サン=サーラ...   作:ドラケン

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連鎖する記憶 森閑の水面 Ⅱ

 ぽっかりと口を開けた洞窟から歩み出る少年。その姿は--……何と言うか、野趣溢れていた。

 昨夜は気付かなかったのだが、割れた額から流れ出た血が付いていた服を洗濯、ついでに水浴びを済ませたまま外に出た為に上半身は裸。洗髪した頭には適当な包帯を巻き、長距離のランナーが穿くようなインナーのみの下半身には外套を腰布のように巻いている。

 

「あーイテ……特に頚が」

 

 硬い石の上で一夜を明かした体は軋みを上げており、一発貰った頚を摩って歩く度に胸元のお守りと鍵のネックレス、鳳凰の尾羽の羽飾りが揺れる。

 朝露の降りたジャングルの地面は柔らかいが、それでも一枚包帯を巻いただけで裸足に近い彼にはとても歩き辛い。小石や深い草叢を避けながら歩き、近くの乾いた木の枝や木の葉を集めていた。

 

「……ふぅ。どれもこれも湿気てやがる。使えるモノは少ねェな」

 

 たまに見付ける硬い枝を小刀のように逆手で構えてみるが、気に入らないらしい。小脇に抱えると別の枝を掴み上げた。

 ある程度集めたところで入口に取って返し、木の枝を組み合わせ枯れ葉を置く。

 

 そして巾着を……ルプトナが空の持ち物の中から唯一持って来ていた遭難用装備、この漂流に関係ない煙草好きの教員から拝借した年代物のオイルライターでもって、火を燈した。

 

「--火が出た! なにそれ?」

「うおっ!? おい、壊すなよ」

 

 いきなり真横に現れたルプトナに話し掛けられ、ライターを取り落としかけた。彼女はそれを手に取り、興味深げに開閉しては火を起こしたり消したりしている。

 代わりに空が手に取ったのは、ルプトナが近くの清流から採ってきた川魚だった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 パチパチと、爆ぜる焚火。何となしに顔を上げ見れば、視線の先にはまだライターを玩ぶルプトナの姿。

 

「……そろそろか」

 

 木の枝に刺されて焼かれている魚。その焼け具合を確かめていた空は、一本を彼女に投げ渡す。

 

「おっとっと……」

 

 気付いたルプトナはそれを器用に受けとると、代わりにライターを投げ返す。

 既に魚にかぶりついている空もまた器用に受け止めると、巾着の中に突っ込んだ。

 

「ング……おい、この魚って本当に食っていい魚か? パッサパサで味無いし、やたら小骨多いぞ」

「五月蝿いなぁ、全く……お前が食べたいって言ったんだろ。捕虜の癖に生意気だぞ」

「捕虜にも人権有んだぞ莫迦野郎、ジュネーブ条約全文読み上げてやろうか」

 

 言いつつ、巾着から取り出したのは……味噌。遭難セットに常備している調味料のひとつだ。

 なお、肝心の非常食の方は既にルプトナが平らげている。

 

「うわっ! お前、何を食ってんだよっ! それってウン……」

「味・噌だよッ! 日本人の心の一ツだッ!!」

 

 言われてしまい、ウン○にしか思えなくなった味噌を塗った焼き魚を頬張りながら。歪な会食は、続いていく……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 土を被せて火を消し、空は天を仰いだ。蒼穹に昇っていく白煙、幽鬼の如き白月。

 

「いいのかよ、水を掛けなくて? その方が煙が出るでしょ」

 

 そこに呼び掛けた、ルプトナ。彼女とて解っていて空に食わせたのだ。

 

「構わねーよ。家にはすこぶる鼻の良い奴が居るからな……これで充分だ」

「鼻? 犬でも飼ってんの?」

「クク……確かに犬ッていやぁ犬か--熱ッ!!」

 

 薄く笑いながら、焚火跡を踏み躙る。何気なく遣ったその行為、殆ど裸足という事を忘れていた。

 

「……んで、どうする? まだ、見付かるまでは時間有るだろ」

「お前に教えてやる義理は無いねっ。ボクはボクのやり方でノゾムを倒す!」

「どーぞ、ご自由に……それじゃ、俺も御暇するかな」

 

 ケンケン跳びしながら足裏に息を吹き掛ける。勿論、下は生装備ではない。先程も述べたが、運動選手が穿くアレを穿いている。

 

「勝手にしろよ。餌にはなったし、解放してやる」

「ッと……お前、コレ」

 

 そしてルプトナは、生い茂った草叢の中から抜き出したライフルと管と箱のマガジンを一本ずつを空に投げ渡した。

 運が良いというべきか、それは満タンのもの。

 

「森の中には危ない獣だって居るんだ、帰る時に必要だろ? 人間の街はアッチの方」

 

 恐らくは、森の中の気を探って神剣士に気付いているのだろう。指差す先は南西の方角、厚い木の壁に阻まれている。

 

「どーも。まぁ、俺は服が乾いてから出立するから……寝るわ」

 

 そのライフルの状態を確認し、チューブラーマガジンを装填してリロードして、ボックスマガジンを枕代わりに柔らかな草原の上に仰向けに寝転んだ。

 ライフルはいつでも使えるように小脇に置き、軽く火傷している右足を左足に組んで包帯を下げてアイマスクにする。

 

「…………」

 

 その様子を暫くじっと見詰めていたルプトナ。一分程もそうしていただろうか、唐突に溜息を吐き--刹那、風が吹いた。

 

「……呆れた、ホントに寝てら」

 

 首筋まで迫った、水の刃を纏う【揺籃】。にも関わらず空は一定のリズムで呼吸を繰り返しているのみだ。

 穏やかに上下する剥き出しの、鍛え上げられた強靭そうな胸板とエイトパックの腹筋。大きな疵が横・縦・斜めと三本も走り、その他も小さいモノを挙げればキリが無い。

 

 『敵同士だ』と……この少年は言った。その言葉を吐いた本人が、その敵にこんな無防備を曝して良いのか。

 確かに、迷っていた。ここまで深く人間と関わったのは、今ある彼女の記憶の中では初めての事。

 

 そしてそれは、彼女の心に燻る迷いの波を……湖面に波を起こす風の如く、大きくしたのだ。

 

「……でも、もう遅いよ。ボクは戦う事を選んだ。戦って守るって決めたんだ、あいつらと--」

 

 最後にもう一度だけ、寝ている少年を眺める。やはり変わらないリズムの寝息。

 弾も装填されているライフルを持っているのに、隙を窺っている様子すらない。まるで、『失神は睡眠時間にカウントしてない』と減らず口を叩いているように。

 

「……変な奴。ホント、変な奴だ、お前は……」

 

 そう、微笑み掛けて。ルプトナは跳躍して木の枝に登ると、鬱蒼とした森の中に消えて行った。

 

 

………………

…………

……

 

 

 森の中を駆け巡る影が二つ。望とゼゥだ。

 

「……ゼゥ、他の皆の位置は判るか?」

【……ええ】

 

 結構なピリピリムード。それもその筈だ、この二人は実のところ組むのは初めての事。

 余り会話も無く、森の中を探索し続ける。そんな中、望は壱挺の拳銃を握り締めていた。

 

【うーむ、近いどすなぁ……】

「ふむ、【幽冥】が言うには近いそうだぞ、ノゾム」

 

 漆黒の暗殺拳銃【幽冥】。それを握り締めて決意を新たにする。

 

「……早く見つけ出さないとな」

【……そうね。早く見つけ出して、あの馬鹿にお灸を据えないと】

「はは、そうだな--ッ!?」

 

 その瞬間、望に向けて黒い髪の少女が飛び掛かった--!

 

 

………………

…………

……

 

 

 目を覚まして、先ず感じたのは『生きていた事』に対しての安堵だった。賭けに勝利した達成感に包まれながら周囲を見渡すが、己以外の存在は無い。起き上がって、伸びをして--

 

「……おお、蛭が……」

 

 二の腕内側に食らい付いていた蛭のような生き物を、ライターで炙って落とす。そもそも、強靭な筋肉と皮膚に阻まれて牙が通っていないのだが。

 その後しばし全身を確認するも、他には居ないらしい。

 

「さてと、んじゃあ行くか--」

 と、洞窟に取って返そうとした瞬間に、森の中に爆音が轟いた。鋭く見遣れば、遠く木が倒れる音と鳥の羽音。

 

「始まったな……間に合えば良いけどよッ!!」

 

 土埃の柱が立ち昇るその地点を目掛けて、ほぼ裸足に近い足の裏に食い込む小石や小枝に草、その他諸々の痛みすら踏み潰しながら走り出す--!!

 

 

………………

…………

……

 

 

 土煙の中から飛び出つつ、黒い髪の少女は回し蹴りを放つ。二度振るわれたローリングソバットを受け切れずにその永遠神剣は粉砕され、最早守りは無い。

 

「--ランサーっ!!」

 

 そして、文字通りに『ケリ』が付いた。三発目の後ろ回し蹴りに頚を打たれて--

 

「……」

 

 『緑色の女』が消滅した。だが、まだまだ。森閑より涌き出る、色とりどりの女また女--

 

「くそっ……キリが無い」

 

ルプトナが毒づくのも無理はない。視線の先には赤・黒・青三体のミニオンが立ちはだかっていた。

 

「紅蓮よ、その力を示せ……」

「--そうそう好きにはさせないってのっ! アローっ!」

 

 赤の詠唱に反応し、彼女もまた印を結ぶ。刹那に現れた三本の氷の矢が、赤を狙って放たれ--

 

「沈め……氷の柩--アイシクルアロー」

「また……っ」

 

 青が紡いだ同じ氷の矢に、撃ち落とされた。ぶつかり合って砕け、破片が地面に降り注ぐ。これで四度、同じ『アイシクルアロー』で妨害されたのだ。

 そこに、術式を完成させた赤が双刃剣の切っ先を向けた。

 

「ファイアボール--」

 

 その頭に、真紅の花が咲いた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 『クロスディバイダー』で切り伏せられた黒髪の少女が消滅していく。これで彼等を狙った黒と緑二体の、計三体のミニオンは全滅した。

 

「ゼゥ、他の皆は!?」

【やっぱり襲撃を受けたらしいわ。こいつらが、市長の言っていた『ヒトモドキ』でしょうね】

「……だとしたら、マズい。空達も襲われてるかもしれない!」

 

 その可能性に、さっと頭に血を上らせる望。

 

【……安全を考慮するなら、皆と合流するべきだわ】

「そんなヒマはないだろッ!俺はこのまま行く--!」

 

 一方、落ち着いたゼゥ。そこに有るのは--

 

【--あの男は、少なくとも馬鹿じゃない。どんな状況でも自分を冷静に見詰めて、必ず生き残ってきたわ……アイツ自身の『壱志』でね】

「ゼゥ……」

 

 『確信』。信用している訳では無いし、信頼してもいない。だが、そこだけは間違いないと。彼女は知っている。

 

「……解った。皆と合流しよう」

【ええ】

 

 踵を返すと、合流するべく駆け出した。そんな、少し前方を飛ぶ黒い少女に向けて、望は要らない言葉を呟く。

 

「……ゼゥ、空をよく見てるんだな」

【--ば、馬鹿言わないでっ! 誰があんなヤツっ! 急がないと置いてくわよ!!】

 

 速度を上げ、二人は翔ける。

 

 

………………

…………

……

 

 

 虚空に画かれた赤い魔法陣にて、履行されたればマナを燃やして現れ出る奇跡の炎を行使しようとした赤のミニオン。

 

「--なんだよ、随分苦戦してんじゃねェか?」

 

 だが、その頭部を撃ち抜かれて式は不履行となった。赤い魔法陣は、空間に溶けるように消滅していく。

 

「……なんで、お前が……」

 

 ルプトナの視線は消えていく赤ではなく、それを成した少年へと向けられていた。

 スピンローディングでライフルに新たな銃弾を装填した少年に。

 

「『なんで』だぁ? ハ、虚仮にされっぱなし負けっぱなし借りっ放しで引き下がるような、ドMな趣味はねェんだよッ!」

 

 と、駆け出した。反応して跳び下がり、距離を取りながら闖入者を観察するミニオン達。

 空は構わずに、ルプトナのすぐ近くまで走り寄った。

 

「お前、何考えてんのさ。ボクが憎いんじゃなかったのかよ」

「テメェの名前はなんだ?」

 

 背中越しで掛けた言葉。およそ答えになっていないその返事に、ルプトナはぽけっと逞しい背中に視線を向けて。

 

「……ルプトナだよ。精霊の娘、ルプトナだ!」

 

 不敵な笑顔と共に、またもその言葉を返す。

 

「なら問題ねェな。俺が憎いのは『ナルカナ』、『ルプトナ』じゃねェよ。それに--マズかったし、この下が無い最悪さだったけど……飯と寝床の恩は返さなきゃあなんねェだろ!」

 

 背中でそれを感じたのか、空もまた笑った。強い衝動を抑え込むように狂暴な、爪を剥く猛禽類のような顔で。

 

「それで来たっての? やっぱりバカじゃん、お前」

「望と闘り合ってるかと思ってたんだよ、俺ァ。第一、一番驚いてんのは俺自身だっての」

 

 呆れ返った言葉に、呆れ返った言葉を返す。彼自身、己の阿呆さ加減に呆れているのだから。

 

--まさか俺が此処まで勝ち目の無い博打が好きな莫迦野郎だったなんてよ……!

 

「それ一つで闘う気? その銃ってゆうのは確か、弾が無くなると攻撃が出来ないんだろ? それで無くても弱い癖にさ」

「ハ、武器ってのは『可能性』の傷口を拡げる為だけの道具。大事なのは闘う気概、ヤル気が在るかどうかだろ。それでも要るッてんなら三ツ、飛び切りのが在るぜ」

「何だよ、飛び切りのって?」

 

 更に森の中からミニオンが歩み出て来る。青と緑に、白の三種。これで、この戦域に居るミニオンは青・緑・赤・黒・白の各属性が二体ずつの計十体。

 

「--遣い手たる躯に鞘たる心、刃たる……魂がな!」

 

 言い、三度剥き出しの己が胸を叩いた。その開き直りでしかない文言に、少林寺木人拳に似た構えを見せたままで彼女は。

 

「そんなの、ボクだって持ってんじゃん。ばーか」

「煩せェ、持ってねェ奴らが目の前にいんじゃねーかよ。心も魂もねェのがよ」

 

 各々の前方にミニオンを捉えて構える。そこに響く第三者の声。

 

『……決定したな、『俺』。もう間違いない……お前は『オレ』と敵対した……!!』

(初っ端に喧嘩を吹っ掛けてきたのはテメェの方だろうがよ? 俺は受けた恩も屈辱も忘れねェ……邪魔するなら勝手にしろよ)

『ククク……邪魔するまでもねェだろ? 今回は俺の助けも神剣の助けも無い。死ね、失敗作!!』

 

 『紅い闇』からの啼き声、無数の鴉の哄笑。

 

(--悪りィけど、その期待には応えられねェわ……)

 

 それに悠然と口角を吊り上げて、ライフルを構える。そして、腹に力を篭めて--。

 

--さぁ、覚悟を決めろ。今まで積み上げてきた鍛錬と研鑽を総て出し切れ。運でも何でも、使えるモンは出し惜しむな……!

 生き残る。何としたって、俺は生き延びる!

 

「名前……」

「あ?」

 

 決意を固めて、身を熱しながら心を冷やして魂をニュートラルに。その最中、声が懸けられた。

 

「お前の、名前は?」

 

 背中越しに掛かった声に、張り詰めた緊張を解けないまま。そういえば、まだ名乗っていなかった事を思い出す。

 一瞬、隙になるまでも無い刹那の間、琥珀の瞳を閉じて。

 

「--空だ」

 

 そして高らかに、濁った黒金の髪を揺らして吹き抜けた密林の風に背中を押されるかの如く。

 誇りに充ちた声でその名を唄い上げながら。

 

「お前ら神剣の担い手どもの天敵……『神銃士』巽空だ!」

 

 まるで水面に落ちた墨汁が拡散するかのように空間を染めゆく、黒耀石の色をしたダークフォトンを煌めかせた--……

 

 

………………

…………

……

 

 

「精霊光結界、展開。コンセントレーション」

 

 掲げられた白の杖より魔法陣が発せられて、加護が展開された。味方の防御力を底上げする集中のオーラ、そして--

 

「命を削る、閃き……」

「--ッ!」

 

 それを目眩ましに、一瞬の内に空の懐に飛び込んだ黒。胸糞悪い薄ら笑いを浮かべており、既に刀は鯉口が切られている。

 

「--極限まで、いくよ」

 

 『月輪の太刀』の上位互換技である『飛燕の太刀』。鞘走る刀は先ず横薙ぎの壱の太刀を繰り出し、続き袈裟掛けの弐の太刀。最後に駆け抜けて、反転する為に回転した勢いに載せた参の太刀が振るわれる--筈だった。

 

「グ、ふッ--……野郎!!」

 

 少年が、黒が初太刀を抜くまでに突進して柄尻に打たれながらも、腕にしがみつかなければ。

 

--クソッタレが……肋骨とか、折れてないだろうな……!

 

「--破ァァァッ!」

 

 至近距離の黒の顔に向けて空はライフルの銃床を鈍器として突き出す技『フレンジー』を見舞う。しかし黒は、緑の展開する広範囲物理防御『ディバインブロック』の厚い大気の守りに包まれており、届かない。

 

「--てやぁぁっ!」

 

 それに合わせて、隙だらけの黒の背中に回り込んで後ろ回し蹴り『レインランサー』を後頭部へと見舞ったルプトナ。

 黒はその衝撃に前のめりとなり銃床によって顎を砕かれながらも、辛うじて飛びのいた。

 

「ちょっと、アキっ! お前、何出し惜しみしてんだよっ! その鉄砲であいつら撃てよ!」

「誰の所為だ、莫迦! テメェが俺の装備全部棄てやがったから、マガジン一本ずつしか使えねェんだ! 弾の無い銃なんて只の鈍器、節約する必要があんだよ!」

「なんだとー! さっきは散々、カッコつけた事言ってた癖にー! 大体、服くらい着て来いよっ! あの服、ボクの蹴りで破けないくらい頑丈じゃんか!」

「心構えだッつーの! だから、俺は望と闘り合ってるかと思って息急き切らして来たんだよッ! それに本気の神剣相手にはあんなモンじゃ意味無ェ!」

 

 転がり、隊列に戻った黒を尻目に二体の青や他の黒に次々と斬り掛かられながら。二人はそれらを躱し、或いは捌きながら喧々諤々と口論する。

 その合間に、ライフルにダークフォトンを流し込む空。

 

--強力な物理攻撃力を持つ青と強力な物理防御力を持つ緑の相性は……緑の方に僅かだが分が有る。しかも白い奴が展開した集中のオーラ『コンセントレーション』は、防御力を上昇させるもの。

 

 ダークフォトンを満たした銃弾を射出する。だが、それはやはり大気の壁に阻まれた。

 

--真正面からじゃ突破は極めて困難。だから……ウザってぇ薄幕を打ち破らせて貰うとしようか、科学が神秘のベールを引き裂いてきたように!

 

 銃弾は、大気の壁に減り込んだ状態で黒耀石色の渦を発して収斂。倒すには至らなかったものの、周囲にダメージを与えながら光を掻き消して空間に溶けた。

 否、相殺したのである。オーラフォトンと中和される性質を持つダークフォトンで、白が展開した『コンセントレーション』を。

 

 黒い光の収斂による空間破壊の神剣魔法『シェイドクランチ』に、敵の有利は消えた。

 これが『触穢』の神名を篭めた煉獄のオーラ『デリュージョン』ならば逆に不利に貶しめる事すら出来たが、【幽冥】が無い現状でオーラは使えないし、今の状態で神名に頼る事はしたくなかった。

 

「終わりとは、死。その瞬間まで歩き続けるの」

 

 その間にも包囲を徐々に狭め、致命の一撃を与えるべくミニオンはジリジリと漸進して来る。

 更に折角与えたダメージや重傷の黒も、後方の緑の発動した治癒魔法『ハーベスト』を受けて全快していた。

 

「凍えるマナよ--」

 

 その漸進を止める為にルプトナは印を結ぶ。凍てつく電撃により、ミニオン達のチカラを奪うその術式を。

 

「凍てつく風よ、凪げ……」

 

 そこに、風は吹く。青が紡いだ奇跡、純粋な青いマナの凍える風はマナの振動すら凍結させる--

 

「--遅い」

 

 その詠唱の為に足を止めた青を『クイックドロー』で撃つ。螺旋を描いて飛翔する銃弾は大気の壁に減り込み--貫いたが、僅かに狙いが逸れた事と回避された事で青の肩を撃ち抜いたに留まった。ただ、『アイスバニッシャー』の妨害には成功している。

 

「--ステイシスっ!!」

 

 ルプトナの術式が完成し、零下の電撃が放たれる。包囲網を狭めつつあったミニオン達は、為す術なく巻き込まれ--

 

「……無駄」

「ちっ!!」

 

 威力が足りずに、赤の展開した広範囲魔法防御『イミニティー』に完全に無効化された。

 

「クソッタレ、面倒臭いくらいに統率がとれてやがんな」

「攻撃が通じないよー」

 

 愚痴を吐きながらも空はスピンローディングしてリロードして、ルプトナは神剣【揺籃】に意識を沿わす。

 と、ミニオン達がチラリと視線を交わし合った。それだけで意志を疎通したらしく、濁った二十の瞳が獲物を捉える。

 

「一体ずつ潰すしかない、いくよアキっ! 援護して!」

「命令すんな! けど遣ってやる、来い木偶人形ども! 人間様を無礼んなよッ!」

 

 水刃を発する【揺籃】、黒い虹の煌めきを放つライフル。

 それに突き出される西洋剣に槍、双刃剣、刀、杖。ミニオン達もまた、各々の神剣を構えて--

 

「「「「「--来たれ」」」」」

 

 その永遠神剣が、各属性を象徴する色に輝いた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 森の中を疾駆する影。目で追う事も困難な程の速度で走っている、大きな何かを背負った影。

 その行く先に、青・赤・赤・緑のミニオンが踊り出た。

 

 

………………

…………

……

 

 

 深閑な森林が激震する。木々が薙ぎ倒され、その合間から二人が転げ出た。

 開けた小高い岡の上には、環状列石のような建物がそびえ立っていた。

 

 空とルプトナはどちらも上手く受け身を取り、止まらずに駆けて行こうとする--丁度その二人の間を、土埃の柱が分断した。

 

「クソッタレ……ッ!?」

 

 舞い上がった土埃に咳込みつつ、視線を上げた。目の前には--たった今隆起した土塊の列柱。

 

「アキー、大丈夫!?」

「こっちは何ともねェ--?!!」

 

 それにいち早く気付けたのは、今まで積み重ねてきた研鑽の賜物だろう。背中に飛び掛かって来た、赤い影に。

 

「ピキィィィィィィ!!」

 

 後転で自身をかい潜った人間に、その可聴域を越えた金切り声を上げたソレは--炎を纏う真紅の蜥蜴。

 『火炎のガンカ』。下位の永遠神剣から現出した赤属性の、使役される者の神獣。火蜥蜴と呼ばれるエレメンタルの一種で、数千度の炎を纏い敵を焼き尽くす。

 

「ぐアッ!?」

 

 更に上空より降ってきた嚢鰻。後ろに跳んで巨大な牙を回避した空だったが--電気を纏った触角に打たれて転がった。

 『獰猛なアギト』。青属性の、同じく使役される者の神獣。深海に潜み、電撃で敵を弱らせて強靭な顎で獲物を噛み砕く狩猟者。

 

「次から次に……!」

 

 直ぐさま立ち上がり駆け出すも、激震し続ける地に足を取られて屈む。その頚が合った地点を黒い一閃が薙いだ。

 爪の生えた羽を持つ、吸血鬼の腕による一撃が。

 

 『闇のウツツ』。黒属性の神獣。狙った獲物の断末魔を、無上の悦びとする外道。

 

 偶然だろうと何だろうと、運も実力の内だ。しかし、状況は依然として最悪だった。

 揺れていた地面が割れて、震源が姿を現す。緑色の、三股の顎を持つ巨大なガラガラ蛇が。

 

 『地嵐のオロ』。威容に反して温厚だといわれる、地震や地割れを自在に操る緑属性の神獣。

 

「グルォォォォォォッ!!!」

 

 戦場に響く雄々しき咆哮。土煙の向こうから歩み出る、白い百獣の王。

 『白のタテガミ』。その外見に相応しい誇り高い気性を持った、白属性の神獣。その咆哮には仲間に意志と勇気を与え、敵の戦意や希望を挫くという。

 

「壮観だな、幻獣動物園ッてか」

 

 吐き捨てながら、立ち上がる。土柱の向こうからは剣戟音が繰り返し響いて来ている。

 ミニオン達はルプトナを狙い、神獣達が空を狙う。現出した神獣はともすれば弱点となる。だが、それは『神剣と闘えるだけの力』が有る相手の場合だ。

 

 空にそのチカラは無い。それをミニオン達は見抜いていた。故に分断して確固撃破を狙う為に神獣も呼び出したのだ。

 

--クソッタレめ……! まさかこのミニオンども、『銃』の事を知ってやがるのか!

 

 眼前に並ぶ、いずれも己の手に余る神威の顕現達。その、己の手の内を知るかのような動きに注意深く視線を巡らせる。

 しかし--それが陥穽だ。注意を散じるべきでは無かった。その注意を別の方向……例えば。

 

「--ガハッ!?」

 

 地面に潜ったままの、オロの尾に向けるべきだったのだ。

 地面から斜めに突き出した土柱に打突されて、後方に数メートルも飛ばされた。土の柱に叩き付けられて、地に落ちるや嘔吐する。

 

「カ、ハッ……!」

 

 その吐瀉物に、赤黒く濁った血が混じっている。内臓をやられたのかもしれないが、死んでいないだけマシだろう。

 しかし、無力化された。回復の手段を持たない彼が、これ以降の戦いに耐えられる訳が無い。

 

 後は、捻り潰すだけだ。そんな獲物に、五体のミニオンと神獣はにじり寄る--

 

「--たぁぁっ!」

 

 その瞬間、空の背後の柱が蹴り砕かれてルプトナが飛び出した。

 

「ハァ、ハァ……アキっ!?」

 

 だが、助けに来た訳ではない。彼女も彼女で満身創痍。ただ単に状況を打破しようと、その意見を求めて来ただけだ。

 そこに、地に倒れ臥した空が目に映る。慌てて肩を貸せば、弱々しく呻き声が返るだけ。

 

 眼前には五体のミニオンと神獣、後方からはミニオンが五体。

 

「くそっ……どうしたら」

「……んだよ。もう諦めたのか、ルプトナ?」

「アキ……! でも、こんな状況でどうしたら良いんだよ」

 

 青のミニオンが歩み出る。神獣を現出させていない方だ。

 

「諦めんな……まだ、死んでねェだろ……! さっきの緑じゃねぇけどな、死ぬまでは膝を折らずに歩き続けるモンだッ!」

 

 ルプトナの肩から離れて、己が二脚で立つ。打ち付けて割れた額から流れる血を止めて、空は銃を構えた。

 視界は歪んで、霞んで見える。元より一撃でも受ければ死ぬ脆弱な身、今生きているだけで奇跡。

 

「敵性殲滅……」

 

 その奇跡を砕くべく疾駆する、肩に傷を持つ青。神剣には凍気が纏わり付き殺傷力を上げている、その名は『へヴンズスウォード』。奇しくも、『天国』の名を持つ剣戟。

 

「--っ!」

 

 対応して水の防楯『ウォーターシールド』を展開したルプトナ。だが--薄い。これでは一撃すら耐え切れまい。

 

「これで、終わり……」

 

 例え止められたとしても、この数の暴力の前には立ち向かいようが無い--!

 

「--ウォォォォォォォォン!」

 

 

 凄まじい圧力を伴う黒狼の咆哮『ディクレピト』に気圧されて、青の剣が止まる。

 それに気を取られて防御を疎かにした青の顔面に--

 

「崩山槍拳!」

「--ガハッ!?」

 

 黒い精霊光を纏う爪、【荒神】が打ち込まれた。

 見事なクロスカウンター、完全に勢いを逆手に取られた青は蒼い燐光に変わり消滅していく。

 

「先ずは一丁上がり……ッと」

「「…………」」

 

 つい先程まで場を充たしていた悲壮感やら何やらを完膚無き迄に打ち砕いて。

 かつて、神世の古に"闘争の神"と呼ばれた男が。

 

「……俺、参上!」

 

 『荒神のソルラスカ』が大見栄を切りながら現れ出た--!!

 

「アキ……あれ、お前の仲間?」

「……仲間じゃねぇって、あんな恥ずかしい奴」

『……スマンな、少年少女。アレが主なりの決め方なのだ』

 

 向けられた三対の視線はいずれも冷たい。ミニオン達も空達も、神獣である黒い牙も。

 

「よぉ、無事……じゃねーみたいだな。こいつらを片付けてから、しっかり理由を聞かせて貰うぜ」

 

 そんな事はどこ吹く風である。ソルラスカは一度、ルプトナの方を睨み--それに気付いた彼女が空の影に隠れたのを見て苦笑いをすると、黒い牙を神剣に戻す。

 そしてその背に負っていた黒い包みを解き、地面に衝き立てた。

 

「そら、テメーの得物だろ、空。それともギブアップか?」

 

 衝き立てられた、片刃の大剣。柄尻に結わえられている朱い飾り紐が風に靡く。

 

「ぬかせ……やっとツキが廻ってきたんだ、こっからが本番だ!」

 

 痛む全身を鼓舞しながら、柄を握り締める。刹那に帯電し始める【夜燭】、片鱗のみ貸し出されたレストアスの一部だ。

 そして発揮するダークフォトンによる加護……己の限界まで能力を引き出す事を可能とするオーラ『限界到達』を展開した。

 

「おお、こりゃスゲェ。よっしゃ、ここからの俺は一味違うぜ! 全員ブチのめす!」

 

 それを受けて、【荒神】に黒いオーラを纏ったソルラスカは地を踏み砕きながら吠える。

 

「何だか解らないけど、とにかくやるって訳だ……」

 

 そんな二人の様子を眺めていたルプトナ。彼女もまた、強く漲る眼差しのままに。

 

「ふぉぉ……漲ってきたぁっ--いくよ、じっちゃん!!」

 

 流れ込むダークフォトンの強化に、【揺籃】を蒼く煌めかせつつ構えを取った。

 三人を囲む包囲は九と五。そこにソルラスカを追跡してきた四体が合流した計十八。

 

「グルァァァァァッ!!」

 

 白のタテガミが、吠える。展開されるは『インスパイア』。漲る力に後押しされ、一斉に身構えるミニオン達とその守護神獣達。

 

「空、競争しようぜ? どっちがミニオンをより多く倒すかでよ。負けた方は勝った方の言う事一つ、何でも聞くって事で」

「下らねェな。つーか、限りなくテメーに有利な条件じゃねぇかよ神剣士……オーケー乗った、目にモノ見せてやる!」

「何だよ、ボクは蚊帳の外かよ」

 

 だが、三人には不思議と恐れはない。何を隠そう、この三人組は似た者同士なのだ。

 

 考える事の嫌いなソルラスカ、行動第一のルプトナ、理屈っぽい癖に直情傾向の空。

 元より、どいつもこいつも後先など考えない阿呆。彼我の戦力差など--眼中に無い。

 

 三人はゆっくりと後ろに向けて腕を伸ばす。別にそれは予定してはいなかったが、同じ動作で拳を一度打ち合わせる。

 サムズアップした拳を。

 

「「「--スタート!!」」」

 

 それが--三人組の開幕の狼煙だった。


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