サン=サーラ...   作:ドラケン

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砂塵の果て 滅びの時 Ⅱ

 穏やかな昼下がり、昼飯で膨らませた腹を労るために、中庭のトネリコの樹の下で【夜燭】と【是我】を整備する。

 ズタズタに傷付いていた【夜燭】の刀身を『水銀の研布』で磨きあげ、穿たれた穴をその削り滓で埋める。永遠神剣には自己修復機能があるので、こうしておけば遥かに治りが早いだろうと考えた結果だ。

 

 一方の【是我】は、本体自体は無傷に近い。ただ、弾薬の消費が激しく、覗きこんだマガジンの内部に広がる銃弾の万華鏡が虫食いだらけになっていた。

 

――実は、これが深刻な問題だ。コンストラクタ能力を失った今、俺にはもう銃弾が作れない。

 つまり、残り約八十発を使いきったら、その場に在るマナをチャージするしかなくなる訳だ。

 

 ハア、と溜め息を落とす。一瞬鬱に入りそうになった気持ちを吐き出すように。

 

「ひゃんっ……もう、くすぐったいよ、お兄ちゃん」

「毎回毎回、膝の上に座ってくるお前が悪いんだろうが。大体な、そこに座られると煙草が吸えねぇんだけど」

「お兄ちゃんのここは、あたしの特等席だも~ん、ふみゅっ!」

 

 頭の翼を揺らされて、くすぐったそうにぶー垂れたユーフォリアの頭を顎で小突いた。彼女は頬を、向日葵の種を溜め込んだハムスターみたいに膨らませ、空の胡座の上の小さな可愛らしいお尻を基点に体をよじり、抗議の眼差しを向けてくる。

 

「ぶーっ、ひどいよ、お兄ちゃん……」

「自業自得だ。たく、俺は座椅子かっての」

 

 手入れを終えた【是我】をライフルからギターに変えて、両手にダークフォトンを纏った。薄く、しかし固く。カティマの『威霊の錬成具』をイメージし、自身がかつて使っていた物をモチーフにしたダークフォトンの籠手を(よろ)う。

 そして、弦を爪弾く。以前よりは格段に上手くなった、その演奏。しかし、まだまだ指運びが甘く音が外れる事屡々。

 

「…………」

 

 唯一の聴衆は、『特等席』とやらで聞き入るように目を閉じている。少し面映ゆいが、まさか悪い気もするまい。

 

「温かく、清らかな、母なる再生の光……」

 

 調べに誘われるように、その薄紅の唇が言の葉を紡ぐ。特に打ち合わせなどしていないが、韻律と旋律に合わせた和音に乗せた詩。

 それはまるで、蒼い小鳥。童話に出てくる、幸せをもたらす小鳥の囀りのようだった。

 

「全ては剣より生まれ、マナに還る。どんなに暗い道を歩むとしても、精霊光がわたし達の足元を照らしてくれる……」

 

――ああ……何だろうな、この懐かしさは。まるで……。

 

「清らかな水、暖かな大地。命の炎、闇夜を照らす月……その全てが導きますよう」

 

 その時、ふと感じた懐古の情。昔も誰かとこんな風に……遥かな往古の時、それは『男と女』、或いは『銃と弾』のように。

 若しくは――『剣と鞘』のように、『二つで一つ』だった気がした。

 

『……不様だな、小僧。それでこの【破綻】が選んだ『刃』に相応しいと思っておるのか、(うつけ)め』

『まぁ良いさ、今回は及第点をくれてやる。漸く……わざわざ貴様を『  』から破綻させた甲斐が出てきたのだからな……!』

「――ッ!?」

 

 突然思い出した聞き覚えの無いその声に、コードを間違えてしまった。明らかな不協和音にユーフォリアの唄も止んでしまう。

 

「んも~、あとちょっとだったのに~~ぷきゅっ!」

「 くっ……仕方ないだろ、とちっちまったんだから」

 

 またも膨れてぶー垂れたユーフォリアの頬っぺたを挟んで息を吐かせる。今まで一度たりとも最後まで行った事が無い為か、彼女も彼も大分焦れているようだった。

 

『何だか、最後まで歌えたら大事な事を思い出せる気がするの』

 

 とは、彼女の弁。一応、空が覚えていた歌詞は全て伝えてある。だが、歌詞では何も思い出せなかったらしい。

 

「どうも、最後のサビのところの高音がなぁ……指が着いてかないんだよなぁ。お前の神性強化(リーンフォーサ)でなんとかならねぇ?」

「怠けちゃダ~メ。日々精進だよ、お兄ちゃん♪」

「へいへい……いい訓練士がどっかに居ねぇかな……」

 

 等と駄弁りながら、ものべーの作り出す鄙びた昼下がりの木漏れ日を浴びる。その内、段々とユーフォリアが撓垂(しなだ)れ掛かるようにしてきた。

 

「……寝ていいぞ、何なら子守唄を歌ってやろうか?」

「子供扱いする~っ…………むにむに……」

 

 と、器用に寝言で文句を言いながら刷りつく少女。完全に自分を信用・信頼しきって眠る姿は気のせいか大人びて見え、さながら蒼い妖精(ニンフ)

 そんな、まだ美女と言うには幼すぎる『眠れる美幼女(スリーピングビューティー)』を起こさぬよう、昔よく時深にやらされていた座禅での精神統一を行う。

 

――全く……どうかしてんな。こいつに、妹みたいな相手に。

 

 そんな相手に――一瞬抱いてしまった、妙な感情を打ち消す為に。明鏡止水、無我の境地に臨む。

 因みに、座禅は神道ではなく仏教であるが。

 

「んにぅ……お兄ちゃあん」

「ん――?」

 

 呼び掛けられ、少し目を開く。しかし、それはやはり寝言であった。瞑想まで無為にされてしまい、笑うしかなくなる。

 

――俺って、もし本当に妹がいたら……シスコンだったんじゃなかろうか。

 

「あ――」

「し~っ、くーちゃん」

 

 代わりに、いつの間にか目の前にいた希美と目が合った。彼女は人差し指を立ててそう呼び掛けると、隣に腰を下ろす。

 

「ふふ……ユーフィーちゃん、よく眠ってるね。よっぽど、くーちゃんの胸の中が安心できるみたい」

「からかわないでくれよ、のんちゃん……望とかでも同じだって」

 

 間近に迫った可愛らしい顔立ちは、ユーフォリアの寝顔を見る為以外の意味はない。だが、それでも十分。高鳴る心臓に、ユーフォリアがむずがるくらいの効果があった。

 

「そんな事ないよ、わたしには分かるもん。お兄ちゃんの腕の中って安心できるんだよ」

「…………」

 

 つまり、それは望の事なのだろう。夢見るように思い人に他の男の事を誉められて、良い気がする男など居ない。

 歯牙にも掛けられていないのは今更だが、だからと言って認めるのも癪なのである。

 

「……じゃあ、のんちゃんも」

「うん、何、くーちゃん?」

 

『俺の胸に抱かれてみるかい?』等と、あと少し続けていたら心臓が口から零れていたかもしれないほどに高鳴らせながらの軽口を、見上げるように小首を傾げられて止められてしまった。

 

「むにうぅ~……!」

「イテテテ……こ、こらユーフォリア」

 

 と、何やら急に不機嫌そうな寝顔になったユーフォリアがむぎゅ~っと抱き付いてくる。それに希美はさも可笑しそうに微笑んだ。

 

「ふふ……駄目だよ、女の子は大好きな人にはいつも一番に考えてて欲しいものなんだから」

「いや、だから俺とユーフォリアは兄妹みたいなもんで……」

「『義理』がつく、でしょ? 妹みたいな間柄だからって、お兄ちゃんみたいな相手を好きにならないとは限らないよ。それと忠告しておくけど、ユーフィーちゃんを泣かせたりしたら学園皆を敵に回す事になっちゃうんだからね」

「何だろ、なんか着実に既成事実が積み重ねられつつあるような」

「あはは、実はユーフィーちゃん、天然の悪女なのかもね」

 

 まあ、確かにその通りである。元々、ユーフォリアが妙に懐いているだけでも男女問わずやっかみとか陰口を叩かれたものだ。

 そして、心が冷え込む。やはり希美が述べたのは、望への想いだったのだから。

 

――クソッタレ……分かっちゃいるが、やってらんねぇぜ……

 

 等と考えている内に、希美は立ち上がる。勿論、ユーフォリアが乗っかったままの空にはそれを追い掛ける事は出来ない。

 

「あ、でも、いくらユーフィーちゃんが可愛いからってエッチな事はしちゃ駄目だよ? 条例違反だからね」

「だから、俺はロリコンじゃないって……」

 

 最後に、ペロッと舌を出して駆けていった彼女。それを見送って――取り出した煙草がに火を点ける。

 肺腑に流し込む、毒性の香気。体に悪い事は分かっているのだが、止める機会がなかったソレ。

 

「にゅう……けほけほ」

 

 吐き出した紫煙に、ユーフォリアが咳き込んだ。それに空は持っていたソレを携帯灰皿に押し込んで、その空箱を握り潰して。

 

「……良い機会だしな――禁煙すっか」

 

 健やかに寝息を立て始めた彼女に、優しげな眼差しを向けた――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 黄昏の世界に『翳』が溢れた。それは"門"、分枝世界を繋ぐ現象。そこを通過して三ツの影が砂漠に降り立った。

 

 崩壊した繰り返す世界から離脱した光をもたらすものの神剣士達。しかし、既に味方の展開は終わっている筈なのに集結地点には影も形も無い。

 

「……それにしても、見逃してよかったのかしら? 坊やも、【破綻】とかいう鍵も」

 

 エヴォリアは問い掛ける。隣のベルバルザードにではなく、背後。岩場の陰、斜陽の当たらない陰に潜む機械の神に向けて。

 

「――クク……オレ達の目的はね、"パンドラの箱の最後の中身"でさ。だからあんな雑魚どもに興味は無いんですよォ」

 

 歩み出た機械神、しかし雰囲気が変わっている。具体的に言えば、装甲の類はそのままなのだが声が妙に有機的になり、取り付けられている面兜(バイザー)から覗くのが――二ツの瞳となっている事。

 

「それにしても大漁大漁。漁夫の利ってのは最高ですよねェ?」

 

 彼の永遠神剣である翳、その中に見え隠れする――

 

「次なる戦いに備えての増強か……貴様らしい姑息な作戦だ」

「誉め過ぎですよ先輩。嬉しくて、アンタも浸蝕したくなりまさァ」

「さぁさぁ、無駄口叩いてないで目的を果たしましょう――」

 

 パンパンと手を叩き、話を切り上げる。余程気が合わないのか一時が万事この調子の部下達に向けて、エヴォリアは疲れた表情を見せた。

 

「にしても、機械の見続けた儚い夢か……貴方にもそれくらいの器量が有ればね」

「何言ってんですか姐御、オイラこう見えてもピー○ー・パン機能満載ですぜ? なんせ、羽無しで飛べますし。ねえ、フ○ク船長」

「捻り潰されたいのか、貴様――」

 

 そこで、三人は気付いた。足元の砂に埋もれる味方の骸と、それを成した者の存在に。

 

「あの小僧め……たった一人で我等の軍勢を此処まで……」

「ま、これが関の山でしょうが。本物の神剣士にかかりゃあね」

 

 そんな言葉にも、残るエヴォリアは反応しない。ただ、彼女の差し出した指先から放たれた光がその骸を焼き尽くしていく。

 『慈愛の女神』たる前世の名に恥じぬ、慈しみに充ちた光にて。

 

「――遅かったな、光をもたらすものども……!」

 

 その葬火に照らされながら、黒衣の剣士は砂丘の頂きに立つ−−…

 

 

………………

…………

……

 

 

 物部学園一行が降り立つ砂の海。紅く染まる世界は見渡す限りに砂、砂、砂――

 

「この世界はもう枯れてしまっているらしいな。いつ分枝が崩壊するかも分からない、急ぐぞ」

 

 サレスに促され、一行は遠く霞んで見える塔を目指す。その最後尾で、望と希美、沙月は少し思い詰めたような表情を見せている。

 既に透徹城内から引き出していた【夜燭】を担ぎ、砂地でもお構い無しに歩く空。

 

【……オーナーも随分と逞しくなられましたね】

(ん、なんだよ、いきなし……)

 

 その途中で、レストアスは語りかける。右肩には【是我】、腰には前の世界で手に入れたPDWを吊す。因みに装填されているのは、火薬を抜きレストアスの一部を充填した特製品の銃弾。

 完全に武装を整え、襟巻きを防塵マスクの替わりに遣いながら砂地を走る彼の足取りは、全くブレていない。

 

【以前は私を担ぐだけでも精一杯だったでしょう? あの頃からは、考えられない進歩です】

(ああ……精霊の世界の事か。そういえば、そんな事も有ったな……)

【ええ、本当に……まだほんの数ヶ月前だというのに……】

 

 最初下界に降りた時の事を言っているのだろう、偲ぶような言葉。その質に、何故か不安を感じて。

 

(お前のお陰だって。これからも宜しく頼む)

 

 確かめるように問うた、その問いに。

 

【――……ええ、そうですね……そうできたら、素敵なこと……】

 

 そんな答えが返った、刹那に。

 

「「「――ッ!!?」」」

 

 色とりどりのミニオンの大部隊が一斉に現れた――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 機械神が両腕に持つ二挺のキャリコから放たれ続ける、鋭利なマナ結晶。秒間1000発の弾幕『デュアルマシンガン』を怯む事無くかい潜り、砂を巻き上げて踏み込んだ一歩。

 

「ハァッ!」

 

 縦に巻き込む『回山倒海の太刀』で銃を切断し、更に突き出された【暁天】が――耳障りな金切り音を立ててその胸部を貫き、背後の岩に縫い付けた。

 

「流石だ……ルツルジ……ソゾア」

 

 機械神は、『臥薪嘗胆の太刀』を受けて致命傷を負った。貫かれたのはマナゴーレムの心臓部だ。

 

「――でもな」

「くッ!?!」

 

 その瞬間、機神の躯が翳に変わり――絶の背後に結集した。その腕にはワルサー、それを間髪容れずに絶へ向けてトリガーを引く。

 

「−−ガ、ハッ?!」

 

 その放った『赤い銃弾』を【暁天】で受け止めた絶……否、『受け止めてしまった』絶。その持つ能力によって鏡映しに、彼の背に銃創が穿たれる。

 

「この【幽冥】の正体にも気付けねェボンクラに、オレを討てやしねェよ……」

 

 傲然と見下ろし、PDRの銃口を彼の眉間に当てた。

 

「持ち主を不死身にする剣、神名を汚染する神名……ここまで厄介な神性だったとはな。巽め、やはりあの時……殺しておくべきだった」

「クク、違いねぇ。あの時分なら太刀打ち出来なかったしなぁ」

 

 悪態にあっけらかんと笑い、機械神は無造作にトリガーを引いた――

 

「――ガ、ギ!?!」

 

 刹那、足元より迫り出した複数の闇の刺に貫かれた。

 

「――マスターっ!」

「――ナ、ナシ……ッ!」

 

 虚空より現れた堕天使の『アイアンメイデン』に縫い付けられ、その隙に『雲散霧消の太刀』を打ち込まれて。

 

「……チィ、これだからデキてる奴らは……」

 

 機械の神が再製した際には、既にその姿は消え失せていた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 全てのミニオンを打ち倒し、一行はそれを率いていた二人組を睨みつける。

 

「……光をもたらすものに先を越されていたとはな。一体、何が狙いだ?」

「ふん、わざわざ答えると思っているのか、サレス?」

 

 岩の上から一行を見下ろす、鈍く光る腕輪と大薙刀を持った――

 

「一ツ忠告しに来たのよ。これより先に進むのなら、私達は……全力で貴方達を滅ぼすわ」

 

 エヴォリアとベルバルザード、光をもたらすものの神剣士を。

 

「……知った事か、俺達は歩みを止めない……お前達を斬り臥せてでも、絶対に!」

 

 それに【黎明】を突き付けた望が宣言する。紛れも無い総意、一斉に神剣にチカラを込める旅団勢。

 

「……いいわ、掛かってきなさい。最終決戦(ラストダンス)と洒落込みましょう」

「どちらかが滅びるまで、存分に死合うとしようぞ……」

 

 二人の姿が陽炎の如く揺らぎ、やがて焦点を外れたように霞んでいく。その最後の刹那――

 

「でも――急いだ方がいいわよ? 誰かさんの前世は【暁天】を"喰う"つもりらしいから」

「−−テメェ……!」

 

 望や、歯噛みする空にそう笑いかけて。朱い世界に溶けていった。

 

「……おい、ノゾム! ナナシの姿が見当たらぬぞ!」

 

 残された一行、その中でレーメが声を上げた。確かに、何処を見ても堕天使の姿は無い。

 

「……絶のところに行ったんだろうな。案内して貰えるかと思ってたんだけど……甘かったらしい」

「仕方ねェだろ、今は……行くしかない」

 

 拳を震わせながらも、落ち着いた声を発する。烈しい感情を押し殺して。

 

「くーちゃん……大丈夫?」

 

 そんな彼を心配し、希美が声を掛けた。彼女とて絶の事で頭は一杯だろうと気付けば、頭くらいは冷える。

 

「……大丈夫、全部にケリを付ける時なんだ……頑張る」

「……駄目だよ、無理したら。くーちゃんは無茶はしても無理はしないって、信じてるからね」

 

 優しい笑顔。向けられる月光のようなその優しさが、今は身を焦がすのみ。

 

――言うべきなのか……相剋の事を。もしかしたら、浄戒との作用で目覚めるかもしれないって。

 

「希美、もし――」

「――敵襲ー!!」

 

 僅かに逡巡して、決意する。その瞬間に再度現れた"敵兵達"に話は断ち切られた。

 

「コイツら、はッ!?!」

 

 刀傷だらけの青い竜、焼け焦げた白い竜、無数の穴が開いた黒い竜、背骨のへし折れた赤い竜、上顎から上が無く捻り潰された緑の竜、ズタボロのアンドロイド兵達。その、悪夢めいた"軍勢"に――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 機械の神と合流したエヴォリアとベルバルザード。光をもたらすものの軍勢は既に、先程の戦闘で半数を消耗した。絶に大多数を消滅させられた為に。

 

「反吐が出る能力だが……我等には貴様の予備に頼る以外無い……」

 

 背を向けたままで腕を組んでいる、その神剣士。未来の世界で影に徹して、旅団が打ち倒した残骸を取り込み不壊の軍勢を作り上げた張本人の影。【幽冥】の翳より溢れ出たそれらは……真っ直ぐに旅団の居るべき方角へと向かって行った。

 

「……ちょっと。聞いてるの、クォジェ?」

「――ん、ああ……聞いてますよ、姐御。ちょっと気を抜いてただけでさぁ」

「気を抜いてる暇が有るのかしら? 相手は神剣士十数名。正直、戦力差は壮絶よ。貴方の軍勢を加えたってね」

 

 今更その存在に気付いたような機械神を窘める。そう、追い詰められているのは彼女らの方だ。依り所である上位存在……理想幹神からも、【空隙】からも何の音沙汰も無いのだから。

 

「しっかり役目を果たしてちょうだい、何のために貴方を喚んだと思ってるのよ――」

「ああ、そうですねェ。仕事は、きっちりしないと」

 

 そこで機械神は(おもむろ)に口を開く。その影が瞬く間に拡がり、一面を覆い尽くした。

 

「クォジェ、何を――」

「いやぁ、仕事を熟すにはマナが足りないんで――貴女達のマナを頂こうと思いましてね……イスベル卿、ゴルトゥン卿、ロコ卿、ウル卿?」

 

 その『名』を唱えた瞬間、エヴォリアとベルバルザードの眼の色が変わった。正確には、エヴォリアの雰囲気が。

 

「『……ほう、やはり気付いていましたか、クォジェ=クラギ』」

「『厚顔にも程があろう、よくその面を我等の前に出せたな、奸計の神……!』」

「『幾千の肉片に変えたところで飽きたらん、よくも我等を裏切ってくれたな!』」

「『落ち着いて下さいな、皆さん。頭に血を昇らせたままでは奴の思う壷でしょう』」

 

 虚ろな眼差しと共に、今までとは違う口調で語り出す彼女。鼻に付く高飛車な女、続き老獪な老人のような、更に卑屈な男、最後に怜悧な女の口調を響かせて。

 エヴォリアの中に巣くっていた、四体の『南天神』の亡霊が姿を見せた。

 

最早(いやはや)、お懐かしい。皆さん無様な姿で何より」

『黙れ、蕃神めが!貴様のせいで我々はこのような姿に身を落としたのだ、神たる我々が!』

 

 浄戒を受けて神名も神剣も失い、妄念のみで動く哀れな神。それが彼等、南天神イスベルにゴルトゥン、ロコ、ウルだ。

 だがそれ故に、彼等は他者の思念に取り憑く事が出来る。

 

「んなもん、自業自得でしょうが。大体オレは議論がしたかったんじゃ無い」

『『『『――!?』』』』

 

 冷たく言い放つ刹那、『影』が紅黒く蠢いた。【幽冥】の無明の翳が、南天神の亡霊を喰らうべく。

 

「【アンタ等を食っちまいたくて、食っちまいたくてしょうがないのさ――」】

 

 エヴォリアも、ベルバルザードも、纏めて――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 背の傷を押して歩き、絶は彼の誕生したこの世界に残る、今も動いている最後の人工物である『支えの塔』に辿り着いた。

 

「――はぁ、はぁ……くっ……!」

「大丈夫ですか、マスター……」

 

 背を預けたこの塔は魔法の世界に在るモノの複製であり、他にも同様に存在する世界が在るという。

 

「ああ……大丈夫だ。俺はこのままでは、死ねない……理想幹神に復讐するまでは……なんとしても!」

「マスター……」

 

 意志は固い。それだけが彼が今まで生きてきた意味だった。神の宣言に滅びを宿命とされ、それを良しとしない両親により神は紛いモノだと知らされ、絶望に狂った人々に目の前で両親を殺されて。

 その際に目覚めた永遠神剣に神への復讐を託され、この世界の命の総てを背負った彼の。

 

「……思えば、お前には迷惑を掛けてばかりだったな。せめて、名前くらい付けてやれば良かった」

 

 目を閉じて皮肉げに笑いながら、絶はナナシに語り掛ける。最後の懺悔を、滅びを目前にして尚、彼の神剣【暁天】の刃を思わせる冷めた声色で。

 

「――不必要です、マスター。私はマスターと共に在れただけで十分に、幸福でしたから……」

 

 それを、彼女は哀しい笑顔で受け止める。彼女自身、神剣【暁天】の鞘を思わせるしとやかさで、彼の総てを受け入れた。

 その血に塗れた生涯でも、絆は結ばれた。最早、何者も介在する余地の無い"絆"、他の刃や鞘には納まらず、納めない……刀の絆を。

 

「そうか……では、行くかナナシ」

「イエス、マスター・ゼツ。幕を……降ろしに」

 

 開かれた眼差しには、ただ諦観。総てを諦めた青い輝き。

 

「−−絶ッ!」

 

 それを以って彼は、その『旧い友達』を迎えた……

 

 

………………

…………

……

 

 

「――グァァァァァッ!!」

 

 咆哮を上げたのは――機械の神。まるで何かに抗うように、必死の叫びだった。

 

『ッ、此処は貴方に勝ちを譲りましょう。しかし覚えておきなさい、最後に笑うのは我々……南天の神だと!』

 

 その瞬間、緩んだ浸蝕の翳から逃れた南天神達が何処かへと消える。追う暇も無い程に鮮やかな引き際で転送されていった。

 

「……逃がしちまったな、テメェのせいだぜ【幽冥】……」

「クォジェ、貴方……まさか、神剣に……!」

 

 呟く声に、思い至ったエヴォリアは声を震わせた。この時間樹では先ず有り得ない現象に。

 

「クク……なんて顔してんだ姐御。折角の別嬪が台無しだぜ? ほら、スマイルスマイル。笑う門には福来たるってね」

「茶化すんじゃないわよ! 神剣に喰われてまで何がしたいのよ!」

 

 腕を組んで、砂孕む風に身を曝し。装甲が奏でる葬送曲に耳を傾け、消えかけていた意識を呼び覚ます。その間にも、その魂は次第に朽ち果てていく。

 

――薄らいでいく自我。我が魂は端から曖昧に解け、昏い奈落へと堕ちていく。全く、我ながらとんでもないモノに手を出しちまったもんだ。

 

 その叫びは、果たして。今も尚喰われていくその神に届いたのか。

 

「何か考え違いしてるみてェだが、元々人間と神剣の関係なんて食うか食われるかだ。この時間樹の仕組みこそ異常、オレと【幽冥】こそ、本来在るべき姿さ」

 

 ただ、神は肩を震わせて嗤う。

 

【旦那ァ、早うそいつらも喰いなんし。さもないと、もっともっと、旦那の魂を喰らいますぇ?】

 

 その神に呼び掛ける蠱毒の剣。

 

 さながら、無数の……石の下にでも居るような陰気な蟲共が、一斉に断末魔の声を上げたように。

 

――この神剣の加護は『不死』等ではない。限りなく『死に難い』だけだ。その代償はその『欲』を充たす事。

 なされぬ場合、神剣は魂を蝕む。抜け殻と化した肉体はこの剣そのモノとなる訳だ。どう転んだって剣は損しない。

 

 そして身を翳に変え、一瞬の間にエヴォリアの目前に現れた。

 

「ただね、一ツ覚えてる。オレは護りたかった。そう……ただ一人、蕃神なんて呼ばれて唾棄されてたオレに、慈悲を注いでくれたあの月を……」

「……『月』……?」

 

 その双眸に、懐古の光が燈る。この神が、まだ正気を保っていた頃の眼差し。

 

「そ、月。闇の底のヘドロ沼から見上げた月に惚れちまった身の程知らずの(スッポン)がオレさ」

 

 クク、といつもと変わらない陰険な笑い。だがそこに狂気は無い。

 

「前に言った台詞なんですけど、『未来ばっか見てると今に足元掬われてすっ転ぶ』ってあれ、訂正しますよ。『今』ばっか見てると、先が見えないから取り返しの付かない壁に打ち当たっちまうみたいでさぁ」

 

 まるで悪戯が上手くいって喜ぶ、少年のように純粋な笑いだった。

 

「だから――…人は隣に、共に歩む誰かを求めるのさ」

「っ、どういう意味……」

 

 そこで彼は彼女をトンと押した。よろめいたエヴォリアは、後ろに控えていたベルバルザードに支えられる。

 

「エヴォリア、お前が"未来"を見ているのなら……ベルバルザード、お前が"今"を見ればいい……それで何もかも上手くいく」

「クォジェ=クラギ……貴様……」

 

 真摯な声に、ベルバルザードすら身を硬くする。斜陽を後光として煌めく姿はそれ程に神々しい。

 

「命が紡ぐ『奇跡』は神にすら不可侵。だから決して歩みを止めるな。それがオレの壱志(イジ)……」

 

 その存在は確かに、かつて『神』だったのだと。本能的に理解する程に。

 そしてもう『神』ではないのだと。異教の神のように貶られたのだと。

 

「――何せオイラは鼻タレ小僧。物語はハッピーエンドで終わらなきゃ嫌な性質[たち]なもんでね」

 

 最後の最後に、そんな軽口を叩いて……転生体である少年と全く同じ軽口を叩いて。機械神は、最後の戦場へ赴く。

 

――どの道、オレは消える。滅びは何者にも平等に訪れる。何しろカミサマにすら滅びは在るんだ。誰からも信奉されない神なんざ、滅んでるも同然なんだからな……。

 

「……光をもたらすもの、【幽冥】のクォジェの名において命ず……」

 

 声高に宣言し、紅黒い翳の精霊光を展開した。その左右に、二人の神剣士が並び立つ。

 

「……あら。悪いけど、アンタには『光をもたらすもの』を名乗る権利は無いわよ」

「左様、勝手な事を申すでない」

 

 エヴォリアとベルバルザード、その二人が。

 

「……物好きなモンだ、もう自由だろうに」

「自由だからこそ、やりたいように生きるのよ。私達は"未来"を見詰め、"今"を生きながら……"過去"を抱くの」

「我等は図らずもその総て。ならば……共に滅ぶが必定だろう」

「……成る程、確かにねェ……んじゃ、訂正訂正」

 

 クク、と。三人は纏めて悪辣な笑いを浮かべる。

 共に在った期間など僅かなもの、だが時間など問題ではない。問題は如何に『絆を結んだか』だ。

 

「「「我等こそ、光をもたらすもの――……!」」」

 

 そう、宣言し直して。三人は同じ滅びの地平を望む――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 押し寄せた数百単位のアンドロイド兵、それを指揮するように動く五体の屍竜達。

 闘っているのは望、希美、沙月を除いた神剣士。彼等は塔らしき建造物に、絶と逢うべく先行させられている。

 

「クソッタレ、マジでしつけぇなコイツらッ!」

 

 反吐を吐きながら、空はPDWを乱射する。しかし効果は殆ど無い、何せ『始めから壊れている』のだから。

 その傀儡兵が、中心の空に向けて銃を撃つ。仲間を巻き込もうとお構い無し、寧ろ矢楯のように利用して。

 

「……闇の雷よ、我が敵を狙う槍と成れ……」

 

 それを『ハイパートラスケード』を纏い受け止め、乱射したように見せ掛けて陣を敷いた銃弾に宿るレストアスに呼び掛ける――

 

「捉えた――ライトニングボルト!」

 

 立ち上る雷の檻、降り注ぐ雷の槍が内部の傀儡を貫き焼き滅ぼす。これでは再製のしようも無い。

 

 だが、問題は数。元々、回数にシビアな制限が在る彼の闘い方はこういう乱戦に向かない。

 一瞬の空白は新たな雑兵に瞬く間に埋め尽くされ、押し潰される――前に、雨の如く降ったオーラフォトンの矢『ストレイフ』が総てを灰燼に還した。

 

「空くん、無事かい!」

「スバルさん! いやぁ、助かりますよッ!」

 

 と、気を抜いた空の背後から一体の傀儡が高周波ブレードを閃かせて躍りかかり――

 

「――最大の威力を、最高の速度で……最善のタイミングッ!」

 

 ユーフォリアの『プチコネクティドウィル』に砕かれ、それでも潰えぬ身をPDWに撃たれた兵が、宿るレストアスに焼き尽くされて燃え尽きる。

 

「この敵は……僕の世界の……」

「……俺の前世の仕業です」

「うー、あたしこういうホラーっぽいの苦手……」

 

 背を合わせたまま、彼等は語り合う。一人は弓矢、一人は剣、一人は剣と銃を構えて。

 

「――見ィっけたぜ、『俺』?」

「「「――ッ!?!」」」

 

 そんな傀儡を巻き込んで、一射が放たれた。もし先に声が届かねば、スバルの『オーラバリア』と、ユーフォリアの『オーラフォトンバリア』の展開も遅れていた事だろう。

 

「……おやぁ? 『俺』以外はオレが抜けた後の新参か。どっちもあんまり知らねェな」

 

 命中したのは、不可視の熱閃、総てを焼き尽くす災竜の息吹『ヘリオトロープ』。射撃地点には、PDRを変形させたモスバーグを放った……機械神。

 

「まぁいいや……オレの【幽冥】の翳に溺れな」

 

 声高に宣言し、紅黒い翳の精霊光を展開した。その左右から二人の神剣士が飛び出す。

 

「……悪いけど、貴女の相手は私よ、お嬢ちゃん?」

「っ……いくよ、ゆーくん!」

「貴様の相手は我だ、弓兵!」

「くっ……負けるもんか!」

 

 エヴォリアとベルバルザードが、【雷火】と【重圧】を構えてそれぞれユーフォリアとスバルに襲い掛かる。

 

「という訳だ、オレ達は俺達でケリを付けようぜ?」

「……望むところだ、クソッタレ!」

 

 残ったPDWの弾丸から分割したレストアス総てを乖離させて身に纏い、本体を透徹城に戻しながら構え直す【夜燭】。

 

「チカラを貸せ、レストアス……俺にアイツを倒す"可能性"を!」

【……了解、オーナー。斬り裂いて――否、斬り拓いて御覧に入れます!】

 

 その気魄に答えて刀身に……いや、空自身に燈るレストアスの凍焔。限界すら越えて、彼の知覚は強化された。そのチカラの昴りは、彼自身を滅ぼしかねない程。

 

「クク、そう来ないと張り合いがねェよなァ……【幽冥】!」

【くふふ、そうどすなぁ……あの生意気なボンの目の前で【夜燭】を浸蝕(くらう)のも一興どすわぁ】

 

 同様に、己自身に喰い潰しかねない翳を身に纏うその神。だが最大の違いは――介在するモノが悪意以外の何物でも無い事だろう。

 

「物部学園所属、神銃士巽空……」

「光をもたらすもの、【幽冥】のクォジェ……」

 

 前世と現世。本来ならば交わる筈の無いその壱志と壱志。

 神世の古から連綿と続く妄念と、刹那ながらも今を生きる信念。

 

「「――撃ち貫く!!!」」

 

 決して曲がらぬその壱志を賭けて、雌雄を決するべく。二ツの魂がぶつかり合う――!

 


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