Fate/kratos 第四次聖杯戦争にクレイトスを招いてみた   作:pH調整剤

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序曲

――何故。何故、神は私を救わなかった。

 

天を頂き万物を睥睨する、オリュンポス山から望む眺望はまさに息を止めるほどの荘厳さであった。

 

だが、この縋り付くべき神にすら憎悪に近い失望をありありと感じる男には屑塵に観察している事に等しかった。

 

男の名は「クレイトス」

 

かつてスパルタの一兵卒として美しき大地を屍で埋没させ、殺戮と血潮で歴史を構築し描写してきた。

 

戦の神(ゴッドオブウォー)にして神の戦駒(ゴッドオブポーン)神の戦争(ゴッドウォー)

 

彼こそが戦争であり、戦争もまたクレイトス。闘争の根源を知り尽くした戦神。

 

軍神アレスは名状等共に、誠忠対象であり、彼の神生(じんせい)に始まりと狂いを与えた。

 

アレスの姦計に惑わされたのが悲劇の始まりであった。

 

地面に溜まった水に顔を映す。水面が示すのは白く濁った鼠色に染め変わっている顔面の形相。

 

これが愛すべき妻子を自ら手に掛け、殺害したと咎を責める罪の聖痕だった。

 

己の血の一滴を振り絞ってでも殺すべき、復讐敵のアレスを誅殺してもなお未だに得られぬ贖罪と救済。

 

しかも戦利品で手に入れたのは、罪を赦すとのただの一言のみ。

 

その言葉は億の兵隊の襲撃より痛烈であり、もしも受け入れぬのであれば頭を砕くと宣告されてもクレイトスは首を振らないだろう。

 

心霊をなお耐え抜く自意識の責め苦と慟哭に身を震わせながらクレイトスはブレイズ・オブ・カオスを執る。

 

「やはり戦争か、私には戦争しかないのか」

 

まるで誰かに語りかけるように、苦渋を吐く。

 

当然、クレイトスの周囲にあるのはオリュンポス山の叢叢たる木々、岩塊と見下ろす太陽(ヘリオス)のみである。

 

痛みを解放するのは別の痛みのみ。剣で肩肉を裂かれようが、鏃を腑に打ち込まれようが構う物か。

 

熱を極大温度で焼き潰し麻痺させる、スパルタ流の思考方式は無意識にまた戦争を要求していた。

 

あの女(アテナ)もまたこれを俯瞰しているのだろうか。

 

言われるがままに従属し、下命を仰いできたがこれまでだろう。

 

あるはずの無い救済を見え隠しして散々欺いて来られたが、これまでだろう。

 

無かったのだ。救済など。

 

本心では理解していたのかも知れない。

 

戦場で血も凍るような冷酷を振りまいておきながら、スパルタがこの体たらくか。

 

自分の内包していた恥と断言するべき脆弱さを嘲笑いながら、大地を踏みしめ、飛んだ。

 

我が最愛の妻よ。そして、(カリオペ)、済まなかった。

 

 

 

 

 

こんな私を……。

 

 

 

誰にも届かぬ戦士の懺悔は、オリュンポスの静謐と風切音に溶けて消えた。

 

 

 

 

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「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛ァアアアアアアアッアアアアアアアアアアアアアア」

 

刻印虫植付(きせい)約365日目の、間桐雁夜は今晩も痛覚神経を直接鑢で舐められる如くの刺痛の嵐に絶叫と共に飛び起きた。

激痛で引き起こされる過呼吸で窒息死しそうな、苛烈な副作用を"マシ"と思えるだけの耐久性が付いてきたようだった。

慣れた手付きで酸素ボンベを口に直結し、酸素を肺胞に送り込む。

呼吸の拍を整調すると、未だに体を刺す疼痛に身を捩じらせながら水を胃に流し込んだ。

いっその事、窒息で気絶した方がよかっただろうか。

いやそのまま死神に誘われる、リスクを考えたら起きて正解だった。

刻印虫の蠕動は神経に溶岩を注射した方が遥かに思える苦痛の臨界点。

時々、痛みで暴れまわるなら気絶して昏睡するが最案として採択したくなる。精神の秤役が痛みと命を掛けて前者が重いと判別したらしい。

だが精神で分かっていても、本当の錘が俺を支えている。だから死ねない。簡単に苦しみから逃れられない

あの娘の今置かれてる史上最悪の状況に比べたら、俺の状況なんて取るに足らないノミほどの些事だ。

そう自分を気丈に鼓舞し、月明かりが入り込む窓に身を寄せた。

また……あの夢か。何回目だ?一体。

近頃は例の夢と刻印虫の激痛による、起きる寝るを反復横飛びしていた。

満月とも劣らず恨めしいほど金色に輝く、小望月を見据えながら夢を思い返す。

あの男は絶望していた。何も得られなかった復讐に。そして欺瞞の救済にも

身を投げ捨てる自殺で救われたのだろうか。意味の無い夢問答に答えを見出せずふと、甲に月光を翳す。

 

蠢いた。

 

皮膚にくの字が縦断する。虫が光源に反応したのだ。今この身になってはなんて事のない有り触れた現象。

初見の人間が見たらきっと腰を抜かすだろう。

植え付け初期の頃は痛みに耐えることで見ることすらしなかった己の変貌した肉体。

自分でも気味悪く思わないのが不可思議に感じた。間桐の門に踵を返してから虫の存在すら呪っていたというのに。

度し難い。

――虫が塊が今の俺だなんて。

今、あの人が俺を見たらなんて言うんだろうか。考えただけで心臓が緊張で握り潰れそうになる。それでもあの人なら手を差し伸べてくれるだろうか……。

守る対象に救いを求めるだって?恐ろしく無様だ。間桐雁夜。

そう雁夜は己が守るべく対象に縋る、間抜けさを自嘲した。

葵さん、凛ちゃん。そして桜。

俺がこの這いずるウジ共を体に埋め込んだ理由。救わなきゃ絶対に。あの賎賊の魔術師共から。

そして時臣…。

お前を地獄に叩き落してやる。絶対に

雁夜がそう心に憎悪の火を灯すと、顔に浮き出た巣状の聖痕を硝子に投影した。

 

そして、間桐雁夜に深紅の令呪が宿ったその晩。

間桐邸の吝嗇の欠片も無い、居間の一室で腰掛けていた吸血鬼は人知れず歯を覗かせるように笑みし哄笑した。

老齢では考えられぬ白き透き通った歯は芋虫の体色、また、繭の色を思わせた。

「良きかな。良きかな。時は満ちた、油は注がれた。戦争の釜は空いた。後は何が足らぬ?トオサカ。アインツベルン――」

 

「貴様らの死 だ」

 

間桐で幾年以上時間を知らせ続けた、暗色の埃被った古時計だけがそれを見つめていた。

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