大和が師範〜キラーマウンテンと呼ばれた陰陽師〜 作:疾風迅雷の如く
東堂が目を覚ますと見知らぬ電灯のある天井が目に映る。
「ここは…?」
東堂が上半身を起こし視線を天井から部屋の壁へ移すと木の壁が目に映り、いつもとは違う場所だと理解した。
「そうだ…私はアレを見てパニックになって気絶したのよね。ということはここは…あのお城の中?」
東堂は言葉に出して状況を整理し始め、かけられていた布団をたたんで起き上がる。しかしそれまで一緒にいた雄山や裕二が見あたらず、首を動かすとすぐ近くに東堂を助けた二人が眠っているのが視界に入る。
「この二人は…確か長門と矢田だったけ?」
「…う」
東堂が、雄山が口にしていた二人の名前を呟くと目を覚ましたのは長門の方だった。
「ここは…?」
「おはよう、長門さん」
長門は東堂の姿を見て、真っ白になっていた頭を覚醒させていく。すると記憶が徐々に戻り、目の前にある東堂の顔と記憶にある東堂の顔を一致させた。
「貴女は、蓑虫にされていた人…?」
「東堂美帆。私は蓑虫にされていた人じゃないよ」
東堂はそう言って自分の制服の赤色のネクタイを意図的に触り、締める。
彼女がこのような行動を取ったのは彼女とて人間の血が流れており、それなりに自分が年上だという優越感を感じたいからだ。
学園都市の生徒はブレザーの制服である。その制服のネクタイの色で中学1年から高校3年の各学年を判断出来るようになっている。故に東堂はネクタイを触り長門の視線をそこに注目させることによって長門に自分の方が先輩なのだということを気づかせることが出来る。
「長門奈恵です。よろしくお願いします東堂先輩」
長門が東堂に挨拶すると唇が乾く間もなく東堂に尋ねた。
「ところでここは一体どこなんですか?」
「ユーザン先生の実家よ…もっとも確信はできないけれどもね」
「確信ができないというのはどういうことですか?」
「ユーザン先生の実家の前で気絶しちゃったからね…近くで眠らせるところがあるとするならユーザン先生の実家しかないのよ」
「でも先輩、何で気絶したんですか?」
「…それよりも身体の方はどうなの? 一応ユーザン先生のお兄さんが治療してくれたみたいだから大丈夫なはずだけど」
東堂は長門の質問に答えず話を強引に逸らし、長門の身体を観察する。
「それじゃ聖君は…!?」
長門は矢田の様子を見るために自分の身体を動かすやいなやすぐに違和感を感じた。
「か、軽い? それに古傷が痛まない…?」
人間に限りなく近いとはいえ吸血鬼である東堂は人間よりも耳が良い。故にぼそりと長門が呟いてもはっきりとそれを聞いていた。
「裕二さん…ユーザン先生のお兄さんがサービスで長門さんの古傷もしておいたって言っていたからそれのせいじゃないの?」
「え? 嘘っ!?」
長門は自分の身体を勝手に見られた羞恥、あるいは傷が治ったことによる興奮により顔を紅く染め上げる。
「本当だよ。嘘だと思うなら身体の傷をみればいい」
東堂が長門にそう告げると「…今、聖君が起きたら…だからと言って起きなかったら後悔するだけだし…」などとブツブツ呟き、一つの結論に達する。
「お風呂の時に確認しますよ。それで治ってなかったらセクハラで訴えればいいだけですし」
東堂はこれが巷で聞くツンデレという奴なのだろうと思い、苦笑いをした。
「そういえば先輩、聖君はどうなったんですか?」
「裕二さんが治療して大人しく寝ているだけらしいよ」
「よかった…」
もし矢田がここで死んでしまったら長門は矢田を強く止めなかったことを永遠に後悔していただろう。しかしそれを聞いて安堵のため息を吐いた。
「長門さん、ところであの時の事を覚えているの?」
「あの時のこと?」
「そこにいる矢田君が傷ついた時の事よ」
「忘れもしません…東堂先輩を運ぼうとしたらあのデカブツが石を蹴って聖君を…」
長門は途中で言いかけたが止め、口に手に添える。
「無理しなくていいよ。でもこれだけは聞きたいから聞かせてもらうよ…その前に何か超常現象じみたものを見なかった?」
「ユーザン先生とデカブツが戦っているときデカブツが燃えているのに無事だったり、地震が起きたり…それからユーザン先生が増えたり…とにかく一杯見ました」
「…」
東堂は無言で頭を抱える。素人である二人に気がつかなかった雄山もそうだが、よりによってそんな派手なことをしざるを得ない相手に目をつけられたという事実が東堂の悩み事を増やす結果になっていた。
「(ユーザン先生、こんな時はどうすれば良いの?)」
東堂は裏世界に深く関わったのはつい最近のことであり、二人の記憶や存在を消すのか、このまま裏世界に関わらせるか等のような判断は不可能だ。
「えっ? どうかしましたか東堂先輩?」
「…」
長門が東堂に尋ねるも東堂はそれに応えられず、気まずい空気がその場に漂ってしまい、矢田の寝息のみが二人の耳に届く。
だがそれも長くは続かなかった。
次の瞬間、地鳴りと共に巨大な衝撃が部屋を襲った。
「地震!?」
長門が頭に布団を被り身を伏せるがすぐに揺れは収まる。だが長門はそれでも警戒しており、亀のように丸くなっていた。
「長門さん、もう揺れは収まったから…出てきても大丈夫よ」
「東堂先輩はわからないと思いますが地震は恐ろしいんですよ!? 余震とかで死ぬ場合も充分にあるんですから!」
長門は東堂にそう怒鳴り、更に身体を丸くする。
「…ひょっとして長門さんの古傷もその地震が原因なの?」
「そうです…東堂先輩。今の聖君のように死にかけたこともあってリハビリが終わるまでは、ほんの些細な揺れでもトラウマになって生活が出来ませんでした」
ガタガタを震える長門は本当にそれを経験したものだと確信出来るしぐさだった。
「今は大丈夫なの?」
「先ほど見たいに大きな揺れでなければ大丈夫ですよ」
ようやく長門は布団をめくり、足を内股にする座り方…所謂女の子座りをして東堂に向き合った。
「そっか。じゃあ話しても良いかな」
「何をですか?」
「ユーザン先生が超常現象を起こせた秘密」
長門は喉の唾を飲み込み、東堂に目を合わせようとするが東堂の背後にいる人物を見て顔を青ざめた。
「このアホタレが!」
低い男声がこの場に響き渡ると同時に、ドラム缶を鉄の棒で殴りつけたような音が響く。
「痛っ!? いったい誰なの…?」
東堂が自分を殴った人物を見ようと振り返る。そこにいたのはかつてキラーマウンテンと呼ばれた男だった。
「よう、目覚めのゲンコはどうだった?」
「ゆ、ユーザン先生…今までどこに?」
東堂が信じられないものを見るような目つきで雄山を睨むが雄山にとってはそれは意味をなさない。
「話聞けよ。本来ならそこから先、御説教してやりたいところだが勘弁して質問に答えてやる。俺はさっきまで師匠に師事してきたんだよ…さっきのデカイ揺れもあれが原因だ」
「師匠の師の方の師事なのか、指の方の指示、どっちなんですか?」
「最初に言った方だな。でだ…長門が起きているようだから説明させてもらうぞ」
「あれっ? 矢田君に説明しなくて良いんですか?」
「矢田に説明する内容と長門に説明する内容は全く別のもんだ。いいか長門良く聞け」
「はい」
長門は雄山の口から何か特別なことを聞かされる。そんな予感を感じ取っていた。
「世の中には裏世界と呼ばれる狂気の社会がある…そこには他の社会とは違ってオカルトじみたものやファンタジーじみたものがあるんだ。例えばこんなものとかな…」
雄山は掌から火の玉を出し、それを宙に浮かせ、雄山の周りを周回させた。
「!?」
「種も仕掛けもねえ。あるとしたら魔法によって引き起こされた現象だ」
「これが魔法…?」
「そうだ…ようするにお前は魔法がある世界に首を突っ込めるようになったんだよ。おめでとう」
皮肉げに雄山がそう告げるとその空気を感じ取った長門が手を挙げて質問した。
「でもどうしてですか? そんな魔法がある世界に私を案内するなんて…」
「お前が超能力者だからだ。それもかなりの素質を持っている超能力者だ」
「…はい?」
だが流石に自分に対してこの胡散臭い言葉を言われるとは思いもよらず、首を傾げてしまった。