Fate/kratos 第四次聖杯戦争にクレイトスを招いてみた 作:pH調整剤
遠坂時臣の屋敷にして、戦闘の最前線である古雅と豪奢を漂わせる洋室は絶望に染められいた。
部屋の趣は王侯貴族が居館として根を下ろしそうな、ヨーロピアン風の家具と調度品で統一されていたが、今では中世の死刑を待つ大罪人の牢獄の雰囲気を醸し出していた。
原初の蛇の脱皮の化石を手際よくなんの諍いも無く入手し、最強のスペックを誇る古王ギルガメッシュを召喚した時臣。
既に聖杯の在処は己の掌だと自認するほどの順当な滑り出しだった。
だが、何せ召喚したサーヴァントは傲岸極める覇王。
思うがままに独自行動する術を持ち、冬木の散策の土産には激情振るうまま宝具を誇示した。
挙句の果ては、最終の奥の手にして秘奥である
時臣による"
優雅さの欠片も無い立ち振る舞いと、王の激情を畏れる臣下が起こした
あれだけ綿密に編み出したプランもこれでほど崩壊した。水面下では共闘関係を結んでいた、綺礼…。
つまりアサシン陣営のアサシンも宝具の乱射によって何体か死亡したらしい。
撃鉄を起こす必要の無い支離滅裂な行動によって、貴重な友軍まで殺したのだ。
王に対する畏怖によって重大な過失を発生させた、時臣は己の死に対する押し殺せぬ恐怖を呪いながら震える手で紅茶を啜った。
いつもなら茶の芳醇な風味と清香が心をより、冷静にさせてくれるはずだが…。
今ではまだ斬首前の処刑者の慈悲である、人生の僅かばかりの残滓に注ぐ一杯となっていた。
最後の晩餐ならぬ最後の一杯。
ストレスで唸る心臓を抑制しようと、一気に紅茶を飲み干す。
結局、滝のような汗をかいたこと理由とする水分補給にしかならなかった。
憂鬱が溜息を促すと、部屋で黄金の霞が人を模って顕現する。
時臣は自宅が爆撃を受けたように、瞬時に椅子から離れると恐怖の源泉に臣下の礼を取った。
「英雄王――御疲労甚だしくご無礼の極みを。御体に差し支えたことを誠にお詫び申し上げます」
妙な日本語だったが、王の罪科を態度だけで免れるための智慧、能才が溢れる時臣が脳漿を滾らせ紡ぎ出した唯一の解決法であった。
審判の主はじっと顔を伏せる時臣の様を、澄み切った空でも見つめるよう、見下ろした。
「時臣――苦労を掛けたな」
罪人は耳を疑った。
「王…王よ、今、な、なんと…」
あまりにも、常の態度と先程の死線を繰り広げた憤怒の閻魔とも違う、人格が乗り変わったような豹変に流石に混乱した。
「聞こえなかったか?苦労を掛けたなと述べたのだ」
「時臣、貴様も中々に忠君であるぞ。そう自分を辱めるのではない。それは王の臣下として相応しくない」
王による憎悪の制裁はいつしか、臣下の労いへと変化した。
「め、滅相もありません!私の不注意と怠慢による王へのご無礼は重ね重ね処刑にも値する、無能ぶりには自害でお詫びしたいほどに…」
翻った態度は何故か、時臣をあれほど恐怖していた刎頚をわざわざ望む愚か者へと退化する。
このギルガメッシュの天地転がし開闢を起こすほどの、変貌にはある種の理由があった。
――殺意。
一見、真意と態度とでは矛盾する言葉。
では何故、殺意はこの朗らかな態度を作り出したのか?
それは激情を重ねに重ねた臨界を超過した噴火が、一つの断固たる目的によって冷却され結晶化したからである。
その結晶が今の冷静さだった。
ダイヤモンドの組成構造が炭素でしかないように、またこの部下を労う良君もまた憎悪を光らせる宝石は、クレイトスによって生み出された石ころに過ぎなかった。
――確実に、正確に、慈悲なく、天命の如く。
目的を遂行するための、思考は一人でにパズルの如く組みあがった。
そして癇癪などの無駄な感情をフィルタリングして王の最大の障害である慢心を切除。
つまりクレイトスは殺すべき敵を育ててしまったのだ。
寛容の賢君は一枚剥げば、轟かせるマグマを燃え滾らせ、煮えたぎる憎悪を放出するであろう。
利己的なロジックはそれを封じ込めるための、自動調整期としても作用した。
「
「それでもこの暗君の
時臣は真の忠誠足る王の春風のように暖かな労わりで涙腺を緩めた。
「我が王は貴方にして、他なりません。英雄王。絶対の忠義は連綿として緩むことなく、王の命ずるがままに…大祖のシュバインオーグに誓って」
そう感激の奮えを滲ませながら、臣下の礼を改めて取り直すと、絶対的な献身を誓約した。
「そうか、ならば
あくまで臣下の礼は生前の模造品に対しての敬意でしかなかった。
だが、感情を爆発的に波立て、走らせるのは紛れも無い真の忠勇の欲求。
石の虎像が一夜で虎に生まれ変わっていた如くの現象であった。
ついに最後の言葉で滂沱の涙を決壊させ、声を押し殺しながら感嘆に打ち震えるのだった。聖杯戦争の当初の目的を健忘するほどに。
実際、時臣の感動は死刑台から解放された反動によるアドレナリンの大分泌が原因であった。
そして賢王の心中は、 粗悪な感動に夢中な時臣には聞こえなかった。
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ケイネスの許嫁、ソラウはランサー陣営の本拠地として居住していた、高級ホテルを抜け出し、密会に最適な僻地へと呼び出されていた。
新都に巻き起こった乖離剣の洗礼は、ここからでも眺望できる。
ソラウは燃え盛る新都を青ざめた面持ちで景観を見つめていた。
ランサーの箴言が無ければ、ソラウは灰燼としたセンタービル街の惨状に遭遇していたであろう。
そして瓦礫の破片で潰れて死ぬか、魔力束で死体すら残さないかのどちらかであった。
ある意味ケイネスの宝具の事故がソラウの窮地を救ったのだ。
それでも事態が逼迫している事には違いない、何故ならマスター、ケイネスは宝具の直撃すれすれを食らったのだから。
はっきり言って生存は絶望的だったが、ランサーがまだ現界可能な事から推測するとまだ光はあった。
ケイネスは契約の令呪を、ソラウは供給役の魔力を変則的に分担する召喚法は、功を奏した。
だがその素晴らしき功績を神童は成果を享受できず、死の瀬戸際を彷徨っていた。
外套を翻したような風が一陣を吹き上がると、ランサーが到着したことを知らせる。
死体未満生人以下の炭化しかけた、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを抱えて、急いで地に下ろす。
ソラウの視神経がそれを読み取り、視覚野が受け取るとソラウは堰を切った如く遺体未満に取り付いた。
「ケイネスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」
ケイネスの精悍な顔立ちは無残にも焼き焦げ、どう見ても火葬場で中途半端に焼却された死体にしか見えなかった。
ソラウは吹き零れる涙をケイネスに落としながら、必死に治癒魔法を施す。
だが精々生焼けの皮膚に戻るだけで、生命の理は魔術師ケイネスに死の審判を宣する。
けれども、どこから肩で腕なのか判別できない部位がゆっくり持ち上がると、ソラウの髪を撫でた。
肺は圧壊しており、呼吸すらままならない口は何か三文字を口ずさむと閉じ、手は糸が切れたように落ちた。
――時計塔の神童。
――アーチボルト家三代目当主。
――ケイネス・エルメロイ・アーチボルト…。
死亡。
既に遺体として認知された炭塊を抱きながら、ソラウは泣き叫びケイネスの名を呼び続けるのだった。
だが、その瞬間ソラウの右手には完全な刻印が血涙の赤が燐光を発しながら、宿った。
どういうことであろうか。
ランサーを使役する証の令呪は、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリに受け継がれたのである。
顔が焦げようと、維持でも最後まで守り続けた右手。
それを遺産にするが如くケイネスの鉄の意思はソラウに分与された。
結局の所、ケイネスの真意は分からず、令呪が相続された理も不明だった。
ただ凛然と輝く令呪はケイネスを象徴するように、煌きを放ち続ける。
ソラウは静かに死体から立ち上がると、 無言で折屈するランサーに直言した。
「私、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは…。三代目当主。お隠れになったケイネス・エルメロイ・アーチボルトの意思を引き継ぎ、この聖杯戦争でマスターとして代行することを宣誓します。」
「ランサー…私と一緒に聖杯を勝ち取り…夫を…ケイネスを…蘇らせて…」
毅然な態度とは裏腹に、言葉が震え熱い雫が目じりを通って、落ちる。
「このディルムット・オディナ…。自害にも等しい我が失態により討ち果たされた主君を取り戻すため。ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ殿…あなたを我がマスターとして今生の誓いを」
「我が始祖の名に懸けても、死を賭しても、全て聖杯をあなたの願いのために捧げます」
「マスター…」
ディルムット・オディナは絶対の
全ての歯は噛み合った。
ソラウは夫を失った悲劇と共に、心底で冷え切った計算を弾き出す自分を俯瞰していた。
―ここで泣けば同情してくれるぞ。
―触れてくれるぞ。
―守ってくれるぞ。
―抱いてくれるぞ。
ソラウの獣性が人間の仮面を被って、ひたすらその手段と褒美を語り掛ける。
その予想は的中していた。夫を喪失した未亡人という立場は騎士の琴線へ確実に触れ鳴らすだろう。
ケイネスと過ごして来た、今までの記憶が黒い愛欲と牝としての
正統な目的を得て、絶対的な忠誠を得たソラウは冷え切った自分を、ただ見つめていた。
最後に自分を呼んだ、夫を殺された復讐心が巧妙に偽装の城を構築していく。
ランサーもそれに例外ではなかった。忠君の騎士という中身は水だろうが、なんだろうが己の忠誠心を振り撒けるならば、木偶でも何でもよかったからだ。
主を喪失した未亡人を守り、美しき今生の誓いを果たす。
まさしく美麗な忠勇素晴らしき臣下の鑑。
これほど絶好な舞台はなかった。
一つの目的で繋がれていながらも、深層に秘めた欲望を蠢かせた、一人のマスターと一人のサーヴァント。
奇妙な縁故で結ばれた、陣営がまた誕生したのだった。