サン=サーラ...   作:ドラケン

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悪意の螺旋 廻る糸車 Ⅱ

 斜陽に紅く潤んだ風が、瞑想するように目を閉じて山道の真ん中に立ち尽くす少女の白い肌を撫でて、銀色のツインテールと黒い装束を靡かせて消えていく。

 何台もの車がクラクションを鳴らしながら通り過ぎ、それに飽き足らず罵声を浴びせた運転手もいたが、少女は誰一人相手にしない。泰然自若とはこの事か。

 

 永らく、彼女が手を下す事はなかった。以前、『とある永遠者の夫婦』との戦いでの事実上の手痛い敗北により、この情けない姿になってまで再度時間樹に入って以降、全力を出す機会など無かったのだ。

 だが、漸く全力に見合った相手が現れる。分割されて封印された剣でもなく、外部から侵入した闖入者でもない。『この世の外』の存在どもが。

 

「――地位神剣とは、法の守り手……つまり、貴様のように『法の埒外の悪漢(アウト・ロー)』を認めはせん」

 

 その瞬間――彼女は凄まじい闘気を発しながら目を開いた。それに答えるように、鋭いブレーキ音が木霊する。

 即ち、彼女――フォルロワのサファイアの瞳に映るのは。

 

「――タツミ=アキ。この世の外側より訪れし者……」

 

 少女二人を乗せたサイドカー付きバイクに跨がる、フルフェイスの男――――

 

 

………………

…………

……

 

 

 西日に染まる峠道を、一台の黒いバイクが力強く駆け登っていく。緩やかな坂道なのだが、その馬力で物ともしていない。

 

「はやいはやーい、ゆーくんよりずっとはやーい!」

【な、何を~! ひどいよユーフィー、僕の方が速いし、空だって翔べるんだから!】

「えへへ~、言ってみたかっただけ~♪」

 

 後部席できゃいきゃいとはしゃいでいるユーフォリアに対し、速すぎて怖いのかアイオネアは目を固く瞑っているばかりだ。

 

「ユーフィー、あんまりくっちゃべってると舌噛むぞ? あと【悠久】、このバイクはノル・マーターだから空もいける」

【兄さんまで……アイちゃん、慰めて~】

「あ、あはは……」

 

 四人は、そう会話を楽しむ。【悠久】とアキが会話できるのは……彼が最早、永遠神剣と変わらない存在だからだろうか。

 そして、頂上付近に差し掛かる。眼下に物部市を望む眺望を楽しみながらヘアピンカーブを曲がり――

 

「――――チッ!?」

 

 突如沸き上がった強大なマナの圧力に、車体を傾けながらブレーキを掛ける。

 

「お兄ちゃん……今の」

「兄さま……」

「……まぁた、知り合いが実は敵のパターンかよ。もう飽き飽きだぜ」

 

 二人の声を聞きながら、一点を睨む。車道の中央線を跨いで立つ、黒衣の少女を。

 

「確か――フォルロワだったっけ?」

 

 うんざりと面倒臭そうに見詰めて呟いた。

 

「気安く我が名を呼ぶな……友人でもあるまいに、返吐が出る」

「ああ、そりゃあ慣れてねぇよな。友達居なさそうだもん、アンタ……因みに、何で闘わなきゃいけねぇのかは説明して貰えんのか?」

「決まっている。この時間樹の意味の貫徹と、神剣宇宙の理を犯す異物の抹消の為だ、敵性宇宙(インヴェイダー)――『()()()()()()()()()()()()()』よ」

「ちっとも訳わかんねぇよ……だったら理想幹神の所に行って欲しいし、放っといて欲しいね」

 

 嫌みに嫌みを返せば、不快そうに見詰めてくる氷を思わせる青い瞳。言葉のナイフの応酬の最中、怜悧な美しさと相俟ってどこか人外の念を想起して――ふと、気付いた。

 

「そうか――お前、化身か。道理で()()()()()()()()()()()だぜ」

 

 その異質さは、アイオネアやナルカナに感じるものと同一だと言う事に。

 

「ほう……多少は知恵が回るか。良かろう、名くらいは聞かせてやる」

 

 それにフォルロワは、多少アキを見直したような目を向けた。ゴミクズから虫けらへのランクアップが『見直した』の範疇に入るのならば、だが。

 

「我が名はフォルロワ――――第一位永遠神剣【聖威】が化身にして、地位永遠神剣【刹那】が代行者……ロウ・エターナル、『地位の派閥』がリーダー、フォルロワなり」

 

 そして――漆黒の鏃のような両刃を持つ、自身の身長をも上回る巨刃剣(グレートスウォード)を虚空から抜き放った。

 

「第一位って……ナルカナさんと、同格……」

【うん……ハッタリじゃない。すごい力だよ……平伏したくなるくらい】

「ナルカナさん……【叢雲】と同じ強さ……はぅぅ」

 

 フォルロワの名乗りと共に、発された精霊光(オーラフォトン)が周囲を満たす。

 ユーフォリアは召喚していた【悠久】を握り締める。その【悠久】も、同じく【真如】の化身であるアイオネアも畏怖に満ちた思念と言葉を返した。

 

「ハ――そりゃ大したもんだ。だけどまぁ、だったら此方の方が位は上だな」

「ふぇ、お兄ちゃん?」

「に、兄さま……?」

 

 そんな二人の肩を抱き寄せつつバイクを己の城の宝物庫に納めた輪廻龍皇(アキ)は、ヘルメットを脱ぎながら不遜な迄に余裕に満ちた態度を見せる。

 戦意を折ろうと迫り来るフォルロワのオーラフォトンを、ダークフォトンで中和しながら。

 

「何せ、此方は『空』位……古代インドじゃ『零』を表す言葉。つまりアイは零位神剣、俺はその担い手だ。そんな俺達が、担い手もなく格下の相手に『()()()()()()()()』だろ?」

「兄さま――はい、兄さまがそう信じ続けてくださる限り……わたしは、わたし達は全てを斬り拓けます!」

 

 獰猛に口角を釣り上げたアキの笑顔に、アイオネアは嬉しげに微笑んで――ステンドグラスの薔薇窓の如き絢爛たる精霊光と共に、その身を鞘なる刃【真如】へと還した。

 

 アキはそれを受け取り、招聘した長剣銃形態の永遠神銃【是我】を納め――スピンローディングして小さなスターマインの各属性色のオーラを煌めかせつつ衣服をアオザイ風の戦衣に変えて軽鎧を纏い、漆黒の聖外套を羽織りながら激励のオーラ『トラスケード』の追い風を展開。

 青生生魂(アボイタカラ)波刃紋剣(ダマスカススウォード)の剣先を突き付ける。

 

「テメェは踏み込んじゃいけねぇ領域に踏み込んだ。俺の大事なもんに手ェ出すってんなら――――」

 

 『()()()()()()()()()()()()』、それこそアイオネア――【真如】と言う永遠神剣の本領だ。

 『勝てない』からと言って『負けない』道理はなく、『負けない』からと言って『勝てない』道理はない。この永遠神剣は、その矛盾を衝く。

 

 だから、どちらでも良いのだ。自分より強い相手にならば『()()()()』事を代償に、自分より弱い相手にならば『()()()()』事を代償に勝利する可能性の有無を生む、矛盾の鞘刃(さや)

 

「第一位だろうがその担い手だろうが何だろうが、殺す。生まれて来た事を後悔するくらい、絶望的にな!」

 

 それこそが空位永遠神剣【真如】、そしてその担い手“天つ空風のアキ”――――

 

「下らぬ妄言を吐く――良かろう、貴様らは今我が持てる力の全てを以て滅ぼしてくれる」

 

 その言葉に不快を隠そうともせず、フォルロワは【聖威】を構える。黒い刃はオーラフォトンを纏い、断てぬものなど無いとばかりに圧倒的な存在マナを放つ。

 

「っ……甘く見ないで下さい、貴女は一人だけど、あたし達は四人なんですからっ!」

 

 くるりと回転させた【悠久】を構えると、同じく戦衣を纏ったユーフォリアもまた臨戦態勢をとる。

 展開されるは鼓舞のオーラ『インスパイア』、二重のオーラが複雑に絡み合う。

 

「一向に構わぬさ、数なら――」

 

 そこで、フォルロワが指を鳴らす。パチン、と軽快な音が立った瞬間――辺りの空間がメスで切り開かれたように裂け、次元の向こうから多数の抗体兵器が現れ出た。

 

「此方の方が上だ」

 

 更に、裂けた空間が逃げ場を無くす檻と変わった。外界と内部の接続は完全に断ち切られ、フォルロワが解除するまでそれが消える事はあるまい。

 

「あうう、またあのおっきなロボットだよぉ……あたし、硬くて苦手」

【その硬いのにぶつかる僕の身にもなってよね】

「俺もデザインがキモくて苦手だな。だが、丁度サンプルに可動機体が一機欲しかったんだ」

【生け捕りにするんですか、兄さま……】

 

 だが、『四人』には気負いすらない。『涅槃ノ邂逅』で自らに有利な状況を作り出し、目から放つ怪光線『地ヲ祓ウ』、光背を光の矢と変える『空ヲ屠ル』。更に、強固な装甲を『峻厳ナル障壁』を頼りとして迫り来る抗体兵器の群れを前に――

 

「抗体兵器は任せたぜ、ユーフィー。俺は指揮者を倒す!」

「うん、任せて!」

 

 硬度を問わずにあらゆる物質を両断する『空間断絶』と、ごく小規模ながら『門』を開いてその彼方に放逐する『プチニティリムーバー』の二太刀が、最前列の抗体兵器四体を両断。

 それに一瞬たわんだ包囲網の隙をついて、アキとユーフォリアは駆け出した――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 黒い暴風が巻き起こる。【真如】の周囲で互い違いに旋回する三枚の飛円刃(チャクラム)型のハイロゥがダークフォトンを孕む風の刃『ゲイル』と化して、立ち塞がった抗体兵器の胴を穿ち抉り飛ばす。

 

「ハ――数だけは多いぜ、ってか」

 

 それでも、フォルロワまでの距離は遠い。邪魔になる抗体兵器はあと五体、その層の厚さに辟易しながら――『地ヲ祓ウ』の赤光を『威霊の錬成具』の概念を融合させた軽鎧で弾き、『空ヲ屠ル』の光矢を『精霊光の聖衣』の戦衣で無効化し、『天ヲ穿ツ』の赤闇を『絶対防御』の聖外套で打ち払った。

 その周到なる防御。元々、出し抜かれる事を何より嫌うその男は――見る者が見れば、『或るエターナル』を想起した事だろう。

 

「だったら、その耐久力を利用するか――」

 

 その瞬間、【真如】の力を純化する事で、アキは自らの起源(なまえ)である『空』の『本質』を表す。

 【真如】とは、『ありのままの姿』――――『空』とは、『物事の成り立ち』。因果その物、『起源』を司る『起源』を。

 

「俺からテメェらに贈るモンなんざ、ただ一つ――絶対的な破壊だけだ!」

 

 敵陣を覆い尽くす程に広範囲の魔法陣へと降り注ぐ青き光の弾は、正に『神々の怒り』。敵の耐久力を逆手にとり、無限大に破壊力を増大させるディバインフォース。

 抗体兵器達は自身の絶大な耐久力故にそれに耐えきれず、粉砕されていく。

 

「見えたぜ――フォルロワァァァァァッ!」

 

 そして、自身の内奥に眠るモノを――レストアスが灯した、青き焔。『物質の第四形態』とも言われる、プラズマの形をとる『生誕の起火』を呼び起こし――――『過程』を『透禍(スルー)』して、刹那よりも早くフォルロワに肉薄した。

 振るわれる、青く煌めくプラズマの刃『ヘビーアタック』。それを、フォルロワは――

 

「――何度も言わせるな……我が名を、気安く呼ぶでない!」

 

 フォルロワはそれを、予め構えていた【聖威】の厚い刃で受け止める。そして――

 

「アクセス――この地に漂うマナよ、我が元に下れ!」

 

 そして、宙域の全マナが彼女に平伏する。第一位神剣の名指しの宣告に、マナには逆らいようもなかった。

 これでもはや、アキは反撃はおろか防御すら不可能。彼女の支配圏に入った時点で、それは決まっていた事。

 

「ここまで我に迫るか……不遜にも程があろう、俗物!」

 

 その昂るオーラの刃で、フォルロワはアキを薙ぎ払う。巨大な刃を更に長大とした剣撃をアキはバックステップで躱し、マテリアル主体の雷速弾『ペネトレイト』の銃撃を行った。

 それをフォルロワは剣を盾に防ぐ。皮肉にも小さな体は、剣にすっぽり収まってしまうサイズだった。

 

「――ふっ!」

 

 逃がす筈もなく、【聖威】の長大なオーラフォトンの刃が虚空を薙ぐ。その一撃は、アキの身を二つに裂くには過剰過ぎる決着方法――

 

「ハ――オーラフォトンなら、コイツの方が良いか!」

 

 だっただろう、それが『他の永遠神剣の担い手』ならば。『無こそが有となる』ディラックの海を宿した鞘刃【真如】の担い手、“天つ空風のアキ”でなければ――!

 

 フォルロワの規格外の『オーラフォトンブレード』を、アキは集中展開した『ダークフォトンバリア』にて自らに触れる部位のみ中和し、窮地を脱した。

 そしてスターマインの各属性色の魔法陣を中空に瞬かせ、大きく緻密なものを銃口に展開。反撃としてオーラフォトンの準星『オーラフォトンクェーサー』を放つ。

 

 宇宙で最も激しい天体現象の一つであるクェーサーの名を冠する、オーラフォトンのジェット放射。巻き込まれれば塵一つ残さずマナの霧だ。

 

「――空間のマナに頼らず、自身の内包したマナだけで練り出したか……生意気な」

 

 しかしフォルロワは眉を顰めたのみで――オーラフォトンの昂る【聖威】にて、それを一刀両断してのけた。

 

――ったく、ナルカナと言いコイツと言い、第一位ってのは化け物かよ。人の切り札をあっさり凌駕しやがって……!

 

 そこで、一度距離を取る。目線はフォルロワに向けたまま、四感のみで周囲の様子を探る。

 ユーフォリアの無事、抗体兵器の残数、そして――空間制御の基部を。

 

「無駄な真似は止せ。貴様に我が術式は破れぬ――例え式を看破しようとも、な」

「チ――可愛いのは見た目だけかよ、勿体無いねぇ。それに分かってるさ、この結界が俺達に解除出来ない事くらい」

 

 等と軽く応酬しつつ、起火を灯す。森羅万象、物事の成り立ちすらも『透禍(スルー)』する、起源の焔を纏い――。

 

「ならばどう足掻く、俗物?」

「決まってんだろ、勝てない相手と戦う時は――」

 

 視線をフォルロワから外し、丁度『ルインドユニバース』で抗体兵器を貫いたユーフォリアとアイコンタクトを交わす。此処は戦場、しかも敵地。声に出して策を伝えるような真似はそれ自体が愚策。

 暫し交錯する、琥珀と空色。ユーフォリアはアキの深意を確認するように頷き――

 

「――それで我を嵌めたつもりか!」

 

 優れた剣士であるフォルロワがそんなあからさまな隙を見逃す筈もなく、無防備なアキ――ではなく、ユーフォリアに向けてオーラフォトンの刃を振り抜く。

 

「ああ――読み通りだね」

「貴様――!?」

 

 その剣撃がユーフォリアを捉えるより速くアキは永遠神銃【真如】で受け止め、ハイロゥを砕刃剣(ソードブレイカー)として搦め捕った。ただし、元居た場所にはもう一人、アキの姿がある。

 

「技ァ借ります、時深さん――タイムアクセラレイト!」

 

 そして――フォルロワの剣を拘束するアキが右手に握ったワルサーで亜光速の『イクシード』を連射し、後方に存在していたアキがより風速を増した【是我】の『ワールウィンド』で斬り掛かる。

 剣を押さえられ抵抗できないフォルロワを数太刀斬りつけ――そのオーラフォトンの盾に全て弾き返されたそれは、人型の護符に還った。

 

 出雲の戦巫女が用いる符術用の人型(ヒトガタ)、時深も使っている一品である。

 綺羅に無理を言って一枚貰い、量産に漕ぎ着けた物だ。

 

「塵は塵に、灰は灰に……声は、事象の地平に消えて――」

 

 そして――時間稼ぎが成功する。第三位【悠久】の守護神獣である双龍『青の存在 光の求め』を呼び出したユーフォリアの詠唱と共に、二体がブレスを吐いた。

 

「――ダストトゥダスト!」

「――くっ……!」

 

 消し飛ぶマナ、ダメージはないが戦闘に必要なマナが消えてしまった。

 機能停止していく抗体兵器。さしものフォルロワ――第一位神剣とは言え、『()()()()()()()()()()()()』。それが、あらゆる永遠神剣の弱点に他ならない――!

 

「――舐めるなぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 だが――彼女は永遠神剣第一位【聖威】の化身にして、刹那の代行者。その意地に賭けて、生まれたばかりのエターナル二人に遅れを取る等あってはならないのだ。

 マナの加護を失い、体相応の実力となったフォルロワは、まるで草を薙ぐように技巧も何もない横殴りの一撃を繰り出し――

 

「そりゃあ此方の台詞だぜ、永遠神剣――奇跡なんぞに頼りっきりのチート野郎風情が……人の壱志(イジ)に勝とうなんて甘ったれてんじゃねェェッ!」

「な――!?」

 

 その剣撃を、アキはマナの加護無しに『受け止める』。龍の鱗と同義である、自身の肉体の強靭さのみで。

 それでも、血が飛沫(しぶ)く。巨刃剣の重さを殺しきれず、骨が軋む。

 

「ッッハァァァァァッ!」

 

 だが、尚――アキは踏み込む。彼の体に染み付いた剣術を拳術とした……『我流 龍撃の型』により【聖威】をワルサーをモスバーグ464に変えてそのループレバーをメリケンサックとして右拳で打ち上げ、『我流 龍撃の型・裏』にて【是我】でも同じく『薙ぎ払う』。まるで、龍の爪のように。

 

「馬鹿な――この男、まるで……!」

 

 『――龍のようだ』と、フォルロワも驚愕する。加護も無しに、明らかな過重量を殴り飛ばした豪腕に。

 長剣銃(スウォードライフル)の二挺流と化したアキは――黒曜石色の曼荼羅を展開、主の危機に駆け付けるようにプログラムされている抗体兵器達に向けてダークフォトンの潰星『ダークフォトンコラプサー』を見舞う。

 

「有り得ぬ……練り出すマナだけで、これ程の神剣魔法を紡げる訳が――!」

「ハ――悪ィな。俺は、『無くなってから』が本領発揮なんだ!」

 

 光さえ逃れられぬ事象の地平線、全てを飲み込む質量の奈落。抗体兵器達は動けるもの動けないものに関わらず、また、結界の外軸に待機させていた予備戦力までの全てが、断末魔の軋みと共に虚空に穿たれた次元の穴へと蒸発していく。

 最早、趨勢は決した。結界も内部からの引く力による収縮に自壊、用意していた抗体兵器も全て破壊されている。

 

「フゥ――」

 

 既に夜の帳が降りた峠道に小さな焔が瞬き、紫煙が舞う。【真如】を片手にオイルタンクライターを仕舞い、暫しその香気を愉しんで。

 

「――まだやるかい?」

「……くっ」

 

 辛うじて外で待機させていた抗体兵器から奪ったマナで力を取り戻し、【聖威】を握り締めたままで片膝をついているフォルロワに問うたのだった。

 

「姑息な……場当たりに過ぎぬ、勝ち方など……っ」

「けど、勝ちは勝ちだ。一位だろうがなんだろうが――負け犬の遠吠えはカッコ悪ィぜ」

 

 烈風の如きスピンローディング、それによりもう一度『オーラフォトンクェーサー』を発射する用意は済んだ。

 この一瞬のみとは言え、今のフォルロワには『オーラフォトンクェーサー』に耐えるだけの余力はない。負けた、のである。

 

「……ならば、勝者の役目を果たせ。さあ――止めを刺すが良い」

「刺したところで。どうせ、外宇宙で復活するだけなんだろ? 割りに合わねぇよ、第一、美少女は殺さずに生かしてないと楽しめねぇだろ? 々、色々とな」

「ふぇ、お、お兄ちゃん……?」

 

 残弾(よりょく)を残したまま、踵を返す。そのまま空いた右腕で、疲労とマナ不足からなのかへたり込んでいたユーフォリアを、軽々と小脇に抱えた。

 

「そっちが手を出してこなけりゃ、こっちが突っ掛ける事もねぇ……もうすぐナルカナも帰ってくるし、『旅団最弱』の俺にしてやられてるようじゃ他のには勝てねぇ。諦めな、命は――何であれ自由だ、封じておく事なんて出来ねぇ。揺り篭でも、母なる星だろうとな」

 

 アキの体に、蒼茫の焔が灯る。『過程』を透禍する、起源の焔が。

 そして背中を見せたまま、実に軽薄にヒラヒラと左手を振って――

 

「じゃあな。何時までも親の脛齧ってんなよ、お嬢ちゃん」

「…………!」

 

 フォルロワが立ち上がれるようになる、正に刹那にその姿を完全に消した。起火の力で何処までか判らぬ程に移動したのだ。

 こうなれば、最早追跡は不可能だ。あんな力で逃げに徹されては、神ですらお手上げである。

 

 フォルロワはただ一人、宵闇の峠道で佇む。元々交通量が少ない上に、先程までの戦いで地形が変わってしまっている峠道。

 だが、明日には地滑りか何か適当な理由で片付けられる。フォルロワの因果率操作があれば、それも簡単な話だ。

 

「おのれ……我が、【刹那】に縛られているとでも言うつもりか」

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ように。

 アキのように、最後の切り札だった『強制力』すら効かない例外など他には居ない筈なのだから。

 

「ここまでの屈辱は……初めてだ」

 

 諦めたように溜め息を吐き、【聖威】を虚空に消したフォルロワは――同時に前後から交差した車のヘッドライトが擦れ違った後には、もうそこに存在してはいなかった……。


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