こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

6 / 14
第一章5 三対一

「私の徽章を、返してもらうわ」

 

 銀髪の女は尚更にはっきりと言った。

 アクアとダクネス、傍にいるめぐみんもが堂々と歩みを進める女に釘付けになる。

 その姿はまるでで一枚の絵画を見ているようで――ただただ美しい、といった感想しか浮かんでこなかった。

 だからだろうか。

 今迄対峙していた黒い女が大きく振りかぶり、ダクネスの腹にナイフを向けている事に、誰もが気付かない。

 

「あ、あの子が危ない――」

 薄くなっていてあまりよく見えなかったが、銀髪の女の肩に乗っている猫がそう呟く。

 巨大な氷柱が女の手から繰り出され、音を立てて放たれた。

 それは、上手い事にダクネスに当たらないようにコントロールされており、ただ黒い女だけを狙っている。

 女は、それをひょいとかわそうとしたが、反応が遅れたのかどうやら足を吹き飛ばされている。文字通り片方、足が欠損する。

 しかし、それでいても声一つ上げない黒髪の女は、やはり異常者という事か。

 

「エルザ――やっぱり、君は異常だね。足を失っても、全く鈍る事を知らない」

「そうね。だって、血を流した時の痛みこそが、『自分が生きている』って実感できる、それだけでしょう」

「うわー……この人ちょっと引くぐらい性癖が危ないんですけど。アクシズ教の女神としても見過ごせない位やばいんですけど」

「……」

 どん引きしたアクアがすうっと女から離れる。

 ダクネスはどこか自分に思い当たる節があるのか黙りこくっている。

 

 ――――ああ、この人、ダクネスよりもやばい感じのどMだ。

 カズマは死んだ魚の目をしてそう呟いた。

 

「あの……! 私を、あの黒髪の男の人、カズマの元へ連れて行ってくれませんか? 私はここでは魔法を打てないので、何もできないのです」

 めぐみんが勇気を出して銀髪の女に助けを求める。

「えっ……? 本当に、いいの?」

 声をかけられた女は心外そうにめぐみんの方を凝視する。

 何故かめぐみんを心配そうに見つめている。

 

 

 触り心地はまるで絹のような長い銀髪、そして形の整った長い耳に、何もかも映してしまいそうな紫紺の澄んだ瞳。

 その特徴は世間では『嫉妬の魔女』と同じ外見をしているから、といった理由だけで迫害を受けてきた種族、ハーフエルフのものだ。

 出会う人出会う人から忌々しい目を向けられるのが当然なのに、今ここにいる人たちはみんなハーフエルフであると知っていても動じない変わった人ばかりだ。

 特にスバル――今日一日行動を共にしてきた少年は、自分が『嫉妬の魔女』と同じ名前、サテラを騙っても、何も知らなさそうに、気にせずに行動を共にしてきたのだ。普段ならば絶対にあり得ないこと。

 今日くらいこんな幸せな思いをしたっていいよね、と心の中で呟き、女はめぐみんを抱きかかえる。

 

「この子を向こうまで運ぶから、パックは援護をお願い。もう時間を過ぎているから大変だと思うけど、ごめんなさい。今は仕方のない事だから。――これは、私がしたくてやっている事。皆には、迷惑になってしまう事――」

 最後の言葉は、胸の中にいるめぐみんにしか聞こえないほど小さかった。

 めぐみんはそれを聞いて、問う勇気もなく疑問を持つことしかできなかった。

 

 エルザと呼ばれた女が、今はほぼ何をすることもできない女に向かって刃を向ける。

 それを咄嗟に肩の上の猫が氷の盾を作って防御。女は苦い顔で舌打ちする。

 その隙をついて銀髪の女は端まで走り切り、めぐみんを下ろす。

「あ、ありがとうございます。ところで、今は状況が悪いですが名前を教えてくれませんか?」

「うん――サテラ、そう覚えておくといいわ」

 

 名前を言う事に少し躊躇いがあったのか、不自然な間が出来る。サテラと名乗った女は再び戦場へと戻っていった。言葉にはどこか含みがあり、めぐみんには何かを隠しているような気がした。しかし、今はそんな状況ではない事はめぐみんにも分かり切っていた。

 めぐみんは思わず首をぶんぶんと振って、カズマの元へ駆け寄る。

「めぐみん、おまえ大丈夫だったのか?」

「カズマーー! 私はずっと心細かったのですよ! 何でそんなに心配してくれないんですか!」

 棒読みで言ったカズマにめぐみんは飛び付く。それをふりほどいてカズマは、

「今はそんな状況じゃないだろうが! あの女どうなってんだ! アクアとかダクネスでも倒せないって相当だぞ!」

 今自分たちが倒さねばならない敵を評した。カズマの中でも表面上の焦りがあるのだろう。

 しかし、心の内部は冷静を保っている。戦いによる謎の高揚感も全く感じない。

「確かにあの女の人は凄腕です。でも、サテラ? が戦えるようなので、多分私の出る幕はなさそうですね。あの女に私の爆裂魔法を一発喰らわせてやりたいのですが」

「やっぱりお前、泣きそうな顔してるくせにそこまで不安じゃなかっただろ」

 

 こんな時も紅魔族一の頭脳から来る冷静さを発揮するめぐみん。とはいえ、こんな人の密集した屋内で爆裂魔法を放つのは流石に勘弁してもらいたいところなのだが。

 しかし、カズマ達の平穏なひと時も、女の一言によって壊されることになる。

 

「あら――そろそろ茶番も終わりにしない? 私もこの戦いには飽きてきたのよ」

 余裕綽々と言い放った女が、今度はアクアにその刃を向ける。

「させるか! 攻撃するなら私を攻撃するがいい! その曲がったナイフで拷問されると思うと……! さあ来い! むしろ私を攻撃しろ!」

「ダクネスが痴女なのはいつも通りだけど、まさかここまで重症とは思わなかったわ。今のダクネスならあの忌々しいアンデッドにも負けないわよ?」

 アクアが、自分の仲間であるとは思えない発言をし、そそくさと二人から距離を取る。

「『ターンアンデッド』!」

 アクアの魔法が炸裂。不意を突いたので今度はまともに当たったと思えたが――

「本当に忌々しい風だこと。でも当てられないなら意味はないわよ」

 女は足の痛みに耐えながらとてつもない集中力を発揮する。

 足を片方欠損しているからか、四つん這いで逃げているので全く不格好だが。

「何でそんなに逃げ足が速いのよーー! 今度こそ浄化しちゃえると思ったのにーー!」

 

 両方、攻撃が通らない消耗戦に突入する――――と思われたが、今度はそうはいかない。

 

「パック、お願い!」

 再び生みだされる氷柱。またしてもそれは女をめがけて飛んでいく。

 しかし、女は余裕でかわしたので、氷柱はそのまま軌道に乗って飛んでいく。

「ちょ、こっち来るなーー!」

「危ねえっつの。おらよーー!」

 氷柱は見事にカズマ達非戦闘組の居る方向へ。

 しかし、それは隣にいた老人の渾身の一投げ――棍棒によって軌道が逸れ、辛うじて人のいない場所へと着弾する。

「しかし、このままだと厳しいな……。ってかあいつほんと何者なんだ? 魔王軍の幹部以上に強いぞ?」

「確かにあの女の人は頭がおかしいほど強いです。何故かアクアの浄化をかすってもすぐ元に戻ってしまいますし。やはり、金髪の女の子の帰りを待った方がいいような気がします」

「逃げてなかったらいいんだけどな。呼びに行ったのが俺だったら絶対逃げるぞ」

「そんな不穏な事言わないでくださいよーー!」

 

 戦闘の傍ら、そんな会話をしているカズマとめぐみん。

「ちょっとあんたたちも応戦しなさいよ! 第一、さっきからずっと私たちだけで戦ってるのに会話するってどういう事? 労って! もっと私を労って!」

「いや……私としてはこのままの状況で大歓迎なのだが……というよりももっと強く襲いかかってきてほしいものなのだが……」

「「「お前今なんて言った」」」

「い……言ってない……もっと襲ってきてほしいなど、騎士として言えたものか……」

「言ったろ」

 

 こんな状況なのに相変わらずダクネスは楽しそうだ。

 それを聞いていた女はぴくりと眉を動かしたが、こんなことも仕事のうちなのだろう。すぐに仕事人モード、もとい暗殺者モードへと戻る。

 それを遠目で見つめていたサテラは羞恥で顔を赤らめながら精霊――パックの存在していた方の肩に触れる。それも、どこか不安げに。

 どうやらダクネスの、ここまで来ると異常なまでの性癖にどう反応していいのか分からない様子。

「パック、ごめんね。ここまで長く実体化させちゃって」

「――のためなら何てことないよ。多分――はもう魔法を使わなくても大丈夫なんじゃないかな。あの青髪の女の人、とてつもなく神聖なマナの流れを感じるから、何があっても大丈夫なんじゃないかな」

 穏やかなその声は、実際に喋っているのではなく、念話によって脳内に響いているものだ。

 実体化の限界――時間は、容赦なく戦力を削いでいたのだった。

 

 

* * *

 

 「どう考えても流石に遅すぎるだろ……本当に大丈夫なのか? まさか中で皆殺し……ってのは流石にないか。いやでも――」

 中から戦闘をしていると思われる音が蔵を揺るがすが、それでいても流石に戦闘が長すぎる。犠牲が出ていてもおかしくないと不安に思ったスバルは、扉を開けて中に入った。

 

 蔵の中へ足を踏み出した、その時。

 ふと黒い影が横切ったと思えば、自分が血を流して倒れている事に気づく。

 

「――ちょっと何やってんのよ―――! 死んじゃったら私達何もできないじゃない!」

「いや待ってくれ! 何で――が勝手に殺されなきゃいけないんだよ! お前、今の俺のレベル―――だぞ?そう簡単には―――ねーだろ!」

 さっき扉を恐る恐る開いたときに聞いた声。

 その声の切迫さだけで、自分がどのような状況にいるか、知りたくもなかった状況を、はっきりと自覚する。

「あ――――」

 サテラらしき人の声も聞こえる。心配しているのだろうか。混乱しているのだろうか。

 

 最後まで聞き届けることなく、今迄も朦朧としていた意識は、ぷっつりと――完全に途切れた。

 

 

* * *

 

 ふとした隙を突かれ、女を自由に動き回らせてしまったのがいけなかった。

 

 

「ちょっとカズマー。この人後で復活魔法掛けるから安全なところに避難させといてくれない? 粉砕されちゃうと流石の私でも蘇生出来ないわよーー?」

「おい待てアクア。何で俺に言う。あんな化け物の間を掻い潜るとか流石の俺でも死ぬぞ」

「あっれーー? カズマさん、さっきなんて言ったっけ? 今の俺のレベルもう三十に迫るぞ? そう簡単に殺されるわけねーだろ! だって! ウケるんですけどー! 肝心な時にビビってて超ウケるんですけどーー!プークスクス」

「お前だって自分の得意技の浄化魔法、全っ然当たってない癖によく言うよな! ほんとにお前、女神なのか? 邪悪な存在を一瞬で浄化する女神なのか?」

 

 一人の犠牲によってカズマとアクアの煽り合いが始まる。

 それを傍で聞いているダクネスは、騎士としての誇りか、はたまた自分のどうしようもない性癖のためか一人で女と戦っている。

 ――とはいえ、ダクネスの剣は全く当たらないので、傍から見れば一方的にやられている図にしか見えない。

 しかも、さっきから攻撃を浴びせられ続けていたからか、時折赤いものがダクネスから飛んでくる。当の本人は、恍惚の表情でそれを受け続けているので、もう放置しておいても罰は当たらないのではないかと思ってしまうのだが――

 ダクネスが最後の砦、壁役としての役割が終わりに近付いている事を意味しており――

 

「おいアクア! ダクネスにさっさと回復魔法をかけろ! おまえ、浄化魔法がさっぱり当たらないんだからこういう時の時間稼ぎくらい役に立て!」

「ちょっとカズマ、誤解してるようだけ強いのは向こうだからね! だからお願いカズマ、さっと離れようとしないで! あの人はアンデッドだけど意思があるから近づいてこないから!」

 もしかしてアンデッドが近寄ってくる恐れがあるのでは、と気づいたカズマは、とっさの判断でアクアから離れようとする。

 これ以上あの部屋でエリス様に会う事は御免被りたい。

 しかし、アクアはカズマの腕をつかみなおし、引きとめる。気持ち涙声になっているのは、言わないでおくのが賢明だろう。

 

「ダクネス、頑張って!『ヒール』!」

「ああ、ありがとう。これでまだ何とか持ちそうだ……!」

「――――」

 ダクネスがアクアに礼を言った瞬間、女の刃がダクネスに向けられる。

 それを、ダクネスはただがむしゃらに振り回した剣でガード。

 流石に女も疲れてきたのか、息が荒い。ここまで長丁場になるとはだれも予想していなかったのだろう。

 めぐみんは、さっきから姿の見えないサテラを探す。

 しかし、空間にどこか違和感があるだけで、全くどこにいるか分からない。白い何か――人のようなものが入口の付近にいるだけだ。

 さっきの瞬間までは確かにいたと思うのだが――。

 

 

「パック……、パック! どうしよう、スバルが……!」

 認識阻害のローブを再び頭まで被りなおしたサテラは、その場に倒れているスバルにひたすら回復魔法をかけていた。

「そんな事を僕に言われても。あの少年はタイミングが悪かった。というしかないよ。いや、でももしかしたらあの青髪の子がなんたら、っていう復活魔法が使えるようだから、諦めるのはまだ早いよ。でもにわかには信じがたい話だけどね。復活魔法なんて、オド・ラグナが許さない」

 パックが、やれやれといった調子で声を響かせる。

 サテラもパックも、今戦っている人たちはどこかおかしい、という事を感じ取っている。

 

 カズマ……と呼ばれている黒髪黒目の少年や、アクアという青髪の女が大声で叫ぶ言葉は女神だのスキルだのレベルだの、聞いたことも見たこともない言葉ばかりだ。

 しかも、女性なのに自分の事を騎士と言い張る、変な人もいる。

 それに、さっき運んだめぐみん――と呼ばれている少女は、愛称だからだろうか。名前からしておかしい。――その考えを本人に言うと真正面から吹き飛ばされかねないが。

 黒髪なのでカズマとの関係を窺わせるが、こちらは燃えるような紅目を持っているため、あまり深読みしないほうが良いだろう。

 

 

 

 

* * *

 

 

 時間は少し遡る。

 

 フェルトは、誰か強そうな人を求めて貧民街を彷徨い歩いていた。

 さっきの人は本当に強い。自分が『風の加護』をフルに活用して戦ったとしても、十分とて持たないだろう。

 今蔵の中で戦っている二人は間違いなく強いが、相性の問題か、完全に倒しきることは難しそうだ。

 逃げてしまいたい。今ここで逃げてしまえば、きっと楽とは言わないものの、生きながらえるが出来るだろう。しかし、それは今迄家族のように付き合っていた老人を見捨てる事になる。

 年もまだ幼いフェルトの事。そんな残酷な選択肢を選ぶことなど、出来るはずもなかった。

 

「早く、ロム爺を助けてやらないと――」

 フェルトの思いは、ただそれだけだった。

 ただその使命感から、強そうな人を探し、彷徨い歩き、そして走る。

 金目当てに盗んだペンダント、そして理由も知らされずに依頼された徽章――その二つが、ここまで大事になるとは思ってもいなかった。

 

 一人の、騎士服を着た赤毛の青年が、橋の上に立っていた。

 何かを探しているのだろうか。それとも、こんな辺鄙なとで誰かを待っているのだろうか。

 騎士様というのならば、もっとマシな場所が山ほどあるというのに。

 しかし、これはフェルトにとって好都合だ。

 気が逸ったのか、思わず足が速まり、青年の元へ。

「――お願い、助けて」

 

「分かった。助けるよ」

 

 金髪紅目の少女と、赤髪碧眼の青年の運命の出会いが、今ここに。

 

 

* * *

 

 このままでは双方とも長くは持たない。アクアがもう少し精度の高い浄化魔法を打てるならば勝算は十分にあるが、本人が最大限の力を使って打っているらしい。

 そうなれば何もできないカズマやめぐみんがこれ以上を要求するのは野暮だろう。

 

 そうこうしている間に、時間は過ぎて――

「こんな味気のない戦い、そろそろ飽きてきたのだけど。さっさと終わりにしましょう」

 女は、今度は丸腰のカズマとめぐみんに狙いを定める。

「ちょっとおい! やめろ! ダクネス、こんな時こそお前の出番だ! 壁になるのは大得意なんだろ!」

「あわわわわわわ……もう爆裂魔法を打ってしまっていいですか? いいですか?」

「おいやめろ。この場にいる全員死ぬ」

 恐怖のあまり物騒な事を呟くめぐみん。

 冷や汗を浮かべながら、カズマはダクネスに助けを呼ぶ。

 

「さあ来い! お前の攻撃を受けるのはこの私だ!」

 

「ねえダクネス、私としてもこのやり取り、さっきから何回も聞いてるから飽きてきたんですけど。というかその汚らわしいアンデッドはさっさと成仏なさい!」

 アクアの怒鳴り声と共に、浄化魔法が放たれる。

 

 

 その時。

 

 

「――――そこまでだ」

 

 金髪の少女に連れられて、燃えるような赤毛の青年が扉を開け放つ。

 その姿はさっき入ってきた銀髪の女を彷彿とさせる光景だった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。