こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

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第一章7 この住処のない俺たちに救いの手を!

 めぐみんの名乗りを聞いて、何も知らない四人――異世界非召喚組は一瞬硬直し、噴出した。

 

「おい、私の名前に何かあるのなら聞こうじゃないか!」

 めぐみんが、近くで腹を抱えて大笑いしていたサテラの胸倉をつかんで言った。

 サテラは返答に詰まり、思わずめぐみんから目を逸らして言った。

 ――普通の人ならばこれが当たり前の反応なのではないか。というか、めぐみんはあれほど自分の名前で散々言われてきたんだ。自分のセンスの方がおかしいとは気づかないのか。

「えーっと。すごーく、かっこいい名前だと思ったわ」

 それとなく名前ををほめたふりをするサテラ。

 しかし、さすがは知力が高いと言われている紅魔族。わざとらしい演技など即座に見抜いてしまう。

「何でそうわざとらしくいうんですか! 大体、私からするとみんなのセンスがおかしいと思うんです!」

「それは絶対にないから安心しろ」

 

 大体、名刀ちゅんちゅん丸などというふざけた名前を刻んだ奴に名付けのセンスがあるなど、死んでも認めたくない。しかも自分たちは紅魔の里の名づけセンスのおかしさは身をもって体感している。

 ――もしかしたら、自分たちまでおかしな人だと思われたりしないだろうか。

 

「えっと、こいつは俺の刀にちゅんちゅん丸だなんてふざけた名前を刻んだ奴だから、あんまり気にしなくてもいいぞー。あ、そうだ。俺の名前はサトウカズマ。アクセルの町で冒険者をしています」

「カズマまでなんでそんなことを言うんですか! もう起こりましたよ! これから毎日爆裂散歩に引っ張り出していきますから!」

「おい、俺は毎日連れて行っているつもりなのだが」

「といっても最近は屋敷に引きこもってゴロゴロしているだけじゃないですか! なんかいつもにやにやしていて気持ち悪いんですよ!」

 

 めぐみんの言葉を聞いて、カズマに対して疑惑の目が向けられる。

「ち、違うから! おいめぐみん、ちょっとこっち来い。お仕置きしてやる」

 と、わいわいがやがやとする盗品蔵の中。

 しかし、本来の目的はダクネスのペンダントの奪還だ。

 ただ、この弛緩した空気、もう少し楽しんでもいいかもしれない。

 

 カズマがめぐみんを別の場所へ引っ張っていった後、アクアが声を張り上げて自己紹介する。

 「私の名前はアクア。そう、アクシズ教のご神体である女神アクア本人なのよ! さあ私を

崇めなさい! あと、さっき復活魔法をかけたお馬鹿さんはもっと私に感謝してくれていいのよ?」

「俺は別に馬鹿ではない……と思いたいんだが、まあ感謝する。ありがとな」

 スバルが正直に感謝の意を示す。

 その流れに乗ってか、皆が自己紹介をする空気になる。

 次に名乗りあげたのはサテラーー?だった。

 

「私の名前はエミリア。家名のない、ただのエミリアよ。スバルと、めぐみん――? はごめんね。嘘ついちゃって」

「え?! まさかサテラって偽名だったのか……?」

「おめー、まさか『嫉妬の魔女』の名前を騙ってたのか? ハーフエルフだし、お前まさか本人だったりしねーだろうな」

「この見た目は、私だって、迷惑してる。だけど、みんな私の見た目を見たり、名前を聞いても何も言わなかったから私の方がすごーく、びっくりしちゃった」

 

 フェルトはいつもこの世界では常識、といった風に語っているが、メンバーがメンバーだ。納得しているのはフェルト本人と、場にいる老人だけだ。

「あ、そうだ。アタシの名前はフェルトだ。家名はない。年は――十五くらいだったか。おめーらのおかげで命拾いしたよ。目的のものは返す」

 

 そういってダクネスのもとにはペンダント、エミリアのもとには徽章が無事帰ってきた。

 相変わらずこの徽章、フェルトに反応して光っている。

 それを見た『剣聖』は、どこか驚愕の色が隠し切れない様子でフェルトの腕を掴み上げた。

「き……君の名前は?」

「さ、さっき言っただろ! 名はフェルト、家名はない」

 急に腕をつかまれたので、ひっぺ剝がそうとじたばたするフェルト。それを絶妙な力加減で抑え込み、『剣聖』は、

「ついてきてもらいたい。すまないが、拒否権は与えられない。君の身柄は、このアストレア家で預からせてもらう」

「ちょ、ちょっと待て! 急に何なんだ! っていうか、ロム爺はどうすんだよ!」

「ついてきてもらっても構わない。これは王国にかかわる一大事だからね」

 と、『剣聖』が静かに言い、フェルトの首元に手刀をとんっとあてる。

「な、何してくれてん……だ……」

 不意に意識を失い、『剣聖』に抱きかかえられた状態となる。

 

「えっと、これは盗みをした、罰……?」

 エミリアが頭に疑問符を浮かべる。

 しかし、男はそれにはっきりと答えず、

「落ち着いていられるのも今日までかもしれないな……」

 と、上を見上げて言っただけだった。

 

* * *

 

 自分たちまで変人扱いされそうになったのに加え、自分の名誉を傷つけられるのではないか、と危機感を抱いたので、ちょっとめぐみんをお仕置きしていた。とはいってもただこちょこちょの刑をお見舞いしてやっただけなのだが。

 めぐみんは、顔を赤らめて、

「事実を言っただけじゃないですか! っていうか、どうして気づいてくれないどころか私が罰を受けないといけないんですか!」

 と、若干わけのわからない事を言う。

「まあいいか。よしめぐみん、さっきの場所に戻るぞ」

「連れてきた本人が言うなんてどうかしてますよ!」

 

 カズマたちが場に戻ると、そこには気を失って赤髪の少年に抱きかかえられているフェルト、そして微妙に間隔をあけてたたずんでいる美少女三人、そしてパッとしない少年がいた。

 

「あ、そうだダクネス、お前、ペンダントは返してもらえたのか?」

「もちろんここにある。本当ならばもっと抵抗されるのかと思っていたのだが、やけにあっさり返してくれたのでな。期待外れだった」

「その期待とやらはここでは絶対言うなよ?」

「べ、別に言おうとなんてしてないから!」

 

 これ以上自分たちを見る目が奇特なものになってしまわないようにカズマは気を配る。

 そんな日常的な風景。

 

 カズマやアクア、めぐみんの名乗りを聞いて、エミリアは、さっきからずっと質問を我慢していたことを言った。

「めぐみんちゃんには謝らないといけないんだけど……私の名前はエミリア。さっきは嘘をついてごめんね。

 ……なんだけど、あのー……まず、アクシズ教の女神様って言ってた、アクアさん? だっけ。まずアクシズ教って何のこと?」

 エミリアが、何も知らない純真無垢な瞳でアクアに問いかける。

 

「まさかアクシズ教のことを知らないなんて……まさかあなた、エリス教徒ね! とっておきの呪文を教えてやるわ!『エリスの胸はパッド入り』これを三回唱えたら、あなたも立派なアクシズ教徒よ!」

「えりす教っていうのが全然わからないんだけど、これを唱えたらいいの?『エリスの胸はーー

「エミリアさん!ちょーっと待ってね!」

 カズマが慌てて言葉を遮った。

 

「おいアクア!お前、初対面の奴に何も言わずに勧誘するな! で、エミリアさん、こいつのいうことは話半分で聞いてくれていいから。間違えてもこいつの宗教勧誘には乗るなよ?」

 アクシズ教の悪い意味での有名さを知らないことに疑問を覚えながら、カズマは慌ててエミリアの言葉を遮る。

「――わかった。でも、どうして?」

 やはり、この少女は世間のことを何も知らない。ここの『世界』は違うので、常識を語っても間違った常識ばかりついてしまうことになるのだが――それはまた、別の話。

 

「ちょっと待ってくれ、お前の名前はカズマ、だっけか? まさか、エリスの言ってたふざけた死に方をして困らせるっていう――」

 しばらく黙っていたスバルが、期待のまなざしを込めてカズマに詰め寄る。

 カズマは、それに少し引きながら、

「まあ、そうだけどさ。ってかなんでお前、俺の死に方を知ってるんだよ! 大体、俺はいつも真面目に生きているはずだ! なんでエリス様にまで笑われなきゃいけないんだ!」

 自分は真面目に生きている。そう思っていてやまない。

 しかし、客観的にみると、カズマは真面目に生活をしていないと言わざるを得ないだろう。

 

「ってかさ、カズマって日本人なのか? エリスはなんかそういうことを言っていたような気もするけど……」

「まあ、そうだな。俺は現世――日本で、女の子を救うために果敢に死んだんだよ」

「ねえねえ、実際にはトラックに轢かれたと勘違いしてショック死した情けない男なんですけどって大声でいっちゃっていい?」

「おいお前! 聞こえてる! 聞こえてる! せっかく人がかっこつけたのに台無しにすんな!」

 

 アクアがカズマの人に知られたくないことを暴露したため、周りにいた人間が思わず吹き出す。それは語り口も合わさってか、とてつもなく滑稽だった。

 カズマの、嘲笑われることのない平凡な異世界生活、というものは、すでに終わっている事と等しいだろう。

 まあ、ほとんど日頃の行いと自業自得の結果なのだが。

 

「話の流れが全然わからないんだけど……カズマとスバルって、もしかして出身が同じなの?」

「確かに気になりますね。なんだか二人は初めて会った風な感じがしません。後、カズマが屋敷で来ている変な服と同じようなものを着ています」

「「これはジャージというもんでな」」

 

 同郷、とはいっても、顔見知りというわけではないのだが、なぜか二人は息が合う。

 確かに傍から見れば変な服かもしれない。だが、これは自分たちにとってのアイデンティティーだ。だから変な服などとは言われたくない。

 というのが、まだ明かしてはいないものの、日本では引きこもりだった二人の結論だった。

 

「あ、申し遅れたが、私の名前はダスティネス・フォード・ララ、ティー……」

 どうでもいいタイミングで自己紹介を挟み、あまつさえ自分の名前を言うこ とをはずかしがっているダクネス。

 カズマは、それをフォローしようとするのだが――

「こいつの名前はララティーナだ。遠慮なくその名前で呼んでやるといい」

「くうう……っ! その、その名前で呼ぶな! 私のことはダクネスと呼べ! 絶対にだ!」

 自分で自分の名前を言おうとしたのに自滅したので、少しフォローしてやっただけなのだが、どうもダクネスは羞恥心が隠せないようだった。

 ――そんなことになるなら言わなかったらよかったのに。

 

「で、こいつは自分はあまり表に出したくないようだが、王国の懐刀とまで言われるダスティネス家のご令嬢だ」

「……失礼するが、そのような名前の貴族など聞いたことはない」

「はぁ?!」

 赤髪の青年が、予想の斜め上を行く返事をしたので、カズマは思わず大声で聞き返してしまった。

 

「私は、――名を、『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアという。少なくとも、この国での最高戦力だ。故に、この王国内での情報――そして、他国の情報も私の耳には届くのだが――ダスティネス、といった貴族の名前は聞いたこともない。それも、王国の懐刀、とまで言われるような者は」

 

 意味が分からない。実際にカズマたちはダクネスの権力のおかげで命拾いした場面も何度もあった。

 その事実がカズマたちの不安を高める。

 

「ちょ、ちょっと待て。このペンダントに見覚えはないのか?」

「そんなもの、見たこともないわ。 すごーくきれいなペンダントだけど」

「あー……」

 

 カズマが、ここにきてから感じていたかすかな違和感。

 それが、この事実にってはっきりと疑念が確信へと変わる。

「また俺たちは異世界に召喚されたのかよぉぉぉぉ! ちっくしょー! もう面倒ごとは、ごめんだぁぁぁぁぁ!」

「ちょっとカズマ、何いきなり奇声を発してるの? 馬鹿なの?」

「お前は空気も読めない馬鹿なのかよ! この状況を見ろ! ダクネスの権力が通じない、しかもアクシズ教の悪評が浸透していない! これは、どう考えても、異世界召喚ってやつだろ!」

 

 カズマが、怒りからか興奮してアクアに怒鳴る。

 アクアが、少し頭を押さえた後、

「まあ、この私がついてるじゃない!きっと元の世界に帰れるわよ!」

「お前がいると心配事が増えるだけなんだが……」

 カズマが疲れた様子で言った。

「何言ってんの。私は女神なのよ?」

 意図も当然のように言い放つアクア。

 それを聞いて、エミリアとスバルの顔が輝くが、そばにいるめぐみんとダクネスの顔は、哀れなものを見るような目だ。

 

「宴会芸と借金をこさえてくることしか出来ない女神だけどな」

「水よ! 名前通り水の女神よ! もう一緒にいて二年くらいたつんだから、そのあたりももうちょっと考えてよ!」

「「ということを自称しているかわいそうな人です(だ)」」

「信じてよーーーー!」

 

 めぐみんやダクネスにまで見放され、アクアが涙目になる。このやり取りはさんざん繰り返しているはずなので、さすがのアクアももう学習してもいいと思うのだが……

 

「ふふっ……やっぱり、あなたたちって変だけど、すごーく面白いのね」

 そんなにぎやかなやり取りを聞いているエミリアが思わず吹き出す。

 

「エルザを倒した功績もあるし、この五人は私の住んでいるお屋敷に連れて帰っていいかしら」

「「それは助かる!」」

 日本出身の二人が声を揃えて言った。

 カズマとしては、ダクネスの権力が使えないと確定した以上、ここで宿を探して止まる、というのは非現実的な話だ。一応エリスも使えるのだが、偽物だ、と騒ぎ立てられたらそこでおしまい。そんな危険を冒してまで止まるなんて、安定志向のカズマにはありえない。

 ――そして、あの物騒な女を倒した功績もある。もしかしたら形は違うとはいえ、こんな形で理想の異世界生活を送れるかもしれない。

 

 スバルとしては、まだ右も左もわからない状態で助けてくれたエミリアに貸しを作ってばかりなので、少し気おくれする面もあるが、このまま異世界で野垂れ死にする、などということは勘弁願いたい。

 ――この提案は、二人ににとって渡りに船となる提案だった。

 

「ということで、ラインハルト、この子たちは私のお屋敷で預かるわ。あの変態が何をするかわからないけど、お屋敷がにぎやかになりそう」

「分かりました。――エミリア様、どうかご無事で。私たちは先に失礼します」

 なぜか剣聖がエミリアに対して敬語で話しているが、皆にはそれに疑問を覚えない。

 ラインハルトはいまだ目覚めないフェルト、そして老人を連れて竜車のもとへ行った。

 

そうしてエミリアが、あたりを見回し、人数を確認する。

 少し人数が多すぎるから、ぎゅうぎゅうになっちゃうけど、我慢してね、と前置きしてから、

 

「この中には私を嫌うなんて人がいないから、きっとあの変態も喜ぶと思うわ」

 

「「「「「……」」」」」

 

 この先出会うであろう人に少し不安を覚えながら、皆は竜車に乗り込む。

 その中には、めぐみんと同じくらいの背丈の少女――可愛らしいメイド服を着た桃髪の少女が座っていた。

 

 

 ――不安と期待の入り交ざる屋敷での生活が、幕を開ける。

 

 

 

 




 よし、これで一章完結した……はずです。
 第二章は方針が決まり次第投稿開始します。

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