イコセニ   作:中原 千

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今日も少しギリギリになってしまいました。





第29話

桐崎さんが目を開けたのを確認し、安堵していると、唇に何か柔らかいものが触れた。

 

 

……?!

 

 

 

こ、この感覚は……

 

 

経験はないが、おそらくキスだろう。

 

 

 

……って、キ……キス?!

 

 

 

もももももちつけ、俺!

 

 

ビークール、ビークールだ。

 

 

……だめだ、顔が熱い。視界が揺れる。頭が働かない。

 

このままじゃだめだ、何とかしないと……

 

 

何も思い付かないッ!

 

 

どうする?!どうする?!

 

 

…いやッ、あるッ!

 

 

たったひとつだけ、とっておきの策がッ!

 

 

息が止まるまでとことんやるぞ……

 

 

 

 

 

 

逃げるんだよォォォーーーーーッ!!!

 

 

 

僕は縮地でその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、僕は山にいた。

僕が小さい頃に修業していた山だ。

 

……ふぅ、少し落ち着いた。

 

 

……失念していた。

 

あべこべ世界に来て、僕の立ち位置がクラスのアイドルになって、なんでもできる気になってたけど、そうじゃなかった。

変わったのは、あくまで世界の方で僕自信は何も変わっていなかった……

 

あべこべ世界になる前から……いや、転生する前から、ずっと変わらず僕は僕だった。

 

魔法が使いたい、非日常に憧れるなんて言って来たけど、結局のところ僕は自分を変えたいだけだった。

 

 

 

 

 

 

転生に胸を高鳴らせた?

 

当たり前だ。

大嫌いな僕という存在をリセットできたんだから。

 

 

あべこべ世界にテンションが上がった?

 

自分を変えなくてもチヤホヤされる立場になったからだろう。

 

 

 

嗚呼、嫌だ。

 

 

僕はアイドルじゃなくて、いまだに前世から変わらずにただのDTのままじゃないか。

 

 

キスされただけで、テンパってこんなところまで逃げてきたのがいい証拠だ。

 

仮にもここはあべこべ世界なのだから、僕が逃げたせいできっと桐崎さんに迷惑をかけてしまっただろう。

なんと謝ってどう解決すれいいんだ……

 

 

考えれば考えるほど自分がいやになり、鬱屈とした感情が澱となって溜まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だめだ!

僕がダメなのはもう分かりきっているが、このままなのはもっとだめだ。

 

 

何かないかと探ってみると、腰に刀を差していた。

無意識に持ってきていたらしい。

 

 

 

抜刀し、素振りをはじめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

……一振りごとに淀みが消える。

 

 

……一振りごとに心が落ち着く。

 

 

……一振りごとに頭が冴える。

 

 

……一振りごとに刀と一体になる。

 

 

 

暫くして、素振りを止める。

 

 

 

息を落ち着かせ、精神を研ぎ澄ませる。

 

気配を殺して、集中が高まった所で行動を開始する。

 

 

 

……一歩音を超え

 

 

思考が冴え渡る。

 

 

……二歩無間

 

 

目の前がはっきりと見える。

 

 

……三歩絶刀

 

 

 

今の自分の全てを注ぐ。

 

 

 

 

『無明 三段突き』

 

 

 

 

 

 

放たれたのは……「ほぼ同時」の突き。

 

 

 

失敗である。

 

 

 

……理想はやっぱり遠いなあ。

 

 

 

失敗ではあったが心は晴れ晴れとしている。

 

 

だって、僕の剣技は「前より良くなって」いたからである。

 

 

 

練習を始めた頃はヒドイものだった。

重心はぶれていたし、剣筋もへなちょこだった。

 

 

それが今では、綺麗な体運びに、鋭い剣筋、いつの間にか縮地を覚え、気配も読めるようになった。

 

確実に目標に近づいている。

 

僕の剣技は、変わったのである。

 

山での修業は僕を成長させた。

 

決していい面だけじゃなかった。

大切な思い出を薄れさせてしまった。

その事をとても後悔した。

 

 

でも、僕の一部は変わった。

 

なら、残りも変えればいい。

 

きっと出来るだろう。成功例はあるのだ。

 

 

体が軽い。もう迷いはない。

 

 

早く家に帰ろう。遅くなったら、桐崎さんに余計に迷惑と心配をかけてしまう。

 

 

この後、桐崎さんになんて言うかはまだ思い付いていない。

 

 

だけど、今の冴えた頭なら、何かいい案が浮かびそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

……そうだ、帰ったら親父に相談してみよう。

あべこべ世界の親父なら、いい相談相手になるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅にて、

 

 

「お、帰ったか、白。」

 

 

「ちょうど良かった。ちょっと相談があるんだけど」

 

 

「何でェ、藪から棒に?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ップハァッ、クハハハハ!!!

キスされて逃げたって、フヒッ!

あんなデカイこと言って、そりゃねーだろうよォ、プハハハ!!!」

 

 

「うっせー、気にしてんだから、あんまり笑うなよ……」

 

 

失礼な父親である。

曲がりなりにも、僕は前の世界でいう娘ポジションだぜ、普通笑うかよ……

 

 

いや、マジギレからの全面戦争よりはマシだけど……

 

 

 

「だってよォ、クハハハハ!!!」

 

 

 

「んで、どうすればいいんだよ?」

 

 

 

「そんなん何もしなくていいんだよ。」

 

 

「ああ?」

 

 

僕が親父の言葉を訝しんでいると、

 

 

「いい男ってのは余裕があんだよ。

そんなに慌てて何かしなくても、相手から何か仕掛けてくるだろうよ。

お前ェはどっしり構えてな、白!」

 

 

「……そんなもんか?」

 

 

 

「そんなもんだ。」

 

 

親父はニヤリと笑ってこたえる。

 

 

……なんとなく説得力を感じる気もする。

 

 

やっぱり、親父に相談して正解だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後の小野寺さん

 

 

「一条君!AED持ってきたよ!

……って、いない?!

あっ!桐崎さん!無事だったんだね、良かったぁ。」

 

 

「…………」

 

 

「あれっ、桐崎さん?……どうしたんだろう?

ねぇ、るりちゃん。そういえば、一条君はどこにいるの?」

 

 

「…………」

 

 

 

「えっ、るりちゃんまで?!」

 

 

 

「あっ、小咲来たのね。」

 

 

 

「う、うん……ねぇ、一条君ってどこに行ったの?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「えっ?!どうして、また固まるの?!」

 

 

 

 

 

 




投稿時間について検討した結果、このままバラバラの時間にする事が決定しました。

毎日投稿の方はまだ続ける予定です。

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