こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

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第二章3 賑やかな食堂と食後の散歩

 止めてやりたかったが、何も知らない領主が賛成してしまったため、なし崩し的に一日一爆裂はこの世界でも続行することになってしまった。

 付き合う方の気持ちも考えてほしい。カズマとしてはせっかく名誉もあり、衣食住も保証されているこの世界でのんびり、ごろごろとして、自堕落な生活を送っていたい。

 

「……えっと、ありがとうございます。ということはこれでめぐみんの願い事はいいんですよね?」

 

「私としては本当にこんなことでいいのかと思うんだぁーけど、本人が望むならこれでいいんだーぁよね?」

 

「そんなことを言っていられるのも今のうちだと思うんですけどね……あの、苦情が来たりしたらすぐに言ってください。すぐに辞めさせますので」

 

「私としては、この陣営の戦力が増えるので、願ってもいないことなぁーんだよ。手厚く保護させてもらっていーぃかな?」

 

「こいつ、一日一発しか魔法が打てないんですけど、本当に戦力になるんですか?」

 

 カズマとしては、爆裂魔法というものを生で見たことがないであろう領主を純粋に心配する気持ちでいっぱいだ。

 カズマたちが来たことによって余計な迷惑をかけてしまうことなど本当に避けたい。

 ただでさえとんでもない幸運が舞い降りているーーというよりも、正直自分たちの尻拭いをしただけでこんな状況だ。強気でいられるわけもない。

 

「この陣営は、私以外は領を守る者はいなーぁいからね」

 

 びっくりした。領主が一人で領を管理しているなど、聞いたこともなかったからだ。

 たぶん、とんでもなく強いのだろう。

 

「ロズワール様は、一人でそこらの兵隊分の力をお持ちです。よって、私兵を持つことをしていないのです」

 

 青髪のメイドが補足してくれた。

 その顔には感情が乏しく、ただじっと立っているだけだったので、こうやって口を開くのが予想外だった。

 

「まあそれはそれでおいておいて。おいダクネス、お前自分の願望を丸出しにした願望をするな。俺まで変な目で見られるだろうが」

 

「わ、私としてはちょっとだけ願望を取り入れて願い事をしただけなのだが……」

 

「とりあえずせっかくこの世界で上がっている俺たちの評判をその特殊な性癖で下げないために撤回しろ、この年間発情女め」

 

「べ、別に発情なんてしてないから! やっぱりカズマは一味違うな!」

 

「何が違うんだよ何が。これ以上余計なことを言うなら縛って転がしてやる。幸いこの世界でも俺たちのいた世界のスキルが使えるみたいだからな。その辺にある麻縄あたりでバインドをかけてやる。」

 

 そう言いきったとき、カズマは周囲の目線を受けて硬直する。特にメイド二人の目線が冷たかった。

 ダクネスは顔を赤らめていて、今にも泣きだしそうだ。相変わらず、こういうシチュエーションには弱いようだ。本当によくわからない性癖だな、とカズマはつくづく思う。

 

「ねえ、ちょっと引くんですけど。仲間であるこの私まで引いちゃうんだから相当なんですけど」

「カズマは名誉を手に入れてもやっぱり変わりませんね。こんな大勢が集まる食堂でそんなことを言い放つなんて」

 

 ひそひそとパーティーメンバーが話している。

 それに反してエミリアは、何のことを言っているのかわからないのか困り顔だ。まことに可愛らしいのだが、外見から見るに、年の割に明らかに教育や一般常識が足りていない。

 

「ねえアクア、何でカズマにそんなひどいことを言うの? あなたたち仲間じゃなかったの?」

「「カズマにはあれぐらい言わないと意味がないの(ですよ)」」

 

「お前ら聞こえてるぞ、そういうのは俺のいないところで言え」

 

 いつものやり取りのような気がする。だから、何も知らないエミリアが愛おしく思える。

 カズマはこういうヒロインを異世界で望んでいた。こういったことにきつい反応を見せない、性格の良いヒロインを。

 

「あの、領主さん、こいつは俺たちの世界で大貴族の娘なので、事務作業とかは慣れてると思います。変な性癖を暴走させないためにも事務作業などを押し付けてやってください」

 

 唐突に、ダクネスのことを考えずにカズマは言った。

 さすがにあの願いではカズマが許せない。ダクネスがほかの男にもらわれて行ってくれることは歓迎できるが、ダクネスの望むダメ男に引っかかってほしくないという願いはある。

 

 カズマとしては、ダクネスの男の好みを聞いた時から危惧している。だから、自分を強めに罵ってほしい、という頭のおかしい願いは当然、却下しなくてはならない。

 ダクネスならちょっと言われただけでホイホイとついていきかねない。堅物そうに見えてちょろく、しかし一線だけはどうしても越えられない、そんな純粋な乙女だ。

 

 ーーこんなことを口に出していったらダクネスに思いっきり殴られそうなので、心の中にしまっておく。

 

「せっかくエミリア様を救ってもらった功績があるのに、望むものが雑用とは、本当にあなたたちは欲がないねーぇ?」

 

 カズマの内心などつゆ知らず、領主はカズマたちをそう評した。

 ダクネスは反論してくると思ったが、何もしてこなかった。

 カズマたちのいた世界でも父の代わりに領主の仕事を代行していたというので安心はしているが、本当に大丈夫なのか。

 

 

 反論してこなかったので、ダクネスは今日から働いてもらうことになった。

 ということはーー

 

「お二方。あなたたちは何を望むのかーぁな?」

 

 カズマとスバルは思わず顔を見合わせた。

 カズマは特に何も望まない。というか、これ以上望んでも何も残らない。

 アクアの願いであることをそのまま踏襲すればいいだけの話だ。

 

 しかし、この世界の食材を使って料理をしてみたさはある。

 頼み込んだら何かを作らせてもらえるだろうか。ーーしかし、毎食作るなど、面倒なことはしたくない。

 実際に、あのメイドが二人で作ったであろう朝食は申し分のないほどおいしい。

 カズマが介入できる余地がない。

 

「んじゃ、俺は使用人でいいかな」

 

 領主のほうをまっすぐに向きスバルははっきりとそういった。

 何も後ろめたいことがなさそうな、純粋そうな目で。

 

「…………」

 

 その場にいる全員が何でその選択にしたか意味が分からないようで、スバルのほうを向いていた。

 カズマは、予想外の選択を踏まれたので、自分が後に何を続けようか困ってしまった。

 人の選択に首を突っ込むようなことはしたくないのだが、こうも優等生のような選択をされてしまうと、自分が情けなく見えてしまう。

 

「おい、何で俺のほうを向く! いや、だって俺何もしてないし! ただ単にその場に居合わせただけだから申し訳ないったらありゃしない!」

 

 スバルとしては、これまでは自堕落に生きてきた分、この地で気分一新、人生をやり直したい。

 これまでは親に迷惑をかけ続けてきたことをとても気にしているのだ。

 

「でも、カズマとかめぐみんもほとんど何もしてないわよ? まあ、この私はあの忌々しい吸血鬼を浄化したっていう華々しい功績があるんだけどね!」

 

 スバルがじっとカズマのほうを向き、何かを察してほしい様子だった。たぶん、何もしていない、無力な男同士で一緒に使用人生活を始めたいのだろう。

 しかし、カズマはそれに乗ることはない。

 

「あー、俺は、たまに料理を作りたいなーって思ったりするけど、基本的にはアクアと同じでいいよ。だって働くとか絶対嫌だし。せっかく安定した住処も名誉もあるのに」

 

 少しだけ願望を取り混ぜて願いを言う。

 これ以上は望まない。調子に乗ったらいつもろくなことに遭わないのはわかっている。

 カズマは、この世界では出来るだけ平和に過ごしていたい。

 

「本当に二人もそんな願いでいーぃのかな? 私としてはもっと大きい願いを期待していたから、期待を外された気分だーぁね」

 

 この領主、男二人をじっと値踏みするような目線で見てくる。

 

「ここに泊めてくれるだけで本当にいいんですよ。大体俺たち、調子に乗ったら絶対ろくなことに遭わないので」

「まあ、俺は本当に何もしてないからな。エミリアを盗品蔵に連れて行っただけで。四人は割かし敵の攻略に役立ってたけど」

 

 

 そんなこんなで話は進み、ダクネスは事務的作業の概要、スバルはメイド二人に使用人の概要を教えてもらうことになった。

 ちなみに、話を聞いていると、青髪のメイドの名前はレムとのこと。

 とても姉想いーーどころか、もしかしたら本来仕えるべきである領主よりも大切に想っているように見えた。

 

 

 領主が「想定外の事態だね」と舌打ち気味に言ったが、その声は皆の喧騒に掻き消えて、消えた。

 

* * *

 

 

 和気あいあいとした朝食タイムも終わり、それぞれの場所に就いていった。

 しかしーー

 

「カズマ、今から一日一爆裂に行きますよ。この世界でも私の実力が通用するか試してみようじゃありませんか」

 

「えー……俺は眠いから寝る。一人で行ってこい」

 

「そんなことしたら誰が私をおぶって帰るのですか? 私は一回魔法を撃ったら動けなくなるんですよ? ここはまだ見知らぬ世界、何をされるかわかりません。さあ、行きましょう。」

 

 めぐみんがぐいぐいとカズマの袖を引っ張る。それに対抗するようにカズマは手元にあった布団を頭まで被る。

 もうこのやり取りも当たり前となってしまった。

 いつもなら、めぐみんのほうが先に折れて、暇を持て余しているアクアと一緒に爆裂魔法を撃ちに行ったりしているのだがーー

 

「今日はもう折れませんよ? 昨日爆裂魔法を撃てなかった分、いろいろたまってるんですから」

 

「俺は行かん。もし行くならこんな早い時間じゃなくてもっと遅い時間にしてくれ」

 

「早いってもう昼じゃないですか。行きますよ。ダクネスも頑張ってくれていることですし」

 

「そういえば俺、何も言わずにダクネスに雑用を押し付けちゃったんだよな。ちょっと申し訳ない気分だ。だけど、俺は行かないぞ?」

 

「いいから行きますよ!」

 

 今日のめぐみんは強気だ。カズマの布団をはがそうと強く引っ張る。

 カズマはそれに対抗するようにぐっとさらに深くかぶったのだがーー

 

「えい」

 

「おい!おまえ、腕力にものを言わせてはぎとるとか卑怯だぞ!」

「今更何を言ってるんですか」

 

 数々の魔王軍幹部を葬り去ってきためぐみんはもうかなりのレベルになっている。

 男で、さらに冒険者であるカズマよりも力が強いのだ。

 カズマは、魔法使い職であるめぐみんよりも力が弱いことを気にしている。しかし、どうにもならないので尚更ばつが悪い。

 

 あきらめたカズマが渋々立ち上がり、一日一爆裂に付き合うそぶりを見せる。

 

「俺は着替えるから、ちょっと待ってろ」

 

「でもカズマ、たぶん服は替えがないですよ。冒険するときの服はアクセルの屋敷に置いてきたまんまじゃなかったんですか?」

 

「ーーあ、そういえばそうだった。じゃあ帰れるまでずっとこのジャージか……さすがに人前に出るとなったらちょっと恥ずかしいんだけど」

 

 そう言いながらカズマたちは扉を開けた。

 ジャージしかないならもうこれでずっと過ごすしか方法がない。

 正直、思い出深いジャージなのであまり汚したくはないのだが。

 

 廊下を歩いているとレムにすれ違った。

 ぎこちなく会釈をしたら、向こうも返してくれた。

 もうちょっと笑えばかわいいと思うので、少しその無表情さがもったいないような気がする。

 

「そういえばさ、めぐみんってレムと話したことあるか?」

「ないですね。いつもお姉さんーーラムの後ろについていますし、正直話しかけにくいです」

 

 屋敷の入り口の扉を開けて庭に出る。

 とても広い庭だ。昨日は暗かったのでよく見えなかったが、木々がすべて整っており、花は彩色が美しい。

 ここまで完璧に管理できる使用人は本当にすごいと二人は息を呑んだ。

 

 整えられた道を通り、門を出た。

 屋敷を出ると、一気に森の中だという印象がわく。

 領主に言われた道を黙々と進んでいく。

 

 近くには村があるらしいので、できるだけそこから離れようと歩く。

 めぐみんのお眼鏡に叶う目標物が何個かあり、ここで撃ちたい、とせがむことがあったが、撃ったら金輪際爆裂魔法は禁止なと言ったので今はおとなしくカズマの横についている。

 

「えーと、確かこの辺りだったと思うんだけどな」

 

 三十分ほど歩いた。領主から来ていた場所はここだったので、めぐみんに目標物を探させる。

 辺りには先のとがった岩が多く、撃ちごたえがありそうだ。

 

「ここはまさに天国のような場所ですね。廃城のように大きな建造物がないのが少し残念でしたが、いつもより格段に良いです。ああ、興奮する……」

 

 めぐみんが杖をぐっと握り、恍惚の表情を浮かべていた。

 

「でも、これからはこの時間帯に、ここで打ってもらうからな。約束だぞ?」

 

「カズマがいつも付いてきてくれるならいいですよ?」

 

 上目遣いでカズマの顔を覗き込むめぐみん。

 思わぬ反応でカズマが少したじろいだ。

 

「いや、え? マジで?」

 

 こんな甘酸っぱいことを言い出した時は、絶対に何か落とし穴があるはずだ。

 しかし、この世界にきてそうそう、そんな落とし穴があるとも思えず、カズマは顔をとろけさせてしまう。

 

「そんな顔をしないでください! 気持ち悪いです!」

「いや、だってさ、ちょっと……好きな子にいきなりそんなことを言われるなんて恥ずかしいじゃん。照れるじゃん」

「別に私は何も考えていませんよ。アクアを連れて行ったら絶対愚痴を言いますし。ダクネスはたぶん事務作業で忙しいでしょうし」

「……まあ、そういうことならいいけどさぁ……」

 

 期待したのが間違いであったかのようにカズマはがっくりと肩を落とす。

 確かに、めぐみんの言っていることは正論だ。アクアは何度かカズマが外泊しているときに一日一爆裂に付き合わせたのだが、決まって帰り道にめぐみんを置いていこうとする。

 女神なのでステータスはかなり高く、体力が底をつくこともそうそうないはずなのだが、疲れるのが嫌なようだ。

 

 その点、カズマは行く時こそ抵抗するものの、帰り道はおぶって帰るか、ちゃんとドレインタッチで体力を補給して歩いて帰らせる。

 めぐみんからしたらこれ以上の爆裂散歩相手などいない。

 しかも、カズマと歩く道は楽しいと最近思いつつある。もっぱら、話すことは仲間についてや、爆裂魔法をいかにして極めるか、といった他愛のない話なのだが。

 

「それじゃあ、撃ちますね。もしかしたら岩の破片が飛んでくるかもしれないので、少し離れててください」

 

「めぐみんにしては珍しいな。いつもは後先考えずにバンバン撃って、周りの被害とか死ななきゃいいって考えるくらいどうにも思ってないし」

 

 こくりと頷いためぐみんが詠唱を始める。魔力が高まり、空気がピリピリと振動する。

 ーーいつもよりも振動が大きい。辺りを見てみれば数少ない植物がしなびている。

 普通の魔力だけで撃つのならばそんなことはないはずなのだが。

 

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんが全魔力を込めた大魔法を無意味にぶっ放し、その場に倒れた。

 いつもより威力が強かったような気がする。 

 

「八十点、といったところか。お前、撃つ前に魔力が結構漏れていたような気がするんだがーー」

 

「なんだかここで魔力を練り上げると周りの魔力まで取り入れてしまってうまく扱えないんです。やっぱりカズマの言っていた異世界、だからでしょうか」

 

 魔力の種類が違う、というのはあるかもしれない。

 めぐみんは素質が高いので、この世界の魔力まで取り込んでしまったのだろう。

 カズマがバインドを使った時はそんなことを思わなかったので、大魔法クラスとなると世界の影響を受けるのかもしれない。

 もしかして、アクアの魔法の精度が少し落ちていたのは、うまく魔力をコントロールできなかったからなのだろうか。

 

「んじゃ、今日は途中までおぶってやるからあとは歩いて帰れ」

「あ、お願いしまーす」

 

 カズマがめぐみんをおんぶする。

 いつものように会話を交わしながら、屋敷へと足を進めていった。

 

 


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