BIOHAZARD:OBLIGATION   作:麦ご飯

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Chapter〈A〉:2-3

 再会を果たしたサーシャたちと、レオンを合わせた8人は、2階の寝室に集まっていた。ちなみに女性陣は、そのままの格好では目に悪いので、一応の体ではあるが、上着を羽織ってもらっている。

 

 やはり最初に話題に上がったのは、やはりサーシャの足についてだった。

 

 学園で共に行動していた時はたしかに下半身不随だったサーシャが、再会した時には五体満足の体で目の前に現れている。

 

「投薬で足が動くようになるなんて話、聞いたことないわ……」

 

 沙耶はほとほと呆れつつも、裏の社会に潜むバイオテクノロジーの”なんでもあり”な力に舌を巻いていた。

 他の面々も、サーシャの足に対して、沙耶と同じ反応を示し、それ以上の追求をすることはなかった。

 なにせ、死体が動き出し、人を喰っているという、今まではディスプレイの向こう側にしか存在しなかった世界が、目の前に突き付けられている。

 その現実に感覚を麻痺させられたというべきか、怪しさや恐ろしさよりも、喜びの感情が勝っていたのだ。

 

「今、ぼくたちが考えたところで、結論なんて出やしないさ。なんにせよ、サーシャ先生が生きている。ぼくたちもこうして生きている。だけど……」

 

 不意に孝の表情が曇った。それは、脱出の途中で合流した生徒たちのことだった。

 

「そうか、彼らは助けられなかったのか……」

 

 学園を脱出する際に拾った生き残りの生徒たちは、全員〈奴ら〉の犠牲となってしまっていた。

 

「すみません。サーシャ先生が身を呈して守ってくれたのに……」

「気にするな、とは言えない。だが、決して過去を足枷として引きずってはいけない。なぜなら、きみたちはまだ生きているのだから」

 

 サーシャは孝の肩を叩いてやる。沈痛な面持ちだった孝の顔に、不器用ながらも笑顔が戻っていた。

 そう、生きている人間は前を向いていかなければならないのだ。かつて、過去を引きずり今を見失った結果、すべてを失ってしまった自分のようにさせてはならないから。

 皆が生きてくれていたこと。そして、自分が生きているということ。かつてすべてを失ったサーシャにとって、これほど嬉しい出来事はなかった。

 

 ーーだからこそ、自身の胸の内にある後ろめたさを、このまま放っておくことなどできなかった。

 

 サーシャは失う(、、)ことを極端に恐れていた。

 恋人のイリーナ、親友のJD、共に戦った独立派の同士たちと、敬愛する師であった長老(アタマン)

 彼の心は、未だあの時の東スラブに縛られていた。かつて自身に支配種プラーガを投与し、国家転覆を図ったテロリストのまま、その姿を隠しながら、そして過去が露見するのを恐れながら皆と接していた。

 思えば、学園の時もそうだった。皆のためと大義名分を掲げつつも、心のどこかで『自己犠牲の英雄』として死んでいくことに自己満足をしていたのかもしれない。

 

『アレクサンドル・コザチェンコ』と『サーシャ先生』。その2つが彼の心の中で天秤のように揺れているうちは、この先絶対に生き残れない。いつかまた、あの時のような、自殺願望にも似た無茶を繰り返すだろう。

 

 サーシャ自身がそれを許す訳にはいかなかった。

 バイオテロに関わった人間として。バイオテロと闘う人間として、そしてなにより、皆の仲間として。

 

「みんなに聞いて欲しいことがある」

 

 だからこそ、サーシャはこの場ですべてを打ち明けることを決めた。

 その行動が、ここにいる皆に対して劇薬を投じる行為であることは承知している。それでも、自分が皆の味方であると、他ならぬサーシャ自身が信じたかったから。

 

「学園では、おれをバイオテロから生還した被害者だと紹介していたが、それは間違いだ」

 

 心臓が重く高鳴り、口内の水分がみるみるうちに干上がっていくのを感じた。

 だが、ここから前に進むためには、過去の過ちを洗いざらい白状しなくてはならない。

 

「……おれは、先の東スラブの内紛において、反政府ゲリラ〈独立派〉を率いていた男だった。そして、B.O.Wを用いバイオテロを引き起こした張本人でもある。レオンとは、その時に敵対する形で知り合ったんだ」

 

 途端に、この寝室だけなにもかもが無くなってしまったかのような静寂が訪れた。

 だれも動けない。だれも言葉を発せない。窓際で腕を組み静観していたレオンですら、目を閉じて押し黙っている。

 

「サーシャ先生……え……?」

 

 ようやく声を絞り出せた静香の顔は真っ青になっていた。

 

「嘘、ですよね、レオンさん……?」

 

 困惑に固められた引き攣った笑みを崩さないまま、麗はレオンに尋ねる。

 

「……いや、紛れも無い事実だ」

 

 その言葉が、場の空気を一気に冷え上がらせた。

 信じられない。信じたくない。でも、その事実が頭に刻み付けられてしまった以上、もはやどうにもならない。

 

「学園は、そのことを知っていたの?」

 

 沙耶の鋭く、厳しい視線がサーシャに突き刺さる。

 

「いいや、知らない。その上で、おれは講演の開催に応じた」

「そう……」

 

 沙耶はそれ以上、追求はしなかった。

 と言うよりも、返す言葉が見つからなかったと言ったほうが正しいのかもしれない。

 再び沈黙が訪れる。誰も、どうしたら良いかわからないのだ。

 

「……やれやれ」

 

 盛大なため息が漏れる。やったのは、レオンだ。

 

「確かに、おまえの過去も、罪も、覆しようのない事実だが……少し、言葉が足らないんじゃないか? サーシャ」

「……どう言うことだレオン」

「おまえから言えないことは、少しは理解しているつもりだ。だから、おれの口から話させてもらう」

「やめろ!」

 

 サーシャは立ち上がりレオンに掴みかかるが、払いのけられ、逆に胸ぐらを掴まれてしまう。

 

「勘違いするな。おまえに同情させるためじゃない。 ……大切な人たちなんだろ? だったら、本当の意味で包み隠さずすべてを知ってもらうべきだ」

 

 レオンは腕を離した。

 サーシャはなにも言わず、ただ、目を閉じて重く頷いた。

 

「レオンさん、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

 

 孝は真っ直ぐにレオンを見据えた。

 サーシャの語ったことが事実だとしても、それが彼のすべてだとは到底思えなかった。他の皆も同じだ。

 だからこそ、レオンの言葉に耳を傾けることができる。

 答えは当然、イエスだ。

 

「了解した。まずは、当時の東スラブの背景だが……」

 

 東スラブ共和国は、旧ソビエトの社会主義体制崩壊の後に、独立して主権国家となった国だ。

 近年、石油や天然ガスといった、国内から産出される豊かなエネルギー資源によって目覚ましい経済発展を遂げる。

 

「時の大統領、スベトラーナ・ベリコバの政策よね」

「高城さん、知っているんですか?」

「新聞かニュースくらい、ちゃんと見なさいよね……」

 

 しかしその恩恵を、すべての国民が平等に享受することはできなかった。

 スベトラーナの政策は、企業や富裕層(オルガルヒ)に偏ったものであり、その裏で冷遇される貧困層の国民にとっては圧政以外の何物でなく、数字だけで見れば国は発展したが、貧富の差はさらに広がるばかりだった。

 当然、国民は反発する。格差社会や政府の横暴に抗議すべく、デモ隊を組織し、プラカードを掲げ、必死に政府に訴えかけた。

 しかし政府は、そんな国民の願いを聞き入れるどころか、国家転覆を図るテロリストであると弾圧を始めた。

 デモに関わった者は強制的に逮捕され、そのことに意を唱えれば、今度は政府の軍が出動し、武力行使をもって鎮圧に当たった。

 

「なんだよそれ……」

「そんなの、ただの暴君じゃない!」

 

 度重なる圧政により、ついに国民の怒りが爆発した。イワン・ジュダノビッチら長老(アタマン)たちを中心に、愛国者たちが反政府ゲリラ〈独立派〉として立ち上がったのだ。

 国内情勢は独立派と政府との間で激化し、東スラブの名は瞬く間に内戦国家として世界に広まった。

 だが、それを静観しているほど、スベトラーナはただの暴君ではなかった。

 ゲリラ戦の拠点である土地を明け渡すという約束で独立派に停戦を申し出て説得。独立派と和解することに成功し、内戦は静まったように思えた。

 しかしその数年後、一度は独立派に自治区として明け渡した土地に豊富な地下資源があることが判明した途端、和解のために明け渡したはずの土地を 『テロリストによって不法占拠された』という出鱈目な理由を突きつけ約束を反故。独立派に対して攻撃を再開した。

 結果、独立派の怒りは再燃し、政府に対して徹底抗戦を宣言。国内は再び戦場となり、内戦は泥沼と化した。

 

「いくらなんでも滅茶苦茶だ……視野が狭すぎる! スベトラーナは国を滅ぼすつもりだったのか!?」

「視野狭窄という点では同意するが……平野くん、恐らくスベトラーナ女史は、すべてにおいて正義を行使していたつもりだったのだろう。すべては『東スラブを発展させる』という、たった1つの正義のために。

 ……日本の空の下で平和を享受していたわたしたちにとっては、到底追い付くことはできない思想であるがね」

 

 自分たちがなにを言おうと、すべては第三者からの無責任な発言に過ぎない。そう冴子は考えていた。

 

「……サーシャ」

「ああ。ここからは、おれの口から話させてもらう」

 

 サーシャは語り始める。

 自分がまだ、ただの教師であった時のことを。そして、今まで握ったことすらなかった銃を手に取るきっかけとなった、あの日の出来事を。

 それは、まるでこの目で見ているかのように、皆の意識の中へ映し出されていた。




こういうのが一番きっつい。

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