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『鬼と人間』
普通であれば戦いになどならないだろう。鬼からの一方的かつ無残な一撃で人間など砕け散ってしまう。
しかしどうだ。
この人間は全力で顔を殴っても死なない。それどころか凄い形相で向かってくる。面白い。実に興味深い。
萃香は、そんな想いをここ数分の立ち合いで持つようになった。ベジータという〝普通〟とは大きくかけ離れた人間に、気付かないうちに惹かれていっているのだ。
互いがフルパワーになり、楽な姿勢で2人は見つめ合う。プライドを汚された怒りや、好敵手に出逢えた喜びなど様々な感情が生まれているが、そんなものは考えない。相手を倒す為には不必要な感情だからだ。それほど萃香とベジータは互いに高い評価をしていた。
「先に動くのは……どっち?」
実際に戦っている2人よりも、それを見守っているさとり達の方が緊張していた。なにしろ、ただの拳がミサイル顔負けの威力を誇っている2人だ。フルパワーになった今、どちらも頑丈とはいえ一撃で勝敗が決してしまっても不思議ではない。
さらに心配な事もある。
恐らく、いや間違いなく攻撃力が幻想郷トップレベルの2人の戦いが長引くことでもあれば、旧都が無事では済まないと言うことだ。充分な広さ、頑丈さである旧都であれど、この2人なら絶対に安心とは言えない。
他にも心配な事はあるが、さとりがそんな事を考えていると、遂に2人が動いた。どちらが先に動いたのか?
違う。
同時にだ。
「だああああああッ!!!」
「はああああああッ!!!」
互いに動く瞬間がわかっていたかのように、全く同じタイミングで両者は殴り掛かった。助走たっぷりでぶつかり合った2人の拳は、触れた瞬間に爆発音が響いた。地面は抉れ、崩れ始める。
いやそんな事は誰の目にも入っていない。注目すべきはぶつかり合った2つの拳。ぶつかり合って数秒経つが、どちらも拳を離そうとはしない。違う、離せないのだ。
「互角ッ!?」
「互角ッ!?」
さとりと勇儀は声を荒げて驚く。双方ともの拳の威力が全くの互角だったからだ。
このオレと……互角だとッ!!!
ぶつかり合っている中、ベジータはそう悔しがった。何年も何十年も鍛え上げてきた己の身体。その身体で放った右拳が、細腕で見た目少女の萃香と互角である事に苛立たない筈は無い。無論、萃香が鬼であり只の少女では無いことを頭ではわかっているのだが、本能が納得いかなかった。これは、以前に人造人間18号と戦って敗れた時の気持ちと類似していた。
一方、ベジータと全く同じ事を萃香も思っていた。鬼である自分が人間であるこいつに、と。こちらも本能が納得できないのだ。
萃香とベジータ。
2人は相手の事を高く評価してはいるが、それ以上に評価している者がいる。
それは───自分。
ベジータはベジータ自身を。
萃香は萃香自身を。
この2人は誰よりも己の事を評価、信頼している。先程さとりがベジータに対して感じ取った事だが、それは決して驕りや慢心の類ではなく、絶対的な自信からきているものだ。
〝オレが負けるはずない〟
〝私が負けるはずない〟
この2人はよく似ている。高いプライドを持っているところもそっくりだ。それを2人に言ってもまず間違いなく否定するだろうが、第三者からすればそう見えるだろう。
「はああああ…………!」
しかしその均衡も崩れ始める。
ベジータは〝気〟を右腕に集中させる。元々黄金の光を帯びていた右腕はさらに強い光を発するようになった。すると徐々に、徐々に、ベジータの拳が萃香の拳を押し始めた。
驚愕の表情をする萃香。
私が人間に劣っている? そう思っている事は、誰の目から見ても明らかだった。
「ぐっ……ふはは!ふははははははは!」
声を上げて笑う萃香。自分が追い込まれているにも関わらず、甲高い声で笑い続ける。
しかし、すぐに笑い声は止まった。
そう。遂にベジータの一撃により、押し飛ばされてしまったからだ。
倒されたわけではなく10mほど後退しただけなのだが、ある意味この戦いで1番のダメージを負った萃香。
その一瞬の放心をベジータは見逃さない。高速で萃香との距離を詰め、打撃攻撃を繰り出す。今は右腕だけに〝気〟を集中させているわけではなく、いつもの様に平均的に纏っていた。
右、左、左、右、右、左、右、と。数えるのが馬鹿らしくなるような手数とスピードで嵐のような攻撃をしていくベジータ。萃香は歯を剥き出しにして笑ってはいるが決して余裕なわけではない。
激しい攻防の末、遂に萃香のガードが弾かれて無防備になった。ベジータはその隙に萃香の腕を掴み、3回転して勢いをつけ、壁に向かって放り投げた。萃香は受け身も取れずにモロにぶつかり、激しい音を立てて壁は崩れ落ちた。
「ビッグ・バン……」
萃香に向けてベジータは手を向ける。すると掌が光り始め、巨大な気弾が生まれた。ベジータは幻想郷でいくつか気弾を放ってきたが、この大きさは今までの比ではない。魔理沙に向けて撃ったものとも根本が違うレベルの高密度さだ。
「──!」
「──!」
傍観していた勇儀とさとりが、一目散にその場から離れた。それもその筈。ベジータの、次の一撃。その破壊力を肌で感じ取ったからだ。自分達とは真逆の方向に手を向けているベジータだが、今の場所だとその衝撃の余波で無事では済まないと即理解したからだ。
「き、旧都が……」
「アタック……!」
金色のベジータが小さくそう呟くと、まるで小さな太陽の様な気弾は萃香の居た場所に放たれ、大爆発を起こした。
旧都、いや地底全体が揺れる一撃であったが、さとりの思っている程の被害は出なかった。それはベジータが手加減をしたからというわけではなく、高密度ゆえに爆発範囲もそれ相応の広さになったからだ。しかしそれは威力が低いというわけではない。むしろ逆だ。爆発範囲が狭いからこそ、その範囲内では絶大な破壊力を誇っている。モロに食らったのであれば鬼と言えども〝死〟は免れない。
しかし萃香は死ななかった。
死なないどころかダメージも食らってはいない。当然だ。ベジータの背後に萃香は移動していたからだ。
「なるほどな。今もさっきもこうして避けたわけか」
「なんだって……?」
「きさまの能力は、空気の様なものにカラダを変化させられるものだ。それを使ってさっきも今も攻撃を躱したんだろう?眼では追いきれなかったが……きさまの〝気〟は捉えた。どうだ、違うか?」
「……」
沈黙。それが答えだった。
『密と疎を操る程度の能力』
それが萃香の能力だ。あらゆる物の密度を自在に操る能力。萃香はその能力を使い、自分の姿を霧に変え、ベジータの攻撃を避けていた。ベジータはそれを空気と判断していたが正確には霧である。
萃香は自分の能力を知られたくはなかった。ベジータならば相手の能力を理解したらすぐに対応できるとわかっていたからだ。
打撃の攻撃中には使わず、弾幕つまり気弾の攻撃中だけにしか使わなかったのは、爆風に紛れて霧になれば能力を知られる可能性は低いと考えていたからだ。それでもいつかは必ずバレてしまうとは思っていたが、こんなに早くバレてしまうとは想定外だった。
「バレちゃあしょうがない……じゃあやっぱりコレしかないね」
萃香は常に身につけている三つの分銅を振り回し始める。赤色で三角形のもの、青色で四角形のもの、黄色で球体のものと、三つ全てが違う種類の分銅だ。
「やあああッ!」
分銅を振り回したまま武器として萃香は突進していく。拳打や蹴りをしていくと分銅も一緒になってベジータに襲いかかる。が、分銅の動きはあくまで萃香の動きと連動しているので、萃香の動きを見切っているベジータには当たらない。
常日頃から身につけている萃香よりも、ベジータの方が分銅の動きを上手く予測できていた。これは莫大な戦闘経験による〝直感〟によるもの。
「フンッ!」
「ぐあッ……」
隙をついたベジータの蹴りが萃香の腹に突き刺さる。まともに入ったため、苦しそうな顔をして顔を歪める萃香。そんな事にはお構いなしにベジータは何発も追撃を加え、遂に萃香からダウンをとった。先程と違い、打撃でかなりのダメージを与えていた。
「終わりか?」
「ベ、ベジータぁ……!」
悔しくてベジータを睨みながら見上げる萃香、そして対照に見下ろすベジータ。現段階では完全にベジータが押していた。
「な、何故だ?何故能力を使わないんだ萃香!?アンタが能力を使えば倒せるだろう!?」
戦いの巻き添えにならない様に、勇儀とさとりはかなり距離をとって見守っていた。そこで勇儀が疑問に思ったのは、何故萃香は〝攻撃時に能力を使わないのか〟というものだった。
先程迄は能力がバレてしまう心配があったので自重していたが、今は既に知られているので関係はない。『密と疎を操る程度の能力』を使い、霧になって相手の混乱を誘ったり、身体を巨大化させ、破壊力を増大させて戦うなど、萃香にはいくつも手がある筈。
なのに何故それをしない?というのが甚だ疑問であるのだ。
「いや……使わないんじゃなくて使えないのよ。いや、更に正確に言うと、
勇儀の横で2人の戦いを分析していたさとりが、険しい顔をして呟く。勇儀はさとりの言葉の意味がわかっていない様子。
「私が知っている限りだと、この場合だと萃香は2つの戦い方ができるわ。
1つ目は霧になって混乱を誘う戦法。
2つ目は萃香自身が巨大化する戦法。
あくまで私が知っている限りだけど、1対1だとこんな戦法が考えられる」
さとりが考えた2種類の戦法は、直前に勇儀が思いついた戦法と全く同じものだった。
「普段、萃香が能力を使う際に起こるデメリットはないわ。発動させるのに体力を使い過ぎるだとか、体力が少ない状態だと使えない、とかね。だから使わない、もしくは使えない可能性が存在すると仮定するならばそれはつまり……」
「ああッ!もう!回りくどい言い方をするねえアンタも!物事をもっと簡潔に述べたらどうだい!」
さとりには、思った事を全て口に出して考察する癖があり、それに苛ついた勇儀が答えを簡潔に頼んだ。さとりは勇儀の顔を見て溜息を吐き、直ぐに目線を戦場へと戻した。睨み合っていたベジータと萃香は再び殴り合っている。
「安心して。答えは簡単よ。つまり──
その2種類の戦法がベジータ相手には通用しないからよ」
「何だって!?」
「ベジータの〝勘〟は鋭すぎる。萃香が霧になろうとも簡単に気配を察知してしまうわ。打撃系の攻撃は通じないとしても、ベジータにはあの超威力の弾幕がある。アレを全方向に向けた衝撃波を放たれれば、いくら霧になった萃香であれどタダでは済まないわ。だから萃香は霧状にならないのよ」
さとりの言葉に付け加えるとすれば、霧になれば打撃技を通用しないにしろ、全方向の攻撃だと流石に命中してしまう。その際に、霧になった身体だと防御が出来ないため、萃香に大きなダメージが通ってしまうのだ。
「じゃあ巨大化は!?」
「それはもっと簡単な問題じゃないかしら。萃香の巨大化は攻撃の破壊力が増す反面、身体の面積が広くなるから勿論攻撃を食らいやすくなるわ。一度その話を萃香自身ともしたんだけど、防御力が増幅するわけではないそうよ。そう考えると、ベジータ相手だとリスクがあまりにも大きすぎる」
さとりの話は全て仮定である。なのでそれが正しいのかさとり自身にもわからなかったが、実際は───その通りだった。
「はあああッ!」
「ぐ……やあああッ!」
依然としてベジータが押している。
萃香は自分の能力を使ったとしても、ベジータを倒し切れるとは考えていなかった。いや、考えられなかった。どう攻めても自分が追い込まれていく図が嫌でも頭に浮かんでいく。苦し紛れの弾幕を放ってもベジータはそれを手で弾いていく。その際に目線を萃香から外す事はないので、誘導にもならない。元々萃香は肉弾戦に特化した鬼である為、弾幕の威力は大してなく、無駄の大きい攻撃になっていた。
「……フンッ!」
「──!」
遂には打撃系だけではなく、気功波までもが萃香に直撃した。その威力は、食らって暫く立ち上がれない萃香をみれば誰でも察しがつく。霧になって躱すこともできたタイミングだが、萃香の気持ちが切れていたのか、それは間に合わなかった。
「ぐああ……ッ!ま、負ける……?この私が……?」
「終わりだな。伊吹萃香」
トドメの一撃を刺さんと、ベジータが跪いている萃香に手を向ける。そして、先程と同じ様な気弾が掌から出現した。『ビッグ・バン・アタック』を撃つつもりだ。
勇儀はそれに気付き、全力で止めに走った。一方さとりは動かない。否、動けなかった。ベジータの圧倒的な威圧感と殺意を目の当たりにして、脚がすくんでしまったのだ。
「こ、殺すつもり……本当に……」
心を読んだわけではないが、さとりは肌でそう感じた。
負ける。
鬼である私が。人間である
負ける。
負ける。
負ける。
「……ない」
「……なに?」
地面に向かって小さく呟いた萃香に、ベジータが訊き返す。
「負け……ない。負けない。負けない。負けない」
「……」
「負けないッ!負けないッ!負けないッ!負けないッ!負けるはずがないッ!私がッ!この私がッ!
気持ちが切れてしまったと思われた萃香が、『負ける』という概念を頭からかき消し、体力を振り絞って立ち上がった。いま立ち上がれたのは、鬼という種族の誇りのおかげだ。
「私が勝つッ!私がッ!
萃香のあまりの気合いに、駆けつけようとした勇儀も脚をすくませていたさとりも声が出せない。
しかし、目の前にいる男は違った。
「やれるものならやってみるんだな…このオレを殺せるものなら殺してみろッ!!!」
ベジータの〝気〟が更に上がる。そして充分に溜まった『ビッグ・バン・アタック』を放とうとした。その瞬間。
「────ッッッ!!!?」
身体全体が締め付けられる感覚に襲われた。苦痛。こんな苦痛は生まれてこの方初めてだった。どんな攻撃よりも身体が苦しくて痛い。主に頭が。
「うう……あッ…… ああああああああッ!!!!!」
「ベジータ!?」
「ベジータ!?」
ベジータは頭を抱えて膝をついた。しかし痛みは増すばかりだ。さとりや勇儀だけではなく、対峙していた萃香すら何が起こったのかわからない顔をしていたが、そんな事はどうでもよかった。
今が
萃香は跪いたベジータに破壊力満点の攻撃を加える。一撃一撃がクリーンヒットし、ベジータは大量の血を吐く。
明らかにベジータの様子がおかしい事は気付いていたが、今は『殺し合い』の途中であり、大きな
ベジータもなんとか攻撃を止めようとするが、あまりにも身体が痛んでまともに動けない。萃香の攻撃よりも謎の痛みの方がダメージが大きい様子だ。
「う……」
遂には
「はは……はははははッ!!!」
しかしそうすると萃香が止められない。いくら痛みが小さくなったといえど、通常の状態で勝てる相手ではない。
「はあ……はあ……ッ! きさ……きさまァ……!」
ボロボロになり血だらけのベジータ。かなりの重症だが、眼はまだ死んでいない。今日一番の眼光で萃香を睨む。
「睨んだってダメさ……これで……
終わりだッッッ!!!!!」
萃香から渾身の一撃を込めたトドメが放たれた。
が、その一撃は空を切る。
眩しい。
真っ暗だった地底とは思えないほどの眩い光が、急にベジータを包む。いや、ベジータだけではない。萃香。勇儀。さとり。旧都にいた4人全てを青白く、清らかな光が包み込んだ。
まるで、場所が変わったかの様に。
否。
まるで、ではなく事実変わっていた。
4人は一瞬にして地底から地上へ移動していた。ベジータはこの場所に見覚えがない。和風の作りである大きな建物が、綺麗な桃色の桜の木に囲まれて来客を静かに待ち構える様に建っていた。
「ここは……何処だ」
誰よりも早くベジータが口を開く。すると建物の中から見覚えのない女性が現れた。
「此処は『白玉楼』 亡霊・西行寺幽々子に頼んでこの場をお借りしました」
女性、というよりは霊夢や魔理沙のような少女だ。緑の眼をベジータに向けながら歩み寄ってくる。その眼は一言でいうと〝警戒〟しているようだ。ベジータは、この少女から他の者とは違う〝気〟を感じていた。
「きさまは……」
「自己紹介がまだでしたね。私は……
大悪人ベジータ、貴方を〝裁き〟に来ました」
はい、第61話でした。
少しずつ物語は動き出していく…んですね
では、お疲れ様でした