大和が師範〜キラーマウンテンと呼ばれた陰陽師〜 作:疾風迅雷の如く
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避難場所に避難し、無事難を逃れた裕二達。しかしそこには雄山達の姿は見えなかった。
「あれ? ユーザン先生は?」
「雄山ならさっき弟子を連れて修行していたはずだけど…まさかこんな時でも修行をやるほど馬鹿じゃないから今頃、こっちに来ているはずだよ」
「そう言えば何で避難したんですか?」
「この家に妖怪が出たからね。こんな事態は24年前のある事件以来のことなんだ」
「24年前のある事件?」
「雄山の式である君になら話しても問題ないか…その事件は大和優一っていう僕達の父の兄、つまり伯父さんに当たる人が死んだ事件さ。その人は物凄く優秀な陰陽師でお祖母ちゃんからも期待を寄せられていた。だけどそれは偽りの姿でしかなかった…」
「どういう事?」
「皆が期待していた大和優一はドッペルゲンガーだったのさ。本当の大和優一はドッペルゲンガーに消され、既に亡くなっていたんだ。もちろんその血を引いていた子供達もドッペルゲンガーに殺されていてそのドッペルゲンガーの仲間が代わりを務めていたんだ。それが発覚したのが24年前で、以来、妖怪が勝手に動くことが出来ないようにしているのがこの大和宗家って訳。だから君のような式でない妖怪が進入でもしようものなら警報が鳴り続けるって事」
「へえ〜」
東堂はそれを聞いて感心すると、雄大がそこに割り込んできた。
「それは少し違うな」
「え? でも大、お祖母ちゃんから聞いた話だとこんな感じだったよ?」
「伯父上は24年前、ある人間に殺されるまでしっかりと生きていた」
「な、何だって!? お祖母ちゃんから聞いた話と全然違うよ!?」
「24年前の事件、通称『ドッペルゲンガー事件』の真相はドッペルゲンガーを犯人にでっち上げることである人間を生かすようにし、かつ伯父上の名誉を守るようにしたからな。違っていて当たり前だ」
「ある人間って…?」
「その人間はまだ赤ん坊でしかないから名前などなかった…だが後にこう名付けられた」
そして雄大の口からとんでもない人間の名前が告げられた。
「その赤ん坊に名付けられた名前は大和勇姿。私達兄弟の末弟だ」
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24年前の8月初期。当時29歳の年齢にして陰陽師協会の会長と大和宗家当主を務めていた大和優一。そのあまりの強さに陰陽師史上最強とまで言われており、妖怪達が恐れ慄いた。そんなある日のこと。
「
「どうした?」
雄山達の父である優一の弟が優一にとあることを依頼してきた。
「どうしても今度僕の子が生まれてくる日に丁度一ヶ月の出張でいないんだ。そこで兄さんに僕の代わりにその子供が生まれるのを見届けて欲しいんだ。お願い出来るかな?」
「それなら俺が代わりに出張した方が良いんじゃないのか?」
「それも考えたんだけど兄さんが行くと周りの仲間が萎縮しちゃうというか、白い目で見られるというか、とにかく色々な理由から僕が行ったほうが適任なんだよ」
雄山の父親とは思えない程、空気が読める男であった。
「…確かにそうかもしれないが」
「それに兄さんばかり負担をかける訳にもいかないよ…僕の仕事も兄さんが片付けちゃったし」
「そう言われると…まあそうかもな」
「だからこれ以上、兄さんの負担をかけない為にも僕は出張に行きたいんだ」
「出張行きを主張する弟…プッ」
優一は雄山同様に親父ギャグが大好きな人間であり、それを聞く人間はだいたい硬直してしまう。
「…これさえなければ完璧なのに」
「まあ良い。とにかくお前の子供が生まれるのを見届ければ良いんだろ?」
「ああ。こんなことを頼んで済まない…」
「何、容易いことだ。ましてや断る理由も特にあるまい」
「それじゃ行ってくるよ兄さん」
雄山の父はこの時兄に感謝し、笑顔で出張に行った。しかし、二週間後彼は何が何でもその子供が生まれるのを見届けるべきであったと後悔することになるのは知らなかった。
二週間後
急遽帝王切開をすることになり赤子が生まれる予定が早まった為に優一は雄山の父に変わってそわそわと慌ただしく待つ。流石の彼といえどもこういったイレギュラーの事態には慣れていないのだ。
「貴方、落ち着いて…」
優一の妻と息子がそれを宥めるも優一は冷静ではいられない。
「落ち着いていられるか。あいつに代わって俺がここで待っているんだ。もし無事に生まれなかったらあいつに合わせる顔がない…!」
「貴方…」
「父さん、僕の蘇生術なら万一死んでも大丈夫だよ。生き返らせてあげるから」
優一の息子は優一同様、陰陽師であり期待のポープとして大和一族から見られていた。しかし本人の戦闘能力は父に及ばず、挫折しかけたが後方支援担当として活動している。
「何を言っているんだ…それを使わない方が良いに決まっているだろ。違うか我が息子よ」
「それもそうだね」
そんな家族の団欒を過ごしながら赤子が生まれるのをただ待つ優一。そしてその時が来た。
「グガァァァァッ!」
そこから発声したのは産声などという可愛らしいものではなく雄叫び。
「妖怪か!?」
手術室に入り込むとそこには身長70cmほどの
「なっ…!」
優一はそれを見て驚愕する。といっても小鬼そのものではない。問題はその小鬼のへその緒が生まれるはずの母体と繋がっていたからだ。
「ま、まさか…!あれが赤子っていうのか!?」
いくらなんでもあり得ない。だがそうでもないと母体のへその緒が繋がっている説明がつかない。そう思考していると微かに声が聞こえ、耳をすます
「お、お義兄さん…?」
「加奈美さん無事か!? 今へその緒を切ります!」
そう言って優一は空掌でそのへその緒を切る。すると小鬼が優一を攻撃した。
「ぐっ!」
優一は咄嗟に気や霊力を込め防御したがそれが無効化されてしまい、小さな悲鳴をあげる。
「ヒャハッ!」
優一の苦痛に耐える様子を見た小鬼はまるで道具を得た子供のように笑い、はしゃぐ。
しかしこれは優一にとって都合が良かった。相手は気や霊力も無効化してしまう上に自らの霊力や気の量はおろかパワーすらもを上回る化物だ。もしこんな化物を外に出してしまえば自分の家族は当然のことであるが大和一族はおろか陰陽師協会も危うい。その為には少しでも気を引き、牽制する必要がある…そう考え足を引きずりながら、ゆっくりと詰め寄る。
「貴方、一体何が…」
「馬鹿、来るな!」
その瞬間、小鬼が笑みを浮かべ、優一達の家族の元までジャンプをする。それに対応しようにも優一の足は小鬼にやられ動けない。
「ニヒッ!」
小鬼が笑い声を上げた次の瞬間、妻と息子は殺されていた。ほんの一瞬でしかない。その僅かな間に二人は殺されてしまった。
「あ、あぁ…!」
その事実が優一の目から涙を流す。一体どれだけ大切に過ごして来ただろうか? それが僅かな時間で失ってしまった。その事実のみが優一の頭を駆け巡る。
「ウヒヒヒッ!」
優一が悲哀に暮れ、膝をついているのを見飽きてしまった小鬼はその場から脱走した。
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「それで優一さんはどうなったんてすか?」
「その後、伯父上はすぐに立ち直ってイサムを追いかけたが時遅し、見つけた頃には既に数十人の犠牲者が出たそうだ」
「そんなに…?」
「たかが小鬼と思って油断していたのが原因だろうな。だが実際には鬼の弱点である炒豆どころか霊力すらも効かない。それならまだ対処出来たかもしれないがイサムの体質は不幸にも…」
「僕と同じ『術・能力無効化』の体質の持ち主なんだよね…」
「そうだ。イサムは陰陽術、魔法、それから波動、チャクラ、超能力など様々な科学では証明できないものを無効化してしまう『術・能力無効化』の体質の持ち主だ。それもON・OFFの切り替えも可能な特異体質だ」
「それじゃあ倒しようがないじゃないですか!」
「いや一つだけある…散々ヤマに見せられただろう?」
「もしかして空掌ですか?」
「当たりだ。空掌は陰陽術や魔法などとは違い、科学的に誰でも実現可能と証明されている体術。故に『術・能力無効化』の体質の持ち主であっても効くようになっている」
東堂は雄山が放った空掌の事を思い出した。鴨川の時では鉄砲のように扱い、説明した光景を目にしたせいかあれが理論上可能なのかを疑ってしまう。
「う〜ん…あれが体術なのかさておき、とにかくその体質に効いたんですね?」
空掌が体術であることに甚だ疑問に思うが、そう仮定して話を促した。
「それで伯父上は途中で合流したお祖母様と共に追い詰めると空掌で気絶させ、その小鬼の処分をすることになった」
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「イギャァ!」
小鬼が叩きつけられ、鈍い鉄の音が響く。
「はーっ…はーっ…」
その小鬼と対峙した優一は息を乱し、腹から血を流しながらも、小鬼を気絶させた。
「やれやれ…やっと大人しゅうなったか」
その隣には雄山達の祖母にして優一の母である春が腕を後ろに下げた。
「お、お袋? 何をするつもりだ? まさか殺す気なのか?」
「しかし放っておけばいずれ大和一族の障害となり得る…今この場で殺すしかあるまい」
「それじゃ、あいつになんて言えばいいんだ!? あの小鬼はあいつと加奈美さんとの間生まれた子供なんだぞ!」
「適当に死産したと言っておけばよかろう。元々三つ子で生まれるはずの子供達のうち一人が異常なまでに強大で加奈美さんから送られてきた栄養のほとんどを其奴一人が吸収してしまった。故に他の二人は分裂を起こしてしまい、三つの魂は一つの魂へと変わってしまった…そうして生まれてきたのがこの小鬼じゃよ。もしこんな小鬼を育てるとなれば毎日が死と隣り合わせとなる。それを一族全員に強要させる覚悟はあるのかえ?
「俺にはそんな覚悟はねえ」
「じゃろう? だったらせめて儂が殺してやろう」
春が小鬼を投げ、腕を後ろに下げ空掌を放とうとする。
「だが!」
優一は春の腕を掴んでそれを止めた。
「俺はそいつを無力化する力を持っているし、この場を収める方法も知っている」
「言うてみい」
「それは…俺がこの小鬼が暴走しないようにありとあらゆる力が出ないように封印する!」
「バカなことを言うんじゃないよ! アホッタレ! その小鬼は裕二と同じく『術・能力無効化』の体質の持ち主。空掌で封印したとしても一日で封印が解けてしまうわ!」
「奴の身体そのものを封印する要となれば何一つ問題ない」
「
「死ぬ気も何も俺は血を流し過ぎた……なあお袋、あんたが倒したのは大和一族の人間達に化けたドッペルゲンガー達だ。あんたは俺を始めとした大和一族に化けた幾多のドッペルゲンガーから勇姿を守ったんだ」
「いきなり何を言っておる!?」
「勇者の勇に姿で勇姿…いい名前だろ?」
「そんな遺言みたいな事を言いおって…! 死んだら儂は許さんぞ!」
「これが遅れてやって来た反抗期って奴だ。許せお袋…弟を宗家当主に推薦してくれ」
そして優一は春を吹き飛ばし、勇姿の封印をし終えるとその生涯を終えた。
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「その後、伯父上の遺言に従ってお祖母様はイサムに殺された被害者全員をドッペルゲンガーとして処分したことを発表し、伝説的な英雄となった」
「…それが『ドッペルゲンガー事件』の真相なんだね」
「そうだ。伯父上は自らの息子や妻が犠牲になってもイサムを殺さなかった…今となってはわからぬことだが伯父上は父上に自分の息子が伯父上の家族を殺したという罪悪感を残さないようにしていたのかもしれないし、父上に大和宗家当主の座を譲るようにお袋に告げることで家中を纏めようとしていたのかもしれない」
「でも結局、大和一族だけでなく陰陽師協会の人間達にも疑心暗鬼の心が生まれ、僕の婿入り先だった九条家にも影響したよね」
裕二の言う通り、その事件で影響したのは何もプラスの影響だけではない。むしろマイナス面が目立った。特に多人数で妖怪達と戦うチームは裏切るのではないかという疑心暗鬼によって陰陽師協会が弱体化した。
「親父はそこから裏切り者を炙り出して腐り果てていた大和一族、陰陽師協会を立て直したんだ。親父も大したもんだ…」
割り込むように口を挟んだのは三人ではなく気絶している矢田を背負った雄山であった。
「ユーザン先生?」
「よっ、東堂無事か?」
雄山は軽く挨拶を交わし、矢田を降ろした。
「なんとか…」
「雄山、ひょっとして『ドッペルゲンガー事件』の真相を知っていたの?」
「ああ…俺が20になったちょうどその日に知らされた。師匠曰く見た目を除けば余りにも伯父貴に似ているとか、そんな理由でな」
俺は伯父貴ほどの頭も素質も持ってねえよ、と付け加えて雄山は苦笑した。
「そうか…私よりも早く知っていたのだな」
「大兄貴はいつそれを知ったんだ?」
「私は当主に任命された時にお祖母様から知らされた…しかしドッペルゲンガー事件の真相は余程のことがない限りお祖母様から口止めされている」
「それを破ると?」
「教える理由はない。だがイサムはすでに強硬手段を取り始めた。ならばイサムを悪とし、イサムを保護する奴らを孤立させた方が私としては都合がいい」
イケメン王子のような整った顔立ちの雄大が腹黒い笑みを浮かべると東堂が見惚れてしまう。
「一斉掃除って訳か…だが大兄貴、ここに妖怪達の群れがやってくるのは何故だ? 裏切り者がいるにしたってこの数は異常だ」
「妖魔連合会の残党ではないのか?」
「でも妖魔連合会の元幹部達は全員死んだって勇姿が言っていましたよ?」
「東堂、それは本当か!?」
その情報を聞いた雄山は大声を出し、東堂を見つめる。
「ええ、後は下っ端を掃除すれば終わりとも言っていましたから間違いないですよ」
「妖魔連合会の元幹部達でないとするなら、裏で糸引いているのは陰陽師協会か?」
「あるいは勇姿一派か、それとはまた別の勢力…どれも考えられるけど、取り敢えず尋問から始めないとね」
裕二がそう言って一匹の妖怪を取り出すと雄大、雄山は笑みを浮かべた。
「どうやら皆考えることは一緒って訳か」
「そのようだな、雄山」
雄山と雄大も妖怪をそれぞれ一匹ずつ前に出す。
「やっぱり僕達って兄弟なんだね」
「うむ」
裕二の言葉に雄大が頷くと、三兄弟はそれぞれ尋問を始めた。