こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

3 / 14
第一章2 探索

 

 しまった、あまりにも格好つけすぎた。

 カズマは内心で冷や汗を掻いていた。変な人だと思われてしまわないだろうか。

 

「兄ちゃん、ひょっとして何か盗まれたんだろ? 貧民街に行ってみるといい。道はここを真っ直ぐに行って、橋を渡って――」

 人は見掛けに依らないとはよく言ったものだ。店主はその強面に似合わず、懇切丁寧に貧民街への行き方をカズマに説明してくれた。

 ちなみに、アクアたち三人は道を教えてもらっているカズマの後ろからちゃっかりと顔を覗かせていた。

 

「――後は貧民街の奴らに聞くといい。俺が言えるのはそこまでだ」

「ああ、ありがとうございます。助かりました」

 

 そう言ってカズマはエリス銀貨一枚手渡す。

 店主はその枚数と、色を確かめると、リンガを四つ手渡した。

 

「毎度あり。貧民街は治安が悪いから気を付けな」

 店主はぶっきらぼうに言ってカズマ達を見送った。

 

 

「……おいおい、こんな銀貨見た事がないぞ」

 店主は、カズマの払ったエリス銀貨を不思議そうに眺めていた。

 

 

* * *

 

 

 店主に教わった通りの道を辿り、カズマ達は貧民街に向かって順調に歩を進めていた。

 

「ねえねえカズマさん、何で腕一杯にリンゴなんて抱えちゃってるの? 馬鹿なの?」

「うっせえアクア、これは情報料だ。お前、まさか場所をただで教えてくれるもんだと思ってたのか? 迷い人である俺たちに教えてくれるほど平和な世界じゃないかもしれないだろ?」

 

 まくし立てるようにカズマは話す。面倒なので名前は訂正しない。

 それを聞いためぐみんはうんうんと頷き、

「確かにそうですね。ここでは私たちの名が通っているとも限りませんし」

 と、鋭い返しを見せる。

 

「もし通っていたとしても俺たちのパーティだと悪い意味でしかないからな」

「……そういえばカズマ、私は今日、まだ一日一爆裂をしていません。この地にも最強の魔法使いの名を轟かせてあげましょう!」

 

 めぐみんは大きく振りかぶっていつものポーズを決める。

 カズマはそれを聞いて焦る。

 

「お前の筋金入りの爆裂魔法好きは知っている。だからやめろ頼むから」

「私は一日に一回爆裂魔法を打たないと死んじゃうんですよ?」

「今更それを言うか……」

 

 めぐみんはわざとらしい上目遣いでカズマに詰め寄る。

 ちなみに、旅に出た時に爆裂魔法が打てないような時も存在したが、そんな時、めぐみんはだだをこねるものの死にそうになっているところを見た事がないので、嘘はお見通しだ。

 

「取り敢えずお前ら。ここがどういうところか分からない以上、おかしな行動は控えろ。下手したら首が飛びかねないぞ? 特にアクアとめぐみん」

「分かったわカズマ。本当はアクシズ教を広めようと思っていたけど、今はやめておく事にするわ」

「お前それは本当にやめろ。社会問題になりかねん」

 

 カズマはアクアの発言もバッサリと切り捨てた。

 さすがに異国の地でまで警察に追われるのは勘弁したい。

「でも私の信者が増えるっていいことじゃない!」

「全く良くない! アクシズ教はいつもどこか危ないんだよ!」

 

 いくら自分の国で疎まれているからといって、まだ文化も碌に分かっていない国で布教することは勘弁してほしいからか、はたまた別の理由か。

 カズマは全力で布教を阻止する。

 

「という事でお前ら。絶対に俺から離れるなよ?目の届くところにいろ」

「おい。私の存在を忘れてもらっては困るのだが」

 

 ダクネスが不安を見せる。

 ここまでの話であまり自分の名前が挙がっておらず、忘れられていると思ったのだろうか。

「お前はこの中では変な性癖を除いて普通だからな。流石にこんなところにモンスターなんて出るわけないだろ」

 

「変な性癖……っ! お前はこんな公衆の面前で私に何を求めているっ……!」

「何も求めてねえよ! 取り敢えずその思考回路が危険だってんだ!」

 

 ダクネスが頬を赤らめて興奮しているので、カズマは思わず突っ込みを入れる。

 異国に来たというのに、この三人は平常運転だ。

 それとは裏腹に、平常を取り繕っているとはいえ、心の底では凄く不安を感じているのがカズマだ。

 場所を突き止めたからとは言え、交渉が成立するか分からない。

 交渉の場では運の良さなど役に立たない。完全なるハッタリと知能の勝負である。カズマはここが見知らぬ地である事も合わさって凄く緊張していた。

 

 

 

* * *

 

 

「このあたりから少し治安が悪くなっていそうですね」

 

 めぐみんが辺りを見回して言った。

 カズマもその言葉を聞いて、思わず辺りを見回す。

 先程通った橋を越えたあたりから、確かに殺風景になっていると感じる。

「確かにそうだな。目的地は近そうだ」

 

 しかし、いくら治安が悪そうな貧民街とは言え、今はまだ日が傾き始めた位の時間。犯罪を働くのは主に夜なので、少し警戒しながら進むだけでいいだろう。

 しかも、ダクネスは武装しているし、一応カズマも剣を持っている。襲われる事はそうそうないだろう。

 

「とはいえ実際にあの女の子がどこを拠点にしているか俺は知らないぞ……?」

「私たちももちろん知らないわ? そのあたりはカズマさんが何とかしてくれるものでしょ?」

「お前ちょっと黙れ。これは俺のためっていうのもあるが、一番はダクネスのためなんだぞ!」

 カズマはそう言って本来の目的をアクアに告げる。

 実際に言えば、カズマはダクネスを余計に刺激したくはなかったのだが、誤解を解くためには仕方がないと言い聞かせる。

「別に、もしお金がなくなったら私がこの身を……」

「お前はちょっと黙れ。せっかくいいシーンだったのに」

 

 カズマのやる気が削げた音がした。

 

 がさ。

 後ろから物音がしたのでカズマは思わず後ろを振り向く。

「――あれ? もしかしてあれはダクネスのペンダントを盗んだ女の子じゃないか!」

 逃げられてしまう可能性がある事も忘れて、カズマは大声で言った。

 

「ちょっとカズマ。お得意のスティールしてきなさいよ」

 アクアが小声でカズマを煽る。

 

「おいこれ以上事態をややこしいほうに持っていこうとすんな。俺が女の子にスティールを使うと高確率でパンツを盗むのは知っているだろ」

「まあ、ギルドで伊達にクズマさんだのカスマだのと呼ばれてませんし」

「お前も乗っかんな!」

 

 アクアやめぐみんは、カズマはいつもの勢いがないように感じていた。

 それもそのはず。今日のカズマはいつもと比べてどこかぎこちなく、緊張している。

 めぐみんは薄々感じているようだが、アクアはまったく感じ取れていないようだった。

 これが知力の違いという事か。

 

「おいお前ら。向こうは俺たちに気づいている。取り敢えず手を繋げ」

「何で手を繋がないといけないのよ。普通に草むらにかくれたらいいじゃない」

「じゃあお前だけ気づかれて終わりだぞ―」

「あ、潜伏スキルを使うつもりなのね。そういえばカズマさんってそれ使えるんだったわよね」

「す、すり寄ってくんな気持ち悪い!」

 

 アクアがカズマに向かってすり寄る。

 そんな事をしている間に、少女はぐんぐんとこちらとの距離を詰めてくる。

 

「おい、これはちょっとヤバい。お前ら早く手を繋げ」

 

 カズマは無理やり手を繋がせて、少女が通り過ぎるのを待つ。

 

 少女は、カズマ達に気づくことなく過ぎていった。

 それを見たカズマは、即座に潜伏スキルを解除し、陰から少女の後を追っていった。

 

「ねえねえカズマー、何で女の子の後ろを付けてるのー? もしかしてストーカー?」

「違うわ! あの女の子の後ろを付けて言ったら絶対に目的地に着けるだろ! 見失ったら終わりだ、ちょっと静かにしてろ」

「……」

 

 珍しくすぐにアクアが静かになる。

 カズマ達は潜伏スキルを使いながら少女の後を付けていった。

 

 

* * *

 

 

 少女は、いつもの拠点としている蔵にたどり着く。

 入る時、ふと懐に手を入れ、徽章とペンダントの感触を得てから蔵の中に入っていった。

 

 それを確認したカズマは、潜伏スキルを解除し、

 

「よしいいか。今から俺とダクネスが交渉しに行く。アクアとめぐみんはちょっと待ってろ。くれぐれも余計なことするなよ」

 カズマは、アクアやめぐみん――いつも余計な事をしでかす二人に念を押す。

「カズマが言うなら仕方がないですね。私としてはこの蔵を吹っ飛ばすことも視野に入れていたのですが」

「よーし落ち着け。お前なら本当にやりかねない」

 案の定。念を押しておいて正解だったようだ。

 

「わ、私は別にいいのだが」

「お前が良くてもそのほかが全然良くない!」

 どう考えてもペンダントが無事では済まないだろう。

 

 珍しくアクアが静かだなと疑問に思い、カズマがアクアの方を見ると、傍ですでに拗ねて地面に絵を描いていた。

 

「お前珍しく分かってくれるじゃん。……ていうか相変わらずお前は絵がうまいな」

「ねえねえカズマさん、もーっと褒めて称えてくれたってもいいのよ」

「前言撤回。やっぱりお前も相変わらずだな」

「何でよー!」

 

 一応アクアにも念を押しておいてから、カズマとダクネスは蔵の扉を叩いた。

 なんだかアクセルの冒険者ギルドの扉に似ている気がした。

 

 

「暗号は?」

 

 突然求められた暗号。もちろんカズマは知らない。

 カズマ達はいきなり固まってしまう。

 

「いや、もしかして取り引きした人か? まあいいか。開けてやるよ!」

 言葉づかいは粗暴だが、確かに少女の声だ。

 

 暗号の意味がないのではないか……と、カズマは疑問に思う。

 しかし、自分が運が良く、アクアがいなければすいすいと物事が進む事を思い出し、自己解決。

 

 きいっという音を立て、扉が開く。

 

「あれ? 思ってた人と違う……」

 

 出てきたのはさっきダクネスのペンダントを盗んだ少女と同じだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。