Fate/kratos 第四次聖杯戦争にクレイトスを招いてみた 作:pH調整剤
雁夜は戦闘準備はあっけなくすぐ整った。
予め用意しておいた、ショルダーバッグを肩に掛けるだけで済んだ。
バッグの中身は全て刻印虫に犯される疝痛を耐え抜くための道具である。
「いいぞ、バーサーカー。で場所は何処だ?」
手を翳しサーヴァントを絶対的に服従させる刻印。
全世の理すら欺く異能を解放すべく、クレイトスに問うた。
「海だ」
あまりにも抽出的すぎる返答に雁夜は呆れ顔を示した。
「馬鹿!範囲が広すぎるだろ!もっとなんか特徴的な建物とか…」
「石だ。確か海隣に鋼の石が積まれていた」
石…?雁夜はクレイトスの意地悪問題を解きほぐすべく、脳から冬木の地理情報を総動員していた。
そもそも聖杯から現代知識が付与されているのではなかったか?という根本的な矛盾は無視する。
海…石…?石で出来たモニュメントなんか存在しただろうか?
海岸線で石と言えばテトラポッド…。駄目だ、鋼のワードが関係しない。
今確定しているのは海付近という情報だ。これを元に思考すれば解決できるはず。
ふと、海のワードから次々と連想して行くと…偶然ながら一つの推理が組みあがった。
それを証明すべく、クレイトスに最後の手がかりを提示する。
「なぁバーサーカー、もしかしてデカい建物が無かったか?えーと塔みたいのだ」
「塔…?あぁそういえばあったな、赤き色の建築物だった」
ビンゴ。バーサーカーが言いたいのはクレーンだろう。
つまり情報を統合すると、海付近、鋼の石、クレーン。これから導き出されるのは…。
―――答えは埠頭だ。
鋼の石は輸送用コンテナのことだろう。
手間取らせやがって…。
戦闘前の無駄な推理でほとほと生気を抜かれた、雁夜は今度こそ令呪による瞬間転送をすべく命令文を口ずさむ…。
が、クレイトスが雁夜の手を掴み、止めた。
「何だよ…」
雁夜が後退りしながら尋ねる。
「無駄だ、こっちの方が早い」
そう切り返すと、雁夜の前襟を鷲掴みし、武術の投げの如くの体勢で雁夜を背負った。
次に取った行動はまた雁夜の心臓を急停止させかけた。
壁が鉄球で破砕されるような衝突音で耳がダウン。
高温モスキート音のみを認識し、顔面に当たる突風を感じた瞬間。
雁夜はようやくクレイトスが屋敷の壁を物理的に突き抜けたことに気が付く。
「うわあああああああああああああああああああ」
雁夜の悲鳴は、配達人クレイトスと共に下階の樹海庭園を飛び越え、名前すら知らぬ、隣家の一軒家の屋根に軽やかに着地する。
今度はクレイトスが雄牛の絶叫より夜の静謐を粉砕する大気震う、掛け声を上げながら、上腕筋を膨張させ、クレイトスは闇空に雁夜を投擲した。
「るあああああああああああああああああああぁあああああっッッ!!!」
雁夜は叫ぶまでも無く、顔面を青白くし砲弾となった自分の状況に、脱魂させた。
自らが飛翔しながら、高速で流れる星空を眺めるプラネタリウムはさぞ美しいだろう。
だが徐々に重力に従って、落下していく雁夜は夜を照らす不夜街、新都の眩い光に吸い込まれそうになっていた。
「バーサーカーアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
空に弧を描き、飛行する雁夜は全精力を注ぎ込んで、従僕の救助を請う。
もう後一分もせず内に、空から落下する弾丸Aは地面に着弾し、肉塊Aへとクラス変更しそうになっていた。
その頃クレイトスは、住宅街を飢えた狼が餌を狩るように背を低め、水切り石のように屋根から屋根へ跳躍を繰り返し、投擲した弾丸を捕球すべく奔る。
傍目から見たら黒き陰が風神を纏い、何かの人外の標的を追っているようにしか見えないだろう。
しかもその後、目撃した一般人から言伝で伝播し、伝説のスパルタ人は
宇宙から飛来した黒煙生物のUMAとして冬木市の都市伝説で語り告がれるのはまた別の話であった。
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ついに雁夜は新都のコンクリート道路を埋め尽くす車両の渋滞へ接触しようとしていた。
的は不幸にも新車に乗り換えたばかりの、サラリーマン男性が乗車する車。
男は偶然にも近くで爆発事故を理由にした、深夜の不自然な渋滞に嵌り、原因に首を傾げていた。
だが新しく手に入れた愛車の乗り心地を十分に堪能し、ニューマシンのハンドルを握る興奮で懐疑心などどこに吹く風ではあったが。
そんな幸運を高速で破壊すべく招来される、弾丸Aはボンネットとフロントガラスを着地点を見定める。
後、10秒。
2秒。
――1秒。
雁夜の白髪先端が車体の塗膜に接触した瞬間。
フロントガラスに頭蓋が擦過させながら、黒い影がガラスを一瞬横断する。
たまたま、運転手それを目視したが、意識の範疇外だったのでラジオに再び耳を傾けた。
こうして無事、新車に死体を塗装せず済んだのだった。
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弾丸Aが新車を粉砕するかも知れなかった、幾秒前。
クレイトスは落ち行く雁夜を目で確認すると、超高層ビルの上階、窓辺に鞭先の剣をハーケン代わりに撃ち込み固定。
鎖をロープとして、上から下へ足を振り出し、時計の振り子の如く遊泳する。
そして激突すれすれの雁夜の脚を悠々とキャッチした。
またロープ化とした愛刀を、鞭を振るう勢いに匹敵するほど加速させ、空の踏み切り台を蹴ると、無事ビル屋上へと帰還した。
当のお荷物雁夜は、ほど凡人が人生で体験し得ないであろう修羅場を経験しすぎたのか、青息吐息の顔になっていた。
「おい、お前…ふ、ふざけるなよ…」
と必死に怒りを露わにするが、過呼吸で殺虫剤で噴射された虫がもがいてるようにしか見えない。
「マスター、聞くのを忘れていた。場所は何処だ?」
再び雁夜はこの恐怖で発狂を免れぬアトラクションを十分と味わうことになった。
そしてビル渡りで、恐怖心など当に麻痺した頃、ついに戦場である埠頭を眺望できる工場屋上に登攀した。
埠頭中心部では既に二体のサーヴァントと思しき連中が破裂音を存分に轟かせながら、剣戟の火蓋を切っている。
剣と槍が衝突するたびに、気絶しそうなほどの光量が焚かれ、目が潰れそうになる。
「あいつらか…俺たちの相手は…」
ただでさえ低い視力と聴力がさらに機能低下しそうだったので、用意しておいたショルダーバッグから耳栓を取り出し、装着する。
だがまったく耳栓はこの爆音に対して効力を発揮してくれず、諦め戻した。
そして、なるべく戦闘地域を見ないように、クレイトスに制約を確認する。
「さっき言った事は覚えてるよな?バーサーカー」
戦闘を見下ろすスパルタの戦士は既に、かつての戦闘本能と戦場で研磨された殺意を雁夜の肌を刺すほど放射していた。
召喚時初めて接見したクレイトスとまったく同じ姿である。
「一体のみを率先して狙え、か?」
雁夜の問いかけに、鬼神を彷彿とされる血走った目で雁夜を見据えた。
「あぁそうだ、ちゃんと守れよ」
「……努力はする」
理解しているのか、いきなり約定をはぐらかされた気持ちになる雁夜は歯噛みしながら、悶々としていた。
だがその憂鬱は、突如直接振って沸いた富岳を崩壊させる雷鳴がでかき消された。
目を向けると、先程の戦闘は中断されているではないか。
なにやら古式の戦車に搭乗する覇王を喧伝する赤き外套を羽織った、巨躯のサーヴァントはいつの間にか、二体のサーヴァントの中心に割って入っている。
そして野太い猿叫を迸らせ、演説の口振りでこの地で宣告した。
「我が名はイスカンダル!ライダーの座として聖杯にこの地に繋ぎとめられたゼウスの子よ!」
「さぁ我が軍門に下り、聖杯を褒章とし共に分かち合う気はないか!歴戦の勇者!千人斬りの猛者!強欲たる王!サーヴァント達よ!」
雁夜も真名を突如明かしたかと思えば、敵を勧誘する剛毅と馬鹿の紙一重に呆れの無言を通しながら、ふとクレイトスの横顔を見る。
居ない。
先程まで隣で修羅の戦闘態勢に入っていた、クレイトスは忽然と消失していた。
「おい!バーサーカー!」
雁夜は近郊を一周見たあと、サーヴァントにより戦場化した中心地に望み、凝視する。
クレイトスは地に降り立っており、精神は殺戮の鐘を鳴らし、闘争を開始していた。
既に心底から焦がす憎悪の炎獄が、クレイトスの理性をとっくに焼き払っているのを今、雁夜は知るのだった。
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