上がっていく根源力と共に――四本腕にヘルムを被った、筋骨隆々の蛮族の如き巨人が現れた。

 その腕にはそれぞれ黒塗りの刀に深紅の斧、深緑のハルバードに青い鉈剣を番えている。

 

「――楽に死ねるなどと、思うなァァッ!」

 

 それこそが、第四位神剣【伝承】の守護神獣『全能のパーサー』。破壊衝動の塊、正しく獣――!

 

『オオオオオオォォォォォ!』

 

 咆哮と共に、四つの得物が抵抗も出来ないアキに向けて振り下ろし、或いは振り抜かれる。

 滅びの意念が籠められた、暴風の如き乱撃は『ウィンドオブラス』。技巧も何も無い、ただただ目に映るモノを破壊しようとするだけの暴力の権化。

 

 それがアキを捉える瞬間――

 

「「「――――?!」」」

 

 三人が同じ場所を見遣る。ある一点、膨大なマナが凝集して――木っ端微塵に吹き飛んだマナ結晶の岩戸と、そこから飛び出した一条の蒼滄い光。

 

「ぬうぅっ!」

 

 その光は呆然としていたエトルを捉えて三重の魔法陣となるや、オーラフォトンの爆発と化して粉塵を巻き上げた。

 そして――三対のスフィアハイロゥを携えて、構えていた『永遠神銃(ヴァジュラ)』から『オーラフォトンビーム』を放った()()が飛び出して。

 

「――チカラを貸して、ゆーくん……アイちゃん!」

 

 アキを庇って両手に二本の大剣型の永遠神剣……穢れ無き聖光で形成された刃を持つ第三位【悠久】と永遠神銃【是我】によって、パーサーの得物四つを受け止めた――

 

「――ユー……フィー?」

 

 すらりと伸びた手足、大人びた顔付き……幼女ではなく、アキと同年代くらいのユーフォリアの姿が映った――

 

 

………………

…………

……

 

 

 フロン=カミィスの周辺は、爆音と燃え立つ残骸、断末魔とマナに還り逝く死骸、焦げた鉄と肉の鼻を突く臭いが溢れるこの世の地獄と化していた。

 美しかった景観は見るべくも無い程に荒れ果てていると言うのに、それでも戦いは終わらない。

 

 納めたままの刀を構えて、無防備な背中に襲い掛かる黒。その居合『月輪の太刀』が――

 

「凶運招く死の剣よ、あんたに死兆を見せてあげる――ストームブリンガー!」

「あは、あはは…きゃははは……」

 

 神剣ごと、振り向き様に放たれた質量すら持つ闇の剣に断たれる。

 

「あたしの名に連なる力、王の聖剣――エクスカリバー!」

「……重ッ傷……」

 

 更にその隙だらけの背中を狙った青が『ヘヴンズスウォード』にて斬り掛かるも、不可視の剣に苦もなく両断されてしまった。

 

「フシュウウウ……!」

 

 その絶望的な戦局を打開すべく、抗体兵器と三体のハイミニオン、二十機を越すノル=マーターにて構成された軍勢。

 一斉に攻撃の姿勢をとったそれらが、攻撃を行う――よりも速く、打ち鳴らされた拍手が一つ。

 

「叢雲の名の下に命ず。汝、世界霊魂の大海に還れ……」

 

 ナルカナの詠唱と共に地面と頭上、その中間に三重冠の紅い魔法陣が展開される。

 それと同じくして、赤い不死鳥が現れる。第一位永遠神剣【叢雲】の意思である不死鳥……ナルカナの守護神獣『転生と誕生の翼』が。

 

「――リインカーネーション!」

 

 その放った聖なる焔が、敵を包み込み焼き尽くす。死と再生の象徴たる焔に抱かれた全てが、可能性の大海へと還っていく。

 

 手も足も出ないとはこの事だ。長く艶やかな濡れ羽烏色の黒髪と白い袖を舞姫のように振り、戦闘開始以来『一歩も足場を変えず』に拠点を護りながら、正に剣舞を見せるナルカナ。

 この地獄にただ中に在って、血の一滴すらも浴びずに咲き誇る大輪の菊花。常日頃の尊大で傍若無人な振る舞いも納得出来る、それ程に圧倒的な強さと美しさ。

 

「1+1=2じゃない……あたしと神獣、合わせて200! 10倍よ、10倍!(※100倍です)」

 

 これさえ無ければ、だが。

 

 勝ち誇っているナルカナだが、敵はまだ残っている。ハイミニオンこそ全滅させているが、抗体兵器はあと十機。ノル=マーターは、まだ五十機以上。

 

「このっ、ちょこざいなー! きーっ、せんせーに言ってやろー!」

 

 それらが全て遠巻きに取り囲み、ナルカナに向けて銃撃や神剣魔法、虚のチカラを放とうとする。

 流石に護りきれないと焦り、子供の負け惜しみのような事を口走る彼女。

 

「――ナルカナ、準備完了だ!」

「うひゃあっ!?」

 

 望がナルカナの手を引き、拠点に向けて走り出す。それを合図き、各々で戦っていた面々が集結して拠点に飛び込んでいった。

 

 最後の望とナルカナが拠点に飛び込んだ瞬間に機械兵達は一斉射撃を遂行する。様々な銃弾、そして虚無の竜巻にフロン=カミィスは木っ端微塵に粉砕された――

 

 

………………

…………

……

 

 

 己が全霊を籠めた四本腕の殺撃を、自身の八分の一程しかない少女一人に防がれて。

 パーサーの頭部を覆うヘルムから覗く巨大な単眼が見開かれて驚愕に……そしてすぐに血走り、烈火の如き憎悪へと染まる。

 

「……っ!」

 

 永遠神剣【悠久】と永遠神銃【是我】、三枚のシールドハイロゥで四本を受け止めたユーフォリアに襲い掛かる、根源力を消し飛ばす滅びの意念を孕む嵐。

 これこそが『ウィンドオブラス』の真の威力、敵対者に戦闘マナを失わせてこの後のパーサーの殺戮を円滑に進める為のモノであり、そして――

 

「鼠など……踏み潰すのも面倒だ。じっとしておれ、纏めて消し去ってやるぞ!」

 

 エデガの、敵の根源力を奪い取る『フリージングスフィア』も――

 

【――ゆーちゃん、私の力……受け取って!】

「力が……マナが戻ってくる……さんきゅだよ、アイちゃん!」

「ッ……鬱陶しい連中よのぅ!」

 

 ユーフォリアが一体化した、零よりマナを生み出す【真如】の前には何の意味も無い。余りにも無意味――!

 

「――たぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 振り抜かれた【悠久】の光の刃は、パーサーの持つ得物を全て弾いた。

 

「いくよゆーくん、あたしたちは……!」

【うん……いこうユーフィー、僕達は!】

 

 その隙を突いて、彼女は二ツの力を重ね合わせる。【悠久】の柄を握り締めて、【是我】と同化させ――供給される莫大なオーラフォトンを瞬かせながら大きく振りかぶった。

 

「【――希望を繋ぐ、チカラになる!」】

 

 本来の姿である【真如】は最早『空』そのものだ、何であろうとそれと同じ概念を持たぬモノには触れる事も能わぬが……故に全てと重ねられる。

 

「オオオオオォォォォォッ!」

 

 四本の腕ごと武器を弾かれてタタラを踏まされた巨人兵だが、むしろその反動を利用して右上側の腕に握る刀を振り下ろす。

 

「最大の力を!」

 

 それに対応し、袈裟掛けに大きく振り抜いた【悠久】。鍔競り合うまでも無く、無限より莫大なマナを補給する"刃"による無限光の刃はその刀を粉砕した。

 だが、パーサーは右下側腕に握る深紅の斧で薙ぎ払う。

 

【最高の速度で!】

 

 返す太刀で下段に振り払った刃が斧と共に地面を斬り刔る。そして、振り上げる剣戟で左上側腕から振り落とされた深緑のハルバードを粉砕して、三対のウィングハイロゥを展開したユーフォリアは高く……高く飛び上がる。

 

 大上段に振り上げた全き聖なる剣は、彼女の姿を逆光とする。霞むその姿――あらゆる可能性を実現可能な刃の加護。

 それを左下側腕の青い鉈剣を四本の腕で構えて防御する事を試みたパーサー。

 

「【最善のタイミングっ!」】

「ガァァァァァァッ!!?!!」

 

 振り下ろされたのは無限光の剣戟、希望を繋ぐ掛橋……彼女の父親の剣技『コネクティドウィル』そのものを見舞う。

 鉈剣を両断されて、更に左側の腕二本を斬り落とされたパーサーが絶叫しながら送還された。

 

「お兄ちゃん、あたしたちの力、受け取って――ポゼッション!」

 

 巨人の狂戦士を真っ向斬り伏せたユーフォリアは、『あらゆる存在を許す輝き』を渡す。

 

「ハハ――将来有望だとは思ってたけど、まさかこれ程とはな! 俄然、死ねなくなったぜ!」

 

 【真如】のチカラは、担い手以外では堪えられない。『器』という概念であるからには限度を定めるモノ、故に無限以上を納める事は不可能だ。

 だが、彼女は――平然と。それは即ち、『()()()()()()()()()姿()』として、『可能性の海』から実現した姿か――……

 

「あたしの命の全て……光になって、悠久と一つに――ッ!?」

 

 そして最後の一撃……彼女の母の『エタニティリムーバー』をエデガに加えようとして――突然、体を襲った痛みに動きが止まった。

 

「うぅ……力が、溢れ過ぎてる……お兄ちゃんは一体、どうやったらこんな力を制御できてるの……」

 

 無尽蔵に湧き出す【真如】からの供給に、需要が追い付かない。瞬く間に供給過多となった彼女の身を、内側からマナが圧迫している。

 まるで、『()()()()()()()()()()()()()()』かのように。

 

「ぬぅっ……我等は絶対だ、誤差など有る筈が無い!」

 

 そこに『オーラフォトンビーム』を『グリムチューター』で辛うじて防ぎきり、そのユーフォリアに向けて全てを見通す『アナライズ』を発動してエデガと同時に攻撃指示を出すエトル。その背後に立つ滅びの指の触手が、彼女を狙い伸びる。

 

「どこ見てやがる、テメェの相手は――俺だァァァァァァッ!」

「ぐっ!? 流石……というべき……か」

 

 が、その濁眼に映ったのは神にすらも不可知なる可能性を携える青年の右手の【海内】……幽角獣の魔眼『エレメンタルブラスト』。連射された翠色の雷嵐が、触手を薙ぎ払う。

 

『さて、僕の役目は此処までだ……後は自力でどうにかしてよね』

「何が『僕の役目は此処まで』だ。結局役目熟せてねぇだろ、この駄馬!」

『うわぁ、あの娘にならともかく君に言われると心底腹立つ。それに仕方ないだろ、本気の媛樣を封じられる訳が無いじゃないか』

 

 それと同時に、アキは脚の痛みを推して駆け出す。並走する幽角獣だったが、送還されて姿が消えていく。

 

【媛様……"生命"の生み出す可能性を封じ込めるなんて傲慢な事は、何にも出来ないよ。母なる海から上がって、やがては父なる星からすらも旅立とうとするようにね】

「成る程、道理だなッ!」

 

 ならば、この生命も立ち止まる道理は無い。グリーヴを纏った脚を踏み込み、根源力を爆発させて加速を得る。

 

「――我に叶うと思うておるのか、愚か者め!!」

 

 その瞬間、エトルの手元で無気味な紫色の光を発しながら浮かんでいた【栄耀】が多数の分体を生み出した。

 それらは自ら死地へと向かい来る、愚か者を取り囲んで浮遊する。しかしアキは速度を落とさない。気炎の燃え立つ青年の瞳は、己の勝利を確信した老獪なる神のみを捉えている。

 

――超えられる。そうだ、俺の師は時を詠む事で必勝を成す女神。ならば……俺はあらゆる可能性を詠む事で必勝を成そう。

 

「まだ抵抗するというのか……よかろう――散れ!」

 

 同時一斉に、光を放つ【栄耀】。まるでレーザーの檻のようなそれは『ホロウアバター』。

 捕えた獲物の神名や、永遠神剣が与える補助効果を砕き抹消する……永遠神剣から与えられる力で刃向かう愚者の虚妄を殺す為の、“欲望の神”エトル=ガバナの秘奥――!

 

「遅い――」

 

 対して、"生誕の起火"……刹那の後の世界を迎える最小の一歩にして、神にも不可能な明日を斬り拓く最大の一歩を斬り拓くチカラだ。

 限界など無い。"生命"が象徴する無限の光は、時間すらも超越して"遍く可能性を斬り拓く"――!

 

 針の穴を通すような身のこなしでアキは、加速し続けながら光線を全て掻い潜った。

 

「なんだと、我の予測を上回るというのかッ!?」

 肉だらだらと、脂汗を垂れ流す『強者』。薄した弐騎、道化の神と渾名の通り"風"と化した伽藍洞の志士。至近に到って、繰り出されたのは、その――――『拳』!

 

「――…ッぎ……!」

「ふ、はひ、ハハハハハ……! 痴れ者め、神剣も無しに我を討てると思うたか!」

 

 それは当然、強固なマテリアル防御力に加えて悪辣なまでに高い反撃効果を持つ紫色の球体バリア『インフェナルチューター』にて護られたエトルには届かない。

 それどころか、攻撃を加えたアキの方が一方的にダメージを受けてしまう。

 

「……ハ、解ってねェな。【真如】なら……此処に有るぜ!」

 

 【栄耀】の放つ圧力にバラバラに吹き飛ばされそうになる体躯の、そのど真ん中……心臓付近の傷痕を左手で叩く。その傷痕こそ、彼の契約の証。

 彼の契約した神剣は"生命"なのだ。ユーフォリアが持っているのは、そのチカラのただの媒介。

 

「……どういう意味だ?! 貴様の神剣は、あの小娘が……!」

 

 そうして、予想外の返答に焦る道化の神を笑う。真実などを知らせる義理などない、知者を気取る愚者だろうが愚者を気取る知者だろうが、彼にとってはただ冷笑(わら)うべき対象に過ぎない。

 

「第一テメェらな、『計画通り』とか『侮らない』とか……そんな事言ってる時点で――!」

 

 ミシミシと軋みを上げるバリア、擦れ合う硝子のように耳障りな音が内側に響き、その元凶たるヒビが見てとれる。

 慌てて濁眼を見開いたエトルだが――敵の瑕疵を見抜く神剣魔法、『アナライズ』の瞳でも、アキの拳には回避方法も脱出方法も迎撃方法も見出だせない。

 

「何という、こんなところで……我が敗れる?! そんな、そんな莫迦なッ!!」

 

 その魂は概念的な対象にならず、その躯は決して侵されないのだ。如何に全てを見抜く眼だろうと、見えないモノは見えない。

 そもそも、彼は――全ての可能性でその拳打を必中させる。それを可能とするのが神剣宇宙で唯一、"確率の支配者"たる永遠神剣空位【真如】の担い手の権利――!

 

「とっくの昔に油断してんだよ、糞爺ィィィィィィッ!!!!」

 

 そして『限界突破』と共に突き出した本命の左――綺羅から貰った護り刀にて、アキは黄泉と同調するエトルの防御『インフェナルチューター』を完全に粉砕してのけて。

 

「フグォォァァァッ!!?!?」

 

 必中にして必勝の一撃、彼の師の奥義である『クリティカルワン』を――【栄耀】を刃先で捉え、エトルの皺だらけの顔面とその背後の滅びの指ごと抉り込ませた――!

 

 背後に居た滅びの指を巻き込んで殴り飛ばされて、数十メートルも吹き飛ばされたエトル。

 持ち主と同様に失神したらしく、送還された滅びの指。残ったのは……圧し折れた鼻からだらだらと血を流し、ささらのようになった歯を見せたままに白目を剥いて気絶している老人だけだ。

 

見曝(みさら)せ……神剣の加護に頼りっぱなしで俺達に勝てるかよ。もっと躯を鍛えな、カミサマよぉ……」

 

 拳を振り抜いた姿勢のまま、アキは返吐を吐く。無茶をした右腕は、一体どんな状態になっているか想像すらしたくない。

 

「エトル!? おのれ、若造どもめ……我が本気を知り恐れ(おのの)くがよい! この攻撃を凌げたらな!」

 

 自身の神獣を打ち倒され、更にはエトルが敗れた事を悟り、焦燥を隠せなくなったエデガ。その背後に『パワーオブブルー』を遥かに上回った、圧倒的多数の剣が展開される。

 その技こそ、エデガの奥義である『パワーオブグリーン』。指向性を持たせた根源力、この理想幹の潤沢なマナに応じて、それは正に無数――!

 

「……っゆーくん、アイちゃん!」

【くっ……解ってるさ!】

【ゆーちゃん……【悠久】さん……】

 

 その切っ先全てを向けられているユーフォリアが、剣を構え直す。

 だが、苦痛は止まない。内側から引き裂かれるようなその鮮烈なる痛みに歯を食い縛って――

 

「――いけるな、ユーフィー!」

「あっ……お兄ちゃん……うんっ!」

 

 その彼女を背中から抱き抱えるように、アキが剣の柄を握った。己の左手を彼女の右手に、右手を左手に重ねて……『(無限大)』を描く。

 その瞬間、今まで感じていた痛みが嘘のように消え失せた。

 

「理解しろ、等とは言わん。此処から…去れ!」

 

 今か今かと、獲物を狩れとの主の号令を待ち侘びていた剣の槍襖が通過点に在る全てを薙ぎ払って、暴威の剣嵐は到達点の若き二人の命を狩り取るべく、一斉に空間を疾駆する――!

 

「「【【――――ハァァァァァッ!」」】】

 

 揃って一歩を踏み出す。その剣嵐に対し、圧倒的多数の暴力に一歩を踏み出して、横一閃に。

 無限光の刃は確かなカタチを為し、因果を絶つ聖刃は押し寄せる剣の嵐すらも難なく打ち砕き、斬り拓き――

 

「この身が滅ぼうとも……為さねばならん……のだ…………」

 

 『プリズマティックシールド』で防ごうとしたエデガは、【伝承】ごと両断されたのだった――……


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