サン=サーラ...   作:ドラケン

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連鎖する記憶 森閑の水面 Ⅲ

 繰り出され続けていた緑の槍戟を握り止め、その男は腕力で捩じ伏せた。

 

「--だらァァァッ!!」

 

 剛腕一閃、弾き飛ばされる緑。しかし浅い。まだ立ち上がり--眼前に迫ったソルラスカの剛拳を見た。

 

「まだまだッ--猛襲激爪!」

 

 引き裂かれて消滅していく緑、それを貫いての槍戟が彼を襲う。

 

「雷光の一撃……」

「うおッ、良いもん持ってやがるな! どんどん来やがれ!!」

 

 別の緑が振るう槍、穂先と石打の『ライトニングストライク』を受け流すは『流舞爪』。捌ききり、隙を見せる緑。好機に【荒神】に精霊光の煌めきが灯った。

 

「天の果てまでぶっ飛びやがれ、爆砕跳天噴!」

「この程度……」

 

 それを地に叩き付けて、周囲に衝撃を放つ。だが、緑の展開する強固な盾『デボデッドブロック』が巻き起こす竜巻に防がれた--

 

 炎に紅に染まった双刃剣が閃く。巻き込みからの斬り払いを屈伸運動で回避して、ルプトナは宙を舞う。

 そこを狙って、赤と青は同時に仕掛けた。

 

「その活力、燃やし尽くす」

「薄氷の如く、散れ」

 

 死すら厭わぬその突撃技。赤く熱する『ヒートパラライザ』と、青く凍える『インパルスブロウ』が交錯する。

 

「全方位に、死角無し! 流水の蹴り、受けてみろ!」

 

 その刹那、【揺籃】から水流が迸しった。

 

「大回転っ!」

 

 空中で繰り出された、垂直半月蹴り『サイクルオブウォーター』。その水刃はしなやかに、しかし鋭く青を両断して消滅させて--赤の防御『ファイアクローク』に阻まれて蒸発した。

 

「疾く駆けろ、灼熱のマナ」

「うわっ、いきなり?! バニーッシュ!」

 

 着地点を狙った、赤の炎の飛槍『ライトニングファイア』を打ち消し、着地する。赤は再度双刃剣を赤熱させ、ルプトナを狙う--

 

 自身の長身を生かして高みより振り降ろした、過重量の【夜燭】による剣撃『我流・虎破の型』や炸裂弾『エクスプロード』を繰り出すも、宙を泳ぐアギトには全く届かず避けられてしまう。

 その触角による電撃を避ける為に跳びすさったが、予想に反して飛び掛かってきたアギトの歯牙を【夜燭】を盾にする苦肉の防御技『バイオレントブロック』で受け止めた。

 

「野郎、図に乗りやがってッ!」

 

 力を殺し切れずに、押される。更には電撃を纏う触角が鞭のように振るわれて、掠るだけでも文字通り焼けるような激痛が走る。

 瞬間、感じる猛烈な殺気。背後より迫る青く濁った瞳、凍気纏う西洋剣。

 

「ハ、そんなに電気とか氷が好きなら気が済むまでくれてやる……遠慮は要らねェぞ、レストアス。最大出力!」

 

 呼び掛けに応えて、帯電し蒼く煌めく【夜燭】。脅威を感じたかアギトは一旦退くべく身をよじり--レストアスの零下の躯により剣と癒着してしまい、更に高電圧に思考の自由すら奪われた。

 

「電光の--」

 

 アギトと対峙する空は、八双の構え。かつてこの剣の主が得意としたモノ。

 久しいその感覚に、レストアスはいつもより昂った。

 

「--剣ッ!」

 

 反転しながら振り抜いた凍える雷刃の一撃。レストアスの一部が融合した、ほとんど一本背負いの如き大上段からの袈裟斬りは--

 

「重っ……傷……ここまで……」

 

 【夜燭】に噛み付いたままで、離れる事が出来なかったアギトを焼き殺しその主であるミニオンを神剣ごと纏めて両断した。

 

「ハァ、ハァ……蒲焼き一丁!」

 

 やっと一体を片付けて、同じく闘う二人を見遣った。そして思い知った、自分が一番苦戦している事実。

 力任せながらにミニオンを圧倒しているソルラスカと、実に華麗に舞い踊りミニオンを寄せ付ける事のないルプトナ。対して己は。

 

--結局、足引っ張ってるだけか俺は……!

 

 ギシリと、大剣を握る手に力を籠める。まだだ、まだ遣れると己を叱咤する--

 

『--クク……掛かったなマヌケェェッ!!』

「--ガ!?!」

 

 その一瞬の心の隙に『紅い闇』が殺到する。押し潰し、奪い去る為に。

 

『待ったぞ……待ち侘びたぞ! 【夜燭】を手にするこの時を! 【幽冥】が無く、契約者の居ない永遠神剣を手にするこの時を!』

「あ、ぐァァァッ!!?」

 

 流れ込む膨大な『聖なる神名』。その情報量は生き物が許容する範囲を逸脱している。

 

『奪う……お前を砕いて『オレ』がお前に成り代わる。そして今度こそ南北天戦争のケリをつける、あのヤハラギの【夜燭】のチカラを持ってな!』

 

 哄笑が響く。無数の鴉の啼き声じみたソレに、次第に空の意識は紅く塗り潰され--

 

"復讐の先になど……何も無い。永劫の空莫が拡がるのみだ。お前はこうは成るな、タツミ=アキ"

「--ッ!」

 

 耳に残るその声、眼に焼き付くその背中は--……

 

--余計な世話だ。俺は……俺の願いは神世の古から何一たりとも変わっちゃいない……!!

 

 握り締めた拳が、裂ける。滴る深紅に汚れた血、そこから--

 

「来い、レストアス--……!」

『グァァァッ! 貴様ァァッ!』

 

 蒼い稲妻が紅い闇を祓う。空の全身に纏わり付いたレストアスが血液にすら溶け込み、その身の内の神名を焼く。

 

「対抗策くらいは考えてあんだよマヌケ……それに、剣の世界でも言っただろうが……テメェの指図は受けねェ、俺は俺だァァッ!!」

 

 更に、流れ込む電圧が上がる。それはレストアスが認める空には影響を及ぼさない。

 しかし、神名の『躰』を持って現出した『神』には本来の威力を持った。

 

『クソッ……タレ……』

「ありがとよ……失せろ!!」

 

 『神』を追い落とし、眼前の敵を見据える。未だ健在の敵軍。

 

--躯はただ、遣い手……。

 

 【夜燭】を構え直し、雷の塊であるレストアスに『思考』という電気信号を読み取らせる。

 

--心はただ、鞘……。

 

 大気を熱と冷気、相反する二極を以ってゆらゆらと揺らめかせて。レストアスを身に纏う事で電圧によって神経の伝達速度を飛躍的に高める技、『エレクトリック』を行った。

 

--魂こそが、我が刃……!

 

 躯は灼熱し、心は氷点下。魂はその中点、零--!!

 

 地を蹴り、駆ける。その速度は先程の比ではない。凍えるように燃え立つ雷の塊であるレストアスの加護は、それ自体を纏った肉体のリミッターを外すという事でもある。

 だが、それは未だ人間の域……『巽空』という人間の実力の内。あくまで彼は、『彼自身の限界』しか出してはいない。人間が生理機能として持つ制限を解き放ち、火事場の馬鹿力を引き出しているだけだ。

 

「シャアアアアアッ!!」

 

 咆哮しながら飛び掛かるオロ。三股の顎を開き、ケモノと化した人間を食らい込む--!

 

「--覇ァァァァッ!!」

 

 オロの下顎の、二股に分かれたその真ん中に『我流・天貫の型』が叩き込まれる。

 空は飛び掛かるオロの下を駆け抜けながら--その長い躯を捌き斬った。

 

 研ぎ澄まされた神経は目に映るモノの動きを遅く見せる。生命の危機に陥った時に、全てがスローモーションに見える現象と同じだ。そして今の空は、それに思考と身体が付いていける。

 

「ピキィィィィィィ!!」

 

 その時、燃え盛るガンカの抱擁を受ける。しかし、驚愕したのはガンカの方だ。己の纏っていた焔がレストアスの稲妻に打ち消され、己が身が凍てついていく--!

 

 彼が身に纏うは氷河戦鎧『グラシアルアーマー』。物理的な防御こそ見込めないが、殊更対魔法に関しては絶大な防御を誇る。加えてその凍気は、レストアスであるが故に触れた敵の身を焼き凍らせる反撃効果を持つ。

 驚愕して逃げ出そうと藻掻いたガンカだったが、逃げる事叶わず完全凍結して地面に落ちる。そのガンカにも躊躇い無く、『我流・地裂の型』で【夜燭】の刃が衝き立てられた。

 

「--ッグ…!!」

「--カハッ!!」

 

 対峙していたミニオンの変調を悟り、ソルラスカとルプトナは空を見遣る。

 轟音とともに地に墜ちたオロと、両断されたガンカが消滅する。守護神獣……則ち『パーマネントエンジン』を破壊された緑と赤のミニオンの神剣が消えた。『奇跡を行使する神の剣』が無くなれば、『ミニオン』という『奇跡』も成り立たない。

 

 その二体は静かに素材と成ったマナに還って逝った。

 

「--極北の凍てついた雪風の刃、受け切れるかッッ!」

 

 凍雷を纏った【夜燭】を横一閃に薙ぎ払い、地面を滑る絶対零度の風刃『フューリー』で一撃で赤を屠る。そこから更にライフルを連射。飛翔する氷の刃『クロウルスパイク』を繰り出し、緑と白を針の筵の如くして消滅させた。

 空は都合、右に【夜燭】を担ぎ左にライフルを構えたスタイルとなる。

 

「ひゅー、やるじゃんアキ!」

「ヘッ、そう来なくっちゃな!」

「ハァ、ハァ……ク……元気だな、テメーら……!」

「業火よ、地を染めろ--」

 

 消耗しつつ合流し、三人で陣形を組む。刹那紡がれた赤の神言が--

 

「へっへーん! その程度、ボクには通用しなーいっ!」

「グッ! ああ……何故だ……」

 

 『アイシクルアロー』の三つの氷の矢により止められる。そして止めの一閃『ブレードフラッド』が胴を両断した。

 赤はまだ生きてこそいるが、死は避けられない。ドサリと地面に落ちると、ゆっくり消えていく。

 

「負けてらんねェな! 残り六体、突破するぜッ!!」

 

 吠えるソルラスカに、赤二体、緑に白と黒二体とその守護神獣が二体。形勢は此処に拮抗した。

 

「マナよ……」

「狙ってあげる。息の根、止めるからね」

 

 白がマナを練り上げ、赤二体が神剣魔法を唱える。黒が納刀した状態で腰を落とす。

 その構えの危険性を嗅ぎ分けて、赤を無視してソルラスカが突撃する。

 

「ぐァッ!!」

 

 しかし、黒の防御スキルである呪怨空間『カースリフレックス』により力を散じられ、無数の蝙蝠と化したウツツの攻撃を受けて彼は藪の中に跳ね返された。

 

「--狙いは良いか、レストアス……!」

 

 その黒に向けて衝き出された空の左腕に握られたライフル。

 蒼い稲妻を纏ったライフルから、文字通り雷光が迸しった。

 

「--ライトニングブラスト!」

「きゃはっ……最高……」

 

 撃ち出された凍雷の弾丸、圧縮されてプラズマ化したレストアスの一部を纏う銃弾。

 それを防御しようと、集合したウツツごと撃ち貫かれ焼かれた黒が消滅していく。

 

「見晒せ、クソッタレ……!」

 

 その一撃の後、空は【夜燭】を杖代わりに地に衝き立てた。遣い切ったのだ、『弾丸』を全て。

 文字通り身を削りながらの攻撃だ、レストアスにも限界がある。一度に大量に使えば最悪消滅する可能性すら有った。だがもしも、【夜燭】の守護神獣がレストアスでなければ。自在に自身を分割ができる、レストアスで無かったのならば。彼は、この一戦で死んでいた事だろう。

 

「グルォォォォォォッ!」

「くぅっ!!」

 

 その空に止めを刺すべく、飛び掛かって来た白のタテガミの爪牙を、訓練によって習得したダークフォトンの防御技『相対防御』で受け止める。自棄糞でタテガミを押し返して横薙ぎの『我流・竜撃の型』とその反転技『我流・竜撃の型・裏』を繰り出すが、素早く動くタテガミには当たらない。

 レストアスで限界値に上乗せをしていた空は、またも脆弱な人間の限界に戻っている。更に言えば、己の限界の向こう側を垣間見た反動で一振りごとに全身が軋みを上げていた。

 

 躯を熱していた素材が去って、やがて冷えゆく。心を氷点下まで冷やしれていた素が去り、やがて熱される--

 

「アキ、避けてっ!」

「--ッは……グォッ?!」

 

 と、ルプトナの叫びと共に胸部に衝撃が疾った。花開くような、黒マナの衝撃波は斜めの十文字。

 

「これは、苦悶の声を運ぶ風……痛い? 苦しい……? あはは、はは……きゃはははははは……」

 

 響く狂笑。消滅しながらも納刀していた刀を閃めかせた黒の--『真空剣』だ。

 

--オイオイ、マジかよ……風圧とかマジで……勘弁しろよ……。

 

 膝からチカラが抜けて、そんな事を考えつつ地に膝を突くとそのまま前に倒れる。

 その首を狙って、残る赤が首を跳ねようと『フレイムスイング』の燃え立つ双刃剣を振りかざす。だが、その間にルプトナが割って入った。

 

「--てやぁぁっ、一撃必殺!」

「ガ、ハッ……」

 

 ルプトナは【揺籃】の水の刃で受け止めた赤の双刃剣を脚の甲と裏で挟み込んで器用に跳ね飛ばし、隙だらけとなった本体に向けて『クラウドトランスフィクサー』を叩き込んだ。

 

「ライトバースト……」

 

 その刹那、白の神剣魔法の術式が成り立つ。対抗魔法の通じない、練り上げられ果てた炸裂のマナが全体に向けて解き放たれる。

 

「--よそ見してんじゃねェッ、テメェの相手は俺だァァッ!!」

 

 飛び出したソルのその神速は、『ファイナルベロシティ』。彼は、神剣魔法の術式履行までの一瞬の間にその僅かな空隙に決死の爪を刔り込む--!!

 

「防御する……」

 

 だが、阻まれた。白の展開する『オーラフォトンバリア』に。

 

「隙間無く、くれてやる!!」

 

 それでも止まらない。切り下げに、ストレートからのフック……乱打により、光の盾に微かな亀裂が生じる。

 しかし、余力は後一発のみだ。とてもではないが、どう足掻いたところで間に合わない--

 

「グルゥ--」

 

 そして持ち主の危機を察知したタテガミが、空に止めを差さずに後ろに跳び下がろうとして。

 

「……グ、ゥ?」

 

 薄い半透明の黒光の膜、立方体の箱状の檻の中に捕われている事に気付いた。

 

「--これなら逃げらんねェよな、ドラ猫……!」

 

 ユラリと立ち上がった空が発動していた、『相対防御』の内側に閉じ込められていたのだ。

 それこそ、この防御を発動した目的。守る為ではなく、攻める為に。

 

「手ェ焼かせやがって……けど、お似合いな末路だぜ」

「グ、グルァァァッ!」

 

 一歩一歩近づく毎に帯電して、より強くダークフォトンを纏っていく【夜燭】の放つ覇気に恐れをなしたのか。タテガミが、やたらめったらに暴れ出す。

 

「別に猫が嫌いな訳じゃねェが、悪りィな。俺はどっちかッてェと犬派なんだ」

 

 翻る爪や牙。だがしかし空間に固定されたその防護膜には、傷はついても砕ける事はない。

 

「--あばよ」

 

 そして、諦めの眼差しでそれを見ていたタテガミ。その元に悠々と辿り付いた空が大上段から振り下ろす『我流・空割の型』を元にした一撃『空間歪曲』を受けて、『相対防御』は刃の当たった部分が……ダークフォトンが当たった部分が空間を捩曲げられた事で刃を通して、その負荷でタテガミを両断する事を許した。

 

「耐えてみせろ--獣牙断!!」

「……光よ」

 

 神剣の象徴たる神獣を失って力を喪失した白は砕かれた盾ごと、完膚無き迄に打たれて。止めの、アッパーカットで打ち上げられたミニオンと同時に消滅する。

 発動前に神剣が消えた事により、幻想の術式は不履行となり消え果てた。

 

「……よぉ、やったな」

「……煩せェよ、話し掛けんな。死にそうだ……」

「右に……同じ……疲れたぁぁ」

 

 残ったのは立ち昇る色とりどりの燐光と、満身創痍の戦士達。

 

「てか空、お前一発貰ってたけど大丈夫なのかよ?」

 

 ソルラスカに問われ、空は不承不承身を起こす。胸には、僅かに朱く血が滲んだ十文字傷。

 そして--切断されたライフルを取り出して見せた。

 

「レストアスを通したからなのかどうか解んねーけど、何か一時的にゴーレムの機能が戻って剛性が上がったんだ。それに、黒もほぼ消滅してたからな……コレだけで済んだ。つっても、充分意識吹っ飛ばされたけど」

「運だけは良いよね、コイツ……えっと?」

「ああ、ソルラスカだ。『荒神のソルラスカ』」

 

 共に窮地を潜り抜けた者同士の連帯感。ソルは、空に肩を貸そうとして屈み込む--

 

「--灼熱の……マナよ……死の鉄槌を振り下ろせ……」

 

 残っていた満身創痍の戦士の、死に物狂いの一撃。蒸発しながらの燃え立つ『バーンスマッシュ』が繰り出された。

 

「「しまッ……!!」」

「え……?!」

 

 炎上する双刃剣は回転しながら屈んだソル、腰の立たない空--ではなく、彼女に背を向けていたルプトナに向けて飛翔する!

 

「破壊神の力、舐めるなよッ!」

 

 そこに少年は、樹間を跳躍して踊り出た。手には合体させて大剣型に変えた【黎明】を携えると、ルプトナを庇い立つ。

 

「カタストロフィ!!」

 

 その【黎明】を振り下ろして、双刃剣を粉微塵に砕きながら地に叩き付ける。

 強力な破壊のチカラは、大地を衝撃波として疾りながら隆起させ--

 

「どうせ、全て……灰に還る」

 

 赤ミニオンを呑み込み砕いた。

 

「……大丈夫か?」

「えっ、あ……」

 

 【黎明】を地面から引き抜いて、望は振り返る。視線の先には、尻餅をついてままで彼を見上げるルプトナ。

 

「……うん……」

「……そっか、良かった」

 

 眼差しに一瞬怯えた彼女だったのだが、目の前に差し出された掌と優しい笑顔。

 それに伏し目がちに、僅かに頬を染めて。そっと手を重ねた。

 

「……なぁ、俺と望の違いって何だと思う?」

「……何だ、薮から棒に」

 

 それを見遣りながら、蚊帳の外に追いやられている二人は言葉を交わす。

 

「いやだってよ、俺だってあんな感じで現れたじゃん。颯爽と駆け付けて危機救ったじゃんか。でも、俺に向けられたのは白い眼差しだけ。あんな感じにならなかったじゃねーかよ」

「気にすんなよ、俺も似たようなモンだった。詰まりアレだ……」

「何だよ?」

 

 空は両手を左右に開くと、掌を天に向けて軽く揺する。要するに『やれやれ』のジェスチャーだ。

 

「俺達は、何をどうやっても格好がつかない……『カマセの星』の下に生まれたのさ」

「そんな宿星要らねェェェッ!!」

 

 カマセ鴉の呟きと、カマセ狼の叫びは森閑に染み渡っていった。そしてその後、合流した神剣士達は口々に……

 

「また、ライバルが……」

「増えてしまったようですね」

「望くんったら……」

「「俺らの心配一切無し!?!」」

「……自業自得でしょう」

 

 捕虜となった空や、飛び出したまま戻って来なかったソルなどは眼中に無く。望とルプトナの二人が醸し出す雰囲気に口々に不満げな声を漏らしたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「……フン」

 

 座禅を組んで瞑想している男は、鼻白んだ。朱いマントと覆面を纏った、武士を思わせる筋骨隆々の偉丈夫。

 四方の開けた石造りの室内には、彼と数体のミニオンが存在するのみ。

 

「やはり練度が足りぬか……手駒とて質は重要だな。だが--」

 

 ミニオンの使役者である彼には判ったのだ、けしかけた数十体のミニオンどもがマナに還された事が。

 

「しかしまさか、本拠から連れて来た『ハイミニオン』共が五体も破壊されるとはな……」

 

 しかしまさか。この世界で製造したモノならともかく、『彼等』の本拠地から連れて来た強化版のミニオンまで敗れたのは意外。

 アレは下手な神剣士などよりも余程強力な存在なのだ。

 

「エヴォリアがムキになるのも、頷けるというものだ」

 

 立ち上がると、側に衝き立てていた長柄を握る。その刹那に膨れ上がる『闘気』。

 開かれた眼は、鬼神を思わせる威圧。引き抜いたは長大な薙刀。凄まじい存在圧を持つソレは紛れも無い『永遠神剣』。

 

「愉しみだ--久方ぶりに本気が出せる……!!」

 

 この世界に来て以来、初めての『戦』の気配に、彼は武者震いを覚えた--……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 森の中、木々の間を歩く少年。諸肌を剥き出し、腰に黒い外套を巻いたバンダナの少年はまたもや巽空。

 違いは肩に【夜燭】を担ぎ腰に【幽冥】を挿している事。そして壊れたライフルを、スリングの紐で巻いて固定した物を持っている事くらいだ。

 

【やー、しかしアッキーが無事で良かったよねゼゥー?】

【五月蝿い、私に振るなっ!】

 

 その周囲を飛翔する五つの宝石、クリスト達だ。特に先頭の赤黒二人はやんやん五月蝿い。

 

「……イテテ」

 

 靴を履いてはいるが、ただ包帯を巻いただけの足ではやはり歩きづらいらしい。更には先の闘いで木の根や石を散々に踏み、大変な状態になっていた。

 

--闘ってる間は脳内麻薬を垂れ流してるから気付かなかったけど、こりゃひでぇ。

 

 惨憺たる有様という奴だ。一歩踏み出すだけでもじくじくと痛みが走った。

 

【タツミさん、大丈夫ですか? やっぱり治癒を……】

「いいよポゥ、見た目ほど辛い訳じゃ無いからさ」

【…………】

「うっ!? いや、別に嫌な訳じゃ無いんだ! ただそこまで大した怪我じゃ無いだけで」

 

 心配そうに眉をひそめたポゥの提案を断る。それに悲しげな顔をされてしまい、彼は慌てて両掌をわたつかせた。

 

【【……ぷっ、くすくす】】

「…………」

 

 そんな姿をミゥとルゥの二人に笑われてしまい、ムスッとジト目を向けた。

 

 一行は、歩み続ける。目指すは例の洞窟、戦装束が干してある洞窟に向かって。

 

「…………」

 

 その道々、思い出した。先程の--人間と精霊の話し合いを。

 

 

………………

…………

……

 

 

 握手していた手が、解かれる。一方は人、七三分けの眼鏡の男性ロドヴィゴ。ウルティルバディア市長であり人間の代表。この捜索に案内として参加してくれていた青年団を率いていた人物。

 もう一方は精霊、大きな頭部に大きな単眼の小人『ンギ』。精霊の長である。

 

 まだぎこちなかったが、彼等は一歩踏み出した。不幸な擦れ違いを認め合い、和解にはまだ時間が掛かるだろうが、歩み始めたなら何らかの解決を見よう。

 

「……じゃあ、ボクはこれで」

 

 断りを入れて、ルプトナは一団から距離を取る。そしてンギの側に立った。

 

「一緒に来ないのか?」

「……ボクは精霊の娘。ニンゲン達と協力するからってニンゲンの街に行く必要は無いだろ」

「そんな事は無いわ、ルプトナ。貴女にはお礼もしなきゃいけないしね」

「『お礼』?」

 

 皆--空を除く皆が、ルプトナに微笑み掛ける。それは優しい、温かな笑顔だった。

 

「貴女のお陰で、人と精霊が手を取り合えた。そのお礼よ」

「……っ!?」

 

 一瞬で、顔を真っ赤に染める。そう、この話し合いは最初、どう見ても決裂の様相を呈していたのだ。『精霊の領域を侵した開拓団は精霊に殺されたに違いない』と憎悪を向ける人間、そんな人間達を『野蛮で残虐』と卑下している精霊達は、互いに互いの言い分を聞く耳など持たなかったのだ。

 

 それを纏めたのが、ルプトナの言葉だった。

 

『そうやって見たくないモノから目を反らして、知りたくない事に耳を塞いで一体どうするんだよ! ニンゲンも精霊も協力しないとあのヒトモドキに勝てないんだ! 変わらなきゃいけないって、何でそんな簡単な事もわかんないのさっ!』

 

 その、一言。子供の、余りにも子供じみた物言い。

 だが、その言葉に。子供じみた理由でいがみ合っていた大人達は前を向かされたのだ。

 

「あれはその……そう思ったから言っただけだし」

 

そこで彼女は、ちらりと仏頂面の少年……空を見た。

 

「……どんな出会い方でも、言葉を尽くせばきっと解り合えるんだよ。それを教えてくれたヤな奴がいるだけ」

「……ハッ」

 

 苦いどころか渋い顔をする空。そのまま、付き合ってられないとばかりに荒々しく地に衝き立てていた【夜燭】を担ぎ上げると踵を反した。

 

「……忘れ物を取って来る。先に行っててくれ」

「一人でか? 危ないだろ?」

「ああ、独りで。それに今は装備も在るし、皆の手は煩わす必要も無いしな」

 

 『ついて来るな』と背中で語り、彼は一団から離れて行く。

 

【我々クリスト族が護衛します。ノゾム様達は、ロドヴィゴ様達の護衛をお願いしますね】

 

 そんな空の後を追い、クリスト達が飛翔していった。

 

 

………………

…………

……

 

 

【くふふ……いや、しかし惜しいどすなぁ。間に合っとれば何体分のマナを食えたか】

 

 と、脳内に響く声。茶化すかのような、しかし本気で悔しがっているようにも思える声。

 

(ハ、神剣の癖に召喚も出来ないテメェが悪いんだよ。全く、本当に頼りがいのねェ相方だ)

【うわひっどー、先ず何より悪いんは、あの爆乳巫女はんに負けた旦那はんやありんせんか! あの乳揺れに目を奪われて!】

(奪われてねェェ、気を取られただけだァァ!)

【あ~~れぇぇぇ~~……あべし、ひでぶ、いでぇよぉ~!】

【あーあ、アッキーまた投げた】

 

 枝に弾かれて石に当たり、泥水の中に落ちた【幽冥】から悲鳴が木霊す中、ワゥがそう呟いた。

 崖に穿たれた洞穴に辿り着いた一行。空は、入口脇に【夜燭】を衝き立てる。

 

「それじゃ、此処で待ってて貰えますか?」

【さっさと着替えてきなさいよ。見苦しくてかなわないんだから】

【え、そうですかゼゥ姉さん? 動き易そうで私は好きですけど】

【貴女だけよ、ポゥ】

「はは……」

 

 苦笑して歩み入る。仄暗い洞窟内を暫く進み、空は--壁に手を衝きながら漸く歩む。

 

--クソッタレ……レストアスを体内に容れた影響か。躯が渇いて堪らねェ……。

 

 雷のエレメントのレストアスは、水分を奪う。今の彼は、血液が流れているのが奇跡に近い程渇ききっていた。

 視界に入る、清澄な水。しかし生水には違いないし異世界の細菌に抵抗力が勝てるとも限らない。ただでさえ、疲労しきっているのだから。

 

「……クソッタレ」

 

 思考時間零、結論は『飲め』。全会一致で可決された、致命的な結論。明日はトイレの虜だな、と苦笑する。

 四ツ足で、ほとんど這いながら湧水に手を伸ばすヒトという名のケモノ。

 

 そして--空の口が水面に付くよりも早く、彼の首に提げられた黒い鍵剣の歪な刃先が水面に差し込まれた。その刹那、鍵剣が黒金の精霊光を発して。

 

「--え」

 

 その波紋の間に垣間見たのは、この世のものと思えない情景。

 

 薄明か、薄暮か。黒金の太陽と白銀の望月が同時に眺める狭間の時、幽明たる薄紫の境界。

 切り取られたように虚空と虚海の境界線に浮かぶ孤島、その外周を緩やかに廻る七本の柱。

 

『Hummm~~♪ Hummm~~~♪』

 

 清らかな唄に誘われて、意識が揺らいだ。抵抗する必要も無いと本能で理解できる、まるで眠りのような安息。

 そのまま空は、深遠よりも深い無間へと墜ちていった……。


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