コミニュケーションとは本来、情報の伝達自体を指す言葉であり、相手からの伝達のない一方通行であっても問題がないのだ。
つまり何が言いたいかというと、俺が普段教室でうつ伏せになり、寝たふりをしながら周りの様子を観察する事も、ある種のコミニュケーションだと言えるのでは無いだろうか。
友達の居ない俺にとってはこれが数少ない他人との関わりである。
そんな事を考えながら、この俺、比企谷八幡は背景と同化し、近くの男子生徒の会話に耳を傾ける。
男子A「なぁなぁ、C組の旭と瀬谷さんが付き合い始めたらしいぜ」
男子B「えー、マジかよ! 瀬谷さん地味に狙ってたんだけどなー。クラスが違うとやっぱ不利だよなー」
どうやら今日の話題は他クラスの恋愛事情らしい。まぁ男子高校生の会話なんざ大抵が可愛い女子に関する事かエロ話である。
男A「気を落とすなって。大体、それを言えばウチのクラスこそ羨まれるようなハイレベルな女子が多いじゃん」
男B「まぁそうだよな。聞いてくれよ、こないだ体育の授業で手をちょっと擦りむいて怪我してしまったんだけどさー」
A「お前立ち直り早いな! ってかその話何か関係あんの?」
B「ちゃんと聞けって。で、水で洗い流しただけで放ったらかしにしてたんだけど、それを見かねた由比ヶ浜さんが話しかけてきて、絆創膏くれたんだよ!」
A「マジかよ、由比ヶ浜さんて軽い挨拶とかは気軽にしてくれるけど、それ以上はガード硬くて中々話す時間無いんだよなー」
B「だよな、しかも怪我したのが手の甲だったかし、舞い上がってて絆創膏貼ろうとしても上手くいかなかったんだけど、由比ヶ浜さんが貼ってくれたんだよ、あの柔らかい手が触れただけで痛みなんか全て吹っ飛んだね!」
A「うあー! 羨ましい奴め、俺も由比ヶ浜さんの手に触れて見たいぜ」
B「ちなみにそれ以来、俺は一度も手を洗っていない」
A「……お前、絶対に俺に触るなよ。でも俺も何度か話しかけようとしたんだけど、ほら、いつも三浦さんと居るじゃん?」
B「それな。普段は怖くてこっちこら話しかけるとか出来ねーよな。由比ヶ浜さんて押しに弱そうだし、強引にデートに誘おうとしたんだけど、三浦さんに睨まれて引き下がるしかなかったわ。女王マジ怖え」
A「でも何とかお近づきになりてーよなー。可愛いし、優しいし、何より……」
B「あのオッパイ、だろ?」
A「それな! あの巨乳はヤバイだろ。由比ヶ浜さんと付き合えれば、あのオッパイ触り放題揉み放題だろ? せめて何とか普通に話せるくらいにはなれねーかなー」
B「難しいよな。教室だと大体三浦さんと一緒だし、メルアド聞いても上手く躱されるし」
A「だよなー、俺結構由比ヶ浜さん狙ってる奴知ってるんだけど、男子で由比ヶ浜さんのメルアド知ってる奴誰も居ないんだよな」
B「葉山くんなら知ってると思うけど、葉山くんに聞いても『本人に断りなく教えられない』の一点張りだからな」
A「葉山くんも結構シビアだからなー。葉山くんは由比ヶ浜さん狙いじゃなさそうだから、それだけは救いだな」
B「ああ、葉山くんが由比ヶ浜さん狙いなら諦めるしかなくなるしな。でも正直なところ、由比ヶ浜さんて好きな奴いんのかな?」
A「不思議とそういう話は聞かないよな、あんなに可愛いのに。告って玉砕したって男の話は腐るほど聞いたが」
B「でも興味ない訳でもなさそうなんだよな。俺去年も同じクラスだったんだけどさ、元々可愛かったんだけど、今年になってから更に可愛くなった気がするんだよ。アレは噂の『恋する乙女は可愛くなる』ってヤツだな、間違いない」
A「その自信は何処から出てくるんだよ。でも確かに、前までは何ていうか周りに流されてるばっかで大人しめな印象あったけど、最近は凄く活き活きしてるっていうか、何ていうか輝いてるよな」
B「だよな、やっぱ好きな奴いんのかなー」
C「ふっふっふ、悪いな、お前ら。由比ヶ浜さんはどうやら俺の事が好きみたいなんだ」
A「うわっ、何だよお前いきなり。ってか図々しい事言ってるけど何か根拠でもあんのかよ」
C「もちろんだ! 俺の席ってさ、廊下側の端列じゃん?」
B「ああそうだな。でも由比ヶ浜さんは真ん中列の最後尾だから全然関係ないだろ?」
C「ああ、確かに距離は離れてるが、俺たちの心の距離はすぐ近くに!」
A「うわ、こいつキメェ」
C「ゲフン。でだ、授業中にふと何処からか視線を感じて振り向くと由比ヶ浜さんがこっちをジッと見つめてたんだよ」
B「ハイ出た勘違い。どうせお前じゃなくて近くの誰かを見てただけってオチだろ? 残念だったな」
C「俺も最初は信じられなかったが、よくよく考えると俺の席と由比ヶ浜さんの席の間に男子が居ないんだよ」
A「マジかよ……いや、まだ何か用事があって見てただけって可能性もある」
C「一度や二度の話じゃないぞ。そうだな、今の席に席替えしてからずっと視線を感じてる気がする」
B「あ! 席の間には居なくてもその先って事も……」
C「残念ながら、端列だからその先は無いんだなこれが。そうだな……俺の前の席は男子だけど、何だっけ、ヒ、ヒキ? ヒキ何とかって暗い奴しか居ないから論外だろ」
A「確かにそうだな。教室で話してる事殆ど見た事ないし。ってかあいつの名前って何だっけ?」
B「そんな奴どうだっていいんだよ! 何? マジで由比ヶ浜さん、お前の事が好きだっての?」
C「あの視線は間違いないな。こっちから見返しても、すぐ気づかないくらいポーッとしてて、あの顔が恋する乙女の顔以外の何なのかって感じだ」
A「そんな……俺、実は結構マジで由比ヶ浜さんの事好きだったんだけどな」
C「いやーなんか悪いな。……よし、俺今日の放課後、由比ヶ浜さん、いや、結衣に告白するよ!」
B「おい! もう彼氏気取りかよ。くそっ、羨ましいすぎるぜ」
C「ま、そのうち友達とか紹介して貰えないか俺から頼んでみるからさっ! 期待しててくれよっ!」
どうやらあの男子たちの間に後から加わった彼は今日、由比ヶ浜に告白するらしい。
何だろう。名も知らぬ彼(クラスメイト)には悪いが成功するとはとても思えない。
曲がりなりにも奉仕部同士でそれなりに会話もする間柄だが、そんな話は聞いた事がない。
というか、こう言っては何だが由比ヶ浜から恋愛の類の話を聞いた事がない気がする。
確かに俺みたいなのに話す内容ではないだろうが……何だろう、少しモヤモヤする。たまには帰りにブラックコーヒーでも飲むか。
そして放課後、教室には由比ヶ浜を呼び出した挙げ句、数分と経たずに戻ってきて号泣する男子Cと、それを慰める男子ABの図があった。
俺はそろそろ奉仕部に向かおうと教室を出て、その道中いつも通り自販機でマッカンを買って一気に飲み干す。
やはりマッカンは至高の飲み物である。
八幡の座席は原作とアニメで違うので今回は話の展開上アニメ版の廊下側、由比ヶ浜の席はよくわからないので真ん中後ろということにしました。