サン=サーラ...   作:ドラケン

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空隙よりの眼差し 神の操る糸

 望が二刀流で押すのなら、絶は速度でそれを上回る。一進一退の攻防、だが片方は生かす為に全力を振るえず、もう片方は殺す為に全力を振るう。その歴然とした差は、決定的だった。

 

「終わりだ、望……【暁天】よ、我が敵を屠り力と成せ――色即、是空!」

 

 跳ね飛ばした望を鋭く見遣り、腰を落とした抜刀の構え――神世に畏れられた彼の前世『復讐の神』の、神速の居合『無常の太刀』。

 

――まだだ……諦めない、俺はッ!

 

『……ならば、我のチカラを使うがいい』

「――ッ!」

 

 そこで望の頭の中に響く前世の声に、思い至った。己が得た浄戒のチカラ、それを振るえば……目の前の彼を捕える滅びを断ち切れる事を。

 

「違うぞ、絶……此処からが始まりだ……浄戒の一撃で、決める――ネームブレイカアァァッ!」

 

 二刀を一本の大剣に合体させ、望は構える。最早それしか道が無いと、決意して。

 

「ノゾムぅぅっ!!!」

「マスタぁぁっ!!!」

 

 天使達の声を聞きながら、光纏う【黎明】を下段から刷り上げる一太刀で、横一閃の【暁天】を迎え打った。

 

「――あ……」

 

 希美の、その小さな呻き声を掻き消して。

 

………………

…………

……

 

 

 光をもたらすものの幹部との戦いで、アキ達はいつしか遠く離れてしまっていた。

 クォジェの残骸から回収した拳銃五挺とライフルの一部を、透徹城を媒介にした為か同じ効果の有る【真如】に収め、一行と合流する為にアキとユーフォリアはまだ戦闘が続いている方角へと走る。

 

(アイオネア……)

【はい、兄さま……如何なさいましたか?】

(取り敢えず、『アイ』って略していいか?

【ふぇ? は、はい……有難うございます】

 

 その道々、アキは左肩に担いでいる【真如】に語り掛けた。

 

(礼はおかしいと思うけどな……で、本題だ。周囲の状況を感知出来るか?)

【はい、出来ます。天と地の狭間に於いて(くう)に接さないモノなんて在りませんから……】

 

 瞬間、周囲の空間に心が融けたように波紋が拡がった。感覚が極限まで研ぎ澄まされ、幾つかの神剣を捉える。

 

――背後に一ツ……ユーフォリア、遥か彼方に旅団員やミニオンの。前方に三ツ……ッ!?

 

 瞬間、見当違いの方角を見遣る。何も無い虚空、そこから感じられた……悪意に満ち溢れた視線を。

 

「――この……気配は!?」

 

 そしてそれは……前世の己が知る存在のモノだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 仰向けに寝そべって見上げた茜色の空。その視界に顔を出す、銀髪の堕天使。

 

「ご無事ですか、マスター……?」

「ナナシ……俺、は……」

 

 『負けた筈では』。そう問おうとした彼の首っ玉に、堕天使が抱き着く。

 

「マスター…マスター……」

「……ナナシ」

 

 肩を濡らす涙、声を震わせて己を呼ぶ掛け替えの無い存在。その名を呼び、彼は…己の身を蝕んでいた滅びが消え去っている事に気が付いた。

 

「……なんて馬鹿な事をしたんだ、望……! お前は何も判っていない!」

「何、どういう意味だ、絶?!」

「クソッ、もう遅い……! 希美から離れろ!」

 

 絶の叫びに、望と沙月は希美を見遣る。

 

「…………」

 

 人形のように無表情な、希美を。そしてその瞬間――枯れた世界が、歪んだ。

 

「望くん、危ない!」

「−−ッ!?」

 

 頭上から降り注いだ光、それを何とか回避した望達。

 立ち上る砂煙の向こうから――

 

「――予定通りであるか」

「そのようだ。まぁ、至極当然の事であろうが――」

 

 しわがれた、しかし低く地を揺るがすような……圧倒的な威圧感の声が木霊した……!

 

 

………………

…………

……

 

 

 宙を翔ける【悠久】、それに乗るユーフォリアとアキ。進路を変えて先行しており、丁度塔と旅団員達の中間に差し掛かった。

 

 自分には、役目が在った。とても大事な役目、だというのに――忘れてしまっていた。そして、この人の事も。

 

 少女は思案に沈む。己の後ろに乗った黒の外套の男、剣銃を担いだ『神銃士(ドラグーン)』。

 正体不明の『永遠神銃』を振るう異端者(アウトサイダー)

 

 最早、人としてなど歩けない。そんな事は、この神剣宇宙が許さない。

 

「…………」

 

――こうなる事を、予め教えられていたのに。そうならないように、お手伝いする筈だったのに……

 

 ユーフォリアは俯く。その小さな胸に疼くような痛みが走る。

 自分の不甲斐無さがこの結末を招いたのだ、と。彼女の所属する組織の……未来(トキ)を詠む永遠者が見た未来を変えられなかった。

 

「ユーフォリア、もっと速度出ないのか!?」

「――ひあっ!? あうぅ、もう限界だよ〜っ! お兄ちゃんの分だけ、やっぱり遅くなっちゃうの!」

 

 と、突然彼に声を掛けられて彼女は大いに慌てた。いきなり『塔に急げ』と言われてここまで来たのだ、その上に急げと言われて彼女は一計を案じる。

 

「――そうだ、これならいけるかもっ!」

「は? いきなり何だ――?」

 

 突然声を上げたユーフォリアに、アキは訝しげな声を掛けた。その彼に彼女は肩越しの笑顔を見せて、右手同士を絡み合わせる。

 

「お兄ちゃんのマナ、借りちゃうね――マナリンクっ!」

「……ッておいユーフォリア、俺はそういう魔法の対象には――」

 

 展開された光、個人の持つマナを共有する神剣魔法。それで二人分の出力を得ようというのだろう。

 だが、そういった効果はアキには意味を為さない。彼は『空』なのだから対象に『なれない』のだ。

 

【【――あっ!?】】

 

 と、【悠久】と【真如】の驚くような声が同時に響いた刹那に、『ポスンッ!』と。

 

「「――えっ?」」

 

 間の抜けた音を立てて、【悠久】の後端から噴き出していたマナが止まった。

 

「……これこれ、何で止めるんだね、ユーフォリアさんや?」

「えへへ、あの……好きで止めたんじゃないよ……ゆーくん、どうしたの?」

【いや……何と言うか……いきなりマナが尽きて】

【はう、ごめんなさい……あの…私は空っぽだから……きっとその所為です……】

 

 慣性で前進しながら、四ツの意思は言葉を交わす。次第にその速度は落ち、やがて――

 

「「【【――わぁァッ!?」」】】

 

 突如として凄まじい勢いで再噴出したマナに、振り落とされそうな超加速を得る。

 

「ななな何だこれ、ユーフォリアァァッ!!?」

「すすす好きで飛ばしたんじゃないよ〜っ! ゆーくん、どうしたの〜っ!!」

【いや、何と言うかいきなりマナが満ちてきて抑えが!?】

【はうぅっ、ごめんなさい! 私が空っぽを滿たしたから、きっとその所為ですぅっ!】

 

 【真如】の特質は空を滿とするモノ。しかし、その恩恵を受けられるのは本来はアキのみの筈だ。『対象にならない』能力なのだ、無効の対象にすらも、ならないというのに。

 

――全く……このガキんちょは本当に、何者なんだよ……!

 

 だが、その超加速のお陰で一挙に距離を稼ぐ。残る距離は五分の二程度――

 

「「――ッっ!?」」

 

 と、その進路に炎球が現れる。危うく回避した二人だが、体勢が崩れた為に砂漠への着地を余儀なくされた。

 

「――随分急いでますけど、デートですか、お二人さん?」

 

 そして、顔を上げた先。砂の海に浮かぶ岩に腰掛けた少女が首を傾げて、シャン……と。

 

「……鈴、鳴」

 

 黒髪に飾られた、鈴の音が世界に響いた……

 

「お兄ちゃんの、知り合い……?」

「ああ……」

「精霊の居た世界以来ですね、お元気そうで何よりですよ」

 

 クスッと笑い、鈴鳴は岩から飛び降りる。本当に何でもなく、旧知の人物と再会を喜ぶ顔で。

 

「……流石に今回ばかりは『行商』じゃあ誤魔化されねェぞ鈴鳴……テメェ何者だッ!」

「非道いなぁ、巽さんは。私はただ、買い付けの回収に来ただけですよ」

 

 ユーフォリアを庇うように立ち、アキは叫ぶ。そんな彼に鈴鳴は、やれやれと肩を竦めた。

 

「……【幽冥】が敗れたのは、正直意外でした。中々使える手駒だと思ったんですけど、所詮【聖威】の使い走りに甘んじていた小物。野心まで小物でしたね」

 

 そして――底冷えのするような、妖艶と言っても良い眼差しで彼を見詰める。

 

「ああ、そうそう……私が何者か、でしたっけ」

 

 その姿が、壮絶な神気と共に移ろう。古代の軍装のような……羽衣を纏う天女を思わせる姿。

 

「――我が名はスールード……永遠神剣第四位【空隙】のスールードですよ、神銃士【真如】のアキ」

 

 そしてその手に――尋常の存在のままで手に出来る最高位。紅い剣身に文字の刻まれた幅広な片手剣……第四位神剣【空隙】を無造作に持った。

 

「お兄ちゃん……」

「気を付けろ……アイツは、ヤバい」

 

 【真如】にスピンローディングで装填して構える……だが、剣先は震えている。寧ろ神銃を持つようになったからこそ、神剣の強大さが身に染みて判るようになってしまった為だ。

 確かに【幽冥】は強力な神剣だった。だが、あれは所詮はただの『永遠神剣』が自立して動いていただけ。真に奇跡を起こす――神剣士とは比べるまでもない。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。あたし達は、絶対に負けないから……」

 

 そこで気が付いた。未だに繋いだままだった右手、そこから伝わる体温と……微かな震え。

 

「……行け、ユーフォリア。望達の所に……此処には後続が来るけど、あっちは孤立してる」

「……えっ、でも……っ!?」

「――どうッせオイラはヤクザな兄貴、解っちゃいるんだ妹よ!」

 

 と、反論を封じ込めるように大声を上げたアキ。その口ずさんだ訳の判らない文言に、ユーフォリアどころか鈴鳴……いや、スールードまでもが驚いた顔を見せる。

 

 そして、解かれた掌。右手はそのまま――サムズアップを行う。

 

「……格好くらいは付けさせろよ。今まで散々、迷惑掛けた分はな」

「……ばか、お兄ちゃんのばーか……」

 

 その、強がりを口にする。皮肉るような物言いに、ユーフォリアは漸く笑顔を見せた。

 

「……先に行ってるから。追い付いてくれなきゃ、嫌だよ?」

 

 そしてビシリと、頼もしいサムズアップを返す。

 

「オーケー、皆を連れて必ず行く……だからアイツらを助けてやってくれよ」

 

 解っているのだ、今のアキには。この世界に居る他の誰よりも、ユーフォリアが最高位の神剣士である事が。

 

「――相変わらず、愉快な方だ」

 

 割り込んだ声に、二人は一斉に行動を開始した。

 アキはスールードの懐へと飛び込んで剣撃を見舞い、ユーフォリアはその一瞬の隙を衝いて離脱する。

 

「残念、判断は良いのですけど……こんな仕掛けもしてあります」

「……ック……!」

 

 造作も無く受け止められたオーラの刃。スールードの【空隙】が光を放ち――ユーフォリアの目の前の空間を『裂い』た。

 

「あ――!」

「――ユーフォリア!」

 

 それは門、分枝の外へ繋がる軌跡。全速力故に彼女は避ける事が出来ず、そこに突入してしまう。

 

「駄目でしょう、戦闘中に他人の心配なんかしては」

 

 そうして気を逸らした彼の背後でも、空間が裂ける。そこに力ずくで弾かれ、アキもまた分枝世界間に弾き出されてしまった。

 

「クソッ……!?」

「今この世界に居られては迷惑になりますからね。では、次の世界でお会いしましょう…若く、幼いエターナル達?」

 

 必死に手を伸ばす。しかし巨大な木の枝が無数に入り乱れ、無限に拡がる狭間の回廊に足場は無い。ただ、落下して行く――

 

「大丈夫、お兄ちゃん!」

「チッ、ユーフォリア! 早く戻るぞ!」

 

 先に飛び出していたユーフォリアに掴まれて裂け目を探すが、既に閉じてしまっているらしく見当たらない。

 

「ど、どうしましょう……」

「どうもこうも、とにかく戻らねェと――うおッ!?!」

 

 刹那、分枝世界間が激震した。次元震に枝が異常な動きを見せ、空間が乱気流のように襲い掛かり――一本の枝が。

 

「「−−ッっ!」」

 

 庇い合うように抱き合った二人を呑み込んだ――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 壊れた体を引きずりながら、面兜を装備した機械の神はただ、彼の『月』を目指す。

 

――ファイム……

 

『貴方は……死ぬの?』

 

 マナゴーレムを完成させた直後、イスベル達の裏切りにより死に瀕した彼に掛けられた言葉。

 後は死に逝くのみの耳朶を震わせた、鈴の音。

 

『貴方は……こんな所で、死ぬの?』

 

 怜悧で無機質ながら、どこか可愛らしい響きを含むその声。それに、倒れ付した彼は――

 

「――死ねない。まだ、オレは……何も、やり遂げていない」

 

 神世の答えを呟く。それだけでも、まだ動ける気がする。

 

『じゃあ……生きて。貴方の為に、貴方の道を』

 

 意識を取り戻した時に感じたのは、あの時と同じ優しい光。死ぬだけだった体を癒した、温かさ。

 ただし、今回は全快ではない。元より魂は朽ち果て、体は機械。既に輪廻の輪から外れたこの存在が、動けるまで補填されただけでも奇跡であった。

 

――そうだ、生きてきた。こんなになってまで生きてきた。ああ、そうだ……永らえてきた生命は、この刹那の為に。

 

 残った右腕を銃として、機械神は笑う。笑って――遠くに感じた、懐かしい憎悪に歩調を早めた――

 

「久しぶりじゃねぇかよ、糞爺いども」

 

 状況は、考えずとも理解できる。絶と決着を付けた直後に現れた『敵』にやられたというところか。

 

「は……ちょっ、あなた、誰?」

 

 倒れた絶とボロボロの状態でクォジェなど目にも入らないといった風に睨み付ける望と、突如現れた機械神に警戒する沙月を見下すように立ち、人形のように無表情な希美を従える――

 

「む……? ノル・マーター……いや、それ以下のゴミか」

「ふ……ずいぶんとみすぼらしくなったのう。『奸計の神』の二つ名が泣くぞ、クォジェ・クラギよ」

 

 泰然と笑う、二人の男性。高位の司祭を思わせる法衣を身に纏う老人『欲望の神エトル=ガバナ』と、東洋の修験者を思わせる僧衣を身に纏う壮年『伝承の神エデガ=エンプル』。この時間樹の幹、根源からの主軸である『理想幹』を統べる神々である。

 

「端役は端役らしく、とっとと退場すれば良いものを……なんだ、今さら」

「……ファイム」

 

 心底つまらなそうに呟いたエデガだったが、クォジェの方はそんな彼に大して興味を抱いていない。

 それに、エデガの手に握られた錫杖が音を立てる。そこから発される圧力は、紛う事なき永遠神剣の気配。

 

「ふん……まあよい、手ずから止めを差してやる」

「――グッ……!」

 

 掲げられたその杖に注意を向けるクォジェ、その足元が噴出した。

 

「貴様の妄執は、南北天戦争を我らの思い通りに進める良い起爆剤となった。その褒美だ……再び転生するが良いぞ、その壊れた神名で出来るのならば、だがな!」

 

 対応が遅れ、右のレッグの膝から下が消し飛んだ。構わず、スラスターを吹かして宙を翔る。

 ワープ機能は空との戦いで壊れている。しかも【幽冥】も無い今、その動きはただのノル・マーターと変わり無い。

 

「――小癪な……なまじ力があるから、闘おうとする。その力、奪ってくれる!」

 

 それを見抜いている理想幹神二人には、何の動揺もない。むしろ、この期に乗じるのではないかと、望達の方に注意している。

 再び掲げられた錫杖の先に、多数の『剣』が現れる。全色のマナで編まれた剣が、疾駆するクォジェに向けて弾幕と化す。

 

「――……」

 

――夢を、見た。多分その時、存在して初めて……起きたままの『夢』を。

 

 躱しきれる量ではないエデガの剣による絨毯爆撃に、横腹が抉られスラスターを吹き飛ばされ、左足がもぎ取られる。

 

「――ガァァァァァァァ!!」

 

 それでも、止まらない。機械神に痛覚など無いのが幸いしたか、凶戦士じみた咆哮を上げて肉薄し、残しておいた右腕を――銃にか得た右腕に装填されている、最後の【逆月】の銃弾をエデガに放つ――――!

 

「やれやれ、いつまで遊ぶ気じゃ、エデガ。悪い癖じゃぞ」

「少しくらい良かろう、思い通りに事が運びすぎて面白味が無いのだ」

 

 エトルの永遠神剣……単眼を持った球形の魔法具から這い出る漆黒の腕に肘を捻り潰された状態で、自分自身の顔に銃口を向けさせられた。

 

「へっ……やっぱり……脇役がどんなに頑張ったところでヒロインは振り向いちゃくれねぇし、いきなり目立つのは死亡フラグか」

 

 身体極まり、そう反吐を吐く。そして――目の前の希美の顔を今生の最期の景色として刻み付けた彼は、面兜の奥の口角を吊り上げて。

 

「ああ――見たかったな。貴方の……笑顔が」

 

 自らは見ることの叶わないそれに、最後まで思いを馳せて――銃弾を放った。

 

 

………………

…………

……

 

 

 闇色の空間に蠢くモノ達。定型を持たず、その四つの異形はただ憤怒していた。

 

『こうなれば、最早悠長な事は言っておれぬぞ! 今すぐに打って出ねば、この時間樹は管理神の思い通りになってしまう!』

『とは言え、ジルオルが居る以上下手な真似は出来ません……次に浄戒を受ければ、我々に待つのは完全なる死……』

『奴らに、ノル=マーターや抗体兵器だけで敵うのでしょうか?』

『……口惜しや……せめてエヴォリアやベルバルザードの躯が有れば! 我々南天の神が、蕃神如きに追い落とされるなど!!』

 

 南天の神々は理想幹神や旅団の神剣士に嫉妬じみた視線を向けた。そんな彼等の、心の『空隙』に付け込んだ――

 

「――では、こんな可能性は如何でしょうか?」

 

 悪魔が、囁き掛けたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 吹き抜ける風に、彼は目を覚ます。何かに寄り掛かり座り込む彼は土の匂いと夜気……両手に心に染み入る温もりを感じた。

 

「お兄ちゃん、目、覚めた?」

「兄さま……御目覚めですか?」

 

 目を開けば、右側には白い羽根の生えた蒼髪。左側には花冠を戴く滄髪が寄り添っていた。

 

「よかったね、アイちゃん」

「うん……ありがとう、ゆーちゃん」

 

 まるで、風雨を耐え忍ぶ小動物が身を寄せ合って互いの身体を温め合うように。テディベアよろしく両手足を投げ出す形で大木の幹にもたれ掛かったアキの太股に座り、彼の外套の内に収まった二人の姿が。

 

「−−ッて、何だこの状況ォォォッ!?」

「きゃあっ、もう、暴れないでお兄ちゃん!」

 

 慌てて跳ね退こうとしたアキだったが、左右に加えて後方まで木に防がれており不発に終わる。強かに頭を打ち付けただけだった。

 

「あの……ゆーちゃんはすぐに目を覚ましたんですけど……兄さまは中々目を覚まされなくて……」

「この世界って少し寒かったから、温めないといけないと思ったの銃弾。それであたしとアイちゃんでサンドイッチに」

「するなよ! もっと自分を大事にしろっての! 第一、こういうのは望の仕事だろ! 俺はこういうのに耐性が無いから、どうしていいか判らなくてテンパるの!」

 

 二人を正座させて、湯気を噴かんばかりに怒ったアキにアイオネアとユーフォリアは『むー』と唇を尖らせ合った。案外気が合う二人組らしい。

 溜息を一ツ落として、アキは左の親指を眉間に当てた。現状を確認する為に。

 

「ハハ――賑やかだな、アンタら」

 

 そんな三人に、笑いかけた男性。振り向いた先の焚き火に当たっていた――白い外衣を纏う、黒い髪を纏めた上げた、二本の刀を携えた精悍な青年だ。

 

「アンタは――」

「あ、この人がね、ここに倒れてたあたし達を見付けて手当てしてくれたんだって」

 

 一瞬、身構えるもユーフォリアのフォローに構えを解く。しかし、警戒は怠らない。

 そんなアキに、青年は値踏みするように鋭い瞳を向けて――破顔した。

 

「へぇ……若い割りに、中々隙がないな。よっぽど厳しい生き方をしてきたみたいだな」

「はぁ……」

 

 悪意の『あ』の字もないそれに、流石の彼も毒気を抜かれた。それを見届けて、青年は双刀を虚空に消す。それは即ち、永遠神剣である、事の証明に他ならない。

 だが、今はそれを追求している場合ではないと思い直した。

 

「確か、俺達は……」

 

 周囲を見渡してみるが、砂漠でも無ければ黄昏の空でも無い。木立に藍色に染まる朝へと移ろう中途の空。吹き渡る風も僅かな水気を帯びており、枯れ果てた世界ではない。

 

「覚えてないの、あたし達……別の分枝に飛ばされちゃったんだよ」

「そういえば……あのヤロウ……!」

 

 思い出せば、怒りが沸き上がる。黒髪に鈴の髪飾りを着けた少女……かつて『行商人・鈴鳴』と名乗り、透徹城等の様々なモノを与えて――今度は敵として現れた神剣士…と第四位【空隙】のスールード。

 

「……そうだ、とにかく旅団と合流しないと! アイツ以外にも強力な神剣の反応が在ったんだ、あれは『欲望の神』と『伝承の神』!!」

「でも、お兄ちゃん……」

 

 思わず駆け出したアキ、その背中に掛かった言葉に。

 

「……どうやって?」

「…………」

 

 アキは固まって、やがてゆっくりとうなだれたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 神銃に戻ったアイオネアを担いで、アキは先を歩む青年の背中を見ながら藪を掻き分け歩む。結構鋭い葉もあり、アキは後ろに続くユーフォリアが怪我をしないように道を選びながら。

 

――永遠神剣第五位『竜翔』の担い手で、分枝を旅している……判ったのはそれだけ、名前も不明だ。と言うのも、なんとこの男も記憶喪失なのだそうだ。この世界に来たのも、あの次元振動で通っていた精霊回廊から放り出されたからとか。

 悪い人間じゃなさそうだが、警戒しておくに越した事はないだろう。この足運びや屈強な体つきは、間違いなく荒事に秀でてる証拠だ。

 

「この世界、マナが薄いね」

「ああ……ッつっても、前の世界からすれば潤沢だけどな――」

 

 と、語りかけてきたユーフォリアに応えて思考を中断する。そうして、一際背の高い藪を掻き分けた時、いきなり視界が開けた。森を抜けたのだ。

 

「……マジ、かよ」

「……此処は……」

「なんだ、知ってる世界なのか?」

 

 その目に映ったモノ。建ち並ぶ見慣れたビルに見慣れた市街、見慣れた住宅街……それらの明かり。

 

――……見間違う筈が無い。確かに長らく離れていたが、時折夢に見たその風景は。

 

 アキとユーフォリアは同時に口を開く。そして――全く同時に。

 

「此処は――元々の世界……!?」

「ここって――ハイ・ペリア!?」

 

 全く別の名を唱えた――……


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