仔山羊悪魔の奮闘記   作:ひよこ饅頭

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今回も前回に引き続き書籍10巻沿いになっております。
台詞など、結構ネタバレ要素が多いのでご注意ください。


第11話 友とシモベと○○と…

「うむ、今日は遠出日和だな!」

 

 いつかの日と同じ声が同じような台詞を吐き出す。

 しかし今回は青空の下の裏庭ではなく、ガタゴトと揺れる馬車の中だった。

 小さな窓の隙間から見える景色を眺め、ふと視線を外してウルベルトは馬車内を見渡した。大きく広い車内にあるのはウルベルトを含んだ四つの影。ウルベルトとアインズは隣通しで座り、アインズの向かいにシャルティア、ウルベルトの向かいに一人の男が顔を強張らせながら座り込んでいた。

 男の名はプルトン・アインザック。

 エ・ランテルの冒険者ギルドの組合長である。何故そんな男が一緒にいるのかというと、ぶっちゃけて言えばアインズとウルベルトが拉致ってきたからだった。

 

「あ、あの、魔導王陛下…、これは一体……。それにここは、帝国の首都であるアーウィンタールではありませんか?」

「その通りだ。流石は冒険者組合長だな。見ただけで分かるとは」

「あ、ありがとうご……ではありません! 関所などを通った記憶がないのですが、これは密入国ではないのですか!」

「まぁ、通っていませんからね」

「些細なことだ」

「些細なことではないですぞ! 間違いなく国家レベルで問題になります!」

 

 あっけらかんとしているウルベルトとアインズに、アインザックが焦ったような声を上げる。しかしそれでも二人は気にした様子もなく小さく肩をすくめるだけだった。

 

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。こういうことはバレなければ良いのですよ」

 

 ニッコリとした邪気のない笑みを浮かべながら、しかし口にする言葉はとてつもなくえげつない。

 可愛らしい仔山羊が似つかわしくない暴言を吐くのに、目の前のアンザックは困惑した表情を浮かべて仔山羊をマジマジと見つめた。一度アインズを見やり、次にはシャルティアを、最後にウルベルトへと視線を戻した。

 

「……あなたは、一体何者なのですか?」

「おや、私としたことが名乗るのを忘れていましたか。私はアインズの友人でウルベルト・アレイン・オードルと申します。どうぞお見知りおき下さい」

「…陛下のご友人…ですか……」

 

 見るからにアインザックが微妙な表情を浮かべてウルベルトを見つめている。彼の様子にどこか既視感を覚える中、ふとデミウルゴスと共にリザードマンの集落を訪れた時のことを思い出してウルベルトは内心で納得の声を上げた。

 リザードマンたちも今のアインザックも、どちらも“アインズの友人”という言葉に困惑と疑惑の色を浮かべている。まぁ、確かに絶大な力を持っている魔王に友人がいるとか何の冗談だと言いたくもなるだろう。加えて相手は見るからに可愛らしい仔山羊で、まさにふざけているとしか言いようがない。しかしアインズもシャルティアも彼の微妙な表情に全く気が付いていないのか、どこか誇らしげな雰囲気さえ浮かべていた。

 

「ウルベルトは私の大切な仲間の一人であり、仲間内では最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)だ」

「……は…?」

 

 アインズの自慢気な声音と言葉に、アインザックが思わず呆けたような声を上げる。彼の顔には“意味が分からない”といった文字がありありと書かれているように見えた。いや、この場合は信じられない…あるいは信じたくないと書いてあるのだろうか。どちらにせよ、困惑の色は更に濃くなったようだった。

 

「…陛下、一つお伺いしたいのですが……最強とは、一体どういう意味でしょうか…?」

 

 自分で質問しておきながら、その雰囲気から答えを拒否したい意志が伝わってくる。しかしアインズは気が付いていないようで、不思議そうに小首を傾げながら何でもないことのように絶望の言葉を放ってよこした。

 

「どういった意味と言われても…、言葉通りだが? ウルベルトは魔法職でも最強のワールド・ディザスターであり、魔法の威力は私など足元にも及ばない」

「なっ!!?」

 

 自慢げに嬉々として話すアインズと、キラキラとした目でウルベルトを見つめるシャルティア。骸骨であるため表情は変わらないはずなのに、何故かドヤ顔しているのが丸分かりだ。アインザックはといえばアインズたちとは対照的に顔を真っ青に蒼褪めさせ、恐怖の眼差しをウルベルトへと向けていた。

 彼の頭に浮かんでいたのはカッツェ平野で繰り広げられた惨劇。

 王国と帝国との戦で、一回の魔法で約七万もの兵士を一瞬で殺害したアインズ。

 神と見まごうほどの存在でありながら、そんな彼をして“自分よりも強い”と言わしめた目の前の仔山羊が信じられず…また信じたくなかった。規模が大きすぎて絶望感を感じながらも力のイメージすらできない。

 

「まぁまぁ、私のことはそれくらいにして…。それよりも、そろそろここに来た理由を組合長殿に説明するべきじゃないですか、アインズ?」

「むっ、…そうだな」

 

 途端にアインズとシャルティアが残念そうな雰囲気を漂わせる。

 なんだお前ら仲良しか…と内心でツッコミながら、しかしウルベルトはおくびにも出さずに無言でアインズを促した。

 仔山羊と骸骨の会話に、やっと精神的に回復したのかアインザックがアインズへと目を向ける。

 アインズは小さく息をつく素振りを見せると、一つ咳払いをして改めてアインザックへと向き直った。

 

「…ここに来た目的は、先日話をしたのだから分かるだろうな」

「と、申しますと…?」

「冒険者を我が国に招く件だ」

 

 途端にアインザックの顔が顰められる。見るからに賛成しかねると言った様子だ。

 しかし相対するアインズは全く気にした様子もなく、堂々と脚を組みながらアインザックを眺めていた。

 

「………まさか、帝国の冒険者を勧誘されるのですか?」

「その通りだ。この国の冒険者を引き抜く」

 

 先日アインザックに話した件とは、ウルベルトとも話した“この世界の冒険者をユグドラシルのような冒険者にする”というものであり、国の機関として取り込むというものだった。しかしいくら国家機関に取り込めたとしても、その箱が空では仕方がない。箱を満杯にするにはどこかから補充する必要があった。

 では何処から補充すればいいのか…。

 候補は両隣りにある王国か帝国かだが、王国は前の戦争でアインズが大量虐殺してしまったために勧誘するのは難しいだろう。ならば同盟国でもある帝国で勧誘するのが一番効率が良いと言えた。そして多くの冒険者を勧誘するには、実際に冒険者の経験があり、組合長として多くの冒険者を見てきたアインザックの協力が必要不可欠だ。しかしそのアインザックは難しそうに顔を顰めさせて深く息をついていた。

 

「どんなやり方を考えておられるのですか? …陛下、私は陛下の冒険者に対する考えに触れ、感銘を受けました。ですので出来る限り協力はしたいと考えております。ですが、それは私がどちらかというと体制側に近い者だったからかもしれません。現役の冒険者が今までの全てをなげうてるかと言うと…、正直難しいと思います。特に帝国の冒険者が、というのは」

「はあぁっ!? あんた何様…っ」

「はいはい黙ってような~、シャルティア」

 

 一気に殺気を迸らせてアインザックに食って掛かるシャルティアに、すぐさまウルベルトが止めに入る。途端にシャルティアの殺気は霧散したが、隣のアインザックはギョッとした様子でシャルティアを見つめていた。頬には冷や汗が大量に流れ、本能的な恐怖から咄嗟にウルベルトやアインズを縋るように見つめてくる。しかしウルベルトは変わらぬニッコリとした笑みを浮かべ、アインズは気がない様子で小さく肩をすくませるだけだった。

 

「シャルティアが申し訳ありません。…さぁ、話を続けましょう」

「い、いえ…、…しかし……」

「いや、ウルベルトの言う通りだ。…私としては勧誘を受けた方がデメリットよりもメリットの方が大きいと思うのだが、……なかなか難しいものだな」

「私は冒険者のことは良く分からないのですが、保守的な部分が強いのではありませんか? それか拠点とする国や都市に対しての忠義心が強いとか」

「いや、忠義心は兎も角、保守的ではないと思うのだがな…」

 

 しゅんっと落ち込んだように項垂れるシャルティアを慰めてやりながら、ウルベルトとアインズが言葉を交わして小首を傾げ合う。一体何がいけないのか全く分からない…といった様子に、アインザックは暫く彼らの会話に耳を傾けながら自分でも思考を巡らせた。

 ウルベルトの言う通り、冒険者は意外と保守的な部分がある。“冒険者”を生業にしている以上、それで生きていくためには慎重にならざるを得ない。今の状態である程度生きていけるのであれば、更に上のランクに上がるための欲はあったとしても、それ以外のリスクは犯さないだろう。ならば一体どうすべきか…。

 

「……陛下、一つ確認させて頂きたいのですが、その組織は早急に作りあげ機能させたいのでしょうか?」

「? できれば急ぎたいが…、急務というわけではないな」

「…それでは、雛を集めてはいかがでしょう。先ほど申し上げたように、現役の冒険者を勧誘するのは難しいと思います。ですが、これから冒険者を目指す者たちに魔導国に行きたいと思わせることは可能かもしれません」

「…なるほど、面白そうですね」

 

 一番反応したのはアインズよりもウルベルトの方だった。可愛らしい仔山羊の顔には似つかわしくないあくどい笑みを浮かべる。

 アインザックの提案は中々に良い案だと思われた。

 冒険者たちが使い物になるまで少なからず時間がかかるというデメリットはあるものの、何も赤ん坊から育てる訳ではない。やりようによっては早い段階で使えるようになるだろう。加えて対象が“雛”ということは“刷り込み”もある程度可能ということだ。

 『魔導国、最高!アインズ様、最高!』と何も分からず嬉々として宣伝する哀れな“雛たち”の姿が頭に浮かび、ウルベルトは心の底から沸き上がってくる愉悦が抑えられなかった。

 

「……ふっ、…くくくくっ」

「…ウルベルト?」

「あぁ、すみません…、何でもありませんよ」

 

 不思議そうに名を呼んでくるアインズと顔を引き攣らせているアインザックを見やりながら、ウルベルトは何とか笑みを押し込んで誤魔化そうとした。

 ナザリックの外に出ると、どうも悪魔の本能が敏感になっているような気がしてならない。欲望の矛先がナザリックの者たちに向かなければそれでも構わないのだが、しかし折角友好的になっているアインザックに警戒されるのも不味いだろう。何よりアインズが彼を気に入っているようだし、傷つける訳にはいかない。

 

「それで、どうやって雛を集めるのです?」

「…魔導王陛下の力を示し、そこで宣伝してはどうでしょうか? 人は強者に惹かれるものですので」

「なるほど! では早速一仕事狩ってきますか!」

「いやいやいやっ、お待ちください! ここは帝都ですので、闘技場でお力を示されたら良いかと思いますっ!!」

 

 嬉々として拳を握るウルベルトに、アインザックが慌てて止めに入る。青白くなっているその顔には、一体何を狩るつもりなんだ!とでかでかと書かれている様に見えた。慌てふためく様が何故か可愛く思えて仕方がない。壮年の男相手に何を考えているんだか…と思わないでもなかったが、ウルベルトは笑みを絶やさずに隣のアインズへと目を向けた。

 

「中々面白い話になってきましたね、アインズ」

「ふっ、そうだな。…アインザック、詳しく聞かせてくれ」

 

 ウルベルトの子供っぽい言動に笑みの雰囲気を漂わせながらも、その支配者然とした威厳は全く失われていない。

 アインズが鷹揚に命じるのに、アインザックは無言で頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインザックの案内によって到着したのは、大きな館の前だった。

 エ・ランテルで使われているアインズの屋敷よりも大きく、見た目も豪奢だ。流石は帝国の首都にある有力者の館だと納得させられる威風堂々とした佇まいである。アインザックの話によると、闘技場を借りて演目を行う興業主(プロモーター)の中でも一番の有力者である男がここにいるという。

 名はオスク。

 闘技場最強と謳われる剣闘士・武王を個人的に所有している男らしい。

 

「…何とも派手な館ですねぇ」

「それでは話を通して参ります。陛下やウルベルト様のお名前は出しても問題ないでしょうか?」

「もしすぐに会えるのであれば構わん。時間がかかるのであれば…騒がしくない人間であれば構わない。その辺りはお前の判断に任せよう」

「畏まりました。行って参ります」

 

 アインザックが一礼して馬車を降りていく。

 アインズとウルベルトはその後ろ姿を見送ると、ほぼ同時に小さな息をついた。

 不思議そうに見つめてくるシャルティアに苦笑で返し、改めて互いへと目を向けた。

 

「さて、これからどうする?」

「…まずは身支度でも整えましょうか」

「? なんでまた…、別にそれで良くないか?」

「いえ、一応密入国ですし、最低限見つからない努力はしないと…。……そう言えば、さっきからやけに静かだがどうしたんだ、シャルティア?」

「い、いえ…、先ほどウルベルト様に黙るよう言われんしたので……」

「あぁ、すまないっ! もう喋っても大丈夫だぞ」

 

 しゅんっとなっているシャルティアに慌ててフォローに入る。横でアインズが我関せずとばかりに仮面を取り出したりローブを違う物に交換したりしているのが少しだけ恨めしい。しかし取り出している仮面が嫉妬マスクだと気が付くと、ウルベルトは思わず小さく笑ってしまった。今度はアインズから恨めしそうに見られ、何とも笑みが止まらない。

 ウルベルトはクククっと喉の奥で笑いながら、サッと一度軽く手を振るった。瞬間魔法が発動し、仔山羊悪魔の姿が大きく揺らぐ。次に姿を現したのは、ニッコリとした胡散臭い笑みを浮かべた一人の美少年だった。アインズが始めて見た7歳の姿から一変、その姿は12歳の少年にまで成長している。浅黒い肌も長めの白い髪も変わらないが、つり目がちの大きな金色の瞳は少し細く切れ長なものへと変わっていた。

 

「…そう見たら確実に成長していますよね」

「山羊頭だと確かに成長は分かり辛いからな。…あっ、シャルティアはこれを着けておくと良い。モモンガさんとお揃いだぞ」

「あ、ありがとうございますでありんす!」

 

 アイテムボックスから自分用の嫉妬マスクを取り出してシャルティアに渡す。嬉々として嬉しそうに被る様は何とも可愛らしく笑みを誘う。

 車内が何とも和やかな空気に染められる中、外側からノックの音が響き、アインザックが顔を覗かせてきた。

 

「お待たせしました。今すぐ会えるとのことですが、よろしいでしょうか?」

「ほう、それは僥倖。では、お邪魔するとしよう」

 

 奇怪な仮面をつけて怪しさマックスのアインズが鷹揚に頷き、馬車から降り始める。ローブが広がって大きく見える背を追いかけながら、ウルベルトとシャルティアもその後に続いた。

 アインザックを先頭に、アインズ、ウルベルト、シャルティアの順に敷地内へと入っていく。

 館の中では温和そうな執事と一人のメイドが控えており、こちらに深々と頭を下げてきた。執事は普通の人間だろうが、メイドはどうも違うようだ。頭からは動物の耳が生えており、飾りではない証拠に時折ピクピクと小さく動いていた。

 

「ようこそおいで下さいました。主人の元へご案内いたします」

 

 執事の言葉にアインズが頷くことで応える。

 エ・ランテルでのアインズの屋敷よりも豪華な…、しかしやはりナザリックよりかは劣る回廊を進んでいく。

 目的の場所自体はあまり遠くなかったのか、比較的すぐに一つの部屋へと案内された。黒塗りの重厚な扉の前まで歩み寄り、執事とメイドにより室内へと促される。

 

「こちらでお待ちです。どうぞ中へお入りください」

 

 音一つなく開かれた扉。

 室内は想像していたものとはかけ離れており、幾つもの武器や防具が綺麗に戦列されて、展示品のように飾られていた。まるで武器や防具の博物館の一室のようで、どこか少しだけナザリックの宝物殿を思い出させる。

 興味津々とばかりにウルベルトは飾られている武器たちに歩み寄っていった。こんな風にあからさまに動けるのは子供ならではの特権だろう、とここで初めて子供の姿であることに少しだけ感謝する。マジマジと見つめ、殆どの武具に傷やへこみがあるのを見てとった。恐らくここにある物全てが完全な観賞用ではなく、実用的な物かつ実戦で使われてきた物なのだろう。

 

 

「お気に召されましたか」

 

 唐突に聞こえてきた声。

 ハッとそちらに目を向ければ部屋の中央に置かれた対面のソファーの前に一人の男が立っていた。

 まさか男の存在に気が付かなかったとは…と自分の体たらくに自己嫌悪に陥る。

 しかし無理やり笑顔を張り付けると、ウルベルトは武具から離れて既に男の元にいるアインズへと歩み寄った。

 

「…仲間が失礼した」

「すみません、ご主人」

「いえいえ、私のコレクションを気に入って頂けて光栄ですよ」

 

 ニッコリと丸い顔に人の良い笑みが浮かぶ。

 男は全体的に恰幅がよく、服の上からでも盛り上がった贅肉がよく見てとれた。髪は非常に短く刈られており、短くし過ぎているからか既に薄くなっているのか、光を弾く頭皮が薄く見えていた。

 

「改めまして…、しがない商人をしております、オスクと申します」

「しがないなどと言ったら帝国にいる他の商人が怒るのではないかな。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王である。こっちは私の友人の――」

「ウルベルト・アレイン・オードルと申します。これは我らが優秀なシモベの一人であるシャルティア。お会いできて光栄ですよ、オスク殿」

 

 オスクが自分の後ろのソファーに座り、アインズとウルベルトも対面のソファーへと腰を下ろす。因みにシャルティアとアインザックはそれぞれアインズとウルベルトの後ろに控えるように立っていた。オスクはチラッとアインザックを見やり、次には笑顔を張り付けて改めてアインズたちへと目を向けた。

 

「陛下のお名前を聞かない日はございません。飲み物を用意させます」

「…折角だが、私の分は結構だ。お前たちは気にせず飲むと言い」

 

 気を利かせたのか、アインズがウルベルトを見やりそんなことを言ってくる。

 オスクは顔に笑みを消し、小さな目でじっとアインズの仮面を凝視していた。

 

「陛下、噂には聞いておりましたが、その仮面をお取りになられてはどうでしょう?」

「…家の主人の言葉であれば取らない訳にもいかないな。ウルベルト、シャルティア」

 

 アインズが仮面に手をかけ、素顔を晒す。それとほぼ同時にウルベルトの姿が揺らぎ、シャルティアも着けていた仮面に手をかけた。

 現れたのは死の支配者と仔山羊頭の悪魔と絶世の美少女。

 先ほどの光景とは一変、そこには三人の異形種が悠然と座り、佇んでいた。

 あまりにも大きな変化があったせいか、オスクの表情が暫く凍り付いたように固まる。しかし流石と言うべきか、すぐに我に返ったようで先ほどと同じような笑みをその顔に貼り付けた。

 

「……なるほど、なるほど。では僭越ながらウルベルト様には紅茶を用意させて頂きます」

「…ありがとうございます」

 

 ウルベルトは小さく目を細めさせるが、オスクに負けず劣らずにこやかな笑みを浮かべてそれに応えた。二人を中心に一気に緊張感が高まったのは決して気のせいではないだろう。胡散臭い笑みはそのままに執事を呼びつけるオスクを見つめながら、アインズが小さな息をついた。

 

「…さて、では話を進めよう」

「そうですね。本日、我が家にお越し頂いたのはいかなるご用件でございましょうか?」

「…私は言葉を飾るのが苦手なものでな。単刀直入に話をさせてもらおう。闘技場の武王と戦わせてほしい」

 

 執事にウルベルトの紅茶を指示していたオスクの動きが完全に止まった。小さな目をめいっぱい見開き、マジマジとアインズを見つめる。表情は既に元に戻っていたが、頭の中では思考を目まぐるしく回転させているのは明白だった。

 

「ふはははは、本気ですか、陛下。武王はモンスターの肉体と優れた戦士の技を持つ闘技場最強の男ですぞ? 恐らく歴代最強です。陛下の配下にも強き者がいるかもしれませんが、彼に勝てる者など…」

 

 途中で言葉は途切れたものの、自慢げに首を横に振るオスクが言いたいことは想像に難くない。最後まで言わなかったのは、ただ単に一国の主である相手に配慮しただけだろう。

 戻ってきた執事から紅茶を受け取りながら、ウルベルトは内心で軽く頭を振った。チラッと後ろの気配を伺ってみれば、シャルティアもまるで馬鹿にしたようにオスクを見て嗤っている。

 ウルベルトは紅茶を一口飲むと、まぁこんなものか…と再び内心で頭を振った。

 比べるのも烏滸がましいのかもしれないが、やはりナザリックの物に比べるとあまり美味しく感じられない。こちらの世界に来てすぐであれば感想も変わっていただろうが、ナザリックの味を一度でも味わってしまうとこの世界の物全てが色あせてしまう。すっかり贅沢者になってしまったな…と少し自分自身に呆れるが、それも悪魔らしいかとすぐさま思い直す。欲望に忠実なのは人間も悪魔も変わらない。ならばナザリックの主の一人である自分がナザリックの恩恵を謳歌しても罰は当たらない、はずだ…。

 少し自分の思考に不安を覚える中、突然襲ってきた大きな息苦しさにウルベルトは咄嗟に身を固くした。

 激しい胸焼けのような痛みと、ドッと増す倦怠感。一向に治らない体調不良と発作のような症状に辟易させられる。

 紅茶と一緒に不快感も飲み込めないものかと考える中、不意に斜め後ろから声を掛けられてウルベルトはビクッと小さく肩を跳ねさせた。

 

「ウルベルト様も陛下を止めて下さいっ!!」

「へっ? ……あぁ、なんです?」

「“なんです?”ではありません! 魔法詠唱者(マジックキャスター)である陛下が魔法を使わずに武王と戦うなどっ!!」

「ああ。…まぁ、大丈夫でしょう」

「ウルベルト様までっ!!」

 

 アインザックが悲鳴のような声を上げる。

 今まで全く話を聞いていなかったが、どうやら武王と戦うアインズにオスクが厳しい条件を突き付けたらしい。

 彼が本気でアインズのことを心配しているのが分かり、ウルベルトはフフッと笑みをこぼした。本当に良い協力者を得たものだ、と自分の事のように誇らしく思う。

 しかしアインザックの心配は無用の長物だ。

 この世界のレベルの程度から考えるに、闘技場歴代最強と言えどもアインズの敵ではないだろう。魔法禁止の縛りプレイであっても、アインズにはいざとなれば〈完全なる戦士(パーフェクト・ ウォリアー)〉もある。あれも魔法ではあるが、まぁそれくらいは許されるだろう。

 全く止める素振りも見せず優雅に紅茶を飲むウルベルトに、アインザックはウルベルトからの助力を諦めたのか勢いよくオスクを振り返った。

 

「お前も他国の王が帝国の闘技場で死んだりしたら、とんでもなく厄介になるぞ!」

「まぁ、それは当然の言葉ですな。どうされますか、陛下。忠臣の提案を受けて、止めて頂いても結構ですぞ?」

「ふふっ、言うでありんすねぇ。例え魔法無しでも、アインズ様が負けるはずがないでありんす」

 

 オスクに答えたのはアインズではなく、今まで珍しく大人しくしていたシャルティアだ。恐らく我慢の限界だったのだろう、美しい笑みを浮かべてはいるものの深紅の大きな瞳はギラギラと怪しく光っている。殺気まで放ちそうな勢いに、ウルベルトは咄嗟にゴホンっとわざとらしく咳ばらいを零した。瞬間、シャルティアがビシッと背筋を伸ばして直立不動となる。やれやれと頭を振るウルベルトと申し訳なさそうに眉尻を下げるシャルティアを見つめながら、オスクはアインズへと目を移した。

 

「………陛下は彼のガゼフ・ストロノーフより強い武王に魔法無しで勝てる算段があるので?」

「…ストロノーフか。あれは羨ましいほどに強い男だった」

 

 懐かしむような声音で語るアインズに、ウルベルトもガゼフ・ストロノーフという男について思い出していた。

 彼の男に関してはナザリックの大図書館(アッシュールバニパル)にある報告書と、アインズに直接聞いた情報でしか知らない。しかし報告書で書かれていた男の行動やアインズの話から、男がたっち・みーのような男だと推測されて思わず顔を顰めさせたのを覚えている。

 

「あの男より強いというのであれば警戒は必要だろう。しかし、私が強いと言っているのは彼の心の持ちよう。決して戦闘能力ではない。武王が腕力でストロノーフより強いと言っているのなら、瞬殺は容易だ」

 

 ウルベルトは思わず顔をアインズたちから背けると、あくまでも小さくケッと声を吐き捨てた。

 アインズはそれに気が付いたようだったが、他の者たちは気が付いていないようだったためどうか許してほしい。自分でもこの場では似つかわしくない行動だと理解しているが、どうにも自分を抑えられなかったのだ。

 カルネ村での自分を犠牲にしようとした行動といい、エ・ランテルでのアインズとの一騎打ちといい、その偽善者面に反吐が出そうだった。彼の男がした行動はウルベルトからすれば決して称賛されるようなものではなく、どこまでも甘ったるいエゴの塊だ。

 確かに彼の行動は何かを助け、護ったのかもしれない。しかし助けられた者は、護られた者は、それによってもたらされた彼の死に対して一体何を思えというのか。彼の男はそれに対して少しでも考えたことがあったのだろうか…。いや、考えた筈がない。もし考えたのであれば、自分の命を捨てる様な行動など決してするはずがないのだから。

 幼い頃の両親への記憶が蘇り、ドロッとした思考が溢れてくる。

 誰かを助けるならば、自分も含めて助けなくてはならない。

 誰かを護りたいのならば、時には自分の信念をも曲げるべきだ。

 自分の信念も曲げられず命を投げ出すことが忠義だと言うのなら、そんなものは糞くらえだ。

 

 

 

「……ウルベルト様?」

「っ!!」

 

 不意に小さく声を掛けられ、ウルベルトはハッと我に返った。チラッと声の方を見てみれば、シャルティアが心配そうにこちらの様子を伺っている。アインズの方を見れば彼はオスクと闘技大会について話を詰めており、ウルベルトは彼らに気づかれない程度に大丈夫だとシャルティアに合図を送った。何を勝手に脳内で熱くなっているんだか…と自分自身に呆れる。

 ウルベルトは一度小さく息をつくと、すっかり冷めてしまった残りの紅茶を一気に喉奥へと流し込んだ。

 丁度話し合いも終わったのか、良いタイミングでアインズが立ち上がる。

 ウルベルトは飲み終えたカップをソーサーと共にテーブルへと置くと、続くようにしてソファーから立ち上がった。

 

「では、よろしく頼む」

「はい、対戦を楽しみにしております」

 

 胡散臭い朗らかな笑みに見送られ、ウルベルトたちは執事の案内のもと部屋を後にした。

 

 

 

**********

 

 

 

 清々しいほどの晴天に、活気溢れる多くの人の声。

 足下の闘技場からはそれなりの距離があるというのに大きな歓声と熱気がこちらにまで十分すぎるほど伝わってきていた。

 そう、闘技場が遥か足下に(・・・)あるのである…。

 

「素敵な特等席でありんすねぇ」

 

 隣のシャルティアがご機嫌そうに笑みを浮かべて闘技場を見下ろしている。

 ここは闘技場の遥か上空…地上から約1kmほど離れた高い空中に、まるで座るような形でウルベルトとシャルティアが闘技場の様子を見つめていた。セバスが集めていたスクロールの中の一つを使い、〈浮遊板(フローティング・ボード)〉の魔法を発動してウルベルトとシャルティアだけの特等席を作り出していた。普通の人間であれば音も聞き取れず闘技場の様子も見えないほどの距離だろうが、異形種である二人にはこの程度の距離など何の障害にもなりはしなかった。闘技場の司会者が貴賓席にいる人物について紹介し、一層の歓声が響いてくる。

 

「鮮血帝ねぇ…。個人的に王族貴族って輩は嫌いなんだが、どんな奴なのか少し興味があるな」

「人間の世界では頭が回る人物らしいでありんす。ですがデミウルゴスの考えによるとアインズ様を出し抜こうとしたり、私たち守護者の離反を狙ったりしているらしく、頭が良い人間とはとても思えないでありんす。身の程を弁えぬ愚か者でありんすえ」

「ふ~ん、守護者の離反ねぇ…」

 

 注目するところは悪くないとは思うが、しかしこの場合は相手が悪すぎるともいえる。

 守護者は…いや、ナザリックに属する者たちは普通の者と精神構造からして全く違う。

 普通の者にも忠誠心や崇拝は存在する。しかしナザリックの者たちのそれは群を抜いており、ある意味異色とも言えた。彼らにとってウルベルトやアインズの存在は親であり主人であり愛する者であり王であり神であり、彼らの存在理由と存在意義でもある。離反といったような裏切り行為は、彼らにとっては死すらも許されぬ大罪だった。

 

(とはいえ、モモンガさんは鮮血帝を気に入っている感じだったしな~…。一応貴賓席にいることを伝えておくか。)

 

 闘技場の様子を眺めながら、〈伝言(メッセージ)〉でアインズにジルクニフがいることを伝えておく。

 アインズは密入国がバレたのかと心配していたが、ウルベルトからすれば単なる偶然だろうと思えた。

 あのオスクという商人がバラした可能性もなくはないが、仮にそうであったとしても別段構いはしない。

 

「あっ、アインズ様がいらしたでありんす!」

 

 隣に座るシャルティアが嬉々とした声を上げる。見てみれば丁度アインズが貴賓席まで飛んでいくところで、おそらくジルクニフに挨拶しに行ったのだろう。しかし挨拶だけにしては妙に時間がかかっている様に思えて、ウルベルトは小首を傾げながら再びアインズに〈伝言(メッセージ)〉を繋げた。

 

『どうした、モモンガさん? 挨拶にしては時間がかかっているみたいだが…』

『…ああ、いえ。ジルクニフと供回りくらいしかいないと思っていたんですけど、見知らぬ神官っぽいのが二人とフードを被った四人組がいて少し長話になってしまいまして…』

『………ほう…』

 

 途端にウルベルトの金色の瞳が怪しく細められる。

 

『フードの四人組は火急の用があるらしくて自己紹介できなかったんですけど、それがちょっと気になって…』

『……まぁ、これから試合だし、あまり気にしない方が良いぞ。今回は縛り戦闘甚だしいからな』

『そうですね。気を引き締めて行ってきます!』

『ああ、シャルティアと応援してますよ』

 

 ウルベルトは〈伝言(メッセージ)〉を切ると、ほぼ同時に魔方陣を展開させた。横でシャルティアが驚いているのも構わず、赤黒い魔方陣がウルベルトの小さな身体を包み込む。

 

「〈使役魔獣・召喚(サモン・コーザティブ モンスター)〉フレズベルク」

 

 ウルベルトの傍の空間がぐにゃりと歪み、鮮やかな大きな鳥が姿を現した。

 翡翠色の翼に黒い大きな嘴。魔獣ながらも美しいその姿に惚れ惚れしてしまう。

 ウルベルトは柔らかな羽毛を一撫ですると、優雅な動作で緩く腕を振るった。

 

「フードを被った四人組を探し出せ。決して気取られるな」

 

 フレズベルクは一つ甲高く鳴くと、大きな羽ばたきと共に闘技場へと飛んでいった。途中ゆらりと翡翠の巨体が揺らめき、まるで溶けるように消えていく。〈完全不可知化〉を発動したのだろう、もはや探索能力を持たないウルベルトやシャルティアには感知できなくなっていた。

 

「ウルベルト様、どうかしたんでありんすか?」

「…いや、少し調べ物をな。お前は気にせずにモモンガさんの戦いを見ていろ。きっと良い勉強になるぞ」

 

 守護者を始めとするナザリック・メンバーはスペックなどは最上級だが、いかんせん経験が皆無に等しい。いくらレベル差が大きくても、やりようによっては形成が逆転する可能性は少なくないのだ。今回のアインズと武王の戦いは良い勉強になるだろう。

 ウルベルトも興味津々とばかりに闘技場を見下ろす中、不意に放ったフレズベルクから早すぎる応答をキャッチして反射的に顔を上げた。名残惜しく闘技場を見つめ、しかし諦めて大きなため息と共に〈浮遊板(フローティング・ボード)〉の上に立ち上がった。

 

「ウルベルト様?」

「…悪い、シャルティア。少し行くところができた。お前はここでモモンガさんの応援をしていろ」

「で、ですが…!」

「供回りは不要だ。モモンガさんの戦いが終わったら〈伝言(メッセージ)〉で知らせてくれ」

 

 まだシャルティアが何か言おうとしていたが敢えて無視する。

 ウルベルトは〈飛行(フライ)〉で舞い上がると、静止の言葉を言われる前に高速で空を駆けた。

 目指すは南東方向、帝都から出る門がある方向へと向かう。

 ウルベルト自身は〈完全不可知化〉が使えないため、少し考えたあと見張りはフレズベルクに任せることにした。

 先ほどまで向かっていた方向を少し変え、門の向こうに見える深い森の方へと向かう。

 これから起こるかもしれない展開に、ウルベルトは無意識にニィッと口の端を歪めた。

 

 

 

**********

 

 

 

 静かなはずの森の奥でガラガラとした車輪の音が煩く響く。

 深い森で鬱蒼とした木々のせいか、まだ昼だというのにやけに薄暗く感じられる。

 獣道のような場所を一台の荷馬車が猛スピードで森の奥へと突き進んでいた。

 

「…早く国に戻らなければ!」

「しかしどうする? このままだと本当に打つ手がないぞ」

「早急に話し合いを…、…うおっ!!?」

 

 ガタゴトと激しく揺れていた荷馬車が一層大きく揺れる。そのまま急ブレーキで停止するのに、中に乗っていた二人の男が慌てて小窓から外に顔を覗かせた。

 

「おい、どうした!?」

「一体何が…っ!」

「………お二方、どうか御下がりください」

 

「おや、きちんとした挨拶は基本ですよ? 傷つきますねぇ」

 

「っ!!」

 

 聞こえてきたのは聞き覚えのない子供の声。

 驚いてみてみれば、そこにはニッコリと笑みを浮かべた一人の少年が道を塞ぐようにして荷馬車の前に立っていた。

 年は12歳くらいだろうか、背は平均的にはあるものの全体的に細身で、高価そうな服を身に纏っているというのに服の上からでもガリガリに痩せているのが見てとれた。少し長めの黒い髪に、つり目がちの黒目。青白い顔には皮肉気な笑みを浮かべており、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 護衛として連れてきた二人の聖典が少年に立ちはだかるようにして一歩前に進み出た。

 少年の顔が一層笑みに歪み、その瞬間ゾッと冷たいものが背筋を走り抜ける。

 見た目は唯の貧弱そうな子供だというのに、感じられる存在感の凄まじさがそれを大きく裏切っていた。

 一体この子供は何者なのか…と冷や汗がダラダラと流れ出る。

 息苦しいほどの威圧感の中、少年はまるでそれを全く感じていないかのように皮肉気な笑みを浮かべたままワザとらしく小首を傾げてみせた。

 

「おやおや、少しお聞きしたいことがあっただけなのですが…。大人しく後ろの二人を出して頂けませんか?」

「「……………………」」

「…仕方ありませんねぇ。質問がてら、少々遊んであげましょう」

 

 少年の骨ばった手が、まるで招くようにこちらに伸ばされる。

 青白い顔が大きく歪み、ニンマリと三日月の形が闇に浮かび上がった。

 

 




私の勝手なイメージなのですが、ガゼフ・ストロノーフはたっち・みーで、闘技場の武王(ゴ・ギン)は武人建御雷のような感じがします。

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