サン=サーラ...   作:ドラケン

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再会と 戦いと Ⅰ

 森閑に響く、鎚や鋸の音。複数の場所から聞こえるその音は、破壊された社を修復している音色だ。

 

「材木上がりました、今持ってきまーす!」

 

 呼び掛けた先には、屋根瓦や壁の漆喰を塗り直している最中の防衛人形達の姿。今、アキは山麓の社の修繕を手伝っている。

 借り物である宮司の装束の上着を開けて未だ包帯の巻かれた筋肉質の躯を曝して頭に手拭いを巻いた姿で、鉋掛けを終えた木材を数本纏めて肩に担ぎ上げた。

 

 そんな彼に防衛人形の一人……以前戦った黒髪の巫女が応対する。

 

「申し訳ありません。客人の上に怪我人の巽様の御手を煩わせてしまって……」

「構いませんよ。というか、この状況じゃ手伝わなきゃ気が済みませんって」

 

 昔取った何とやら。払いの良い土建のバイトを中心に熟していた経験からか、妙に似合う姿だ。

 

「やはり、殿方がいらっしゃると違いますね。他の社や守はまだ五分の二程度しか進んでいないそうですよ」

「役に立てたなら嬉しいですね、元々……俺が招いた災厄ですから」

 

――あの戦いから既に三日過ぎた。戦いの傷は著しく、美しい景観だった出雲は復興までに数ヵ月はかかるとの事。

 それに、人的被害の方が甚大だ。巫女も三分の一が死亡したとの事。供養する骸すら無い、ただ華を手向けるだけの葬儀が昨日行われたばかりだ。

 

「……それは、違います。生命には、それぞれ為すべき役目と滅び……定命(さだめ)が有ります。彼女達はあの日あの時滅びる事が、この神剣宇宙の原初から定められていたのです」

 

 その時、背後から声が掛かる。歩みを止めて振り返れば――銀髪の犬耳巫女。怜悧な印象そのままの冷たい台詞、しかし根底には不思議な温度を感じた。

 

「巽様、お連れ様が意識を取り戻されました。至急お戻り下さい」

「あ、おい、ちょっ……」

 

 そして、アキが口を開こうとした瞬間に彼女は踵を返してずんずん歩いて行く。

 彼女が言った『連れ』とは勿論、戦いの後に昏睡したアイオネアだ。彼が修繕を手伝っている間は、ユーフォリアが付きっ切りで看病してくれていた。

 

「うふふ、巽様。早く追い掛けてあげて下さいな。後は私共だけで大丈夫ですから」

「……了解。でも、それならあの娘の名前くらい教えて下さいよ」

 

−−何度か顔を合わせはしたが、彼女は何故か俺に対してやたらと冷たい。俺は何か、彼女を怒らせるような事でもしたんだろうか? でも、どっかで見た事有る気もするんだよなぁ……

 

 左の親指を眉間に当てて思い悩むも、笊で水を掬うように取り留めも無い。知り合いの中に耳のオプション付きは、猫耳の大統領しか居なかった筈だと。

 

「殿方なら、御自分の魅力で聞き出すべきでしょう?」

「うっへぇ、俺に一番足りてないモンですよ、ソレ」

 

 材木を受け取り、巫女は頭の天辺から爪先までを改めて意味ありげに笑う。

 居心地が悪くなった彼は足速に、ふさふさと尻尾を揺らし歩き行く犬耳巫女を追ったのだった。

 

 追い付いて隣を歩く。会話など無く、ただ黙々と。まるで葬列のようだ。

 

「……アイの具合、良さそうでしたか?」

「芳しくはありませんが、安定はしています」

「そうですか……」

 

 なんとか声を掛ける。しかし続かない。とつとつと歩き続けるだけだ。

 

――……やべぇ、心が折れそうだ。頑張れ俺、負けるなファイト。

 

「すみませんね、お手数掛けてしまって。えーっと……?」

 

 そこで、上手く名前を聞き出そうとする。まるでナンパでもしているような変な気分になり、頭を掻き毟り鬱蒼とした森の中に消えてしまいたくなりながら。

 

「あ、此処に居た……ちょっとー、このあたしを歩かせるなんてどういう了見してるのよ」

「こいつは……本当に空気を読めと……!」

 

 結局、森の中から出て来たナルカナに邪魔された。

 

「何かご用でしょうか、ナルカナ様。今、私は忙しいのですが」

「ああ、用が有るのはコイツの方よ。あんたは行って良し」

 

 ピッと指差したのは、壮絶に嫌な予感を感じて鳥肌を立たせたアキ。彼女と再会(であ)ってから既に二日、神世の再演のように理不尽な小間使いの数々をさせられた。

 しかも、少しでも粗相をすれば問答無用で彼女の名に列なる全てを持っての仕置きが待っている。

 

「いえ、巽様をお連れするのが私の仕事なのですが」

 

 巫女は表情こそ出していないが、困ったような声を出した。

 

「あっそう、じゃあすぐに済ますから待ってなさい」

「……はぁ、またオーラですか? 知りませんよ、御当主様に叱られても」

「うっ……わ、分かったわよ……手短にすませればいいんでしょ、ぎゃらっしゃー!」

 

 そう諦めたように呟いて、巫女は『待つ』姿勢を決め込んだ。

そしてナルカナは、ちょっとしたお使いでも頼むように気軽に口を開く。

 

「望達をこの世界に呼び寄せたから、迎えに行ってちょうだい」

「……は?」

「だからー、望達『旅団』をこの世界に呼んだから、疑われにくい仲間のアンタが迎えに行ってよ」

 

 余りにあっさりと言われてしまい、彼は聞き返す。ナルカナは説明するのが面倒臭いらしく、溜息を付いた。

 

「――無事か、あいつらは……無事なんだな!」

「ちょっ……痛いじゃない!」

 

 詰め寄ってその華奢な肩を掴み、アキは語勢を強めて問うた。一瞬驚いたナルカナだったが、直ぐに不愉快そうにその手を払い退けて腕を組む。

 

「ええ、理想幹に突入したけど……少なくとも、誰も『死んで』ないわね」

 

 そして、僅かに愁いの篭った言葉を漏らした。だがアキはただ、家族が無事だった事に安堵してその深意に気付かない。

 

「はぁ、そりゃあ別に良いけど」

 

 普段ならば必ず突っ込むであろう『理想幹』のキーワードも、聞き逃していた。

 

「よしよし、聞き分けが良いわね。御褒美にナルカナステッカーをあげよう」

「要らねーよ、そんなモン……いえ、超嬉しいなぁ、受け取りますから『エクスカリバー』は勘弁してください」

 

 眼前で昂る青マナに手渡されたステッカーを受け取り、げんなりと懐に納める――と、ステッカーの下に折り畳まれた紙が有る事に気付いた。

 開いて見れば――

 

「……ポテトチップにポップコーン、コーラ、コミックザウス……何だよ、このメモ帳の切れ端は」

「ん? どうせ街に降りるんだから、買って来て欲しいものよ」

 

 平然と、さも当然のように。彼女は腰に手を当ててからりと笑う。逆らうだけ時間の無駄だと、彼はそれも懐に納めた。

 

「判った、買ってくるから。ん」

「……何よ、この手は?」

 

 そして、手の平を差し出す。それを見て、ナルカナは不思議そうに首を傾げた。

 

「金だ、金くれよ」

 

 チンピラよろしくそう言った瞬間、ナルカナは彼にずいっと近寄り。ニッコリと笑顔を見せた。

 暫し見つめ合う二人。片方はこの上無い笑顔で、もう片方はこの下無いジト目で。

 

「あんたは果報者よ。超絶美少女ナルカナ様の笑顔を一瞬、この世で独り占め出来たんだから。じゃ、浄財に励みなさい」

 

 そして、笑顔を止めたナルカナが口を開く。その瞬間、アキも口を開いた。

 

「浄財は仏教だろ、堕女神(だめがみ)が!」

「……あんたの意識、生命、世界……全部終わるわ。今この瞬間にね! 終末の剣――レーヴァテイン!」

 

 一振りで地平線までを焼き尽くすと言う、巨人の王の炎の魔剣。

 それが森閑に響く、鎚や鋸の音。破壊された社を修復している音色を掻き消す程の破砕音を轟かせ、枝で囀っていた小鳥達が驚き飛び去って行った……

 

 

………………

…………

……

 

 

 障子を開くと、巫女服姿のユーフォリアが振り返った。そして彼の姿を見て不審げに眉根を寄せる。

 

「んもう、遅いよお兄ちゃん……って、どうしてボロボロなの?」

「何、ちょっと……災害に巻き込まれてな」

 

 その向こうの蒲団の中で起きて、聖盃の澄んだ靈氣(アイテール)を口に含んでいる肌襦袢姿のアイ。目が覚めたばかりだからかどうかは解らないが、血色は余り良くない。心なしか花冠も萎れているような気もする。

 

「アイ……具合は良いか?」

「兄さま……はい、もう大丈夫です。御迷惑を掛けてしまって……」

「……莫迦、迷惑な訳が有るかよ。お前と俺は一蓮托生なんだから」

 

 恐縮する彼女の脇に胡坐をかくと、その滄い髪に手櫛を通すように優しく撫でる。

 引っ掛かる事無く、まるで流水に触れているように更々流れる髪。心なしか冷たく、力仕事と理不尽な暴力で傷付き汗をかいた彼には心地好い。

 

「はい……あっ、んんぅ……兄さまぁ……くすぐったいです……」

「ああ、悪い悪い……」

 

 ごく小さな龍角を根元からなぞり上げたのが余程くすぐったかったのか、思わず上げてしまった艶やかな声に恥じ入り、ほんのりと頬や首筋に朱が差したアイオネアは躯をよじる。

 そんな姿に、似合わない事をしたとアキは苦笑して手を引っ込めた――と同時に、右側から蒼い髪の頭がずいっと突き出された。

 

「……えっと、何?」

「ぶーっ! あたしだって頑張ったのに褒められてないもん。アイちゃんばっかりずるーい!」

 

 心底訳の判らなそうな彼に、ピコピコと頭の白い羽根を揺らしながら、彼女はカタチの整った丸っこい頭を突き出す。

 苦笑いしながらアキはその頭に手を伸ばして――

 

「それ」

「あいたっ!? う~っ、またぶった~! パパにも打たれた事無いのに~っ!」

 

 またもやデコぴんで叩く。中指で打たれて赤くなった額を抑えて、彼女は恨めしげな眼差しをアキへと向けた。

 

「それより朗報だ。皆がこの世界に来てるらしい」

「えっ……皆が! 無事なの!?」

 

 今度は己が肩を掴まれる番だった。その掌をぽんぽんと叩いて安心させる。

 

「無事らしい。てか、あいつらが簡単にくたばる訳ねェだろ?」

「よかったぁ……」

「俺は迎えに行って来る、お前達はどうする?」

 

 安堵からの溜息と共に、うっすらと涙ぐむユーフォリア。その手を優しく解いてアキは立ち上がる。

 

「はい、行きたいです……兄さまとゆーちゃんの大切な方々なら、わたしにとっても大切な方々ですから」

「勿論、あたしも行くけど……アイちゃん、無理してない?」

「うん、大丈夫……心配しないで、ゆーちゃん」

 

 立ち上がろうとするアイオネアを支えるユーフォリア。似た髪色と相俟って、仲の良い双子のように見える。

 微笑ましくそれを見ていたアキだったが、ユーフォリアにジト目で見られている事に気付く。

 

「……お兄ちゃん。あたし達、お着替えしたいんだけど」

「……そうだな、俺も着替えてぇ。じゃあ、着替えたら出雲開門で」

 

 自分の黒焦げた服装を改めて、別の服を貸して貰う為に部屋を後にしたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 出雲開門の大鳥居に背を預けて、新たに貸して貰った宮司の装束に下駄を履き、袖内で手を組むアキ。既に二十分近く、こうして待ち呆けを食らわされている。

 

「遅っせーな……着替えるだけにどんだけ時間掛けてんだよ」

 

 流石に苛々と癖毛の頭を掻いて、袖内の厚い封筒を玩ぶ。取り出して封を切れば、中には十数万円。

 

――環さんに装束を借りた時に、この三日で働いた分の報酬+ナルカナ保険の支払い金だ。初日に加入していたので今日の奴で降りたんだぜ……。

 

 今だに焦げ臭い身体の疼くような痛みを感じて涙ぐみながら、アキは情報を反芻する。

 

――この世界は、元々の世界の近似世界らしい。見た目は殆ど変わり無いが、細部……代替など無い『人間』だけは完全に別人で構成されているという。

 最初に感じた違和感……神社の名称が『天木』と『神木』と、違っていたように。

 

「お兄ちゃ~ん」

「お、お待たせしました……」

「いや、マジで大分待っ……」

 

 と、そこに二人が到着した。物部学園の、新旧指定制服と制靴に身を包んだ二人が。

 

「ユーフォリア、お前……制服二着なんて、何処に持ってたんだ?」

「え? ああ、これはアイちゃんの根源力で創った物なの。お兄ちゃんも創ればいいのに」

「……俺も物部学園の制服に着替えて来る。少し待っててくれな」

 

 言われて気付く。今の自分は、根源力で錬成具を創れる。ならばこの世の万物を生み出す事が可能だ、制服を作る程度はたやすい事だろうと。

 

「……ああ、あとお前ら……やっぱり羽根と花冠は目立ちすぎるぞ」

「「ぶ~っ……」」

 

 そうして、制服姿の三人は開門の側に穿たれている回廊……神木神社まで繋がる門に足を踏み入れた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 『ありがとうございましたー』の言葉と好奇の視線を背に受けて、コンビニエンスストアを後にする。これで、ナルカナに頼まれた仕事の半分は熟した。

 

「甘かったな……」

 

 先ずアキはそれを口にした。そう、そもそも前提が間違っていた。幾らこの世界に来ているとはいえ、世界は広い。当たり前だが。

 その時、菓子を買って貰い上機嫌で前を歩くユーフォリアが振り向いた。

 

「何でも売ってる『こんにび』って便利だよね、アイちゃん」

「うん、『こんにび』……」

「『コンビニ』な……」

 

 彼等が歩くのは市街、時刻は十時過ぎなので人通りはそこまででは無い。

 しかし、この時間帯に制服姿でうろつき回るのは危険だった。極めつけに目立つ。

 

「…………」

 

 しかも、擦れ違う相手は男女関係なく振り返る。それはそうだ、彼の両サイドで腕にしがみつく青い髪の美少女二人が好奇心丸出しにして周囲を観察しているのだから。

 

――やべェな、目立ちまくってる。さっさとものべーを見付けないと精神的疲労(フォースダメージ])が限界……つーか出無精(ナルカナ)め、何処に居るかくらい教えとけ&教えろッてんだ。

 

 本人に聞かれたら速攻でマナへと還されそうな悪態を心の中で吐く。それにやはり疲れるのかポテチ等が入った袋を持つアキと左手を繋いだアイオネアが、慌てたような顔を見せた。

 

――……ナルカナ、か。俺は今までずっと、ルプトナがナルカナの転生体だと思ってた。しかしナルカナは神世からずっと生き続けているらしい。

 だとしたら、ルプトナは何者だ? いや、それより何よりナルカナは何者なんだ? 全然訳判らねェ……。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「ん? ああ……いや、何でも無い。皆を探そうぜ」

 

 クイッと右腕を引かれて気を取り直し、不思議そうに見上げる彼女に告げる。まだ日は高い、一日は――始まったばかりだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 午後三時過ぎ、市内を随分と歩き回ったが一向に見付からない。

 三人は街角の、小さくも小洒落たオープンテラスの喫茶店で今後の方針について検討していた。

 

「ねぇ、見てあの席……凄い、理想的な美形兄妹よ」

「本当だ、お人形さんみたい……男の人の方も結構イケてるし、外国人?」

 

 等と、頻りに囁かれたり写メられながら。

 

「やっぱり、目印も無しに探すのは無理だな。流石ものべー、隠蔽性能も半端じゃねェぜ……敵の苦労をこんな形で実感できるとは」

「ゆーくんも何も感じないって。神剣は発動しないと感知出来ないから……」

「ごめんなさい……わたしが本調子なら探し出せたかもしれないのに……」

 

 テーブルの上にはアイス珈琲とカフェオーレとミルクティーに、ベーコンとレタスに鶏のササミとチーズを挟むクラブハウスサンドが置かれている。

 だが、手を付けているのはアキとユーフォリアだけ。

 

「アイ、遠慮しないで食え。歩き回って腹空いたろ?」

「そうだよ、アイちゃん。しっかり食べないと元気が出ないんだから」

「お腹……?」

 

 不思議そうに呟き、掌の中程まである袖に通した掌で、彼女は自分の腹部を撫でる。

 そしてその意味を悟って、困った顔で笑った。

 

「……いえ、私はお腹が空いた事はありません。『空』が私の『滿』ですから」

 

 そこで、アキは自分の口に運ぼうとしていたサンドを見遣る。

 言われて気付いたが、彼とて腹が減って食おうと思った訳ではない。喫茶店に入ったから、休憩がてら何と無くだ。思い返せば朝食も昼食も摂っていない。

 

 それでも平然と働いていたのだ、空腹など感じずに。ずっとずっと、恐らくは――永遠にでも。

 

――そんなところまで、ニンゲンじゃ無くなったか……。

 

 苦笑して、口に放り込む。最早、ただ味を楽しむだけになった食事を。

 いつしか、それすらも気にならなくなるのだろうと。まだ色付いている世界を噛み締めるように。

 

「――あらあら、お腹が空かないなんて羨ましいわ」

 

 そこに、話し掛けてきた一人の女。隣の席で、信じられない量の食事を摂っている紅い髪の美女。

 

「――っ!?」

「あ、すいません。大声出して、ご迷惑でしたか」

「ごめんなさい……」

 

 それを見た瞬間に、ユーフォリアの表情が凍り付く。しかしアキとアイオネアは、横を向いている為に気が付かない。

 

「いいえ、怒っている訳じゃないのよ。ただ本当に羨ましいだけ。私なんて、どんなに食べてもお腹が満たされないのよ? 本当に、羨ましいわ」

「それ、一度医者に掛かった方が良いですよ」

 

 くすりと妖艶な笑顔を見せる、露出が多めな服装のその女。アキは前にも彼女を見たような、不可思議なデジャヴュに頚を捻る。

 

「――お兄ちゃんっ! 休憩は終わり、もう出ましょ!」

「っつぁ、ちょっと待てユーフォリア! 無銭飲食になるッ! 店員さーん、お勘定ー!」

 

 ぐいぐい引っ張るユーフォリアに逆らえず、アキとアイオネアは店を出て行った。

 

「おい、どうしたユーフォリア?何かあったのか?」

 

 ほとんど走る勢いで引っ張る彼女に問い掛ける。ユーフォリアは、周囲を念入りに確認して漸く立ち止まった。

 

「……もしかして……ううん、きっとそう。イャガはロウ=エターナル……あの人がお兄ちゃんをロウに……」

「ゆーちゃん……?」

「そんな事させないもん……絶対に!」

 

 不安そうに、思い詰めるようにそんな事を呟く。そして、繋いでいる二つの手をぎゅっと強く握り締めた……

 

 

………………

…………

……

 

 

 一方、三人が残したクラブハウスサンドと飲み物。それを見詰めて……紅髪の女『最後の聖母イャガ』の分体の一ツは。

 

「残しちゃうなんて勿体ないわ、私が食べちゃうわね」

 

 そう呟き、何も入っていない口を動かす。まるで何かを噛むような動作。

 

「うふふ、美味しかったわ。でも――ちっとも足りない」

 

 その瞬間、テーブルに残されていた全ての食事が『消え』失せた。否、店内にあった、『食べられるもの』が、全て……『人間』も含めて。まるで――時深と戦って敗れたイャガの分体のように。

 

 

………………

…………

……

 

 

 結局、何の成果も無くアキ達は神木神社へと戻ってきた。途中のあの喫茶店からユーフォリアが妙に落ち込んでしまい、捜索どころの騒ぎで無くなったのもあるが。

 

「コーラ、すっかり温くなっちまった。こりゃ『クラウ・ソラス』くらいは覚悟しとかないといけねェな」

 

 石段の途中で二リットルのペットボトルが入った袋を揺らしておどける。だが、ユーフォリアは相変わらず沈んだ表情のまま。

 

「お兄ちゃん……あたしはお兄ちゃんにカオス=エターナルの――」

「――空、ユーフィー!?」

 

 漸く決然と顔を上げた、その背後から聞こえた声。駆け寄る音と、目に映る茶髪碧瞳の少年は。

 

「――望うぉっ!」

「――望さんひゃっ!」

 

 石段を数段飛ばしで駆け上がってきた望が、二人を纏めて抱き寄せた。

 

「良かった……無事だったんだな。心配させるなよ……」

「……悪い。此方も立て込んでな」

「あう、ごめんなさい、望さん……」

 

 最初こそ驚き真っ赤になった二人だったが、すぐ表情を綻ばせる。そして、石段を上って来た三人がそんな彼らを見遣る。

 

「……あれ? ねぇ佳織、もしかしてあの時のコスプレイヤーのお兄さん達じゃない?」

「ちょ、小鳥……その言い方は失礼だよぅ」

「…………」

 

 アキ達がこの世界に来た時に出会った二人の少女、そして希美だ。因みに、完全に置いてきぼりを喰らっているアイオネアは終始困り続けていた。

 

「そうだ、望。お前……ナルカナに呼ばれたんだろ? 奴さん頚を長くしてお待ちだぜ」

「そっか、知ってたのか……で、何処に行けば会えるんだ?」

 

 溜息混じりに告げた彼に、望は驚いた顔をした。しかしナルカナの読み通りに不審を抱かない。

 

「取り敢えず、詳しい話は明日な。俺達が戻ってお膳立てをしとくから、旅団の皆と用意を整えて来てくれ」

「判った、じゃあまた。あ、あと……ソルとルプトナには気を付けろよ、空?」

 

 意味深な言葉を残して去っていく四人の姿を見送った。そんな中、ふとユーフォリアが呟く。

 

「お兄ちゃん……希美ちゃん、なんだか様子がおかしくなかった?」

「え? ああ……妙に静かだったな」

 

 アキはそれだけを返す。そして、何となしに不安を感じる。

 

――まさか、な……望が付いてたんだ、そんな筈は無い。

 

 見詰めた先に在る、無機質な表情の希美。その思い当たる表情に、彼が抱く不安を押し隠すように。

 

「――さてさて、戻ろうぜ。これ以上時間を掛けたら、ナルカナに消し飛ばされちまう」

 

 二ツの袋を担ぎ上げて、門までの道程を歩き始めた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 まだ朝陽が地平の上に向けてしか射していない明け方の出雲。アキは湖畔のトネリコの根本で日課の鍛錬を行っていた。

 

――方法は単純、瞑想だ。事象を想像して創造するだけ。この世に満ちる生命の根源(マナ)を己が意に沿うカタチに改変し――……

 

「――我が喚び声に応え、来い!」

 

 クロスした両手から虚空に波紋を刻み、彼の創造した幻想……彼の末那識と同化しつつある透徹城の城門を開いて取り出した、紅のデザートイーグルと蒼のコルトパイソンに、比翼の紅鷲と比目の蒼錦蛇の神威が具象化する――!

 

 ……パァァンと、森に響く破裂音。またも驚かされた鳥が飛び去って行った。

 

「……痛ッてェェェェッ!?!」

 

 霜焼けただけの左腕はともかく、火傷した右腕を湖に浸してアキは溜息を吐く。暫く水中で掌を開閉しようと力を篭めてみたが、完全に痺れてしまっている手は言う事を聞かなかった。

 

『ハハッ、アタイを使うにゃあまだまだ修行が足りないねぇ』

『ケッ、俺っちを使おうなんざ百周期早ェんだよ』

 

 頭の中に響く、アイオネアの臣下の声。それに、アキは舌打つ。

 結局は失敗してしまい、具象化が暴走した。加速度的に進む神格化に現実世界が耐え切れなかったのだろう、現実を侵すモノを壊す事で世界が均衡を保ったのだ。世界の自浄作用という奴だ。

 

『根元力はマナを扱うのとは訳が違うのですわ……ワタクシがそう教えて差し上げたでしょう』

呵々々(カカカ)! 分かるぞ担い手、儂も同じじゃて。この金切り声で言われては覚えられるものも覚えられまいて』

『ああ、その点は僕も激しく同意』

 

 因みに、この前に創ろうとしたCZ−75とベレッタM92Fにトーラス=レイジングブル、顕現自体を行う為に難関であるマグプル-PDRも、再現に失敗して爆発した。

 

「クソッタレ、しっかし頑丈だねマナの躯は……人間の躯のままなら腕くらい吹き飛んでたぜ……」

 

 彼の契約した存在は『生命』だ。詰まりは、常時発動している事になる。故にどんな状況下でも彼は加護を得ているのだが……やはり、チカラの本体であるアイオネアが居なければ再生までは出来ない。

 

――『威霊の錬成具』は、意外と簡単に出来たんだけど……やっぱり武器は難しい……いや、剣とか刀なんかの単純なモノなら幾らでも出来るんだが、結局ソレは紛い物。本物の永遠神剣とは比べモノにならない。直接打ち合えば負けるだろう。

 だからやはり、神銃士は神銃士らしく遣うべきは銃。打ち合って負けるなら、撃ち合って勝つ。その為にも、マナゴーレムのままじゃ駄目だ……新たな『永遠神銃』を作らないと。

 

 周囲にはミニオンの西洋剣や槍、双刃剣に刀、杖……他には斧やハルバード、メイスにグルカナイフ、シャムシールやカイトシールド、果てはフルプレートの鎧までもが無造作に転がされている。

 機構を持たないモノなら、創る事は苦にもならない。問題はその、存在としての脆弱さのみだ。

 

 アキは左手に意識を集中させて、虚空に波紋を刻む。透徹城から引き出したのは、あのフィラデルフィア・デリンジャー。

 

「……不可能じゃない。部品も機構も全て記憶してる……後は、如何に精密に寸分の狂い無く再現出来るかだ。努力に勝る才能無し、さぁ特訓特訓!」

 

 コンシールメントウェポンらしく懐に納め、水中から引き抜いた掌は随分と感覚を取り戻している。

 しかし、後でアイに治して貰えば良いかと思い、無視して続ける。樹の根本に置いてある銃の専門誌……昨日の捜索中に買ったモノに目を移した。

 

「朝からご精が出ますね、巽様」

「あ、こりゃどうも……」

 

 そこにまたも、いつから居たのか犬耳の巫女が語りかけた。因みにアイオネアとユーフォリアは同室なので、起こす事も無いだろうと彼は声を掛けないままで出て来ている。

 

「明け方に騒がしくするのは余り感心しません。ナルカナ様が目を覚まされてしまいます」

「了解……静かにします」

 

 朝から『ストームブリンガー』でも食らわされては堪ったモノではないと、仕方なく套路に励む事にする。錬成具のガントレットやグリーヴを纏って、大気を揺らす程に強烈な拳打や蹴りを放つ。

 これも根源力操作の応用だ。命中した対象の空間に在るマナを加速させて空間にヒビを入れ、オーラフォトンで破壊力を増す技。

 

「……」

「えっと……何か用事ですか? また環さんか時深さんか、ナルカナが呼んでるとか」

 

 それを、何をするでも無く巫女はただ見詰めている。視線を感じ、集中が乱された事を理解して止め、巫女に問い掛けた。

 

「いえ、別に用事はございません。ただ……」

 

 巫女はすっと彼の側に寄ると、腕を取る。怪我している右掌を。動かせばピリピリと疼く、火傷の傷痕。

 

「こういうものを見過ごすのが、性に合わないだけです」

 

 そして懐から二枚貝に入った軟膏を塗り込んでいく。更に油紙を傷に宛てると、清潔な布を巻いた。

 

「……どんなに小さな傷でも、甘く見ないで下さい。強い回復能力を持つ神剣士は己の躯を盾にしようとしますが……それは、ただの独善ですよ。御自愛下さいませ」

「――…………」

 

 慣れた手つきで治療を終えて、巫女はいつも通りにクールな言葉を投げ掛ける。

 そんな犬耳が揺れる頭に――ぽん、と。アキは左手を置いた。

 

「……有難うな、綺羅……」

「――…………」

 

 そこで、巫女の…綺羅のポーカーフェイスが破られた。上げられた顔は驚き、そして直ぐに。

 

「……もう、気付いてくださらないものだとばかり……」

 

 優しく頭を撫でる彼の掌を感じ、目を細めて嬉しそうに鼻を鳴らす綺羅。彼女らしく、控え目にふさふさとした尻尾を振る。

 

「まぁ、俺もたった今気付いた所だけど……教えてくれても良いだろ、最後まで気付かなかったらどうするんだよ」

「そのまま何も。そこまでだったのだと…永遠に黙っているつもりでした。時深様の言い付けを破り貴方を……この一連の出来事に巻き込んでしまったのは私の独善でしたから……」

 

 強い責任を感じているらしく、俯きながら呟く。この旅が始まる直前、彼を助けた彼女。もしそれがなければ彼は大怪我していたか死んでいたか、どちらにせよ学園祭の準備には参加出来なかった。この旅には加われなかった筈だ。

 それを彼女の主君は望んでいた。彼が永遠神剣の契約者とならない事を。

 

「……いや、感謝してるさ。綺羅が助けてくれなきゃ、俺は……ただの糞餓鬼のまんまだったしな」

 

 大きな犬耳の間から耳の後ろを、くすぐるように撫でる。

 彼にしては珍しく、撫でる事への抵抗は薄い。狗の姿をしていた頃の名残だろうか。

 

「もう一度言う。有難うな、綺羅……俺に掛け替えの無い可能性をくれて……」

「巽様……」

 

 うっすらと涙ぐみ見上げてくる、ルビーのように煌めく深紅の瞳。それにありったけの感謝を篭めて、頭を撫でた。

 

――そういえば、昔は……狗の綺羅よりも背が低かったんだよな……。

 

 幼少の(みぎり)、時深の特訓で扱かれていた時も彼女……狗の綺羅は、あんな風に見ていた事を思い出しながら。

 

――時深さんに綺羅、望に希美、会長に暁、信助に美里に椿先生。ミゥさんにルゥさん、ゼゥにワゥにポゥ。姫さんにクロムウェイさん、ソルにタリアさん、ダラバ=ウーザにレストアス。ルプトナに姐さん、ネコさんにクウォークス代表に、ユーフォリア。スバルさんにショウ、環さん……カラ銃と鈴鳴、アイオネア。

 独りのチカラでは、間違いなく辿り着けなかった。俺は大勢の人に助けられて漸く、此処に立っていられるんだな……

 

 己の思い出に面映ゆくなり、ふとトネリコの樹の方を見れば。

 

「「「…………(じーっ)」」」

 

 と、トネリコの樹の影から見詰める瞳を見た。

 

「何だか良い雰囲気になっちゃってて出て行きにくいです……それにしたってお兄ちゃんったら、あたしは撫でてくれないのに……」

「綺羅を懐柔するなんて、巽の奴やるわね……あれが時深が言ってた光源氏作戦?!(※違います)」

「……あの、ゆーちゃん、ナルカナさん……兄さまとキラさんがこっちを睨んでます……」

 

 一番上には黒髪と黒い瞳、真中は蒼髪と蒼い瞳、一番下は滄い髪と金銀の異色瞳と……

 

………………

…………

……

 

 

 巨大な影が出雲を覆う。敵ではない、たった数日ぶりだが物凄く久しぶりな気がするものべーだ。

 

「大きい……下から見てると、空が墜ちてくるみたい」

「うん……もし潰されたらって思うと怖くなっちゃうよね」

「はぁ……ユーラの船もデカかったが、こいつは規格外だな」

 

 その威容に圧倒されるアイオネアと、それに応えるユーフォリアにクリフォード。アキ達はその到着に際し、応対に綺羅と共に出ている。

 勿論、ナルカナは居ない。五人に旅団を迎えに行くように告げて、『或る事』を説明してさっさと奥の院に戻って行った。

 

「……ハァ……」

「どうなされましたか、巽様?」

「いや……何でもない」

 

 いきなり溜息を落としたアキに、綺羅が問うた。とは言え、彼女も事情は理解している為に労るような声。

 

――ナルカナから聞いた限りでは、望達は枯れた世界で暁を仲間に加えたそうだ。しかし、その後に現れた『理想幹神』を名乗る二柱の神性……神世では俺も嵌められた『欲望の神』"エトル=ガバナ"、『伝承の神』"エデガ=エンプル"によって希美の『相剋の神名』が覚醒させられた。それにより『救世と断罪の女神』"ファイム=ナルス"が目覚めて、彼らの手中に堕ちた。

 それを救ったのが――……クォジェ=クラギだった、と言う事。自らの命と引き換えに、【逆月】の反転弾で『触穢』で『相剋』を抑え込んだ。それで正気を取り戻した希美が、何とか離脱したとの事。

 

 だが、それも所詮は一時凌ぎ。それから、希美の『相剋』を制御する為に中心世界『理想幹』に突入して、到達までは上手く運んだ。だが、『ログ領域』という時間樹全体の情報を記録する空間に逃げ込まれ、そこで斑鳩会長が行方不明に。

 そして理想幹脱出の際に『ナル』……マナを浸蝕する『楯のチカラ』とか言うモノが漏れだして、それを抑える為にクウォークス代表も行方不明になったとの事。

 

「……ナルカナ様も意地の悪い事をお考えになられます。このような状況で巽様と彼らを……」

「……こら、聞かれたら大事だぞ……それにな、俺にとってもマイナスばかりじゃない、やるだけの価値はある」

「くぅーん……」

 

 苦笑しながら、アキは彼女の頭に手を置いた。眉を潜めていた綺羅だったが、それにより条件反射で尻尾を揺らしてしまう。

 

 その時、強い地鳴りと風が吹く。ものべーが着陸したのだ。その後転送により旅団の神剣士達が現れ、その中から二人が飛び出した。

 

「「空ーーーーッっ!」」

「ソル……ルナ……!」

 

 先程も述べた通り、たった数日ぶりの再会。しかし彼には随分と久しぶりに感じられる。思わず、彼も駆け出してしまった。

 

 そして――ソルラスカの前を滑っていたルプトナが低く姿勢を落として、『めくり』の要領でアキの背後に回り込む。

 

「……へっ?」

 

 それに気を取られたアキは、眼前でL字に曲げられたソルラスカの右腕を見逃した。

 

「「――天誅ーーーー!!」」

 

 繰り出されたのは、ラリアットとローリングソバット。寸分の狂いも無く、挟みこむようにアキの頚を打った。

 

「で、でめェら何処のエーどビーだ! ぞじで俺ば尾の無い尾獣が!」

「ふーんだ、ボクらに心配かけた罰だいっ」

「全くだぜ、何も言わずに居なくなりやがってよぉ……そういえば、もう一人居たな」

 

 片膝立てでえづきながら粗い息を吐くアキを見下ろしていたソルラスカとルプトナは、直ぐに別の人物へとターゲットを変える。

 

「「ユーフィー……」」

「はうぅっ!?!」

 

 その惨状を見て震え上がるユーフォリア。そのユーフォリアに二人は。

 

「……ッたく、心配かけやがって」

「本当だよ、全く……」

「あ……あぅ~」

 

 わしわしと荒っぽく頭を撫でられて、彼女は恐縮したような表情を見せた。

 

「……この扱いの差は何だよ、畜生」

 

 望が言っていたのはこの事かと、アキは悪態を吐く。その彼に。そして、新たに飛び出た影が五つ――クリスト達だ。

 

「五人とも、心配かけて悪――」

 

 それにアキは気を取り直して向かい合うと、應揚に口を開いた。

 

「クリフォード!」

「クリストフ!」

「クリストファー!」

「クリスさん!」

「くりた~ん!」

「お前ら……ハハッ、久しぶりだな!」

 

 透徹城から抜け出し、アキの背後のクリフォードに抱き付いた五人。五人ともが、涙を流して。

 

「あべし、ひでぶ、たわば、オキャアッ、キャオラッ!」

 

 そして当然、制御を失った透徹城五つはアキに直撃した。

 

「……どこにでもいるんだな、望みたいな奴って……」

 

 自分など全くもって眼中に無かった五人の、実に嬉しそうな涙。それに、最早恨み言くらいしか口をつかない。則ち、いつもの天の邪鬼しか。

 

「貴方達って、いつもこんな風に騒がしいのかしら?」

「全くだ……」

「ほっとけ……ッてエヴォリア、ベルバルザード?! 何でお前ら!?」

 

 気安く話し掛けた二人組。それに気安く応えたアキ。しかし直ぐに声の主に気付いて驚愕したのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 『旅団』の管理神達との戦いと、『出雲』の南天神達とスールードとの戦いの経緯の説明が終わり、静まり返った奥の院。

 

 和風で統一されている出雲の面々に対して、旅団員の恰好は各々の戦闘装束なのでいつも通り統率が取れていない。

 だが、その中に在って尚。特に目立つ二人組が居る。

 

「それでエヴォリア……あんたらの助けが有って理想幹の障壁を突破出来た、と」

「ええ、そうよ。ぶっつけ本番になったけど、内側と外側から全力の一撃をぶつけ合ってね」

 

 アキの訝しむ視線を軽く受け流し、アラビア圏の踊り娘風の装束を纏う女……エヴォリアは腕輪型神剣【雷火】を鳴らしながら髪をかき上げた。

…その隣では、紅い覆面とマントの偉丈夫……ベルバルザードが胡座をかいて、大薙刀型神剣【重圧】を磨いている。

 

「……助けられた手前、今は共闘って事になってるわ。理想幹神達を倒すまでの期限付きでね」

「仕方あるまい、わらわ達は寡兵。戦力は喉から手が出る程欲しいのじゃからな」

 

 そんな二人に、絶対零度の視線を投げ掛けるタリアが口を開く。

 それを、現旅団団長代理のナーヤが窘めた。

 

――確かにな……俺とユーフォリアが居なくなって、会長と代表が行方不明。そりゃあ藁にも縋るだろう……いや、あの頃の俺が戦力として扱われてたかは判んないけど。

 しかし……今更だがすごい面子だな。正にイロモノ集団だ。

 

 そんな不毛な考えを繰り広げた時、ふと目に映る一人の少女。硝子玉のような目をして、ただ人形のようにそこに『在る』だけの――永峰希美が。

 

「…………」

 

 その瞬間、神世の記憶が甦る。前世に焦がれた『浄慧の三日月』、ファイム=ナルスの姿に。

 ただ、現世の彼の胸に去来するのは虚しさ。空虚な風が吹き抜けるだけだった。

 

「ところで、巽……」

「……え? あ、何ですか姫さん?」

 

 と、カティマの問い掛けに現実に引き戻される。彼女の瞳が見詰めていたのは……彼の左腕側に控えている滄の媛君。

 因みに説明では『永遠神銃という神器を手に入れた』としか言っていない。

 

「見た事の無い方ですが、その娘は一体どなたでしょうか?」

「あ、それボクも聞こうと思ってたんだよねー」

「ずーっと寄り添ってるんだもんねぇ、生半可なごまかしは効かないわよ、クー君?」

 

 それに、ルプトナとヤツィータが興味津々に呼応する。残りのメンバーも同意見らしく彼らを見た。

 一斉に自分に視線が集まった事を感じた彼女は決意したように立ち上がり、長い法衣の裾をちょんと摘んで少し持ち上げた、良家の令嬢のようなお辞儀を行う。

 

「皆様におかれましては、御機嫌麗しゅう。私は『天つ空風のアキ』と共に徃きる者……永遠神銃【真如】が化身、アイオネアと申します。若輩者ですが、何卒宜しくお願い致します」

 

 涼やかで透明な、風鈴の音色の様に良く通るソプラノの言霊。普段のオドオドした感じが消え、静謐の優雅さと清廉な気品を纏う。

 『劫初海の媛君(フロイライン=アイオネア)』の渾名に違わぬ、実に堂に入った所作。心なしか、部屋にマイナスイオンが発生した気すらする。

 

「昨日はアイちゃん、夜遅くまで練習してたんだよ。あたしたちの大切な家族だから、粗相があっちゃいけないって」

「そうか……全く、そんな事を気にする奴らでも無いのにな」

「そういうのとは違うの。お兄ちゃんったら、女心を解ってないんだから……」

 

 そんな様子を見ながら、アキへとユーフォリアは種明かしをする。随分と頑張っているのだろう、品の佳い所作とは対照的に、頭から湯気を吹きそうな程に赤かった。

 

「これはどうも、ご丁寧に。私はカティマ=アイギアス。永遠神剣第六位【心神】のカティマと申します」

「うむ、礼を尽くされたのならば礼を以って応えねばな。わらわはナーヤ=トトカ・ナナフィ。永遠神剣第六位【無垢】のナーヤじゃ。宜しくのぅ」

 

 そしてこちらも、流石は姫君と大統領。他の皆が呆気に取られる中で、あっさりとお辞儀を返す。それに続き、すっと差し出されたカティマの掌。アイは直ぐに握手を求められている事に気付いて手を伸ばして握りあう。

 

「へぇ、いい子じゃんか。次はボク! ボクはルプトナ、永遠神剣第六位【揺籃】のルプトナっていうんだ」

 

 次に手を伸ばしたのはルプトナ、その手はがっしりと握手する。

 

「じゃあ次、俺は世刻望だ。永遠神剣第五位【黎明】のノゾム。宜しくな、アイオネア」

「そして吾は【黎明】が守護神獣レーメだ、宜しく頼むぞ」

「はい、こちらこそお願いしますノゾムさん、レーメさん」

 

 続く望、その手がしっかりと触れ合った。

 

 そうして全員との挨拶を終える。どうやら、皆に『家族』として認められたようだ。

 

「……にしても、永遠神銃って実在してたんだね。ボクってばずっと空の妄想の産物だとばかり思ってたよ」

「放っとけ、莫迦野郎。しかも案外的を得てる。ある意味じゃ妄想の産物だしな……」

「ところで、『化身』とはなんでしょうか? 我々の神獣とは違うのですか?」

「『化身』については、私が説明致しましょう。化身とは神剣そのものが別のカタチをとるモノの事です。因みに、ナルカナ様も化身にあらせられます……」

 

 カティマの言葉に、環が応える。その声は、溢れんばかりの畏怖を湛えたもの。人知を越えた存在に対する驚異を唄う。

 

「神代に謳われる伝承……素戔嗚尊(スサノオノミコト)が討ちし八岐大蛇(ヤマタノオロチ)から現れ、倭建命(ヤマトタケルノミコト)が振るいし神剣『天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)』)…それこそ第一位永遠神剣【叢雲】にして、ナルカナ様なのです」

 

 驚いたのは皆同じ。しかし、特に驚いたのは元々の世界……日本出身の者達だろう。まさか、自分達の国の伝承にそんな真実が隠されていたとは思いも寄るまい。

 

「……そのナルカナなら、希美を元に戻す方法を知ってるのかも知れないんですよね。どうしたら会えるんですか」

 

 決然と声を上げたのは、望。環を見詰めて応えを待つ。

 

「……そのナルカナから、お前らに試練が課されてるんだよ」

「試練って……?」

「弱い奴らに興味は無いんだとよ。あの自己中(ナル)神剣」

 

 だが、応えたのはアキ。心底面倒臭そうに耳をほじりながら、正座していた脚を崩し片膝を立てる。尚、自分が上手い事を言っていた事を知るのは、もう少し後の事。

 

「解った……それで、試練の内容は何なんだ?」

「なに、簡単な事だよ。お前が、ナルカナが指定した相手に勝てばそれで良い」

 

 案外あっさりとした内容に、旅団は拍子抜けしたような顔を見せた。だからこそ、何でもないと言わんばかりに。アキもあっさりと告げる。

 

「用意しろ、望。相手は俺だ。殺す気で行くからよ、お前らも殺す気で掛かって来い」

「……は? 何言ってんだよ、空! どうして『家族』同士で戦わなきゃいけないんだよ!」

 

 『意味が解らない』と、望はアキに詰め寄ろうとする。

 その望が彼に辿り着くよりも早く空間に波紋を刻み、神銃形態へと回帰したライフル剣銃【真如】をスピンローディングして――その澄み渡る瑠璃(ラピス=ラズリ)の波紋の刃紋が刻まれ続ける鞘刃と、旋条(ライフリング)の刻まれた銃口を衝き付けた。

 

「……こんな機会はもう二度と無いだろうから、だ。望……俺はな……」

 

 立ち止まった望と……その彼の背後の旅団員達に向けて、彼は高らかに宣言する。

 自分が本気だという証明の為に、心の底から――時深が思わず、昔、敵対した『あるエターナル達』を思い出してしまう程に。暴力と謀略への歓喜に満ちた『笑顔』を浮かべて。

 

「……俺はずっと……ずっと、お前と闘ってみたかった。何も考えずに、真剣勝負でな!」

 

 それは、純粋な義侠客(オトコ)としての壱志(イジ)だ。情けない話だが、自分の想い人に想われている男への当て擦り。

 今までは決して敵わなかったその相手へと太刀(たち)向かえるだけのチカラを得たのならば――己を試したくなるのは必然だろう。

 

「……安心しろ、どっちが勝っても希美は助けてくれるんだってよ。刻限は正午、場所はあの桟橋だ。待ってるぜ」

 

 言うだけ言って、【真如】を肩に担いで歩き出す。準備の為に動き出した出雲の面々に取り残されたように、望や旅団の面々は立ち尽くしていた……。


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