サン=サーラ...   作:ドラケン

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第三章 精霊の世界《エルフィ・ティリア》 Ⅱ
鬼神 来たりて Ⅰ


【--所有者《オーナー》、そろそろ気付いて頂きたい】

(……ん?)

 

 安息にたゆたっていた空の頭の中に響いた声。凛と張り詰めた氷を思わせるそれは。

 

(……誰だ、お前?)

【……ああ、失敬。こうして言葉を交わすのは初めてでしたね。私です、レストアスです】

(--!?)

 

 その怜悧な一言は、それなりの衝撃にて彼の脳味噌を揺らした。それもその筈だ、契約した覚えは無い。それなのに何故--と。

 

【ご心配には及びません。契約を結んだのではなく、単にオーナーの脳内に残してある『我が一部』を介して、ユメを操っているだけです】

(……それって、副作用とか無いだろうな)

【さぁ、こんな事をしたのは今回が初めてですし。電圧を間違えば頭部が弾けるくらいでは?】

(どっかで聞いた事有るぞその技……なんか命握られてるだけの気がしてきたんだがな、俺は)

【オーナーが盟約を破らなければそんな事にはなりません。それと、その盟約について交渉したい】

 

--命を握っての交渉ね……さて、どんな難題を吹っ掛ける気だ?

 

(……何だ? 言ってみろよ)

【--まず第一、私の『願い』についてです。私がオーナーに力を貸す代償に求めるのは……復讐】

 

 ぴくりと、空の精神が反応する。余りに聞き慣れた言葉に。

 

【その相手は二人。我が主の宿命を弄んだ二人の神、"欲望の神"と"伝承の神"に復讐する事……】

 

 覚醒前の脳髄まで冷え切る殺意。怒りの余り、力を抑え切れなくなっているのかも知れない。

 

(……その『主』の最期の言葉を聞いてなかったのか?)

【--余計な台詞は聞きたくない。貴方は是か非か返答だけすれば良い】

 

--さて、これ以上煽って脳味噌パーンは流石に嫌だ。だが、そうか……

 

(--オーケー、そりゃ丁度良い。俺も"欲望の神"と"伝承の神"には借りが有る)

 

--そうだ、あの狒々爺どもには神世で嵌められちまってた。その借りを返してやらなきゃ、俺の気が済まねェ!!

 

【交渉は成立しました。オーナー、感謝する】

(利害の一致だろうが、礼なんざ要らねェよ)

【では、続いて第二】

(--ッて、まだ有るのかよ)

【有りますとも。第二条件は単純です、【夜燭】の定期的な手入れを義務付けます】

(……何? 手入れ?)

【ええ、手入れを。最低でも一日一度。更に戦闘一回毎にも手入れを要求します】

 

--何だよ、それは? いきなりリーズナブルに成ったな……まぁ俺の装備は手入れが必要だから、今更剣が一本くらい増えても良いけど。

 

(オーケー、お安い御用だ)

【感謝を。良い取引でした】

 

 声が、去っていく。同時に安堵した空は--苦笑した。

 

--それにしたって、クソッタレ……妬けるねェ、神剣士と神獣の『絆』ってのには。死んだ主君に操を立ててレストアスは復讐の道を選んだんだ。主の遺志に背いてまでも。

 

(……ハ)

 

 そこで、自らの永遠神剣を思い出す。『絆』等という言葉から、最も縁遠いその関係を。

 

【そうだ、忘れていました。オーナー、最後に一つ聞きたい】

(あん? 何だよ)

 

 恥ずかしい思考を行った為か、ぶっきらぼうにそう答える。だがレストアスは歯牙にも掛けず--

 

【オーナーは驚かれていましたが、遣り方は違えど【幽冥】という神剣も私のようにオーナーと会話しているでは有りませんか】

(--は?)

 

 その、決定的なまでの『綻び』を告げた。

 

(待て。莫迦言うな、カラ銃とは契約してるんだぞ? それじゃあまるで--……)

【……契約も何も、オーナーの魂は真っさらの無銘ですが】

 

 サッと、血の気が引いた。その『可能性』に気付いて。

 

--いや、目を逸らしていただけだな。本当は、気付きかけていたその『可能性』から。

 

【……そうですか。いや、恐らく私の勘違いでしょう。失礼】

(レストアス……それは俺が許すまで心奥に仕舞え。絶対にアイツには悟られるな)

 

 有無を言わさぬ強い口調。だが、その声は震えていた。怒りか、それとも--

 

【了解、オーナー。佳いユメを】

 

 そう断りを入れると、今度こそ『剣神の義臣』は去って行った。

 

 

………………

…………

……

 

 

「ん……?」

「お、馬鹿者が目を覚ましたぞ、ノゾム」

 

 揺り篭のように心地好い温もりと振動に、空は微睡《まどろ》みより覚醒する。

 開いた目に映るのは茶色の髪の後頭部と、その上に不機嫌そうに鎮座する小天使。そして--

 

「目、醒めたか……空」

「……望……お前」

 

 振り向いた碧瞳。自分を背負いながら優しく微笑んだその少年に、空は--

 

「--何さらしとんじゃあッ!」

「ぬわぁぁっ!?」

 

 がつーーん、と猛烈な勢いの頭突きをカマした。因みにレーメは上手く空中に避難して無事だ。

 

「イッタ!? 何すんだよ空ッ」

「こっちの台詞だ! つか降ろせ、恥ずかしい! 男を負ぶって、何が楽しいんだテメーは」

 

 バタバタと暴れる空に、体格で劣りつつも神剣士である望は不動。腰に挿した二刀【黎明】は伊達ではない。

 

「駄目だよ、空くん。これは、罰なんだから」

「……罰ッて?」

「決まっています。また皆の気を揉ませた罰ですよ、巽」

「う……」

 

 見渡せば、周囲は他の神剣士や青年団の姿。一様に怒りや苦笑といった表情を浮かべている。

 

--というか、一部の……いや、ほぼ全部の女性から、羨ましげな視線を向けられてる。いやそんな目されてもな……

 

「ミゥ達から、お前が倒れたって連絡が有って迎えに行ったんだ。手間ばっか掛けさせんな、お前はよ……」

「全くね、調子悪いならどうして誰にも言わないのよ。痩せ我慢をした挙句倒れるなんて、格好悪いにも程があるじゃない」

「うぐ……」

 

 話し掛けてきたのは【夜燭】を肩に担ぎ、武術服を小脇に抱えたソルラスカとタリア。負ぶされたままの空は眉をひそめながら罵倒に甘んじる。

 

--そうか、そういえばそうだったっけか……あれ?

 

 はっきりしない記憶を漁るも、どうしても要領を得ない。クシャリとくせ毛の髪を掻いてみたが、結果は勿論変わらなかった。

 

(レストアス、俺が洞窟に入った後の事は観てたか?)

【……申し訳ない、オーナー。私も休眠から目覚めたばかりです。それからオーナーに語りかけたので……それ以前は承知しかねる】

 

 随分と消耗していたのだろう、休眠して回復したらしい。

 まるで、錠前でもされたように鎖された記憶。そんな事を考えた為か、何気なく胸に手を遣り--鍵のペンダントに触れた。

 

『「私の名前は、■■■■■です。永遠神剣■位【■■】--…』

「ッ--……!?」

 

 刹那に幻視したステンドグラスの一枚絵のような風景。

 薄紫に霞む狭間、捻れた双樹、酒月を充たす澪水き、深滄の柄、虹色の--"蝶"。

 

--忘れてる……? 俺は何か、大事な事を……忘れているんじゃないのか……?

 

「……空。頼むから、もっと俺達を頼ってくれ」

「……は、『頼る』?」

 

 現状すらも忘れて思考の大海に沈み込もうとした空。だがそれを、望の言葉が引き戻す。

 

「ああ、頼ってくれ。俺達は一人でも欠けちゃいけないんだ。例え戦いに勝ったところで、一人でも『家族』が欠けたら……それは、負けたのと同じなんだ」

「…………」

「分かるよな。『家族』には役割は在ったって上下貴賎なんて無い。『家族』が手を取り合うのは、『組織』みたいに『上手く廻る』為にじゃない、『支え合い、共に乗り越える』為なんだ」

 

 茶色の髪の後頭部を見詰める。脚を支える望の腕に篭るチカラが増したのを感じ取る。

 

「--信じられないなら、周りを見渡してみろよ。お前を助ける為に、此処に居るだけでもこれだけの人達が必死になるんだ……!」

 

 視線を巡らす。すぐ横の希美とカティマ、浮遊するレーメ。右後方にソルラスカとタリア、前方からこちらを伺う沙月とルプトナ。左側にミゥ、ルゥ、ゼゥ、ポゥ、ワゥに青年団と長のロドヴィゴ。

 

「--判ってる……これからは、迷惑掛けないように善処するさ。済まない、本当に--」

 

 『頼んでねぇよ』と言う為に、口を開いた筈だったのに。まるで苦虫でも噛み潰したように、奥歯を噛み締めて切々と。

 脆弱なニンゲンである劣等感。何をやっても最終的には神剣士に尻拭いされている劣等感からだ。

 

「本当に済まなイデェあ!?」

「--馬鹿ね。本当に馬鹿だわ。ちっとも判ってないじゃない」

 

 そんな彼に鋭い裏拳をカマして、ぽつりと呟いたのは沙月。

 

「あが……か、かいちょ……?」

「あのねぇ、当の昔に迷惑なんて掛けられてるのよ、こっちは」

 

 心底呆れたように腕を組んで。はぁ、と一つ溜息を落として。

 

「だから今更、迷惑が一つや二つ増えたところで構やしないわよ。それどころかこうやって迷惑の種を増やされる方が迷惑よ……遠慮なんて、『家族』同士でしないでちょうだい……いいわね?」

「……すみません」

 

 『雇用主』だった筈の彼女が、そう告げた。

 それに空は、バンダナ代わりの腰帯を赤くなった鼻まで下げて。

 

「ごめん、皆……有難う」

 

 口をついて出たのは、ひた隠しにしている心の奥底から湧き出た『本心』だった。

 一同は……特にこの世界の出身である者達以外が微笑む。珍しく本音を漏らした彼、意地っ張りで跳ねっ返りの少年に向けて。

 

「……ふふっ。何だかそうしてると……昔を思い出すね」

 

 微笑みながら希美が口を開く。懐かしそうに目を細めて遠い昔日を偲ぶ。

 

「望ちゃんとくーちゃんが仲良くなった、あの日みたい」

【【「「くーちゃん?」」】】

「--ッ!? ちょ、希美……勘弁してくれ!」

 

 希美の一言に、一瞬で赤く沸騰した空。先程より余程暴れ始めるも、やはり望は不動だった。

 

「望、『くーちゃん』って何?」

「あぁ、空を昔そう呼んでたんだ。俺達の世界の言葉では『空』って『くう』とも読めるから」

「止めろォッ! 解説すんな!!」

「うわ、似合わない……」

「『くーちゃん』ですか--ぷっ……クスクス」

 

 意味を尋ねるルプトナ、実に的を得た感想を述べたタリア、堪え切れず笑い始めたカティマ他。

 空は遂にグーを連続で繰り出すも、レーメが展開した望の後頭部の『オーラシールド』により全て防がれた。

 

「あ、先輩。わたし、今回の罰はこれからしばらくの間は空くんをくーちゃんって呼ぶ事にします」

「ホント勘弁してくれ、希美! この歳でちゃん付けなんて死ぬ程恥ずかしい!」

「空……それって今尚ちゃん付けされてる俺が死ぬ程恥ずかしい奴だって言ってるのか?」

「……フッ」

「……希美、俺もそうする」

「お、そりゃいい。俺もそうするか」

「何でテメーにまで仇名で呼ばれなきゃいけねーんだ! 絶対呼ぶんじゃねーぞ、もし呼んだら差し違えてでも魔弾撃ち込む!!」

「じゃあ、希美ちゃん達はそれで決定ね……私は--」

 

 沙月はニヤリと、底意地の悪い笑顔を浮かべた--

 

 

………………

…………

……

 

 

 ウルティルバディアの港に漸く帰り着いた神剣士一行。そこに、待ち侘びていた三人が走り寄る。

 

「おぉ巽よ、捕まってしまうとは情けないゴッ?!」

「……」

 

 開口一番で、どこぞの爺さんのような台詞を吐いた信助。そこに空は黙って掌底を打ち込んだ。

 

「その人がルプトナさん? ……っていうか巽、その恰好は何? 恥ずかしくないの?」

「うわわわっ、何!? コイツ、何してんの?!」

「…………」

 

 パシャパシャとルプトナに向け、シャッターを切りながら問うた美里。盾の代わりにされた空は、やはり無言でカメラ小娘にジト目を向ける。

 

「巽君! 全く君は……前の世界でも行方不明になったでしょう! 自重しなさい!」

「……ッすみません、先生……皆も、本当に申し訳無い--」

 

 珍しく静かに謝意を示して彼は何度も唇を震わせ、何度も歯噛みして。

 

「……で、ござる」

「「「……は?」」」

 

 何か、致命的に間違った語尾を吐いた。

 

「--ぷふっ! くくく……!」

 

 同時に大爆笑を始めた斑鳩沙月生徒会長。神剣士達も一様に忍び笑いを漏らしている。

 

「巽君……ふざけてる?」

「先生……拙者、こんな悪巫戯化しないでござるよ……これは罰則なのでござる」

「ぷくくく……ズッコケ忍者には相応しい言葉遣いでしょ?」

 

 背中越しに笑われ、早苗達からは呆れた視線を向けられて。

 

「--何時! 何処で! 拙者がズッコケたでござるかッ!」

「ズッコケてるじゃない。たった今、此処で、現在進行形でね……『くーちゃん』?」

「一思いに殺せでござるゥッ!」

 

 暮れなずむ街に、悲哀に満ちた鴉の鳴き声が響いたのだった……

 

 

………………

…………

……

 

 

「……まぁ元気出せって。生きてりゃ良い事あるさ」

 

 一行から少し離れた港の端っこに体育座りで『の』の字を書き、いじけている空の肩に手を置いて慰めるソルラスカ。

 

『何かイメージ通りかもズッコケ忍者』

『だな、ズッコケ忍者。ピッタリだ』

『ちょっと、二人とも。本人が気にしてるんだからあまりズッコケ忍者ズッコケ忍者言わないの……ぷっ!』

 

 ……等と言われた結果だ。もしダンボールが有ったら被っていたかもしれない。いや、被っていただろう。

 

「そうだ空、酒いけるか? こういうのは呑んで忘れようぜ」

「剣の世界でクロムウェイさんに貰った銘酒があるでござる……」

「お、いいねぇ! そんじゃ今晩お前の部屋に行くぜ」

 

 ソルラスカのその言葉に、普段の空ならば『来るな暑苦しい』と返っただろう。

 

「……好きにすれば良いでござる……拙者もう、疲れたでござる」

 

 だが今の空には、そんな余力は残されていなかった……

 

「--そんな、今晩と言わずに今すぐ呑《や》りましょうよぉ~。異世界の銘酒なんて聞いちゃあ、黙ってらんないわ~♪」

「うぐわッ!? 何するでござるッていうか誰でござるか御主!?」

 

 と、そんな彼の背に負ぶさった者がいた。二つの『核弾頭級』がたゆんと押し付けられ、思わず空は真っ赤になって悲鳴を上げる。

 振り返った視線の先には、何と言うか露出の多い、紅いショートカットの美女。

 

「「「ヤツィータ?!!」」」

 

 その人物に向けて沙月とタリア、ソルが揃って声を上げた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 宵の口に入ったばかりの大樹の町を包む、薄暗がり。家路を急ぐ人々がその存在に気を止める事は無い。

 

「どうやら動き出すようですね。それなら私も動かないと」

 

 茜色に染まる天を見上げて愉しそうに独りごちる、小柄な黒髪の少女。その結わえた髪には--

 

「さあ、小休符は終わり。楽譜に沿って『演奏』再開です、巽さん……ふふふ」

 

--シャン……

 

 鈴の、髪飾り--……

 

 

………………

…………

……

 

 

 幻灯の太陽達が地平線から顔を出した頃。揺らぐ天の下に座する物部学園の中庭、トネリコの木の下に少年は立っていた。

 

「…………」

 

 武術着に身を包み目を閉じて、自然と一体化した明鏡止水の極致。草いきれや呼吸音すらも騒音と取れる程に張り詰めた空気。

 腰を落として【夜燭】を構え、刀の届く範囲は余す所無く殺界。

 

 天を行く雲の如く、或いは地を流れる水の如く、防御に主観を置きながらも素早く攻撃に対応する。剣の世界から更に鍛え上げた、反撃剣『先の先』。

 刹那に吹いた風が、トネリコの枝を揺らす。それに葉が落ち--

 

「--ッ!!」

 

 風斬り音は六度。振るわれた剣の斬先、湾曲した【夜燭】の斬先には--三枚ずつ、葉が刺さっていた。

 

「……ふぅ」

 

 【夜燭】を振って葉を落とすと、トネリコの樹に立て掛ける。木の根本に置かれたペットボトルのネジを切って、水を含む。

 大して美味くもない、ミネラルウォーターを。

 

【……くふふ、大分様になってきあんしたなぁ。前は、落葉の一枚すら斬れへんかったのにぃ】

 

 と、脳内に響く軽い声。道化のようにおちゃらけた物言いは、腰に挿した暗殺拳銃【幽冥】から。

 

(煩せェな、放っとけ)

【あれま、荒れはって。あの小銃を失くしはったからってぇ】

(ふん……俺は日本人だからな。壊れたから捨てるなんて勿体ない事は、考えられもしねぇんだよ)

 

 どっしりと座り込むと、背を木の幹に預ける。脇に置いてある本は--武術の教本、そして地に衝き立てた【夜燭】。

 

【いやしかしぃ、旦那はんも段々と強うならはりましたな。始めに『契約』した時は、大丈夫なんか心配で堪らへんかったんどすぇ】

 

--『契約』ね……

 

 一瞬、抱いた殺意を押し隠す。まだ、悟られる訳にはいかない。その為にレストアスにもあの会話は暫くしないように告げてある。

 

(……なぁ、カラ銃。俺とお前の関係は何だ?)

【へぇ? 何て……そないなモン、決まっとるやありんせんの】

 

 主の問いに、【幽冥】から流れ込む声はいつも通り。飄々と軽く、巫戯化て戯れるように。まるで、『愛してる』とでも囁くように軽く--

 

【--引鉄を引けば、神をも殺す『銃』と、ソレを引く為の『指』どすやろ。それ以外にわっちらの間に何がありますのん?】

 

 『裏切ったら殺してやる《あいしてる》』と『偽臣』は嗤った。

 

「--ク、ハハ……! そうだ、そうだよなぁ、それでいい……」

 

--何を感傷的になっていたのか。俺達は利害の一致で結び付いたんだ、だったら……これが本来、在るべき姿だろうに!

 

 それに、彼も嗤う。口角を吊り上げ、愉快そうに痛快そうに。

 

【ところで旦那はん、旦那はんも『必殺技』が欲しいところや思いませんかぁ?】

(はぁ? 『必殺技』?)

【そう、必殺技! 古来より苦境を突破するための切り札! 旦那はんに足りへんのはソレどすわ】

 

--必殺技ねぇ……まぁ、確かに【幽冥】の魔弾や【夜燭】の剣技はカラ銃やレストアスが居ないと、使えないどころか成り立ちさえしない。そんなのは『技』ですら無いだろうな……。

 

 ペットボトルのネジを締めて、立ち上がる。ゆっくり目を閉じると、徒手のままで構えを取った。

 

--そうだ、『必殺技』と言えば……

 

 

………………

…………

……

 

 

 ……遡り、数年前。

 

--シネシネシネシネ……

 

 アブラゼミが盛夏を唄う、厭味なまでに晴れ渡った暑い夏の天木神社の境内。

 そこに夏だというのにかっちりと巫女装束を着た女性と、宮司の装束を着せられた金髪の少年の姿が在った。

 

『よく此処まで頑張りましたね、空さん。これで基礎の基礎は完成しました』

『……わ、わーい、やったー』

 

 白々しく喜んだ少年……日盛りの中で竹刀を片手に、焼けた石畳に倒れ込んでいるのは、少し若い頃の巽空その人。もはや汗だく、熱中症の一歩手前の状態だ。意識などさっきから数度飛んでいる。

 

『お祝いに、貴方に『必殺技』を授けましょう』

『……は、必殺技ですか?』

 

 対する倉橋時深の方は、アイスキャンディーを舐めながら日蔭で涼んでいる。同じ運動量を熟してこの余裕。

 しかし今日はマシな方。昨日は木刀、その前など薙刀だったのだ。勿論彼女の独壇場。

 

『ええ。倉橋家の秘伝……本来は門外不出の、一子相伝なのですが……貴方になら良いでしょう』

『--あ、ありがとうございますっ!』

 

 何時に無く真面目な物言いに、巽少年は何とか起き上がる。まぁ、なんだかんだで彼は時深をこの上なく尊敬しているのだ。

 

 食べ終えたアイスキャンディーの棒を置き、ゆっくり立ち上がる時深。

 時深は両手を天地に向けて衝き出し、しばし瞑想して--

 

『往きます、空さん--これこそ--』

 

 その手をゆっくりと、太極拳のように円を描いて動かし--

 

『--ゴクッ!!』

 

 期待に満ちた目で彼女を見遣る空。その期待に応え、彼女は腕を--交差させた!!

 

『--これこそが倉橋家秘伝……『スーパーアマテラス光線』!! びびびーー!!!』

 

 

………………

…………

……

 

 

「--アンタの教えなんざ真面目に思い出そうとしたこの俺が莫迦だったわァァァッ!!!」

【何がどすの~~ん! あべし、ひでぶー!!】

 

 怒りを乗せて、【幽冥】を全力投球。以前と同じく、ブーメランよろしく回転しながら遠く飛んだ【幽冥】は砂場の上に設置されている競技用の鉄棒にぶち当たり、『くわーん』と良い音色を立てて逆回転し、砂場に衝き刺さったのだった。

 

「ハァ、ハァ……あー、すっきりした」

 

 一先ず意趣返しに成功した彼は、その手で【夜燭】の柄を握る。途端に電流が流れ込み、脳と回路を繋げた。

 

【……しかし、オーナーも大変な事だ。あんな厄介な存在に疑念を抱かれぬように策戦行動とは】

 

 くくく、と笑い声じみた意志を流し込んだレストアス。そんな彼(彼女?)に、不快を示す意識を送り--八双の構えを取る。

 

--単純明快、それ故の難攻不落。神世に、『南天の剣神』とまで称された『その男』の構え。

 『その男』の歩んで来た人生の集大成。それこそが巽空の知る内で最も優れた『必殺の剣戟』。

 

【--……】

 

 レストアスが息を詰める。最も身近でそれを見続けてきた存在は何を思うのか。

 

「--ッ!!」

 

 一閃。逆袈裟斬りの壱ノ太刀は彼の顔面を狙った初弾を斬り砕き--

 

「チッ!」

 

 続けて二撃目に弐ノ太刀を繰り出せずに、左手が--投石を受け止めた。

 

「おぉ~、凄いじゃないクー君」

「……クー呼ばわりは止めてくださいよ……姐《アネ》さん」

 

 死角からの投石、それを為した紅い髪に白衣を着た妖艶な女性が拍手しながら歩み寄る。

 出会った時に、『クーちゃん』呼ばわりしてくれた為に彼女にもそう呼ばれる事になったのだ。

 

「あら、じゃあなんて呼べば良いのかしら」

「『巽』って呼んでくださいって言ってるじゃないですか」

 

--ヤツィータ。第六位永遠神剣【癒合】の担い手にして『旅団』の実質的No.2。どうにも帰還の遅い会長達を迎えに来たとの事だ。

 神剣士という事は、『転生体』である可能性が高いのだが……俺は知らない。少なくとも、こんな神とは会った事が無い。

 

【気高く神聖な焔の気配を感じる。恐らくは赤属性の神剣かと存じ上げる、オーナー】

(そうか、新幹計画提案者の一人、北天神"誘惑の神"ヤジェンダ=ダルゾか。噂しか知らないが)

 

 神世の古、この世の真理を解き明かした神の一柱と記憶しているその神性。しかし--目の前の、その人物は。

 

「『麗しのヤツィータお姉様』って呼んでくれたら、呼んであげるわ」

「絶対呼ばねっすよ」

「じゃ、お姉さんも呼ばなーい」

「【………」】

 

 実に蓮っ葉な物言いに呆れ返る空とレストアス。

 『ついさっき投げた奴と、会話させてみたかった』、と。二人は瞬間、想い重ねた。

 

--これがNo.2で大丈夫なのか、旅団……?

 てか俺、この人は苦手だ。何かアレだ、有効成分出過ぎッつーか……過ぎたるは尚及ばざるが如しって奴?

 

「何か用ですか? もう足の傷も筋肉痛も治ってますよ?」

「それが素人の浅はかさ。治ったかどうかは医者が判断するのよ」

 

 道理を述べられては、黙るしかない。というか、医者っぽい発言にびっくりして。

 実に意外な事だが彼女は医療に精通しており、今や保健室の主と化している。今や保健室を指して、『ヤツィータ部屋』と囁かれる程に。

 

「--という訳でパスティル亭に行きましょうか」

「うぃっす……」

 

 空は【夜燭】を窓から己の部屋に入れると、先を歩くヤツィータに追い付くべく歩調を速めた--

 

「--ッて、騙されるかッ! 何を『保健室行きましょうか』的なノリで言ってんですか! アンタまた俺に奢らせる気でしょう!」

 

 そして仕事《ツッコミ》を熟す。というのも初治療の日に『近くに食事が出来るところ、知らない?』と言われ、案内がてら付いて行った彼は酷い目に遭った。

 その帰途、酒を浴びる程に呑み潰れたヤツィータを背負いながら。カラの財布を片手に、彼は月を見上げて世の無常を嘆いた。

 

「何よ~、こんないい女とお酒が呑めるんだから安いものでしょ」

「安いかどうかを判断するのは、奢る俺が判断しますよッ!」

 

 物部学園は、朝から実に騒がしかった……。

 

 

………………

…………

……

 

 

「……ふぅ、厚みが帰ってきた」

 

 再度、換金して太らせた財布を投げ、クルクルと回転させて受け止める。因みに換金した小銭は、学生達の色んな依頼《パシリ》を熟して稼いだモノだ。

 

--さてと……先立つモノも手に入った事だ、パスティル亭で少し豪華な昼飯でも食うかな……。

 

【オーナー、誰か誘う友人くらい居ないのですか?】

「…………」

 

 レストアスが呟いた思念を先程の訓練の時のような、明鏡止水の心を以って受け流す。

 前世が緑属性だった彼にとって、耐え忍ぶ事は苦ではない。

 

【情けない……それでも男ですか。セトキノゾムのようになれなどと無茶は言いません、しかし誰か一人くらい懇意の相手を作らなくてどうするのですか!】

(俺がモテねー事でお前に迷惑を掛けたか? 放っとけっての)

 

 意外に口煩いレストアスと思考で会話しつつ歩けば、枝間に架け渡された板橋に差し掛かる。その不安定な足場を渡る、黒い外套の背中に--

 

「--巽さーーん!!!」

 

 鈴の音のような声を響かせて、黒髪の小柄な少女が飛び付いた。

 

「--ッつぁ?! お、お前ッ!」

 

 幾ら大柄の空といえど、勢いに乗った人一人を揺らぎもせず受け止めるのは至難の技。

 

「見覚えが有る天然パーマだったからもしかしてって思ってみたら、やっぱり巽さん! お久しぶりです!」

「髪は放っとけ! 久しぶりだな……鈴鳴」

 

--シャン……

 

 地に降り立った少女の、髪飾りの鈴が鳴った……。

 

 

………………

…………

……

 

 

「いらっしゃいませ、パスティル亭にようこそ……って、何だアキかよ。張り切って損した」

「何だとは何だよ、テメー。俺はお客様だぞ。神様だぞ」

 

 パスティル亭の扉を潜るなり、掛けられた声。ルプトナだ。

 他の客にはにこやかに対応していたのが一転、空を見るやジト目タメ口に変わる。

 

「面倒だから適当に奥から座れよ。注文があるなら大声で叫びな」

「すんませーん! レチェレさんにチェンジお願いしまーす!」

 

--精霊側の代表としてこの街に滞在しているルプトナは今、このパスティル亭で女給の真似事をしている。

 何でも、かつて下界で生活していたレチェレさん達の集落がミニオンに襲われ滅ぼされた時、彼女を救ったのがルプトナだったとの事。世間ってのは狭いもんだ……

 

「『ムラクモ』の……」

「ん、どうした鈴鳴?」

 

 歩き去って行ったルプトナから横に立つ少女に目線を移せば--表情を強張らせて、某かを呟いていた。

 

「あ、いえ……巽さんてばあんな綺麗な人とお知り合いなんですか? 女性との縁なんて、無さそうなのに」

「放っとけ、それにあれは中身がすこぶる残念な奴だ」

 

 気を取り直した鈴鳴と、軽口を交わしながら席につく。今は昼飯時なので人は結構多い。

 

「でもまさか、こんなに早くお前に再開するなんて思わなかった。偶然ってあるもんだな」

「えー、酷いですよ巽さん! 私はずっと、逢いたいなーって想い続けてたのに……」

 

 外套を脱ぎ、背凭れに掛ける。その様子を見ていた鈴鳴がクスリと笑った。

 

「それ、効果有ったでしょう? 持っててくれて嬉しいです」

「あ? ッ……偶然だ、莫迦」

 

 同じ部分に目をやれば首飾りに結わえてある、鳳凰の尾羽に似た根付けが揺れていた。

 

「ふふ……それにしても巽さん、筋肉質になりましたよね。以前は本当に戦士なのか疑問でしたけど、今は……いかにも『戦士』って感じで素敵ですよ」

「……ふん」

 

 照れ隠しにそっぽを向く。少し顔を赤らめて。

 

「あ、ところで以前作った銃器、問題は有りませんか?」

「…………」

 

 続いた言葉を紡ぐ鈴鳴は鍛治士の顔。同じく真面目な顔を返して、空は--

 

「--鈴鳴、頼む。もう一度工房を貸してくれ」

 

 その言葉を告げた。それに鈴鳴は、何か難しい顔をして思考しているようだったが。空の、自信に満ちた表情に唇を綻ばせて。

 そして顔を上げ--

 

「取り敢えず、腹拵えを。また忙しくなりそうですからね」

 

 菜譜を眺めていた彼女は手早くルプトナを呼び、注文を告げたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「どうぞ巽さん、私の新しい工房です。お好きな所に座って下さい、いまお茶を出しますから」

 

 昼食の後で案内された、街外れの一軒家。その扉を潜れば、乱雑ながらも何処か片付いた雰囲気の室内。

 

【汚いですね。まぁ、オーナーの部屋よりは幾分マシですが】

(今更だけどお前……もしかして潔癖症?)

 

 適当な場所に腰掛けつつ、妙なトーンで文句を述べたレストアスに素朴な疑問をぶつける。

 

【誰しも汚いよりかは、綺麗な方が良いに決まっています。そうだオーナー、条項に部屋の整理整頓を加えて欲しい。貴方の部屋は些か汚い】

 

しかし薮蛇だった。要らない所に噛み付かれ、空は--

 

「鈴鳴ー、茶はまだかー?」

 

 『青属性の言魂を無視《ワードオブブルー》』した。

 

【……オーナー、私の話を聞いていましたか? 部屋の掃除……】

「出涸らしで良いですよねー?」

「こだわりはねーよ。タダだし、有り難く頂くー」

【オーナー、話を聞い……】

「お茶請けはお煎餅しかないですけど、要りますー?」

「貰うー」

【……】

 

 湯気を立てる湯呑みが置かれるが、やはり緑茶。こだわりが有るらしい。

 不貞腐れて黙ったレストアス。取り敢えず茶で唇を湿らせた空は早速話を切り出す事にした。

 

「で、いきなりだがマナゴーレムの残骸はまだ有るか?」

「本当にいきなりですね……幾らなんでも、あれはかなりの骨董品にんですよ? えーと、確か……ああ、後三つだけ有りますね」

 

 帳簿を眺めた彼女は、ペラペラとページを捲っていた。

 

「有っただけで有り難ェ、貰えるか?」

「いいですよー、勿論それ相応のものは頂きますけどね」

「チ--仕方ねぇか」

「毎度ありがとうございまーす、常連客さん」

「……でも、金はそう無いぞ」

 

 確かに必要投資だが、それだけの価値は有る。しかし貴重なのだ、当然値が張る筈。幾ら換金したばかりとは言え、所詮は彼は学生だ。

 

「そうですね……それじゃあ物々交換でどうでしょうか?」

「それは……つまり俺が持ってる『パーマネントウィル』と交換か?」

「はい。巽さんなら珍しいモノを持ってるかも知れませんし」

 

--コイツめ、吹っ掛ける気だな……。

 

「今欲しいのは『月光が注ぐ笠』に、『マルツの松脂』、『構築者ユウの欠片』……」

「『ズゥーマウリの棺』に『トーの聖骨』、『横たわる描画師マラクルス』じゃ駄目か」

「駄目です」

「悪いけど一つも無いぜ……つか、『構築者ユウ』って誰だよ? 人間の欠片って、何だよ? 猟奇な香りしかしねーよ」

 

 それは仕方の無い事。何にしろ、彼は集めたパーマネントウィルを【夜燭】……レストアスにマナ補充の為に、『喰わせて』いたのだから。

 

「それじゃあ、私の『お願い』を聞いて貰えればプレゼントしますよ」

 

--成る程、それが本当の望みか。やっぱり商人だな、目端が効きやがる……

 

「オーケー、何をすれば良い?」

「そうですね、それじゃあ、このお店の宣伝をお願いしますよ」

「宣伝……?」

 

 そん言葉に、空は部屋の中に在る武器に視線を巡らせた。

 

--一般的なブロードソードや、スピアー、ショートボウにウッドシールド、サーベルにタルワール、ファルシオンにグラディウス、ツヴァイハンダーにポールアクス。レイピアにカットラス、クレイモアにバスタードソード、柳葉刀に青龍偃月刀。

 珍しいモノになれば、ダークにジャンビーヤ、ズー・アル・フィカールにモルゲンステルン、ゴーテンタックにパルチザン、日本刀にシャスカ。ミセリコルデにマン・ゴーシュ、ソードブレイカーにククリ、スクラマサクス…ありゃヤタガンか? まるでここは武器の博物館だな……

 

 以前、剣の世界で開いていた店よりも随分と大量の武器がある事に気付く。

 

「えへへ、どうですか?」

 

 大量の武器に注目している事に気付いたらしく、彼女はにんまりと笑う。それで何となく察した彼は、口を開いた。

 

「……なぁ鈴鳴。こんなに大量の武器、どうするつもりだ?」

「どうするって、決まってるじゃないですか。この世界の人と精霊の中は最悪らしくて、近く討伐があるかもしれないそうなんですよ~」

 

--やっぱりか……このすっとこ死の商人め……。

 

「無理して仕入れた鋼材で造ったんです! これでがっぽり儲けて、前の損失を補填ですよ!」

「……あー、そりゃあご愁傷様。早く釘にした方がいいぞ」

「へ?」

 

 ぴーんと指を立てて語る鈴鳴。そこに空はあっさりと、無味乾燥の言葉を投げ掛ける。

 

「戦争は無い。和解したからな、人間と精霊」

 

 得意満面の笑顔が一転、米神をヒクヒクさせながら冷や汗を流し始める。

 

「……ア、アハハハ……もう~、巽さんたら冗談が下手ですよね~……」

「俺、関係者だし」

 

 そんな彼女に向けて止めの一撃が放たれた。

 

「巽さぁぁん! お願いします、何か一つで良いから買って行って下さいぃ! 利率トイチなんですよ~!!」

「知るかよ、そんなトコから金を借りるお前が悪い。果てしなく、自業自得だろ」

 

 ガバリと泣き付かれ、危うく茶を零しそうになる。

 しかし巽空という男は、殊更金に関しては鬼神すらも避けて通る男だった。

 

「うぅ、私には巽さんしか頼れる人が居ないんです、お願いします~~。とっても良い『おまけ』も付けますからぁ……」

「……む……」

 

 さしもの金の亡者も、つい呻きを漏らした。潤んだ上目遣いでの哀願に、男心と吝嗇心をくすぐる一言。

 何を隠そう、人に頼られた経験が皆無。更に言えば、それが半玉とはいえ女性ならば尚更に無い。

 

「……ちっ……仕方ねェな」

「やったぁ! ありがとうございまーす!」

 

--コイツめ……末は悪女か?

 

 コロリと笑顔を浮かべた鈴鳴に、彼は溜息を禁じ得なかった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 斜陽に染まる大樹。その道のりを歩む二つの影法師。

 

「お昼もご馳走になってたのに、ホントにすみません……」

「ハァ……良いさ、お前には恩も在るしな」

 

 結局、昼を奢っていた上に武器まで買ってしまったる空の財布は、岡に揚げられたくらげのように萎んでしまった。暫く節約せねばなるまい。

 

「でも随分買い叩いてくれましたよね……怨みますよー」

「返品しても良いんだぞ」

「感謝感激雨霰ですよー」

 

 白々しく返した彼女に、空は背を向けて歩き去る。ガチャガチャと、剣や『その他』の束ねられた包みが鳴った。

 

「じゃあな。また機会が有ったら来るわ」

「はい。お待ちしてます巽さん」

 

 スッと左手を挙げて別れの挨拶とする。そのまま彼は一度も振り返らずに見えなくなった。

 

「……さて、次の相手はまた『神の剣の担い手』ですか。勝ち目の無い闘いばかりですね、貴方は」

 

 そんな彼が見えなくなるまで手を振っていた鈴鳴が呟いた言葉。

 

「『不可能』に立ち向かう貴方が、その僅かな『手札』で一体どんな可能性を紡ぐのか……愉しみにしていますよ……」

 

 そのまま腕を組んだ彼女は、前と同じく酷く熱の篭る……しかし冷淡な迄に妖艶な笑顔を浮かべたのだった……

 

「--あぁ……本当に貴方は興味深い。タツミ=アキ……」

 


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