Fate/kratos 第四次聖杯戦争にクレイトスを招いてみた   作:pH調整剤

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邂逅

召喚陣用として宛がわれた蟲蔵は非常事態に襲われていた。

白煙が完全に晴れ、雁夜と臓硯が視界を取り戻した頃。

陣の内にその非常事態の"原因"が直立の不動のまま、こちらを剣呑とした表情で見据えていた。

その灰色の長躯から威圧される雰囲気は、確実に殺意の類であり、背に身拵えしている鎖鎌の状の兵装が警告の金音をしゃらりと発した。

 

「―――問おう」

 

白に朱の墨を入れ抜いた岩盤のような顔が動いた。

幾千年生き抜いた物の怪ですら、あんぐりと口を解放したまま呆然と見つめていた。

 

「いや、問う必要などなど無いな。貴様らか…私を冥府より引きずり出したのは」

 

「そ、そうだ。俺が呼び出した」

 

驚倒し尽くし地面に手を付いて一部始終を傍観していた雁夜が、即座に意識を取り戻し従僕を召喚したマスターとしての威厳を示した。

いくら憤怒状態の怪物でも、聖杯より呼び出したのはこの自分であり、強面の格的に考慮しても礼儀作法を受ける側だろうと。

すると刺青男は召喚陣を飛び出し、マスターの前方に歩み出し接近してきた。

無論雁夜は忠誠の意と捉えるだろう。この男の真の素性を知らぬだから。

勝手な思い込みで、時代的に通じるか不明瞭な現代用辞儀だが、雁夜は馬鹿正直に手を差し出した。

するとそんなアマチュア魔術師の甘い妄想を崩壊させるように、雁夜の首を掴み、大根抜きするが如く、雁夜の脆い体を上中に振り上げた。

「これもアテナの指示か!ふざけるなよ貴様ら!私をどこまで弄ぶつもりだ!神々の屑共め!」

そう刺青男が叫換すると、虫達は獅子に吠えられた草食動物のように、我先にと逃亡を開始した。

一気に蟲蔵が移動に伴う甲高い粘液音に支配された。

すると部屋の角に虫の集団玉が出来上がり、互いを押しつぶし合い自己保存を賭けた、生存戦争が勃発する。

当の雁夜は万力を超越した、膂力で喉頭を一気に締め上げられ、呼吸を閉鎖された故のチアノーゼが元々黒い顔をさらに黒くした。

あくまで精神は人間の身であるため、殺戮の神による憎悪の毒電波を十分に浴びせられた事により失禁しかける。

 

「おいバーサーカーよ、人語が伝わるならよく聞け」

「儂らはアテナなどという人間一切知らぬ。そしてお前が殺しかけている彼奴はお前の主人だ」

「扱いには十分気をつけろ。お前が死ぬぞ」

 

臓硯が環境音に埋もれながらもバーサーカーに苦言を呈した。特に雁夜を救護せずに。

「私が死ぬ?私はもう既に死んだ身だ!貴様らが冥府より蘇生させなければ安住の地で眠っていたというのに!」

刺青男は逆鱗を更に発火させ、臓硯の顔を手で掌握すると、地面に強制刻印した。

瓦礫の礫が舞い、顔の骨肉が爆散して本体の虫へと変化する。

いきなり胡桃割りならぬ吸血割りの道具に使われた、臓硯は即座に身体を再構成し、呆れ顔で反論した。

「まさかこの齢にもなって頭を割られるとは…そもそもお前は誰じゃ!何故由緒正しき触媒から貴様のような狂暴な男が出現する」

いやお前がクラスを付加して呼べと言ったんだろうが。

と素手の絞首刑から脱出した、雁夜は視界を暗転させながら心で突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

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夢を見ていた。

あの公園の砂場で黄色い声を上げて、砂で城を建築していく二人の少女。

しばらくするとどちらが、砂城に水を流す穴を空ける権利を争い始めた。

眺めるだけで心がほぐれるような、幼少期を思いを起こさせてくれる日常に溶け込んだ情景。

自分は幼稚で懐かしい子供喧嘩に割って入った。

仲良くしなきゃなんて慣用句は子供だって聞き飽きてる。

だからこういう時はこれだ。と持参した土産を二人に配る。

すぐに顔を綻ばせ、先ほど喧嘩をどこへやら、城を穿つ諍いを、お互いのペンダントを比べ合いっこに移り変わりさせていた。

やはり彼女たちには笑顔がよく似合う。

―――くん。

柔らかく清明な人声が自分を呼んだ気がした。

声の飛ばされた場所を探すと、その人は名画の貴婦人のようにベンチで腰掛け微笑していた。

自分も急いでその人に駆け寄ろうとした。

だが、進まない。

いくら全力で走ろうとしても、その場所から一歩も前進していなかった。

時の沈泥に足が嵌ったと錯覚するほど、肩で息をする走法だろうが、決して彼女には辿りつけなかった。

彼女はあいも変わらず、にこやかに清冽な笑みでこちらが来るのを待っている。

行かなきゃ。彼女の前に。だから動いてくれよ。

あの人の前では見せられない苦渋顔になるまで全力で駆け走る。

だが決して時間の枷は外れなかった。

―――雁夜。

空が紅に染まった。日が落ちるには早すぎるので、夕暮れではない。

今にも腐敗して崩れてしまいそうな、黒紅。

この色は……血の色だ。

そして、自分を呼んだのはあの澄み切る声ではなかった。

禍々しくも厳粛を保った神に正統として許された呪い。

それは堕落さを嘲弄するような冷笑も孕んでいた。

「雁夜、君はまたおめおめ戻ってきたのか。魔道から逃げた卑怯者の分際で」

―――時臣ィッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

その唾棄すべきを声を鼓膜に反響させ、脳に情報が伝達した100垓分の1秒。

小市民よろしくの人格が鬼神を憑依させ、積年の憤懣で心臓が裏返り、勢いあまって胸を突き破ろうとした。

噴火して間もない超高温のマグマが血管を川として激しく流れ出す。

激情の濁流は抑制を司る精神すら一気に溶解させ、マグマとして同化させた。

男の激怒を静止する時の足錠は既に存在せず、獣は獲物を念願の獲物に飛び掛らんと、頚椎をねじ切るように手を首に掛け…。

―――おじさん。

全てを鯨飲する殺意が瞬時に冷却された。

あれほど荒々しかったマグマは静謐を放ち、ただの石塊へと成り果てていた。

その声の発した方向を振り返ると、そこには蟲の顔をした半蟲の化身が佇立していた。

背丈は小児とそう変わらず、外装はもちろん子供が好んで着る児童服だ。

「おじさん」

男を無垢と幼げを含んだ声で、おじさんと呼ぶたびに、蟲顎は横開きに開閉し触覚が困惑のように揺れる。

その複眼は異形を目視し戦慄した男の死相を返照した。

「さ……く……ら?」

「よくやったぞ、桜。それが間桐の魔術を習得した成果か」

男が危うく殺しかけた時臣という名の茜色の紳士服を着込んだ貴人は、駆け寄ってきた怪物の頭を陶磁器を扱うように撫でる。

その偉業を称え甲殻を包み込む優しい声は、子供を愛す父性の象徴。

「だが、遠坂の当主の座は一つだけだ。どうする?凛」

「殺します」

まるで、普遍の事実を淡々の提示する判事は、朱石が嵌め込まれた手杖を怪物に向け…。

獄炎を放射した。

「止めろ」

寒汗を振り飛ばし、狂騒を破壊すべく男は泥に塗れながら疾走する。

「雁夜くん」

走れなかった。腕を回し固定するための金具化とした思い人が居たから。

「これが魔道。逃げたあなたに何が分かるの」

耳管を凍結させる冷たい囁きは、己の耳と通り抜け腑さえ凍らせたようだった。

 

お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。

 

「やめろ」

 

お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。

 

お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。

 

お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。

 

お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。

 

お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。お前は逃げた。

 

「やめろ!!!!」

 

世界すらもが自分を弾劾し大罪を裁くべく、罪名を叫び連呼する。

 

有罪。

 

執行の獄火は半蟲である少女の腕、脚、肩、眼球を覆い炭へと還元していく。

絹を彷彿させる髪も、あの愛らしく宝石のような目も。

蟲の屑片と混ざり黒色のタールとして滴り落ちた。

いくら男が発狂して、声が乾涸びるまで絶叫しても、中断はされない。

咎人は抗弁する権利を所有してはいけないからだ。

男の泣き叫び声は落日の悲愴曲(オーケストラ)の一楽器として追加され、燃え盛る獄炎の火打ち音が最後の旋律を飾った。

 

男はただ一条の烽火が天に舞い上げられていくのを、ただ眺めるしかことしか出来なかった。

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「起きたか」

 

雁夜はあまりにも、長すぎる悪夢からようやく目を覚ました。

さすがに起床し脳が夢を現実から追い出す記憶の整理を敢行したのか、いくら傷物の悪夢でも叫びはしなかった。

ベットに寝転ぶ自分を現実だと感覚が認可したので、悪夢の記憶と不快感は霧散しつつあった。

それに先程、扼殺されかけた男が鼻先に居る衝撃でちょうど中和されたのだろうか。

昏睡から回復したのを確認すると、殺人未遂前科付きの刺青男はベットに付近に置いてあった樫作りの椅子に腰掛けた。

「あの……」

雁夜の前に刺青男が口を開いた。

「済まなかったな、まだお前もハデスの居城には誘われたくなかっただろう。あれは私の勘違いだったマスターよ」

主人を謀反で縊り殺しそうになった巨漢は、数時間前に浴びせた殺意を綺麗さっぱり掃除して謝罪した。

それにしてもマスター……?

敵意の塊は初々しく従僕であることを自ら顕示したことに、雁夜は正直溜飲を下げるより気味悪さを感じた。

風貌から比較しても主人と奴隷の立場は確実に逆だった。

ブルドックスがチワワには流石に言いすぎだろうが、先程の激情を記憶の混乱だと思えるほどの変貌である。

令呪のパスの繋がりが不完全だったことによる不具合か。

それともあの吸血鬼が口先で上手く丸め込んだのだろうか?

何はともあれ、この男は俺の従僕であり俺がマスターであることはようやく、重々承知できた。

「その……一応真名を聞いていいか」

真名。座の招かれた英霊は基本的、クラス名として呼ばれるのが常らしい。

バーサーカーとして召喚したのだから、それを呼び名として使うべきなのが慣用だとか。

この場合その流儀に従うのが普通だろうが、

バーサーカーの名で呼ぶ事に違和感を与えていたのは、狂戦士がここまで流暢に会話できるのだろうか?との尤もらしい疑問だった。

だが聞いても返ってこないと結局、聖杯の奇跡の些事だと流した。

一応、さらなる忠誠心を図りたい雁夜は、まさかとは思うが核地雷を踏み抜く覚悟で問いただす。

真名を晒すのは自らの首を下げながら戦場赴くようなものだと、聖杯戦争について知識は乏しい雁夜でも理解はしていた。

要は関係にしこりを残したまま、戦いに望むのはあまりにもリスキーすぎる。

どれだけ関係性がこの生存確率に作用するかは、雁夜の範疇外であった。

ただ運否天賦が絡まるのなら、手に滑り止めを掛ける程度の下準備は必要であろう。

会話が出来るなら尚更だった。

「………デイモス」

しばらく沈痛の面で固まっていた、刺青男は間を置いて名を口にした。

やっと人間らしい会話をサーヴァントと交えられたことに、安心の色見せながらも続いて雁夜も自己紹介する。

「デイモス……?まぁいいや。俺の名は間桐雁夜。一応アンタのマスターになった者だ」

「えーと…色々あって絶対にこの戦いには負けられないんだ。だから…よ、よろしく頼む」

だが癇癪をまた再発するのではないか、という疑念の恐怖を噛み殺し、再び儀礼の手を出した。

「あっこれは、この世界での挨拶で……つまり仲良くしたいって意味だ」

慌てて握手についての常識を述べる雁夜に、クレイトス(デイモス)は言葉を返す。

「知っている、というより今知った。何処からか知識が流れ込んだらしい。これもサーヴァント種の能力か」

雁夜も臓硯から予め聞かされていた雑学紛いを思い出す。

聖杯に招かれた英霊は世界の基礎知識を配布してくれるだとか。なんとも利便性に富んだ物なのだろう、聖杯とは。

ささやかな敬意を聖杯に表明していると、クレイトスは中に浮く雁夜のやせ細った手を握った。

分厚く鎧の如くの重厚な感触だった。

滾る血潮が病弱な雁夜に、生命の灯火を分け与えたように錯覚するほど。

「長く……ないのか?命は」

クレイトスの尖った真実の鏃が胸を刺した。

瞬時に素性を暴かれた事による、恥に近い感情とクレイトスから放出される同情とは言いがたい、何か悲壮を纏った意識で硬直する。

「あぁ……そうだ。俺は近い内に死ぬ。だから絶対この戦いで勝たないといけない。だからデイモス……いやバーサーカー」

死に直面した時、人は何かを残そうとする生物である。それが子であれ物であれ創作物であれ遺産あれ。

クレイトスはその何かが"勝利"だと決意の()から読み取った。

「バーサーカーでかまわん」

「そして、雁夜。お前に同情する気もさらさらない。勝利のためなら容赦なくお前を使い潰す」

同じくクレイトスも雁夜の真意の沿い言葉を紡いだ。

「あぁ……それで構わない。こっちの気なんて留めずな。文字通り狂戦士らしくやってくればいい」

「お前も負けられない理由があるんだろう?」

クレイトスは動機については語らなかったが、顔の刺青を掌でなぞりながら首肯した。

「頼むぞ、バーサーカー(クレイトス)

「言われるまでも無い、雁夜(マスター)

 

この聖杯を巡った殺し合い、第四次聖杯戦争にて一つの陣営がここに誕生した。

死人紛う男と

 

「では行くとするか」

 

「は?今からか?」

 

「当たり前だろう、お前の短命を念頭に置いて行動する。いつ死ぬか分からんのだからな」

 

「いや色々偵察の準備だとか、だな……」

 

「不要だ、お前も都合を無視しろと言っただろうが」

 

「それとこれは…!話が別だろうが!」

 

「知らん」

 

「おい!バーサーカー!」

 

「置いていくぞ、マスター」

 

狂戦士陣営が忙しく外に繰り出して行ったのを確認すると

間桐邸、屋根伝いで間桐臓硯は監視の名目である、盗み聞きの成果を人知れず隠れ笑いをした。

「なかなか拾い物を掘り当てたな、雁夜めが。さてこれからどう混ぜ返してくれるやら」

臓硯は悲願である奇跡の成就は脇に置いて、二人の男がどう戦争をかき乱すのか胸を弾ませる。

そして、斜陽を眺望しながら破顔した。

 

 

 

――アテナよ。貴様の詭弁の救済など要らぬ。私は自らの手で掴み取ってみせる。この異邦の地で

 

 

 

『邂逅』

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