サン=サーラ...   作:ドラケン

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鬼神 来たりて Ⅱ

 鬱蒼と茂る木々の間を駆ける鴉。その漆黒の外套《ツバサ》の内から覗いた銃口《ツメ》が--彼に飛び掛かった、青のミニオンを捉えた。

 

【マナよ、災龍の息吹へと換われ--『ヘリオトロープ』】

「--あばよッ!」

 

 篭手に包まれた左手の人差指で側面を押さえる事で安定と照準を高めた【幽冥】。中指で引かれたトリガー、墜ちたハンマーコックの熾こした闇色の焔によって撃ち出された不可視の煉獄。

 一点に集約された災龍の息吹が青を貫いて焼滅させ、青い燐光が横殴りの雨の如く彼の体を撫でていった。

 

「…………」

 

 【幽冥】を番えたままで周囲の気配を探る。残る永遠神剣の気配は--二ツ。

 

「片付いたな」

「口ほどにも無いね」

「…………」

 

 【荒神】と【揺籃】の二ツだ。敵の一部隊は、青の消滅をもって完全に崩壊した。

 

「ん、どうしたよ空? 拳なんぞ震わせてよ」

「--いい加減にしとけよ莫迦共がァァッ! これで何度目の交戦だと思ってんだ、俺達がやってんのは『偵察』だろうが!」

 

 かんらかんらと笑いながら鴉の肩に手を置く狼。それに向けて彼は激怒した。

 さもありなん、この二人とくるや、ミニオンを見つける度に自分から突撃して行くのだから。

 

「うるっさいなー。良いじゃんか、勝ったんだから」

「それに偵察だってやってんだ、その上でミニオンの数も減らして一石二鳥じゃねーか」

 

 全く同時に小指で耳をコリコリし始めた二人に空は頭を抱える。この二人は判っていない。確かに空は……いや、空の持つ【幽冥】には己や己の周囲の気配を絶つ事が出来、隠蔽や索敵にこの上ない威力を持っている。

 

「ああもう、とっとと退くぞ! ミニオンが集まって来る前に!」

 

 だがしかし、それはあくまでも『隠密行動』に徹した場合。敵を倒してしまえば、消えたミニオンの存在から居場所が割れる。散在しているミニオンなどは、ただのピケットバリアだ。

 倒される事が前提の索敵配置、敵はかなりの切れ者だというのに連れ二人は。

 

「ええぇ?! もうかよ、まだまだ暴れ足りねーなぁ……」

「そーだよ。こんな奴ら、ボク達でみんなやっつけちゃえば良いのにさ」

 

 渋る二人を引き連れ、空は撤退する。

 

--まだやってるのか、オー○事……

 

 某人材派遣会社に電話しようか、などと割と本気で考えながら。

 

 

………………

…………

……

 

 

「--という訳で、チーム替えをお願いします会長!」

「何よ、いきなり……」

 

 物部学園の食堂は一瞬、静寂に包まれた。思い詰めた顔の空が、いきなり沙月に詰め寄ったのだ。

 

「あの二人と偵察なんて無理です会長! もう三日目なのに、未だに敵の第一警戒線すら越えられてないんですよ!」

「何を言ってるのよ。気配遮断と精密索敵できる君にサバイバルのスペシャリストソルラスカ、精霊の森を知り尽くしてるルプトナ。これ以上のチームなんて無いじゃない」

「ホントだァ! 字面だけ見たら最適のチームじゃん!」

 

 今日のデザートの杏仁豆腐片手に身構えた彼女。因みにその杏仁は空の手によるもの。彼は着実に料理スキルを伸ばしつつあった。

 

「でも駄目なんです!あいつらと来たら勝手に敵陣にセンタリング上げやがって、勝手にオフサイドトラップに引っ掛かってるんですよ!!」

「それを監督するのが君の役目でしょう、タツミ監督?」

「そっちのタツミじゃねーよ! 字が違うわ!」

 

 バンッと卓を叩く空を尻目に、皿に出された杏仁を掬う沙月。

 

「と・に・か・く! チーム替えをお願いします! このままじゃ何時まで経っても『精霊回廊』を抑えてる『光をもたらすもの』の拠点偵察が出来ません! 駄目だってんなら独りでやります!」

「うーん……仕方ないわね、流石にこれ以上の足踏みは勘弁だし」

 

 『精霊回廊』とは精霊達の移動手段兼エネルギー源のようなモノ。そこを長老ンギは『破壊神から世界を救うため』と唆された事で、『光をもたらすもの』達に明け渡してしまったという。

 結果、そこをミニオン製造工場《プラント》にされてしまった。

 

「後、独りは不許可よ。君は独りだと歯止めが効かないでしょ?」

「……あの二人と組ませたのって、もしかしてそれが理由ですか」

 

 スプーンに乗る杏仁を見詰めて唸った彼女。そんな沙月にジト目を向ける空。

 

「……さてね、取り敢えず明日の再偵察までにはメンバーを選んでおくから、君も誰でも良いように準備しておきなさい」

「頼みますよ、ホントに……」

 

 胡散臭そうな眼差しを向けて彼は厨房へと歩み、カートに載せた食事を押していく。クリスト部屋に持って行く分だった。

 

「あ、そうだわ。一つ、頼まれてくれる? 借りてた下界の地図を、ロドヴィゴさんに返して貰えるかしら」

「拒否権は無いんでしょ……ハァ、別に構いませんけど」

 

 廊下に出て行った少年の背中を見送って。

 

「上手く行くと思ったんだけどね、あの三人組……」

 

 ぽつりと呟く沙月。その脳裡に三人組の姿を描く。

 

 先ず最初に思い浮かんだのは、紫髪に前髪の一部だけ赤メッシュの入った野生味溢れる少年。その両拳に装着された鉤爪は黒属性の、永遠神剣第六位【荒神】。

 

--ソルラスカ。彼の事は、よく知ってる。豪放磊落で、単細胞と評するのが一番。

 その実力は旅団でも随一。特に近接戦、黒属性の特徴とも言える総合的な攻撃力や防御力に関しては右に出る者は居ない近距離要撃要員。

 

 続いて思い浮かんだのは黒髪を後ろで一つに束ね、巫女のような格好をした少女。履く靴は青属性の永遠神剣第六位【揺籃】。

 

--ルプトナ。彼女の事は、全く知らないわ。明朗快活な単細胞と言ったところかしら。

 実力は中々ね。スピードと運動能力はぴか一、青魔法で敵を翻弄する中距離遊撃要員。

 

 最後に思い浮かんだのは、ツンツンと跳ねた天然パーマに黒いアオザイ風の武術服に身を包んだ少年の姿。その左手に番えられた小型の拳銃……正体不明の『永遠神銃』。その銘を、【幽冥】という。

 

--巽空。彼は、よく知っているような全然知らないような。複雑怪奇な単細胞……って、私自身で言っといて何だけど、何?

 実力は、測定不能。こう書くと何だかカッコイイけど、彼の場合残念な方に向けて測定不能。力もスピードも、多少鍛えた人間の域を越えていない。

 でも、その戦略構成技術は目を見張るものが有る。弱いからこそ、敵味方のチカラを見誤る事無く『生き残る』戦略を組み上げる才を持っている遠距離射撃要員。

 

「……何より、あの『永遠神銃』よね」

 

 その【幽冥】という、赤と黒の二重属性の銃だ。性能は、非常識にも程が有る。論うのも面倒だ。

 だが、それには『永遠神剣』を撃ち倒す可能性が潜んでいる。

 

「遣い熟せれば、ニンゲンにでも神剣士を倒せるかもしれない銃か……始めはそういう永遠神剣だと思ってたんだけど」

 

--まぁ『身体強化が無い』とか『マナ操作が出来ない』とか……そういう訳の判らない部分も有るけど。

 なんにせよ、完璧に役割分担が出来ている筈だったんだけどね。それに、彼には手綱取りの才能も有ると思ってたんだけど……幾ら暗殺拳銃のツッコミでも、ボケのガトリングガン二門もの弾幕には勝てなかった、という訳か。

 

「見当違いだったかしら……」

 

 思考を切り上げ、掬ったままにしていた杏仁を口に運んで。

 

「--あら……なかなか美味しいじゃない」

 

 その甘味に彼女は愁眉を解いたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「--おや、タツミ君。わざわざ御苦労様です」

「いえいえ、此方が無理を言って貸して頂いた物ですから。本当に有難うございます」

 

 頭を下げて、彼は巻いた地図を両の手で差し出した。それを受け取ったロドヴィゴは中身を改め、卓上の印刷された物と見較べる。

 

「しかし、貴方がたの技術は凄いですな。確か『こぴーき』と言いましたか……公文書を偽造し放題になってしまう」

 

 やはり為政者、そういう所は気になってしまうらしい。

 

「まあ、そうですが。大体の場合はあれで印刷した物に公的な力は有りませんから」

「ふぅむ、法整備も整っている訳ですな。益々好感が持てる」

 

 頷いて地図を丸めて棚に仕舞う、その男性に向けて。

 

「……ところで、ロドヴィゴさん。一つ面白い話が」

「……?」

 

 彼は、『ある話』を持ち掛けた--……

 

 

………………

…………

……

 

 

 洞窟の中に集結していた神剣士一同。彼等は既に、敵の拠点施設『セフィリカ=ルクソ』まで残り三分の一の距離まで迫っている。

 

 此処に至るまでに交戦した十数部隊のミニオンは、全てマナの霧へと還った。残すは、拠点防衛に置かれているであろう精鋭部隊と『光をもたらすもの』の将のみ。

 

「……遅いわね」

 

 ぽつりと呟いたのは沙月。他の神剣士達が食事や休憩を取る中、熱帯らしくスコールの降り始めたジャングルを見据えた。

 

【心配ですか?】

「そりゃあまぁ、ね」

 

 その沙月の横に浮遊する、白い結晶妖精クリスト=ミゥ。同じく、叩き付けるような豪雨に土煙を発てる密林を見遣った。

 

【……敵が『光をもたらすもの』である以上、通信機は傍受されている可能性が有りますからね……クリスト族同士の精神感応を利用する方式しか有りません】

 

 剣の世界では相手がその世界の軍隊『グルン=ドラス軍』だった為に上手くいった。しかし今回は、分枝世界を股にかける殺戮者達だ。それに見合う科学力を有する、『光をもたらすもの』。

 

「ええ、お陰で巽君の捜索の時は大変だったものね」

 

 あの捜索の時も二人一組で広い範囲をクリストの感応を利用していた。しかし数の問題でクリストと組む事が出来なかった一組は、通信機を利用した。

 それを傍受されたのだろうか、ミニオンに襲撃されたのだった。

 

【大丈夫です、サツキ様。タツミ様もポゥも隠密行動に適した人物ですよ】

 

 言い切ったミゥ、その顔に迷いは無い。その信頼に満ちた少女に、沙月は問う。

 

「……じゃあ、ミゥ。『あの人』は大丈夫だと思う?」

【……だ、大丈夫ですよ。『あの方』もああ見えて責任感が、強い……方で…………】

 

 尻窄まりに弱くなる口調。表情も、眉尻の下がった情けないモノになった。

 

「【--っ!!?」】

 

 その瞬間、煙る森の中から人影が歩み出た。

 

【……皆さん、只今戻りました】

 

 先ず先頭に……疲れた顔のポゥ。そしてその背後に、黒い外套を雨合羽代わりにして雨を凌ぐ--

 

「沙月、ミゥー、戻ったわよー」

「…………」

 

 ヤツィータをおんぶして歩く、ずぶ濡れの空が続いた。

 

「……何その状況」

「いや、ミュール履きとか嘗めて掛かっちゃ駄目ねぇジャングル。クー君みたいにしっかり装備整えとかないと」

 

 年甲斐も無く、『てへっ☆』とばかりに舌を出した彼女。そんな女性を背負ったままで。

 

「会長……俺もう文句言いませんから……お願いしますからこの人以外と組ませてください……」

「……うん、今回ばかりはごめんね……上司が」

 

 空は、何かを悟りきったように……まるで解脱したかのように、清々しい顔をしていた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 簡単なブリーフィングを終え、一同は一斉に思い悩む。斥候部隊が確認してきた、『セフィリカ=ルクソ』の防備の堅さに。

 

「『マナ嵐』とはまた、とんでもないモノを持ち出してきたわね。『光をもたらすもの』の奴ら」

 

 『マナ嵐』。マナ存在にとっての攻勢防壁《ブラックアイス》。触れれば確実な死を齎す、致命の罠だ。

 

【それを外周に展開して敵の侵入を防ぎつつミニオンを増産、体制を整えては送り出す……鬱陶しいったらありゃしないわ、ヤドカリみたいな奴ね】

「こういう戦術って本当に苛つくわ……敵を迎え撃つ度量も無いのかしらね」

 

 ゼゥとタリアの、毒舌組が口を開く。実に容赦が無かった。

 

「でもまぁ効果的ね。実際あたし達にはどうしようもないわ」

「入るだけで即消滅だからな……厄介な話だぜ」

「そんなに凄いモノなんだ、それ……」

 

 ヤツィータの言葉に、頭を捻るソルとルプトナ。しかし解決策は出ようも無い。

 

「--なら、俺が行けばいい。俺なら問題無く通れるんですし」

 

 静まり返った洞窟の中に響いた言葉。その主は驟雨に濡れた漆黒の、天鵞絨《ヴェルヴェット》の外套を干していた空。

 

「却下」

「早ッ!? ってかそれしか無いでしょ! 肉体的にただの人間の俺なら問題無しじゃないですか!」

「だからよ? 中にはミニオン、下手すれば『光をもたらすもの』の神剣士が居る事も考えられるんだから」

 

 沙月の言葉も尤もだ。虎の穴に裸で飛び込むようなものだ、危険過ぎる。正気の沙汰ではない。

 

「会長、俺はミニオンとか神剣士と戦う為に行くんじゃ有りませんよ。マナ嵐の発生装置を破壊する為です」

「発生装置ねぇ、場所は解ってるの?」

「あのピラミッドの脇に在る柱でしょうね。じゃなきゃ防御の穴になる」

「判んないって事じゃない。それにどうやって破壊する気よ?」

 

 素気なく断ろうと、掌を天井に向けた彼女。その目にライフルが映る。

 

「こいつで試しに普通の弾で狙撃したんですけど……効果無かったです。多分、もう一本も同時破壊しないと壊せない仕様になってんだと思います」

 

 それは漆黒の小銃、近未来的なリファインと機器がアップデートされたレバーアクションライフル『モスバーグ464 SPX』をモチーフにした物だ。

 

「……君ね、前も思ったけど何処からこんなモノ仕入れてるのよ」

「蛇の道は蛇っすよ」

「大体、今までそんなライフルは持ってなかったでしょ。どこから出したのよ」

 

 確かに、その通りである。偵察の為に嵩張る装備を置いていった空だが、そこにこんな大型の銃は無かったのだ。

 

「ああ……それは、こうやって」

 

 空が銃に、某かの操作を行う。すると、銃が歪み--みるみる内に、小型サイズとなったのだ。

 空愛用の『マグプルPDR』、漆黒のPDWへと。

 

「レストアスを通してゴーレムの変形機能を回復させたんですよ。あと、密度を高くする事で小型化して持ち運びし易くしたんです。しかも元々浮遊機能が付いてるんで重量の問題もクリアしてます」

 

 得意そうに解説して、更にPDWを某大泥棒の三代目が愛用する旧ドイツ軍の軍用大型拳銃『ワルサーP38』に変えてクルクルと回しながら、腰中央に吊った、ホルスターに納める。

 しかもその一丁だけではない。ガンベルトと一体のバックパックに腰左後側の【幽冥】、腰右後側の深緑と右太股後側の淡い青と横の純白、左太股後側の真紅と横の濃紫の合計七箇所に、ホルスターに納まった拳銃がある。

 

「もう、突っ込む気力も失せたわ……」

「ハハ、どうも。それに第一、俺が行かずに誰が行けるんですか? ロドヴィゴさん達に頼みます? 剣の世界の戦を潜り抜けた俺を行かせられない場所に、ミニオンとの戦闘が関の山の青年団を送り込んで無駄死にでもさせるんですか?」

「む……」

 

 ジッと見詰める空の眼差しに、沙月は唸る。確かに、他の策など無いのだ。

 拠点構築の為について来ている青年団は、雇い入れの一般人だ。中には数人程度の傭兵も居るが、ミニオンとの戦いで役に立つ事は先ず無い。当たり前の事だ、彼等は『神に刃向かう力』など持っていない……真の意味で、ニンゲンなのだ。

 

 今この場でマナ嵐を越える事が出来て、尚且つ生き残る可能性が一番高いのは確かに巽空を置いて他には居まい。

 

「いえ、我々に行かせて欲しい。これは……元は我々の世界の問題なのですから」

「ロドヴィゴさん、何を--」

 

 そんな二人に向けて、青年団の長であるロドヴィゴが意を決したように伝えた言葉。それに、沙月はおろか空すらも呆気に取られてしまう。

 

「成る程の、確かに。ここは我々が何とかせねばなるまいて」

「ンギさんまで……」

 

 反論しようとするも、その言葉が出る前に精霊の長であるンギに出足を潰されてしまった。

 

「沙月、クー君。大人がここまで言ってるのよ、任せておきなさいな」

 

 そして……先程まで見せていたちゃらんぽらんな『ヤツィータ』ではない。反論を許さない冷静な大人の顔……『旅団』の副団長、『【癒合】のヤツィータ』の顔を見せた彼女の声が掛かる。

 

「勿論、言ったからには覚悟の上です。期待に応えて見せますよ」

「ふむ……精霊はマナの存在故にマナ嵐には近寄れんが、あそこは元々我々の庭じゃ。見つかり難い道を教えよう」

「……ありがとう、ンギさん」

「何、お互い様じゃてロドヴィゴ殿」

 

 呟き合い、頭を下げる。その姿に--以前の蟠りは、もう見られなかった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 それは、まさに光の嵐だった。乱舞するマナの光は次第に密度を増し、マナ存在の持つ高い密度のマナを削っていく。

 遥か彼方に望むマナ嵐の威容。或いは荘厳なまでのその景色を。

 

「……ハァ……留守番かよ」

 

 先程まで居た洞窟を背に、不貞腐れた空は【夜燭】を磨きながら呟いた。因みにその布は、鈴鳴がくれた物である。どこぞの世界で、神剣を研ぐ時に使った布との事だ。

 

【くふふ、さっすが旦那はん! 信用の無さとはぶられ具合では、他の追ず】

【気を落とす必要は無いでしょう、考えてみればここは最後の砦。要するに我々が真打ちという考え方もできる】

【こ、この真面目腐ったスライム……わっちの台詞を潰した!】

【誰が真面目腐ったスライムだ、心根の腐ったゴーストめ!】

【ムキーッ、先輩を敬うって事を知らんのかいなっ!】

 

 キンキンと喧しい二つの意思を完全に無視し、【夜燭】の手入れを終わらせて一息付く。

 腰のバッグからくしゃくしゃになった紙煙草を取り出して一本を銜えると、以前手に入れたオイルライターで火を付けた。

 

「--フゥ……ッ!」

 

 焼け付く香気を味わい、紫煙を燻らせながら。背後から近づいて来る気配を感じ取り、速抜きにてワルサーP38を構えつつ振り向いた。

 

「ひゃうっ! ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

「っと--こちらこそすいません、レチェレさん」

 

 しかし、そこに居たのは敵ではなくパスティル亭の看板娘であるレチェレだった。何しろ彼女、昔ミニオンに皆殺しにされた開拓団の唯一の生き残りとして、真実を知りたいと付いてきたのだ。本来なら止めるべきだが、ヤツィータの判断でそれが許可されている。

 

「やっぱり、どうにも気が張って……怖い思いさせましたね」

「い、いえ……こちらこそ、何も言わずに近づいてしまって……」

 

 向けられた殺気と銃口に怯えていた彼女だったが、それらが両方消えた事で落ち着きを取り戻す。

 その間に煙草の火を消して、火の点いていた先端部分を【幽冥】の折り畳みナイフで切り落として紙箱に仕舞った。また後で、吸う為に。

 

「あの、食事をお持ちしたんです。他の方々は待っている間に摂られましたけど、タツミさんはまだですよね?」

「ああ、そういえば。ありがとうございます」

 

 言われて、思い出したように腹が鳴る。苦笑して、レチェレから麦芽パンのサンドイッチと水筒を受け取った。

 

 因みに具は葉野菜に卵、薄切りの肉。微かに胡椒のような香辛料の風味がした。

 二切れの内、一つを三口で食い終える。それにより渇いた喉を水で潤す。

 

「美味い。やっぱり本職が作った料理は違うなぁ」

「あ、ありがとうございます……お粗末様でした」

 

 褒められた事で照れたらしく、いじらしく頬を染めて俯いた。

 

「その……私にはこれくらいしか、出来ませんから」

「……レチェレさん?」

 

 しかし直ぐに、その表情は悲壮なものに変わった。

 

「ごめんなさい、私がついて来たから、タツミさんはここに居るんですよね? 本当は仲間の皆さんと一緒に闘いたいのに……」

「そこまで戦闘狂じゃないんですけど……」

 

 申し訳なさそうに、レチェレは頭を下げる。それに、空は苦笑いして。

 

「いいんですよ、そんな事。俺のハードボイル道の師匠が言ってたんですけど、男の命なんてもんは女の子を守る為だけに存在してるもんなんだそうです」

「は、はぁ……」

 

 篭手に包まれた腕を組み、不敵に笑って。最後の一切れを半分、囓ってから。

 

「それに、自分の起源《ルーツ》を知りたいって気持ちは--よく解るんだ」

「タツミさん……」

 

 まるで、親を待つ子供のように。儚く弱々しい声色でそんな言葉を吐いた。

 

「……だから--!」

「--きゃあっ!」

 

 その刹那。レチェレを庇うように抱き寄せつつ、【幽冥】の魔弾『ヘリオトロープ』が抜き撃ちに放たれた--!

 

 抱き寄せられたレチェレの居た空間を、音速を越えた速度で飛翔する槍『ソニックイクシード』が駆け抜ける。槍は洞窟の脇の岩盤を、易々と貫いて崩落させた。

 そして、カウンターで放たれた魔弾『ヘリオトロープ』もまた、緑ミニオンを正確に貫いてマナの霧と還している。

 

「だから、神剣の性能に頼ってる奴らは信用できねェんだ。簡単に抜かれやがってよ、努力と根性が足りねェ」

「あ、あう、あうあう……」

 

 漆黒の外套を翻らせながら、心にも無い悪態を吐くアサシンの腕の中で。酒場の看板娘は真っ赤に染まったまま、声にならない呻きを漏らしていた。

 

 森の中から現れるミニオン達、総数五体。先程の緑を合わせれば、丁度二部隊分。

 ロドヴィゴ達青年団がマナ嵐を解除するまで待つ間にミニオンの迫る気配を察知、レチェレを巻き込まないよう離れた位置に構えた囮の拠点を防衛する事となったのだが、その拠点がミニオンの来た先に在るのだ。

 

--つまり餌に食いつかなかった、イレギュラーなミニオン達だ。厄介な話だ、多分……敵将の指示だろう。

 

 敵の陣形が整う前に周囲の状況を確認する『制地』を行う。だが、この近辺にミニオン以外の気配は感じられなかった。

 

「……レチェレさん。暫く、目ェつむっといて下さい。何、一分もあれば終わりますから」

「えっ、えぇ……で、でも、あの、その……」

 

 怯えてしがみついて来る少女の柔らかな身体と甘い体臭、羽毛のような軽さと出鱈目に打つ心音を感じながら努めて優しく伝える。

 残念ながら緑の一撃で洞窟入口は塞がっており、奥に居るだろうンギら精霊の助力は期待できない。否、元々精霊は争いを好まない上に『光をもたらすもの』に精霊回廊を押さえられた事で、尚更力を失っているのだ。こう言っては何だが、寧ろ居ない方が楽だ。

 

「大丈夫……俺を信じて、身体を任せてくれればいいから」

「あうぅ……は、はい……」

 

 真っ赤な顔のまま涙を浮かべて頷いた彼女。そのほっそりとした腕が首に回された。

 それを『余程怖いのだろう』と、朴念仁はそう考えた。

 

--さてと、格好付けたからには失敗は許されない。気張りやがれ、巽空……一世一代の大博打だ!

 

 レチェレの腰に回した右腕に力を込める。そして新たな緑が投擲した槍『インペイル』を、跳躍で回避した。

 

「--ふやぁ!」

 

 レチェレの気の抜けた悲鳴も、仕方ない。それはダークフォトンを使用したものでは無く足に纏う脚甲、マナゴーレムであるそれの持つ機能『飛行能力』の限定的な使用に因るものだ。

 実に十数メートルの高みに一瞬で昇っている。その隙に【幽冥】をホルスターに戻して--新たに『赤い拳銃』を……ルビー色の、拳銃としては世界最大級の口径を持つ大型の自動式拳銃『デザートイーグル.50AE』を構えて、引鉄を引いた。

 

「--……」

 

 放たれたのは、銃弾等ではなく高熱の熱線。二発の『ホーミングレーザー』と『スレッジヒート』が、緑の風の壁を焼き足を貫く。

 それにより転倒した緑の目に、着地した空が映る。赤いロケットランチャー『RPG-22』を、己に向けるアサシンが映ったのがその緑の最後に見た光景だった。

 

 真紅のロケットランチャーから撃ち出された炸裂榴弾『ナパームグラインド』が緑を焼き滅ぼしたのを確認するまでもなく、空は地を滑るように移動する。これも、マナゴーレムの機能『浮遊機能』である。

 

「--剣よ、ここに」

「--殺してやる」

 

 『インパルスブロウ』と『月輪の太刀』を篭手で受け流し、回避する。更に、飛来する『ファイアボルト』と『エネルギーボルト』の合計六つの弾をスライディングとバク宙で回避した。

 追い縋るのは、青と黒。赤と白は、遠距離からの援護射撃をする腹心算らしい。

 

「ひゃあっ!」

 

 ならば、とデザートイーグルに戻した赤銃をホルスターに納めて。空は右腕で抱いていたレチェレを左腕で抱き直す。

 そうしてフリーにした右腕にて、サファイア色の傑作回転式拳銃『コルトパイソン』を握る。

 

 撃ち出されたのは氷の刃である『コールドチェイサー』だ。黒の『カースリフレックス』を貫き、傷付けて足止めする。

 更に、変形させた未来的形状のポンプアクション式ショットガン『フランキ・スパス12』に変形させて超高張力水塊のスラッグ弾『メガフォトンバスター』で吹き飛ばして、ウォーターカッターの霰弾ショットシェルの『フロストスキャッター』を、青を巻き込むように撃ち込み黒を消滅させた。

 

 その隙に、『ライトバースト』と『フレイムシャワー』の詠唱を行う白と赤に狙いを付ける。

 先ずはコルトパイソンに戻した青銃で『フリーズアキューター』を飛ばし、赤を凍り付かせて術式をバニッシュ。ホルスターに銃を納める。

 

「ふきゅうっ!」

 

 そこでもう一度レチェレを右腕で抱き締め直すと、フリーの左腕でアメジスト色をした自動式拳銃の代名詞『ベレッタ M92F』を番える。

 射出されたのは、暗黒の高重力塊『グラビティーホール』。白の『オーラシールド』を押し潰して無防備とすると、そこに黒マナ刃『ランブリングフェザー』を撃ち、やはり行動の基点である『脚』を負傷させて。

 

 変形させたポンプアクション式のグレネードランチャー『US-EX41』で撃ったフレシェット弾が空中炸裂《エアバースト》、影の槍襖『シャドウストーカー』と化して白を縫い止める。

 

 そうなってしまえば、後はまな板の上の鯉だ。第二射も空中炸裂、時空震を発生させる『アゴニーオブブリード』で白を粉砕した。

 

 そこに、先程霰弾で負傷した青が『インパルスブロウ』を見舞う。勢いの乗った西洋剣の一撃を、空は--篭手から発した六角形のバリア、『オーラブロック』にて受け止めた。

 そのバリアが、規模を狭める。ピンポイントでバリアを纏った空の左拳が、青に打ち込まれる。

 

「はうぅっ!」

 

 そしてまた、左腕でレチェレを抱き締める。空いた右腕に、純白の拳銃『CZ-75』を抜く。

 放たれる光の弾『ジャスティスレイ』に『フォトントーピード』。炸裂する二つの光弾を受けて、青の防御『グラシアルアーマー』が耐え切れずに割砕した。

 

 その隙に、変形させた自動式のグレネードランチャーの『XM-25 IAWS』を向ける。

 赤を巻き込む攻撃範囲の炸裂光の榴弾『ディバインレイ』を撃ち込んで、止めに三発の滞空閃光弾から放射された光矢『ストラグルレイ』が青を滅ぼした。

 

「踊れ--苦しみの中で」

 

 詠唱の終わりを告げるその宣言、花開いた赤の魔法陣。降り注ぐ硫黄と炎の豪雨に、地面が硝子と化す--よりも早く、脚甲の機能を発揮して赤に肉薄した空。

 そして右手に握られているのは、エメラルド色の大型回転式拳銃『トーラス・レイジングブル』。撃ち出された徹甲弾『イミネントウォーヘッド』により肩口を撃ち抜かれて、赤は跳び下がりながら炎の鎧『パイロアーマー』を身に纏いつつ『バーンスマッシュ』で双刃剣を回しながら投擲した。

 

「レチェレ、しっかりしがみついてろ--!」

「や、あぁぁ……」

 

 その双刃剣に向けて、空は変形・分裂させた二挺の自動機関小銃『キャリコ M950』を両手に、レチェレに首を抱かせたままで『デュアルマシンガン』を放つ。

 

「--あばよ」

 

 マナ結晶の銃弾の雨霰に流石の永遠神剣と言えども失速、墜落。そうして出来た隙に、赤は見た。二挺の自動機関小銃が合体・変形して形作られた、超弩級の重装弾《ペイロード》ライフルを。外見こそ『バレット XM800』の物だが、口径は『XM109』の物であるソレを。

 

「--ぐ、あ……なぜ、だ……」

 

 放たれた25ミリ口径の重装弾『ブラストビート』は炎の鎧など物ともせず、赤の上半身と下半身を二つに分けたのだった。

 

 ……それは、幼い頃に見た絵本の挿絵だった。お城での舞踏会で、王子様とお姫様が踊る輪舞曲のように。抱き合い、くるくる回り、立ち位置を変えながら。

 音楽の代わりに爆音、ステップの代わりに銃撃音、拍手の代わりに剣撃音、喝采の代わりに断末魔が響く。

 

 目を閉じたままだった少女には、ただその恐ろしげな時間が過ぎ去るのを待つのみ。その、約束の一分が経った頃に静寂が訪れた。

 

「……レチェレさん、もう終わりましたよ」

「ふぇ……あ、あう」

 

 優しく髪を撫でられ、そんな声を掛けられて恐る恐る瞼を開く。そこにあったのは、穏やかに笑う空の顔だった。

 そして辺りを見回せば、各所で立ち上る色とりどりの光。マナに還り逝くミニオンだ。

 

「すいません、怖い思いさせて」

「い--いえ……」

 

 空に抱き着いたまま、レチェレはぷるぷると首を振る。その円な瞳がすぐ間近でうるうると揺れている。

 

「タツミさん……」

「レチェレさん……」

 

 酷く熱の篭った呼び掛け。上気した肌に、そこはかとない色香を感じる。

 

--いや待て、俺はロリコンじゃない……ないけど、年下ってのも悪いもんじゃないのかもな……

 

「お若い二人には仕方ない事かもしれんが、燃え上がる前に岩盤に埋まったワシらの事も気にかけて欲しいのだがのぉ」

「「違いますッっ!」」

「ほっほっほ、若い若い」

 

 そう、ンギのツッコミが入った程に。熱烈に見つめ合っていたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 森閑に響いた爆発音の後、マナ嵐の奔流が消える。ロドヴィゴ達は、やってのけたのだ。

 そのロドヴィゴ達青年団を救援するべく、望達は既にセフィリカ・ルクソに近接している。

 

--その為か、森の中のミニオンの気配もセフィリカ・ルクソへと集中している。速く移動しねェと、出遅れちまうな……

 

 その一行に追い付く為に、森を駆け抜ける空。その背中には、竜を思わせる翼。片翼に四本の氷の刃を持ち、その間にレストアスの身体を膜状に展開して、滑空能力を持つ事で飛距離を伸ばしているのだ。

 

【くふふ、この吹き付けるような戦場の風……堪りませんなぁ】

【高ぶる……実に、快い緊張だ。さぁ、行きましょうオーナー】

 

 携えた【夜燭】を握り締めて、着地からの再跳躍に備える。折り曲げた両脚に力を込め、もう一度加速跳躍《ブーストジャンプ》をしようとして--横っ跳びにその一撃を回避した。

 

「……ほう、流石といったところか。小僧にしては鋭いな」

 

 かの『岩融』を思わせる大薙刀を振り下ろした赤い覆面の偉丈夫。様々な武具の入った広口の鞘を担ぐ、武士然とした男。

 その一撃『バッシュダウン』は地面を割ったどころか、周囲を土を刔り飛ばしていた。

 

 放つ覇気は常軌を逸している。平和ボケしたニンゲンならばそれだけでも圧死しかねない存在感を持つ。

 覆面の奥の獰猛な眼差しと睨み合う。殺気に充ち溢れたそれに、魂の奥底から恐怖が湧く。

 

「成る程ね、アンタがこの世界を工場にした『光をもたらすもの』かい?」

 

 躱しきれずに片翼をもがれた空は、右手の【夜燭】を肩に担いで視線を誘導する。外套に隠した、【幽冥】を必殺とする為に。

 

「--如何にも。我こそは『光をもたらすもの』が一つ……」

 

 しかし、光をもたらすものの将は--そんな小細工などは意にも介さず地面から薙刀を抜き、片手で持ち直す。それだけで、ブォンと風斬り音が起きた。刹那に、男……ベルバルザードの四肢に力が充ちる。

 

「永遠神剣第六位【重圧】が主、『重圧のベルバルザード』!!」

 

 地に向けて構えた薙刀型の永遠神剣第六位【重圧】が鈍い煌めきを放つ。マナ感知能力が無くても見れば解る、その密度は桁外れだ。少なくとも、これ程の存在マナを有した神剣を見た事は無い。

 冷や汗の伝う頬を一度拭い、空は。

 

「どうも御丁寧に。俺の名は巽空……」

 

 だからこそ、奮い立つ。敵わぬからと諦める事も、自棄になる事も無い。

 何故なら--決して退けぬ理由が有る。

 

「貴様ら、神剣士の天敵--永遠神銃【幽冥】の主、神銃士『幽冥のタツミ』だ!!」

 

 『己より強い者に勝つ為に』、戦い続けてきた『壱志《いじ》』という。

 貫き通すべき、"魂の刄"があるのだから。

 

「その意気や良し……」

 

 その闘志にベルバルザードは、『期待』の篭った視線と共に笑みを漏らす。

 そして--余りにも、一方的な蹂躙劇の幕は上がった。

 

「--徂くぞ、【重圧】! その全てを圧し砕け!」

 

 朱き鬼神の豪刃が、大気を激震させる大音声と共に振り上げられ--全てを捩じ斬るべく、裂帛の気合いと共に振り下ろされた。


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