サン=サーラ...   作:ドラケン

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風立ちぬ いざ生きめやも Ⅰ

 足踏みに砂塵が舞う。『砂漠』という地形は、空にとってはハンデ以外の何物でもない。レストアスの反動加速を利用しても、砂を舞い上げるだけだ。

 

「翼をもがれた鴉ッてかい! 憐れだねぇ!」

「ガ、ハッ!」

 

 跳躍に仕挫り、宙空に無防備を晒してしまった彼に――強靭なレッグが踵落しの要領で背中に振るわれた。更に瞬間移動し、拳で腹を打つ。この機神は『宙を渡る』、地形など大した問題ではない。

 

「……おや、厄介な防御だな」

 

 だが、それも策の一ツだ。砂地に叩き付けられてもダメージは少ない空、対し『スパークレシーブ』へと直接打撃を加えたクォジェのアームとレッグは半壊していた。

 

「だが……『再製』すれば良いだけの事」

 

 即座にそこを翳が被い、凝集して新品同然に再製される。相手がこの神剣士で無ければ、効果的な策戦だっただろう。

 

「そして――その防御にゃあ穴がある。これを使えば、何の事はねぇ」

 

 嘲るように、背後に浮遊するスラスターバインダーから緑のトーラス・レイジングブルを抜き出し――バレット系の重装弾(ペイロード)ライフルへと変形させた。

 

「遠距離からの射撃だと、意味がねえよな――!」

 

 放たれた25ミリ弾頭『ブラストビート』、その破壊力は緑の防御すら貫く。青程度の防御しか持たない空が受ければ、間違いなく即死だ。

 

「――ハイロゥ!」

 

 故に、躱す。シールドハイロゥで、『受け止める』のではなく『反らして』。それに即応したクォジェが赤いRPG-22を担ぐや焼夷弾『ナパームグラインド』を射出、だめ押しとばかりに白のXM-25での『ジャスティスレイ』と黒のEX-41での『アゴニーオブブリード』の炸裂弾を乱射した。

 

 

「――ハァァッ!」

 

 その間隙を、ウィングハイロゥを展開して跳躍、すり抜ける。エアバーストするグレネードを速度を落とさずに潜り抜くと、空は更にスフィアハイロゥで高めたマナを左手の【是我】にスピンローディングして、星屑の魔法陣を瞬かせると『オーラバースト』を放って焼夷弾を破壊する。

 その直撃を確認する事もなく、立ち昇る砂煙に向けて【夜燭】の『電光の剣』を振るう――!

 

「――チッ!」

 

 だが、それを『弾き返された』。機神の装甲……禍々しい赤色に染まった装甲に。

 そして突きつけられた青いフランキスパスの散弾『フロストスキャッター』をシールドハイロゥで防いだ。

 

「……よしよし、良い感じだ。そうさ、この装甲は【逆月】の効果を持ってる。ほら、最近流行りだろ? 『防御は最大の攻撃』ってね!」

 

 それは、考えうる最悪の防御。いかなる攻撃にも同威力、逆方向の反撃を行う事で無効化する鏡面装甲だ。

 絶との戦いでも使用しなかった機能、死に難いなどと言うレベルはとうに逸脱している。

 

 一旦距離を取って、向かい合う。清廉なる青い雷氷の戦鎧(メイル)に星風の法衣(クローク)を纏う少年と、呪われた深紅の全身鎧(フルプレート)に紅黒い翳の屍衣(シュラウド)を纏うゴーレム。互いに傷は殆ど無い。

 

「もう、諦めたらどうだ? クク……【幽冥】の正体に気付かない奴にゃあ、オレは討てないぜ?」

 

 大剣【夜燭】を向けられたままで飄々と語る機械神。感じられるのは、絶対の自信。

 

「例えジルオルが相手でも、今のオレは負けない! そのオレが――神剣士でも無い多寡がニンゲンに負ける可能性なんざ(ゼロ)なんだよ! ハッハハハ……」

 

 何者にもこの仕組みは破られないと。己は何者にも敗れないと。神は高笑う。何故なら彼等は、浸蝕する神剣と汚染する神。最低最悪の組合せだ。

 

「――『音』だろ、【幽冥】は」

「ハ――……?!」

 

 ピタリと、哄笑が止まる。その双眸が、驚きをもって少年に向けられた。

 

「正確には『波動』か。ソイツの魔弾の発射経過を思い出して判った……」

 

――燧石式(フリントロック)の【幽冥】は、魔弾の装填された薬室(チャンバー)を『打ち付けて』いた、つまり奴は……『振動させた』んだ。

 

「共鳴現象だよな。モノには総て固有の振動数が在る。例えば音叉は、その域に在れば離れていても同じ音を鳴らし出す……その不死性も、振動による分子結合の操作か?」

「……クク、流石は『俺』だな」

 

 砂地に着地すると、パン、と。機神の両掌が打ち鳴らされる。呼応してその翳……神剣【幽冥】の精霊光が空間に撒き散らされた。薄暮を喰い潰していく翳、まるで深夜の闇のように。対象が気付く間もなく安逸な滅びを齎すモノ。

 

「――だが、判ったから何だよ。お前にはどうしようもないままだ……神剣士でも無いお前には!」

 

 あらゆる癒しや補助を【幽冥】で侵して、『触穢』の神名で反転させる悪質な――安楽死のオーラ『ユータナジー』。

 

「……そうかい、理解したよ。やっぱり俺はお前には負けない……」

「あぁ? トチ狂ったか、テメェ……」

 

 その不浄の翳のただ中に在りて、男は笑った。確かに看破したからと言って、策など無い。

 

「俺は諦めねェ。例え零に近いとしても可能性を諦めない……零からでも、足掻いて足掻いて……!」

 

 それでも、だ。ダラバの構えと同じ八双に大剣を構え直した彼は、己が貫く壱志を張る。呼応して、その刃に黒い雷が這った。

 

――俺は巽空、神銃士だ! どんなに弱かろうが、永遠神剣(トラ)の威を借る神剣士(キツネ)を討つ、鼬の最期屁……その俺が!

 

(だから頼む。俺にチカラを貸せ、レストアス!)

【了解、オーナー……我が全てを懸けて、往きます!】

 

 能力に頼るのではなく、あくまでも『共に在る』その戦い方。それを誇りとする彼は防御を棄てる。

 

「神剣にオンブにダッコの惰弱な神如きに、負ける道理がねェだろうがァァッ!」

 

 刀身を黒く染めていた雷、それに防御用の青い雷が交じり――光芒入り乱れた神威の刃……彼が最高と見る剣士ダラバ=ウーザの奥義を成した。

 

「――ホザけ、ゴミ屑がァァッ!」

 

 対して、紅黒く胎動する翳を吸うレバーアクションライフル。不浄の権化、触れる総てを腐敗させて啜り喰らう神喰らいの刃。その銃を、かつて己が使用していた永遠神剣【逆月】をマナゴーレムで再現した贋物の剣と化して。

 

「「――ハァァッ!!!」」

 

 袈裟掛けの蒼黒と逆袈裟の紅黒、その二ツの光芒が鬩ぎ合う−−!!

 

 

………………

…………

……

 

 

 宙を翔ける青閃。サーフボードのように変型した【悠久】に乗り、ユーフォリアは光弾を回避した。

 

「頑張って、ゆーくん!」

 

 更に『ライトブリンガー』を振り切ると、それを放ったエヴォリアに肉薄して剣に戻した【悠久】を下段に構え、振り上げる。

 

「―-氷晶の青、輝閃の白……その完全なる調律よ!」

 

 彼女の神獣のチカラを借り振るわれた完全律の一撃『パーフェクトハーモニック』を―-エヴォリアは。

 

「残念、私には届かないわね」

 

 周囲に充ちる、星屑を掬うのみで。星の煌めきを宿す女神の羽衣、『スターヴェール』にて止めた。

 

 彼女の前世、『慈愛の女神』は味方を守る者だった。その神名を受け継ぐエヴォリアは、殊更守りに於いては他の追随を許さない。

 

「……どうして、ですか」

「何がかしら、お嬢ちゃん?」

 

 跳ね退き俯いて、【悠久】を構え直したユーフォリアの震える声。それに問い返すエヴォリアの声は不敵。

 

「――そんなに綺麗なチカラを、どうして貴女は命を奪う事に使うんですかっ!」

 

 顔を上げて放たれた、その叫び。涙すら浮かべての言葉に、エヴォリアは奥歯を噛み締めた。

 

「お子ちゃまには判んないでしょうけどね……世の中、綺麗汚いじゃ生きていけないのよ。苦しくても辛くても泥を啜り、砂を噛んで、堪えて堪えて……それでも、人は生きるのよ」

 

 その姿に、南天の神々に人質として取られた故郷……幽玄の世界に残してきた妹の姿が重なり――

 

「……光の霧となり消えなさい。貴女も、世界も!」

 

 それを認めないと。腰の前で交差した両腕に自身の内包するマナ全てと周囲のマナを練り合わせて。澄んだ【雷火】の音色と共に……膨大な光塊を天へと撃ち上げた。

 

「光明よ、降り注げ――オーラレイン!!!」

 

 それは瞬時に拡散して無数の光の雨となり、隙間無く注ぐ絨毯爆撃とを、針の穴を抜く正確さで――

 

「このまま、次元ごと断ち切って見せます――ルインドユニバースっ!」

 

 もう一度サーフボード型に変型させた【悠久】にて、ユーフォリアが翔け抜ける――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 三本纏めて放たれた白い矢の一射。ベルバルザードは、【重圧】の一薙ぎで全て打ち払う。

 

「たぁぁっ!」

 

 間を置かずスバルは『フラッシュアロー』を、二射三射と射かけ続ける。常に距離を置き、【重圧】の射程には決して入らない堅実な攻め。

 

「ヌゥゥン!!」

 

 それを受けて、ベルバルザードは矢を打ち払いながら前進する。

 小細工など要らないと、ただ前進圧殺有るのみと、前進する――!

 

「止まらない……なんて奴だ!!」

「……笑止! この程度で我が歩みを止めようなど……この我を……」

 

 一歩、また一歩。確実に近付いて来る鬼神。気圧されるように後ずさっていたスバルだったが遂に、岩に退路を塞がれ――遂に射程に納まってしまった。

 

「光をもたらすもの、【重圧】のベルバルザードを舐めるなッ!」

「――ッ!」

 

 振り下ろされる一撃、『バッシュダウン』がスバルの鼻先を掠める。辛うじて身を躱した彼だったがそれにより鉢巻きを斬られ、額を押さえてうずくまる。

 

「……貴様らのように、ただ流れに身を任せて生きてきた惰弱と一緒にして貰っては困る。我は貴様のように……滅びを先伸ばしにするだけの温い生き方はしていない!」

 

 その身を突き動かすのは、怒り。あの心優しき娘に殺戮者の役割を強いた理想幹神に、南天神に……それを肩代わりする事しか出来なかった、無力な己に。

 

「――取り消せ……」

「……何?」

「今の言葉を……取り消せと言ったんだ!」

 

 返る言葉は、酷く冷たい。普段のスバルからは想像も出来ない程、怒りに充ちた声色。

 そして――一瞬で高く跳び上がり、外れた鉢巻きの下に覗く額に埋め込まれた結晶を晒し、ベルバルザードを見下ろして矢を番えた。

 

「僕の最高の友達を……ショウの生き様を笑った今の言葉を、取り消せェェッ!!」

「ヌッ……グオォォッ!!?」

 

 乱射される高密度オーラフォトンの矢、一撃一撃が先程までの数倍近いそれは『オブリテレイト』。その余りの破壊力に、鬼神すら後方に圧されてタタラを踏んだ――いや、違う。跳び上がったスバルを捉える為の動きだ。

 

「……抵抗など、無意味……思い知るがいい! オオオオオォォォォォォォォッ!!!!!」

 

 浮いたその足を前方の岩が砕ける程に強く、強く踏み込んで。刃を上方に傾け【重圧】を突き出す、『ライアットスタンピード』が繰り出された――

 

 

………………

…………

……

 

 

 闇が光を蝕み光が闇を焼き尽くす。いつ果てるともないその攻防。

 

「カハッ……!」

 

 先に傷を負ったのは空、打ち合う【夜燭】の刀身の鏡写しに胸部に疵が(はし)る。だが勢いは増す、気魄にレストアスが応えて。

 

「テメェ……相討ちにでもする気か?!」

「……相討ちだ? 俺は……勝つ! 勝って生きる! 決して歩みを止めない……天つ風になる!!!」

「――何を……訳のわからねぇ事を!」

 

 偽装の【逆月】の刀身にヒビが走る。四位神剣の加護を受けている神剣と神剣士を圧して。

 それこそ、生命の煌めき。歩みを止めない、今尚苦痛という足止めを乗り越えて行くもの。そう結論を出したのは己自身。

 

「まだだ……まだ終わりじゃねぇ……! もっとだ、もっともっと……もっと先へ――その彼方へェェェェェェッ!!!!!!!!」

 

 そして、その最も遠くに居た己。対して、最も近くに居たのは……やはり『己』だった。

 

 空が身に纏うダークフォトンが密度を増す。それは、とうに到達していた限界を――その戒めを越える。『限界突破』を可能とした。

 装甲を圧する力が、劇的に強まっていく。それこそ、いつまでこの装甲が持つのかとクォジェが危機感を抱く程に。

 

【チィ、ここに来て――流石はあの"黒き刃"の血が流れとるだけはある……!】

「――チイィィッ!」

 

 その衝動のままに、全身の装甲の隙間から『ホーミングレーザー』を放つ。深紅の光は群れをなす猛禽類のように、空中で軌道を変えて空に躍り掛かり――彼の周囲に展開された高密のダークフォトンによるバリア『絶対防御』に弾き返されて。

 

「お前だって、そうだっただろう『オレ』……俺達の、願いは!」

 

 遂に壮絶な断末魔を上げながら砕けた【逆月】、同時に胸部と左アームを断たれたクォジェ。そのアームが落ちるよりも早く、【夜燭】を振り上げた空が跳んだ。クォジェを、ダークフォトンの檻に閉じ込め――圧倒的なダークフォトンの負荷で、如何に優れた理論で武装しようが意味をなさないように、存在する空間自体を断つ『空間断絶』をしながら。

 

「――ただ……自分を救ってくれた大切な人に、笑っていて欲しかっただけだろうがァァッ!」

 

 神剣に呑まれ、意識を咀嚼されて闇に堕ちつつ有るその機械の神は――その光芒の剣に。

 

「――ファイム――――」

 

 始まりのあの日見た、救いの光を見出だした……。

 

 肩口に減り込んだ【夜燭】の黒刃。そこから流れ込むプラズマに、内部機構が焼き尽くされていく。

 その伝導率の高さからか、瞬く間に塵芥へと代わり逝く躯。

 

「テメェはマジで配下に恵まれてやがるぜ……出来るなら今からでも交換してェくらいだ」

「配下じゃねェ、盟友(トモ)だ」

 

 【夜燭】の峰を右のマニュピュレーターで掴み握り締める。選ぶ方を間違えた、と。

 そもそも、【幽冥】を選ばねば躯は手に入らなかったし、レストアスは彼と手を結ぶ筈も無いが。

 

【――くふふ、困った御人……こないに使えへんなんて、思いもよりませんで】

 

 そして、響く最後通帳。もう抵抗する体力も気力も無い。

 

「気ィ付けな、『俺』……このヤロウは、俺なんかより遥かにヤベェんだからな……」

「…………」

 

 割れた面兜が落ちて、覗いた顔は――ショウの顔。それが燃え尽き消え果てるよりも早く、速く。

 

【それじゃあ、契約通りにアンタはんの魂――貰いますわぁ】

「――ッ!?」

 

 沸き上がった【幽冥】の翳が、機械神を押し包んだ……。

 

 黒い竜巻が過ぎ去った後に残っていたのは、動きを止めた機械の人形と一人の女。見間違う筈も無い、少し前まで『共に在った』その存在。

 

「……久しぶりだな、『カラ銃』……」

「…くふふ、お久しゅうございますなぁ、『旦那はん』」

 

 黒い、喪服のような小袖を纏う濡れ羽烏色の長髪の女……【幽冥】そのものである守護神獣、幽月。主の魂を喰らい改変した彼女は、破顔した。願いを叶える資格と権利を得た喜悦に。

 

「……容器は得た。後は封じられたアレを手に入れれば……【聖威】が封じるしかなかった『楯の力(ナル)』を手に入れれば、新たな『刹那の代行者』になるんも夢や無い……」

 

 それこそが、この永遠神剣が主を求めた理由。自らの悲願の成就の為に。全ては――

 

「……これでわっちは、『始まりの一振り』に一歩近付いた……!」

 

 確かに、外部宇宙から来た神剣としては位は低い方だろう。だが位が四位という上位と下位の中間だからこそ、この剣は理性よりも本能に忠実で、他の剣を浸蝕する能力故に回帰願望が強い。

 その"願い"を叶える為だけにこの時間樹に浸入して、機会を待ち、漸く手に入れた最大のチャンス。震えさえ起こる躯を抱き、歓喜を全身で表す。

 

「くふふっ、くふふふ――ッ!?」

 

 その首筋を、黒刃が薙いだ。

 

「……いつまでもヘラヘラヘラヘラ、笑ってんじゃねェよ……」

 

 当然、それを為したのは空。首を獲るべく振るわれた刃は――

 

「相変わらず、せっかちどすなぁ……そないやから、女子にモテへんのどすぇ?」

「テメェこそ、相変わらず泥棒猫じゃねェかよ。やっぱりパクってやがったか」

「浸蝕こそ我が本分どす。それにどうせ壊れたゴミ屑、再利用したっただけどすわいな」

 

 第六位【疑氷】にて止められた。手首のスナップだけで数メートルは跳ね飛ばし、神経を逆撫でする嘲笑。瞬時に彼の血は沸騰した。

 

「――ああ、そうかい。だったら次は、分別不可能な工場廃棄物のテメェを……二度と再製しないよう完全焼却してやらァァァッ!」

 

 迷わず立ち上がり、激昂し叫ぶ。だがレストアスは応えない。先程の『光芒一閃の剣』の消耗で休眠に入ってしまったのだから。

 

「そらぁ、ほんに愉しみどすなぁ。男子の全力にはこの【幽冥】、全力で応えたりますわ」

 

剣の柄を握り締めて盛大な啖呵を切るニンゲンを嘲笑い――砂地に落ちていたモスバーグ494SPXの残骸と【疑氷】を融合させて西洋弩弓(アーバレスト)とした。

 その弓をレバーアクションで装弾と射撃用意を済ませて引き絞り、その魔弾を砲弾と換えて引鉄を引いた。

 

「マナよ、オーラに変われ。我が敵を滅ぼす煉獄の炎となれ――ヘリオトロープ」

 

 放たれた、不可視の砲弾。音速を遥かに上回る核融合は空間を貫きながら――何の抵抗も無く。

 

「――カ、は……?」

 

 彼の『心臓』を、射貫いた――……。

 

 膝を折り、破壊された【夜燭】と【是我】の残骸と共に砂に倒れ込む。その目の前に撃ち抜かれた時に飛ばされたのか、懐に仕舞っていた筈の鍵と透徹城が落ちている。

 運が良いと言うべきか、マナ存在ではなくディフェンススキルも紙であった為に魔弾が貫通して、その身体を滅却される事はなかった。とはいえ、最早死が避けられぬ点では同じだが。

 

――何だよ、クソッタレ……手も足も……出ねぇじゃねェか……。

 

 かつて己が拳銃【幽冥】で撃ち出していた弾に、身構える事すら出来ずに即死でも不思議ではない傷を受けた。

 

「お……ゃん……にいちゃ……!」

 

 霞む視界、遠ざかる音。そもそも陽炎の昇るこの世界は朦朧としているし、死に絶えたこの世界には静寂しかないが。

 

「お兄ちゃん!」

 

 その胡乱な瞳に、この茜色の世界の中で……ほんの刹那、青空が見えた気がした。

 

 

………………

…………

……

 

 

 満身創痍を押して辿り着いた瞬間に、その全ては『終わって』いた。前のめりに倒れた彼には小石程の大きさの穴が穿たれている。

 

「――お兄ちゃんっ! しっかりして、お兄ちゃんっ!」

 

 駆け寄り呼び掛けるユーフォリアにも簡単に判る、判り易過ぎる程に致命傷。

 

「時の流れから弾かれた、この感じ……まさか、エターナルどすか」

 

 幽月は、空に呼び掛け続けている少女に目を向ける。意外そうに、だが一瞬で瞳を嗜虐に染めた。

 

「純潔な光と水の気配……成る程、アンタが"法皇"と【聖威】の鼻をあかしたって"聖賢者"と"永遠"の娘……」

 

 思い掛けず現れた上質の獲物に舌なめずりして。新たな魔弾を番え、引き絞った――

 

 

………………

…………

……

 

 

 ゆさゆさと揺らされる感覚に、倦怠感にまどろむ意識を起こす。払い退けようにも躯は動かない。

 

「……! …………!」

 

 何処か高いところから、何かが聞こえている気がした。

 

――ああ、何だよ……眠くて仕方ないんだよ俺は……頼むから眠らせてくれ。

 

 だが、眠気には逆らえない。遥か高空から落下するのに逆らえないように。意識は無間の(くう)に拡散していく。

 

【――情けない……それでも貴方は、神銃士巽空ですか】

 

 と、クリアに脳に響いたそれ。その痺れるような凍り付くような声に、溶けつつあった思考が形を取り戻す。

 

――レストアス……? お前……休眠に入ったんじゃ……?

 

【……貴方が余りに情けないので、おちおち寝てもいられなくなったのです。何ですか、そのザマは?】

 

――煩せェな、仕方ねェだろ! 俺には力なんざねェんだ! 自分からその権利を捨てた、この死は……因果応報なんだよ!

 

 その冷たい口調に反感を禁じ得ない、空は思わず口調を荒げた。

 

【言い訳などどうでもいい。私は貴方の目を覚ましに来ただけだ】

「――ッは……!?!」

 

 だが、怜悧。どこまでも平淡な、その印象。同時に脳内を走る電荷が彼の五感全てを取り戻させた。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ! 死なないで……嘘つきに、ならないで……!」

 

 その瞬間、見えた世界。涙を流し呼び掛けるユーフォリアの姿。

 

――そうだ……約束……したんだったな。『死なない』なんて……とんでもなく莫迦な約束を……。

 

【貴方には果たすべき約束がある。少なくとも、二ツの】

 

−−二ツ……

 

 言われて、思い出したもの。あの月の海原で交わした……口約束を。

 

【貴方に力は在る。何度も貴方を奮い立たせてきた壱志(イジ)が。もう忘れましたか、その壱志だけで――貴方は神すらも、討ち倒して見せたではありませんか……】

 

(止めろ、レストアス……俺はお前に、何も報いてない……消えるな……!)

 

 段々と薄れていく、雷獣の電圧。本来休眠しなければいけない消耗を押した結果だ。

 

【……始まりは復讐だった。しかし、いつからか……それ以外の目的が生まれた。ですが、やはり私は……『レストアス』なのです】

 

 誤解されがちだが、『守護神獣(パーマネントエンジン)』とは永遠神剣に付随するモノではない。持ち主の深層心理の現れだ。故に、神獣であるレストアスが持ち主無しにその姿を留めているのは……異常だった。

 

 それ程、強い復讐心だった。

 

【その私が……復讐にて自我を保ち続けた私がそれ以外の目的を持ったのなら……消えるのも仕方が無い事です】

 

(レス……トアス…………済まない、俺は莫迦だ……)

 

 全霊を持ち、空はその左手を動かした。今のうち、レストアスの加護が在るうちに。

 

「お兄ちゃん……! 大丈夫なの――」

「ユーフォリア……鍵、を」

 

 血の巡らない躯はまるで鉛のように固く、たったそれだけでも地獄の労苦。

 

 中々辿り着かないその手、意味を理解したユーフォリアが近くに落ちていた黒い鍵剣を差し出す。

 空は漸く鍵を掌に収めて必死に片膝を衝き――【是我】から三つの円形ハイロゥを空中に展開して、その中に透徹城を納めた。

 

【……次に結んだ手は決して離さぬように。貴方を慕ってくれる者なんて、もう二度と現れはしないでしょうから……】

 

(解った……だから信じてくれ。お前が信じてくれる俺なら、俺は永遠にでも俺を信じていられる……『神銃士』、巽空を……!)

 

 全てを理解して空は、もう一度無力を痛感する。結局、この壱志は最後まで他者を不幸にした。

 

【何を言うかと、思えば……】

 

 それは不意に。急に優しく変わった口調。まるで兄か、姉のように。

 

【私はいつでも――いつまでも、貴方を信じています……我が、若き主よ――……】

 

 それを最後に、全てが消え去った。その神獣が最期に残したモノは……彼の魂に燈った、決して消えぬ蒼滄(あお)い焔。

 

「今、俺は……チカラが欲しい。身勝手なのは充分解ってるけど、頼むアイオネア……俺と、契約してくれ……!」

 

 その温もりを抱き、空は呼び掛ける。媒介はその透徹城、檻のような型枠に嵌められた宝玉……星屑を溶かす夜闇の海原が、夜明の月の海原に変わる。

 

「……兄さま……本当に私で、宜しいのですか……?」

 

 果てしない青、夜明け前の瑠璃色に染まる宝玉。型枠を摺り抜けて宙に浮かび、やがて空間を揺らす波紋と共に修道女のような少女の姿を持つ化身となった。

 

「お前だからだ、アイオネア……お前こそ、俺でもいいのか? 世の中にはもっといい男もいるぞ」

「いいえ――」

 

 その問い掛けに、彼女は勢い良く頭を振る。考えるのも嫌だ、とばかりに。

 

「兄さまでなければ、嫌です…」

 

鍵を持ったままに差し出されていた空の左掌。それに彼女はそっと手を重ねた。そして己のチョーカーの錠にそれを差し込んだ。

 

「……巽空は望む。この果てし無き空と海……無限すら超え行く、劫莫たる可能性の水平線を――……」

「……アイオネアは応えます。我が象徴は『(カラ)』。故に我が前に道は無く、我が後に道は無し……」

 

 戒めが解き放たれる。担い手(うつわ)なくしては存在出来ない最弱の永遠神剣が、生命(なかみ)を失った人間を満たしていく。

 そのまま、騎士が媛君へと忠誠を誓うように。不断の誓約の調べと共に、口付けた掌上に置かれた聖盃に滿つ靈氣(アイテール)を飲み干して。

 

「構うか、風は自由に渡るモノ。先にも後にも、道は要らない……」

「ならば、貴方に『神柄(ツカ)』を……共に、遍く可能性を斬り拓く『(ヴァジュラ)』を振るいましょう――」

 

 その無銘の唄を交わし、現出した煉獄の爆風の中で。『巽空』の名を持っていた少年は、その人生に幕を引いた――……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 壮絶な爆音が枯れた世界に轟く。砂が熔けて硝子化する程に高熱のプラズマへ変換された魔弾。その手応えに、幽月は口角を吊り上げた。

 

「裏切り者の【破綻】と【弥縫】が隠し込んどった程の永遠神剣……どれ程かと思えば」

 

 確かに捉えた、射撃した地点には気配一つ感じられない。隠蔽でも無い。そう、完全に消えている。

 

「――……?」

 

 そこで、おかしい事に気付く。『何も無い』のはおかしいと。

 消滅させたのならマナが手に入る筈なのだ、しかし……それすら無い。

 

「……っ!?!」

 

 土埃の薄幕(ベール)が晴れれば、美しい黛藍の浮き彫り(エングローブ)がなされた聖銀(ミスリル)の胸鎧に肩当て、篭手と脚甲。今まで彼が身に付けていたモノとほぼ同じ、重要部位のみをを覆う軽装なモノ。

 

 紺を基調とするアオザイ風の武術服に、背に翼のある龍が自らの尾を銜えた紋章が刺繍された外套を腰に纏う青年。

 

「――()くぞ、アイオネア。俺と……共に!」

 

 その左手が掴むは――雨粒が落ち波紋が拡がる水面のように美しい刃紋の刃。いや、どちらかと言えば、それは『鞘』に近い。ただし、存在としては正反対だが。

 担い手が力を振るう為の、『刃を鞘から引き抜く』為のその存在。柄や鍔すら持たない、文字通り鍛たれたばかりの青生生魂(アボイタカラ)水紋刃(ダマスカスブレード)

 

【はい……兄さまとなら私は――何処までも……!】

 

 冀望を宿した蒼滄(あお)の神柄……彼女の生まれたままの姿。

 

――流れ込むチカラは無い。だがそれがアイオネアだ。カラだからこそ、全てを肯定する優しい『人剣(オレ)』の柄――。

 

「……あれ……?」

 

 そこで、傷の塞がった彼の胸元に左腕で抱かれるように護られた……頭を庇っていた、ユーフォリアが見たモノ。

 

「……濫觴より、終焉を刻むモノ……永劫を超え歩む空風(かぜ)よ」

【……終焉より、濫觴を刻むモノ……刹那を超え歩む満水(みず)よ】

 

 衝き出された右手から発された真円の魔法陣、ステンドグラスのような……あらゆる生命を護る、『精霊光の聖衣』。

 その加護によって、悪逆の龍の息吹は全て防がれ掻き消された。

 

「……絶える事無き聖命の輝きを」

【――『生命は巡り(サン)()また繰り返す(サーラ)』】

 

 その魔法陣が、握り締める右掌の動きに凝縮され……純然たる生命の結晶、遍く可能性を宿した一滴の靈氣と化す。

 

「凄い……こんな高密度の精霊光……まるでママの『ポゼッション』みたい」

 

 そんなユーフォリアの呟きを余所に、聖なる雫は砕かれた【夜燭】と【是我】へと注ぎ――巨大な薔薇窓の精緻なステンドグラスを思わせる"生命の精霊光(オーラ)"を展開、辺り一面の砂漠すらも潤し癒しながら波紋の揺らぎと共にそのカタチを創り換えていく。

 

――迷いは無い。自らが望んで、掴み取ったチカラだ。ただ一ツ、悔いが在るとすれば……こうなる前に時深さんに礼が言いたかった。

 

 核たる神獣のレストアスを失って空になっていた【夜燭】は彼の魂の形を表す『永遠神銃《ヴァジュラ》【是我】』へと…『マーリンモデル336XLR』と同化すると――レバーアクションライフル型のガンブレードへと換わった。

 

「……俺の名は、アキ……空位の永遠者(アカシャ・エターナル)

 

 それを――ゆっくりと、彼は神柄と手元に"召喚"した右の神銃を挿入――融合させて殺傷力を『皆無』として。

 

「――永遠神銃【真如(しんにょ)】と歩む者……神銃士、『真如のアキ』だ!」

 

 それが、巽空という少年が手にした永遠(アイオーン)。彼の魂に刻まれた銘は−−永遠神銃【真如】。その示す意味は『在るがままで在る事』、彼の壱志そのものである。

 

 そしてその神銃が象徴する本質は"空"。万物万象の根源事象にして、その全てで有り得ないモノ。

 『無』も、『存在の是非』ですらも揺らぎの一ツに過ぎない『無限の可能性』の顕現。故に、彼は遍く可能性を掴む事も出来るだろう。

 

「……離れてろ、ユーフォリア。始めて使うチカラだ。お前を巻き込むかもしれない」

 

 オーラに傷を癒された彼女に離脱を促すと同時に、左手一本だけで用心鉄を操作する。銃自体を回転させながらの装填とコッキング……スピンローディングを行った。

 

「えっ……あ……はわわ、うんっ!!」

 

 そこで漸く、男に抱かれている事に思い至ったユーフォリアが顔を真っ赤にして跳ね退く。

 『今まで散々引っ付いてきていたくせに』と一瞬苦笑した顔を引き締め、彼はに立ち尽くす妖魅(あやかし)の華……幽月に向け――左手で構えた剣銃を衝き付けた。

 

「――往くぞ、【幽冥】。これが、お前が嘲笑うモノ……"生命"の持つ煌めきだ!!!」

 

 "空"という可能性を宿す銃弾を『空』の神柄から装填された剣銃を……永遠の時を歩む決意と共に――!


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