ベストプレイス。
そこは俺が昼休みを安らかに過ごせる唯一にして絶対のユートピア。
購買で買ってきた惣菜パンとマッカンをそばに置き、一息つく。
教室の机など購買に行った帰りには見知らぬ女子(クラスメイト)に占領されていて食事どころではない事になっているだろう。
机からしても俺などが使うより、女子に座られる方が嬉しい事だろう。机の気持ちまでわかっちゃう俺マジ付喪神。
そんなベストプレイスとて、近づく者が居ない訳ではない。
校舎の影で直接姿は見えないが、割と近くで女子生徒が数人で和やかに談笑しているようだ。
今日もこの俺、比企谷八幡はテニスコートで昼練をしている戸塚を眺めながら背景と同化し、女子生徒達の会話に耳を傾ける。
女子A「今日の授業凄かったねー。教育実習生とはいえ生徒が先生を言い負かすなんて漫画みたいな事ホントにあるんだねー」
女子B「そうね、それなりにイケメンだったけれど、少しオイタが過ぎたわね。あの雪ノ下さんにちょっかい出そうだなんて100万年早いのよ」
A「ちょっと可哀想だったけどね。まぁ下心アリアリだったし、仕方ないかな。明らかに雪ノ下さんに接する態度だけ違ったし」
どうやらあの女子達は雪ノ下と同じ国際教養科のJ組の生徒のようだ。
B「自業自得よ。普通習わない様な質問ばかり投げかけてきて、大方分からなくなったところを丁寧に教えて好感を得ようとしたのだろうけれど、生半可な知識で雪ノ下さんに対抗しようだなんて愚かとしか言いようがないわね。雪ノ下さんの知識量は最早ウィキペディアに匹敵するとまで言われているわ。この事から私は雪ノ下さんの知識をユキペディアと命名しようと考えているのだけれど、どうかしら⁉︎」
A「いや、私に聞かれても……。ってか雪ノ下さんの信者なのは分かったけど、そこまで語られるとぶっちゃけ引く」
B「し、ししし信者じゃないし! ちょっと憧れてるだけだし!」
A「でもあんたの口調ってモロ雪ノ下さんのマネしてるだけでしょ?」
B「……」
A「でも雪ノ下さんはそんなに分かりやすく動揺しない」
B「…………」
A「あとイケメンとかも言わない」
B「もう辞めてー! これ以上言わないでー!」
A「まぁ憧れるのはわかるけどね。ウチのクラスの女子の大多数はあんたみたいに雪ノ下さんを崇拝してるし。文武両道、容姿端麗、しかも県議員で雪ノ下建設の社長令嬢。漫画か小説でしか居ないような完璧超人だもんね」
B「そうよね! しかもそれを鼻にかけるでもなく、クールで格好良くて、時折見せる笑顔が素敵なのよね」
A「……」
B「あ、ご、御免なさい。ついまた興奮してしまったわ」
A「……その話なんだけど、雪ノ下さん、最近よく笑うようになったなって」
B「そうね、一年の頃はクラスの女子に対しても冷たくて笑った顔なんて見た事なかったかも知れないわね」
A「でも最近の雪ノ下さんは、すっごく柔らかくなったと思うのよ。その証拠に去年は雪ノ下さんに対して敵対心持ってた子も結構いたのに、今ではその子たちも非公式のファンクラブに入ってるくらいだし」
B「非公式のファンクラブ⁉︎ そんなものがあったなんて……。私も入りたい……」
A「まぁそれはともかく、雪ノ下さんの心の氷を溶かした原因がなんなのか、それを考えてみたんだけど」
B「も、もしかして……」
A「今の所有力な説は二つ。一つは、あまり考えたくはないけど、女の子が変わる原因の9割を締めるという、恋愛絡み」
B「そ、そんな、まさか雪ノ下さんに限って男だなんて」
A「確かにそんな気配はカケラも感じなかったし、クラスの数少ない男子も、全員去年の内に一度は雪ノ下さんに告白して振られている事は調べがついているわ」
B「さ、流石雪ノ下さん。でも、そうすると他のクラスの男子なんて関わる事も少ないんじゃ」
A「最初は葉山くんが有力だったけど、前に噂になった時に本人たちが否定してたし、あの時の雪ノ下さんの様子からみると多分違うと思う」
B「葉山くんなら確かに雪ノ下さんと並べば絵になると思うけれど、葉山くんでないなら他に釣り合う男性なんていたかしら?」
A「そこで出てくるのが、F組の由比ヶ浜さんよ」
B「由比ヶ浜さん? でも女の子よね?」
A「そうよ、雪ノ下と由比ヶ浜さんの仲が良いのはウチのクラスなら誰でも知ってる事だけど、ちょっと仲が良すぎる気がするのよ」
B「ま、まさか……」
A「そう、『雪ノ下さん百合説』! これが今非公式ファンクラブの間で囁かれている有力説の一つよ」
B「え、え〜〜〜!? で、でも確かに思い当たる節がある、ような」
A「決定的な証拠は無いけど、根拠になった目撃情報によると、クリスマスの後くらいの時期に雪ノ下さんと由比ヶ浜さんがお揃いで色違いのシュシュを付けて楽しそうに歩いていたのを見たらしいわ。二人ともしきりにそのシュシュを愛おしそうに触れる様はペアルックを付けるカップルのようだったそうよ」
B「そ、そんな……雪ノ下さんが百合だったなんて……」
A「あんた、ショック受けてる振りして、『もしかして自分にもワンチャン⁉︎』とか考えて無いでしょうね」
B「……」
A「私は由比ヶ浜さんとも話した事あるけど、優しいし、気さくで話しやすいし、演技とか無しでちょっと抜けてるとこも可愛いし、正直雪ノ下さんとは違うベクトルで女として敵わないと思ったわ。もし本当に雪ノ下さんが百合だったとしても、由比ヶ浜さんに勝てるとは思えないわね」
B「う、うぅ〜。で、でもまだ確定ではないのでしょう? もう一つの有力説というのは?」
A「これは正直眉唾な話なんだよね。非公式ファンクラブの一部が強く主張してるから有力説って言われてるけど、あんまりにも突拍子がなさすぎて」
B「ど、どういう事? 雪ノ下さんの百合説だけでも正直信じられないのだけれど」
A「うーん、なんて言ったらいいのか、まぁ先に言ってしまうと『雪ノ下さんが幽霊に取り憑かれてる説』なんだけど」
B「ゆ、幽霊?」
A「流石にこれは酷いよね。私も信じてないんだけど、一部の話によると、『文化祭の実行委員会で雪ノ下と仲良さげに掛け合いをする男子生徒がいた』とか、『修学旅行で雪ノ下の隣に座って呼び捨てにした男子がいた』とかそんな話だったかな」
B「な、何それ? それは単に別のクラスに仲の良い男子が居たってだけではないかしら?」
A「ところが、目撃者が多数いるにも関わらず、その男子生徒を知ってるひとが誰も居ないのよ」
B「えっ」
A「文化祭の件と修学旅行の件の男子が同一人物であるらしい事と、おそらくF組である事までは分かったんだけど、F組の友達に聞いても、実行委員は相模さんて人しか覚えてないって」
B「た、たまたまド忘れしただけでしょう?」
A「それがF組の知り合いの誰に聞いても『覚えてない』って。いくらなんでも一人くらい覚えていてもいい筈じゃない?」
B「た、確かにそうね。それがその、幽霊だという事?」
A「そう、F組に取り憑いていた地縛霊が、今度は雪ノ下さんに取り憑いているって話。目撃者の記憶にある男子生徒の姿も、ゾンビのような腐った目をしていたという事で一致してこんなトンデモ話が有力説の一つになったみたい」
B「な、何故かしら。あり得ない内容なのに妙に説得力がある気がするのだけれど」
どうやら彼女たちの中で結論が出たらしい。これ以上ここにいると下手したら通報されてしまう恐れがあるのでそろそろ退散しよう。
A「だよね、今度雪ノ下さんにその幽霊さんを紹介して貰おうかなー、な、なーんて」
B「え? どうしたの、あ、そういえば今度雪ノ下さんの奉仕部に適当な理由を付けて依頼をお願いしに行くって話はどうなったの? もっと雪ノ下さんと話せる機会を作ろうって言っていたじゃない?」
雪乃「あら、そんなに話がしたいのならいつだって構わないわよ、そうね、何なら今からでも」
B「ゑ」
ここでまさかの本人降臨!
A「ああああら雪ノ下さん、こんにちは、こ、こんな所で会うなんて奇遇ですね」
雪乃「ええこんにちは。所で奉仕部に御用だそうだけれど、良ければ話を聞かせて貰えないかしら? クラスメイトのよしみだもの、貴女たちの悩みを徹底的に、完膚なきまでに、解決出来るように協力を惜しまないつもりよ」
ここからでも雪ノ下が物凄い笑顔でいるのが分かる。雪ノ下の場合下手に怒るよりも笑顔のが怖いまである。
A「いいいいえ、大した悩みでもないので、自分たちで何とかします! そ、それではそろそろ教室に戻りますね!」
そそくさと逃げかえろうとする女生徒ABを雪ノ下が引き止める。
雪乃「その前に貴女に一つ聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
B「ひ、ひうっ! な、なんでしょうか?」
雪乃「貴女は最近、口調を変えようとしているみたいだけれど、すぐにボロが出ているし、正直あまり似合っていないから普通の話し方に戻した方がいいのではないかしら? もし親御さんのご教育方針などであるなら口出しはしないけれど」
B「ひぃ! い、いえ、そういう訳ではない、です。これからは普通に話します、すみません!」
そう叫びながら、足早に去って行く女生徒AB。俺も見つからない内に帰ろう。
雪乃「そこで聞いていたのでしょう? 盗み聞き谷くん」
ワオ、バレテーラ!
雪乃「今回は大目に見るけれど、あまりいい趣味とは言えないわね。通報されたくなければ今後は控えなさい、幽霊さん」
校舎越しにそう言い残して女生徒ABと同じ方向に去って行く雪ノ下。
食後の一口に残しておいたマッカンを飲みきる。
練乳入りのはずのマッカンが今は何故かいつもより苦く感じた。
ちなみに女生徒Aは実は雪ノ下雪乃非公式ファンクラブの名誉ある一桁ナンバーの持ち主で女生徒Bはこの後ファンクラブに入った、という脳内設定。