サン=サーラ...   作:ドラケン

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戦乱の地平 対なる神剣 Ⅲ

 生徒会室の窓から、沙月は茜色の空を眺めていた。

 

「……全く、冗談じゃないわよ。人を悪者扱いしちゃってさ」

 

 午前中、ここ生徒会室では喧々諤々の論舌戦が繰り広げられた。安易にカティマ達を追う事に反対した沙月と、今すぐに捜索に行くべきだと主張した--望を始めとする学園生徒一同である。

 

 折れたのは彼女。今、ものべーはアズラサーセに向かっている。だが、彼女には嬉しかった。皆が一致団結し、人命を救う為に自ら行動した事が。

 

「……サツキ殿」

 

 その傍らに、騎士が立つ。彼女の腹心たる、人馬の騎士が。

 

「ケイロン。私、守ろうとばかり思ってた。皆には戦う力が無いんだから、力を持つ私が守らなきゃ、って……」

「それは、間違いではありません。サツキ殿は、あの日よりずっとそう在ろうとして来たではありませんか。彼女らの世界を、"英雄"を救えなかったあの日から……」

 

 震える唇で泣き言を紡いだ彼女にケイロンは冷静な声色のままで、しかし決然たる思いで告げる。それは、彼女の進み方を決めた理由の一つ。同じ後悔をしない為に、と。

 

「他の誰がどう言おうと、自分は貴女の味方です。何があろうと、貴女を守り抜いて見せます。この槍に誓って……」

「ありがとう、ケイロン……」

 

 跪づき、槍を掲げる騎士に沙月は苦笑する。嬉しさから。そして、彼女は頬を叩く。晴れやかな顔の彼女は、もう迷っていない。

 

「さてと、それじゃ気合い入れて行きますか!」

「--承知!」

 

 その声は高らかに、夕暮れの空に響き渡った。

 

 

………………

…………

……

 

 

 通り抜けるはずだったその街は、混沌の様相を呈していた。その街の名はアズラサーセ、始めに、カティマ達が目的地と定めていたその街は門前に集結する無数の鉾によって脅かされている。

 

 その喧騒に耳を傾ける、路地裏に潜む影が三つ在った。陽射しを浴びながら木箱に腰掛けているのは、茶の外套を身に纏う煌めく金髪の女。その膝の上に乗る、竜の頭骨の様な物体。

 そしてすぐ脇、庇の影が落ちる空間に控えて石の壁に背を預ける黒い外套の長身。髪の生え際が、金色になっているその男。

 

 『死にたくない』と、町の誰かが言った。自分達が何をしたのかと。今、町は風前の灯。これだけの鉾ならば、住人を皆殺しにするのに四半刻と掛かるまい。

 だが同時に、彼女は自分が此処に来た理由を思い出す。遥か遠くに在る城塞都市グルン・ドレアスに、ダラバ=ウーザが居る。それを討てば、この戦を終わらせる事が出来るのだ。

 

「巽、私はどうするべきでしょうか」

「……貴女の心のままに」

 

 煮詰まってしまったその考えを打開して欲しくて、明快な答えをくれたその人物に縋る。

 だが、その男の口から漏れたのはたったそれだけだった。

 

「……私の心のままに、ですか。今回は助言を与えてはくれないのですね」

「……俺の言葉は、薄っぺらくて安っぽくて空っぽですから。貴女が安易に縋っていいものじゃ有りません」

 

 寂しげに目を閉じた彼女に投げ掛けられた言葉は、又も無味乾燥。その言葉を噛み締め、カティマは強く唇を結んだ。

 

「--巽、私は心に決めました」

 

 言葉と共に瞼を開く。その青い瞳には、ただ決意があった。

 

「分かってます。そうじゃなきゃ、ついて来た意味が有りません」

 その瞳が捉えた男も瞼を開き、琥珀色の瞳を覗かせている。眼鏡を外し、炯々と輝く三白眼は猛禽の獰猛さを備えていた。

 

「そうですか。どうやらやはり、私には王の資格は無いようです」

 

 立ち上がり、質素な外套を捨てれば黒い鎧に身を包んだ勇ましき姫騎士の姿が現れる。石壁に立て掛けていた『相方』を握り締めると、黒い大刀【心神】は嬉しげに煌めいた。

 

「--いいえ、アイギアスさん。貴女は……紛れも無い王者だ」

【うん、皆を守る為に頑張ってるんだもんね! ボクも手伝うよ、燃えてきたぞ~っ!!】

「熱ッ苦しいな……ってかオイ、マジで燃えてんじゃねェか!」

 

 息巻いて本当に炎が燈ったワゥに苦笑した空に、やはりカティマも苦笑する。こんなに不利な戦いに、たった三人で挑もうとは。

 だが、不思議と不安は無かった。寧ろこの戦いで果てるなら本望だと言える。民草の為に死ぬなら、何も悔いる事など無い。

 

 だが、たった一つだけ。心残りがあった。

 

 目の前に浮遊する竜の頭骨型の容器に収まった赤いおかっぱ頭の少女と、黒い羅紗製の外套の袖にきちんと腕を通し直して【幽冥】に弾丸を装填しつつ口許を歪める空。

 その口許を襟巻きにて覆うと、両端を羽根のように肩から後ろに流した姿は、正に鴉。

 

「…………!」

 

 震えている。どちらも辛うじて見て取れる程だったが……確かに震えている。

 それを見て気付いた。この二人もまた、ただ決意によって恐怖を抑え付けているだけなのだと。

 

「……ありがとう、二人とも」

 

 その姿を目に焼き付ける。その、心強い仲間達を--

 

 

………………

…………

……

 

 

 門扉が真っ二つに両断された。先陣を切って飛び込んで来たのは、青い鉾。

 

「ひっ、ひぃぃぃっ!」

「鉾だあぁぁぁっ!」

 

 雪崩込む色とりどりの鉾、逃げ惑う民衆に襲い掛かった先頭の青が--縦一閃に両断され消滅する。自らが両断した門扉と全く同じ末路だ。

 

「--退いてください。鉾は我々が防ぎます」

 

 腰を抜かした兵士にカティマは語りかけた。凛とした威風に兵らは、呆気に取られるしかない。

 その間にも鉾の侵攻は止まない、右翼から飛び出した黒い鉾の刀を【心神】が受け止めた。

 

「皆さんは……住民の避難を優先して下さいっ!」

 

 鬩ぎ合う永遠神剣が、耳障りな金切音を立てている。その二人の向こうから、緑と青の鉾が二体、それぞれ永遠神剣を振りかざして飛び掛かった。

 

「「--ガハッ!!?!」」

 

 その二体が同時に噴き飛んだ。緑の方は一条の熱線に、青の方は--三角錐形の刃が捩れた、螺旋のような短刃に。

 それに追従して【心神】が高速振動し始める。それに耐えられずに砕ける黒の刀ごと、カティマは鉾を圧し斬った。

 

 一連の成り行きを呆然と眺めていた兵士の脇を、二つの影が通り過ぎる。

 

「早くしろ、そう長くは持たない。衛士ならその役目を果たせ」

 

 一つは長身黒尽くめの男。風に襟巻きとフードが翻りたなびく。その手元では暗殺用拳銃型の永遠神剣【幽冥】へと、新たな弾丸を装填している最中だ。

 

【そうそうっ、戦うのはボク達の仕事だよ!】

 

 もう一つは人間の頭程の、竜の頭骨を思わせる浮遊物体。それに詰められた紅い宝石の中に、赤髪に角を持つ小さな少女。

 その両手には円形の鋸刃を持つバズソウ型の永遠神剣【剣花】をそれぞれ構えている。

 

「あ、あんたら、何者……」

「もしかしてシルフィルとラダ、カーズを救ったっていう『天使』じゃないのか」

 

 三人の異容に兵士達が口走る。既にその噂はアズライールの悲劇と共に国中に知れ渡っている。

 

「行けと言っている。お前達にはお前達の役目が有るだろう!」

 

 遠雷のように低い声に、兵らは畏怖を覚えた。それによって冷静さを取り戻し、彼等は走り出す。避難する民衆を誘導する為に。

 見届けて、三人は背を庇い合う。その周囲には、神剣士の存在を感じ取り取り囲んだ青、緑、赤、黒。四色の鉾が十体以上。

 

「……ようやく行ったか。さて、尖陣だけで十四。残りは十一。後詰めは二十二。どうしたモンか」

 

 鉾を牽制しながら、【幽冥】のバヨネットを展開する。目の前にズラリと並んだ永遠神剣と比べるまでも無いチンケなその刃だが、無いよりはマシだと隙無く構えた空が呆れ声で呟く。

 

「一体ずつではいずれ抜かれます。纏めて始末できれば良いのですが……」

 

 【心神】を構えるカティマ。刃を天に向けた、アイギア国伝統の剣術の型である『天破の型』。

 

【だったらボクにお任せだよ! でも、詠唱に時間が掛かるんだ。十五秒、ううん、十秒稼いで!】

「簡単に言いやがるな……この数を相手に生き残りながら、それも青魔法を防ぎながらかよ」

 

 銃口を地面に向けて引鉄を引く。撃ち出されたのは、災竜の息吹ではなく赤マナの塊。

 

【希望を焼き尽くす炎獄の風よ、来たれ--スピキュール!】

 

 足元に展開された赤い精霊光は焦熱のオーラ『スピキュール』。味方の理力と場の赤の属性値を、急激に上昇させた。

 

「しかし、遣るしかないでしょう。それしか、道はない!」

「了解……来い、人形どもッ!」

 

 叫んだ、正にその瞬間。天地を除く四方八方から永遠神剣の津波が繰り出される。無数の鉾が斬り掛かってくる中で、ワゥが神言を紡ぎ始める。

 

【火よ、集いて炎と成り……炎よ、集いて業火と成れ……】

 

 その祝詞とも呪詛とも聞こえる美しい韻律の詠唱。空間に煌めく、紅い魔法陣。

 

「--くっ!!」

「--おォッ!!」

 

 ワゥを護る為にそれぞれの得物で複数の永遠神剣を受け止める。そう、鉾の剣を受け止めたのだ。【心神】は兎も角、空は【幽冥】のナイフ部分で。

 

「ッ……!!」

 

 ナイフの峰に添えた掌は当然、赤い鉾の膂力で刃を減り込まされ血を流してしまっている。だが、辛うじて双刃剣を受け流す事には成功した。

 今度は、【幽冥】を突き出した。銃口が真っ直ぐに赤を捉えて、引かれた引鉄に従って墜ちた撃鉄が魔弾を叩き衝撃を発生させる。その昏い衝撃は、装填されている鉛色の弾丸を融解させ--

 

【我が『声』は万有を捩る--】

「--あばよ!」

 

 放たれた弾丸はその神威を発現し、螺旋の短刃『ペネトレイト』と化した。

 赤は額に直撃を受けて絶命し、更にその短刃を空に引き抜かれた事で、脳を打ち撒けながら消えていく。

 

--この弾丸は俺が『触穢』以外で唯一この身に宿している神名、『コンストラクタ』……つまりはアーティファクトを製造する能力で作り出した、浮遊マナ収集装置『根源変換の櫃』によって集めたマナを結晶化させたものだ

 余りに低質すぎて魔弾としては使えないが、数を揃えられるし鉾くらいになら効果は有る。たった今、実証した通りに。

 

「次ッ!」

 

 【幽冥】のナックルダスターで緑の槍を受け流すも、続けて繰り出された青の西洋剣。その体重を載せて振り抜かれた、冷気を纏う刃の一撃『インパルスブロウ』。

 

「--ッらァァァッ!!!」

 

 それを見切りで躱して、下段に打ち下ろす拳『我流・地裂の型』で振り下ろした状態の手首を打ち西洋剣を落とさせる。

 そして『ペネトレイト』の短刃を、震脚と共に青の心臓へと刔り込んで致命傷とした。

 

--まだ、五秒。これだけの死線をくぐって尚、折り返し地点。

……勘弁してくれ、攻めは兎も角、守りは大の不得手だ。右肩外れそうになったんだ、これが緑とか物理防御主体のディフェンス持ちなら確実に脱臼してた--!

 

 彼の反対側ではカティマが奮戦している。こちらは何と言うか、危なげがない。

 

 薄い黒マナの防御『宵の帳』で捌いた敵ミニオンの隙を見逃さず、『血河の太刀』にて斬り返す。繰り返し繰り越し重ねられた研鑽に裏打ちされた確実な強さ、一体一体に確実に対応してその弱点を突く技法。

 予想外の技や武器によって敵の虚を突く空の姑息な戦法とは対極に在るモノだ。

 

【--二人ともお待たせ、ボクの側に寄って! じゃないと、術に巻き込んじゃうから!】

 

 残り六体、遂に術式が起動する。すかさず後方に跳び、密集する三人。瞬間、魔法陣が一際煌めくや天高く舞い上がっていった。

 

「--凍てつく風よ」

 

 当然ながら、それを察知した鉾が青属性特有の対抗魔法。青魔法『アイスバニッシャー』を紡ぐ。場のマナを凍結させ鎮静する冷気の言霊が、ワゥへと迫る。

 

「--ハ、甘めぇよ」

 

 その言霊が術者ごと災竜の息吹に呑まれた。空が【幽冥】により放った、魔弾によって。そして残る最後の青が青魔法を紡ぎ始める。それに向けて空は、再び【幽冥】の引鉄を引いた。

「凍てつく風よ--」

「爆轟の渦に呑まれて消えろ--バックドラフト!」

 

 【幽冥】独自の赤の割込魔法。敵のディバインマジックに対応し、集ったマナに赤マナをぶつけて発動不可能とした上でダメージを与える稀有なバニッシュスキル。

 『グラシアルアーマー』の効果で生きては居たようだが、その隙を見逃す空ではない。赤黒属性のマルチカラーの本領発揮、光と対を成す闇は、光と同じ速度であるように。弾丸の速込めと速撃ちにより青の眉間を【幽冥】から撃ち出された短刃が貫いた。

 

【いっけぇ、メテオフレアっ!】

 

 天空を覆った魔法陣から、隕石が降り注ぐ。街中という事で範囲こそ抑えられているが、その威力は赤の高度な魔法防御すらも打ち砕く程だ。門前の広場は、焦熱と粉塵に包まれた。

 それが晴れた時、立っているのは三人だけだ。尖陣の鉾十四体は潰滅した。

 

 だが、その後方には接近する鉾の軍団。その総数は今の倍近い。門によって一度に侵入して来る数が抑えられていなかったのならば、彼等は数の暴力で押し潰されていた事だろう。

 

「さて、また来ますよ。次は本隊ですかね……!」

「そのようですね。全く、個々は大した事が無くても数は多い」

「俺にとっては、個々も大した事がありますけどね……」

 

 荒い息を吐きながら、【幽冥】に弾丸を再装填して再び構えた。対して、疲労こそあれ呼吸を落ち着けているカティマ。永遠神剣を使ってその総数を読んだのだろう、表情が曇る。まるでそれは、鉾の津波だった。

 

「巽……今更ですが、私は充分に恩を返していただきました。ワゥを連れて逃げてください」

 

 その大津波が押し寄せるまでの、僅かな間隙。その静寂の中で、カティマはその言葉を口にした。

 

「……そうだ、姫さん。この戦いが終わったら、一緒に酒でも呑みませんか?」

「--はい?」

 

 悲壮な顔が一瞬にして崩れる。空を見遣った彼女だったが、その表情は目深に被るフードと襟巻きのせいで全く読めない。

 

「いえ、恩がいいのであれば褒美が欲しいと思いまして。この戦いを乗り越えた暁には、姫君に酌をして貰う栄誉を下賜賜りたく」

 

 仰々しい物言いに苦笑が漏れる。この男にしては、珍しい軽口。その意味を、彼女は理解した。

 

「ええ。そのくらいで良ければ、喜んでお付き合い致します!」

【ボクもボクもー!】

「テメーはオレンジジュースだ」

【なんでさー!】

 

 『絶対に、生き残る』と、そう告げる代わりなのだと。

 少し前で場の雰囲気を無視して、ワゥとじゃれるその背中。風に靡く襟巻きは正に、羽ばたかんとする大鴉。

 

「やはり貴方は、私の導きの天使でしたね……巽」

 

 旧アイギア王国の近衛騎士のみに着用が許されたという、式典用の外套。それに身を包む騎士と、紅い結晶妖精に彼女は微笑んだ。

 

 三人の持つ剣がそれぞれ最大級の警告を発した、正にその刹那。

 

「「【----ッ!!?!」」】

 

 門が吹き飛んだ。それは門扉という意味ではなく、鉾に斬られた門扉も含めて、門が壁ごと纏めて粉砕された。

 弾け飛んで来る砕片にも構わず、三人は同じ場所を見詰めている。その粉塵の向こうには、整然と並んだ赤五体。その前方を固める緑五に最前衛の黒が六、中衛の青が五。

 

「成る程ね……ファランクスまで遣ってくるか」

 

 そして、最後尾に立つ白い鉾。その展開するは『パッション』だ、底上げされた理力にて紡がれる赤魔法の破壊力は上昇している。それが纏めて放たれれば、壁ごと門を吹き飛ばす事も容易だろう。

 

「--さっきと同じ方法で往けるか、ワゥ?」

【……もちろんっ……!】

 

 一瞬、表情を歪めたワゥ。先程の魔法の消耗はやはり甚大だったのだろう。

 

「……マナが足りないんだな?」

【だ、大丈夫だって--あぅ】

「そらよ、少し休んでろ。ったく、無理してんじゃねェっての」

 

 墜ちそうになったのを受け止められてしまい、流石に観念したのか。彼女ははにかむように笑う。

 

【えへへへ……アッキーってば、優しーんだ?】

「黙ってろ。舌噛むぞ、莫迦」

 

 ふん、とぶっきらぼうに答えてリュックに入れた彼女を背負うと、彼は己の相方に語り掛ける為に精神を統一する。

 

【いやはや壮絶に絶対絶命どすな。三十六計逃げるに如かず~】

(巫山戯ろ、この世に絶対は無い。数で圧すってのは良い手だが、それだけで勝負は決まらねェ)

 

 周囲を見渡して地形や建造物、散乱物等を確かめる。サバイバルゲームにおける市街地戦闘の要領で習得した技能『我流・制地』が防御力と抵抗力、マナチャージを底上げした。あくまで『我流』な為、空本人のみだが。

 

【くふふ、その通り。理屈を積み重ねれば積み重ねる程にその綻ぶ可能性も高まる……世の中ってぇのは上手く出来とりやすぅ】

「ああ、諦めない限り。どんなに不可能に近かろうが、勝つ可能性は在る!」

 

 そう口に出して、ただ眼前の鉾を睨みつける。カティマもまた、愛剣を構えたまま微動だにせずに敵の動向を伺っていた。

 そんな二人に向けて、白がその神剣--木の枝が捻れたような、杖型の永遠神剣を向けて。

 

「--薙ぎ払え」

 

 処刑執行官のような冷淡な一言に、一斉に赤魔法が紡がれた--

 

 

………………

…………

……

 

 

 永遠神剣を携えて走り行く三人は望と希美、沙月だ。その耳に、壮絶な爆発音が届いて嫌が応にも不安が募る。

 

「皆さんは反乱軍の方ですか!」

 

 そこに、駆け寄ってきた住人が数人。一様に、不安げな表情だ。彼等を安心させるように南門の鉾を消滅させた事を知らせ、そちらに避難してほしいと伝える。

 だがその言葉にも住民らは追い縋ったまま、北門に留まる騎士達を助けてほしいと言い募った。

 

「「騎士って、もしかして!」」

 

 望と希美が考えた事は同じ。他に鉾の侵入を抑えられる者など、知らない。あの日出奔した三人を除いて。

 

「解りました。騎士達は、俺達が助けます!」

 

 力強く答えた彼等に、住民達は漸く安心した顔を見せた。一方で、沙月は表情を曇らせる。

 

(もしかして、あの二人じゃないでしょうね……)

 

 思案顔の沙月は、確信が持てず悩んだ。せめて彼等がワゥを確認してくれていれば判別が出来たのだが、やはり知らなければあの中に人が入っている等とは思えないだろう。その騎士とは本当に空とカティマなのか、それとも……

 

「どうしたんです、先輩? 早く行きましょう!」

「--え、ええ……そうね」

 

 だがそれも僅かな間。どっちにしても問題はない。ただ、どうせなら前者が良いと思った。

 

「……たっぷりと絞ってやらないとねっ!」

 

 闘志を漲らせ、沙月は【光輝】を纏いながら先頭を走る--

 

 

………………

…………

……

 

 

 杖を振り、指令を出した白い鉾。神剣魔法でカタを付けるつもりだったのだろう、その陣形。

 例え赤魔法に青魔法を使っても中衛の鉾の青魔法に打ち消されるだろうし、接近は格闘戦に長ける黒と青が許さず、赤を始末したくても緑の強固な防壁が通さない。そして四方から圧し包まれる事になるだろう。

 

 

「マナよ、真の恐怖となりて滅びをもたらせ……」

 

 大きな紫の魔法陣を煌めかせる『ディバインインパクト』の詠唱に導かれるかのように、カティマの【心神】から闇が漏れる。闇は結集し、やがて--鋭い刃の腕を持つ黒い獰猛な獣と化した。

 その名を『ホラーエレメンタル・アイギアス』。カティマの持つ、第六位永遠神剣【心神】に宿る守護神獣である。

 

「--闇よ、貫け!」

 

 幾多も浴びせ掛けられる中衛の青魔法をものともせずに獣が駆け、進路上の鉾を薙ぎ払う。まるで黒い竜巻のように。

 止めようとした緑の槍を、影に潜って躱すとそのまま赤へと襲い掛かる。一体、また一体と詠唱中の鉾をアイギアスが薙ぎ払うのと同時に彼女も前衛に斬り込んだ。

 

 だが--多過ぎる。

 

「業火よ、地を染めろ……」

 

一体が術式を完成させた。しかもそれは今まで彼等が体験してきた火の玉などとは訳が違う。

 

「--フレイムシャワー!!」

 

 天より降る炎の雨は、旧約聖書に謳われたソドムとゴモラの町を滅ぼした灼熱と硫黄。先程とは、立場が完全に逆転していた。

 だが、動じない。その可能性は考えていた。予想していたなら、慌てる必要など無い--!!

 

「--征くぞ、カラ銃!」

【あ~い! マナよ、災竜の息吹に変わり敵を討て--】

 

 そう、カタが着いていただろう。それが、元より青魔法に耐性を持つ黒属性のカティマや青魔法を振り切る『魔弾』の持ち主である空が相手でなければ、の話だが。

 

「--ヘリオトロープ!」

 

 撃鉄が落ちる。撃ち出される、灼熱の息吹。それは振り下ろす事で僅かに薙ぎ払いの効果を得て、業火の雨に一本の道を作る。降り注ぐ炎は、地表を溶かして硝子に変えた程の高熱。

 

 その高熱の中へ、赤魔法を撃ち抜いたその足で空は駆け出した。魔弾を装填した【幽冥】を番えて、外套を翻して--それを己の米神に当てて、引鉄を引いた。

 

「力を寄越せ、カラ銃--アウトレイジ!」

 

 撃ち込まれたのは、純粋な赤と黒のマナ。『憤激』の名を冠するその神剣魔法は、赤の『レゾナンスレイジ』と黒の『プライマルレイジ』の重ね掛け。

 

《ちょ、アッキー大丈夫なの?!》

 

 その自殺のようにも見える発動方法に、リュックの中のワゥが問い掛けた。

 そんな声を遠くに聞きながら……空は外套のフードを引き下ろすようにして顔を隠したが。

 

「心配すんな、絶好調だぜ……あれだよ、俺は今--」

 

 全身を駆け巡る心地よい破壊衝動と殺意に、隠しきれない琥珀色の瞳の炯々たる輝きと、吊り上がった口角のまま走り出す。

 

「--ステロイドを越えた、的になァァッ!!」

 

 それに即応した黒と青の鉾、合計七体が殺到する。右からは刀、左からは西洋剣が襲い掛かる。

 

「--退きなさい」

 

 その瞬間、空と鉾との間に飛び込んだ影。カティマだ。

 

「退かねば、斬る!」

 

 その勢いのままで、カティマは【心神】を振り抜く。黒い精霊光を刀身に纏ったその太刀の名称は『星火燎原の太刀』。青を二体、障壁ごと両断する。

 

「巽、行って下さい!」

「姫さん、此処は任せますっ!」

 

 陣形に穿たれた風穴を、空が風のように駆け抜けた。妨害しようと接近した緑を、カティマが斬り伏せて引き付ける。

 

「気圧されはしません。ハッ!」

 

 地面に衝き立てられた【心神】より、烈震が発せられる。体勢を崩した鉾達は歩を止めるが、既に跳ね飛んでいた空は止まらない。

 

--もっと速く。もっと早く。もっと瞬《はや》く、もっと刹那《はや》く。

 もっと--もっとだ! 誰にも、神にすら追い付けない、いや、その先の彼方へ!

 

 苦し紛れに振られた、高低二本の槍を前転で躱した空の眼前に赤と緑、指揮官の白。

 

 白い鉾は、ようやく悟る。この神剣士達にまんまとしてやられた事に。既に半数が討たれた状態でありながら、一撃たりとも痛撃を与えられていない。

 たった三人に尖陣を含めて二十を越す鉾が消されたのだから。

 

「--撃て」

 

 だが、彼女に恐怖はない。いや、そもそもそんなモノを感じる心が無い。落ち着いた声色のままで、彼女は杖を向けた。

 白の読みは単純。目の前の男は赤に魔法を使わせない為に、あの武器を放つだろう。赤を囮にした隙に緑が肉薄、『パワージャブ』を繰り出した後で更に自分自身も遠距離から『オーラシュート』を叩き込む、という二段構え。

 

「紅蓮よ、その力を示せ--」

 

 指揮に答えて赤が赤魔法を発動、巨大な火球が姿を表す。だが、空はそのまま走り抜ける。それに空は【幽冥】を--緑へと向けて、引鉄を引いた。

 

「遅い--!」

 

 放たれた魔弾は、速やかに物理防御を展開していた緑に魔法攻撃を叩き込む。

 災いをもたらす黒き竜の息吹に変わった赤マナに、緑は障壁ごと為す術も無く燃やし尽くされ消滅した。

 

 だが、それは空の末路でもある。完成した赤魔法、放たれた紅蓮の炎球が彼に向けて突っ込む。

 

--恐怖が無い訳じゃあないさ。出来るのなら躱したい。だが……それでは付け入る隙が生まれる!!

 

 轟音と共に炎が弾け、爆炎の幕が彼を覆う。その末期、骨の一片すら残らぬだろう散華を見届けた指揮官の白は、振り上げた杖先に停滞させていた三つの無形のマナによる光刃を消した。

 

 その白と同じく、『やった』とそう思っただろうか。短刃に喉を撃ち抜かれて、崩れ落ちた赤は。

 

「【---貰ったァァァッ!」】

 

 炎中から無傷で空が走り出る。その身を薄く覆う赤マナの防壁は、リュックの中のワゥが発動した『マインドシールド』。

 彼女の高い理力により編まれた理法防御のお陰で、空は赤の魔法から護られたのである。

 

 意表を突かれた白は慌ててもう一度『オーラシュート』の構えを取った。

 

「光よ--!」

 

 振られた杖先から光が迸しる。場の無形のマナを刃に変えて、敵を狙う。

 しかし--遅過ぎた。空はもう魔弾を再装填しているのだから。

 

「--あばよ」

 

 その宣言と共に衝き付けられた【幽冥】の銃口から放たれる魔弾。災竜の息吹『ヘリオトロープ』が白の光の盾『オーラシールド』を貫いて本体を捉えた--

 

 

………………

…………

……

 

 

 黒の剣戟を受けて、カティマは眉をひそめた。限界を超えた力を引き出し続けた事で、体は内からボロボロになっている。

 最早、限界を越えているのだ。

 

 力尽くで刀を押し返し、背から襲い来る青の剣を受け止める。

 

「闇よ、恐怖にて縛れ--」

「しまっ……!?」

 

 そこに黒の神剣魔法『テラー』が発動する。彼女と対峙していた鉾が下がり、続き足に力を篭めたカティマだったが、遅かった。

 その足を、闇の腕が掴んでいる。ただでさえ連戦で消耗しきった体に脚力でそれを振り払う余力は無い。【心神】で掃えば簡単だが、その隙は致命的。

 

 それを見届けて神剣を構え直し、刀身に冷たい殺気を燈した青い鉾が--跳ぶ。

 白の消滅を確認して振り返れば、既に状況は出来上がっていた。

 

「姫さん--ッ!?!」

 

 駆け出そうとした足が縺れる。疲労が限界まで蓄積しているのだ、目まで霞む程に。

 邪魔になるフードを後ろに流すと、手の甲で目を擦り青に狙いを付け--【幽冥】の引鉄を引こうとして。

 

「--クソッタレ……!」

 

 青が、カティマを挟んだ位置に在り魔弾を放つ事が出来ずに悪態を漏らす。

 

--どうすれば良い? このまま撃てば姫さんを殺してしまう事になる。だが撃たなくても、やはり殺してしまう事になるだろう。

 

「畜生……!」

 

--諦めるのか? 否、そんな事は出来ない! 姫さんの力になると約束した、全力を尽くすと。

 だが、何も出来ない。どうして、何一つ名案が浮かばない!

 

 その思案は完璧なまでの隙だ。気を取り直すよりも早く、空は目の前まで迫った槍を見た。

 一体だけ残った緑が投擲した、永遠神剣を。

 

「--あ」

 

 大気を斬り裂き飛翔するそれは『ソニックイクシード』、射撃の構えをとった彼には躱せない--

 

………………

…………

……

 

 

 不快な金属音と共に、カティマに迫った『ヘヴンズスウォード』が受け止められた。

 交差した双振りの剣によって。

 

「--合わせろ、レーメ!」

「おうっ!」

 

 その双児剣を構えた両腕に、力が篭められた。反発力をそのまま純粋な破壊力に換えながら、繰り出されるその剣戟。

 

「--クロスディバイダー!」

 

 それは、剣ごと鉾を両断した。消滅していく鉾を尻目に、少年は振り向く。

 

「大丈夫か、カティマ」

「……望……?」

 

 茶色の髪に、碧の瞳のその人物は--世刻望。

 

「--ハァァァァッ!」

 

 そこに飛び掛かる黒、決定的な隙と見て襲い掛かったその鉾は。

 

「やぁぁっ!」

 

 吹き荒れた厚い風の防壁である『ブレイブブロック』により進行を止められて、更に衝き出された矛槍『ライトニングフューリー』によって消滅した。

 

「……ふぅ。カティマさん、今、治癒魔法を掛けますから!」

「希美……」

 

 次に現れた翠の黒髪の少女は、永峰希美。その二人の登場に緊張の糸が切れたのだろう。

 

「カティマ!?」

「カティマさん!?」

 

 ふらりとその身が揺らいだかと思うと、意識を手放し--倒れた彼女を、望が抱き留めた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 三度響いたけたたましい金属音と共に、槍が撃ち落とされた。と同時に、隙だらけの鉾の身に剣が振り抜かれる。光にて形作られた剣が。

 

「……あら巽くん、奇遇ねぇ? こんな所で会うなんて」

「……ッ」

 

 紅く長い髪の少女、斑鳩沙月。その嫌味たっぷりの口調に反応も反駁もせずに、彼はカティマの方を見た。

 

「ハハ……本当に遅いっすよ……もう少しで約束、破っちまうトコだったじゃないですか……」

 

 そして、その無事を確認して。安堵の溜息を落とした--……

 

 

………………

…………

……

 

 

 アズラサーセの広場にある噴水。近くを流れる川を水源とするその噴水に、空は自らの両腕を浸していた。

 魔弾を連射した事で痺れた左手と、刃体のみの短剣を握った事でズタズタになった右手を。

 

「……痛てて」

 

 僅かでも体を動かせば、筋肉に無数の針や釘を刺したような痛みが走った。

 

「……ハハ」

 

 そんな状態だというのに笑いが込み上げてくる。たった数十分前の高揚が抜けない。

 

--愉しかった。不謹慎だろうが、心底愉しかった。読み合い騙し合い、生命の鬩ぎ合いが。

 今までの日常では得た事どころか、想像すらした事すら無かった充足感。まるで、在るべき場所に還ったような。

 

 その忌むべき、獣のような満足のクールダウンも兼ねている。

 

--やべぇ、今、女を見掛けたら何するか解らねぇぞ。これが戦争の狂気って奴か……。

 

「……どう、具合は?」

「あー……会長」

 

 その背に掛かった声、沙月だ。間の悪い事だと、彼は努めて表情を変えないようにしながら眼鏡の奥から三白眼の眼差しを向けた。

 

「大丈夫です、冷やせばなんとか--ぐぇっ!!」

 

 ……のも束の間、沙月に襟首を掴まれて無理矢理立たされる。

 

「……やっぱり」

「いやぁ、あはは……」

 

 外套の前を開かれれば、学ランにまで染みた血。搾れば滴る程の量だ。ダラバに付けられた傷が、完全に開いていた。無論、左手の包帯も真っ赤だ。

 

「……言ったわよね、巽くん。次に命を粗末にしたらどうなるか」

「ええ、聞きました」

「なら、覚悟は出来てるわね」

 

 すっと細まった彼女の目。それを鳶色の瞳で真正面から見返した彼に--

 

「一気に打ち払うっ!!」

「あいたーーー?! あ、あにふんれすかーー!?!」

 

 一閃、バチコーンと強烈な平手が振るわれた。心なしか【光輝】を纏って。

 二メートルほど吹き飛ばされた彼は、カッカと熱を持ち痛む左頬を押さえた。

 

「今回はそれで勘弁してあげるわ。君が同行して彼女の移動速度を落としてくれたお陰で追い付く事が出来たんだしね」

「イッテテテ……気付いて貰えて何よりで」

 

 そう飄々と口にした空にジト目を向けながら、沙月は深い溜息を吐いた。

 

「今回だけだからね。次の裏切りは許さないわ」

「裏切っては無いはずですけど」

「物部学園の皆を裏切るのはって意味よ」

 

--どっちがだよ。

 

 そう思ったが、口にはしない。今は状況が悪すぎる。

 

「……了解」

 

 そうとだけ答えて、彼は再度腕を噴水の水に浸した。結局、全ては骨折り損のくたびれ儲けだ。

 それに気付いた時、先程までの高揚などは跡形も無く消え去っていた。

 

「ああ、それと--」

「--はい?」

 

 まだ何か話が有るのかと。彼は不承不承振り返る。その目に--

 

「お疲れ様。よくカティマさんを守ったわね」

 

 恐らく彼に向けられた物としては始めであろう微笑み。掛値なし、手放しで『美少女』と言える程の笑顔があった。

 

「……守れてなんか無いですよ。俺じゃ無理でした。俺の力なんかじゃ--」

 

 自嘲し吐き捨てる。結局、望達が到着せねばどうなっていた事か、想像に難くない。

 背負っていたワゥのマナも限界近く、迎えに来たミゥ達が連れて帰って介抱している。

 

 気絶してしまったカティマも望に背負われ学園へ運ばれていった。希美は、それに付いて看病している。

 空が自分の治療は後で良いからと頼んだ為だ。

 

--『力になる』等と勢い込んでおいて、このていたらく。全く、どうしてこうも役に立たないのか、俺は--

 

 その彼の頭にポンと掌が乗った。その温度が染み入る。

 

「いじけてるんじゃないわよ。君はしっかり君の役割を果たしたの。胸を張りなさい」

「…………」

 

 そのまま二度、ポンポンと軽く頭を叩いて。沙月は学園に戻っていく。深紅の髪を風に靡かせながら。

 

「……餓鬼扱いしやがって……」

 

 思わず見惚れてしまった。それに気付き、赤くなった顔を噴水に突っ込んだのだった。


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