比企谷くんの同級生(仮)   作:ほーき。

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8話

 戸塚の依頼は来週の月曜日から動き出すことになった。

 どうやら、戸塚は俺に頼む前にいろいろ動いていたらしい。上級生が引退してからは戸塚が部長になり、部を引っ張ることになったそうだが、残念ながらリーダーシップを発揮して先頭に立つことが苦手で、どちらかといえば、影ながら支える――縁の下の力持ち的な役割を得意としたそうだ。

 実際、それで上手く回っていたようで、三年生が引退した日からは戸塚に部長のお鉢が回り満場一致で決定したみたいだ。

 問題があったとすれば、お互いの認識のずれと俺は邪推する。戸塚からしてみれば表立って声を張り上げるのは、自分じゃないと理解していた。しかし、部の連中は違った。戸塚こそ相応しいと認識していたのだ。

 そのギャップは不和を生む。

 戸塚自身上手いと校舎の屋上から叫ぶほどの自信があるわけじゃなく、プレーで周りの信頼を勝ち取るタイプではないので、立場は代われど以前と同じく影から支える役に徹していた。

 そこに現れたのが下級生のそこそこ上手い奴だ。

 そいつは一年生を中心に味方を作り勢力を拡大していった。と言っても戸塚との衝突はなく、自分達の中で楽しんでいたらしい。

 問題があるとすれば、戸塚側の人間だった。強いて言うならば、隣の芝生が青かっただけのことである。もちろん、戸塚もみんなが楽しめるようにと策を講じながらやっていたそうだが、部としての最低限の規律は設けていたし、それは先代からのものなので変える訳にはいかない。

 つまり、馬鹿らしくなったのだろう。ルールを無視し楽しんでいる後輩を見て羨ましく思う。

 この一連の悪循環が現状を生み出していた。

 悩んだ戸塚はまず、昼休みのテニスコートの使用許諾をもらうことにしたらしい。自分が強くなれば多少は改善されるのではないかと考えた苦肉の策だったようだ。

 それでも、実を結ぶまでには時間がかかる。

 何事もそれ相応の結果を得るには努力が必要である。

 偉そうに言ってはいるが、努力のベクトルを間違ったのが俺だったりする。女子にモテようと試行錯誤した結果がこんなのだから救われない。

 救われないのもまた事実で受け入れなければならないのだが――。

 

 要は人は急に強くはなれない。

 それも個人の努力だけではぶち当たる壁は近い。

 道を示す師匠が居れば良かったが、戸塚には存在しなかった。

 そこで、努力を継続しつつ、別の方向から攻めることにしたらしい。

 それが俺を部に招待することだったようだ。

 

 結果はご存知の通り、雪ノ下陽乃の指揮の下――戸塚育成計画が開始される。

 その育成ゲーム発売されないかな。と、日曜日の夕暮れの中、自室で読書をしながら考えていた。

 ……学校行きたくねぇ。

 

 

 

 * * *

 

 月曜日を迎え、あぁ、これが学校だったなと懐かしいような陰鬱な空気を思いだした頃。

 あっという間に昼休みになり、テニスコートに向かう。雪ノ下に言われた通り体操服を持参する。

 ベストプレイスを抜け、テニスコートに到着するも一人も居らず、申し訳程度に置いてある隅のベンチに腰かける。とりあえず昼食を取ることにする。ふと、テニスコートでの飲食は如何なものかと考えるが、俺の右隣のベンチでカップルが仲良く並んで食事をしていたのを思いだし、まあ、いっか。と、納得する。

 ムシャムシャとパンを咀嚼しながらただただ待つ。

 五分もしないうちに奉仕部の二人と戸塚がやって来た。

 戸塚彩加は特訓をするので、もちろん体操服、てか戸塚が制服を着ている姿を見たことがない。

 二堂椿は端から運動する気がないのか制服姿で現れた。

 雪ノ下陽乃も同様に制服で威風堂々と颯爽と歩いていた。

 各自各々好きな格好で登場したのだが、俺を目視できるくらいまで近づくとそれぞれ懐疑的な、不思議そうな視線を俺に向ける。

 ん? あれか。何でここにおまえいるの? みたいな感じか?

 確かに雪ノ下たちに言われたはず……だよな?

 妙な雰囲気になり、食べていたパンをしまい立ち上がる。しかし、以前として打破できない空気感に肌寒さを覚えるも、やはり誰も言葉で埋めようとしない。

 

「比企谷くんはさ、どうして制服なのかな?」

 

 やっぱりというか、当然というか、一番に雪ノ下が疑問を投げ掛けてくる。

 

「は? いや、確かに体操服を持ってくるよう言われたが……」

「比企谷くんは手伝ってくれないの?」

 

 戸塚が戸惑いながら不安げな声を漏らす。

 ちょっ、可愛いから上目遣いで見るの止めてね?

 って戸塚、男子だった。危ない。危ない。

 気を持ち直し、ついさっき言われたことを思い出す。

 

「手伝うっつっても何をするのか聞かされてないんだが……」

「うん。とりま、比企谷くんは体操服に着替えてきて」

 

 今時……じゃないか。雪ノ下がいささか古い言葉で誘導する。

 すると、ずっと黙っていた二堂がすっと手を上げ俺の方に一歩近づく。

 

「なんだよ?」

「いえ、皆さんが不思議な顔をして、比企谷さんを見ていたのでやっぱりか、と一人納得していたのですが、どうやら私だけ違っていたので言うべきかどうか迷っているのです」

「え? ……あぁ、体操服なら着替えてくるぞ?……って、二堂が言いたいことは違うんだっけか?」

 

 春といえど、もう梅雨が近づく今日この頃、不快な日差しを浴びているので気持ちも沈鬱になる。

 早く着替えてしまいたいのだが、二堂が邪魔をする。

 俺のうんざり気味な態度は彼女に届いていないのか、はたまた、あえて無視しているのか二堂は俺の言葉を大袈裟に同意する。

 

「はい! 皆さんの着眼点は比企谷さんの服装でした。しかし、私は違っていました。どこだと、思いますか?」

「あ? ……いや、知らん」

 

 無駄だと思いつつも一応思考してみるが、すぐに答えが出るはずもなく適当に返す。

 二堂は会話に質問を織り交ぜることで、こちらの話を聞いてもらおう、とする意図が透けて見えるのだが、こちらとしては、いささか面倒なのでさっさと答えてほしい。

 

「ずばり、言います。あれをご覧下さい」

 

 ずびし、と指された指の先にはフェンスに掲げられた看板が一つ。

 注意深く読むと、なるほど言いたいことはこれか。

 

「ははーん。なるほどねぇ。ねえねえ、二堂ちゃん、言いたいことは理解できるけどさ、今じゃなくても良くないかな?」

「ですが……」

 

 雪ノ下が割り込み二堂を止める。

 しかし、止め方があんまりにも弱い。

 この場の優先順位が戸塚の手伝いなら、俺は早めに着替えるべきだ。

 という訳で、若干俺自身が乗り気なのに恐怖を抱くも、さっさとこの終わりのない会話から逃げ出したい、という本音を隠しながら体操服が入った袋を持つ。

 

「まあ、あれだ。知らなかったんだよ。ここが食事禁止だってこと」

 

 俺はそう言い残し更衣室へと向かった。

 ……くそ、あのバカップルめ。

 

 

 

 * * *

 

 戸塚の手伝いをする前に精神的疲労がどっと溜まった気がし、辟易しつつも再びテニスコートに来る。

 何やら、雪ノ下が戸塚に今後の活動について説明していたようだ。

 

「という訳で、戸塚くんに足りないのは筋力だね。それに伴って技術的な面も付いてくるわけだけど……。まあ、それは追々ってことで」

 

 腰に手をあて偉そうに述べている。その出で立ちは軍曹。いや、教官か。どっちでもいいのだが、戸塚よりやる気があるように見える。

 うわー、すげぇ面倒じゃん。帰りたいなぁ。

 心の中でいくら毒を吐いても解決するわけじゃないので、覚悟を決め歩み寄る。

 

「で? 着替えてきたが、俺は何するんだ? ……というか、何かしないといけないのか?」

「む? 女の子を待たせておいて、その台詞は戴けないなぁ」

 

 女子の必要なステータスを上限いっぱい持ってそうな完璧少女が甘ったるい言葉を飛ばしてくる。

 何の説明もなしで素直に着替えた俺を誉めて欲しいくらいだ。

 

「…………」

「比企谷さんのスルースキルは今後も拝見する機会はあると思うので、早く練習に入りましょう、雪ノ下さん」

「ちょっぴり不満だけど、今は二堂ちゃんの意見を採用しようかな」

 

 置いてきぼりの体操服組こと――俺と戸塚は焼けるような日差しの中、ポツンと立っていた。

 何やら話はついたようで雪ノ下がニコニコしながら近づく。

 

「戸塚くんには言ってたけど、まずは筋肉をつけることから始めないとね」

「き、筋肉……?」

「えっとね……。僕には圧倒的に筋力が足りないんだって。だから、まずは体を鍛えないといけないみたい」

「そうか……」

 

『どうして雪ノ下はそんなに乗り気なんだ』とか、『戸塚に筋肉はいらないだろ』など、いろいろ口にしたいことを飲み込み頷く。

 今一つ納得のいかない顔をしていたのか、雪ノ下は不満顔の俺に寄ると、ぎゅっと、脇腹の肉をつまみ上げ満面の笑みを浮かべる。

 

「君も鍛えた方が良いんじゃない?」

「ばか、ばっか、おまえ、これは山で遭難してもだな――」

「比企谷くんって、そんな言い訳ばっかだよね」

 

 な、なんだと……。

 この俺の適当な言い訳を一蹴するとは……。適当って言っちゃった時点で勝敗は見えてましたね。

 一人、脳内補完をしていると、脇腹を引っ張っていたしなやかな指は服の上からへそ近くを這うようになぞる。

 

「へぇ、意外だ。うっすらだけど割れてるね♪」

 

 体がじわじわと体温を上げている中、思考は急速に冷やされていく。

 

「お、おい」

 

 満面の笑みはいつの間にか消え失せ、くつくつと底意地の悪い顔を見せ上着の裾を持ち上げる。

 本人も理解しているのか、俺にしか捉えることのできない角度で堂々といじめっ子の顔を楽しそうに浮かべている。

 

「雪ノ下さん、それはセクハラですよ」

 

 雪ノ下の白く細い手首を二堂の細長い指がやんわりと掴む。

 

「ん? そうかなぁ。可愛い女の子に触られるのって、すっごいご褒美じゃない?」

「そうでしょうか? 今や男女平等なんて当たり前になりつつある世の中で、女上司からのセクハラも問題になったりしていますし……。その考えは傲慢――。いや、自称美少女の妄想です!」

「は、はぁ」

 

 既視感というか、材木座感というか、雪ノ下の対応が明らかに材木座のソレなんだよなぁ。

 新人類にでも出会ったかのような反応が……。

 声を静かに荒らげる不思議少女――二堂と、気後れしている元気だけが取り柄の少女(俺の中で)――雪ノ下を不安そうに眺める天使……戸塚が俺の方を上目遣いで見つめる。

 可愛い……。

 じゃなくて、そうだよな、完全に置いてけぼりだもんな。俺もですけどね♪

 

 * * *

 

 そんなこんなで雪ノ下直伝の筋トレを一通りこなした俺と戸塚は一息付いていた。

 

「き、厳しいね。雪ノ下さん」

 

 練習前までのグダグダで忘れていたが、雪ノ下は妥協せずにかなりの量のトレーニングメニューを提示してきた。

 雪ノ下いわく、これはあくまで準備体操みたいなもので、俺を含め毎日家でするように、とのことだ。

 小声で雪ノ下に、サボるんじゃねぇの? と聞くと至極真面目な顔で――。

 

「比企谷くんじゃあるまいし……でも、これを手抜く程度だとがっかりかな」

 

 戸塚を信じてない訳じゃないが、必要最低限は自力でしてくれないと助けようがないといったところか。

 息が上がっている状態からなんとか息を整え周りを見渡す。

 隣では戸塚が飲み物を補給しており、雪ノ下は次の練習の準備のため体操服に着替えに更衣室に向かった。姿の見えない二堂を目で探すと大きな木の下に腰を据え、スケッチブックに丹念に鉛筆で線を書き込んでいる。

 自由過ぎませんかね。あの子。

 戸塚を部室に連れて来たの二堂じゃなかったんですかね。

 愚痴ったところで疲労感は消えてくれないので、大人しく次の練習に取りかかった。と言っても俺は戸塚の練習相手にはならないので、入れ替わりで雪ノ下のサーブを返していく。

 もちろんめんどくさいので、断ろうとしたが雪ノ下が有無も言わさぬ勢いで参加させられた。

 運動部に入ったことのない俺には分からないが、雪ノ下の打つ球は七割程度なのか次々と簡単に繰り出される。返すこと事態は集中していれば大丈夫。しかし、同じ場所を何回も狙いすまし打ってくるので、俺がその場所に先回りし、構えると逆に打ち込み後手で対応しないといけなくなり数えてはいないが早々に俺はリタイアした。

 

 雪ノ下のサーブを懸命に食らい付いていく戸塚の背中を体を上下させながら見る。

 完全に息が上がってしまっている俺に文句を言わず、雪ノ下は戸塚と練習を続ける。

 どうやら、俺のリタイアは想定内のようだ。

 にしても、あいつテニス上手すぎない? テニス部の戸塚と互角かそれ以上ってどういうことだよ。

 改めて雪ノ下の優秀さを認識させられる。

 

「無尽蔵とは、雪ノ下さんのことかもしれないですね」

 

 木の影でスケッチをしていた二堂が、俺の隣に腰かける。疲れきっているので、体を動かすこともせずに言葉だけを返す。

 

「ああ、あれは女子の体力じゃないわ。……やはり、魔王なのか?」

「怒られますよ。可愛い女の子じゃないですか」

 

 可愛いねぇ。

 学内での評価は上から綺麗な後輩、同級生、お姉さんらしい。上部だけを見て評した基準は何のあてにもならんが二堂も大概だと思う。

 話題が雪ノ下になったこともあり、その気はなかったが視線を雪ノ下に向ける。

 ヘロヘロになった戸塚に雪ノ下が激を入れ、サーブを叩き込む。

 うわぁ……。

 容赦なさすぎて、さすがの俺も引くわ。

 

「ふぅ、っし。……戸塚のために一肌脱ぐか」

 

 自分に活を入れ、恐らく明日には筋肉痛で使い物にならないであろう足に力を加え立ち上がる。

 

「湿地に赴かれるんですね」

「………………死地にな」

 

 死地にでもないけどな。

 普段しないであろう二堂のボケを拾う。

 ……いや、こいつ結構ボケるような……。

 俺に向かい来る風に巻き込まれた砂を避けるため後ろの二堂に顔を動かす。

 今日も今日とて前髪で目元を覆い、後ろはヘアゴム二本でくくっている。しかし、髪で隠れていない口元はゆるゆるとふやけていた。

 そんなに嬉しかったのか。

 俺の視線に気付いたのか口を固く閉じキッと睨む。……たぶん睨んでいらっしゃる。前髪で分かんないけど。

 

「比企谷さん、ハレンチです!」

 

 大人しい二堂が珍しく声を荒げる。

 うむ、二堂にも恥ずかしいという感情があったんですね!

 良かった、良かった。

 今度こそ、テニスコートに足を運んだ。

 

 * * *

 

 昼休みも終わりに近づき、雪ノ下の考えたメニューを一通りこなした。運動部の戸塚でさえ、ヘロヘロで座り込んでいる状況で、俺は惨めにも地面に突っ伏しゼエゼエと喘いでいた。

 何も考えられないほど疲れきっている俺だが、周りから俺を観察すると、たぶんというか、きっと気持ち悪かろう。

 ほら、見ろ。奉仕部女子たちが遠巻きながら蟻を見るかのようにじっと目を向けている。

 

「比企谷くん、僕の飲みかけで良かったら……飲んでも……いいよ?」

 

 と、と、戸塚ぁ。

 恥ずかしそうに水筒を持つ天使こと、戸塚に手を伸ばす。

 いや、待てよ。これって、間接……。って、戸塚、男子だった。なんだ、問題ないじゃないか。

 でも、なぁ……男女関係なく知り合いの持ち物を借りるなんてことを経験してない俺には難易度が高い。

 

「っしょと、ほら俺は……あれだ。元気だから」

 

 少しだけ無理をし、立ち上がる。

 

「ん? 比企谷くん、復活するのおそーい」

 

 体操服に着いた土を払い落としていると、雪ノ下が不満たっぷりに声を漏らす。

 

「あのなぁ……。誰のせいだと」

「比企谷くんは普段から運動した方がいいとおもうよ。真面目に」

「自転車通学舐めんなよな」

「はいはい、舐めてないから、ね? じゃあ、本題に入ろうかな。これは戸塚くんに聞きたいんだけど、土日もさ、練習しない? あ、もちろん比企谷くんも参加で」

 

 ……はい?

 

 

 


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