この掌にあるもの   作:実験場

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第七話 白は溶け合い未来へと流れる

 ホームである朽ち果てた教会の入り口でヘスティアはウルキオラ達の帰りを待っていた。

 

 時刻は真夜中。魔石灯も近くに無い周囲は完全に真っ暗だ。虫の声一つしない静寂と暗闇が辺りを支配しているお陰で得もしれぬ漠然とした不安が込み上げてくるが、一秒でも早く二人に会いたいヘスティアは明るい部屋ではなく暗い外で待っている。

 

 じゃり、じゃり、と石材と砂の混じった地面を踏みしめる音が聞こえた。足音は一定のリズムを刻みながら教会へと近づいてくる。

 昼間でさえ人気の無い場所なのに、こんな夜中にやって来る人間は関係者だけだろう。

 

 目を凝らし人影を確認するとヘスティアは、ためらいなく駆け寄った。距離が縮まるにつれ容貌が明らかになっていく。

 夜の闇に浮かび上がってくる白いローブを着たウルキオラ。そして肩に担がれている──。

 

「ベル君っっっ!!!」

 

 ベルの様子が視界に入ると、ヘスティアは呼吸と心臓が一瞬止まってしまったように少し硬直して悲鳴を上げた。

 

「傷は治療した。気を失っているだけだ」

 

「そ、そうなのかい?」

 

 ベルに大事が無いのが分かり安堵の息を零したヘスティアは、事情を聞きたい気持ちをぐっと抑えウルキオラを中へと促する。

 

「早くベル君をベッドへ」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「えぇ! ベル君を痛めつけたぁ!? な、何で??!」

 

 ベルをベッドへ寝かせソファーで事のあらましを聞いていたヘスティアは思わず立ち上がると、声を張りウルキオラを問い詰めた。テーブルの上にある二つの紅茶が振動で波打つ。

 

「それが最善だと判断した」

 

 時折、ウルキオラの行動に頭を痛めていたが、いくら何でもこれはやり過ぎだと思う。苦笑いを浮かべて済ませられる問題ではない。

 

 ソファーに座り直して一度目を瞑ると、気持ちを切り替え真剣な表情でウルキオラを見つめた。 

 

「確かに独りでホームに居るのは寂しい時もあるけど、無理矢理ベル君の想いを捻曲げて側に居て貰ってもボクは嬉しくないかな」

 

 声のトーンを落として言い聞かせるように、ゆっくり続ける。

 

「だから、ウルキオラ君もそんな事は止めてくれよ。──家族同士が争うなんて……嫌だよ」

 

 

 

「……あぁ」

 

 ウルキオラの返事を聞きヘスティアは少しだけ哀しそうに微笑む。

 

 ──ウルキオラ君は分からないんだ。

 だったら、一つ一つ伝えていこう。間違っているのなら間違いだと。

 指摘し合い、足りない所は支え合う。其れこそが家族じゃないか。

 

「じゃあ、ベル君が起きたら、ちゃんと謝ること」

 

 ヘスティアにウルキオラは短く「分かった」とだけ答えた。

 

 

 謝って許してくれるかは分からない。最悪、ウルキオラと違い他にも居場所を選べるベルはファミリアから抜ける可能性もある。

 しかし、ヘスティアにとって、ベルも大切な家族の一人だから出て行って欲しくない。もし、ファミリアに留まってくれるのなら何でもするつもりでいた。ウルキオラの行動はヘスティアの為にしたものだから。

 

「後はベル君が起きてからだね。他に報告はあるかい?」

 

「俺について話した」

 

 何もないだろうと思いながらも付け加えた一言だったが、ウルキオラからとんでもない爆弾が放り込まれる。

 

「え……そ、それって何処まで?!」

 

「お前に伝えたのと変わらん。俺がこの世界の住人ではなく、どの様な存在かということだ」

 

「それ…で……ベル…君は……?」

 

 恐る恐る聞いた。

 

 ウルキオラはこの世界では異端の存在だ。

 今は必要としていないそうだが魂を喰らうなど知られれば、神は危険分子として問答無用で滅しようとし、人は化け物と罵り怖れるだろう。

 だからこそ、ヘスティアは痛めつけられウルキオラの正体を知ったベルの反応が怖かった。

 

 嫌な沈黙が部屋に満ちる。張り詰めた空気の中、ゴクリと唾を飲み込んだ音がやけに大きく聞こえた気がした。

 

 

 

「怖くない、と奴は言った」

 

 少し間が空いてウルキオラは答えた。その間に、どんな感情が込められているのだろうか。

少なくとも悪いものではあるまい。

 

 

 ヘスティアはベッドの方へ歩き、眠っているベルの頭を優しく撫でた。

 

「ベル君……君ってやつは……」

 

 もしかしたらベルは気づいたのかもしれない。ウルキオラの奥底にある願望に。

 

 ウルキオラの願望。

 そして、話に出てきたベルの願望。

 

「強くなりたいか……」

 

 何か思い当たったのか、ヘスティアはベルの枕元から離れると食器棚を漁り一枚の便箋を取り出した。乱雑な食器棚から出てきたにしては綺麗な装飾のされた便箋だった。

 

「ウルキオラ君、明日の夜から何日か留守にするけど良いかな?」

 

 疑問の眼差しを向けてくるウルキオラに便箋を開き中に入っていた紙を渡す。

 

「『神の宴』……。これに参加するのか?」

 

 『神の宴』。字面で見ると厳かで神聖なイメージを抱くが実際はそんなものではない。

 定期的に行っている訳でもなく、宴をしたい神が主催し、気が向いた神が行き、来場した他の神と雑談する。身も蓋も無い言い方をすれば人間達の行う飲み会の規模を、ただ大きくしただけのものだ。

 

「友神に少し頼みたい事があるんだ」

 

「頼みだと?」

 

「うん。ボクの友神……あぁ、ヘファイストスって言うんだけど、そのヘファイストスが主神を務めるのが『鍛治師(スミス)』のファミリアなんだ。それでベル君の武器を作ってくれないかお願いしようと思って」

 

 今回のお詫びという訳では無く純粋にヘスティアはベルの力になりたかった。

 仮にベルがファミリアを抜けると言っても、その気持ちは変わらない。想像したくないが、その時は餞別として渡すつもりだった。

 

「ベル君もウルキオラ君も命を懸けてダンジョンに潜ってくれてた。ボクだけが何もしていない。……何かしてあげたいんだ。もう、嫌なんだよ……君達の力に……なれないのは」

 

 一流の鍛治師の作る武器はどれも高級品だ。ウルキオラの活躍で多少は潤ってきてはいたが、とても今の現状では手が出る金額ではない。然もヘスティアは、これは自身の願いだからと支払いは一人で背負うつもりでいた。

 

 少しの賃金しか稼げない露店のバイトの身で……。

 

 借金の返済は何十年、下手をすると何百年とかかるだろう。しかし、それでも一向に構わなかった。眷族が命を懸けて戦っている時に、のうのうと帰りを待つもどかしさに比べれば。

 

 俯いたヘスティアの切実な告白を静かに聞いていたウルキオラが何かを考えるように顎に手をやる。

 

「まだ貯えは幾ばくかの余裕があるだろう。それを支払いに充てろ」

 

 ヘスティアはウルキオラの発言に目を丸くする。

 「あんなガキの為に、何故そこまでする必要がある」と何時もなら苦言を呈してるところを、逆に協力するような素振りを見せたからだ。

 

「あ、ありがとう。でも、あれは皆の為に使う大切な資金なんだ。ボクの問題に使う訳には」

 

()()()の為に使うことを()は了承している。何も問題無い」

 

「で、でも」

 

「俺も再びダンジョンへ向かう。前より深く潜れば稼ぎも増える筈だ。失った資金は直ぐに取り戻せる」

 

「それだとウルキオラ君だけに皺寄せが」

 

「構わん。やれる事をやっているだけだ」

 

 ヘスティアは遂に折れるがウルキオラだけに全てを被らせられない。

 

「うぅ、分かったよ。でも半分……半分はボクに払わせておくれ。お願いだ」

 

 ウルキオラの真意は何なのだろうか。

 

 今まで通り自分の負担を減らす為なのか。

 それとも、もしかしたらベルの為になることをしたいと思ったのか。

 ただ単純にファミリアの為には、それが合理的だと判断したのか。

 

 ウルキオラの真意を読み取ろうと、じっと見つめるが無表情な顔からは何も掴めなかった。

 

 ヘスティアの懇願にこれ以上は無理と思ったのか、ウルキオラは「……好きにしろ」とだけ言うと温くなった紅茶に口を付けた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「う……ん……」

 

 深く沈んでいた意識が浮上していく。

 ぼんやりと薄く瞼を開くと魔石灯に照らされている見慣れた天井がある。

 体を包み込む感触は、柔らかいふわふわとしたシーツ。

 

 あれ? と不思議に思ったベルは意識をはっきりさせようと上半身を起こした。

 

「ぐぇっ!」

 

 何か大きなものが、いきなり腹部に突撃してきた衝撃で潰れた蛙の断末魔のような声を上げてしまう。

 驚いて目を向けるとヘスティアの幼い顔が目と鼻の先に。

 

「うわぁ! かかか、神ささささっ!??」

 

 反射的に後ろに下がって身を仰け反らせてしまい、ガンッと後頭部を壁に強かに打ってしまう。

 

「痛っ!」

 

 勢いよく後頭部を打ちつけた痛みで、思わず身を丸めようと上半身を倒しかけた。

 そうすると、目の前にはヘスティアの顔があるわけで。

 

「あ゙」

 

「え」

 

 額と額が、ごっつんこ。

 

 

 ベッドの上で悶絶する二人を見たウルキオラの「何をやっているんだ、お前等は」という声がやけに冷ややかだが、それどころではない。

額だけのヘスティアは兎も角、額、腹部、後頭部のトリプルコンボを決められたベルは堪ったものではなく、二本しかない腕を患部の三カ所に行ったり来たりさせている。

 

「丸一日寝たままだったから心配したよー!」

 

 額の痛みから回復したヘスティアが今度は胸に抱きついてきた。

 

 甘い香り、密着した丈の短い白いワンピース越しに感じる豊満な体に、痛みなど何処かに飛んでいった健全で思春期真っ只中のベルは、思考回路が焼き切れるのを理性を総動員して必死に抑えこみ昨日の記憶を紐解いていく。

 

「……ん? 確か僕はダンジョンで……」

 

 ダンジョンという単語にヘスティアの肩が、ビクッと揺れる。

 

「それは……ウルキオラ君が運んでくれて……」

 

 ヘスティアの視線を追うとウルキオラがソファーに座ったまま此方を見ていた。

 

 思い出されるダンジョンでの戦い。

 気まずい空気が地下室に流れ、カチコチと柱に掛けられた時計の秒針の音が響く中、ウルキオラが立ち上がりベッドへと近づいてくる。

 ベルは緊張で身が固くなるのを自覚した。

 

「どうやら俺が間違っていたようだ。謝罪する」

 

 ウルキオラの予想だにしない言葉にベルは目に見えて動揺した。

 

「うえぇっ?! あ、え、僕の方こそすみません!」

 

「何故お前が頭を垂れる。己の意志を示しただけだろう」

 

「えっと、いや、それは……」

 

 身体が強張っているヘスティアを疑問に思いながらも退かすとベッドから離れ、ベルは思いっ切り頭を下げた。

 

「すみません! あの時、僕はウルキオラさんに嫉妬していました! だから変に突っかかって……。すみませんでした!!」

 

 今度はヘスティアに体を向け頭を勢いよく下げる。

 

「神様も心配をお掛けしてすみませんでした!!」

 

 嫌われたかもしれない。多大な迷惑をかけたのだ。ウルキオラにいたっては助けに来てくれたのに嫉妬するなんて。もしかしたら、この告白で不快になってファミリアから出ていけと見離される可能性もあったが言わずにはいられなかった。それが黒い感情を抱いてしまった事に対するベルなりのけじめだった。

 

「厚かましいのは分かっています。でも、どうか今のまま僕をこのファミリアに居させて下さい! お願いします!!」

 

 ベルはこの場所(ファミリア)に居られるのなら何でもするつもりでいた。

 他に行く所は無い。行きたいとも思わない。

 ヘスティア・ファミリアはベルにとって代えなどきかない、大切な唯一無二の居場所となっていたのだから。

 

「ふぇ……」

 

 裁判官の判決を待つ罪人のような心持ちで頭を下げていたベルの耳に、か細いしゃくった声が入ってくる。

 

「ふえぇぇぇ~~~ん!」

 

 ヘスティアの泣き声だった。

 

「今回のごどは、ぢゃんど、話せでいながっだボグが原因なんだ~~! 二人共、ゴメ゙ン゛よーー!!」

 

「か、神様?! そんな僕の方こそ!」

 

「お前の意を正確に汲めなかった俺に非がある」

 

 急に涙を流して謝るヘスティアに慌てて何度も頭を下げるベルと謝罪のようなことを口にするウルキオラ。

 

 其処には三者が他の二人に謝る光景があった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 程よくキツネ色に焼けたパン。赤、緑、黄色と彩り鮮やかな野菜の上に薄くスライスされた肉の乗った、塩と胡椒とオイルで簡素に味付けされたサラダ。湯気を立てているスープ。

 ヘスティア・ファミリアの三人は食事の真っ最中だった。

 

 あの後、泣き止んだヘスティアの「皆が皆に悪いと思って謝ったのなら、今後同じ事をやらないよう肝に命じて、この件はお終い」との言葉で場は締められ遅い朝食の運びとなった。

 

 音を立てず上品にスプーンでスープを掬うウルキオラ。

 ずっと寝ていたせいか食欲旺盛なベル。

 ヘスティアはパンを細かく千切り小さな口へ持っていきながら二人を観察していた。

 

 この朝食は準備をしようとしたベルを止めヘスティアが用意したのだ。当然反応が心配になる。

 食べるペースから不平不満はなさそうだが、それでも気になり食い入るように二人を見ていたヘスティアの前で、ベルがウルキオラに話し掛ける。内容は他愛も無い世間話だ。

 

 ──ベル君! ウルキオラ君に意味のない会話は駄目だーー!!

 

 過去にもベルが内容の無い話を食事中にしたが「無駄話をする暇があるのならさっさと食え」だとか、酷い時には「黙れ」の一言で無駄を嫌うウルキオラにバッサリ一刀両断されていた。

 

 折角仲直りしたのに、と気を落とすヘスティアはあることに気がついた。

 

 

 ウルキオラの態度が軟化している。

 

 ベルに相変わらず無表情で素っ気なく返してはいるが言葉に棘が無い。嫌悪のような気配も薄れている。

 ベルもまた、ウルキオラとの距離──物理的ではなく内面の──が近い。

 

 ダンジョンで何かあった? と考えつくが聞くのは野暮だと思ったヘスティアは満面の笑みを浮かべると、料理の反応など忘却の彼方にすっ飛ばして二人の会話に交じっていった。

 

 楽しく毎日でもしたい三人での食事。夕食も……。

 

 「あ」と口から間抜けな声が出た。

 

 忘れてた。

 ベルが予想以上に寝ていたのと安堵から泣き出したことで、すっぽり頭から抜け落ちていた。 

 

「そのー、ベル君。夜からボク達、数日出掛けるけど大丈夫かい?」

 

「大丈夫ですけど……お二人で何処かに行かれるんですか?」

 

 仲間外れと思ったのだろうか、少し寂しそうにしたベルに手を振り慌てて否定する。

 

「違うよ! ウルキオラ君はダンジョンへ、ボクは『神の宴』っていう会合があってそれに参加するんだ」

 

「そうだったんですね。僕の事は気にしないで大丈夫です。ちゃんと留守番してますから、楽しんできて下さいね」

 

 屈託も曇りも無い笑顔に感極まったヘスティアはベルの顔を胸に抱え込んだ。ワガママボディの象徴たる実りに実った双丘が、むぎゅうと形を変える。

 

「君はなんて良い子なんだい!」

 

「ふぁふぁふぁ、ふぁみ()ふぁま()っっ?!!!」

 

 ふくよかな胸の中で耳朶まで真っ赤になってもがくベル。

 ベルの頭に頬摺りするヘスティア。

 二人を呆れたような冷めた目で見ながら黙々と食事をしているウルキオラ。

 

 

 こうして、慌ただしく騒々しい、しかし幸福なヘスティア・ファミリアの朝食の時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 夕日の名残が僅かにあるが殆どの部分が黒に染まっている、夜と呼ばれる時刻の少し前、朝食後『豊饒の女主人』へ行き謀らずも食い逃げしてしまった謝罪と支払いを済ませたベルとホームに残っていたウルキオラに見送られ、ヘスティアは『神の宴』へ出発しようとしていた。

 

「じゃあ、行ってくるよ。ベル君もダンジョンに潜るのは良いけど、くれぐれも無茶しないこと」

 

「はい。しっかり肝に命じておきます。神様も友神の方達と楽しい時間を過ごしてきて下さいね」

 

「……友神……友神か……」

 

 変なスイッチが入ったのかヘスティアは瞳に陰が差し「ふふふ」と邪悪な笑みを浮かべ手をパキポキと鳴らす。

 

 ベルはどん引きしている。

 

 ベルには友神と会うためと言ったがヘスティアの目的は勿論違う。ヘファイストスに武器をお願いするのが第一だが、実はベルにもウルキオラにも伝えていない他の目的があった。

 

 自分の大切な眷族に粉をかけている二柱の神に一言物申すつもりだった。

 ベルを誘惑した眷族を持ち、何かと自分をからかってくる無乳女神(ロキ)

 ウルキオラを誘った、ちょっと苦手意識のあるフレイヤ。

 この二柱には文句と言う名の釘を差しておかなければならない。ロキに関しては完全に八つ当たりのいちゃもんに近いが、そんなこたぁ知らない。気にしない。

 

 まあ、二人が『神の宴』にやって来たらの話ではあるが。

 

 

 ヘスティアは戦場にでも赴くかのように、ふんす、と鼻を鳴らすと気合いを入れホームを後にした。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ロキ・ファミリアのホーム、『黄昏の館』の正門前ではファミリアの幹部達が豪華な黒いドレスを着こなしているロキの前に集まっていた。

 

「頼むよ、ロキ」

 

「任せとき、絶対にウルの件を進めてきたる」

 

 フィンに答えたロキは集まっている皆を見渡す。数は一人足りていない。

 

「ベートはまだ戻っとらんのやね」

 

 幹部の中でベートの姿だけが見えない。

 『豊饒の女主人』での一件から未だ帰ってきていないのだ。何の準備もせず一日と半日以上もダンジョンに潜っているが、まあ、ベートなら大丈夫だろうと馬車に乗り込む。

 熱くなりやすいが、ああ見えて冷静な部分もある。退き際は心得ているだろう。

 

「ほな、行ってくるわ」

 

 窓から軽く手を振ったロキはゆっくり動き出した馬車で考えを巡らせる。

 

 出来ればウルキオラの主神が誰であるか知りたい。だが、馬鹿正直に聞いて回れば娯楽に飢えている神々によって一気にウルキオラの帰還はオラリオ中に広まるだろう。

 それは駄目だ。何より、現在ロキ・ファミリアに所属していないとバレるのが不味い。

 以前はオラリオ最大派閥にいたからこそ、報復を恐れてちょっかいを出す神はいなかったのだ。もし現在、弱小のファミリアに所属していたら勧誘合戦となるだろう。騒動を嫌って閉じこもられたり、最悪オラリオから出て行かれる可能性もある。

 

 ロキはウルキオラが所属しているのは、オラリオの外からやってきた弱小のファミリアだと推測していた。

 まず、『神の恩恵』無しではウルキオラが外で行った、巨大モンスターの討伐、人身売買をしていた地下組織の壊滅、国を股にかけた盗賊団の殲滅等は有り得ない。よって『神の恩恵』を外で受けている。

 

 そして、これらの偉業は一つの地域ではなく離れた各地で達成されている。

 基本的に主神と眷族達は近い場所にいるもの。ということはファミリア全体で移動した筈だ。大所帯で此処まで身軽に移動出来るとは考えにくい。それに身体能力で劣るロキは間に合わず『豊饒の女主人』で見ることは叶わなかったが、ウルキオラはローブで姿を隠してると聞く。それなりの力を持ったファミリアであれば隠す必要はない。これは正体がバレれば所属するファミリアではトラブルを跳ね返す力が無いからだろう。

 

 ここまで考えたロキに嫌な考えが過ぎった。考察が正しければウルキオラは弱小のファミリアに迷惑をかけないようにしている。

 

 

 それは今のファミリアに愛着を持っていることに他ならない。

 

「っ!」

 

 ロキは幼児が嫌嫌をするように目を固く瞑り首を左右に大きく振った。

 

 叶うならウルキオラに戻ってきて欲しい。無茶な要求をされようが帰ってきてくれるなら喜んで飲む。

 その為には、先ず居場所を突きとめなければ始まらない。

 

 堂々巡りで振り出しに戻るが、ウルキオラが帰ってきたのを公にしたくない以上、打てる手は限られてくる。

 

 秘密を守り信頼出来る神格者の友神に協力をお願いするしかない。

 

 何人かの友神が浮かぶが、どれも当てにはならなかった。どの神も癖があり腹に一物ある者ばかり。他のファミリアなどお構いなしに興味を持った人間を手中に収める、神友のフレイヤなど最もたる者だ。ウルキオラを多少なりとも気に入っていたフレイヤであれば嬉々として介入してくる。昔はロキの抵抗とウルキオラの断固の拒否によって事なきを得ていたが、今の弱小のファミリアがフレイヤを押さえられるとは思えない。フレイヤに囲われれば話どころか会うのさえ困難になるだろう。

 

 何としても内密に進めなければと意を強くしたロキの頭で一人の神物が白羽の矢に当たる。

 

 ──ファイたんなら

 

 ヘファイストスであれば協力を仰ぐのに最適だ。ファミリアも大きいのでそれなりの情報網もあるうえに、神々の中でもかなりの神格者。きっと打算無く協力してくれるだろう。考えれば考えるほど適任者だ。

 

 少し希望が見えてきたロキは御者席にいるラウルに指示を出した。

 

「よっしゃ! そうと決まれば善は急げ。ラウル、スピードアップやー!」

 

 馬車はロキの気持ちのように軽やかに『神の宴』へと駆けていった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「あなたはどう思うかしら? オッタル」

 

 『摩天楼施設(バベル)』の最上階でフレイヤは後ろに控える最強の従者に問いかける。

 

「フレイヤ様の仰る通り違和感を感じます」

 

「ウルキオラの追放……。彼は何故、追放されなければならなかったのかしら」

 

 気紛れな女神フレイヤが当時参加しなかった緊急の『神会(デナトゥス)』は相当に紛糾したようだった。

 神殺しの現場にいた神達は極刑を主張。

 ウルキオラを断頭台に送れば全面戦争も辞さないというロキの発言から荒れに荒れて追放へと収まったらしい。

 

 そもそも、これは根本的におかしい。

 

 人の生き死にを裁く。神にそんな権利は無い。

 何故、分かっているだろうに現場にいた神は極刑を押しつけようとした。

 何故、極刑を望んでいた神は追放で済ませたのか。

 何故、ロキは追放を了承したのか。

 

 話を聞くだけなら無罪とはいかないまでも、極刑、追放という単語が出るような事ではない。捕らえられた神々はどのみち天界に送還されるはずだったのだから。

 

「やはり何かあるわね」

 

 フレイヤは眼下に広がるオラリオの街並みに視線を移した。街は、ぽつりぽつりと明かりを灯していき、舞踏会に参加する少女のように晴れやかに着飾っていく。

 

「ウルキオラの件は誰にも漏らしてないわね?」

 

「はい。情報収集にあたった者にも固く口を封じております」

 

「外部には一切漏れていない……か」

 

 ロキはウルキオラが戻ってきていることを知っているだろうか? 軽く探りを入れてみるのも面白いかもしれない。

 

 フレイヤには、ウルキオラがロキ・ファミリアに戻らないと確証を持って言えた。

 一緒に過ごしてきたというアドバンテージが最大のネックになると知るからだ。

 

 

 ウルキオラの件、そして街で偶然見つけた、透き通る今までに見たことのない色をした魂を持つ白兎のような少年の件を想い、フレイヤは不敵に楽しげに笑う。

 

「ふふ、今夜は楽しくなりそうね」

 

 

 三者の女神の思惑、想いを乗せ──

 

 

 

 

 

 『神の宴』の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 


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