こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

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第二章4 使用人と客の近くて遠い関係

 

 アクアは暇を持て余していた。

 部屋に置いてあるベッドの上で、もらった高級なお酒を抱えながらひたすらごろごろ転がっている。

 

 いつもなら主にゲームをしたり、カズマたちと言い合いをしたり、物の取り合いをしたりして騒がしく楽しい生活ができるのだがーー

 

「この世界にもゲームがほしいわね……カズマなら作れるかしら」

 

「何だか今日はごろごろする気分じゃないのよねー。やっぱり早起きしちゃったから?」

 

 この部屋にいるのは一人だった。

 しかも、カズマたちはめぐみんの散歩に行っているし、ダクネスは今日からは事務作業だ。忙しい。

 邪魔をしに行きたいと何度も思ったのだが、ダクネスはこういう時に邪魔をしに行くと本気で怒るのでちょっと怖い。

 タイミングを見計らって邪魔をしにいこう。

 

 そう思った時。

 

「入っていいかー?」

 

 ノックの音がした。

 この声はスバルのものだろう。

 こんな時間に何をしに来たのだろうか。

 

「別にいいわよー」

 

 後ろに監督役なのであろうラムを引き連れて入ってきた。

 何もアクアの泊まっている部屋を選ぶ必要は無かったと思うのだが……

 

「でも何で私の部屋を選んだの? ほかにも空いている部屋はいくらでもあるのに」

「いや、まあそれは……エミリアが王選の勉強でずっと部屋を出ないから第一希望が叶えられず、第二希望であるアクアの部屋にお邪魔したっつー訳ですよ」

 

 割とひどいことを言われているような気もするのだが、アクアはそんなことには気づかない。

 

「この尊き女神様に惚れたの? 惚れたのならもうちょっと女神に仕える使徒のような素振りを見せなさいよ」

「とんでもない女好きね。気持ち悪いわ、バルス」

 

「ちょっとその呼び方に一言申し上げたいんですけど姉様。俺の名前が目つぶしの呪文になってるぞ」

「今思いついたのよ。愚鈍なバルスにはピッタリよ」

 

 そう言ってハッと鼻を鳴らすラム。

 ネーミングセンスに自信満々の様子だ。

 

「ちょっとウケるんですけど! スバルが目つぶしの呪文になっちゃうなんて超ウケるんですけど!」

 

 元ネタを何故か知っているアクアはスバルに便乗し、腹を抱えて笑う。

 

「これがラムのセンスよ」

「「褒めてない褒めてない」」

 

 二人して突っ込みを入れた。

 普段のアクアはカズマに突っ込まれっぱなしだが、こういう時にはちゃんと突っ込みを入れる常識があるのだ。

 ーーなんの常識かはおいておいて。

 

「ということで、そのちょっと汚れたベッドをきれいにするからそこから降りて」

「私は女神なのよ? ちょっとシーツにしわが寄っちゃったりするけど、垢なんて一切落とさないわ! 女神の体に垢が一つでも付いていたりなんてしたら信仰してくれている人ががっかりするじゃない!」

 

 スバルがアクアにベッドから降りるように促すと、謎理論で反抗するアクア。

 

「じゃあアクアはお風呂に入らなくても平気なんだな? 日本人としては風呂に入る楽しみを知らないなんて人生の半分を損してる気分になるぜ?」

 

「えーっと、でも、それは、ちょっと違う、わよね……?」

 

 目を泳がせてアクアはラムに救いを求める。

 アクアはアクシズ教ーー水の女神なだけあって温泉にはうるさい。

 お風呂が嫌いだなんて絶対に言わないほどお湯に浸かってきている女神だ。

 

「ラムにそんな目線を向けられても困るわよアクア様。必要じゃないことはしない、常識だと思うのだけど」

「でもカズマといた時は土木作業で流した汗をきれいさっぱり流してからギルドのみんなと宴会を楽しむのが一番の楽しみだったのよ? あとは水の女神だからお湯の純度を測ることには自信があるの。だからそんな目で見ないで! 二人とも私からお風呂を取り上げようとしないで!」

 

 なお、アクアが入ったお風呂はもれなく浄化されるので、いくら入浴剤を入れようとも一瞬で浄化されてしまう。一番最後に湯船に入れてやりたい人選手権をすればトップを争えるだろう。

 

「まったくもって意味が分からないわ。アクア様は本当に女神なのか、まずはそこからなのだけど、土木作業をしている時点で女神じゃないと断定できるわ」

 

 常識的に考えて当たり前のことを言うラム。普通の人ならばそこで納得してくれると思うのだがーー

 

「エリスはアクアのことを先輩って言ってたし何かしら関係はあると思うけどな」

「皆私のこと女神じゃない女神じゃないっていうけど、スバルは認めてくれるのね!」

 

 一度エリスにアクアの話をちらっと聞いているスバルと、本人であるアクアにはそんな理屈は通らない。

 ラムの言っていることは真っ当だと思うのだが、それは周りにいるめぐみんやダクネスに言ってやったほうが信頼してもらえるだろう。

 

「じゃ、今度こそ俺の本気のベッドメイキングを見せてやる。のいたのいた!」

 

 ぐっとシーツを持ち上げられ、座った態勢のまま床に落とされるアクア。

 泣きそうになっているが、スバルとラムは素知らぬ顔だ。

 

「ちょっとスバル謝って! 女神を落として御免なさいって謝って! せっかく私が見込みがあるって認めてあげたのに酷いわよ!」

 

「あーはいはい、ごめんなさいごめんなさい。あと、俺ん家無宗教だから。変な宗教に勧誘されたらそりゃお断りだぜ」

 

「私が回復魔法をかけてあげた恩を忘れてるとおもうの。普通ならさすがですアクア様って褒めて褒めて甘やかしてくれると思うのに。もしかしてスバルもカズマと同類なのかしら」

 

「それとこれはまた話が別だ! 別に俺はカズマと一緒にされてもいいけど」

 

「女の子にスティールを使ったらほぼ確実にぱんつを盗み、こすっからい手で強敵と渡り合うことだけには定評のあるカズマよ?」

 

「うげ、それは願い下げだ」

 

 カズマの力の片鱗を見せた途端、同類扱いされたくないと言葉を訂正するスバル。

 傍から見ていて仲が良さそうなので、否定したとはいえ同類のように見えてしまうが、さすがにそんなことはないと信じたい。

 

「アクア様の言っているスティールって言うのが分からないけど、ラムはカズマ様について理解に苦しむわ。あのド変態」

 

「そういえば、ラムってスバルのことはバルスって呼んでるけど、私たちには何で様をつけるの? 女神である私には様をつけてほしいんだけど、カズマとかダクネス、めぐみんにまで様をつけるのは何か変よ?」

 

 アクアが気になっていたことを質問した。

 普通のメイドならば様をつけ、どこか距離を置いて接するものなのだが、ラムはそこから外れている。

 口調は砕けているのに、人を呼ぶときだけ様をつけることに違和感を覚えたのだ。

 

「お客様には様をつける。これってメイドの常識だと思うのだけど」

「それにしては俺に対してはやたら馴れ馴れしいんだけどな、姉様。少しはレムを見習ってはどうだ?」

 

「……レムと比べるのはやめて頂戴。ラムはいつも自分が最善だと思ったことをしているの」

 

「姉様目つき怖い怖い」

 

 ラムの目つきがとても鋭くなった。

 その姿を見て二人はひるむ。

 もしかしたら姉妹には複雑な過去があるのかもしれない。

 

 

「ほいほいほいっと。よしこれで完了! どう?俺のベッドメイキング、完璧だろ?」

「一点特化すぎて何も言えないわ」

「……悔しいけどホテルみたいで文句ひとつ言えないわね! 尊敬するわ!」

 

 手慣れているからかスバルはすごい速さでベッドメイキングを終わらせた。

 厳しいラムもこの仕事には合格点をあげるようだ。

 アクアはさっそくベッドの上に寝転がり、感触を確かめる。

 

「じゃあ次はどこに行きますか姉様? 俺の完璧な仕事っぷりを見せてやりますよー」

「次はお風呂場ね。たぶん、一番キツイ仕事になると思うわ。覚悟なさい」

 

「ねえねえ、お風呂掃除し終わったら私が一番最初に入っていいかしら」

「別にいいけど、どうしたの?」

「特に何もないわよ?」

「……」

 

 即答したアクアに返す言葉をなくしたラム。

 しばしの間無言の空気が流れる。

 

 

「じゃ、たぶん後でまた会うことになりそうだけどな」

「そんな暇は作らせないわよ」

 

 二人は扉を開け、風呂場の掃除に向かう。

 一人になったアクアは、作務衣のような寝間着を箪笥から取り出し、お風呂に入る準備をした。

 

 ーーカズマが帰ってくる前にお風呂に入ろう。

 覗きなどはされないだろうが、カズマには前科がある。

 警戒しておくことに越したことはないだろう。アクアはあまり気にするほうではないが。

 

 

* * *

 

 

「「ただいま帰りましたーー」」

 

 カズマとめぐみんが扉を勢いよく開けた。

 めぐみんは少しぐったりしているが、爆裂魔法で体力を持っていかれただけだろう。

 

 何気に空を見ると、もう夕方に近い時間だ。

 カズマたちはあの後、少し観光しているーーという建前で、迷い人になっていたので帰るのに時間がかかったようだ。

 カズマは普段なら道に迷うことなどそうそうないが、めぐみんとちょっといい雰囲気になっているのを壊すのが嫌で、見知らぬ場所で渡された地図も見なかった。

 

 結局、疲れてきたのでめぐみんを途中で降ろした時に地図を見て、何とか帰り着くことができたのだがーー

 

「まさか地図、図はわかっても文字が読めないなんてシステムバグってんじゃねーか? めぐみんも読めなかったし。ったく、この世界に呼んだ奴はどうかしてるぞ」

 

 誰が呼んだのかわからないが、自分たちを召喚した相手に文句を言うカズマ。

 確かに、自分たちが住んでいた世界では女神の親切サポート、というやらでついた時からすべての言語が翻訳されていたのだが。

 

「確かにあの地図は謎の文字? みたいなのが書かれていてわからなかったですね。勉強したら読めるようになると思うのですが……」

「んー……でも語学の勉強か……言葉が通じるから面倒だな」

 

 カズマは面倒くさがって勉強を怠る。

 言葉が通じるのである程度は過ごせるが、いつかは限界が来るかもしれないのに。

 

「私は勉強しましょうかね。エミリアにもこの素晴らしいセンスをわかってもらいたいですし」

「お前のセンスは俺でもわからんよ。エミリアに通じるとは到底思えん。ーーさすがに爆裂魔法の詠唱とか教えないよな?」

「ぐっ……カズマは相変わらず鋭いですね」

 

 ふと目を離したすきにめぐみんがとんでもないことを言いだしたので、カズマが慌てて止める。

 アクアだけでなくめぐみんも要注意人物に指定された瞬間だ。

 

「さすがにエミリアが撃てるとは到底思えないが、未来の女王様候補にあんまり変なことを教え込むなよ?」

「私もそんなことはしませんよ。ちょっとかっこいい名乗り方を教えるだけです」

「教えてんじゃねーか!」

 

 あの純真なエミリアがめぐみんたちに名乗りを強要されて拒否するとは到底思えない。

 アクシズ教徒に片足突っ込んでいる状態だ。本当に注意しておかないとこの国までおかしくなってしまう。

 

「そういやめぐみん、お前お風呂どうするか? 昨日は入れなかったから俺は今日入るぞ。ーー一緒に入りたいと言ったら拒否しないけど」

 

 カズマが欲望を隠し切れずにそういった。

 

「一緒に入るとしてもアクアと一緒に入りますよ。なんだかしょっちゅうカズマとも一緒に入っているような気もしますが、私ももう立派な女性です」

「その体型でそれを言うか?」

「なにおう! 紅魔族は売られた喧嘩は買う種族です。さあ表に出てくださいよ」

 

 好戦的なめぐみんがカズマを外に出るように促す。

 ーーしかし、めぐみんは今日はやたら元気だな。いつもこうだったらおぶって帰る手間も省けるのに。

「お前爆裂魔法撃った後でもぴんぴんしてんな」

「お、おい! 確かに今日は体力の回復が早いような気もしますがーー」

 

 めぐみんも困惑している様子だ。

 

「おい、お前ちょっと冒険者カード見せてみろ。もしかしたらレベルアップしてるかもしれんな」

「さすがにそれはないですよ。周りのモンスターを巻き込んだ覚えはありませんし」

 

 と言って冒険者カードを差し出すめぐみん。

 カズマもレベルアップをしたら自分で気づくので、一応、念のためにの確認なのだがーー

 

「お前、またレベルが上がってるな。でもスキルポイントは全部爆裂魔法に突っ込んでるだろ。すっからかんだぞ」

「まあ、私は爆裂魔法を極めると決めましたし」

「確かにそうだな。」

 

 数々の戦いからいつもの爆裂散歩であれからレベルは2、3ほど上昇していた。

 

 めぐみんのレベルでそこまで伸びるとは、一日一爆裂も案外侮れない。

 ーーほぼ毎日付き合っていた気もするのだが、知らぬ間にここまで伸びていると少し嫉妬してしまう

 どんどんレベル差が開いていくので、焦りを覚える。

 

 そんな話をしながら、自室の前まできて、めぐみんと別れた。

 

「……えっと、入っていいかな?」

「構いませんよ、お客様。ついさっき掃除をし終わったところですのでーー」

 

 今まで掃除をしていたであろうレムが、そそくさと掃除道具を抱えて部屋を出て行った。

 ーーどうしてこんなによそよそしいのだろう。ラムと比べるのは本人も嫌がっているのでちょっとあれだが、どうしても拍子抜けしてしまう。

 

「あの、レムさんーー? でいいのかな? 今風呂に誰か入ってる?」

 

 気になったことがあったので、カズマは部屋を出たばかりのレムを引き留めた。

 

「レムのことはレムでいいですよ。いまはアクア様がお風呂に入られている頃合いです。入るならもう少し後のほうがいいでしょう」

「あ、ありがとう、レム。そのあとに入らせてもらうことにするよ」

 

 レムは、今度こそ仕事に戻っていった。

 

 

* * *

 

「あー、広くて気持ちよかったーー! たぶん私が入ったからピッカピカになってるわよ! カズマ、早く入って入って!」

 

 首にタオルをかけ、カズマが今手に持っている衣類と同じものーーボディラインが割とはっきりしているローブを着ているアクアが浴場から出てきた。

 ーーもう少し早く入っていればよかった。

 

「何でお前が先に入るんだよ。もし温泉だったら浄化しちゃうだろ」

「何を隠そうあれは普通のお湯だったから大丈夫よ。女神の浄化パワーでそれはもう、輝いているはずだわ!」

「そうか。期待していいんだな?」

「もちろんよ!」

 

 アクア自身が普通のお湯と言っているので安堵するが、正直安堵するには少し早い。

 アクアの浄化能力は高い。それ故に問題を起こすのだ。

 ーーまあ、聖水であれ何であれ自分は大丈夫だから、純粋に楽しめればそれでいいか。

 

 アクアと別れ、一人風呂を楽しむことに。

 服を脱ぎ、浴場のドアを開けると、そこにはきらびやかな光景が広がっていた。

 

「おおーー、さすが豪邸のお風呂。俺たちの屋敷とは比にならないほどでかいな!」

 

 大きな浴槽が一つ。カズマたちの住んでいた屋敷の浴槽も相当大きなものだったと思うのだが、ここと比べると見劣りする。

 そして、アクアが入った後なのでやたら水がキラキラしていた。腐っても水の女神といったものだろう。

 

 ゆったりと湯に浸かり、昨日の分も合わせて疲れを癒す。

 あまりカズマは何もしていないような気もするのだが、それには目を瞑ろう。

 

 

「む……カズマ、入っているのですか?」

 

 のんびりとしていたら、外からめぐみんの声が聞こえてきた。

 

「入ってるよ。めぐみん、まさか俺と一緒に入りたいのか? さっきは否定したくせに、素直じゃないなほんと」

「ち、違いますよ! ちょっと土で汚れていたので洗い流したいと思っただけです!」

「でもちょっとは入りたかったんだろ?」

 

 外から見えないのをいいことにカズマはにやにやする。

 こんなことをしているから周囲からの悪評が絶えないというのに。

 

 

「もう脱いでしまったので仕方ないですね。一緒に入ってあげますよ」

 

 

 ガラッと扉が開き、めぐみんが入ってきた。

 もう少し恥ずかしがってもいいと思うのだが、めぐみんは大胆につかつかと歩いてきたのだった。

 

 

 

 


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