こんな素晴らしい異世界生活に祝福を!   作:橘葵

10 / 14
第二章2 食堂にて

 抵抗しようにもできなかったし、アクアたちが大喜びでそれぞれの部屋に入っていっていたので、カズマたちは渋々同じ部屋で寝ることになった。今更三人で寝ろ、などいえそうにない雰囲気だった。

 ちなみに部屋はカズマたちの隣からアクア、ダクネス、めぐみんの順でとられている。

 あたりを見回すと、客室はまだまだあるようで、なんで自分たちを相部屋にしたのかがわからない。

 

 もしかしたら掃除が面倒だとか、そんなろくでもない理由かもしれないが。

 メイドとしてそれはどうかと思ったが、あのラムならばやりかねない。

 カズマたちも渋々扉を開く。溢れ出る気品に圧倒された。

 

 ――客室だからか、すべてにおいて貴族サイズだ……

 

 いくら大金持ちになっても小市民的な考え方がいつまでたっても抜けないカズマや、何を隠そう今日まで一般的な中流家庭に住んでいたスバルは、この部屋の豪華さに狼狽えることしか出来なかった。

 

 カズマはもうアクセルの町で屋敷を手に入れてからほぼ二年が経ち、それなりに大きな部屋での生活は慣れている。しかし、最近はゲーム三昧で地球にいたころと同じような引きこもり生活を送っていたからか、それとも例のサキュバスサービスに毎日のように通い詰めているからか――。

 

 どんな理由であっても納得は行くだろう。

 この部屋は全く持って落ち着かない。そして、この落ち着かない部屋で寝ろ、と言われても些か実感が湧かない。

 

「おいおい……これ絶対二人でも余裕で隙間が余るんじゃね? 俺、こんな部屋で寝られるの嬉しいけど全く落ち着かねえよ!」

 

「なんでお前と同じベッドで寝なきゃいけないんだよ。お前がそのベッドで寝たいんだったら俺は下で寝るぞ。布団一枚貸せ。床で寝る」

 

「つれない奴だな。いやまあ、俺としてもそんな頭おかしいシチュエーションにはしたくねえけどさあ」

 

 何をどうすれば今日初対面の野郎二人が同じベッドで寝るような事をするのかが全く分からなかった。

 多少寒いかもしれないが、これくらいの気温ならば大丈夫だろう。――万が一風邪をひいて、こじらせた場合などは厄介だが。

 

 ベッドから二枚重ねになっている布団のうち、一枚をはぎ取って自分の足元に敷く。

 一枚とはいえ、一人なら十分くるまって寝ることができるサイズだ。大きい。

 とはいえ、カズマとしてはまだ夜の早い時間。さっき竜車の中で眠っていたこともあって眠気など微塵も感じない。

 何か暇つぶしをする手段はないだろうか。

 しかし、部屋はメイドの手によって綺麗に清掃されており、何か暇つぶしに使えそうなものなど一つも落ちていない。

 

 鍛冶スキルを使って調度品を改造して遊ぶというのも手だが、さすがにここでそれをするのは気が引ける。

 それならば――

 

「なあスバル、お前って地球で何してたんだ?」

 

 ここでしかできない過去の話をしてやろうじゃないか。

 

 なんとなく予想はついているが。

 多分、自分と同じような人だったのだろう。話が合う――とまではわからないが、過去は知っておいて損はないだろう。暇つぶしとしては最適だ。ゲームも持ってきていないし。

 

「――俺は、ちょっと人間関係でやらかして、その、……」

「早く言えよお前。言いづらいのはわかってるんだから」

「知ってるんだったらそれでいいだろ?!言うの恥ずかしいんだよこれさあ!」

 

 ちょっとスバルのことをおちょくってみた。

 予想通りの反応が返ってきて、カズマはほっと胸を撫でおろした。――これで普通の人でした、なんて言われたら自分の立場がなくなる。

 

「お前、まさかあれだろ。俺と同じでなんとなく学校を休んだらずるずる引きずって不登校になったってやつだろ。恥ずかしがらなくても大丈夫だ。だって俺も同じような感じだったし」

 

「はあ? 何お前、そんなにコミュ力高いのに引きこもりだったのか?! 全国のコミュ障に謝れよ」

「俺はネトゲのしすぎだ! 別に後悔はしていないし異世界でもそんな感じだけど。あの頃は楽しかったな……親には申し訳ないような気もするけど」

 

 カズマは思わず上を見上げてそう呟いた。平和だった過去を懐かしむような様子だ。

 今の生活も悪いものではないが、たまにネットの世界に引きこもっていたいという欲が再発してしまうことがある。ギルドマスターをしていたので、ぶっちゃけ今の三人にも負けず劣らずの頭のおかしい人を相手にしないといけないが。

 

「やっぱ親に迷惑をかけて申し訳ないって思うのは全引きこもりにとっての共通事項なのか……ってか異世界でもそんな感じってどういう意味?」

「そのまんまの意味だよ。魔王軍の幹部と戦った時にゲーム機を発見したんだよ。それで、ソフトとかもあったから結構やりこんでるんだ」

 

「お前の異世界ライフって現代とさほど変わらなかったんだな……あの三人を引き連れて普通に暮らせてるだけでもすごいのに何をしてるんだよ」

「でも食べ物は飛ぶわ跳ねるわだし、頭のおかしい宗教にばっかり絡まれるし、幹部が大抵残念な所あるしで結構ろくでもない世界だぞ。後よく死ぬ」

 

 最後に関しては完全に自分の不注意なのだがそのあたりには触れない。

 スバルはカズマの住んでいた異世界について聞くと吹き出した。余程自分の思い描いていた異世界像とかい離していたらしい。

 

 普通の人ならば仕方がない。異世界生活と聞いてアクセル近辺の町のような感じの異世界生活を思い浮かべるような人など欠片もいないだろう。実際カズマもそうだった。

 

「お前がいた世界って割とギャグ色強めなところだったんだな。でもよく考えてみるとよく死ぬって結構理不尽な世界なんだな……でも不注意で死ぬのは幸運の女神様――エリスが迷惑がってたからやめてやってくれ」

 

「一度しかエリス様に会ってないお前に言われたくないよ。後俺が死ぬのはいたって真面目にしている時だ! ちょっと……ちょっとだけ不注意が過ぎたときもあったけど」

「……」

 

 おそらく一度しかエリス様に会っていない、という言葉に反応したのだろう。

 正直、カズマの負けず劣らずの不注意っぷりを発揮したスバルも人のことをとやかく言う資格はないのだが、そのあたりは似た者同士なのだろう。自分のことを棚に上げて話す。

 

 内側のテンションがベクトルレベルで違う二人だが、同じ地球出身だということで気が合う。

 

 カズマは日本出身の魔剣の勇者――ミツルギと会ったことがあり、実際会話もしたことがあるのだが――何か性に合わない。価値観が違う。

 

 その点、スバルとは過去が似ているのもあり、話が合う。昼間はやたら高いテンションに辟易したことが幾度となくあったが、召喚されていっぱいいっぱいだったのだろう。――流石に生活が落ち着いてからでもこのテンションだと距離を置かざるを得ないが。

 

 その後も、ここでしかできない、というか女性陣には決して聞かれたくないような他愛のない会話をしながら夜が更けていく。

 しかし、一晩中語り合うなど修学旅行時の女子みたいなことをするわけでもなく。

 ――そのうち二人は眠りにつく。

 

 

* * *

 

 

 次の日の朝。とても大きな窓からカーテン越しにさんさんと陽が降り注いでいる。

 眠りから覚めるときはいつも憂鬱だ。まだ眠っていたいという誘惑に負けそうになる。

 

「ん……めぐみん、何だ? 俺はまだ寝ていたいんだよ。ゆっくりさせておいてくれ」

 

「昨日何もしなかった人が何言ってるんですか。もう陽も高くなっていますよ。時計が読めないので詳しくは分からないですが、九時くらいですよ。いくら客人とはいえ今日は領主の人と対面するんですよ? 早く起きないともうみんな食堂に集まっていますよ」

 

「は……? ってかなんでお前が起こしに来るんだよ。普通メイドが居るんだったら客人でも起こしに来るもんだろ」

 

 

「双子の可愛らしいメイドさんが嘆いていましたよ。一人はすぐに起きたのにもう一人は起きる様子がないわ、と」

 

 赤面する。まさか自分の知らない間に誰かが起こしに来ていたと。

 さすがにメイドの前で起こしても眠りこけ続けているなど、恰好が悪いにもほどがある。自分は初対面の女の子くらいには恰好よくいたかったのだが。

 

「まあいいか。これ以上俺に関する悪いうわさが増えるのは嫌だし。じゃあめぐみん、先に行っておいてくれ。俺はあとで行く」

「何言ってるんですか。私も一緒に行きますよ。カズマは放っておくと二度寝三度寝しかねないですからね」

 

 めぐみんがカズマの着ているジャージの襟をぐいぐいと引っ張り、早く立ち上がるように促す。

 しょうがないな……と不機嫌さを伺わせるような顔で渋々立ち上がり、廊下に出た。

 

「ああー、やっぱり早起きすると気持ちいいなー」

「さっきまであれほど抵抗していたくせに何言ってるんですか。食堂は一階です。さっさと行きますよ」

 

 長い廊下をゆったりとした足取りで歩く。

 カズマたちが寝ていた部屋は三階だったので、螺旋階段を下って一階へ降りる。

 この屋敷は広すぎて何も考えずに歩いていたら迷いそうだ。

 

 カズマは屋敷の部屋の配置を何一つ知らなかったのでめぐみんの後ろを付いて行った。

 

「確か食堂はここでしたね。珍しいことにアクアももう起きて座っているはずですよ」

「アクアにしては珍しいな。あいつのことだから何も考えずに宴会芸でも披露して調度品の一つくらい壊してそうなのに」

「まあ、さすがにアクアでもそんなことはしないでしょう。今日はやけに静かでしたし」

 

 めぐみんがそういいながら扉をノックし、ノブをひねってドアを開けた。

 開けた視界の先には嬉々としてエミリアたちに向けて宴会芸を披露しているアクアと、疲れた顔でどうすることもできないような状態のダクネスがいた。

 

「アクアお前、朝っぱらから人のもの使って何してんだ――!」

 

 

 食堂にカズマの絶叫が響き渡った。

 皆の視線が痛かった。

 

 

* * *

 

「この馬鹿が、本当にすいません!」

「まあまあ、そんなに謝まらなくてもいいんだーぁよ」

 

 相変わらずのトラブルメーカーっぷりを披露したアクアには、調度品を勝手に使ったことでぺこぺこと謝らせていた。謝って住むような問題でもないような気もするが、領主はその見た目に反してアクアの成すことに寛容だった。

 

「……ん?」

 

 カズマの中でかすかな違和感がふっと浮かんで、消えた。

 この領主、自分をどこか値踏みするような目で見ているような――

 

「カズマも早く座りなさいよ。そうじゃないとこんなにおいしそうな朝ご飯が冷めちゃうじゃない!」

「はいはい。――失礼します」

 

 恐る恐る椅子を引き、腰を下ろした。

 確かにおいしそうな食事が目の前に並んでいる。これ位なら料理スキルのある自分でも作れそうなものなのだが――

 

「そんなにかしこまらなくてもいいんだーぁよ。何せあなた達とそこにいる少年はエミリア様の命の恩人なんだからねーぇ」

 

 この領主、どこか馴れ馴れしい。珍奇な服装や特徴的な口調と相まってどこか胡散臭さを覚える。

 領主が朝食に口をつけ始めたのを確認してからカズマも朝ご飯を食べ始めた。

 

 ――悔しいが、とてもおいしかった。

 

 ちなみに、ダクネスとカズマは同じくらいに料理に手を付け始めたが、それ以外の人はみな領主よりも先に料理に手を付けていたことを追記しておく。

 あまりにもカズマの起床が遅かったのか、はたまた何も考えていなかったのか――

 領主はどうやら、カズマが席に着くのを待っていたようだった。それだからかもしれない。

 

「ところで、今ロズワールの言っていたエミリアの命の恩人――っていうのはどういう意味だ?」

 

 このピエロじみた領主の名はロズワールというらしい。

 まあ、わざわざ名前で呼ぶ必要もないのだが。

 

 相変わらずスバルは立場の上のものに対しても馴れ馴れしかった。

 少し苛立ちを覚えつつも、カズマ自身、少し気になっていたことであったので注意して聞くことにした。

 

「そのままの意味だーぁよ。エミリア様は徽章を紛失し、何者かに襲われ、それを救出した人たちがあなたたち、という事だーぁね」

 

「……その徽章、そんなに大事なのか?」

 

 ――お前はただ単にその場に居合わせてただけだろ。

 言いたいことは沢山あるのだががそれをぐっとこらえて話を聞くことに集中する。

 話に参加してもよかったのだが、スバル以上に何もしなかったカズマには少し躊躇いがある。

 

「まあ、『なくしましたー』で済むような問題じゃないよねーぇ?」

 

 その会話を聞いていたエミリアがきゅっと恥ずかしそうに縮こまった。

 彼女にも思うところがあったのだろう。追及はやめておくが。泣かせたらアクアが怒るに違いない。

 

「じ、じゃあ俺たちは本当にエミリアの命の恩人ってことか?」

 

「そういうことになるねーぇ? だから、君たちも願いがあるならば何でも言うといーいよ」

 

 そう言ってカズマたちのほうをちらっと向いた。

 めぐみんがロズワールの顔を見て目を輝かせていた。紅魔族の琴線にでも触れたのだろうか。

 

「マジか!それならいろいろと期待しちゃうなー」

 

 相変わらずのなれなれしさだが、自分たちも願いを叶えてくれるらしい。

 正直、ここは理由を話して丁重にお断りしておきたいところなのだがーー

 

「私は爆裂魔法をぶっ放せる平原を準備してくれるだけでいいですね」

「私はごろごろできる空間と高級なシュワシュワさえあればそれでいいわよ?」

「私は……ちょっと強めに罵ってくれる人をーー」

 

 カズマは食べていた朝食を吹き出しそうになった。

 ーー最後何だ最後。少しは時と場合を考えろ。

 あの三人が乗り気になっている以上、カズマが何もいりませんなどといっても聞き入れてはくれないだろう。

 しかし、自分はこの屋敷に住ませてもらえればそれでいいので、一番最後に言おうと思う。

 

「シュワシュワ……? それって何のこと?」

 

 エミリアがアクアにおずおずと質問を投げかけた。

 アクアはぴんと背筋を伸ばして、

 

「シュワシュワってのはね、飲むとシュワシュワする飲み物よ!」

 

 ーーその説明で何を指示しているかわかれば苦労しない。しかも、ここは自分たちの常識が通用するかもわからない異世界だ。わかりやすく、かみ砕いて言うのが常識だろう。

 アクアなりにかみ砕いて言ったのかもしれないが、これではカズマが初めてシュワシュワを知った時の説明とさほど変わらない。

 

 カズマはここが異世界だと認識していたため理解が早かったが、今ここにいるメンバーはここで生きてきて、ここで暮らしている。

 スバルだけは例外なのだが、ここでは自分たちの住んでいた世界の常識を知っても全く役には立たないし、混乱を招きかねない。

 

「シュワシュワっていうのはお酒のことだよ。俺たちの世界ではお酒のことをこう言ったんだ」

 

 言葉足らずも甚だしかったので、補足説明をしておいた。

 一応ここにいる人たちにも自分たちが何かの弾みでこの世界に飛んでしまったということを知っておいてもらわないといけないので、ちらっと匂わせておくことにした。

 

 まあ、勘のいい人ならば気づくだろう。聞かれたら説明すればいいだけの話だ。

 ーーとはいってもカズマ自身何も知らないのだが。

 

「でもな、まずお前らの願いはいろいろとひどすぎるだろ!」

 

 シュワシュワの説明を挟んだので忘れかけていたが、ほかの二人の願いも相当だ。

 というか、アクアの願いがまだマシに見えるくらいひどい。

 

「めぐみん、お前、アクセルの町でもないんだから一日一爆裂は我慢しろ……って言っても無駄か」

「私は爆裂魔法のためにアークウィザードの道を選んだ魔法使い。生きがいともいえる爆裂魔法を長期間我慢しろなんて言われて守るとでも思いますか?」

 

「お前の魔法は地形どころか生態系まで変えるから困るんだよ!」

「まあ、その辺りはこの強大な魔法の代償……」

 

「この世界でもそうやってみんなに迷惑かけようとするなーー!」

 

 めぐみんはやはりどこへ行ってもめぐみんだった。

 しかし、爆裂魔法がらみでこの世界でも逮捕されるのは困る。

 カズマは必死で説得しようとするのだがーー

 

「いいじゃなーぁいの。めぐみさん……? その願いを聞き入れようじゃなーぁいか。そんなに強大な魔法なら、近くにある村から離れた所、場所を決めてうんと練習するといーいよ」

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操るもの!」

 

 場の空気が凍り付いた。

 いつの間にかロズワールの後ろに立っていたラムとーーラムによく似た青髪のメイドも、めぐみんをジト目で見つめていた。

 

「めぐみんというのがあなたの本名なのかなーぁ?」

「お、おい!私の名前に文句があるなら聞こうじゃないか!」

 

 

 もう後戻りはできないとカズマは思った。

 

 ーーもう面倒ごとは御免だ。でも、まだ問題児がもう一人いる。

 




前後編。キリの悪いところで止めてしまって申し訳ないです。
そして最近更新が滞ってて申し訳ないです。

ロズワールの口調が難しいです。おかしなところがあったらご一報
くださると大変助かります。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。