取り敢えず、現状を確認するためにカズマ達は門をくぐっていった。
「えーっとカズマー、これって結構やばいやつじゃないの? やっぱりリッチーのスキルなんて受けるべきじゃなかったんだわ!」
「だいたいお前、魔法陣の上で暴れてただろ! 魔法陣の上で暴れると転送事故の可能性が格段に上がるって聞いたぞ!」
「だって……だって……! 私は仮にも女神なのよ? 何で穢れた存在であるリッチーのスキルを受けないといけないのよ!」
「はいはいそうですねー」
うわ、めんどくせーと顔をしかめながらカズマはアクアの話に乗っかったふりをする。
周りでは、カズマ達一行を奇妙な目で見ている。それは街中で大声で痴話げんかをしているからというものもあるが、そこにいる人たちが気になっている事は、会話の内容だった。
そんな風に見られているとは露知らず、カズマ達は情報収集のため、街を散策するのだった。
* * *
「と、まあ街の半分くらいは回れたか。この噴水の辺りで一回休憩するかー?」
おおよそ一時間程街を歩いた後、カズマは突然言った。
「私たちはまだまだ大丈夫ですが、もしかしてもう疲れたんですか?」
と、めぐみんの心配そうな声に対し、アクアは、
「もしかしてカズマさんって、めぐみんよりも体力ないのーー? 女の子の魔法使い職に体力が劣るなんてさすがは元引きニートね、プークスクス」
「疲れただなんて言ってない! あと俺はニートじゃないから!」
と、全力で煽るので思わずカズマは大声で返してしまった。
「まあ、カズマがそう言うなら一回ここで休まないか?」
「さすがはダクネス! 話が分かる!」
カズマが、渡りに船と言った様子で手を叩く。少し不満そうだったがアクアとめぐみんも噴水の縁に腰を下ろした。
「んじゃ、持ち物確認でもするか?」
カズマは他の三人に向かってそう言った。
知らない場所に来た時、真っ先にすべきことは持ち物の確認だ。
こういう時は売れそうなものを売っぱらい、金に替える事ができる。とはいえ、あまり使いたくない手だが。
「いいけど、正直言ってそんなに大したもの持ってないわよ?」
「確かに突然知らない場所に来た時は持ち物確認をするものですが……あいにく少しの食料とこの杖しか持っていませんね」
「お前らならそうだろうと思ったよ」
アクアとめぐみんは当然のように言い切る。
それを聞いて、予想通りといった表情でカズマはがっくりと肩を落とす。
「俺は一応四人が三日位泊まれる分のお金と二食分の食料は持ってきているが……帰れるあてがないとどうにも安心できないな。……あ、でもそうなればアクアの羽衣を金に換えて――」
「嫌よ。これは私が女神としてのアイデンティティーなのよ? そう簡単に売っていいものじゃないわ!」
「でも金がなくなればこんな異国の地で四人そろって野垂れ死にだぞー」
「まあ、それはカズマさんが何とかしてくれる……って痛い!」
どこまでも他力本願なアクアをカズマははたく。いつもの屋敷――否、カズマとアクアが居ればどこででも見られる光景。
めぐみんとダクネスはそれを微笑ましく見守っていた。
「そういえばまだダクネスには何も聞いていなかったな。取り敢えず何を持っている」
「私もこの鎧と剣一本だ。それ以外には何も持っていない」
「じゃああれか、ダスティネス家のペンダントも持っていないと解釈していいんだな。あれがあるとここでの生活が楽になると思ったんだが」
カズマは再びがくりと肩を落とす。
ダスティネス家の者だと示せば、ここでの生活も楽になるかもしれないと考えているようだ。
――実際には、世界が違うのでただ綺麗なペンダントと言う事で取引されるだけのもので、地位を示すものではないのだが。
「あれは……一応持っているが、持っているが……」
「よし、取り敢えず出せ。この目で確認してやる」
「何故そう食ってかかる。これだ。しかし、あまり簡単に使われると困るぞ」
ダクネスは、胸元にペンダントを持ってくる。
カズマはそれを確認し、納得した――
その時だった。
年はめぐみんと同じ位か、もしくはそれより低いか。金髪の少女が風のように走ってくるのを、カズマは視界の端でしっかりと捉える。
当のダクネスや、他の二人はまったく気づいていないらしく、三人で笑い合っている。
しかし、少女は走る方向を変えず、ぐんぐんと距離を詰めてきて――
そのままカズマ達四人にぶつかる、そう思った時、ダクネスの右手からペンダントが消えている事に気付いた。
「ちょっと、その女の子、止まれぇぇ!」
盗まれた。そう認識したカズマは思わず声を張り上げる。
街の人はふっと声の主を見るが、どこか納得した様子で目線を戻す。
もちろん、駆け抜ける少女は止まる事を知らない。
「カズマさん、ねえカズマさんってば!」
茫然としているカズマに、アクアが心配そうに声をかける。
「……はっ!」
カズマは我を取り戻したかのようにアクアの方を振り向く。
「ダクネスのペンダントが盗まれた」
カズマは頭を抱える。
「そんなの見ていれば分かるわよ。それよりどうするの? このままだといろいろと困ると思うの」
「そんなの俺も分かっている! でも盗んだ人についてが分からないとどうする事も出来ないだろ!」
「確かにそうね」
取り敢えず取り返したいという思いは共通のもののようだ。
「あわわわわわ……ダクネスのペンダントが盗られてしまいました」
「確かに事態は急を要するな。このままだと社会問題になりかねない。私ももうこれ以上父に迷惑をかけるわけにはいかないからな」
「ですが、相手の顔も名前も分からないとなると探し出す事は難しいですね……」
「異国の地でこうも無防備にペンダントを出した事が迂闊だったな……」
めぐみんとダクネスのほうを見ると、二人も取り戻したいと考えているようだが、顔も名前も知らない相手となると手も足も出ないようだ。
「でもどうするのかー? このままだと俺たち四人はひどい目に遭ってしまうだろ」
「私はそれが本望だ」
「ちょっとお前は黙ってろ。話がややこしくなる」
「っ……」
少し興奮気味のダクネスをぴしゃりと切り捨てる。
カズマは真剣な目で三人に言った。
「だから……これから俺たちはあの少女の元へ行って、これで交換してもらえるように交渉する。そのために情報収集するぞ。いいな」
「それはいいけど、私たちってあの少女の事何も知らないわよ?それなのに分かるものなのかしら」
「俺の見立てによると、あの少女は相当の技量を持っている。それならば大なり小なり知っている人は居るはずだ」
盗賊スキルの使えるカズマには、あの少女の技量が相当のものだと踏んでいる
「確かに私たちは初めはまったく気付かなかったな」
「そうですね。あの人はすばしっこかったですし、ここでも相当有名だと思います」
「そうね。カズマが見ていなかったら四人とも気づいていないままだったわよ」
カズマの意見に同調する三人。
「という事で俺たちはあの少女について聞き込みを開始する」
「さすがはカズマさんね、頼りになるわ!」
* * *
腰かけていた噴水を退いたものの、四人は茫然とすることしかできなかった。
初めこの街に入った時は混乱のあまり、あまり周りが見れていなかったのもあるが――
「ねえねえカズマさん、この前アイリスたちと乗った竜車が一杯走ってるんだけど、これって何なの?」
「俺も知らん。というかここってもしかしたら王家の人たちが住んでいるような場所なのか? でもそれにしては積み荷とかを運んでいるのも全部竜車だな……」
「もしかしたらこの場所は移動に竜車を使うようなところなのでしょうか……普通に考えてここまで王家の人が大移動しているとは思えません」
カズマ達三人が口々に言う。
確かにこの光景は異様だ。というのもカズマ達が乗った時は王家から貸し出されていたものなので、とても貴重なものだったのだから。
「でも待てよ……この異世界は大体何でもありだ。こんな国があってもおかしくはない」
「いや、その言い方だといかにも私たちの国はおかしいといった言い草に聞こえるのだが……」
「取り敢えず俺から見るお前らの世界はいろいろとおかしい!」
「いや、待ってくれ。流石に私たちもおかしいと思うのだが」
ダクネスが訝しげに聞いてくる。
「キャベツが空を飛ぶような世界だ!俺はもう信じられないぞ」
カズマはきっぱりと言い切る。
それを聞いた周囲の人はカズマのほうを向き、ひそひそと話し始める。
『キャベツが空を飛ぶ……?』
『さっきの痴話げんかといい、あの人たちは何がしたいのか?』
『まったく、王都で変な噂を振りまくのはやめてほしいよね……』
カズマ達には聞こえないような声で話していると向こうは思い込んでいるようだが、カズマには『読唇術』というスキルがある。
それは、唇の動きだけで会話の内容をおおよそ読み取れるというものであり、冒険者ギルドにいる時など、大いに役立っているスキルだ。
しかし、そんなことは知らずにダクネスが言う。
「キャベツが空を飛ぶのは常識だろ?」
「俺から見ると常識じゃないんだよ!キャベツはまず畑から採れるものだ!」
「「……」」
再び周囲の人々に焦点を合わせると、こちらも茫然としている。
それは、世界が違うが故の常識の齟齬。
その事に気づいている人は今のところ、ここにはいない。
「まあいいか。取り敢えずあの果物屋さんの人にでも聞こう」
カズマはそういって懐からお金の入った袋を取り出し、果物屋さんの前に立った。
「あのー……」
カズマは店主と思しき人におずおずと話しかける。
「おい、何だ?」
強面の男だった。それも、商売にはきわめて向かなさそうな。
カズマは、額に汗を浮かべる。
「あの……このリンゴってこれで何個変えますか?」
と、リンゴ……のようなものを指さしながらカズマは銅貨を取り出して言った。
「リンゴ……?」
店主は不思議そうな目でカズマを見る。
ちなみに、その先ではアクアが呑気に手品――宴会芸をして周りの人を湧かせていた。
「これはリンゴじゃねぇ、リンガだ。まあいい。それ二枚で一個だ」
国が違えば言語体系や細かい発音が違ったりするのか、とカズマは納得する。
「じゃあ、取り敢えずこれで四個を頼む」
と、エリス銀貨を一枚取り出して言った。
「おつりは要らない。取り敢えず、少し聞きたい事がある」
カズマは、これまでの経験上、情報料というものは必要だと考える。
お金を少し盛る事によって情報への信頼性がぐっと上がる。それに付け込んで嘘の情報を言われたりする可能性もあるが、その可能性は低いだろう。
「盗みで有名な金髪の、背の低い少女――どこにいるか、教えてほしい」