サン=サーラ...   作:ドラケン

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兆しの鈴音 黒い拳士 Ⅲ

 ライフルから放たれた、炸裂弾頭『エクスプロード』が疾駆する。

 

「せいやッ!」

「--ッ!」

 

 それを信じられない動体視力で掻い潜りつつ繰り出された拳打を、身体を反らす事で避ける。

 その拳には、鋭い爪。当たればただでは済むまい。

 

「まだまだァ、でやァァッ!!」

「クッ……!?」

 

 続いて繰り出される裏拳。猛打を右腕で受け流したが、その剛力により吹き飛ばされた。

 盛大に軋んだ右腕だったのだが、辛うじて折れてはいない。その勢いのままで、近接戦闘では分が悪いと距離を取るべく後退する。

 

「--くは、ハァ……!」

「どうした、そんなもんかよ?」

 

 息を吐いて、ソルラスカは落胆したかのように拳を鳴らす。

 対して、空の方は痺れた右腕を振りながら彼を睨みつけた。

 

--チ、流石だな。『闘争の神』"サジタール=ゼヒル"!!

 

 思い出したのは、かつて北天神として轡を並べた事もある神性。『闘争』を象徴する北天の一柱、眼前の少年の前世である。

 構え直し、更に腰を低くする。既に間合いは見切っているが--相手は神剣士だ。気を抜くなど、出来る筈が無い。

 

--それに、コイツがサジタールの転生体だったら……『あの神』が近辺に居る可能性も有る。

 

 【幽冥】の索敵に、意識の大半を割く。感じ取られた無数の生物の気配から、永遠神剣の反応だけを選び取る。

 

--リスタラに五、クリストの皆か……リスタラに感じられていた鉾の気配は無い。もう奪還に成功して、今頃は無線で報告を入れているのだろうか。

 

「……!」

 

 と、リスタラの方から近付いて来る気配。少なくとも『今生』で感じた事の無いその気配は。

 

--居た。ヤハラギとアルニーネの因縁通り、コイツらも因縁って訳だ。

 さて、これで決定的だな。奴が来る前にケリを付ける必要が--

 

「--オイ、気ィ逸らしてんじゃねェぞ」

「……ッ!」

 

 その右腕が弓に番えられた矢のように引き絞られる。その一撃を受ければ、今度は腕が圧し折れるだろう。

 

「食らえッ!!」

 

 牽制の為にライフルを肩に掛け、背面のホルスターに入れた銃に--人間工学に基づく独特な形の近未来的な銃『マグプルPDR』をモチーフにしたPDWを抜く。

 三点バーストでバラ撒かれる、雷速の銃弾の雨『イクシード』。窮地に、ソルラスカは迷わず--

 

「征ィッ、崩山槍拳!」

 

 掛け声と共に、突き出していた左腕を槍と変えて目にも留まらぬ速さで駆けた。その速さたるや、蹴った勢いで地面ばかりかその拳に纏う黒いオーラで命中コースの弾を砕き、最短距離で迫り来る。

 

(オイオイ……確かに数を揃える為に作った搾り滓みてェな弾だが、曲がりなりにも魔弾だぞ!)

【ひゃー、こらマズイどすなぁ】

 

--見ろ、これが神剣士との差だ。ミニオンを何十体屠ろうと、俺と本物の神剣士の間にはこれだけの差が有る!

 

 側転して、なんとかソルラスカの『崩山槍拳』を掻い潜った空。そのまま二転三転して距離を--

 

「遅いぜッ、猛襲激爪!」

「な、糞ッ!」

 

取れない。その俊足は正に突風。追い縋り爪が振り下ろされ、地面を削り取っていく。

 

「逃げてばっかかよ! ちったァ掛かって来やがれ!!」

 

 地を転がり逃げの一手に尽きる空に業を煮やして、ソルラスカが激昂して叫ぶ。

 

「うォ!?」

 

 それがほんの僅かな隙となった。空は地面を掻いて、握った土をソルラスカの顔面へ投げ付ける。

 

「ッつ、テメェ……汚ねェぞ!」

 

 目を擦りながら、ソルラスカは周囲の気配に気を配る。普通の者なら動転するだけだろうが、彼は熟達の闘士。

 このような状況を経験したのも、一度や二度ではない。対策は心得ている。幸いにも目には入っていなかったらしく、瞼が開いた。

 

 そこに映った黒い脚甲の足裏。踵には鋭利な部分が有り、殺傷力も持つそれ。

 

「なァッ!?」

 

 ソルラスカは腰を落とした旋風のような後ろ回し蹴り、『我流・龍撃の型』を躱す。次いで、反撃しようと右腕に力を篭めて。

 

「チィ!」

 

 後ろに跳び跳ねて、堕ちてきた弾を回避する。何と優れた野性の勘か、もしもこれを迎撃して破壊していれば、魔弾が暴発していた事だろう。

 

「フッ!」

 

 だが、それも予想の範疇。空は墜ちてきた魔弾を器用に【幽冥】へと装填した。

 

「--貰ったァァァッ!」

【マナよ、災竜の息吹となり敵を撃て--】

 

 だから、ソルラスカはその一撃に対応が遅れた。真っ向から向けられた【幽冥】の撃鉄が墜ちる。装填されている魔弾を放つ為に。

 

「捉えた--ヘリオトロープ!」

 

 撃ち出された、太陽を飲み込むという災竜の息吹。そしてその技『ヘリオトロープ』とは、手向けの花にして『太陽を呼び戻す石』の事だ。則ち、その一撃は指向性を持った超極小の擬似太陽の発現に他ならない。命中した物質自体をプラズマ化させるその技の前にマナによる防御は全くの逆効果。しかし、その熱量は防御無しでは耐え切れない。

 だが、何よりも恐るべきはその速度だ。この程度の距離なら刹那で届く音速弾、如何に神剣士でも足場の無い空中では躱せず、引き戻したままの腕ではどうしようもない。

 

「裂空--」

 

 あくまで『常識的』には、だが。ソルラスカの右拳に力が篭る。目前まで迫った光り輝く弾丸に、ソルラスカは反応してのけたのだ。そもそも鋭敏な感覚を更に研ぎ澄まして常識を越えた速度を得る、黒特有のその技は『ファイナルベロシティ』。

 

 そして--

 

「--衝破ァァァッ!!!」

 

 裂帛の気合いと共に、右の発勁が放たれる。災竜の息吹を捉えて衝撃を叩き込み、極小恒星を散乱させた。

 

「マジ……かよ……」

【んな、阿呆な……】

 

 引鉄を引いた姿勢のまま、彼らは呆気に取られていた。今まで、放てば必ず標的を撃ち砕いてきた『切り札』である魔弾が、傷一つすら与えられなかったのだから。

 

--有り得ない。そんな莫迦げた芸当が出来るなんて、俺の理解の範疇を越えている。これは本物の魔弾だぞ!

 

「--貰ったァァァッ!」

「ッくァ!?」

 

 繰り出された上段からの爪撃が空の襟巻きを引き裂いた。白日の下に、その面相が曝される。

 

「へッ、ちっとやり過ぎちまったか。ま、大人しく降参しやがれ」

「……んな……に……」

 

 交戦の構えを解き、腕を組んだソルラスカ。対して空は血の滴る頬を抑えて蹲り、何かを呟く。

 

「何だよ、隠してっからどんなに好い男か二目と見られねェ顔かと思ってみれば、普通--ッ!?」

 

 そんな軽口を叩こうとした瞬間に、ソルラスカの首筋を光が薙ぎ払った。

 

「オイオイ、テメッ!!」

 

 猛然と止まる事の無い薙ぎ払いにソルラスカは後退をし続ける。し続けながら、叫んだ。

 

「何本神剣持ってやがんだッ!!」

 

 外套を脱ぎ、腰布として巻いて動き易くしたアオザイ風衣装……要するに本気を出した空が、両手に握るホチキスのような独特な形の弐本の武器。握る銃『アストラ・プレッシン』を模倣した武器。

 その垂直二連の銃口部分に形成された『ビームブレード』の両刃と『ハイパーデュエル』の片刃。その機構はライフルと同じ仕組み、装填しているマナ製の銃弾から発生させた刃だ。

 

「--こんな莫迦に、いいようにやられるなんてな!!」

 

 その二刀流は、忌ま忌ましいが望の【黎明】をモチーフにした技。続けざまに振るわれ続ける青と黒の剣閃は留まる事を知らない。

 

 それを躱しながら、ソルラスカは舌打った。躱しきれずに受けてしまった『初撃』、振り抜くのと同時に放たれた通常弾頭を受けた右太股と左腕の感覚が無くなってきた為に。

 今は辛うじて、舞踏の如き防御『流舞爪』により刃を受け流しているが、このまま防戦を続けたとしてもジリ貧は目に見えている。

 

「--チックショウがァッ!!」

 

 起死回生、そのまま前転して刃を躱しながら空の懐に潜り込んだソルラスカ。それに向けてまたも回し蹴りが見舞われる。それを、最早十分に動かなくなった左腕で受け止めたソルラスカの首筋へと向けられる、弐本の刃。

 

「破ァァァッ!!!」

「羅ァァァッ!!!」

 

 切り結ぶ。最早、技巧ではなくただ勢いのみで。二人は死合う。戦術等と呼べる様なモノは何一つ無い。どちらも捨て身だ。

 

「--チィッ! ハ、へヘッ!!」

 

 その刃を右手の【荒神】で弾き、ソルラスカは笑った。これこそ、彼が求めていた闘争だ。

 打算も計略も無く、ただ眼前の敵を凌駕する為だけに全身全霊を尽くす。ただそれだけ。

 

 それこそ、彼が望んでいたモノなのだ--!

 

 唐突に、二人共が距離を取る。ソルラスカは体の調子を見る為に、空はマナ切れした銃弾の交換を行う為に。

 その間、ソルラスカは楽しげにしていたが、空の方は当然必死。疲弊しきった顔を向けている。

 

「どうした、むっつり黙ったままでよォ。もっとテンション上げろッてんだ!」

「一体何で、テメェにテンションの駄目出しされなきゃならねェんだよ。騒がしい奴め」

 

 熱が篭っていた分、それは顕著に感じられたのか。その見下した、冷めきった笑みを浮かべた表情にソルラスカは眉をひそめた。

 

「……気にいらねェ」

 

 空は意識した訳ではない。だが、その態度と表情が。彼の相方が執心の男と被って見えた。

 

「オイ、タツミ……だったよな」

「……ああ」

 

 その口角が、吊り上がる。笑顔ではない。明確な敵意だ。彼にはもう、目前の相手を捕らえよう等という気は無くなっている。

 もし生きていればそうしようと、その程度。

 

「終わりにしようぜ--全力で、打ち込む!!」

 

 右拳を腰溜めに構え、気を集中させる。その闘気の昂りを如実に示す、精霊光の煌めき。

 

「--良いぜ……来い!!」

 

 空も構えを取る。充全に戻った弐本の握り拳銃を番えての完全な反撃の型。

 

「--征くぜッ、獣牙断!!」

 

 凄まじい速度で、ソルラスカは距離を詰める。僅か五歩分の距離を半歩も無く詰め--

 

「--なっ?!」

 

 そして見た。右のグリップガンから放たれた火炎放射『ファイアスロワー』を回避した後、同じく左のグリップガンから凄絶な閃光と耳を聾する轟音が迸しった様を--!!

 

「--クソッ……!」

 

 左のグリップガンより放たれたのは、まるでスタングレネードのような光と音の塊。

 『シャイニングナックル』の、閃光と轟音の目眩まし耳眩まし。ダメージはさほどでも無いが、光を見た目と音を聞いた耳はそうもいかない。常人なら失明する閃光と鼓膜を破る轟音は、一時的に彼の視力と聴力を奪い決定的な隙を作り上げた。

 

「--あばよ」

 

 それを逃す空ではない。カナルタイプのイヤホンとサングラスでスタングレネードを無効化しつつ使い切ったグリップガンを投棄し、瞬時に走り込んだソルラスカの背中に【幽冥】を突き付ける。

 辺りに満ちる土埃のせいで、今やソルラスカの鼻もまともに機能していない。

 

「--そっちこそなァァッ!!!」

 

 それに、彼の『勘』が反応した。それこそがソルラスカの狙い。この男はただの勘と鼻によって空の隠密を見破った男なのだから。空が、敵の虚を衝く暗殺術じみた戦術の遣い手だという事には既に気付いている。

 それならばその虚を予め作ってやればコイツはそこに飛び込んで来る、しかも確実を期す為に至近距離に、と。目を使えなくても、この距離でなら逃しはしない!

 

「--獣牙断ッ!!!」

 

 右の爪が唸りをあげる。それは間違いなく今までで最大の威力の技。二つの『必殺技』が交錯する--その刹那、『必殺技』が全く同時に弾かれた。

 【幽冥】は、魔弾が放たれる前に『光の弾丸』で。【荒神】は、腕ごと『旋風』によって。

 

「--は?」

「--い?」

 

 互いに殺傷能力は失った。だが、飛び掛かった勢いと迎え撃った勢いは止まらない。

 

「「--ちょ、待っ!!?」」

 

 互いの顔が近付き--ガゴンッ、と酷く鈍い音がした……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 それから数刻の後、地面に正座させられている空とソルラスカ。その二人の前には、和風な肩当てと胸当てを身に付けて黒髪を三つ編みにした少女。

 その背に担がれた長柄の武器、白っぽい薙刀。やはりそれは永遠神剣だ。

 

「私は、タリア。永遠神剣第六位【疾風】の『疾風のタリア』よ。アンタは?」

「巽……神銃士『幽冥のタツミ』です……」

「神銃士タツミ……ね。それで、なんでソルと闘ってた訳?」

 

 その怜悧な視線は、かなり警戒しているらしい。当然といえば、当然だろうが。

 

--てか、なんでだ? 何で俺はいつも女に見下ろされながら正座させられるんだ? 運命?

 

「どうもこうも。正体不明の相手と出くわして、その正体探ってる最中にいきなり攻撃されたら……そりゃあ、闘うでしょう」

 

--まぁ実際、それ以外にも理由は有ったけどな……ここは言わぬが花だろう。

 

「……本当なの、ソル?」

「……ああ、そうだよ。そりゃあ木の上で銃を持って様子窺ってる奴が居たら怪しいと思うだろ? しかも、見てみりゃ完全に悪人の格好だし」

 

--『テメェも悪人面だろうが』と言いたいところを、ぐっと我慢する。

 

「アンタ達ねぇ……少しはモノを考えたら?」

「「……うぅ…………」」

 

 取り付く島も無い怜悧な物言いに、空とソルラスカは同時に顔を見合わせて--

 

「「うぅ……」」

 

 気まずくなって目を逸らした。

 

--俺のファースト……い、いや、なんでもない。なんでもないさ……そんな事、俺は男だしさ……そんな小さい事で…………

 

【まぁ、野良犬にでも噛まれたと思うて一つ】

(煩せェェェッ! 誰が上手い事言えッつったァァァッ! 腹立つんだよ、テメェに言われると!!)

 

 今すぐにでも、懐の【幽冥】を投げ飛ばしてやりたかったが流石に今は出来ない。後で意趣返しをしてやろうと誓う空だった。

 

「……ふぅ、まあ良いわ。漸く、斑鳩達に繋がる手がかりと合流が出来た訳だしね」

「斑鳩って、生徒会長ですか? と言うか、貴方達は一体何者なんですか?」

「何者って……斑鳩に何も聞いてないの?」

 

 腕を組んで思案し始めたタリアに空は問い掛けた。それに彼女は、余程意外だったのか。キョトンと無防備な表情を見せる。

 

「……いえ、さっぱり」

「アンタ、本当に斑鳩の仲間?」

 

 だが、すぐに訝しげに睨む。

 

--大きなお世話だわ。一番自信が無いのは誰だと思ってるんだ。

 

『大丈夫ですタリア様、タツミ様の素性は私達が保証致します』

 

 そこに入ったミゥのフォロー。空とソルラスカの傷を癒したポゥも頷いている。

 

「ミゥ達がそう言うんなら、問題は無いでしょうね」

 

 それで納得したらしい。やっとタリアは、空に向けていた不審の眼差しを止めたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 取り敢えずリスタラの街に戻る事を決めて空とミゥとポゥが先に、ソルラスカとタリア後に続く形で森の中を歩いていた。

 そんな中、生い茂る下草を踏みながらタリアがソルラスカに小声で話し掛ける。

 

「ソル。アンタ、覚醒したばかりの学生相手に引き分けるなんて、弛んでるんじゃないの?」

「あぁ!? 仕方ねェだろ、すげぇやりづれぇ相手だったんだから」

 

 つい大声で返したソルラスカに、タリアは咄嗟に前方を歩く三人に目を向ける。

 だが、向こうは向こうで会話に集中しているらしく、気に留めず歩いていた。

 

「『やりづらい』? それって、どういう意味よ?」

 

 『静かにしなさい』との意志を篭めた冷徹な視線でソルラスカを圧倒しながら、彼女は続ける。

 認めるのは癪だが、ソルラスカの実力は彼女も知っている。紛れも無い実力者なのだ。その男が、覚醒間もない神剣士に引き分けたなど俄には信じられない。

 

「どうって、気配が無いわ足音が無いわ、呼吸音が無いわ。おまけに神剣を何本も持ってやがるし」

「気配云々はともかく、神剣を!? そんな神剣士が居る訳が……」

 

 その俄には信じられない情報に、タリアは思わず前方を歩く少年を眺める。ソルラスカも同じく。

 

「居るんだよ、あそこに。しかもありゃあ、一度腹を決めたら戦いにも殺しにも一切疑問を持たねータイプだぜ」

 

 黒い外套で、全くと言っていい程に体格は判らず装備する武器もライフル以外は窺えない。

 判るのは背の高さと、こちらを時折窺う中庸な面相。

 

「ッたく、随分と汚ねぇ戦い方をしやがる。勝ちゃあ良いって感じだったな」

「……そうね。どうにも--」

 

 だが、彼女にとってはそれだけで充分だった。充分--

 

「……どうにも、気に入らない目をしてたわ」

 

 その存在が気に喰わないし信用出来ない理由になった。

 

「……タリア?」

「なんでもない。さぁ、リスタラに急ぐわよ」

 

 剣呑な気配を察し、ソルラスカはタリアに語りかける。一つだけ溜息を落とし、タリアは今度こそ歩く事に集中し始めたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 草叢を踏みながら歩く、空達。いや、踏んでいるのは空だけだが。ひとしきりミゥに叱責された後、彼は口を開いた。

 

「しかし、驚きましたよ。まさかあの連中が、会長やミゥさん達の所属している組織が寄越した補充要員だったなんて」

『私も随分と驚きました。まさか、ソルラスカ様やタリア様の二人がいらしていたとは露知らず』

 

 ふと後ろから視線を感じ、彼は振り返った。目線の先にはぶすっと歩く二人組。つまりはどっちか、或いはどっちも。

 並び立つその姿に空のものではない記憶の情景が混ざる。

 

「……ハハ」

『タツミさん?』

 

 込み上げる笑いを抑え切れずについ漏らしてしまい、ミゥとポゥに怪訝な顔をされてしまった。

 懐を漁り、小さな箱を取り出す。そこから取り出した絆創膏を、額の傷に貼付ける。

 

--またサジタールのお守りか?ホントに因果だな、『成長の神』"シェミン=プルト"。

 

 そして先程の決着でソルラスカに『当てる』はずだったグリップガン、『サンダーボルトハンズ』で帯電させてスタンガンと化したそれを手慰みにして。

 神世の古と変わらない情景に、笑いを堪えるのに必死だった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 ミストルテが奪還されたその日の夜、満天の星空の下にその少女は立っていた。

 いや、それは立ち尽くしていると言うべきか。

 

「…………」

 

 物部学園の校庭には黒鎧に身を包んだ少女の姿が在る。その胸中には大きな乱れ。受け止めようの無い事実が荒れ狂っていた。

 

「カティマ……?」

 

 ゆっくり星を見上げていた彼女に呼び掛けたのは、茶髪に碧眼の少年。

 

「望……」

 

 その驚いたような彼の顔に彼女は安堵したように相好を崩す。

 

「今日は早く休むんじゃなかったのか?」

「少し、考え事をしていまして」

 

 だが、拭い切れぬ憂いがその目にはありありと映っている。望はそれを見逃さなかった。

 

「カティマ……俺さ、この世界に来て思った事が有るんだ」

「……思った事、ですか」

 

 突然の言葉に彼女は面食らう。鸚鵡返しに聞き返すと、彼は苦笑しながら口を開いた。

 

「ああ。人って、不思議だよな。もう全部知ってると思ってたのに、この世界に来て……非現実の中に落とされて。全然知らなかった一面が見えてきたんだ」

 

 ふと後ろを見遣る。女子生徒達が根城としている学生寮。そこに居るであろう、二人の少女の姿を思い浮かべる。

 

「……希美は本当に優しい奴で、虫も殺せない女の子だって思ってた。でもこの世界に来て、神剣を持って敵と闘ってる。沙月先輩も優しくて頼り甲斐が有る人だとは思ってたけど、この世界に来て、頼り甲斐が有るなんてもんじゃあ無いって判った。先輩が居なきゃ、きっと俺達はバラバラに崩れていた筈だ」

 

 本当に判らないモノだ、と。彼が抱いていたのは全て幻想だったのではないかと思う程に。

 だがそれは話題に上った彼女達からしてもそうだった事だろう。世刻望という人物について持っていた印象も変わったのではないか、と。

 

 そして一番印象が変わった人物の姿を思い浮かべた。

 

「それに……空」

「巽……ですか」

 

 普段は教室の机に座り本ばかり読んでいた、その少年。珠に自分や信助に話し掛けられて、無愛想ながらも律儀に応じていた仏頂面の男。

 

「空はいつもぶすっとしてるけど、根っこは良い奴だって思ってた。だけど、この戦に参加する前の生徒会で判らなくなったんだ」

 

 望は、煌めく星空を見上げる。見上げながらその心情を吐露していく。

 

「でも、判らないのは……アイツだって同じなんじゃないかと思うんだ。いつも自分を隠してて……ああもう、なんて言ったら良いのかな」

 

 なのだが、元々口下手な彼の事。すぐに言い淀み、くしゃくしゃと髪を掻き毟る。

 

「……そうですね。巽は、自らを幻の如く揺らがせているかのように思えます。まるで、新月のように本質そのものを消してしまおうとしているような……」

 

 その望に助け舟を出すカティマ。だがそれは、彼女も抱いていた感想だった。

 

「ああ。だから、悔しいんだ」

「悔しい…ですか?」

 

 彼は、髪を掻き毟っていた手で頬を掻く。掻きながら、本心から悔しそうに呟いた。

 

「空はさ、幼馴染みなんだ。誰が何と言おうと、大事な俺の友達だ。この世界に来てからはもう寝食だって、共にしてる……『家族』なんだ。だから、その『家族』が頼ってくれないのは……一人で、何かを抱え込んでるのは悔しい」

「……あ……」

 

 その一言が、彼女の胸に堪える。堅く鎖されていた心に。

 

「なぁ、カティマ。俺達は確かに出会って間もない。だけど、俺にとってはカティマももう『家族』なんだ。だから、一人で抱え込まないで欲しいんだ。俺で駄目ならそれで良い。希美に先輩、空……皆きっと、いや、絶対にカティマの事を心配してる」

 

 その心の『錠』に刺さっていた、前に空が差し込んだだけだった『鍵』を回したのだ。

 真摯に彼女を見詰めて言い募る。その真っ直ぐな眼差しと温かな言葉が。彼女の心に在った、重責が流れ出ぬように押し止めていた『門』を開いた。

 

「……やはり、望に隠し事なんて出来ませんね」

 

 カティマの眦には、煌めく物が有る。押し止める事は出来ない、それを見せぬように彼女は星空を見上げて--

 

「お話します。私に受け継がれた王家の遺志……『プロジア文書』に記されていた、アイギアの血に宿る『罪』を」

 

 新たな決意と共に、そう告げたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 リスタラの宿屋を借りた一行。今度は、二室。男部屋と女部屋の二つに別れている。

 空は夜風を浴びながら、使った武具を手入れしていた。

 

【旦那は~ん、わっちにもお願いしますってば~……てか、取りに来てくだしゃんせ~~!】

 

 何処かその辺に放り投げられた、【幽冥】を除いて。

 

【旦那は~~ん、聞こえとるんどすかぁ~! ちょっ、さっきから蟲が! 蟲がわっちの孔に入ろうとぉぉっ! (※『銃"孔"』です、念の為)  このっ、このっ!! よっしゃ撃退、燧石式舐めんなや……ヒイ、火花に釣られてもっと来たぁぁっ!】

 

 完全無視を決め込み、彼は最後のグリップガンの整備をし終えた。息をつき、こちらをガン見している男に視線を向ける。

 

「……なんだよ」

「いや……永遠神銃だったっけ? あれ取りに行かねーのか?」

「気にすんなよ。明日辺り取りに行く」

【旦那はんの鬼、悪魔、ドS~! いつか、ホルスターの中で暴発してケツに着火したる~!】

「明後日でもいっか」

【旦那はんんんん、わっちが悪ぅござんしたぁぁぁっ!】

 

 悠々とベッドに寝そべり大判の本を読み始めた空に、ソルラスカはジト目を向けた。

 

「…………」

「…………」

 

 そのまま、数分が経過する。

 

「……オイ、なんか喋れよ」

「……独り言でも言ってりゃ良いだろ。俺は読書中だ」

「間が持たねーっつってんだよ。根暗な奴だな、お前」

「煩せェよ、放っとけ」

 

 どこかで聞いた台詞を吐かれて、空は目を薄く開けて睨み付ける。と、ベッドがギシリと乢んだ。ソルラスカが、隣に腰を下ろした為だ。

 

「しかしお前、良い動きしてたな。格闘技の心得でもあんのか?」

「多少はな。まあ、嫌々やってたモンだ。お前の世界とは違って、俺の世界じゃ格闘技は娯楽に成り下がってる」

 

 夕食時の自己紹介で知った情報だ。ソルラスカの出身世界の名は『争いの世界』。その名の通り、争乱の絶えない戦国時代のような世界らしい。

 

「へぇ……俺は自分の力を試す為だ。それに、守らなきゃならねぇ家族も居たからな」

 

 ソルラスカのその一言。それに空は反応した。

 

「『家族』……か」

「おぅよ……まぁ、恥ずかしくて本人らには言えねぇけどな」

 

 ごく僅かにだが、確かに羨望の色を含めて。

 

「お前も、家族を守るくらいの力は貰ったんだろ? 師匠には感謝しろよ」

「いねぇよ、『家族』なんて」

 

 諭すようにウンウン頷いていたソルラスカだったが、ボソリと空が呟いた一言に気まずそうな顔をした。薮蛇だったかと。

 

「止めろ、気味悪い。そうやって気にされる方がムカつく。第一、こっちは生まれた時から天涯孤独なんだ。慣れてる」

 

 本に目を向けたままの空を見て、ソルラスカは一つ頷いた。

 

「オッケ、仕切り直しだ。んで、何読んでんだよ?」

「ポゥから借りた本だ。何でも、『旅団』の書架で見て気に入ったモノを持ってきたとか」

「本か……苦手な部類だ」

 

 ソルラスカは若干頭痛を覚えた。彼は何でも、本アレルギーなるモノを抱えているとの事。

 

--てか、本アレルギーって何? 聞いた事無いんだけど。

 

「かい摘まんで説明してくれ」

「なんで無理してまで話し掛けてくるんだっての、お前は…………題名は『ファンタズマゴリア』だ。女騎士のユーフォリアが王子を守って冒険するって話」

「面白いのか?」

「少なくとも暇潰しにはなる」

「どれどれ……頭イテェ」

「ほとんど絵本だぞ、コレ?!」

 

 そうして、騒がしくならない夜は更けていく……

 

 

………………

…………

……

 

 

 漆黒が紫に、そして蒼ヘと移り行くリスタラの朝空。未だ朝陽は昇りきらず、街はまだ眠りの底。それは神剣士とて例外ではない。

 

「--ッ、クッ! フッ!!」

 

 宿の裏手の、雑木林の中で套路を行っているその男を除いて。

 舞うアオザイの袖と裾。左利きを前提とする、通常形態を鏡写しにした変形套路。

 

「フッ--ハァッ!!」

 

 得意技の『虎破の型』を放って、停止する。残心を示して構えを解いて一息吐く。

 傍のペットボトルを取り、澄み渡った水が充填されたそれの螺子を開けて少量含む。火照った身体が冷却されて、心地良さ気に頭を振った。

 

「でも、何て言うか……これじゃねぇんだよな。もっと……旨い水を飲んだ事がある筈なんだけど」

 

 その、不満足感に。最近知った筈の何かに思いを馳せる。だが、知っている筈のそれはどうしても思い出せなかった。

 代わりに思い出す、ソルラスカの拳。今まで放てば確実に獲物を撃ち砕いてきた魔弾を粉砕した、理不尽にも程が有る男。

 

「弱いな……俺は……」

 

--良い気になりやがって。多寡だか鉾を屠ったくらいで神剣士に比肩したつもりだったのか。図に乗ってリスタラ奪還をクリスト達に任せ、自分は強力な神剣の気配に釣られた。

 莫迦莫迦しい。己を見失って、敵う筈の無い相手に勝とうとしたんだ。俺が必死こいて修得しようと足掻くその技法を、あいつらは神剣を手にした瞬間から使えるのだから。

 

「……チッ!」

 

 その力量の差は、目眩がする程に果てしない。一体、どれだけの断層が横たわっているのか。

 それは、努力如きで埋められるモノなのだろうか--

 

--にしても、この、剣の世界に来てからは師匠が俺に叩き込んでくれた武芸が役立った。

 本当に、あの人は判らない。俺が必要とする事が判っていたような……

 

 一体、彼女は何者なのだろう。そう考えて、そう言えば身の上を尋ねた事など無かった事に気付く。巫女さんだろうと勝手に断じたから。

 

--迂闊だな。『可能性』を無視して判断するなんて……

 

 そう苦笑しながら。空は明けに染まり始めた天を見上げて、宿に戻る事にした。

 

 宿の食堂に集まって食事を摂る一行。因みに人払いされている為、他の客は居ない。

 

「会長、もういいじゃないですか……すいませんって……」

 

 空は窓際に立ち、無線を片手に謝罪を繰り返した。それを横目に見ながらクリスト族とソルラスカ、タリアは朝食を摂っていた……というか、摂り終わっていた。

 

「……なぁ、アイツは何時もああなのか?」

【え、えっと、割と……】

【いつも誰かに謝ってる気がするよね】

 

 答えたのはポゥとワゥだ。そのユニットの中には--マナ結晶。空の根源変換の櫃によって結晶化させられた『クリスト室』の中に満ちるマナ、つまり予備タンク。全員がそれを二つずつユニットに搭載している。

 

「腰の低い男ね……プライドとか無いのかしら」

 

 冷たい眼差しを向けるタリア、その声色も氷点以下だ。青属性の象徴のよう。

 

【あの男に、そんなモノが有る訳無いわよ】

【こらこら……】

 

 それに、負けず劣らぬ冷たさのゼゥ。嗜めるルゥも、強く否定は出来ないという風合い。

 因みに他が軽いサンドイッチ的なモノだったのに対して、ソルとルゥだけは肉類中心。とても朝食とは思えないカロリー量だった。

 

 頭をボリボリと掻いて、苛々を発散させている空。焦れているのだろう、窓の傍を行ったり来たりしている。

 鬱陶しそうにそれを眺めた後で、タリアがミゥに尋ねる。

 

「ねぇミゥ、もう一度聞くけど、アイツは本当に斑鳩達の仲間なのよね?」

【は、はい。間違いは無いのですが……どうもその、サツキ様との折り合いが悪いようでして】

「なんだそりゃ」

 

 ソルとタリアは、揃って盛大な溜息を吐いたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 斜陽に夜の息遣いを感じ取って、ミストルテの門番達は扉を閉め始める。その表情の、晴れやかさたるや。

 少し以前は面倒以外の何物でも無かったその作業が、こんなにも心踊る物だったとは。ミストルテが反乱軍により奪還されなければ、気付く事も無かっただろう。

 

「「「待ったァァッ! ちょっと待ったァァァッ!」」」

 

 その瞬間に、閉じる寸前の扉を潜り抜けようと、こけつまろびつ人影が転がり込んだ。

 

「あ、アンタ……門の閉まる時間くらい、把握……ハァハァ、しておきなさいよ……」

「仕方、エホッ!! 無いじゃないですか……太陽の沈み具合で判断するんですから、日毎に違いも、出ますって……」

「そもそも、アンタのせいで……速度が落ちたのよ! これで斑鳩に合流出来なかったらどうする気よ!?」

「はいはい俺のせいですよっ! ガソリンを切らした俺のせいですよ!!」

 

 ゼェゼェと荒い息を吐きながら空とタリアは口争を繰り広げる。とは言え、悪いのは全般的に空の方なのだが。

 因みに、クリスト姉妹達は先に帰り着いており今頃はマナの補給をしているだろう。

 

「あら……随分と仲良しになったみたいじゃない、タリア?」

 

 そんな二人に近付く影が一つ。夕陽よりも紅い長髪を靡かせる、その人物は。

 

「斑鳩! やっと追い付いた……あのね、アンタ達もっと進行速度を落としなさいよ」

「ゴメンゴメン。次元くじらっていう規格外の足を手に入れたモンだから、ついはしゃいじゃって」

「まったく、もう……」

 

 眉根を吊り上げていたのは前半だけ。後半は二人ともが、再開の喜びを噛み締めるように微笑んでいる。

 

「あはは……ところで巽くん?」

「ハァ、ハァ……はい?」

 

 と、沙月の目が空を捉える。肩で息をしている少年を見詰めて、そして--

 

「--ソルは?」

「「--え?」」

 

 その背後の門を見遣る。同時に、今まで二人で騒いでいたせいで、気が付かなかった声を聞いた。

 

「開けろーー! 頼むから開けてくれーーーー!!」

 

 ガソリン切れの原付きを担いで走らされていたせいで門をくぐり損なった、ソルラスカの声を。

 

 

………………

…………

……

 

 

 カティマの女王即位とアイギア再建、そして打倒グルン・ドラスを兼ねた宣言式が終わり、『先に帰る』と沙月に断りを入れて。

 ただ一人、夜道を歩く。最近は夜目が効くように成り、星明かり程度在れば森の中でも危なげなく走るくらいは出来る。

 

(どういう事だ……)

【ふむ、何か有りましたなぁ】

 

 そんな思考をした理由は、先程の宣言式のカティマの言葉の所為だ。彼女は、なんとダラバと対話すると宣言したのだ。

 正しく寝耳に水、青天の霹靂だ。使い捨てにしやすそうな、尻馬に乗った兵士達が多い事にほくそ笑んでいた空には。

 

(何か、だと? 一体何が……)

【そない思い悩まんでもお姫はんが影響を受ける人物なんざ限られとるやありんせんかぁ】

 

 その通りだ、一人しかいない。カティマが影響を受けたのは--望だ。

 

【旦那はんがまごついとったせいで面倒な事に……どないしはるんどすかぁ?】

(……どうもこうも、後は結果を待つだけだ)

 

 そう言い切った言葉は、もう既に落ち着いている。それもその筈、彼には自信が有った。

 

--あの男が、ダラバがそんなに生易しいかよ。対峙した俺だからこそ、判る。奴は虎だ。苛政より猛き虎。情けなど有りはしない。

 

(心配は無い。果報は寝て待て、ってな)

【くふふ、そうやないとコッチが困りやすわぁ……『契約通り』に喰わしてもらいませんとぉ】

 

--『契約』。その持つ意味は、大きい。もし此処でコイツの機嫌を損なえば俺は只の人間に逆戻り。その上で喰い殺されるだろう。地獄すら生温いと感じる方法で。

 

(ああ、解ってるさ。『契約以降、【幽冥】及び【幽冥】を遣って創り出した魔弾にて倒した相手の神剣及びマナは、全て【幽冥】のモノとなる』だろう?)

【解っとるならええんどす。あぁ、第六位永遠神剣【夜燭】。あの痺れるような水妖の気配、ほんに味が愉しみどすわぁ……くふふ】

(フン……ククク)

 

--信頼ではなく、利害。それが俺達が結び付いた理由。この解り易さは心地良い。契約に身も心も魂すら縛る他の神剣士達とは違う、それが俺達だ。

 

 互いに腹を探り合うような忍び笑いを漏らして。空は巨大な神船、ものべーの前で拍手を打った。


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