サン=サーラ...   作:ドラケン

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因果の楔 輪廻の轍 Ⅳ

果てしなく遠い闇に充たされたその世界に、『光』があった。

 

「さて、準備完了ね。それじゃあ始めるとしましょうか」

 

 一つは女。アラビア圏の踊り娘のような、露出の多い服装。翡翠細工の様に美しい、碧のショートヘアと揃いの瞳。

 

「了解した」

 

 そしてもう一つは男。朱い覆面とマントを纏う、武士を思わせる筋骨隆々の偉丈夫。その、鬼神の如く獰猛な眼光。

 

「「我らこそが、この世に『光をもたらすもの』――――」」

 

 その見詰める先は朝陽を浴びる物部学園――――

 

 

………………

…………

……

 

 

――目覚めた気分は最悪だった。キリキリと差し込まれる様な鋭い頭痛に高い熱。吐き気と目眩。

 だが、休む選択肢はない。今日は準備に当てられている休日だと言うだけなのに、だ。我ながら、難儀な性格に育っちまった。

 

「大丈夫、巽君? 今日は休んだ方がいいんじゃない?」

「大丈夫です。心配をお掛けしてすいません、椿先生」

 

 わざわざ駐輪場まで迎えに来て心配げに付き添ってくれた、青みがかった長い髪の女性――担任の椿 早苗(つばき さなえ)教諭に断りを入れて、ゆっくりと昇降口に向かう。

 

「そう、でも気をつけてね。準備を頑張りたい気持ちは分かるけど、当日『来れませんでした』じゃお話にもならないわよ」

「はい、大丈夫です」

 

 早苗が去って行った後、本当にゆっくりと。一歩一歩、探り歩くかのように。間近な筈の昇降口を目指して、歩きだした。

 

「――――ッ!?」

 

 そこで、彼は本当に些細な段差に躓いた。何とか踏ん張り堪えた刹那、激震が世界を襲う。今度は完全に転び、仰向けに天を仰ぐ。煌々と満月の煌めく夜天を。

 そして、その頭上に影が立つ。幽鬼の如く立つ、黒い狗。昨日、彼を襲ったあの狗の同類だ。その姿が揺らぐ。揺らぎ、崩れ……やがて、女の姿に変わった。

 

「…………」

 

 狗の体毛と同色の黒髪を後ろで纏めた、人形の如く整った美しい顔立ち。飾り気の少ない、軍装のような衣装は、日本では見かける事の無い異質なモノ。

 だが、彼が注目したのはそこではない。その手に提げた一振りの刀。その刀を抜き放つと女は何の躊躇も無く――――寝転ぶ空に向けて振り下ろした。

 

「――――なッ!?」

 

 ハッと我に還りすんでのところで体を転がして、間近まで迫った白刃を辛うじて躱した。刃は火花を散らしつつ、易々と舗装されたコンクリートを斬り欠く。

 熱に朦朧とする体を何とか立ち上がらせて、彼は女を見遣った。そして、今更ながらに気付く。

 

「なんだ、これ……!」

 

 それは一人ではない。青い髪、緑の髪、赤い髪、黒い髪。数十人にも上る色とりどりの女達が校庭に犇めいている。

 その内で、路面を斬った女だけがゆっくりと彼を見つめた。

 

「――――う、ごくなァァァッッ! これが見えるか、銃だぞッ!」

 

 それに、店長から貰っていた時のままバッグに入れっ放しだったアパッチ・デリンジャーを突き付けた。

 

「……死ね」

 

 そして、彼は凍りついた。ただただ虚ろな黒い穴のような瞳に。そのまま女は無造作に近寄ると、刀を横薙ぎに振りかぶった。

 

「逃げろーーーーーッ! そいつは危険だッ!」

「ッ!」

 

 その声が木霊した時、空の体を縛っていた戒めが解けた。僅かに躯が倒れた事で、寸分違わず頚を狙っていた一太刀が逸れる。

 眼前を銀閃が走り抜けて、その巻き起こした風圧に背中から勢い良く植え込みに倒れ込んだ。

 

「ぐっ……クソッタレ……!」

 

 枝が折れて葉が千切れた。背に感じる痛みに悪態を漏らす。だが、何とか刀自体が当たる事だけは避けられたようだ。

 

 そして見る、満月を背に立つ女。その瞳には何の情動も無い――――いや、ある。濁った瞳には狗の姿の頃と同じ……生命を奪う事への渇望を湛えていた。

 刀の刃を天に向けて刺突の構え。その狙いは眉間。文字通り止めを刺そうとしている。

 

「熱い……!」

 

 呻く。左腕の、余りの熱さに。

 

『何してやがる……喚べ』

 

 その心の奥に、男の声が響く。聞き覚えのある声に急かされるかのように、燃え出しそうな左手を満月へと伸ばす。

 袖の捲れた左腕には、赤い闇で形作られた刺青のような紋様。

 

『さあ、喚べ! 我等の新たなる永遠神剣を!!』

 

 聞き間違える事がある筈が無い。それは何度も夢の中で聞いた、己の声なのだから。

 

――突き出された切っ先が迫って来る。命を奪う喜悦を見せ始めた女の顔が垣間見える。腕が熱い。熱い何かが流れ込んでくる。時間の流れが、やけに遅い――――!!

 

「――――来い、【幽冥(ゆうめい)】ッッッ!」

 

 叫びと共に、突き出した左手の先の銃に集束する闇。その闇の塊に、刀が突き刺さる。

 そこで初めて女の表情が変わる。余裕から、驚きへと。

 

「ック……ソッタレが!」

 

 闇が消えた後、漆黒の暗殺拳銃(アパッチ・デリンジャー)は浮き彫りの蛇の部分に赤い墨入れ塗装と金の装調が施されていた。その瞳の部分には、虹色に煌めく爬虫類の瞳の如き宝玉が嵌まっている。

 甲高い金属音と共に刀の切っ先を受け止めた鈍銀の銃口。先程、無造作に振り抜いただけでも易々とアスファルトを切り裂いた刀の切っ先を、だ。

 

「永遠、神剣……っ」

 

 女の呟きに、意識を逸らした事を見抜いた。その一瞬の隙に左の膝蹴りで女の右肘を打ち、右脚の蹴りを見舞うが――――右の蹴りは風を切ったのみ。女は、一瞬で背後に跳び退いていたのだ。

 

「チ――――流石は()()()だ、速い」

 

 吐き捨てたその言葉は、思わず口を突いて出たモノだ。まるで、昔から予め知っていたかのように……今、流れ込んで来たばかりの『記憶』から漏れたモノだ。

 外した蹴りの勢いを利用して、竜巻の如く回転して立ち上がる。眼鏡を外して胸ポケットに仕舞うと、手足の動作を確認する。異様な迄に身体を動かし易い。

 

【くふふ……それが『時間樹エト・カ・リファ』固有の転生システム『聖なる神名(オリハルコン・ネーム)』どすか? 便利どすなぁ、外の担い手はんは努力して使い方を覚えはるのに】

 

 と、頭の中に響く合成音声風の艶かしい女の声。以前にも聞いた声、契約の際に見た妖しい女の声だった。

 

(努力無しの何が悪いってんだ、世の中はどうせ、不平等なんだよ。だったら得するよう楽するよう生きて何が悪い)

【いやはや、全くその通りどす。弱者は強者から奪い取られるのみ、命も含めたその全てを。わっち好みの考え方どすわ、本当に気が合いますなぁ、旦那はん】

 

 

――くふふ、と。妖艶な笑い声を放つ神剣の意思。一発で判った、コイツとは……死んでも信頼関係なんて築けないだろう。

 

 遠巻きにこちらを窺う女ども、神剣の眷属『ミニオン』ども。今なら解る、それはただの先兵だ。何者かが何かしらの目的を持って、送り込んだモノであると。

 

「……皆には指一本触れさせないからっ!」

 

 見上げた先、校舎の屋上に少女の姿がある。風に靡く紅い長髪に白い羽飾りを着けた、輝く細剣と魔法陣の如き盾を備えた少女。

 その身に纏う、白を基調とした装束は物部学園指定の制服に似ているが、神剣の効果なのか、若干アレンジが加えられている。それが跳躍した。普通なら自殺以外の何でもない高さ。だが今の俺なら理解できる。あの程度で、『永遠神剣』の担い手が死ぬ筈が無い。

 

「たぁぁぁっ!」

 

 事実、少女は平然と校庭に着地してその勢いのまま輝く剣を振り、剣から放たれた閃光がミニオンを捉え貫いて消滅させた。

 

【あれまぁ、派手好きなお嬢はんどすなぁ……】

 

 それに、呆れたような言い方をする永遠神剣。全く同感だった。だが、好都合。ミニオンは圧倒的に強大な力を持つ『彼女』の方に注意を向けている。

 

――あれは……斑鳩生徒会長か。まさかあの女も神剣士だったとは。どうやら注意する対象が増えたようだ。

 

【そうどすなぁ、気ぃを付けんとあきまへんぇ?】

(ふん、判ってるさ。会長も神の転生体なんだとしたら、俺の前世での『渾名(あだな)』を知ってる可能性もあるんだからな)

【くふふ、ご心配には及びんせん。わっちは見ての通り、秘匿する事が前提の武器どすからぁ】

 

 心の内に響いた声に、左手の内にすっぽり収まる暗殺拳銃と同一になったモノに意識を沿わせた。

 

(便利な事だな。なら、とっとと俺の考え通りに動け)

 

 幾人もの悲鳴と怒号の飛び交う中で、苛立ちを感じながら命令を告げる。

 

【そんなに怒らんでもぉ。わっちの銘は【幽冥】、属性は赤と黒のマルチカラー。見ての通り、今は拳銃に御座いあんす。あんじょう宜しゅうに、わっちの旦那はん】

 

 その銘が示す通りに、存在感の無い幽霊を想起する永遠神剣だ。しかし、興味はない。今はただ、マナの流れに埋没して気配を絶つ事に専念する。

 

【幽め――――コンシールド!】

 

 闇の中に響く声と共に精神統一して完成させた埋没。これで此方の存在は他の神剣に気取られる事は先ず無い。

 暗闇に沈む新月のように、気配を隠すのでは無く埋没させる方式だ。

 

「たく、『聖なる神名』ってのは有り難てェ。記憶を受け継ぐ事で、戦い方まで理解しちまえるんだからな」

 

 『聖なる神名』。輪廻する魂に刻まれる『神としての名前』にして『永遠神剣の担い手』としての名前であり、神だった頃の記憶によるフィードバックを与える物だ。

 とは言え、勿論それは付け焼き刃。だから、最後の蹴りを外してしまったのである。

 

――だが、ただの隠蔽である以上慢心は出来ない。所詮は、弱者の足掻き。強者を討ち倒すには細心の注意を払い完璧を推敲し、一点の瑕疵すら無い完全な遂行を成し遂げる以外には無い。

 そう、不可能を可能にするしか無い。

 

【よしなにぃ。契約が続く限りは、力をお貸しいたしあんす】

 

 含み笑いしつつ呟き、【幽冥】は陽炎の如く闇を立ち上らせた。

 

「――――ッ!!?」

 

 その刹那、倒れ込みそうになる脚を踏ん張って壁に手をつく。

 

『――――目覚めた、奴が目覚めた! 殺せ、殺せ殺せッ!』

 

 全身を苦痛にも似た激情が駆け巡った。『怨敵が目覚めた』と、『早く殺せ』と。彼の中の神名が沸騰しているのだ。

 

「……煩い、黙れッ! 解ってる、解ってるさ……」

 

 その手を胸に当て、ペンダントと同じチェーンに通したお守りを握り締める。それを感じて、彼は少しだけ冷静さを取り戻して前を見据えた。

 その歩みは、牛歩。だが、歩みは止めない。元より選択肢はない、今握り締めているモノをくれた人に『何があっても歩み続ける』と、約束したのだ。

 

――そう、それが。それだけが、『オレ』がこの苦痛だけに満ちた『輪廻(サン・サーラ)』の中で……夢見た唯一だったのだから。

 

「死ね……」

「殲滅する……」

「燃えろ……」

 

 それを戦意と受け取り、様子見をしていたミニオン達が本格的に戦闘態勢をとった。

 黒は低く腰を落とし刀を構えた『月輪の太刀』、緑は隙無く槍を体の前で構えて敵の動きに備えた『アキュレイトブロック』、赤は双刃剣を後方に流して突き出した左手の先に攻撃用の赤属性の神剣魔法『ファイアボルト』の魔法陣を見せる。

 

「肩慣らしも無しに、本番かよ」

 

 当たり前だが愚痴っても現状は変わらない。『コンシールド』はあくまで感覚の隠蔽のみ、目視には一切の効果を成さない。

 

「――――んじゃあ、まずは雑魚から斬り抜けるとするか」

【くふふふ……銃で斬るんは無理どすけどなぁ】

「ハ――――どうかな。銃剣は付いてるぜ」

 

 暗殺拳銃【幽冥】を握り直しての決意表明に、水を差すような声が響く。だが空は意に介する事も無く、先程黒の刀を受け止めた際に砕けた、銃口内の詰め物の屑を捨ててミニオンと対峙した。

 

「まぁ、今は時間が惜しいからな。さっさと終わらせるぞ」

 

 酷薄に笑いつつ左の親指で撃鉄を熾こして、中指を引鉄に掛ける。そして添えた人差し指を照星として銃口をミニオンに向けた。

 

「さぁ――――征くぞ【幽冥】! 我が、新たなる永遠神剣よ!」

 

 神世以来となるその力の昂ぶり。それに感情も昴ぶらせながらの声と共に、引鉄を引いた――――!

 

――――カキン……

 

「「「「…………」」」」

 

 『その日その瞬間、初めて天使が通った瞬間を感じた』と、後に空が語った程だ。

 その一瞬だけ静まり返った校庭に響いた乾いた音。そう、紛れも無く撃鉄が墜ちる音。

 

――――カキン、カキン…………

 

 それだけが連続で響く。燧石が打ち合う度、眩暈を起こしそうな漆黒の火花を撒き散らして。

 衝き付けた姿勢のまま、何度も撃鉄を熾こしては引鉄を引いた。

 

――――――――カキン、カキンカキンカキンカキン…………………………

 

「紅蓮よ、その力を」

「待った、ちょっと待った! 今、責任者喚びますから!」

 

 溜め置いていた火の(つぶて)を放とうとした赤のミニオンに制止の言葉を掛ける。彼女らは、それに目を見合わせて視線で語り合って……攻撃を中断した。どうやら、多少は話の解るミニオンらしい。

 

(オイィィィ! どういう事だ、【幽冥】ッ!)

【はい? どういう事ってのは、どういう事どすのん?】

 

 その間に必死の形相で暗殺拳銃を睨みつけて、空は血管が切れんばかりに思考した。だが、それに対する答えは何ともあっけらかんとしている。

 

(巫戯化んな、何だよお前!)

【……旦那はん、さっきから一体何を言うてはりますん? 見ての通り、今のわっちは拳銃どす?】

(んなもん、見りゃあ解るわ! 俺が言ってんのは弾丸だよダ・ン・ガ・ン! 弾はどうした弾は、アン? 出せ、今すぐ出せ!)

 

 鬼気迫る呼び掛けにも関わらず、少し間を置いてから【幽冥】は『ふう……』とわざとらしい溜息を落とした。脳裏にはフランクに肩を竦める妖女の苛つくイメージとして流し込まれている。

 

【旦那はん、聞いとりましたん? わっちは旦那はんが用意した物を武器にしたんどすぇ?】

 

 その一言に彼は思考をフル回転させる。そして導き出した答えに……眩暈がした。

 

(……詰まりアレか。あくまでもイミテーションだったから『弾』は付随しねぇッて事か?)

【御明察ぅ、さっすが旦那はん。御理解が早ぅて助かりますわぁ。今のわっちは、マナ結晶製の弾丸が在って初めて役に立つ神剣なんどす】

 

 プルプルと、彼が震えている。その凄まじい怒りに。

 

「――――巫戯化ろ、カラ銃ゥゥッ! なんて使えねェ奴なんだテメー、クーリングオフさせろッ!」

 

 激情に任せて路面に全力で叩き付ける。【幽冥】は一度バウンドして。

 

【うわーん、旦那はんが流行りのドメスティックバイオレンスしたー! そない言うならオーラとかオーラフォトンでも使えば良いやありんせんのー!】

「ぶフォ!」

 

 それが物凄い勢いで返ってきた。空の顔面に。

 

「先に言えよテメェェッ! 俺が何度カチカチしたと思ってんだよ、ライターか! もしかして銃口から火なんかが出たらどうしようかと思ったって言うか、寧ろ俺の顔から火が出そうになったわ!」

【火なら幾らでも出したります! なんせ今のわっちは『燧石式(フリントロック)』どすからぁ~~!】

「煩せェェェェッ! 誰が上手い事を言えッつッたん――――」

 

 顔面に圧し付いて来る【幽冥】を掴み直して、少し顔から離して口論の構えをとる。

 その時だった――――

 

「【――――!!?」】

 

 その僅かな隙間を、針穴を通す正確さで何かが駆け抜けていく。壁を砕いて突き刺さったソレは、一本の槍。そして、目が合った。この世界では有り得ない程に鮮やかな緑色の髪と瞳を持った、神剣を振る為だけの存在であるミニオンと。

 緑のミニオンは、投擲した自身の永遠神剣である槍の柄を掴むと、壁を引き裂きながら空の顔面へ向けて振るう。それを尻餅を衝きながら屈んで避け、こけつまろびつ距離をとる。粉塵が舞い掛かり、吸い込んで咳込んだ。

 

【ち、堪え性の無いこって……】

「ゲホッ、ここまで待ってくれただけで奇跡だっての!」

 

 起き上がり、隙無く銃を構える。しかし、最早それに何の意味も無い事を知ったミニオン達に効果は無い。

 

【まぁ、冗談はこの辺にしておきあんす。旦那はん、早くオーラで弾を作りなんし。辺りの空間から搾るしょっぱいマナでも、あれを殺すには問題あらしません】

(冗談で主人殺しかけんなっ! マナを集めてオーラに変えて……純度を高めてオーラフォトンに)

 

 精神を統一して、神世の記憶を頼りにしてマナを集める。それを高めようと――――

 

「なぁ、オーラフォトンって……どうやって作るんだっけ」

【そないなもん、永遠神剣と契約したら出来るんと違いますの? てか、神様の頃の記憶にあるんやないんどすか?】

「…………」

 

 するのだが、全く以て手応えがないのだ。記憶通りにやっても、ちっとも。

 

【……ア、アンタ才能有らへん。あーあ、しくじったー……契約者間違えあんしたわ……はあぁ~、下手こいたわ~、どっかの道化者みたいな男にしとくんやった】

 

 そして心底から後悔した感じの【幽冥】の呟きに立ち尽くす空、じりじりと歩み寄る黒、赤、緑のミニオン。

 

「……クッ、ク……はははッ! 俺を他の男と比べるなんざ、良い度胸じゃねぇか…………」

 

 と、本当に唐突に笑い始めた空。笑いながら、使い慣れた武術の構えを取る。

 力まず、気負わず。どんな事態にも対応可能な『無形の構え』で、ミニオンヘと向き直って。

 

「殺す。この窮地を潜り抜けたら先ず、テメェの銃口以外にももう一つ、風穴開けてやらァァッ!」

 

 握り込んだ暗殺拳銃【幽冥】。そのメリケンサック部分を畳み、展開式バヨネットを広げて構え、そう吠えたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 突風のように繰り出される刺突と薙ぎの『ソニックストライク』の槍の軌跡。空はそれを、受ける事すら出来ずにただただ躱す。

 

「ッ……クソッ……ッッタレ!」

 

 どこに逃げようとミニオンしか居ないというのに、じりじりと何の展望も無い後退を繰り返す。

 

――畜生め、速い、速過ぎる! 俺の眼じゃ軌道を見極めるだけで精一杯だ! だから、永遠神剣が欲しかったんだ。例え永遠に転生を繰り返してでも。

 なのに、手に入れたのがコレ? 巫戯化やがって、第一ちっとも身体強化が感じられねェ! どうなってんだ!

 

 修練で鍛えられている躯と神名から身のこなし方を引き出す事で、何とか死線を行ったり来たりしながら呼び掛ける。

 だが、反撃など出来ない。もし反撃に失敗して、腕を折られたり落とされてしまえば完全に終わりなのだ。

 

【はぁ……さっきから聞いとけば、随分と甘ったれた事を】

「何ィ、どういう――――ック!」

 

 その瞬間、【幽冥】を握る拳に疼痛を感じる。まるで、千の毒虫に噛まれたような痛みだった。

 

【旦那はん、わっちは慈善事業をしとるんやありんせんえ? 他の甘っちょろい神剣がどうなんかは知りませんけど、わっちは純粋な商売をしとりますねん。わっちは無力な旦那はんに力を貸す、その代償に旦那はんはわっちにマナを支払う。簡単な取引どすやろ? そんな初歩も出来ひんなら……】

 

 

 思わず見遣れば【幽冥】は拳の中で--毒々しい、腐ったような黒い血の色をした精霊光を滴らせながら。

 

【一刻も早うここで死んで、わっちにアンタの『生命(マナ)』でも払って下さいな】

「……ハ、虚仮にしやがって……ビジネスライクか、そりゃいいな。主従とか友情とか愛情なんて訳の解らねぇ物なんかより、ずっとシンプルで判り易い――――ぜッ!」

 

 邪悪な笑いと共に告げられた、『本来の』永遠神剣の声。自分の永遠神剣の声と、ミニオンの槍撃を辛うじて避けながら、彼は己の不甲斐無さを呪う。

 

――俺は、こんな奴らに殺される為にこのチカラを掴んだのか? 違う、俺は俺の悲願の成就の為にこれを取ったんだ! だとすれば……俺に足りないのは、俺自身の。この---!

 

「巽空自身の、強さだ……!」

 

 決意を固める。そう、今の彼は、曲がりなりにも『神を殺す』事も可能な力を有する遣い手。

 

――なら、俺はまだ太刀向かえる。勝つ事なんて考えなくていい、負けない事に全力を尽くせ。必ず生き残る事、それが俺の戦いだ!

 そうだ……亀の甲羅の守りなんて趣味じゃねぇ。好き勝手されるくらいなら、例え不利でも好き勝手にするのが俺のモットー!

 

 震脚と共に左フックを振るう。だがそれは緑の展開する風の障壁『アキュレイトブロック』の前に、軽く潰えてしまう。

 それは緑の障壁を破るには遠く能わない。薄く、緑のマナを撒き散らしただけだ。

 

「紅蓮よ、その力を示せ――――」

 

 その決定的な隙に、赤の命令で三つの火炎弾『ファイアボルト』が飛翔する。空にはどうあっても防げない、神の紡ぐ法が。

 

「――――ッ!」

 

 それに対して彼は、あろう事か【幽冥】を投げ出した。

 

【え? ちょ、旦那はん一体何を~~~っ!】

 

 その神威の火炎弾の正反対の、背後の窓硝子へと。彼の額と右肩、心臓を狙っているその炎の弾丸の方を向いたままで、【幽冥】で割った窓から後宙転で校舎の中へ逃げ込んだ。

 着地するのと同時に【幽冥】を拾い上げ、間髪入れずに走り出す。それと全く同時に、壁面を粉砕した『ファイアボルト』が、空が居た所を駆け抜けて行った。

 

「黒い月……見せてあげるよ」

 

 その空の進行方向に待ち受ける、黒いミニオン。刀を鞘に収めたままで構えて腰を落とした居合、『月輪の太刀』を振るおうとしているミニオンが……ただ、一体。

 

「――――ハ、予想通りだな」

「……?」

 

 それに空は悪辣な笑顔を見せた。思った通りだと、ほくそ笑む。

 

「お前の速さなら、追い付けると思ってたぜ。他のミニオンを置き去りにしてでも、な」

「……っ!」

 

 言われて周囲に目を配る黒だが、確認するまでも無い。赤と緑は追い付けていない。一対一。多数で圧殺するはずが、相手が弱者であるという慢心故にその状況に追い込まれたのだ。

 

 だが、だったら何だというのか。目の前の存在は羽虫、一捻りで終わる。ただ一太刀で殺せるのだ、恐れる必要など無い。

 その事実に、直ぐさまミニオンは気付いた。気付いた勢いのままで己の永遠神剣である刀を目にも留まらぬ速さで。黒い残光の軌跡を残す程の速度で抜刀した。

 

「――――!」

 

 刮目せよ、永遠神剣(トラ)の威を借りる神剣士(キツネ)ども。今、此処に生まれた、お前達の天敵を。

 他者から与えられる暴力でなく、己の積み上げてきた実力を。

 

 震脚と共に、体を沈み込ませて。横一閃の『居合の太刀』を回避して刔り込まれた、右のアッパーカット。そして、それに浮された黒の水月に向けて左の正拳突きを刔り込む拳技『我流 一の太刀・輪剣』を繰り出した。

 技こそ違えどカウンター、時深に見せた物と同じ。

 

「――――あばよ」

 

 その違いは単純明解だ、今まで永遠神剣の性能に頼る事しかしてこなかった黒のミニオンに時深のような技や、受け止めるスキルも無くそれを受ける以外に無い。

 

「カ、は……!」

 

 当然だが、そんなものは致命傷どころか負傷にすらならないが、膝をつくだけの威力は有った。

 その隙は、空にはミニオンの脇を擦り抜けて走るのには十分過ぎたし――――

 

「一気に打ち払うっ!」

「な、」

 

 持ち直し、追い掛けようと振り向いたミニオンの目の前に迫る、白き閃光の戦乙女にとっては十分すぎる隙だった。

 

「インパルスブロウ!」

 

 振り払われる凝集した光の剣に、存在する核である永遠神剣の格の違いか刀ごと打ち砕かれる。黒はそこで、初めて――――今まで己が相手をしていた者の、正体を悟った。

 最後に『あばよ』と別れの言葉を掛けたその男こそ、本当に危険な存在だったのだと。自身の弱ささえも武器にしてのける、本物の策士だったのだと。そう気付いて、だからと言ってもう何もする事適わずに。マナの霧に還って逝ったのだった。

 

「神剣よ……!」

 

 その刹那、追い付いて来た緑が槍技『ライトニングストライク』を見舞う。それを青マナを結集させた氷の鎧『フローズンアーマー』で防ぐ彼女。

 

「紅蓮よ、その力を示せ――――」

 

 だがしかし、その背後より神剣魔法『ファイアボルト』の術式を展開した赤。今、彼女が纏っている氷の鎧は物理防御重視だ、魔力重視の神剣魔法である炎の弾丸には、意味が無い――――

 

「かはっ……!」

 

 その瞬間、術式が起動するより早く。三つの氷柱が赤ミニオンを貫いた。予め仕掛けられた青の迎撃魔法、『アイシクルアロー』が。

 

「甘いわよ」

 

 赤がやられた事に気を逸らした緑の隙に、沙月が気付かない訳が無い。彼女の両の手に握られたのは、幾つもの光の短剣。

 

「ヘヴンズジャベリナー!」

「ああ……これまで、なのね」

 

 それが投擲された。複数の短剣に緑ミニオンは防御を射ぬかれて、消滅して逝ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 消滅していくミニオン達を尻目に、僅かに得た黒マナを感じつつ【幽冥】は満足げに。自分を握る指先まで轟く暴走したような鼓動と、火照った体温を感じていた。

 

――運の良い男。なにせこの男は脆弱。実力も経験もあらかた不足、正面きってじゃミニオンにすら敵いやせん。もしあの娘がこちらに気付かんかったらどうなったんどすやろ? 本当、運の良い男。

 

 だが、それも強者の条件。己が生き残る状況を引き寄せるだけの強い因果律を持つ事。それもまた、実力の内だ。そしてそれを望むのが、永遠神剣というもの。

 その点では、合格。弱者である己を否定して、新たな因果を引き寄せたのだから。

 

――まぁどの道、この程度で死ぬ程度の契約者なら相応しゅうない。この……【幽冥】には。

 

 仄暗い愉悦に充ちたその自我は、暗闇の底から光を見上げながら待ち受ける――――

 

 

………………

…………

……

 

 

 黒を一刀の下に消滅させ、更にその後に現れた赤と緑のミニオンを軽々と消滅させた彼女は、少年に眼を向けた。

 マナの霧を孕んだ風に深紅の髪を靡かせる白い装束の少女、斑鳩沙月が。

 

 その右の手には白く光る剣……否、白い『光』そのものによって構成された刀身を持つレイピアが握られていた。

 

「――――斑鳩、会長……」

 

 空は、足を止めて呟いた。だが、当の沙月の方は彼を見ようともしない。

 

「……沙月殿、急がれた方が」

 

 沙月の背後に、光と共に現れて立つ巨漢。戦槍を持った鎧の人馬の騎士が提言する。それにさして驚く事も無く、彼女は頷いた。

 

「そうね、急ぎましょう。望くんの覚醒が大分進んでるし、それに裏切り者が居るみたいだしね」

 

 鋭い眼差しを天井に向ける沙月。その眼が、空に落ちる。だがその時にはもう、笑顔を浮かべていた。

 一目見るだけでも底冷えのするような笑顔を。

 

「だから取り敢えず、問答無用で気絶して貰うわね。()()()()()()()()()()()()()?」

「――――はい?」

 

 不穏な単語に似合わない小首を傾げたその空間を、光が薙いだ。小首を傾げたまま硬直した彼の髪が、数本舞い落ちる。

 

「貴方達のもたらすまやかしの光……旅団が一人『光輝のサツキ』の輝きが掻き消してあげるわ!」

 

 再び、戦闘態勢を整えた輝ける少女――――神剣士『光輝のサツキ』は、その光の剣の切っ先を眼前で呆気に取られる空へと向けた。

 振り抜かれた光の剣をすんでで回避した。だが続いて、二ノ太刀三ノ太刀が繰り出される。

 

「って、ちょうォッ、ちょっと! 何すんですか、危なッ!」

「なかなか素早いじゃないッ! 神剣士にもなると流石に鍛えられてるわね!」

 

 時深から特訓と称してよく竹刀で強襲されたり持たされたりしていた彼は、殊更『剣』状の武器に対しての見切りが鍛えられている。とは言え相手は本物の永遠神剣を持つ神剣士、しかも何度も実戦をくぐり抜けてきた猛者だ。

 所詮は、道場剣の付け焼き刃の彼には太刀向かうだけで精一杯。ならば――――どうするか。

 

「ク――――しまっ!」

 

 そこで、運悪くミニオンの死骸に躓く。重なり合うように倒れた赤と緑の消え逝く死骸、どちらも体を氷と光の短剣によりそれぞれ貫かれた骸に。

 尻餅を突いてしまったその隙に沙月は剣を突き下ろす。真っ直ぐ、眉間を狙って。

 

「いい加減に、しろォォォッ!」

「へぇ、やるじゃない。やっぱりミニオンみたいにはいかないか」

 

 右脚で右肩の軸を止めて、左足で右腕を巻き込まれる形で沙月の【光輝】のレイピアが止められた。有する武器の性能で敵わないのなら、本体の研鑽で対抗するしかない。

 口で言えばそれだけだが、先述した通り彼には身体補助が無い。華奢な沙月とは言え神剣士。その腕力は、片手で空の両脚力を圧倒している。

 

「……ッ、俺は光をもたらすものとか言うのじゃあない! 誓ったっていい……!」

「はいはい、容疑者は皆そう言うのよ。私達には、『あらゆる事象を知ってる』仲間がいるの。貴方が神の転生体だって事は知ってるし、それに私見たんだから。貴方がミニオンを引き連れてるところをね」

「いや、前者はともかく……後者は誤解、だッ!」

 

 レイピアごと右腕を蹴り上げた刹那、彼女の左腕が閃いた。その左腕に展開されていた、魔法陣の如き盾が彼の身を打つ。

 逆らわず吹き飛んで、空は距離を稼ぎ――――

 

「止めよ、ケイロンっ!」

「承知ッ!」

 

 と、掛け声に合わせて光の剣と盾が解けた。そして、守護神獣の騎士『ケンタウルス=ケイロン』の持つ神槍『ハイデアの槍』に、青い精霊光が纏わり付く。

 

「マーシレススパイク!」

 

 その戦槍が衝き出された。青い精霊光を纏う槍撃は、距離を取る為に跳んだ空中では最早躱せない--!

 

「――――ッ!!?」

 

――躱せないなら躱わさなければいいだけだ。そう、今度こそ――――!

 

 空はマズルローダーの【幽冥】に右手で『何か』を装填し、撃鉄を熾こして。

 

「――――行くぞ、【幽冥】!」

【くふふ、あーい、旦那はん!】

 

 今度こそ確かな神威を持って、その引鉄を引き――――撃ち出された弾丸にて、精霊光の槍撃を『撃ち消し』た。

 

 ケイロンは眼を見開く。それは彼の持つ最高の槍の技、精霊光を沈静する青マナを纏い、あらゆる術を術者ごと撃ち抜く荒業。

 今まで、幾多もの敵をそうして神剣魔法ごと屠ってきた無慈悲な一撃。それが掻き消えたのだ。

 

「何だと……くっ!」

 

 そして、気付く。あれは間違いなく沙月の『アイシクルアロー』だった事と、呆気に取られている内に階段を駆け登った二人に。

 

 階段を三歩で上りきって、空が振り返ったその刹那、目が合った。紅い髪を靡かせる、戦乙女と。

 

「――――がフッ!?」

 

 その美脚がどてっ腹に減り込む。余りの威力に、彼は残りの段をすっ飛ばして滑り出た。

 

「……ド派手な登場だな。誰かと思えば、巽か?」

「グ、おォォォ……?」

 

 蹴られた腹を押さえてくの字に折れ曲がる空の目に、人影が映る。初め彼はそれが沙月だと思っていた。

 だが、それは黒衣の少年。銀色の髪を持つその少年は……暁絶。

 

 そして双児剣を携えた望とそのすぐ側に居る希美。床に倒れた、信助と美里の姿。

 

「暁君……いえ、『暁天のゼツ』っ!」

 

 勢い良く飛び出た沙月はたった今蹴り飛ばした空など眼中に無く、絶を殺意の篭る瞳で捉えた。

 

「遅かったな、斑鳩? そういう事だから、望……」

 

 そんな事などお構い無し。彼は、彼の親友であるはずの望に笑い掛けながら腰の刀を抜き放つ。

 

「悪いんだが――――死んでもらう。『黎明のノゾム』」

「絶……!」

 

 凍り付くように冷たい一言。望と希美は、信じられないといった風に答えた。

 それもその筈、彼らは仲良しとして知られていたのだ。その彼らがここで今、互いに武器を構えているのだ。あまつさえ、殺気すら発して。

 

 最早、一触即発だ。それぞれの持つ永遠神剣に力が篭められる。そこに――――

 

「動くなァァァッ!」

「「「「――――ッっっ!?」」」」

 

 怒声が響き渡る。何時しか起き上がった空の声が。左手でビシリと、睨み合う三人を指差す。

 

「あ、空……?」

「……ほぅ。まさか、そんな永遠神剣が在るとはな」

 

 その左手に番えられた、壱挺の拳銃。指差す人差し指はそのまま、横倒した引鉄に中指を掛ける。

 

「あれって……銃?」

「拳銃……さっきは見えなかったけど、それが貴方の神剣なのね」

 

 眼を円くする望達になどお構い無し、すっかり頭に血が上った空は激情に任せて叫ぶ。

 その眼は鋭く見開かれて、周囲を圧倒せんばかりの威圧を放つ。

 

「散々、俺を無視しやがって……こうなりゃもう、自棄だ!」

 

 カキリと、撃鉄を熾こす。その姿勢のまま彼は叫んだ。

 

「【幽冥】が射手、巽空……」

 

 引鉄が引かれる。それは先程と同じく、装填された『光の短剣』。手癖の悪い事に、躓いて転んだ際に消滅していくミニオン達から『アイシクルアロー』の欠片と共にすり盗ったモノだ。

 

 その銃口に白い光が満ちていく。それは紛れも無く沙月の投擲技『ヘヴンズジャベリナー』。

 

「神銃士『幽冥のタツミ』、撃ち貫く!」

 

 撃鉄が墜ちる。冥き火は薬室内の光の短剣のマナを炸裂させて、凄まじい加速と轟音と共に短剣を銃弾として射出した。

 それが彼の物語の始まり。これより始まる物語の開幕を告げる鐘の音だった――――!

 

「……ック……!」

 

 余りの反動で尻餅を衝いた空は、軋む左腕を庇って呻く。

 これこそがこの『神剣』の本領だ。他の役に立たない代わりに、たった一点に集束した才能。

 

「――――チッ……まさかこんな伏兵が居たとはな……俺も、まだまだ甘いって事か」

 

 狙われていた絶はその弾丸……いや、最早『砲弾』をあろう事か、刀型の第五位永遠神剣【暁天】によって『受流し』た。替わりに撃ち抜かれたのは廊下の端、円形に大きく穴が穿たれている。

 刀を納めて忌々しげに呟く。と、またも銃口が向けられている事に気付いた。

 

「随分と用意がいいな、斑鳩? まさか、俺を睨んで旅団から戦力を呼び寄せていたのか?」

 

 それに警戒しつつ、彼は沙月に誰何する。

 

「へ? 何言ってるのよ、コイツは貴方が呼び寄せた光をもたらすものの尖兵じゃ……」

「だからぁ、さっきから違うって言ってんでしょッ! 俺は無関係ですよッ!」

 

 額に『怒』マークを浮かべつつ、空が叫ぶ。その間も衝き付けた銃と視線は動かさない。

 

「フ、悪いが、奴らにそこまでは仕込む時間は無くてね……というより斑鳩、お前も『奴』から詳細は聞いているのだろう?」

 

 納刀したままで腰を低く落とす、居合の構えを見せる絶から。

 

「おっと、動くな暁。威力は見たはずだよな?」

「ああ、よく見せて貰ったよ巽。直線にしか飛ばないのを、な」

「――――チッ!」

 

 今度忌々しげに舌打ったのは、空。早速弱点を看破された事に。

 

「絶……どうしてだよ? なんで俺達が、戦わなきゃいけないんだよ!」

「何だ、まだ理由が欲しいのか? だったら、『俺がお前を殺そうとするから』でいいだろ」

「絶ッ!!」

 

 望の悲痛な叫び。そして――――

 

「……ない」

「……希美……?」

 

 俯きつつ、呟く希美。その様子がおかしい事は誰の目にも明らかだ。

 

「甘いなッ!」

「なッ、グゥッ!?!」

「しまっ--かは……!」

 

 それに気を取られた空と沙月の隙に刀を鞘疾らせた絶が一ノ太刀『会者定離の太刀』で【幽冥】を天井まで弾き上げて、鞘でその胸を打った。強制的に息を吐かされ、彼は呼吸方法さえ思い出せずに失神する。

 それと全く同時の二ノ太刀たる『雲散霧消の太刀』が、返す刃で沙月へと振り下ろされた。威力を受け切れず彼女は盾ごと吹き飛ばされると壁に減り込むほどに打ちつけられて、そのままずるずると崩れ落ちる。

 

 それは正に剣の舞い、その速さはまるで光だった。

 そして、真っ向に突き出される三ノ太刀『臥薪嘗胆の太刀』が、望へと迫る。

 

「殺させない……望ちゃんは!」

「な……!」

「――――希、美……!」

 

 それを受け止めたのは、希美。その手に握られたのは、鎌状の刃が付いた槍。

 

「あぁぁぁぁっ!!!」

 

 その叫びと共に、激震が走る。地を揺るがすそれに、絶は仕上げが終わった事を悟った。一気に数十mを跳び退がり、空の放った砲弾に穿たれた大穴に身を寄せる。

 

 そこから覗く満天の星空と市街の光。そして、うっすらと天に見える、絡み合う大樹の枝。

 

「では――――よい旅を」

 

 一度望と倒れ伏した少年少女達を見遣り、意味深な言葉を発して彼はその穴から飛び出して行ったのだった。


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