Fate/kratos 第四次聖杯戦争にクレイトスを招いてみた 作:pH調整剤
一見然したる変化の見られないと訝しげる月が、小望月が十六夜と呼ばれる満月形に移り変わったいた頃。
間桐雁夜は邸宅の苑地から、月見に浸っていた。
別にストレス解消のアウトドアで夜更かししているわけではない。
臓硯に令呪が備わったらその翌日の丑三つ時が召還の儀と予め聞かされていたことによる、時間つぶしの一環だった。
どうせ寝ようとしても、苦痛で満足な睡眠が取れるわけが無い。
だったら夜風に当たっていた方が時間の有効活用だと。
しかし辺りを見渡して、苦悶の表情を浮かべる雁夜。
庭園は誰が維持してるのかは、まったく既知の外だったが、
景観は雑草類が生え茂り、樹海と見間違うほどに荒れ果てていた。
間桐家秘伝術の総本山、地下蟲蔵を隠匿するために放置したとは流石に断言できないだろう。
確実にあの吸血鬼の無関心が原因である。
まだ魔術の門に蔑視を投げかけるほど前の、幼い頃はよくここで兄の鶴野と鬼ごっこなどの遊びに興じたものだが。
そんな加齢特有の懐古か。
刻印虫に記憶系統まで乗っ取られた数少ないメリットか。
人間時代では思い出す事すらしなかった郷愁感を味わっていた。
だが我が肉体は確実に劣化の一途を辿り、軋みを上げ始めていた。
皮膚感覚は常時も小火で炙られる近い、幻火に襲われている。
このジャケットの一つでも欲しいだろう夜更かしの月見は、服など要らずと押し通せるまで
深夜固有の"正常"な寒冷を認識できないほど温度器官が壊死しつつあった。
まぁ、疾患の寒気は忘れたように時々来るのだが。と本人にしか分からない注釈を心で付けた。
そして、どうせだったらそれも死んで欲しかったと、あまりにも粗末な願いを闇空で瞬く星に願った。
さて、臓硯が満面の破顔で待ち構えている重要任務召還の予定時刻が差し迫っていた。
だが雁夜は何を悩みの種を開花させているのか、間桐家の庭園から動けずにいた。
桜……。
雁夜の心中をざわめかせているのは、己が地獄に飛び込んだ端緒。
自分の思い人の
その娘として生を受け、禅城の奇跡とも言える母体の特性を受け継ぎ過ぎた
深夜の黒と月の青が混ざった盲いの闇がりですら、地面からその邪悪たる存在感の黒縁を浮かび上がらせ、陰陰滅滅と自らを主張する蟲蔵。
その邪悪の片鱗を感受したのか、吐き気が胃を締め付ける。
そこで教育と名ばかりの拷問に落とされている彼女は何を思うのか。
無辜だと退ける手段すら持たず、魂を犯しぬかれる日々だけを積み重ねている。
この転換点と言えるこの夜。
雁夜は何か彼女を少しでも安楽させてやりたい、御節介を思案していた。
何か安心させてやれる言葉は無いだろうか?と。だがライターとして売文を商っていた雁夜でも今の状況では何を語りかけても、心の欠片を踏みにじるような気がしてならなかった。
臓硯もこの日だけは絶頂の真っ最中であり、日々目を光らせている桜との接触を徒に監視したりしないだろう。
つまりチャンスなのだ。この夜だけ。その絶好の機会にも限らず、言葉が出ないという失態に己の無能さを殴りつけたくなる。
「君を絶対に救う」
「だから希望を持って」
そんな陳腐で吐瀉物を吐き掛けたくなる言葉だけが脳中を旋回する。
「クソッ……!」
「おい、雁夜!何をやっておる――」
ついに来てしまった。タイムオーバー。天から下賜された金は錆び朽ちた。
「
思考を強制中断し計画を不意にされた所為で、躁急に憎憎しげに吠えた。
顔面の虫達が轟き憤懣を表明する。
「フム……?この日がお前の人生の中で、億万秒時間の中で肝要な夜だと何回も伝えたはずだがな」
吸血鬼はたじろぎもせず、生い茂る草木に立つ樹木の枝に腰掛け、状況的にも物理的にも見下ろしながら、出来の悪い子を叱咤した。
「さては雁夜…貴様……?桜に相見しようとしてたか?」
正眼を撃たれた衝撃で雁夜の心臓が暴れまわる。まさか全て見抜かれていたのか?黒色に皹入った肌が恥ずかしさで高潮した気がした。
「……………」
「悪事を見抜かれた時、歯を食いしばりふて腐れるのはいつものお前の癖だな――雁夜よ」
無言の圧力を飛ばし、臓硯視点では叱ってくれとさえ感じ取れる息子にほとほと呆れていた。
こんな愚人で魑魅魍魎が跋扈する聖杯戦争に勝ち残れるのだろうか。出来の悪い息子を慮る怪物に残留した親心がそう痛感していた。
先ほどまで芝居役者のように呪いの言を振りまいていたのを、ひそかに観察し愉悦に染まっていた臓硯には巡らすまでも無い推理以下である。
「召還用の陣と聖遺物は既に用意万端整っておる」
「後はお前だけだ―雁夜…遅刻するな」
そう釘を刺し荒庭を後にした。
―――今宵だけは
魔の夜が密かに祝福したのか、一陣の風がそう雁夜に幻聴したというのはあまりにも都合が良すぎるだろうか。
雁夜もまた唇を噛みながら、戦場の前夜へと吸い寄せられていった。
地下蟲蔵へ向かうには回廊を経由せねばならない。間桐邸へ居住する人間だけはそれを知っているし普遍の知識である。
人外化した雁夜も例外ではない。家主の成金振りを証明する、絨毯の形をした鮮血色の札束はまるで血の道のようだった。
地獄への淵が近づくにつれ、脈拍が上下を振るい身体を痙攣させる。戦争への意欲を象徴する武者奮いだと感じてみたがったが、どうもそうでは無いらしい。
極度の緊張を虫達が傷害を受けていると勘違いし、体の組織部再生を実行していた。言うとならば苦痛が風邪で言うウィルスを殺す熱のようなものだ。
無駄な事しやがって…。そう勝手まま振舞う己の体に怒りを感じながら、苦悶で喘ぐ体を引きずるように必死で蟲蔵へと足取りを向かわせる。
刹那、心臓が硬直した。虫の所為ではない、その仄暗い廊下で亡霊のように立ち尽くす――少女がいた。
「桜……ちゃん?」
驚愕の余韻で、つい呼び捨てしてしまいそうになるがなんとか耐えた。
「やぁ、桜ちゃん…びっくりしたかい?」
かつては美しき花園の天使と呼べた少女は、何時しか冥府の死人へと変貌していた。首には不可視の首輪と鉄鎖が巻かれて餓鬼が血塗れの白骨を咥えている絵面が脳裏に浮かんだ。
落ち着け雁夜。先ほど何回も予習しただろう。この子を救う言葉なんて無駄な戯言…。そう精神系が無視を促し指令する。
「顔……どうしたの?」
顔?疑問符が浮かぶがすぐ解決に昇華された。怖いんだな顔が。口では他愛も無い返答ししばらく会話を続けていた。
無味乾燥、無毒無薬。何の自体も呼び起こさない聞きなれた歓談。
またいつか遊びに行こうと、余命を無視した決して履行されない契約に判を押した。仲介人すら居ない無責任な児戯。
「おじさんはそろそろ行くね」
「ばいばい雁夜おじさん」
この二言であれほど苦慮した発言に終止符を打った。
「絶対に君を救う」
舌を切り裂かれても言うべき言葉は雁夜の心中で爆ぜ、灰に還元される。
身命を供物に変えても。俺の運命を炉にくべ、燃やし彼女の人生に焔を点火して欲しい。
そしてまたいつかあの日のように…笑ってくれ。桜。
「では召還の儀を決行する」
そう諸悪の根源、蟲蔵で高らかに宣誓し、しわがれた魔声は石壁を反響し雁夜へと伝わった。
その後、臓硯からさらに追加された注文は、狂化の属性を付与する召還だった。雁夜の魔術師としての才覚、技術、能力の無さを裏付ける代物である。
臓硯の思惑は二つあったが、その一つである狂人に刃物という、故事?がそれを一番表していた。
凡人は何も無ければ狂うしかない。死狂いのた打ち回り、剣を振るい猛る狂戦士。
強力で何者を近づけさせず、味方のすらも死体の塔に積みかせねて行く半獣半人。
だが幾ら豪然なクラスでも使う人間が無力無能ならただのよく動く的に過ぎない。的確な狂いを制御できる者こそ狂戦士を真に選ぶべき適い人であろう。
雁夜の魔術師の履歴書をしたためるなら、中退の一言が書き添えられる。いくら聖杯に令呪を采配された選抜者でも下から数えた方が雁夜の名を見つけるのは苦労しない。
この事を雁夜もよく分かっていた。さすがに魔術から逃避した事を、この時ばかりは情けなさを懺悔し沈痛した。
「――
暗誦しておいた召還呪文の序文を口唱していく。
すると徐徐に召還陣が紫電を帯び、暗黒を裂いて舞い上がった埃が光を乱反射を開始。
英霊の世界と現世の門が雁夜を介して繋がり始めた事を告げていた。
それを目撃した臓硯も血を滾らせ、窪んだ眼窩を広げるように凝視し、口元を歪めながら眺望する。
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし」
ついに狂戦士を呼び起こす呪文の段に差し掛かり、顔面の血管を興隆させ神経と虫が絶叫をあげる。
だが雁夜は詠唱を止めない。脳裏に描く少女が居る限り。
――――桜。
――――汝、狂乱の檻に囚われし者。
――――我はその鎖を手繰者。
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コイ。コッチニコイ。
天に等しい場で身投げをした、なお赦されぬ罪人は、ふと瞼を開いた。
「誰だ、私を呼ぶのは」
コイ。コッチニコイ。
上下は見渡す限り黒に白をばら撒いた、空間に男は居た。
空間は白黒と点滅し、また動きが早すぎるのかまた遅すぎるのか。
遅滞と加速を繰り返し幾何学的な模様を思わせる。
「あなたは…?」
遠景を見渡すが、疑問符を投げかけられる相手は確認できなかった。
「ここです」
長髪を靡かせ青銅の鎧を着込んだ騎士が、鼻の先に鎮座していた。
「お前は?」
「あなたは?」
鏡像を映したような質問に男は顔を歪めた。
騎士の男は表情を変えずこちらを刺すように凝視していた。
「私を呼んだのはお前か?」
「私も呼ばれました」
コイ。こっちに来い。
また声が男を呼びかける。来いとは一体なんなのか。
抽出的な言葉に戸惑う男は騎士を同じく直視した。
目線が一本の線を引き繋がる。眼窩と眼窩が互いの直線を射殺しあう瞠視。
「あなたは守ってくれますか?マスターを」
「分からない」
「正直な人だ」
「戦士は二人も要らない」
コロセ。殺意は無い。コロセ。分かった。
実態の無い勅令を承諾すると、互いは了承したように剣を執った。
頸が頸を双方の剣が食い合い。
骨が破断し、鋼が血を吸った。結果は知らず。
「
慚愧の
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黒煙が白煙が入り混じり、蟲蔵を一気に覆う。
雁夜と臓硯は見た。
陣に不動する鉛色の長躯の戦士を。
刺青と見間違う、滴る鮮血は口で語らずとも彼を雄弁に証明し、説明した。
「――――――問おう」
かくして、
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