因果の楔 輪廻の轍 Ⅰ
天を見上げれば幾億もの星々。地を見下ろせば果てし無き深淵。夜ではなく、それがこの世の理。常夜にして、静寂の世界。
僅かな足場には幾何学的な紋様の刻まれた箱状の石が蒼い燐光を放ち、植物の根がそれらを搦め捕り固定している。
薄暗いその世界に、男は無言で佇んでいた。腕を組んで瞑想するように目を伏せる、黒髪に中華風の装束に身を包んだ男。
その足元の石畳には紅い三日月が、突き立てられている。僅かに開けたその空間には十数人、剣や槍などの武具を構えた者達の姿。
「ほ、本当にうまくいくのか……相手は、あの……」
「そうだ、奴の『
だが彼らは男と違い、余裕無く怯えていた。まるで、猫に怯える鼠のように。
「――ハ、南天神ともあろう者共が随分と弱気な事を言う。如何に『浄戒』が強力な効果を持とうと、神名である以上は我が『
それに大して取り合う事も無く、男は目を閉じたままでそれだけを口にした。明らかに勝利を確信した口ぶりで。
そんな自信を反映したかのように彼の周囲に滞空していた生命を感じさせない機械じみた数十体の人型……簡単な鎧を着込んだ雑兵を思わせる『兵士達』が、単眼を光らせた。
そこに彼方より四人組の男女が歩み出る。
「……来たか。待ち侘びたぞ」
呟いて、腕を解いた男が一団に目を向けた。さながら猛禽の如く鋭い鳶色の三白眼、並の人間なら戦慄を禁じ得まい。
「ええ、来てやったわ……アンタ如きをわざわざ殺してやりに!」
つまり、その視線に曝されても尚そう叫んだ少女は人間ではないのだろう。白いワンピースを纏う、美貌に憎悪を満たした黒髪の娘。その後ろに立つ三人の内二人も、一様に憎悪を向けている。
だが男は三人には目もくれずに、三人の背後に立つ一人の少女に目を向けていた。
「やはり美しい……我が月よ」
その眼差しから険悪さが取れ、代わりに親愛の光が燈る。
「…………」
だが、少女は反応を返さない。人形じみた無表情のショートボブの娘は。
「御託はいい、早く掛かって来い南天神ども……『
人形の如き少女を青年の眼差しから護るかのように、三人の内の一人の青年が歩み出た。茶髪碧眼の、精悍な青年が。無表情な挑発と共に、その両手に持つ双子剣の片方を向ける。
「……~~~~ッ!」
碧眼の青年が立ち塞がった刹那、黒い青年は憤怒を見せた。それは、先程の白服の少女が見せた物よりも更に深く、強い憎悪。その激情に抗う事は無く、彼は足元の『三日月』を引き抜いた。
「ああ……そうだな。『オレ』も早く愉しませてもらうとするさ。貴様の惨めな死に様を!」
それは--剣だ。深く湾曲した鎌状の刃を持つ『剣』。そこから流れ込んでくる無尽蔵の、今なら造作も無く『神』すらも殺せると自覚できる程の力。その剣の刃を空いた手で握り締め、装飾じみた細かな溝に己の内で沸騰する濁りきった赤黒い血を流す。
他の男達も、各々の持つ似通う雰囲気のそれを碧眼の青年に突き付けて。最前に立った彼は、血の滴るその剣を突き付けて力の限り叫んだ。
「破壊と殺戮の神――――ジルオル=セドカァァッ!」
憎しみ募る、その神の名を。