サン=サーラ...   作:ドラケン

16 / 95
決戦 生命の灯火 Ⅰ

決戦 生命の灯火二週間目。現在彼等は、ラハーシアの街に入っている。あの後、宣言通りに使節を派遣し、すぐさまその使節の首級が送り届けられた事で飛将ダラバの率いる軍事国家グルン=ドラスと姫騎士カティマ率いるアイギア解放軍は激突した。

 緒戦は正に地獄の様相を呈した。ミストルテに攻め入る多数の鉾に無数のグルン=ドラス兵士達。その先鋒だけでも、解放軍の軍勢の倍以上だった。拮抗しえたのは、やはり二人の『歴戦の神剣士』が加わった事が大きい。

 

 豪快に全てを殴り伏せる『荒神のソルラスカ』と、流麗に全てを斬り伏せる『疾風のタリア』達が加わった事が。

 その突破力を活かして、返す刃でラハーシアを解放した。現在は、ネルパーに篭るグルン=ドラス軍と睨み合いの膠着状態に陥っている。

 

 

………………

…………

……

 

 

 天頂に架かる望月。仄かに金色に煌めくその涼しげな光を浴びて鴉は、木の上で獲物が訪れるのを待っていた。その引鉄が引かれ、暗い森の中に砲炎が煌めく。

 

「…………」

 

 枝の上で狙撃体制をとっていた影が、動きを見せた。黒尽くめのそれは、間違いなく巽空。

 

 手にはライフル。狙撃用高倍率スコープと赤外線暗視装置に加え、更にサイレンサーとフラッシュハイダー兼用のコンペンセイターまで装備されていた。

 

--俺の夜間営業、『鼠獲り』だ。何せ、【幽冥】を使えば斥候を炙り出すなど造作も無い。しかも相手はその役割柄単独行動で警戒にはどうしても穴がある。

 その上でコチラは気付かれないのだから、狙撃するのは拍子抜けするくらいに簡単だ。簡単過ぎてむしろ刃応えが無い。今更だが、本当に悪質な神剣だ。

 

 今日掛かった獲物は鉾ではなく人間の兵士。その死体が背負っていた荷物の中から、地図と食料を頂いてある。いわゆる偸盗戦術、ゲリラ戦術だ。

 

「……お、これは敵さんの配置図か」

 

 ライフルを肩に担いで乾燥肉を囓りながら、月明かりでその内容を確認した空が色めき立つ。

 その懐から無線機を取り出すと、直ぐにコールした。

 

「もしもし、こちら巽--」

『お掛けになった電話番号はただ今使われていません。もう一度お確かめになって……ふぁ、二度と眠ってる時間に掛けてくるんじゃないわよ』

「フザケてる場合じゃ有りません、会長。敵の配置情報を手に入れました。取り敢えず、今日は帰還していいですか?」

 

 漸く手に入った敵の虚を衝けるかもしれない情報だ。正直な所、ただ攻め込むだけならばいつでも出来た。

 それをしなかったのはネルパーに篭る敵兵が追い詰められて民に手を出すのを避ける為。

 

『OK、皆を起こして待ってるわ。十分以内に帰ってきなさい』

「了解、雇用主」

 

--鍛錬ばかり繰り返すのも悪くないが、流石に気が急く。やはり一番の鍛錬と成るのは実戦だ。

 まぁ、その暇な時ももう終わる。また忙しくなりそうだ……

 

 無線機を懐に仕舞い、彼はもう一度だけ月を見上げ--ライフルを肩に担ぐ。

 躊躇い無く、夜の闇の底に飛び降りる。そして茂みの中に隠していた原付きを……ガソリン切れを反省して、手間を掛けてタンク部に『根源変換の櫃』、エンジン部に『嵐の干渉器』を配置して電動ならぬマナ動へ改造して、外装を追加したバイクに乗り込んだ。

 

 炉に火を入れられて、勢いよく回されたアクセルに嘶く鉄馬。

 ヘッドライトとテールライト、そして排気瓦斯の代わりに金色のマナを噴き出すマフラーの残光が、さながら神馬の尾のように軌跡を残した。

 

 

………………

…………

……

 

 

 レジアシスに布陣するグルン・ドラス軍の本隊。先陣の鉾は既に進軍し、アイギア解放軍と交戦を開始している。

 

「よいな、貴様ら! 将軍様より借り受けた鉾どもが天使なる奴らを片付けた後、我々は残党の掃討を行う!」

「「「--オォォォォ!」」」

 

 その最前にて、馬上から兵士を鼓舞するグルン・ドラスの将兵。一際豪奢な鎧を身に纏った彼は、帯びていた剣を高く掲げ--

 

「何、こちらの戦力ならば奴らの七倍だ。アイギア何するもの--ぞぉアガァァァ!」

 

 背後からの飛翔物に刺し貫かれ、木製の門扉に突き刺さった。

 

「--こんちは、アイギア解放軍の天使でーす」

 

 それを成したのは、他でも無い空。黒鉄の馬--バイクに跨がり、その肩にはロケットランチャー……『RPG-22』を元にした対戦車ロケット砲を担いでいた。

 

 無論、そこから放たれた砲弾は--

 

「--う、うわぁぁぁぁぁっ!」

 

 炸裂した。それは敵を殺傷しただけでなく、固く閉ざされていた門扉も焼き壊した。

 正面突破を許し、浮足立った所に本隊を送り込まれて敵の戦線は瞬く間に瓦解する。

 

「ひ、ヒィィィィッ!!!」

 

 圧倒的な神剣士の突破力の前に、グルン=ドラスの兵達が恐慌をきたす。『無敵の駒だ』と信じて疑わなかった鉾が、目の前で一掃されたのだから。

 

「退け、退けェェェ!!!」

 

 我先にと部隊長が逃げ出した。もう守備隊の統率は瓦解している。都市入口までの門へ到る道は、既に開いていた。

 

「続けぇぇぇっ!」

 

 先頭のカティマが、【心神】を構えて突撃する。その脇を固める五人の神剣士。クリスト五姉妹達は後続の主力部隊の護衛、加えて周囲から集まって来る討ち漏らしの鉾の掃討を担当している。

 門を打ち砕いて、一団は都市に雪崩込む。待ち受けるは中隊規模の鉾。その一団に--。

 

「任せとけ、往くぜタリア!」

「何、命令してんのよっ!」

 

 その二人の接近を許した鉾ども、それで命運は決した。

 

「らぁぁぁっ!!」

「【疾風】……往くわよっ!」

 

 ソルラスカの剛拳『猛襲激爪』が打ち切り、タリアの雪纏う薙刀『チリングアッパー』が次々に鉾を斬り屠る。

 

「へっ、手応えねェな」

 

 血煙の中に立つ荒々しき悪鬼の如き男、その身には大量の返り血を浴びている。

 

「手慣らしにも成らないわね」

 

 舞い散る紅氷晶が煌めきを放つ中に佇む女。その身には、一滴の返り血すら浴びていなかった--

 

 

………………

…………

……

 

 

 レジアシスまでを解放した一行は、残る道程を一気に駆け抜ける為に身を休めていた。

 

「あー、目ぇショボショボする」

 

 最近は日課と化している銃器類の手入れを終えた空は、眉間の下をマッサージしながら食堂へと水を飲みに来ている。

 尚、もう片方の手には図書室で見付けた現代戦装備の解説や紹介をしている本だ。参考書として、それを借りている。

 

「あれ、空くんだ。こんな遅くにどうしたの?」

「うおわっと、の、希美!」

 

 と、何気なく扉を開けたそこに彼の想い人の姿がいきなり現れた。それに平静をあっさりと失ってしまう辺り、この少年もまだまだ青いといったところか。

 

「あう、そんなに驚かなくても。傷付くよ」

「いや、その、つい……」

 

 可愛らしくむくれた彼女へと、取って付けたような笑顔を向けて所在なげに今まで読んでいた本を背中に隠した。

 内容を見られたら引かれそうな、オタク臭の漂う本を読んでいたのを片想いの相手には知られたくなかったのだ。

 

「今日はお疲れ様、空くんのお陰ですごく早く解放が終わったよ」

「いや、俺のやった事なんてただの破壊工作だよ。解放は他の皆が頑張ってくれたお陰だ」

 

 それに気づいてはいないのか、見て見ぬ振りをしてくれているのか。彼女は労りの言葉を掛けた。それに、空は……沈鬱とした言葉を返す。

 

「俺には……壊すとか、殺すしか能が無いからさ。他の皆みたいに、生かす為の力なんて無いし」

 

 人を導く力を持つ望に纏める力を持つ沙月、癒す力を持った希美。カティマやソルラスカやタリアは、世界を救うという理想を貫く力を持っている。

 それに対して、己のなんと空虚な事か。一体いつ自分に牙を剥くかも分からない力に、意味の無い目標を掲げる自分が。

 

 解放軍の兵士や町人らもそれに気づいているらしい。他の面々に向けられる称賛の言葉や眼差しとは対照的に、彼へと向くのは--古来は暗殺者、現代では狙撃手に送られる……卑怯者を見る目。加えて、ヨトハ村以降に加わった兵士らが元々の世界の学生や占領地の住人に手を出さないように暴力による綱紀の粛正も行っている為に、更にそれに拍車が掛かっている。

 せめてもの救いはヨトハ村以来の兵士達と、実際の戦場での空を見た事の無い学生達からはそんな目で見られていない事くらいか。

 

「……そんな事無いよ。空くんは、いつだって一生懸命だもん」

 

 俯いた彼の顔を覗き込むように、希美の穏やかな顔が傾く。

 

「他の誰でもない、自分の為に。自分が大事に思う事の為に、全力で頑張り続けてるくーちゃんは、格好いいよ」

「……のんちゃん」

 

 にこりと笑いかけられ懐かしい呼び名で呼ばれ、思わず苦笑して懐かしい呼び名で返した。小学校の卒業以来止めていた、懐かしい呼び名で。

 

「ふふ、なんだか懐かしいな。前はよく、そう呼び合ってたよね」

「ああ。流石に今、こう呼ぶのも呼ばれるのも恥ずかしいけどさ」

「あはははは、実はわたしも」

 

 胸元で手を組んで、優しく笑う希美に釣られて空も微笑む。彼は食堂内に踏み入り、蛇口を捻ってコップに水を注いで飲み干した。

 

「ふぅ……よし、それじゃあ明日に向けて早く寝ないとな」

「うん、そうだね……くーちゃん、明日は……気をつけてね」

 

 背伸びと欠伸をした後で希美に呼び掛けてみれば、返って来たのは今までとは真逆の心配顔。

 

「ああ--俺の全てを投げうってでも気をつけるよ、のんちゃん」

 

 それに、笑顔を見せた。空元気以外の何でもない笑顔を見せて、食堂を後にした。

 そして廊下をとつとつと歩いていると、一つだけ開いた窓。そこで立ち止まって気怠げに窓外の月を眺めていれば、からかうような声が頭の中に響いた。

 

【旦那はん旦那はん、今、なんや良い雰囲気醸してはりましたなぁ。コレはあれと違いますのん、俗にいうフラグ立て--ふぎゃぁぁ~~~……】

 

 と、そこで腰の【幽冥】を握り締めて思いっ切り投げ飛ばした。そのまま実に面倒臭そうに、その実--酷く意外だったように。

 

「…………そうか、そうだったな。俺は、『くーちゃん』だった」

 

 そんな事を、ぽつりと夜の闇に呟いた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 グルン=ドレアス城塞都市は、玉座の間。暁は遠く、まだ太陽は地平線から顔を覗かせてもいない。しかし、白み始めた夜明け空に燭灯は吹き消されている。

 僅かな近衛兵と鉾が控えるだけの一室、微睡みから目醒めた玉座の主は腰掛けたままソレを眺めていた。

 

「…………」

 

 細かな鎖に繋がれた、首飾り。その小袋を見る度に、屈辱を思い出す。口腔内に拡がった、錆鉄の味を。

 

「……フ、フフフ……!」

 

 そして、何と昂ぶる事か。童と舐めきっていたとは言え、殺すと定めて仕損じた事など彼が殺戮者として歩んで来た生涯に於いては一度しか無かった。

 更に言うなら永遠神剣【夜燭】を手にして以来、傷を負ったのも一度きり。

 

 その小袋を握り締める。中身が砕けてしまわんばかりの力だったのだが、思いの外頑丈なのか歪む事すら無い。

 

「レジアシスまで、陥落したそうですわね」

 

 響いた声に、彼は鬱陶しそうに顔を上げた。そこに居たのは女。異国の踊り娘のように露出の多い衣裳と、翡翠細工のように美しい立ち姿。

 

「エヴォリアか。何用で参った」

 

 ギロリと虎が睨み上げる。普通の人間ならば、良くて失禁。悪くすれば、ショック死しそうな程の威圧感。

 

「ここのところ、随分と苦戦していらっしゃるようなので。手勢が必要ではないかと思いましてね。ダラバ将軍」

 

 そのダラバ=ウーザを前にして、エヴォリアと呼ばれた女は全く緊張を見せない。それどころか、余裕すらも窺える。

 

(--女狐め……)

 

 そんな女の様子に、彼はそう心の中で反吐を吐いた。

 

「貴様等『光をもたらすもの』の力など始めから当てにしておらん。総てはカティマの神剣を目覚めさせる為だけの当て馬……だったのだがな」

 

 クツクツと、喉に詰まった笑いを漏らす。そして再び、掌のソレに目を落とした。

 

「……予想外の原石を掘り当てたモノだ--グッ、ガハッ!」

 

 だがそこで突如胸を掻き毟ると、苦しげに咳込む。手を貸そうとした兵を一喝して、ダラバは呼吸を落ち着ける。

 

「……では、私達の力は必要無いと? 今まで散々力をお貸ししましたのに」

「--くどい! 私には【夜燭】が在ればいいのだ!」

 

 風を斬り【夜燭】の鋭く黒い刃が彼女の首筋に衝き付けられた。だが、やはり彼女は動じない。

 

「そう、【夜燭】さえ在れば!」

 

 ダラバは口許を押さえつつ己の永遠神剣を手に呟く。その目には深い、深い--狂気。

 それは、永遠神剣に……『力』に魂を奪われた者の末路。神剣の力に頼り続け、その身に余る力を求めた者が行き着く成れの果て。

 

 その姿を冷やかに見詰めながら、エヴォリアは口を開いた。

 

「なるほど……私達は、用済みという事ですね」

 

 冷たい声に続き右手を挙げる。そこで事態を静観していた兵達は気付いた。いつの間にか、将軍を守護する為に配置されていた鉾が自分達の背後に回り込んでいる事に。

 パチンとエヴォリアの指が鳴る。それと全く同時に、鉾達が神剣を振るった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 まだ微かに星が見える、夜明け前の平原に本陣を敷いたアイギア解放軍。今や数千に膨れ上がったその先頭、尖陣となるのは大陸に希望をもたらした天使達。それに続くのはヨトハ村より常に最前線を掛け抜けてきた、クロムウェイ率いる近衛兵団。

 その最先で風を浴び、金色の髪を靡かせる姫騎士カティマ。

 

「………………」

 

 地に突き立てた【心神】の柄尻に両手を乗せて、瞑想するように静かに呼吸している。脇に立つ影の獣は【心神】の守護神獣ホラーエレメンタル=アイギアス。

 

「……遂に、此処まで来た」

 

 呟きと共に瞼を開く。蒼穹色の視線の先には、やはり薄暗い平原に犇めくグルン=ドラス主力兵団。その先頭、尖陣には大陸に恐怖と死と、絶望を撒き散らした鉾。今までの数十倍にも及ぶ規模だ。

 そして、その背後に堅牢な城壁にて全周を覆われた都市が見える。遠く、しかし絶対的な存在感を持つ軍事国家グルン=ドラス王都グルン=ドレアス城塞都市がその威容を誇示している。

 

「これで終わりとします。此処が我々の最後の戦場……」

 

 雲が流れていく。やがてそれは、瑠璃色の空に解けて消える。

 そして、地平線から黎明の朝日が漏れたその瞬間に、カティマは【心神】を引き抜いて天へと衝き上げる。続いて背後の天使が各々の神剣を掲げて、更に解放軍が剣や槍を突き上げた。

 

「この一戦を、この大地の平和と安寧の礎とする……全軍--」

 

 衝き上げていた剣の切先を、敵の陣へと向ける。そして全軍に、檄を飛ばした。

 

「--前進!!!」

 

---オオオオオォォォォ!!!!

 

 上がる鬨の声と打ち鳴らされる剣や槍といった武具のの刃鳴りを聞きながら。神剣士達は、先陣を駆ける--

 

 

………………

…………

……

 

 

 濃密な血の香が満ちる。十数名の首が転がる室内は血の海。

 

「……フン、本性を表しよったな--『管理神』の差し金か?」

「あら。やはり承知の上だったのですね、将軍閣下。我々の目的が何かを」

「気付かぬ方がおかしかろう。私にこの運命を与えた者どもが、何を目的としてこのような事を謀るのか……」

 

 ゆらりと立ち上がりエヴォリアと--数十体にまで増えた鉾達に相対する虎は悠然とお守りを己の頚に掛けて、フルプレートの鎧の中に仕舞い込む。

 

「--随分と舐められたモノだ。この『夜燭のダラバ』を、小娘と雑兵で仕留めようとはな……!」

 

 絶体絶命の危地に在っても尚、その威厳は揺るがない。その獰猛な双眸が見開かれて、ある一点を見据えた。

 持ち主の闘気に反応してなのか、【夜燭】が鈍く煌めきを放つ。熱を産むのでは無く、奪い去っていく零下の闘気が。

 

「それこそ、舐めていらっしゃいますわ将軍閣下。この私を--」

 

 鉾達がそれに気圧される中でも、彼女はやはり微動だにしない。ただ、その腕を差し出した。両腕に嵌められている、三つの金色のリングが繋がる腕輪が揺れ、音を鳴らす。

 

「『光をもたらすもの』の導き手……永遠神剣第六位【雷火】が主、『雷火のエヴォリア』を!」

 

 そう、それこそが彼女の名前。この世界で暗躍する『世界の敵』の名前だ。

 

「ク、クク……フハハハハッ!!」

 

 その名乗りに彼は笑う。さぞや可笑しそうな、その哄笑。

 

「--何が可笑しいのかしら?」

 

 当然、ソレを受けたエヴォリアは不快そうに眉根を寄せた。

 

「……待ち侘びたぞ、この時をな。やはり、私は運が良い……」

「…………ッ?!」

 

 その視線が自分を捉えていない事に気付くのとほぼ同時に、室内を駆け巡った風。彼女はそれに、背後を振り返る。

 

「…………」

 

 いつの間にか開け放たれていた扉。そこに立つ、壱羽の鴉の姿。まるで黒耀石のように妖しく輝くライフルを背負った長身の男が、面相を隠していたフードと襟巻きを外した。

 

「--やはり、生きておったな。乱波」

 

 呆気に取られているエヴォリアを尻目に、満足げに呟くダラバ。少年の、怜悧な三白眼の眼差しがそんな虎に向けられた。

 

 睨み合う二匹。上座である玉座の高みから見下ろす王虎と、下座である入口から見上げる鴉。

 

「……く……!」

 

 歯を鳴らしたのはエヴォリア。背後の男が接近して来た事に全く気付けなかった事に対して。

 もしこの男にその気が有れば、自分を背後から狙い撃つ事も可能だったのだから。

 

「先日は御挨拶も出来ずに無礼を働きました。グルン・ドラス軍事国家が元首、ダラバ=ウーザ将軍とお見受けする。我は、アイギア解放軍の天使が一人……」

 

 踵を付け、利き手の左を前胸部。右手を後腰へと当てると恭しくお辞儀する。

 と、上げられた目は鋭い猛禽の如き三白眼。

 

「永遠神銃【幽冥】が射ち手--神銃士『幽冥のタツミ』だ!」

 

 そのまま右手一本で外套を外し、腰巻きとして躯を曝す。篭手と脚甲、アオザイ風の武術服。

 

 肩に小銃、腰背面にはPDW、太股にグリップガン二つ。加えてチューブラーマガジンとボックスマガジンが合計四本。

 そして左手に握られた暗殺拳銃、永遠神銃【幽冥】。

 

「……クク、見違えるようだな。あの時、何も出来ず震えておった貴様がよもや此処まで単身来ようとは……思いもせなんだ」

 

 その、僅か数週前とは全く別人と言っても良い覇気。吹き付ける向かい風のように心地好い殺気に口角を歪める。

 そんなダラバの圧力にも、もう動じない。空の眼差しは真っ直ぐに覇者を捉えている。

 

「『男子三日逢わざれば刮目して待つべし』ッてな。それに、恩も仇も三倍で返すのが俺の礼儀だ。あの時付けられた傷の礼と首飾りを返して貰うのは当たり前として……貴様の命と【夜燭】を頂く」

「遣ってみよ。出来るのならば、だがな……」

 

 互いに睨み合い、薄く笑い合う。その、一種異様な静寂を破ったのは--

 

「貴方達、この状況が見えてない訳? 此処で二人、雁首を揃えて死ぬのよ。貴方達はね」

 

 エヴォリアだった。無視された不愉快さも露に、手勢を誇示する。増えに増えて、四十を越した鉾……もうミニオンで良いだろう。謁見式や観隊式の為の広間であるそこで無ければ入り切らなかったであろう軍勢。

 

「遣るさ。その為に来た……此処まで努力して来たんだからな!」

「フ、尚良い。ソレを打ち砕いてこそ愉しみが有るというモノだ」

「…………」

 

 だが、二人は歯牙にも掛けない。まるでそんなモノは目に入らんと言わんばかりの盛大な無視。

 

「前口上はもう要るまい? さぁ、構えよ!」

 

 凄惨な笑顔と共に繰り出される、凍てつく風。ダラバの闘気だ。

 

「ああ……死力を尽くす。姫さんには悪いが--命を賭けて、俺が貴様を撃つ!」

 

 右手に番えたライフルをスピンローディングして、左手に構えたグリップガンに青マナの刃である『ビームブレード』発生させて。腰のホルスターに魔弾を装填してある【幽冥】を納めたその状態で、雄々しく鴉が啼いた。

 その闘志に反応したのか、足元に放射線状の精霊光。彼の神名を混ぜた赤黒いマナ光……彼岸花を思わせる毒々しい赤黒の魔法陣、違信のオーラ『デリュージョン』。敵にプラスとなる効果の一切をマイナスに改悪する猛毒のオーラが。

 

 低く構えた姿勢は『先の先』。空の師である時深の攻撃に耐える無意味さに気付いたが故に、開花した先読みの才。

 敵に先んじて攻撃する事で防御とする、『攻撃は最大の防御』を信条とする彼の最も得意な構え。天を流れる雲の如く、或いは地を流れる水の如く自由自在に。防御に主観を置きながらも素早く攻撃に対応する、日進月歩の努力にて鍛え上げた付け焼き刃。未だ進歩の途上に有る彼の、今の限界。

 

「そうだ、それで良い--互いに命の続く限り、存分に死逢おうではないか!!」

 

 ダラバも、構える。顎を引き、腰溜めに構えた【夜燭】を僅かに右に傾斜させる。脚を開いて腰を落とす、虎が獲物を見据えて今し襲い掛からんとするような八双の構え。

 単純明快であるが故の難攻不落。神世の古に、『南天の剣神』と称されたその前世に恥じぬ隙無き構え。以前の戦……否、『屠殺』では見せなかった『戦闘姿勢』。彼が歩んできた人生の集大成だ。

 

「そう、本当に……アタシを虚仮にしてる訳ね。アハハハハ……」

 それに、彼女も笑った。額に手を当て、実に可笑しそうに笑う。

 

「--殺しなさい、ミニオンども。千の肉片まで引き裂いて!」

 

 出された指示に、ミニオン達は剣を構える。前の主と招かれざる客に踊り掛かり、耳障りな金斬り音が木霊して血風が吹き荒れた。

 

「ダラバ=ウーザァァッ!!!!!」

「タツミ=アキィィィッ!!!!!」

「--な」

 

 徒党を組むミニオンを薙ぎ払いながら進撃する二人、エヴォリアの目の前で鬩ぎ合った空とダラバによって--!

 

 まるで暴風のようにミニオンの攻撃を躱しながら、斬撃と銃弾を叩き込む空。まるで竜巻のようにミニオンを力ずくで切り伏せる、ダラバが。

 呆気に取られるエヴォリアの前で交錯した。そして銃弾を三発程受け鎧に傷を受けたダラバに対し、空は袈裟掛けの一撃を回避した空。

 

「フンッ!」

 

 そこに反す太刀が繰り出された。床を踏み砕きながらグルリと身を半回転させ、更には大上段から空へ袈裟斬りを振り下ろす。

 空の背中、左の肩口を狙うその壱太刀は--

 

「--クッ!?」

 

 ダラバが跳び退いた事によって、辛うじて外れる。その彼の額が在った空間を『ヘリオトロープ』が貫いた。

 速撃ちよろしく【幽冥】を抜き撃ちにしたのだ。ダラバの、その攻撃を見越して。

 

 跳び退いたダラバに代わる形で、代わりミニオンが撃ち抜かれる事となった。

 

「--まだまだァッ!!」

 

 更に追い縋る。繰り出されるは、PDWによるフルオート射撃。だが、盾とされる【夜燭】の肉厚な刃には通じない。

 

「--小賢しいわァァァッ!!」

「--フグッ! ア、ガハッ!!」

 

 代わりに、その剛拳が空の腹を打ち据える。余りの威力に胃の腑が裏返った。もしも朝飯を食っていれば盛大に嘔吐していただろう。何も食っていない今ですら無いなりに胃液と血を吐いてしまう。

 

「--その程度ではあるまい! 見せてみろ、貴様の全身全霊を!! 私も手加減などせぬぞ! 全力を以って打ち砕く!!」

 

 後方に跳ばされてうずくまった空を見据えたままで、神剣を握る手に力が篭められた。

 呼応した【夜燭】の刃に蒼い雷が纏わり付く。それで、前準備は終わりだ。

 

「喰らえ――電光の剣!」

 

 跳躍し、一瞬で空を完全に断ち切る事の出来る間合いにまで跳び込む。巨躯からは、想像も出来ぬ俊敏さ。

 その勢いを載せた、蒼雷を纏う袈裟斬りが見舞われる。その一撃は、凄まじい電圧を以って総てを焼き切るだろう。

 

 受けず--受けられる筈も無く避ける。剣戟が石畳を砕き、巻き込まれた二体のミニオンが為す術も無く消滅する。

 そう、ソレこそ空……アサシンの弱点なのだ。死に恐怖や忌避を覚えない相手は、彼の取る戦術にとっては一番闘い難い相手。

 

「--ヌゥッ!?」

 

 右に転がった空は、間髪容れずにグリップガンよりソフトキルの為の『シャイニングナックル』を射出する。閃光に呑み込まれて、ダラバの姿を確認出来なくなるが、こんなチャチなものでダラバにダメージが与えられるとは思っていない。

 高指向性の閃光の中を駆け抜け、ダラバの心臓を【幽冥】に装填した魔弾にて狙い--

 

「--子供じみた手など、私には通用せん……」

「……!?」

 

 虎の重低音の声が響く。次いで身を斬るような凍気。鋭く高い、しかし美しい音色の風斬り音。

 

「呪いの刃よ、我が身を守れ!!」

 

 粉塵を斬り裂き、その無傷の身が現れる。腕を組んだダラバと地に刺された【夜燭】、そこに青い魔法陣が展開されている。

 その術式から導き出された神威、飛翔する氷刃が偉容を現す--

 

--クソッタレめ……! だから神剣士なんて嫌いなんだ。ダラバと言いソルラスカと言い……人が無い知恵と力を振り絞った策戦を臆面も無くチート能力使って凌駕しやがって……!!

 

 ある種の神々しさまでも感じるその神剣魔法に心の中で毒吐く間にも、状況は悪化する。

 氷刃の切先が、己に向けられた事を悟った。

 

「--クロウルスパイク!!」

「チィッ!!」

 

 全周に氷の盾の如き魔法障壁が現れて空の逃げ場を封じる。氷の牢獄と化した障壁の中に囚われた空に、総ての氷刃が踊り掛かる。

 

「征くぞ、カラ銃!!」

【くふふ、何時でもぉ!!】

 

 衝き出された銃は、【幽冥】だ。展開される魔法陣、それが空間に溶ける。激突した氷刃は、魔法障壁ごと獲物を撃ち抜いた。

 浮遊する赤いマナの燐光。その濁った気の充ちる室内に、一点。

 

「逃げぬとは見上げたもの。褒美だ……我が剣、受けてみよ!」

 

 

 暗闇と同色の凍えた炎が燃える。【夜燭】の刀身を染める、黒きオーラフォトンが。

 ダラバの構えはしっかりと敵を見据えたもの。アレは生きていると、彼の経験が語りかける。

 

【--マナよ、災竜の息吹となり我が敵を撃て……】

「……!!?」

 

 粉塵と氷片による緞帳の先より発せられる凄まじい圧力。ダラバが神剣【夜燭】を構え直したのは、その威力を剣士の勘で悟った為だろう。

 

「--ヘリオトロープ!」

 

 粉塵を撃ち貫いて、災竜の息吹が疾る。躱したとしてもその二次被害までは避け切れぬ--

 

「--南天の禍つ刃よ、打ち砕けェェッ!!!!」

 

 それと、打ち合った。ダラバは追従して、熱毒の弾頭に真っ直ぐに一撃--南天の剣神と呼ばれた過去の象徴たる、『南天星の剣』を。持ち主の生命を代価に、限界すら凌駕する力を与える永遠神剣【夜燭】。

 そして弛まずに積み重ねられた研鑽が有ってこその、その異常な反応速度。

 

「--オオオォォォッ!!!!!」

 

 神剣は熱核融合を両断して左右に流す。断たれた流れ弾は、彼等の周囲で手を出す事が出来ず立ち尽くしていたミニオンを撃った。残った灼熱は【夜燭】の凍えた炎に焼かれて、消滅していく。

 

 災竜の息吹を力尽くで斬り伏せたダラバが、空と向き合う。状況は圧倒的に空が劣勢だ。彼の左太股には氷の刃が掠った際に出来た大きな裂傷。右肩に到っては、氷の刃が衝き立っている。

 だが、空の闘志は萎えていない。むしろ烈しく燃え上がった。

 

--承知の上だ! 足りないのは、当たり前。この男が積み上げて来たモノに簡単に追い付ける等と思い上がりはしない。だからこそ、勝ちたい! 俺は、コイツには勝ちたい! 俺の壱志に懸けて、太刀向かわなければ!!

 

 決意と共に肩から氷の刃を引き抜いて投げ捨てる。澄んだ音色を起てて石畳に衝き刺さったソレは、やがてマナヘ還っていった。

 

 精霊光の防盾『オーラフォトンバリア』で、己の身のみを庇っていたエヴォリアは知らずその闘いに魅入っていた。

 

「--なんて闘いをしてるのよ、コイツら……」

 

 余りにも圧倒的過ぎるダラバのソレに対し、太刀向かう空の脆弱な事。

 だが、潰えない。何度でも死線を斬り抜ける。死を恐れぬ--否、恐怖の概念を持たぬミニオンですら付け入る隙を見出だせない、その死の舞踏。一歩でも間違えば即ち死に繋がるその綱渡りを幾度も切り抜けているのだ。

 

「……っく」

 

 その刹那、【夜燭】を床に衝き立てたダラバの闘気が膨れ上がる。神剣から漏れだす凍気もまた、数倍にまで。

 白い息を吐き、震え始めた身体を抱く彼女。離れた位置に居る自分がコレだ。ならば--真正面に位置する彼には、どれ程の凍えた風が吹き付けている事だろうか、と。

 

 【夜燭】から漏れ出した凍気は、やがて結集し蒼い獣となる。

 

「『レストアス』よ、我らが業の深さを見せ付けてやるのだ!」

「----!」

 

 意味を成さない、まるで雷鳴の如き唸り声を上げたのは半透明の蛇じみた蒼い獣。それこそダラバの永遠神剣【夜燭】の守護神獣、『エレメンタル=レストアス』。【心神】の神獣である、『ホラーエレメンタル=アイギアス』と対となる神獣らしく不定型のソレ。水のような躯の意志を持った電気の集合体。

 空は身構える。ともすれば弱点と成りうる自身の神獣をわざわざ出現させる理由は、ただ一つ。

 

 詰まりは--

 

「タツミよ。この程度で死なれては困るぞ……」

 

 帯電を強めて、より一層眩ゆく輝くレストアスを後光に虎は笑う。多分に期待を篭めた眼差しで。対する鴉は、右手で装填を終えた【幽冥】を衝き出して引鉄に指を掛け--

 

「凍て付く風よ、凪げ--」

 

 ……るよりも早く、青ミニオン達が反応した。幾ら下位と言えど、神剣の徒という事か。

 口々に紡がれた対抗魔法の凍風が発光するレストアスを包み込み凍て付かせ--られない。

 

 元より、相手の神剣魔法を打ち消す事を得意とする青属性の神剣。そして青の象徴とも言える水。つまり、帯電した水を思わせる躯を持つレストアスはその申し子と言えるだろう。

 その存在自体が、青魔法--!

「「--チィッ!?」」

 

 舌打ったのは二人。空は瞬時に【幽冥】をから魔弾を排出して、換わりに金色の弾丸を装填する。その間にエヴォリアはその身を光に換えて消えた。

 

「ライトニングボルト!!」

 

 それと全く同時に臨界を迎えたレストアスが、周囲に稲妻を放出する。幾条もの雷の槍が地を砕き走りながら、ミニオンを巻き込み焼き貫いていく。

 

「大博打だ、征くぞカラ銃!」

【あいさー! マナよ、オーラに変われ。守護者の息吹となり万障を撃ち砕け……!】

 

 一方、撃鉄を熾こした【幽冥】の発射口から発せられた二重冠の魔法陣が煌めく。赤と黒のそれは混じり合うと、複雑な金の魔法陣と変わった。

 

「オーラフォトンレイッッ!」

 

 撃鉄が墜ちて魔弾を連鎖発動、金色の砲炎が銃口より迸しった。放射されたマナがオーラフォトンに変わって、周囲の空間ごと破壊してゆく。

 弾はオーラフォトンの槍と化し、レストアスの放った雷の槍と共にミニオンを撃ち砕きながら撃ち合った--!

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。