言いたい事は後書きに書きます。
「さぁ……始めようか。鬼を舐めるなよ、人間───!」
小柄の鬼が、殺気の籠った真紅の瞳でそう言い放った。しかし、実際には小柄であろう萃香の身体は、纏っている妖力…萃香の〝気〟と言ってもいいだろう。その〝気〟によって、ベジータには何倍にも何十倍にも大きく見えた。
ああ……そういえば『初めて』だな。
ベジータは誰にも聞き取れないくらいの小さな声でそう呟いた。
何が?
何が初めてなのか?
それは、『本気の殺気』を向けてくる相手に、幻想郷で初めて出逢ったという事だった。
ここは
ベジータがそう思っていたのは、ベジータに匹敵するような相手が幻想郷には居ないからという理由ではなく、『自分を殺そうと』敵意または殺意を籠めて向かってくる強者が居ないから、というのが正しい答えだった。
霧雨魔理沙。
紅美鈴。
フランドール・スカーレット。
博麗霊夢。
今まで戦ってきた人、あるいは妖怪や吸血鬼は確かに強者と言えるだろう。しかし、違う。
4人が聞けば怒るかもしれないが、ベジータにとって今までの幻想郷での戦いは〝本物の戦い〟ではない。それは何故か?それは───
───『死』というものには程遠いから。
幻想郷に来てから初めて拳を交えた強者は魔理沙であった。あの時はベジータが魔理沙をアッサリと倒したが、仮に逆の結果になっていたら如何だろうか。
魔理沙がベジータを追い詰め、仮に…無論仮にだ、倒したとする。すると魔理沙は間違いなくこう言っただろう。
[みたか!これが私の力だ!外来人、これに懲りたら無謀な戦いはするものじゃないぜ?]
これで───終わりだ。
戦い、といってもここで終わり。此処から先などこの戦いには存在しないのだ。生意気だからと戦闘不能になった相手を痛めつけたり、ましてやトドメを刺すなどと。
紅魔館の門番、紅美鈴との戦いでも魔理沙と同じように終わるはずだ。フランに至ってはベジータが戦闘不能になった途端に興味が消え、すぐに存在すら忘れてしまうだろう。
そして最後に霊夢。しかし霊夢も同じである。倒した後に適当に悪態を吐き、それで終わる。
これは幻想郷という世界の甘さでもあり、優しさでもある。
違う。絶対に違う。認めんぞ…オレは絶対に。
と、心の奥底ではそう感じていた。ベジータにとっての戦いとは『死』と隣り合わせになっているものだ。生まれた時からそうであり、だからこそサイヤ人という種族はここまで絶大な力を得ることができた。
見方を変えれば、最初に人里で遭遇した妖怪や、アリスと出会う前に森で遭遇した妖怪との戦いの方がよっぽどベジータらしいと云える。しかし一瞬で消し炭にしてしまったので、ベジータの心を満たすものには到底なり得ない。
そんな生温い戦いを続けてきたベジータだからこそ、この地底でなんの淀み、曇りのない殺気を向けてくる鬼・伊吹萃香と出逢えたことに、いま心から感謝をしていた。
「はああああああ…!!!」
「──!」
ベジータがさらに〝気〟を高める。それにより地底全体が揺れる。武闘会場にはヒビが入り、端の部分から少しずつ崩れ始めた。萃香は光り輝くベジータから一瞬も目を離さず、待っていた。それは攻撃の機会を、ではなく───
「……それが全力かい?ならそろそろ殺していいかな」
「…!!!」
ベジータの〝気〟がさらに荒々しく上がった。萃香の挑発に苛立ったからではなく、萃香の言葉が挑発ではないと感じ取ったからだ。
「きさま……」
そして漸く、
「……!」
「え…消えた!!?」
武闘会場の場外に居た古明地さとり、そして星熊勇儀というたった2人の観客。その2人は、一瞬後に何が起きるか分からないベジータ、そして萃香というそれぞれの世界の強者代表と言っても過言ではない2人の戦いから目を離さずに見ていた……のだが、それでもベジータの姿を見失ってしまった。
疾いッ───!と萃香が思ったその刹那、ベジータは自分の真後ろにいた。しかしその思考に身体は付いていかず……
「だぁああッ!」
「ぐあぁッ…!」
ベジータの右拳が萃香の後頭部をクリーンヒットした。萃香はその衝撃によりベジータが元居た方向に吹っ飛ばされたが、すぐに体勢を立て直してベジータの姿を確認しようとした。
しかし、ベジータの姿は既に消えていた。
「馬鹿な…消え…がッッッ!!!」
再び後ろを取られた萃香は、腰にベジータからの膝蹴りを浴びせられた。先程と違ってまともに受け身を取れなかった萃香はコンクリートでできた地面に思い切りぶつかり、ものすごい勢いで転がっていった。正式な大会ではないため場外負けという概念はないが、このままだと確実にリングアウトになってしまう。
萃香はそれを嫌ったのか、鋭利な爪を使って転がりの回転を止め、なんとか静止できた。
1つ…
2つ…
3つ…
と、萃香は息を吐いて呼吸を整えた。時間にすると1秒にも満たないものであったが、ベジータが追撃の準備をするのには十分すぎた。前方から青白い光が見える。すると萃香がこれから何が来るのか確認をする前に、ベジータから掌の3、4倍ほどの大きさの気弾が1つ放たれた。
「萃香ッ!!!」
勇儀の声と同時に気弾は大爆発を起こし、辺りは煙で何も見えなくなった。しかしスーパーサイヤ人になっているおかげで、場外に居る2人からはベジータの居場所は簡単にわかった。
「こ、ここまでなんて…」
さとりが小さくか細く言葉を溢した。
ベジータの実力が相当なものだとは感じ取っていたが、まさかここまでとは思ってなかった。初めて覚り妖怪という自分自身以外の生物に恐れを成した。同時に自分の無力さを改めて実感した。
ベジータは私がどうこうできる領域を完全に逸している──と。さとりは元々戦闘派の妖怪ではないが、最早そんなレベルではない。現に幻想郷でもトップクラスである萃香が今のところ手も足も出ていない。
そう、
「ふーーーーーん。そうかそうか、そうなんだ」
煙が晴れると共にそんな声が響く。萃香にしてはだいぶ低い声で。
「萃香!」
「フン……」
ベジータはまた萃香を睨む。
萃香はほとんど無傷だった。転がった際に服が少々破け、顔がコンクリートに付着していた僅かな土により汚れてはいたが、外傷は全くない。それがベジータには気に食わない。
あれで無傷だと?どんなカラダをしてやがる。
口には出さない。萃香の減らず口が返ってくるとわかっているから。しかし本当に疑問に思っていた。いくらなんでも今の攻撃で無傷はあり得ない。パンチと膝蹴りはまだわかる。しかしその後の高密度であったあの気弾を受けて無傷なのはおかしい、と。
「なるほど…これはお前の能力に関係ありそうだな」
「へぇ………見かけによらずに頭はそこそこキレるようじゃないか。まあそうでないとね……お前には『必要ない』んだから!」
「─────!」
ベジータは集中した。
幻想郷に来てからも、戦いではどんな場面でも集中していた。
そして今、どのくらいの集中をしたのかというと。
今までの比ではない程に。
この感覚をベジータは知っている。
まるで自分がスーパーサイヤ人になるように……抑えてた力を引き出す感覚だ。
瞬間。
萃香は消えた─────
─────そして現れた。
拳だけが。
「あぁッ…?」
至近距離で轟音が響いた。その瞬間、自分の身体は大きく加速した。その際に、加速方向が前なのか後ろなのか、はたまた右なのか左なのかベジータにはわからなかった。
何かにぶつかった。そこでベジータの意識がハッキリとした。まず、第一に驚いたのは顔面が燃えるように熱く、痛い。これほどまでの痛みは幻想郷では当然味わったことがない。
オレは顔面を殴られたのか。と理解した。
理解したと言っても半信半疑だった。しかしそうとしか考えられない。ベジータは萃香に殴られて飛ばされ、場外にあった大きな岩にめり込んだのだ。だから顔面だけではなく後頭部も痛むのだ。
萃香の姿が消え、急に巨大な拳が現れたと思ったら、よくわからないまま殴られて飛ばされた。簡単な話だ。
めり込んだ岩から目線を萃香に戻す。ここから武闘会場まで距離にして50m程だろうがもっと長く感じた。
萃香はベジータと目が合うと、挑発するように笑った。鋭利な八重歯が丸見えになるように。
「このオレを…なめやがって───ッ!!!」
「だああああああああ───ッ!!!」
叫び声と共にベジータはまた光り輝いた。めり込んでいた岩は全体で20m程はある巨大なものであったが、ベジータの怒りの〝気〟によってすべて粉々になった。
真っ直ぐに萃香に向かっていくベジータ。光のようなスピードで。すぐに辿り着き、殴りにかかる。
「はああッ!」
「かああッ!」
「だりゃあッ!」
「フンッ!」
「はああッ!」
「やああッ!」
ベジータと萃香が殴り合う。ノーガードというわけではない。守れるところはしっかり守り、その上で相手の隙見て攻撃する。初歩であるが究極な攻撃だ。
手数ではベジータが押している。現に攻撃がまともに当たっている回数は萃香よりベジータの方が多い。
しかし萃香に効いている様子はない。
「フンッ!」
「がッ……」
萃香の拳がベジータの腹にクリーンヒットした。ベジータは腹を抱えて膝から落ち、チャンスと思った萃香はベジータの画面に蹴りを入れた。先程のように吹っ飛びはしなかったが、ベジータはコンクリートの地面に叩きつけられた。
「きさ…ま…急に強くなりやがって…」
ベジータは今思っていた事を正直に口にした。気弾を撃つまでと撃ってからの萃香の〝気〟が別人のように違うからだ。
「いやぁ…ベジータ。お前があまりにも生意気すぎてスイッチを切り替えるのを忘れてたんだよ。ほら、私って幻想郷でもトップクラスに強いから、普段からコレだと遊びで誰かを殺しそうだからさ」
「…!」
萃香が言っていた───
お前には『必要ない』んだから!
力を抑える必要がない…という事だったのだ。萃香は普段から、幻想郷にきていたベジータのように力を抑えて戦っていた。つまり、今ベジータが萃香にやられているのは、純粋に力の差なのだ。
「ベジータ。お前は私達を馬鹿にしすぎた。この罪は許されないよ」
ベジータを見下ろしながら睨む萃香。普段はツノが生えてる事以外は人間の子供の様だが、今の萃香は誰がどう見ても鬼にしか見えない。
だが、それがベジータのプライドに火をつけた。
「ふ、ふはははは!」
笑いながらゆっくりと立つベジータ。萃香はそこに追撃を入れるつもりだったがやめた。いや、やめざるを得なかった。ベジータの様子が先ほどはあまりにも違っていたからだ。
「私、何か面白いことでもいったかね」
萃香は少しベジータと距離を取り、そう言った。
「罪…罪だと…?くだらん…」
「そんなものなど…今更1つ増えたところで何も変わらん。なにせオレは極悪人だからな」
ベジータが嗤う。悪どい顔で。
「……!」
ベジータの〝気〟がさらに充実していく。魔理沙との戦いでだいぶ〝気〟を使っていたため、さっきまではフルパワーには程遠かったのだ。1秒毎に強くなっていくベジータ。しかし場外から見ていたさとりは、そんなベジータよりも萃香の方が気になっていた。
さとりは、萃香の表情の変化に気づいていた。今ベジータを見ていた萃香の表情は初めて見るものだった。驚きの表情というのが近いかもしれないが、もっと近く厳密にいうと───
「あの萃香が……〝恐れた〟……!?」
一瞬。ほんの一瞬。いやもっと短い時間かもしれないが、確かにさとりにはそう思えた。距離があるので萃香の心は読めないが、間違いないと断言できるほどに。
「ベジータ……喜びな。お前を人間としてじゃなくて、1つの化け物として殺してあげるよ」
萃香自身もベジータを〝恐れた〟と言うことに気付いていた。その悔しさから思い切り歯を食いしばり、拳を握りしめ、ベジータを睨んだ。一瞬かそれ以下の時間だとしても鬼が人間に恐れるなどあり得ない。そう考えたからこそベジータを人間以上の対象に変えた。
もっとも、妖怪でも鬼でもないベジータがハマる枠などない為、化け物というカテゴリーに収まったのだが。
「バカを言うな。たった今やっとフルパワーになった所だ……」
ベジータはゆっくりと両手を腰の高さまで持っていく。足もちょうど良いくらい開き、バランスの良い構えになった。
萃香、さとり、勇儀の3人は気付く。今ここからがこの戦いの本番になるということに。
「さあ!殺してやる!伊吹萃香ッ!」
「やれるもんならやってみなッ!化け物ッ!」
2人の強者が今、再びぶつかり合う───
はい、第60話でした。
殆どの方が私とこの小説を忘れてることかと思いますので自己紹介から。どうも破壊王子です。
まずは謝罪を。
更新が1年も空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。本格的に就職活動なりを行なっていて、全然小説を進められませんでした。全く時間がないというわけではなかったのですが、就活しながらちょくちょく書くよりもしっかり終わらせてからの方がいいと判断しましたのでここまで時間がかかりました。今思えば一言言うべきでした。
コレからも時間が大量にあるというわけではないですが、就活が落ち着きましたので少しづつ再開できれば良いなと思います。
前にも言いましたが完結は絶対にするつもりなのでみてる方がまだいらっしゃいましたらご安心ください。
次の話もよろしくお願いします。