こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

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第二章6 料理

 次の日、カズマは毎度の如く昼を回ったころに目を覚ました。

 何度かめぐみんやアクアはカズマをたたき起こしに来たのだが、決まって布団を深くかぶり、それに対抗。

 自堕落な生活を送ることに抵抗のないカズマ。異世界の異世界でも立派な引きこもり生活です。

 

 寝たことによってできたしわを払う。

 伸びをして、扉を開き、下に続く階段を下りる。

 すると、のんびりと廊下を歩いているアクアとめぐみんに出会った。

 

「ふああ……おはようアクア、めぐみん。俺は今日、めぐみんの爆裂散歩に付き合ってからちょっと料理を手伝ってみようと思うのだが……」

 

「何?カズマ、まさかこの世界でギャルゲーみたいにフラグ立てまくってハーレム生活満喫しようとでもしてるの?」

「……カズマのご飯はおいしいですからね。楽しみに待っていますよ。どうせなら私も付き合ってあげてもいいのですが」

 

「お、おいアクア、そこまで俺はクズじゃない。俺には最愛の妹とかいろいろいる……だろ?」

 

 カズマは無意識にアクアから目を逸らす。

 内心、ちょっとこの世界ではギャルゲーのようなハーレム生活ができるかと夢見ていたよう。

 カズマの言葉を受けて、めぐみんは拗ねたように頬を膨らませている。

 

 どうにもカズマは素直になるのが恥ずかしいらしい。

 あれだけのアプローチを受けておいて返さないのはどうかと思うが、という思いがめぐみんの中にはあるのだろう。

 

「カズマ、さすがの私でも妬くときだってあるんですよ? もうちょっと気づいてくれてもいいのですが」

 

「どう考えても恥ずかしいだろ!せめてちょっといい雰囲気になってそのままもつれ込むまで行ってからにしてくれ!」

 

「はあ……? カズマ、もしかしてめぐみんといかがわしいことをしようとでも考えているの?」

「ち、違うわ! そうじゃなくて!」

 

 カズマは必死で否定する。

 というのも、めぐみんと二人きりになるまででもいろいろな邪魔が入って大変なのに、二人になったとき、大抵しょうもないことで呼ばれただけだという落ちだ。カズマがそういうのも仕方がないだろう。

 ーーほんの少し、本当に少しだけ、そういう思いがないわけでもないが。

 

 

「んじゃ、俺たちはちょっと行ってくるから」

「さっき起きた人が何ノリノリで言ってるんですか。いつもならあれだけ嫌そうにしているのに」

「俺だって乗り気になるときぐらいはあるわ!」

 

「ははーん? まさかカズマ、これ以上追及されると返事できないからって逃げるつもりなのね? 今日のところは許しておいてあげるけど、次はもうないわよ?」

「や、やましいことなんてないし!」

 

 こんな時にだけ無駄に勘の良さを発揮するアクア。

 カズマはそそくさとめぐみんを引いて爆裂散歩に行ったのだった。

 

 

* * *

 

 

 約一時間後。

 めぐみんの日課を無事終えた後、カズマはめぐみんと別れ、調理室に立った。

 ちなみに、メイド二人と使用人付きで。

 

 ラムに料理を手伝ってもいいかと聞いた時、初めこそ警戒されていたものの、カズマの料理スキルーー王女の料理も作ったことがある、ということを聞いて、渋々ながら了承してくれた。

 

 しかし……

 

「料理をさせてくれ、とは言ったけど、ここまで材料が少ないとは思わなかったよ」

 

「仕方ないわ。本来予定していなかったお客様が三人、そして新しくここで働くことになった二人の分も追加で作らなくちゃいけなくなったのだもの」

 

「ということは明日にでも買い出しに行かなきゃいけないのか? もし行くなら手伝うぞ?」

 

 カズマはキラキラしたエフェクトが舞ってそうな完璧スマイルでラムを誘う。

 

「カズマ様、さすがにそんな気持ち悪い笑顔で誘われたら断るしか選択肢がなくなるわ。下心が見え見えよ」

 

 心底嫌そうな目で睨まれる。

 カズマは、もう少し自分に優しい人はいないのかと心の中で涙した。

 

「とはいってもなぁ、これだと人数ギリギリだぞ?」

「その中でもきちんとやりくりして使うのも、使用人としての役目なのよ」

 

 そう言って何故か大量にあった鶏肉ーーだと思われるものを取り出し、調理台の上に置いた。

 

「この肉は何だ?」

「見たらわかるじゃない。鶏肉よ」

 

 元の世界ではカエル肉なんてものが主流だった。なので異世界で見る食材には細心の注意を払っておかねばならないと念を押して聞いたのだが、この世界は普通の鶏肉のようだ。

 

「あ、そういえばご飯ってあるか? これだったらチキンライスとかできそうなんだけど」

 

「カズマ様ってそこまでして好かれたいの? まあいいわ。そこのバルスよりも役には立ちそうだし」

「おい、俺一言も発してないのにディスられたような気がしたんだが……」

 

「って、ごはん……って何のこと?」

「「米だよ米。ライス」」

 

 なぜかハモった。

 二人には日本人として譲れない何かがあるのだ。

 

 ラムががさごそと食糧庫をあさる。

 米を取り出すのだというからそんなに迷うことはないと思うのだがーー

 

「あったわ。これのことでしょう?」

 

「それはライスじゃない。ライムだ」

 

 得意げにしているラムの手に乗っているのは紛れもなく小さい緑色の果実。ライムだった。

 

「ライスで通じないんだったらあれだな、この世界では米がないのか。前だったらツナマヨご飯とか作れたのに」

「ツナマヨ……? おい、もしかしてカズマのいた世界って米が楽しめたのか? ってか、お前、どんな世界に住んでたんだよ。ファンタジー世界の『お約束』が適用されないじゃないか」

 

「その『お約束』が適応されてたら俺は苦労してないよ。まあ、ソースを自作して焼きそば作ったら大繁盛したけど」

「……はあ。……ってやっぱ適応されてんじゃねぇか!」

 

 普通ならばファンタジー異世界に行くと、マヨネーズだのなんだのを作って儲ける、ということがある。

 しかし、カズマが転生した世界ーーややこしいのでベルゼルグ、とするが、そこにはすでにたくさんの転生者が生活しており、知識があるものが和食を開発していたりする。

 

 よって、カズマはそんな『お約束』を体験することができないーーと思っていたが、どうにも料理スキルをとれる転生者というものがほとんどいない。

 それなので、必然的に難易度の高い料理は作れなくなるわけで。

 

「いや、それなら俺たちの元いた世界での生活を見せてやりたいくらいだわ。お約束だのなんだのはぶち壊されて当たり前の理不尽な世界だから」

 

「早く始めないと日が暮れるわよ? 自分から言い出したのに随分余裕そうね」

 

 話題がヒートアップしそうになったところでラムがきっぱりと喝を入れる。

 窓の外を見ると、青い空に僅かな赤色が混ざり始める頃合いだった。

 

 チキンライスを作ろうと思ったが、肝心の米がないため、適当に炒め物を作ろうかと、料理を手際よくそろえていくカズマ。

 しかし、手際が良いといっても野菜が生きていないかを逐一確認しているため、周りの人から見ると効率が悪いように見えてしまう。

 

「食材を調理台に出すだけなのに、どうしてそんなに時間がかかるのかしら。まさか、野菜の種類を見た目で判断できないド素人……?」

「だから俺は王女の食事を作ったことがあるって言ったじゃん。これでも早いほうなんだよ。だって、野菜が逃げ出したらもったいないじゃないか」

 

「野菜が逃げ出すってどんな……?」

「やっぱり頭がおかしくなっているのかしら。これは要注意事項ね」

 

「え……?日本と違って野菜って飛んだり、跳ねたりするのが普通なんだろ? 俺はもう同じ轍は踏まないぞ?」

 

 何を隠そう、カズマの最初の大金を手に入れた時は、緊急クエストのキャベツ狩りである。

 

「野菜が飛び跳ねる……? 何その意味わからない常識」

「野菜が跳び跳ねるなんてありえない話わ。やっぱり頭がおかしくなっているんじゃないの?」

 

「俺は頭がおかしくなんてない! それなら俺の仲間にでも聞いてみろ! ……いや、もしかして」

「もしかして、何だよ?」

 

「この世界は野菜が跳び跳ねない、普通の世界なのか! 俺たちのいた世界がおかしかっただけか!」

「いやカズマさんそれ一番最初に考える可能性じゃ……」

 

 普段は鋭い突っ込みばかりかましているカズマだが、どうにもベルゼルグでの普通に慣れすぎていて、転生直後には備わっていた異世界への順応性が薄れているらしい。ーーそんなもの、無くて当然の力だが。

 

 

 そして、ひと悶着あったものの無事に食材を人数分出し終えたカズマ。

 今から手際よく料理する姿を見せ、気にかけてもらおうとするのだがーー

 

 

 手元にあった野菜の皮が剥かれていることに気が付いた。

 

 ふと横を向くと、青髪のメイドーーレムが、無表情で淡々と野菜の皮を剥き続けていた。

 料理スキル持ちのカズマと変わらぬ速さで向いているのだから、相当の修練を積んだのだろう。

 ーーというか、あのひと悶着あった際に一言も発さなかったのは正直凄いと思う。

 

「あの……レムさん? 野菜の皮を剥いてくれるのはすごく嬉しいんですけど、ちょっと怖い……」

「レムはレムの仕事をこなしているだけです。一昨日から人が増えて料理が大変になったので」

「はぁ……そうですか」

 

 氷のような目つきで鋭く言われたので、気でも悪くしたのではないか、と勘繰ってしまうカズマ。

 触らぬ神に祟りなし、と言ったものだが、さてどうしたものか。

 直感では何か暗い感情を背負っているが故の無表情さのような気もするがーー。

 

「ま、皮むきの手間が省けて助かったよ。ありがとな」

 

 礼を言うと、こくりと頷いてくれた。

 

 ちなみに、もう片側ではスバルが皮むきに悪戦苦闘してラムの罵倒を受けていたが、その辺りは割愛する。

 

 

* * *

 

 

「よし、これで準備完了。フライパン使わせてもらってもいいか?」

 

「この部屋の道具を使わせてくれって言ったのはカズマ様のほうじゃない。まさか記憶喪失……?」

「そう何でもかんでも悪い方向にもっていくのをやめてくれ! 普段は隙のない男だのと言われているこの俺が、今日はどうにも忘れっぽくなってるんだよ」

 

「それって老化の兆候らしいぞ。カズマ、俺より若いのに大丈夫か?」

「誰が老化するんだよ誰が。そのセリフはうちの駄女神にでも言ってやってくれ。たぶん聖なるグーを食らうことになるから」

「いや、それはちょっと勘弁願いたいわ」

 

 軽口を叩き合えるようになるまで進展した二人の仲。

 本人たちに言わせると絶対否定すると思うが。

 

 ーー二人とも、まだ自分の本質を表す機会が訪れていないのだが、それでここまで仲が良くなるのはやはり何かの奇跡なのだろうか。

 

「というか、これってどうやって火を付けるんだ?」

「そんなことも知らないの? マナに働きかけたら付くわよ」

 

「そうか。『ティンダー』」

 

 カズマはお手軽着火魔法を使ったーー!

 

 この世界の魔法を使えない腹いせだ。

 コンロの仕組みはよく理解していないが、火力がすごく強いコンロの完成だ。

 野菜炒めには丁度いい。

 

「って、その魔法何よ。カズマって魔法使えないんじゃなかったのか?」

「これは俺が習得したスキルだ! ……初級魔法だけど」

 

「火力が強すぎるわよ。もしお屋敷に燃え移ったら最後よ。もうちょっと火力を落としなさい」

「いやそんなこと言われても。俺は魔法使えないらしいからさ。元の世界の魔法を使ったほうが楽なんだよ」

 

 屋敷がなくなったときに何が起こるか何も考えていないカズマ。

 普段は慎重で臆病なヘタレだが、どうにも今日はその限りではないらしい。

 ーー比較的普通な女性が増えたからか、心の中で鼻の下でも伸ばしているのだろう。

 どうも油断しっぱなしだ。

 

「だからといって危険を冒す必要は無いわ。さっさと止めて頂戴。火はラムが付けるから」

「……はい」

 

 強めの口調で押され、カズマは思わず火をーー

 

「あの、ラムさん……これ、どうやって消すんですか?」

 

 消せなかった。

 

「そんなの知らないわよ。只でさえ私たちの予想していない使い方をしているというのに」

 

「でもこれってガスコンロじゃないよな……なあカズマ、これ水かけたら止まるんじゃね?」

「確かにそうかもしれないな。よし。『クリエイト・ウォーター』!」

 

 調理台に水が飛び散ったーー!

 

「何やってるのよ。馬鹿の考えね」

「これしか方法がなかったんだ!」

 

 

 

* * *

 

 

 カズマが常識に疎かったり、マナの扱い方が分からず元の世界の魔法で調理しようとするハプニングはあったものの、何とか料理は完成した。

 

 貴族の屋敷で出るものが野菜炒め、というのもどうかと思うが、カズマは王女にツナマヨご飯を食べさせたくらいだ。それに比べれば幾分マシというものだ。

 

 試しに味見をさせてみると、メイド二人に太鼓判を押してもらったので、味付けのほうも大丈夫だろう。

 

 そして、汁物や主食を準備し、食堂に運ぶ。

 

 ちょうど日が暮れ、橙が空から完全に消え去った頃合いだ。

 なんだかんだあったものの、夕食にちょうどの頃合いに完成した。

 

 

 そして。全員がそろったうえでの夕食。

 皆が、作った料理に舌鼓をうっている。

 

「今日の料理はカズマ君がメインで作ってくれたんだーぁね。うちの使用人と遜色のない味だーぁよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 料理スキル持ちとはいえ、やはり自分の作った料理を褒めてもらえるのは気分がいいものだ。

 

「というかだ。いくら料理がうまいとはいえ貴族の屋敷と呼ばれる場所でこんな小庶民的な料理を出すとか、やはりカズマは度胸があるな」

「それ褒めてるのか?」

「褒めてない! カズマは例のロブスター料理とか、貴族受けしそうなレパートリーもいろいろ持ってただろう? どうしてそれらを作らなかったんだ?」

 

 ロブスター料理とは。めぐみん考案のザリガニ料理のことである。

ダクネスはやけに気に入っているみたいなので、今更言えまいが。

 

「いや、今日は材料がなかったんだよ。明日村に買い出しに行かないといけないくらいに」

「そうか。それなら仕方がない。そうだ、明日買い出しに行かなければならないと言ったな。どこへ行くんだ?」

 

 ダクネスがカズマへ目線を送った。

 しかし、どこへ行くのか知り得ていないカズマ。困ってメイド二人に目線を送る。

 

「ダクネス様。明日はアーラムという村へ買い出しに行く予定をしております。ですが、どうしてそんなことを?」

 

 意外にも、返答してきたのはレムのほうだった。

 

「いや、少し気になってな。資料を整理しているとどうにも、ハーフエルフが迫害されている、という資料が数多くみられてな。村の者たちはどうも思っていないかが」

 

 そうダクネスが返答した時、エミリアの頬が少し硬くなったのを感じた。

 この屋敷にいれば、そんなことを何一つ感じずに過ごすことができるが、外の世界はそうでもない。

 悪夢だとは思うが、アクシズ教が国教にでもならない限り、人種差別というものは永遠に残り続けるだろう。

 

 ーー四百年前。嫉妬の魔女。

 

 禁忌と呼ばれる存在は、今でも多くの人を恐怖に陥れている。

 それの余波が、ほかの罪なき亜人種にまで広がっているのだ。

 

「ま、まあまあ! そんな難しい話はおいておいて、今は食べることを楽しみましょう? さあ、どんどん持ってこーい!」

 

 宴好きのアクアは、シリアスな空気を好まない。

 

「まあ、ダクネスも気になるんだったら明日付いてきたらいいじゃん。あ、ちなみにめぐみんの一日一爆裂のついでに買い出しに行くつもりだから。何かあったら怖いから念のためにアクアも付いてきてくれ」

 

「何で私も行くのよーー! 私はずっとこの屋敷でごろごろしていたいの! もう面倒ごとは嫌なの!」

「ついでって言っても、私は爆裂魔法を撃ったら動けなくなるんですよ? どうするんですか?」

 

「なんだか嫌な予感がするから、だ。めぐみんは買い出しが終わるまでは爆裂魔法はお預けだ」

 

 カズマが皆の都合も考えずにポンポンと明日の予定を考えていくので、皆がブーイングの声をあげる。

 ーーこうしておかないとひどい目に遭いそう。

 その直感が、ほかの人の都合を無視して話を進める羽目になる。

 

 というか、この会話を聞いていて領主が口を挟まないことに気になる。

 仮にもダクネスは雑務をこなさねばならないのではなかったのか。

 

 昨日の値踏みするような目線もあって、カズマは少し不信感を抱く。

 

「いやちょっと待て。何で全部お前中心に考えてんの。俺達の都合はーー?!」

「カズマ様たちが出て行かれるのは午後からよ。バルスは午前中に使用人の仕事、それからカズマ様達との買い出し。荷物持ちも増えたことだし、ちょうどいいわね」

 

「いや俺は荷物持ち要員じゃないからーー!」

 

 スバルの声が、食堂一帯にこだました。

 そして、明日。

 

 皆が村へ買い出しに行くことが決定した。




 わちゃわちゃこねくり回していたのでかなり遅くなりました。すみません。
 どうしても自分で納得いかなくって、やりたいことを詰め込んでしまいました。

 次回は村へ行きます。

 ちょっと今回は書いていてキャラ崩壊が……
 

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