こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

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第一章3 交渉

 「……え?」

 カズマとダクネスは思わず顔を見合わせた。

 思っていたよりも敵意がなさそうだったからか、はたまた別の理由か。

 

「まさか、おめーら、盗まれたものを取り返しに来たんじゃ――」

「スティーール!」

 カズマは不意打ちで賭けに出る。あれほどに拒否していたスティールを使って。

 しかし、掌の中には堅い金属の感触はなく――

 

「お……お前何すんだ! それ返せよ! この変態……」

 少女の下着を盗んでしまっていた。

 

「あれっ……おっかしいなー。何で俺はスティールを使うと高確率でぱんつを盗んでしまうんだ……?」

 カズマは、掌に収まる白いものを見てそう呟く。照れ笑いを浮かべて凄く気持ち悪い絵面になっている事は言うまでもない。

 最近、スティールは役に立っていたので油断していたが、初めの頃から本質は変わらないらしい。

「こんな年端もいかない少女にでもこの仕打ち……ああ、私にならどんな凄いものを……っっ」

「どうもしねえよ! というか時と場合くらい考えろ! ここは見知らぬ国で、さらに今から交渉する大事な場面なんだぞ! お前の変な性癖にかまけてる場合か!」

「んなっっっ……! こんな時にも罵倒攻め……カズマは相変わらずぶれないなっ!」

「ちょっと待ってくれ! あの女の子が引いてるだろうが。別に俺はそんなこと考えてない!」

 

 相変わらず変なところで発動するダクネスの性癖をカズマは抑えながら、少女のほうを向く。

「あ、すまんすまん。これは返す、返すから腹にドロップキックを喰らわそうとしないでく……ごはっ!」

 少女は冷や汗を額に浮かべながら、カズマに向かって足を突き出す。

「おめー、人の下着奪っておいてその態度か? 礼儀ってモンをわきまえてこいよ!」

 カズマはその場に倒れ伏す。

 少女は汚物を見るような目でカズマを眺めながら、仁王立ちになってそう言った。

 

「悪かった、悪かったのは謝るから事情を説明させてくれ! 俺はスティールっていうスキルを持っていて、ランダムで物を盗むっていうスキルなんだけど、俺の場合何でだか女の人相手に使うとパンツを盗んでしまうってだけなんだ! だから悪意はない、悪意はないから……!」

 カズマはパンツを少女に返そうとしながら必死で弁解する。

「ところでおめー、今必死で説明してたスティール……スキルって何だ?」

「「は?」」

 

 思わぬ返答が来て、カズマとダクネスは顔を見合わせる。

 スキルを知らないのは絶対にあり得ないことだ。あんな活動的な格好をしておいて盗賊――冒険者でないというなれば何であるというのか。

 少女はさらに言葉を続ける。

「だから、スキルってモンは何なんだよ。アタシはそんなモンしらねー。そんな人の言葉を信用できっかって話だ」

「……はあ」

 これはまずい事になった、とカズマは本当に気付いた。

 

 しかし、交渉をするのに信頼がなければどうにもならない。

 「じー……」

 カズマはダクネスに目線を送る。

「ななな……まさかカズマ、そのいやらしい目線、まさか私に体を売れと言っているのか? 言っているのだなっ! ああ、私はどうしたら……」

「いやお前文脈から考えろ。俺はそんな事は一言も言ってない。あの女の子が俺を見てドン引きしてんだ。少しは状況を考えろ」

 頬を赤らめてくねくねしているダクネス。

 それをカズマは切り捨て、

「俺が説明してほしいのはスキルだ。俺はそんな説明できるほど知識は持っていない。だから冒険者歴の長いお前に、説明してほしいんだ」

「……あ、ああ。分かったぞ」

「くれぐれもその変な性癖を暴走させるなよ?」

「私はいたって常識人だ。変な事はしない。というかカズマ、私が国を治める大貴族の娘である事を忘れてないか?」

 

 覚えてはいるけどその性癖のせいでいろいろ台無しなんだよ!

 とカズマは心の中で突っ込む。

 しかし、今に始まった事ではないのでまあ何とかなるだろう。

 

 カズマとダクネスが言いあっている間に少女は巨人族の老人の元へ戻っていた。

 少女はその老人と席についている。

「なんか、今来た人がいろいろ変なんだよ。スキルがどーたらこーたらって言ってる。そのくせ交渉しようとか言い出すし」

「儂から言える事は、交渉の手札を見て慎重に決める事だな」

 ガハハ、と下品に笑う老人。

 少女はそれを見て安心し、カズマ達を手招きする。

 

「ま、まあ俺はどうにかなるし? 大体お前のペンダントだろ? 自分の物は自分で取り返しに行け!」

「そ、そんな事言われても。私は別に構わないと言ったはずだ! こんなところで権力に任せて楽をしようだなんて……!」

「困るのはお前の父さんだろうが! いつもお前の事心配してくれてるんだぞ? これ以上心配ごとの種を増やすな!」

 

 人の目を考えずに大声で言い合いながらカズマとダクネスは席に着く。

 それを少女と老人は変なものを見るような目で眺めていた。

 

 

 そして交渉が始まる――

 

「では、まずはその小僧らのカードを見せてもらおうかの」

 

 カズマはこれまでに何度か交渉を取り仕切ったりした事はあるが、ここまで自分に不利な状況を重ねられた事は一度もなかった。

 いつも交渉する時は悪ふざけが過ぎる、と笑いながら怒られていたものだ。

 

「これで足りるものなのか……?」

 カズマは自分の懐を探り、今持っているお金の中から最低限の食費を除いて抜き取った。

 ざっと十万エリス。それを交渉で使ってしまうとすっからかんだ。

 しかし、いざとなったらいつぞやの時のようにギャンブルでもして増やせばいいか、とカズマは気楽に考えていた。

 

 老人はカズマの出したエリス金貨をじっくりと見つめ、言った。

「確かにこれは金貨じゃが……儂らの知っとる金貨と違うわい。まさかレア物の金貨なのか?」

 そういえば国ごとに貨幣って違ったんだ! と当たり前のことを忘れていたカズマ。

 二人は思わず冷や汗をかく。

「あ、そそそ、そうです。ちょっといろいろありまして」

 まさかエリス金貨を見てそんな感想がもらえるとは思っていなかったカズマは胸を撫で下ろす。

 ダクネスのほうを見ると、こちらも真剣な面持ちでこの交渉に臨んでいる事が見てとれる。

 

「ま、こっちの聖金貨二十枚、といった位の価値じゃろうか。では小僧。こちらが出してほしい物を言うといい」

 少し勿体なかったが、ダクネス――ダスティネス家の名誉を守るためだ。仕方がない。

 カズマは少し格好をつけて言った。

「俺たちの望むものは、ダスティネス家の紋章――ペンダントだ。今日盗られた物だが」

「となるとこれか?」

 と、少女がポケットの中を探り、確かに目的のペンダントをテーブルの上に置く。

 (あ、案外簡単に交渉成立しそうじゃないか!)

 

 そう思ったその時。

 

 きいっと扉が音を立てる。

 立っていたのは何故か体の薄い、豊満な肢体を持つ女性だった。

 

 

* * *

 

 

 蔵の外。カズマに命じられて外で待機していたアクアとめぐみんはリンゴを齧っていた。

 完全に暇を持て余した子供の姿だ。

 

「ねえめぐみん、私ちょっとカズマの事が心配だから見に行ってあげようと思うの」

アクアが猫なで声で言った。

「だめですよアクア。カズマ達は今大事な交渉をしているんです。まだ邪魔をするべき時ではありません」

「えっ、何で……?」

「こういう時は交渉終了まで待つのです。カズマ達が取り返して戻ってきた後、私たちがあの蔵の中に顔を出し、名乗りを上げるのです」

「そこで凄い凄いって称えてもらうのね! 流石めぐみんは一味違うわ!」

 感性が少しずれているように感じるが、今のカズマ達にしては願ったり叶ったりだ。

 二人はカズマとダクネスの帰りを待ちつつ、殺風景な町をぼうっと眺めていた。

 

 日もだいぶ傾き、そろそろ夜に差しかかる頃。

 

「そろそろ治安が心配になりますね。アクア、明りは持っていますか?」

「そんなもの持っているわけないわよ。まあ私の曇りなきまなこのおかげで、私は暗闇の中で明りがなくてもくっきりはっきり見えるんだけどね」

 

 そう話している時だった。

「なんだかこのあたりから強いアンデッド臭がするわね……退治してくるわ!」

「あ、アクア! 待ってください!」

 

 不意にアクアが走り出した。めぐみんは急いでアクアを追いかける。

 

「セイクリッド・ターンアンデッド!」

 

 黒い装束の女に光がぶち当たる。

 しかし、その女は退避行動をとったのか、少しかすった位だったのか。アクアの全力の浄化魔法で昇天していない。

 

「おっかしいわねー。何で効かないのかしら。何かものすごく鼻が曲がりそうなほど臭いんですけど」

「あら……この感触、凄く忌々しいものだったわ――」

「セイクリッド・ターンアンデッド!」

 

 女が言葉を続ける前にアクアは再び浄化魔法を放つ。

 それを蜘蛛のごとくひらりと回避し、女はアクアたちのほうを振り返る。

 全力の浄化魔法の影響を少なからず受けているのか、女の体は少し薄くなっている。

 しかし、二人を見る目は殺意に濡れており、アクアやめぐみんの背筋を凍りつかせるには十分すぎるものだった。

 

「ちょ……ちょっとあの女の人怖いんですけど。刃物をちらつかせてるし本当に怖いんですけど」

「……」

 アクアは現実を認識していないのかわざとらしい明るい声。アクアがその気になればあれくらい一発なのだが、どうにもうまくいかない。

 めぐみんはただただ小刻みに震えることしかできなかった。

 

 女は見逃してくれたのか、着ていたコートをその場に脱ぎ捨て、アクアたちを置いて蔵の中に入っていく。

「ちょっとちょっと、このままだとカズマ達がやばいんですけど! 殺されちゃうかもしれないんですけど――!」

「あわわわわわわ……どうしようどうしよう……」

「カズマには余計なことするなって言われてるけどあの邪悪なアンデッドを倒すためだもんね! 突撃してくるわ!」

「わ、私も行きます! 爆裂魔法は使えそうにありませんが……」

 

 アクアが勢いよく走りだす。

 女に続いて二人も入っていった――

 

 

 

 


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