サン=サーラ...   作:ドラケン

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幽かな光 煉獄の華 Ⅱ

「ッ……まさか、これ程とは」

 

 片膝を衝き、ベルバルザードは荒い息の合間に呻きを漏らす。

 視線の先には両手で【黎明】を構える望、天破の型で【心神】を構えるカティマ、今度はダラバと同じく【夜燭】を僅かに左に傾斜させた青眼の構えをとる空。

 

 決して侮っていた訳ではない。神剣士の外見と実力は比例しないのだから、慢心は無かった。今回の闘いでも、実力を鑑みて戦力を整え、『勝てる戦力』と『勝てる作戦』にて挑んだのだ。

 しかし、結果は--

 

「もう一度言う、降伏しろ」

 

 大剣【黎明】を衝き付けたまま、望は再度声を上げる。それに、【心神】や【夜燭】にも力が篭め直された。

 

「フ……『予定』以上だが貴様ら、忘れた訳では有るまいな。この闘いの本質を」

 

 それに全く動じず、鬼神は--四人の後方に目を移した。そこに在ったのは、エナジージャンプのクライアント。

 

「ッ……!」

 

 そこが--起動した。同時に空は、現れるだろうミニオンに先手を打って【幽冥】の引鉄を引いた--

 

「--どわぁぁっ!? あぶねッ!! 何しやがんだ空!」

「っあ、悪りィソル」

「軽っ!? 全く、てめぇら助ける為に苦労してミニオンを蹴散らしてきたってのによ……ケリ付いてんじゃねぇか」

 

 『ペネレイト』の短剣を、打ち砕いたソルラスカ。その後ろからルプトナ、沙月と希美、タリアとヤツィータ、そしてサレスが次々に現れた。

 

「間に合ったようだな……さて、どうするかなベルバルザード? こちらは既に、転送鍵も奪還しているぞ」

 

 形勢が完全に旅団側に傾いた事を悟り、ベルバルザードは近くに衝き刺さる【重圧】を支えに立ち上がってその姿を揺らがす。

 

「忘れるな、この闘いは--まだ続いているのだからな」

 

 転送されていくベルバルザードの残した言葉に、一同は顔を引き締めた。いくら『旅団』が敵兵を殲滅しようが、敵将を退けようが、この世界が崩壊すれば彼等『光をもたらすもの』の勝ちとなるのだから。

 

「各プラントには、クリスト達が詰めている。簡単には抜かれまい、我々は我々の役目を果たすぞ」

 不気味な静寂を保つ、支えの塔ヴァリアスハリオ。そこに向けてエナジージャンプクライアントを潜る--

 

 

………………

…………

……

 

 

 塔に入るや、飛び掛かってきたミニオンを蹴り飛ばしたルプトナ。だが一体ではない、次から次に溢れて来る。

 

「うーっ、キリが無いよ」

「ベルバルザードの野郎、余裕の正体はコレかッ!」

 

 最前列で闘っているソルラスカとルプトナ。その少し後方には、タリアと沙月が続き左右を守る。

 

「ホントに、面倒よね。クー君の感知で何体居るか、判らない?」

「俺達の世界の言葉では、『一匹見たら四十匹』が基本で」

「お前達、口ばかりではなく手も動かしてくれないか」

 

 続くサレスとヤツィータ、空は遠距離重視で少し後方に位置し、前衛の討ち漏らしの接近を阻む。望と希美、カティマ達はナーヤを守備するように、傘型の突撃陣型中心に収まっている。

 

「--見えた、管制室じゃ!」

 

 声と共に視界に飛び込んできた大きな扉。しかしそこに辿り着くまでの道程は険しい。

 

「……コレを突破するの? 気が遠くなるわね」

「でも、やらないと!」

 

 【光輝】を右手に剣、左手に盾として展開している沙月のボヤキももっともだ、相当数のミニオンが道を埋めている。それに希美は己を鼓舞するように答えた後で、【清浄】を構え直す。

 

「んじゃ行くぞソル、ルプトナ! 一番槍は貰ったッ!!」

「んだあの野郎、マジで鉄砲玉に成っちまいやがった」

「今更じゃんさ、そんなの!」

「それもそうだな--行くぜ!」

 

 呼び掛けた二人が駆け出すより先に空は駆け出した。脆弱なその身を省みる事も無く、ただ、それだけが己の成すべき事だと言わんばかりに。

 

 初撃は、【幽冥】。展開された魔法陣は金、撃ち出された同色の『オーラフォトンレイ』が、敵を十数単位で貫いた。

 

 それによりミニオンが消滅して僅かに開いた隙間をえぐり込み、更に、二挺のキャリコM950の『デュアルマシンガン』にて陣を完全に乱した空。

 ルプトナは集団の隙間を縫って滑り、衝き出される神剣を跳ねて『クラウドトランスフィクサー』を繰り出し、或いは伏せてからの『グラシアルジョルト』と変則的な動きで翻弄しつつ、【揺籃】で遊撃する。

 そこにソルが『崩山槍拳』にて殴り込んで、【荒神】の突出した打撃力により陣形の軽傷を致命傷とした。

 

 その一連の隙にマガジンを交換した空が、ソルラスカやルプトナの死角を守る。そんな空の死角をどちらかがカバーし、最後の一人は更にそのカバー。

 それを空がカバーする事により始まりに戻る。『弾数』の制約は有るが、一応完成された無限円環の戦術。

 

「「「まだまだァっ!!!」」」

 

 襲い来る敵に合わせてくるくると立ち位置を替え、時に引き合い押し合い、時に仲間の背中の上を転がったりしながら。

 同時に二方向へ対応できる武器を持つ三人故の、一糸乱れぬ連携連鎖。

 

 これを--"打ち合わせ無し"で、やってのけているのだ。

 

「あの三人にばかりに良い格好はさせてらんないわね……行くわよ、希美ちゃん! 光の輝きよ、槍となって敵を……」

「はい、ものべー、力を貸して」

 

 瞬間的に【光輝】が光へと還り短剣のような形で沙月の両手……その指の間に複数握られ、地面と水平に構えられた【清浄】の穂先が上下二ツに分離し--その間の発射口にマナの煌めきが充ちて、電流を帯びる。

 

「「貫け!」」

 

 それを確認し、敵陣深くに飛び込んでいた空達が離脱した。

 

「--ヘヴンズジャベリナー!」

「--ペネトレーションっ!」

 

 投擲された複数の光の槍による射撃と撃ち出された単発のマナ塊による光線は、その射線上に居たミニオン達を消滅させる。

 

 そうして、『道』が拓かれた。

 

「さぁ行ってください望、ナーヤ殿!」

「後は任せたわよ、世刻!」

「判った、行こうナーヤ!」

「おう、任せるのじゃ!」

 

 カティマとタリアの助けにより突破した望とナーヤ。だが、扉が開かない。どうやらコードを書き換えられてしまったらしい。

 

「こんな時に……」

「大丈夫っすよ、マスターキーを持ってますから」

「マスターキーじゃと? 何故、お前がそのようなものを」

 

 と、唐突に望の後から現れた空の一言に、ナーヤが訝しみながら振り返った。そこには--青い、フランキ・スパスの銃口。

 

「うにゃあああっ!」

 

 ナーヤの悲鳴と同時に、それが火……否、『水』を噴いた。霰弾『フロストスキャッター』を。

 三発それを撃ち込んで穴だらけになった扉を、空は蹴り壊した。

 

「よし、行きましょう」

「こんの馬鹿者がーーっ、それは『霰弾銃《マスターキー》』じゃろうがーーっ!」

「流石ァァッ!」

 

 ナーヤの『スピカスマッシュ』で殴り飛ばされた空を先頭にして、二人も管制室の内側に消える。

 そしてミニオンが侵入出来ないよう、一行が入口に陣取った。

 

「……さて、それでは我々は時間が来るまで歓迎会の続きだな」

「歓迎した覚えも、された覚えも無いけどね~……ああもう、軽くイラッときたわ」

 

 面倒そうに口を開いたサレスとヤツィータ。【慧眼】からは異界の風が噴き出し、【癒合】からは勢いを増して燃え盛る焔が迸しる……いや、何を隠そうこの焔こそ【癒合】の本体だ。

 

「--ページ:ハリケーン」

「--フレアカラドリウスっ!」

 

 【慧眼】より戒めを解かれた風は竜巻として地を疾り、【癒合】は猛禽の形を取って、ミニオンに襲い掛かる--!

 

 

………………

…………

……

 

 

 目の前には荘厳とも言える光の乱流。部屋を覆い尽くす機械また機械、それははまるで鉄の檻。

 

 だとすれば、彼女は鉄の鳥籠に入れられた、カワイソウな翡翠色の金糸雀《カナリア》か--

 

「…………」

 

 そんな鉄の檻を、まるで鍵盤を叩くかのように操作していた彼女だったが……近付く足音に溜息を漏らす。

 そして全ての作業を終えて振り向いた--

 

 

………………

…………

……

 

 

 三人の目線の先、そこに立っていたのは--

 

「あら、皆様お揃いで如何なさいました?」

 

 翠の髪の侍女フィロメーラ。

 

「お久しぶりです。剣の世界以来ですね」

 

 だが、空はそんな彼女にも全く動揺すら見せずに言い募る。

 掛けられた言葉に彼女はニコリと微笑んだ。しかしそれは、本来の清楚な彼女からは程遠く妖艶。

 

「光をもたらすもののリーダー、【雷火】のエヴォリアさん」

「ふふ、やっぱり貴方が一番厄介ね……【幽冥】のタツミ」

 

 すっ、と手が振られる。それを合図にフィロメーラの姿は踊り娘のような装束を身に纏う女、則ち--その神剣士へと移ろう。

 

「フィロメーラさんをどうした、エヴォリア!!」

「心配要らないわ。私、部外者を巻き込むのは好きじゃないのよ。スマートじゃないでしょ?」

「そこまで巻き込んでおきながらどの口がほざくのじゃ、貴様!」

 

 ここまで彼女が激昂した理由は、フィロメーラのみが理由ではない。この部屋に入ったとき、入り口近くで昏倒していた兄の姿を見たからでもある。

 しかも……下半身を剥き出した、情けないにも程がある姿で。明らかに『ハニートラップに引っ掛かりました』といった、その姿を見てしまったのだ。

 

「あら、女の子が牙を剥いちゃあ駄目じゃない? そこの男の子達に嫌われちゃうわよ」

 

 くすくすと嘲笑いながら、睨みつける二人をあっさりあしらう。歯牙にも掛けないとはこの事か。

 刹那、塔に激震が走る。瞬時に三人は、張本人に目を向けた。

 

「塔に流し込んだ破壊の思念が、効果を発揮し始めたのよ。つまりはチェックメイト。今からじゃ、もうアクセスも出来ない」

「貴様--!」

 

 もう一度食ってかかろうとしたナーヤ。その声を金属を斬る鋭い音が邪魔する。

 

「ゴチャゴチャ煩せェな。面倒だ、ネコさんを連れて別の端末まで行け、望」

 

 そこで、エヴォリアは【夜燭】の切っ先を金属の床に衝き立てた空へと注意を向けた。

 

「……判った。行こうナーヤ」

「何を言うておるのだ、のぞむ! あやつは【雷火】のエヴォリア、『光をもたらすもの』の導き手じゃ!」

 

 踵を返した望に、ナーヤは心底驚いた。それもその筈だ、残していく二人の実力差は歴然。

 

「あの【重圧】のベルバルザードを差し置いて、この女がその座に就いておる理由は単純……こやつが、ベルバルザードよりも優れた神剣士であるからじゃぞ!」

 

 軍勢が有ったとはいえ、四人を同時に相手したベルバルザードを上回る実力者、それがエヴォリア。それに如何に『無力ではない』とは言えただのニンゲンを当てるなど、正気の沙汰ではない。

 

「大丈夫だ……空なら」

 

 信頼しきった望の言葉に--空は無言でサムズアップを見せて、そのままシッシッと手を払う。

 同じくサムズアップを見せた望はナーヤの手を引き扉に向かう。

 

「それにしても、ベルバが二度も仕挫《しくじ》るなんて驚きね。剣の世界では可愛らしいヒヨッコだったのに」

「『男子三日会わざれば刮目して待つべし』。三ヶ月も経ちゃあ、ヒヨコも立派にトサカが生えらァ……そして何より、盟友がアンタに怨みが有るらしくてね。さっきからバチバチ痺れちまって持ってられやしねぇ」

 

 見れば、【夜燭】はその刀身はおろか柄にまで電光を纏っている。一応の所有者である空が痛みを感じる程だ、加減を忘れた出力。

 

「死んだ主の仇を討つ為に都落ちって事? あはは、神剣がねぇ」

 

 茶化す言葉に、電光は遂に形を見せる。のたうつ蛇のような蒼い雷の集合体である『エレメンタル=レストアス』が。

 

「笑えよ。笑えるのは生きてる間だけだ。常世じゃもう笑えねぇ」

 

 それすら意に介さず、空は柄を握り締めた。細胞の一つ一つに、レストアスが染み渡り活性化する。疲労すら忘れて、闘争心が際限無く湧き出る。

 

「--来いよ、光をもたらすもの……俺の夜闇は深けェぞ」

「--それは楽しみね。だけど、貴方程度でこの【雷火】の灼光に耐えられるかしら?」

 

 シャリン、と。エヴォリアの腕の【雷火】が鳴る。それに向けて、空は【夜燭】を構えた。

 

 

………………

…………

……

 

 

--肩、腿、頭!

 

 【夜燭】を肩に担いで壁際スレスレを走りながら、飛来する光の弾道を完璧に読み回避する。

 駆け抜けた光弾はそのまま壁に当たり、明らかに口径を上回った破砕力を示した。

 

 そしてどうしても躱せない一発を、黒禍の剣にて迎え打つ--!!

 

「ハァァッ!」

 

 耳を聾せんばかりの爆音、目を盲いんばかりの煌めき。へし折れそうな腕に鞭打って振り抜けば、闇色の刃が光の弾を打ち砕いた。

 

「あら、意外に元気じゃない? 如何かしら、私の十八番の味は」

 

 突き出していた右腕を下げて、悠然と『オーラショット』の構えを解いたエヴォリア。空も、立ち止まったままで息を整える。

 

「中々のお点前で。後は茶請けの羊羹でも有れば完璧ですよ」

「それはそれは。ごめんなさいね、気が利かなくて」

 

 軽口に返るは、軽口。パン、とエヴォリアが拍手を打ち鳴らした。その背後の空間に、まるで金色の光背のように精霊光の魔法陣が画かれる。

 

「替わりと言っちゃ何だけど--コレをあげるわね。遠慮しないで貰ってちょうだいな」

「ッく!?」

 

 と同時に、空の眼前に『光』が生まれた。白い、練りに練られた高密度の--炸裂のマナ。

 

「心行くまで、たんと召し上がれ--ライトバースト!!」

 

 『オーラショット』が点制圧用ならば、『ライトバースト』は面制圧用。先程までとは比べものにならない攻撃範囲を光が埋める。

 更に言うならば、エヴォリアは術士型。戦士型である望が使ったモノよりも、威力は遥かに上。

 

「すばしこいわね、正直驚きだわ。水周りのあの黒い奴みたいよ、貴方」

「否定はしませんけど--」

 

 呆れたように呟き見上げた先。壁に『着地』している、空の姿が在る。壁に【夜燭】を衝き立て、それを取っ掛かりにして。

 壁に当てていた両脚甲に、力と共にレストアスが篭められた。

 

「--ねッ!」

 

 そのまま壁を蹴り砕き、反動を速度に、速度を威力に替えて。

 

「ハァァッ!!」

 

 全身全霊を持ち、『電光の剣』を叩き込む。

 

--ギィィィン!!

 

「チィッ!!」

「あはっ、これっぽっちの力しか無いの? 憐れよね、人間て!」

 

 それを、実に造作も無く。展開された『オーラフォトンバリア』によって無力化された。その強度と正確さはミニオンなどの比ではない、鉄壁の一言に尽きる。

 

「……ッ……」

 

 瞬間、ビキリと肘や肩が痛んだ。それもその筈、ベルバルザードとの闘いで遣った『南天星の剣』の反動は全て腕に反っている。

 折れていないだけで奇跡だ。

 

「確か……貴方の夜闇は、深いんだったわね。でも安心なさいな、すぐに光で照らしてあげる……」

 その時、彼女は腕を交差させて両手にマナの輝きを集めた。これもやはり先程までとは雲泥の差、彼女自身が保有するマナを十分に籠めた為だ。

 

「『ギムス』よ、聖なる光により浄化を--ライトブリンガー!!」

 

 交差されていた腕が天に向けて翳され、光が昇っていく。確かに天井は高いが、ここは室内。限度が有る。

 光は天井近くで停止して分裂、今度は勢い良く--まるで、艦砲射撃のように降り注ぐ。

 

「次から次にッ! 手数の多い事でッ!」

 

 光の盾を踏み台に、レストアスを纏いながら跳ね退く。対面の壁に着地すれば--そこを狙って光が雪崩込んでくる。

 正にそれは『ライトブリンガー《光をもたらすもの》』。

 

 躱せばその先へと光は追い縋る。壁から壁に跳び移り、遮二無二命を繋ぐ。

 

--神剣魔法ならまだいい。この『グラシアルアーマー』は対魔法の加護、致命傷は避けられる。

 だが、あの光は別だ。実体攻撃も兼ねる【雷火】の光は、間違いなくこの氷河の法衣を貫く!

 

 間一髪で至近弾を避けた着地点。いや、そここそ--

 

「虚ろなマナの輝きよ、惑わしの霧となれ……」

「しまっ……グ!」

 

 そここそ陥穽、青い霧のような霞む虚光の充ちる場。跳ね退こうと脚に力を篭めるが、その瞬間に今度は膝が悲鳴を上げた。

 【夜燭】を衝き立て、膝を折り地に屈する。当たり前だ、こんな無茶な動きが長持ちする筈が無い。その跳躍や着地の衝撃は全て膝などの関節に懸かり、骨肉を擦り減らす。焼け付くかのような熱を持った膝は間違いなく脱臼、下手をすれば、骨折しているかもしれない。

 

 そんな苦痛を噛み殺す男の耳朶に。

 

「--ハルシネイション」

 

 慈悲深き安らぎと、それに伴う生命の停滞を齎す『慈愛の女神』の囁きが触れた。

 

「--カハッ……!! 倒、れ……られるかよ……!!」

 

 虚ろの光に打たれた事で、生命を大きく削ぎ落とされて。

 それでも彼は倒れはしない。身に纏う加護は大きく減じており、もう一度でも神剣魔法を浴びればもたないだろう。

 

 【夜燭】を支えに腰を立たせる空、そのしぶとさには、さしものエヴォリアも呆れるしかない。

 

「全く、諦めが悪いのもここまで来るともう才能ね……」

「……悪いかよ、必死こいて太刀向かって……こちとら多寡が人間だ、出来る事なんざ--!」

 

 震える膝を殴り付けて踏ん張り、引き抜かれた黒刃が構えられる。真っ向から突き付けられた剣に、エヴォリアは眉を顰めた。

 

「--初端《ハナ》っから、前に向かって歩く事だけしか出来ねェんだよ!!」

 

 肩で息をしながら、ただ強がる。あと一撃でも受けてしまえば、崩れるのみだと言うのに。

 

「……ふ、ふふ」

 

 エヴォリアは、笑う。可笑しいからではなく『憎い』からだ。

 

「そう、それが貴方の『夜闇』という訳ね」

 

 光は、ある意味では無慈悲だ。どんなに隠したい『罪』も、白日の下には全て曝される。一方、闇はどんな『罪』も覆い隠す。ある意味では慈愛……いや、『自愛』に充ちている。

 刹那、拍手が打ち鳴らされた。音は空間を、彼女の静かな怒りと共に揺らす。

 

「--アンタだけ楽になんて……させるもんですか。誰もが背負いたく無い罪を背負って生きてるのに……アンタだけを!!」

 

 エヴォリアの背に浮かぶオーラフォトン。先程よりも巨大にして緻密、明らかに強力な神剣魔法。

 

「--闇の氷柱よ、我が敵の骨肉を砕け……」

 

 それに対抗してか、空の左手が向けられた。その指の形を『銃』として。

 

「何を--……ッ?!」

 

 それを向けられたエヴォリアが訝しんだのもつかの間、その全周を青氷の檻が包んだ。

 

「……悪いね、俺は無駄ってモンが嫌いでさ。どんな行動も、必ず自分なりの意味を定義しなきゃ嫌なんだ」

 

 時計のようなその檻の中から、彼女は気付く。先程まで彼が跳ね回っていたその跡、その全てに霜で貼り付けられた『銃弾』が在る事に。

 そしてその全てが--己の立つその位置に向けられている事に。

 

「呪いの刃よ、我が身を守れ--クロウルスパイク!!」

 

 鳴らされた指を合図に、銃弾はレストアスの意志により発火して--『氷弾』と化して全方位から彼女を穿つ。

 

「…………」

 

 荒い息を吐きながらも、濛々と立ち込める粉塵を睨む。

 手応えはあった、全弾命中したとレストアスが告げているが--

 

「今のは正直、まずかったわ……ただ、相手が悪かったわね」

 

 その幕が上がる前にエヴォリアは告げる。煙の緞帳が上がった先には--彼女を護る、『城壁』が聳えていた。

 

「--あたしの『ギムス』はその程度の火力じゃ墜ちないわ!」

 

 堅牢の権化、白く怜悧な鋼と氷の重装備巨兵。エヴォリアを覆い隠すように護る機械巨兵は、その名を『ゴーレム=ギムス』。彼女の【雷火】の守護神獣だ。

 

--マジかよ……ベルバルザードの『暴君』より凄げぇ。

 

 その装甲は不届きにも主に襲い掛かった呪いの氷刃を全て防ぎ、あまつさえ疵の一ツも無い。備えを完璧に凌駕された。

 

「じゃあ、今度はこっちの番ね。ギムスよ、凍てつく輝きにより敵を薙ぎ払え……」

 

 呼びかけに応え鳴動する巨躯、向けられたのは機械巨兵の左腕と一体化した雷磁砲《レールガン》。そして巨兵の全身に配置されている無数の砲身が現れた。

 

「……遊びは終わり。コレで最後よ--アイスクラスターッ!!」

 

 迸しった白く凍えた絶対零度の雷光は、過たずにその眼前の弱者を捉えて情け容赦無く粉砕する。文字通り、『光』に還るまで。

 その光の渦の中心で、弱者は。

--死ねない……まだ、俺は何も成してない……このまま消えれば……居ても居なくても変わらない、無意味になる。そんなのは……御免だ!

 

 レストアスの加護『グラシアルアーマー』、既に消えかけているそれに護られている一瞬に勝機を見出だす。何故ならば相手は--狙わなくても真正面!!

 

「征くぞ、カラ銃……!」

【くふふ、やっぱし最後に頼りになるんはわっちどすなぁ】

 

 利き手に握られたは【幽冥】。暗殺拳銃を番えた中指が迷い無く引かれる。盾のように銃口で展開された、金色の煌めき。

 

 迸しる精霊光は金色の風。

 

「【--オーラフォトンレイッ!!」】

 

 滅びを齎すマナの嵐が、凍える白の雷光と鬩ぎ合う--!!

 

 

………………

…………

……

 

 

「げほっ……やってくれるわね、あたしもまだまだ甘いわね」

 

 瓦礫の散乱した室内。特に巨大な天井の残骸を右腕で受け止めたギムスの足元で、エヴォリアは実に苛立たしげに呟いた。

 

「……ベルバが手こずる訳だわ、判ってはいたけど本当に予想外な奴……使う予定は無かったけど、いざとなれば--」

「まだ出し惜しみか? 本当に、ナメてくれるよな」

 

 チャキ、とエヴォリアのうなじにグリップガンが衝き付けられた。ギムスが反応するが、ここまで近接されては成す術が無い。

 

「……そういえば、貴方の本分は暗殺だったっけ。こういう状況が一番得意よね」

 

 答えず、空は睨みつけながら息を吐く。それは単純に、もう声を出すのも辛いというだけ。

 

「でもいいのかしら? もし私を殺せば、フィロメーラだったっけ? 私が借りてる彼女の心も死ぬわよ」

「……ハッ。やっぱりあの二人を行かせて良かった。情に流されるのは吝かじゃねェけど--場合に因るんだよ、俺はさ」

 

 僅かに、色めき立った琥珀の瞳。しかし、一瞬だけ目を閉じた後に再度開かれた眼差しは、冷厳な三白眼。

 最早何の情動も無く、空は引鉄に掛けた指に力を篭めた。

 

 発砲音と共にエヴォリアが倒れ込んだ。そして、その口から--

 

「くっ、あ……スタンガン、ですって……!」

 

 『サンダーボルトハンズ』にて無力化されたその口から、悪態が漏れた。

 その刹那、動きを見せたギムス。だが直ぐに、今度はエヴォリアに【幽冥】が突き付けられた事で再びフリーズした。

 

「……時と場合で冷酷にもなれる。本当に、貴方みたいなタイプが一番厄介よね……仕方ないか」

 

 倒れ伏したまま、ふぅ、と溜息を落とした彼女。そして--

 

「--【空隙】が呼んでるわよ、【幽冥】。私達と来なさい、貴方の主人『奸計の神』"クォジェ=クラギ"と共にね」

「……ッな、に?!」

 

 放たれた言葉に空は息を呑む。【空隙】とは何なのか。何より、何故--その名を知っているのか。彼の記憶に有る限りでは、彼女の前世とは明確な接点が無い。

 

【あぁ、本当に『遊びは終わり』なんどすなぁ……くふふ】

「……カラ銃……!?」

 

 と、【幽冥】から陰が溢れ出す。それはさながら、契約した時の逆再生。

 

【すんまへんなぁ、旦那はん? まぁまぁ愉しめましたえ】

 

 訳が判らない為、引鉄を引けずに戸惑う空。その背後に翳が結集する。

 

『まぁ、ここまでたんまり貢いでくれて有難うッて事だよ、なあ、『俺』……!』

「--ッ!!?」

 

 その翳を裂いて、その無機質な声と共に。

 

『礼代わりだ、楽に--死ねや』

 

 突き付けられたワルサーの引鉄が、引かれた--……

 

 空の背中に向けて撃ち出された銃弾……『紅い銃弾』は、かつての己の永遠神剣の凍結片。

 今まで潜り抜いてきた闘いや、日々の特訓で培われた勘か。空はそれを辛うじて痛みに感覚の薄い右の逆手に構える【夜燭】で受け止めた。

 

「ッあ--」

 

 『しまった』と思った時には、もう遅い。既にその真紅の銃弾を『受け止めてしまった』のだ。

 培われた経験と勘。それらが、今回は完全に裏目となっていた。

 

「--ガハッ!?」

 

 瞬間、左脇腹に走る苦痛に声を漏らせば--銃創が現れる。

 咄嗟に身を捩った為に、心臓を撃ち抜かれて即死してしまう事は回避できたが、紛れも無い重傷。

 

「莫迦、な……」

 

 血飛沫と共に脚から力が抜け、俯せで沈み込む。その目は驚愕と共に、目の前に立つ一人……否、『一機』を捉えていた。

 

『莫迦はテメェだろ、『俺』?』

 

 無機質な声、面相は--この前作った、バイクのヘルメットだ。面兜《バイザー》のスリットの奥に、紅く光る単眼《モノアイ》。左胸部に反応炉《リアクター》を持ったスマートなフォルムに加え、ホバリングするように浮遊する質量。刃金《ハガネ》色の無骨な外観でありながらも、機能美とも言える無駄の無い造形。

 

 以前よりも更に洗練されている『ソレ』。最も大きな外観の差異は頭部に角が有る事と、指先までを鋭い鈎爪に包まれた篭手、脛と爪先に打撃用の刃を持った脚甲を模す強靭なアームとレッグに変更されている点くらいだ。

 

『【幽冥】の口車に乗って、しこたま神剣を集めてくれて有難うよ! お蔭様で、反魂《カエ》って来れたぜ!』

 

 それは機械的な外見にそぐわぬ程、やけに人間くさい仕種で歓喜した"機械の神性"。そう、かつて彼の前世が造り上げた『一機』のマナゴーレムが立っていた。

 

 その隣に別の陰が集まる。凝縮していくそれはやがて、黒髪の女と偽《な》った。

 

「どういうつもりだ……カラ銃! 何でソイツの側に居やがる!!」

「何でて、賢い旦那はんならもう判っとりますやろ? 目ぇ逸らしとるだけぇ……くふふ」

 

 濡れ羽烏色の髪の和装の女--契約の折に現れた【幽冥】の象徴。空は詰問する。

 

「この姿では、二度目どすなぁ。そういや名乗っとりませんどしたっけ。わっちは幽月……」

 

 実に珍しく、取り乱して。それに幽月はいつもと変わらぬ小馬鹿にしたような口調で答えた幽月。

 

「永遠神剣第四位【幽冥】が守護神獣……『告死蝶 幽月《ユヅキ》』どす」

 

 見下すように笑いながら、彼女は隣の機神にしな垂れかかった。

 大して気にも留めずに、各関節の動作確認をした機械の神は忌ま忌ましげに呟く。

 

《チッ、しかし随分みすぼらしい姿になっちまった……》

「あん、酷いお人。折角わっちがガキンチョにおべっか使ってまで新しい躯を造ったったのにぃ」

 

 幽月に組まれた腕、クォジェ=クラギの左のマニュピュレーターが握る銃ワルサーAPを撫でる幽月。

 

「成る程、ね。そういう訳か……やたらテメェがマナを必要としてたのは……『オレ』を蘇生させる為か……!」

 

 衝いた膝に腕、目の前に転がるフィラデルフィア=デリンジャー。憑き物が落ちたように、全く力の感じられなくなったソレ。

 

「わっちは旦那はんと違ってウソツキどすからなぁ」

 

 食らい付くように鋭い眼差しを向けるも、所詮は敗者の遠吠え。軽くあしらわれて、一層惨めさを引き立てる。耳を打つ言葉に歯を食いしばり、空は俯いた。

 

「わっちの銘は【幽冥】……永遠神剣第四位、地の眷属【幽冥】。この神剣宇宙で最も第三位に近い、第四位の神剣にして浸蝕の永遠神剣……」

『そしてオレは、その契約者……『幽冥のクォジェ』って訳だよ、マヌケェ!!』

 

 名乗りと共に機神の胸部にあるリアクターが輝く……いや、翳る。周囲の光とマナを翳が浸蝕して呑み込んでいく。

 

『--この日をどれだけ待ち侘びたか! マナゴーレムの制御の為に転写していた『触穢』を再結集させて転生のみ可能とし、替わりになる神剣を得るまで、展望無き輪廻を繰り返す……!』

 

 機神の神名『触穢』と【幽冥】そのものである『翳《かげり》』の入り混じったオーラフォトン、凝り固まった紅黒い忌血のようなその『呪詛』。

 

 ニンゲンヘの転生の度に、無力を噛み締めながら終焉を迎える度に降り積もった無量大数の悪意。

 それと混じるは幾つもの"同属"を蝕み続けた、やはり無量大数の害意。

 

 正に読んで字の如く、文字通りの『害悪の結晶』たる神造機械の"祟神《タタリガミ》"。

 

『永《なが》かった……! 本当に永い、永い輪廻《サン=サーラ》だった!!』

 

 展開された立体的な精霊光は、まるで彼岸華の花冠のように。

 美しくも悍ましく毒々しい夜の徒花《あだばな》。

 

「……何でだ、カラ銃……俺との契約は……贋物か? こちとら、破った覚えはねェぞ」

「そう、それどすわ。旦那はんは、わっちに『好きなだけ喰わしてやる』っつったのに……喰わしてくれたんはミニオンの屑神剣だけ。近くにあんなに旨そうな神剣がわんさかおるのに」

 

 どくどくと、己の傷口から流れ出て行く命を感じつつ。搾り出すように問う。それにへらへらと、命を蝕む翳の女は事もなげに。

 

「わっちのホンマの『旦那様』は、親交の有った他のカミサマすら平気のへいざでその毒牙に掛けた傑物どすから--……『アンタ』の御家族全員の神剣を、わっちに喰わしてくれはる甲斐性が有るんどすわぁ」

 

 彼の、『家族』を『喰らう』と宣言した--刹那、空の顔が跳ね上がる。

 

「--貴様ァァッ!」

 

 激昂し苦痛も忘れ、腰から引き抜いた血塗れの拳銃を番えて連射する。伍挺全てを撃ち尽くして、立ち込めた煙が晴れた先。

 今まで喰ったマナで鍛え上げてある機神の装甲はあっさりと銃弾を弾き返している。加えて周囲には先程の精霊光の残滓を利用した防御機構『オーラバリア』が展開されて攻撃を拒絶していた。

 

 一方の幽月は--身構える事も無く銃弾に身を曝した幽月は。

 

【わっちが不死身な事くらいは、ご存知どすやろ?わっちの正体を知らへん莫迦には、わっちは砕けへん……折角の弾ぁ、無駄遣いはやめなんし】

「……ッ!?」

 

 十数発の銃弾を受けて、肉体は消滅している。ただ--のっぺりと人型をした黒い翳が立ち昇っているのみ。

 それこそ彼女、【幽冥】の本体だ。弾丸など通用しない。喩えるならそれは、確たる形を持つ『影《シャドウ》』ではなく不定型の『陰《シェイド》』。

 

 ひとしきり笑った翳はニンゲンのカタチを保つ事を止め、すっと機神に融合する。

 

『第一、幽月が契約したのはオレとだ。間男はテメェだよボケが』

 

 やれやれとばかりに肩を竦めた後で、機械神は鋼の指を鳴らす。刹那、空の銃器と籠手脚甲が解けてクォジェの背面に結集し、スラスターバインダーと化した防具に銃器が収納される。

 そしてエヴォリアの隣にテレポート……エナジージャンプを応用した短距離ワープで現れた。

 

『立てますかい、姐御? 何なら肩を貸しましょうかい、ベルバルザードとは違って頼りがいはねぇだろうけどさ』

「…………」

 

 肩を貸り、不愉快そうに黙ってギムスを送還した彼女は空に向き直り--姿を揺らがせる。同じく機神も長距離ワープの構えに入り、姿を霞ませた。

 

「不様ね。でも、貴方にはそれがお似合いよ。命の続く限り、己の無力を噛み締め続けなさいな」

「……クッ……!」

 

 そう、嘲笑う。僅かに、本当に僅かに--残念そうな声色で。

 

『じゃあな、『俺』……いいや、カラッポの『空』君? クククク……ハッハハハハハハハ……!』

 

 全てが消え去れば、残るは重傷を負ったその少年のみ。その拳が、瓦礫を叩く。

 

「……クソ……」

 

--判っていたさ、アイツが何か隠してた事くらい。気付いてたさ、離反の可能性くらい。

 

 静寂に包まれた管制室に、その音はよく響く。

 既に塔の鳴動も収まっている、ナーヤ達が破壊の思念の無効化に成功したのだ。

 

 だが、そんな事にも気付かない。例え気付いたとしても歓喜など無いだろうが。

 

「……クソッ……クソッ……!」

 

--でも……それでも……信じていたかった。もしかすれば、解り合えるんじゃないか、って。有り得ないとしても、アイツとも……『家族』になれるって。どんなに小さくてもその『可能性』を……信じたかった!

 

 塔が正常な機能を取り戻した事によりシステムが復旧したのか、スプリンクラーが作動した。

 冷たい消火用水が敗残者を容赦無く打つ。

 

「--クッソォォォォォッ!!!!」

 

 その水音に紛れて響いた慟哭は、誰の耳に届く事も無かった--


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