軋む歯車 永久の箱庭 Ⅰ
妖しく瞬くネオンサインに満ち溢れる、近代的なビル群。四方を壁に囲まれた箱庭の中から飛び出した様子を思わせる天に高く迫り出したそれらは、正に摩天楼と呼ぶに相応しい。
「…………」
この世界で最も高いセンタービルの屋上の端に腰掛けて、不夜城の町並みを見下ろした、神経質そうな風貌のオールバックの青年は深い溜息を落とす。
微睡むような気怠い高層の風は、さながら死にゆく世界の溜め息か。青年の一つに纏めた黒髪と、この風景には似つかわしくない源平合戦の弓兵のような衣裳の肩当てを揺らした。
見上げれば、子供が散らかしたように散りばめられた、スモッグに霞む天上の星々。
見下ろせば、大人が並べたように整然と整えられた、市街の輝きは地上の星々。
だがーー目に映るその全てが『
憧れて手を伸ばしてみたところで、努力し掴み取ろうとしたところで余りにも空しい希望の光。こんな絶望ならば、初めから知らなければ良かった、と咽びたくなる程に。
だから--まるでここは鳥篭のようだ、と。青年は作り物の世界を睥睨する。
【--……】
背に負う和弓と矢束、そこから発せられる訝しむような思念にも応えない。ただ、永劫に変わらぬ退屈極まった町並みを見下ろして忌ま忌ましそうに眉をひそめたのみ。
「この世界は……生まれ故郷だ。何一つ、いいおもいでなんてありゃしねぇクソみてぇな世界だが、俺の……大事な」
業を煮やしたのか弓が黒い光を放ち、両翼の内側に数多の銀河を瞬かせる巨大な蝙蝠が姿を現した。則ち、その弓は永遠神剣。この大蝙蝠は守護神獣だ。
「もう救われないのなら、永遠に繰り返せばいい。そうだ、それでいい。いい筈なんだ!」
己に言い聞かせるように叫び、真っ直ぐ見詰めたその先には--蝙蝠の紅い瞳。
感情を映す事無い紅の瞳は、既に諦観の域。少なくとも、『手下が上司に見せる目』ではない事は明らかだ。
それを隠す事もなく見せているこの神獣は既に、主に対して何の期待も抱いていないのだ。それがありありと伝わる、そんな瞳。だと言うのに、青年は何の感情も想起していない。つまり、彼もまた……この神獣に対して、なにも期待はしていないの。
「この世界の在り方こそ俺の望む世界、ならば迷いなど--」
青年の言葉が終わる前に、世界の方が先に『終わった』。一瞬の静寂の後、自らもそれに巻き込まれる事を自覚しながら--
「ありはしない--……!」
また、『夜』が始まった--。