こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

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第一章4 戦闘の展開

 

蔵の入り口付近が暗いからか、今入ってきた女性の詳しい情報は分からない。

 

「「え……?」」

 カズマとダクネスは、思わず呆けた声を出す。

 それは、予想外の交渉敵の乱入を察してか。

 しかし、それに続いて入ってきためぐみん達の一言によって、場の空気が凍りつく。

 

「カズマ、ダクネス、今の女の人アンデッドのような気がするんだけど私の全力の浄化魔法を打っても消し去れないの! 退治して頂戴!」

「女の人は手にはナイフを持っています。もしかしたらこの場にいる全員を皆殺しにするつもりかもしれません……!」

 めぐみん達は焦りが抑えられていないからか、声が上擦っている。

「ちょっとおめーら何言ってんだ! これはアタシの取り引き相手だぞ! 退治されたらアタシらが困るだろ!」

 少女は、めぐみん達の発言を聞いて思うところがあったからか、即座に修正する。

「待て待て。やっぱりこの女の人はペンダントを取引しに来たのか? それだったら困るぞ。俺たちはこのペンダントを取り返せないと明日の御飯も危ういからな」

「何ぶつぶつ言ってんだか知らねーが、おめーらの求めてるものと違うからな。何でこんなもんを求めてんのか知らねーが、あの女の人が求めてんのはこっちだろ」

 

 少女はそう言って手の中から赤色に光る徽章を取り出す。

 それは、どうも少女に反応して赤く光っているようにも見えた。

 何かあるのだろうか、とカズマは首をかしげるが、他人の個人的な事にまで首を突っ込む余裕はないし、そんな義理もない。すぐに疑念を振り払う。

 これは交渉の一幕。カズマ達にとっての舞台装置。そのような考えを持つものも少なくはないだろう。

 

 

 しかし、女の一言によって、場の雰囲気が一転する――――――

 

 

「あら……? 依頼主から聞いていた状況と違うようね…………でもいいわ、この状況。凄く心に響くものがあるの。ここにいる全員の腸の中身を暴けたら、さぞかし素晴らしいものでしょうね……」

 常識では考えられない戮殺者の宣言。発される殺意の気が膨れ上がる――!

 それを聞いたアクアはアンデッドを一刻も早く退治したいためか浄化魔法を放つ。

「アンタ何言ってんの。退治されるのはアンタの方よ!『ターンアンデッド』!」

「やっぱりこの人、この場にいる人を皆殺しにするつもりです。広い所に誘導さえできれば日課のついでに退治することができると思うのですが」

 しかし、アクアの本から放たれた光よりも早く、女は逃げるように身をかわす。

 尋常でない反射神経。それに、よく見ると、もう体は薄くない。治癒魔法を使う様子が見られなかったので、回復能力も群を抜いているのだろうか。

「ああもう、何で逃げるのよ!『ターンアンデッド』、『ターンアンデッド』!」

 アクアが怒りで顔を赤くしながら必死で浄化魔法を唱える。

 しかし、黒髪の女は、余裕綽々といった表情で浄化魔法をかいくぐる。まるで蜘蛛のように。

 

「ちょっと待て――ダクネス、こういう時お前の出番だ! お前が足止めをしてアクアの浄化魔法を喰らわせろ! 多分あの女はアクアの言っている通りアンデッドだろう! お前は敬虔なエリス教徒、悪魔とアンデッドは滅びろというのが教義だろ! エリス様に背きたくなかったら行って来い! お前の堅さなら大丈夫だ!」

「切羽詰まった状況でもこの仕打ち……ちょっと行ってくる!」

 ダクネスが女の持つナイフを見て目の色を変え、戦闘の場へ飛び込む。

 普通の人なら考えられない行動だが、何せダクネスの事だ。普段の彼女を知る物ならば納得がいくだろう。そう、普段の彼女を知るものならば――――

 

「おめー、あんな綺麗な女――騎士? に何やらせてんだ! おめーもちょっとは戦おうとか言う意思はないのか?」

「小僧、女三人にあれほどまで戦わせておいて何でお前は戦わないのか、儂には不思議に思えて仕方ないのじゃが。情けないわい」

 カズマ達と初対面の取引相手二人が、自分は戦わずにかろうじて安全を保っている場所に居るカズマの事を責めたてる。

「俺はパーティーの司令塔なんだよ。俺が死んだら誰があの三人を指揮するって話になるからな」

「兄ちゃん、ちょっと質問いいか? そのお前の言っているパーティーって何のことか?」

 どうも何を言っているのか分からないようで、少女はカズマに質問を投げかける。

 確かに、今カズマ達の召喚された世界ではパーティー、いわば冒険者のような、複数人とチームを組んで魔物と戦う制度というものはない。

 せいぜい魔法適性のあるものが自然の力――マナを使って具現化する魔法を使って敵と戦う位だ。

「ちょっと待ってくれ。この世界って魔王軍に侵攻されかけててピンチな状況、冒険者が集まってパーティーを組んで魔物たちを倒す、そんなゲーム的な世界じゃなかったのか?」

 その返答を聞いて、今度はカズマが面くらった表情になる。

 この世界とカズマ達一行が元いた世界――常識に大きな齟齬があるようだった。

 

 向こうではダクネスが女と息もつかさぬ攻防を繰り広げているように見える。――しかし、よく見ると女の攻撃はダクネスに当たるものの、ダクネスの大振りの攻撃は避けられ、かわされ……こんな時にまで攻撃は全く当たらない。

 たまに場が光に包まれるのだが、何故か女は消えない。ダクネスと戦いながらアクアの浄化魔法を避けているのだ。 

 時折攻撃を受けたからかダクネスの艶っぽい声が聞こえてくるが、今のところは大丈夫だろうというのがカズマの結論だった。

 

 しかし――

「あわわわわ……ダクネスとアクアは戦う手段がありますが、私は爆裂魔法一筋。こんな狭いところで打てる魔法などありません。狙われたら一瞬で終わります。誰か、私をカズマのところへ連れて行ってくれませんか……?」

 ぼそっとめぐみんが呟く。それも、この場では誰も聞こえないような、そんなか弱い声。

 しかし、カズマはめぐみんの言葉を読唇術で読み取っていた。

(でもこのまま俺がこの場を突っ切ったら絶対に一撃で殺される……! 誰か、足止めをしてくれる人を――!)

 

 そう。同じ盗品蔵の中とはいえ、めぐみんが居るところとカズマ達が居る所は丁度戦闘によって分断されているのだ。

 一応足止め役としてダクネスが居るし、近くにはアクアが居る。普通ならば女は身動きの取れない状況に居るはずなのだが、ほぼ無傷かつ、直接浄化魔法を喰らっていない時点でお察しだろう。

「そろそろこの忌々しい風の吹く戦闘にも飽きてきたわ。何かこの場に新しい風を吹かせてくれないかしら……?」

 女が余裕そうに言う。――それも、カズマ達のいる方をじっと見て。

 そこにいた三人は、女の発する殺気を受けて背筋が凍る感触を味わう。

 

 それを受けて動き出したのは、この場で一番年が低そうに見える少女だった。

「あの女を足止めしておけばいいんだろ? なんか、あの青髪の人すげー強そうだから安心していいんだな?」

「ちょっとお前、本当に行くのか? ああ、多分アクアなら足止めさえすれば一発で浄化してくれるが、ああ見えて頭が弱いから注意しろよ?」

 危険な戦闘に参加しようとする少女をカズマは引き留めるが、少女が身に纏う空気を感じ取り、助言する事に変えた。

「おいフェルト、お前は助けを呼びに行け。このまま戦闘に持ち込んだところで何も変わらんぞ」

 しかし、フェルトと呼ばれた少女の保護者なのだろうか――――老人が、カズマの考えとは真逆の事を言う。

 

 人の事を言えないのだが、ひたすらに他力本願な考えだなとカズマは心の中で呟く。

 でも、それでいいのかもしれない。

 この少女――フェルトは強い。盗みの腕も相当だと見える。実際盗賊のような事を何度も繰り返しているカズマが言うのだから、間違いはない。

 しかし、耐久力や筋力に優れたダクネス、プリーストの腕にかけたらダントツといっても過言ではないアクアを一人で相手しているあの女に、この少女が加わったところで犠牲が出るだけだろう。

 ――最悪の場合、アクアのリザレクションがあるので、アクアさえ無事なら何とかなるのだが。

 

 この世界の話だ。カズマ達の住んでいる世界の話ではない。そういう時はこの国の者の言う事に従っておいた方がいい。

 だから――

「俺の言った事は忘れろ! フェルトと言ったか。助けを呼んで戻って来い!」

 迷わずカズマは自身の考えを破棄し、老人の言った事を尊重する。

 それを聞いた少女は、カズマも惚れ惚れするような体さばきで戦闘の場を潜り抜け、盗品蔵の出口にたどり着く。

 近くにめぐみんが居たのだが、少女はそれには目もくれずに出て行った。

 めぐみんは助けに来てくれたのかと思い、顔が明るくなったのだが、少女の目論見がそうでない事を知り、再び顔を落とす。

 

「ダクネス、ちょっとそこ足止めして!」

「攻撃なら望むところだ! ここは絶対に通さん! さあ、かかって来い!」

「どうしてかしら……あなた達からは怖がっている感情が全く見えないのだけど」

 

 幸いにもアクアとダクネスが女をずっと足止めをしているようで、周囲には被害が渡っていない。強いて言えばダクネスの大振りの剣が壺を切り裂き、陶器の破片が周囲に散らばっている位。

 ――そう言うと聞こえはいいが、上級職二人の二対一で膠着状態となっている。と言った方が正しいだろう。このままだと、尋常でない体力を持つダクネスも疲弊し、戦えなくなってしまう。そうなった時はここにいる全員、終わりだ。

 あの女をアクアだけでは止める事ができないと、アクア以外は分かっていた。

 

 

* * *

 

 

 

 コンビニ帰りに異世界召喚され、途方に暮れていたものの、何の因果か今に至る――

 

 引きこもり生活も早三ヶ月、そろそろ留年が決定しそうな頃合に召喚された菜月・昴

 召喚された直後は右も左も分からないままに通りすがりのチンピラに襲われ、危く殺されそうになったのだが――

「私、スバルに任せていい?」

 銀髪の美少女、サテラと共に、盗まれた徽章を探して貧民街を彷徨っていた。

「思ったよりもあっさり了承されて拍子抜け! まあいいけども!」

 そろそろ盗品蔵に着くのだろうか。今はどちらが蔵の中で交渉するかを話し合っていたようだ。……とはいっても、スバルの提案一つでどちらが入るかは決まったようだが。

 

 盗品蔵の中からはどんどんと誰かが暴れている音がする。

「ねえ……これ何か嫌な予感しかしないんだけど、このまま入っちゃった方がいいよね」

「別に、嫌だったらいいのよ。これは私が自分で何とかしないといけなかった事なんだし」

 この美少女――サテラはお人よしだ。それは、路地裏でスバルを救った時もそうだが、ここに来るまでの道中でも、何人もの人を助けていたりする。

 何故か彼女自身は自分がわがままでやっている事だから、と譲らないが、どう考えてもそれはお人よしすぎる部分を悪く見すぎだろう。

 だから、

「俺についてはノープロブレム、それよりサテラも気をつけろよ! 俺が居ない間に変な人に襲われたりしないようにな!」

 自分も、自分のわがままで行動しているだけなんだ、と言い聞かせる事にした。

「私は別に大丈夫よ。いざとなればパックを起こしたらいいんだから」

 少し心を落ち着かせてから、スバルは盗品蔵の取っ手を掴み、恐る恐る開けた。

 中の様子を探るために。

 

「まさか助けを呼んできてくれたのか!」

 スバルと同い年くらいと思われる少年の期待に満ちた声。

「あの……申し訳ないですが私を向こうのカズマのところに連れて行ってくれませんか……?」

 後ろに立っているサテラよりも年が低そうな少女の声。

「ああもう、ダクネスでも足止めできないってこの人絶対おかしいんですけど!反則なんですけどーー!」

「いいぞ、いいぞ……私をそのナイフで裂いてみるがいい! やれるもんならやってみろ!」

 その二つの声の後に、怒声が響いてくる。

 どうやら、この中で戦闘が起こっているらしい。

(まさかこんな所でイベント発生か? でもそれにしては……?)

 今起こっている事が整理できない。一体どうなっているのか。

 しかし、ここで戦闘が起こっている事は確かなので、自分では何の役にも立たないだろう。

 だから、スバルはこうすることにした。

 

「あ、サテラ、ちょっと来てくれ! 多分君の力が必要だから!」

「いいけど、何かあったの?」

「ちょっと中で戦闘が起こってる。俺は全く戦えないから、魔法で何とかしてくれないか?」

 

 サテラが、怖がられなかったらいいな、と呟き、盗品蔵の中へ。

 

 

 * * *

 

 

 事態は悪化している。カズマも横にいる老人もそう勘づいている。

 戦闘をしている二人はある意味楽しそうにも見えるが、見ている方は心臓が破裂しそうだ。

 

 時折、ダクネスが声を上げる。女のナイフがダクネスの腹へ向けられる。

 今のところは鎧のおかげで助かっているが、執拗に同じ場所へ傷を付けられた結果、今にも鎧に穴があきそうだ。

 アクアは必死で浄化魔法を唱えているが、それを唱えている隙に標的が逸れ、当たらない。

 勝てる見込みがあるのならばカズマは迷わず参戦するのだが、どう考えてもこの中に突っ込んでいくと一瞬でエリス様送りだ。めぐみんも同様に。

 

 フェルトがとてつもなく強い人を引き連れて帰ってくるのを待つことしかできないもどかしさ。非戦闘組は、今身動き一つ取れない状況――――

 

 その時だった。

 一筋の光が扉から漏れ出る。

「まさか、助けを呼んできてくれたのか!」

 カズマは思わず叫んだ。

 しかし、他の人はそれに気づいていない様子。

 扉を開けた主は状況を理解したのか、何故か扉を閉めた。

(ちょっと待ってくれ……助けはまだなのか? このままだと本当に……)

「『ターンアンデッド』! ほんとにしぶといやつね! さっさと消えなさい!」

「残念ながら、生き汚い事には自信があるから」

 浄化魔法の光が再び場を支配。しかし、結果は予想通り。

「まずは、そこの黄色い人を倒しましょうか……? ふふふ、あなたのような綺麗な心を持っている人はきっととても綺麗なモノが見られると思うの……」

「望むところだ! さあ、かかって来い!」

 

 ダクネスの声が心なしか嬉しそうに聞こえるのは気のせいではないだろう。

 尋常でないスピードで逃げ回る女に焦点を合わせてみると、所々に深い切り傷を負っている。先程は気が付かなかったが、もしかしてダクネスの辛うじて当たった剣の傷が癒えていないのかもしれない。

 

 

 と、その時。

 

 

「――――そこまでよ」

 

 思わず聞き惚れてしまうほどの麗しい声とともに巨大な氷柱が女の元へ向かう。

 声の主は、美しい銀髪を揺らしながら蔵の中へ足を進めたのだった。

 

 

 




 カズマさんのキャラ崩壊が凄まじい事になっていますが、まあピンチになっても案外冷静な判断ができるってことで。
 ロム爺は戦闘に参加しなかったのですが、それはダクネスの邪魔をしないようにという配慮です。

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