だんだんと夏が近づいてきましたね。
魔理沙の率直な感想は───驚愕。
ただそれしか浮かばない。
目の前に立ち塞がる〝史上最強〟と思っていた敵が、更に限界を超えた。放っている〝気〟は先程よりも深く、濃く、そして圧倒的に大きい。もはや別人とすら錯覚してしまうほどだ。
その圧倒的な男は、静かに魔理沙を睨むように立っている。構えを取っているわけでは無いが、ほんの少しの隙もない。動きたいのに動けない。どこから攻めたらいいのかも、魔理沙にはちっともわからなかった。
「
『限界を超える』という言葉はよく耳にする。努力に努力を重ねた者がその境地に辿り着く。しかし更にその限界を超えるとなると、努力だけでは叶わない。生まれ持った才能がモノをいう世界となるのだ。
つまり魔理沙ではどんなに努力しようが一生辿り着く事のない境地。それを自分で理解しているからこそ、今のベジータに対して嫉妬の感情を知らず知らずのうちに持っていた。
才能のない自分が、エリートを倒してみせる。
魔理沙の、その手始めがベジータだった。初めて、絶対に勝ちたいと思える相手に出逢った。初めて、絶対に負けたくないと思える相手に出逢った。初めて、ああなりたいと
しかしその憧れは、段々と嫉妬に変わっていった。それはカラダでは
修行をし、僅かであれど実力がベジータに近づくほど
それでも魔理沙は構える。
ここで退くことは出来ない。退いたら自分のやってきたことを、全てリセットするようなものだから。
構えた魔理沙を見てもベジータは微動だにしない。反対にベジータが纏っている黄金の〝気〟だけが暴れており、なんとも手を出しづらい状況だ。
カラダは既に満身創痍。
それもその筈。魔理沙は限界を超えたからだ。いつ、このか細い意識が途切れるかわからない。いつ膝から崩れ落ちるかわからない。いま魔理沙のカラダを支えているのは骨、筋肉ではなく〝闘志〟だった。
「はぁぁぁぁぁッ!!!!!」
内なるパワーを目一杯に込め、ベジータに向かっていく。全体重をかけて地面を蹴った右足から、まるで雷鳴のような轟音が響いていた。音だけではなく、魔理沙自体も雷鳴の如きスピードだった。あまりの疾さに頬の肉がほんの少し切れたくらいに。
これが当たらなければ───負ける。
そう確信しながら〝気魔法〟を右腕に集め、生涯最高の一撃を繰り出そうとする。
そう願うように突き出した右腕は───
届いた。ベジータの顔面に。
血が飛び散る。真っ赤で真っ黒な血が。人間が限界を超えるとこうなるのだろう。
そう、
「ウソ…だろ?」
魔理沙の全てを込めた一撃はベジータに届いた。
が、それだけだ。
「確かに届いたな。だが───
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ
魔理沙の一撃を顔面に食らってなお、ベジータは眉1つ動かさない。それどころか直撃した場所から一歩も後退しておらず、まるで胃にも介してない様子だった。飛び散った血はベジータの顔から出ているものではなく、魔理沙の拳から出ていたのだ。
魔理沙は感じた。ベジータの右腕に凄まじい〝気〟が集まっていくのを。しかしそれを耐える力もなければ、ベジータの顔面から拳を離す力すら残っていない。
「かん……へへッ」
ここで魔理沙の意識は途絶えた。
『完敗だよ』
最後にこう言いたかったのだろうが、それすら叶わず口元を緩めることしかできなかった。しかしベジータにはしっかり通じていただろう。
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「貴方、意外と甘いのね」
「…アリスか」
勝負が決したその直後、アリスがゆっくり歩きながら向かってきた。倒れている魔理沙の前で女の子座りをし、膝に魔理沙の頭を乗せて『膝枕』の体勢をとった。そして無理をしすぎて、若干焦げてしまった魔理沙の金色の髪を、手でゆっくりゆっくりと
アリスも戦いの全てをみたわけでは無かったが、魔理沙が相当無理をしているということだけは理解していた。
ベジータは
「息一つ乱してないんだから…魔理沙が報われないわ」
「そんな事などどうでもいい。それよりオレが甘いとはなんだ?」
アリスが現れて第一に発した言葉『甘い』。それをベジータは気になっていた。
「別に。ただ最後の一撃を食らわせなかったからそう思っただけよ」
そう、ベジータは最後の一撃を放たなかった。
「フンッ…食らわせる前に
プイッとそっぽを向くベジータ。そんなベジータを可笑しく思ったアリスはふふっと笑った。
「それにしても霊夢を起こさなくてよかったわ。魔理沙が2度も負ける所なんてみたくなかっただろうし」
「……」
座ったそばだったが、ベジータは立ち上がった。帰るつもりのようだ。
「家に戻るの?じゃあ魔理沙をおぶって頂戴」
「甘やかすな。これで…自分で歩けるだろう」
ベジータは魔理沙の肩に手を置き、自分の〝気〟を分けてやった。しかし、それでも魔理沙の目は覚めない。
「私は〝気〟ってやつのことを詳しくは知らないけど…〝魔法〟と〝気〟という2つの力は、本来相容れない存在なのかもしれないわね」
その通りである。
大きな力を合わせても、それは単純な足し算、掛け算にはならない。下手をすればマイナスの力になるし、成功しても魔理沙のようにデメリットが大きな力になってしまう。
逆にベジータの
「チッ…手間のかかる奴だ」
口ではそう言いつつも、優しく魔理沙を背負ったベジータはアリスと共に家に向かった。
「ベジータ、ねぇ… あたいじゃ力尽くは無理そうだね。あの方に相談しようっと」
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『カラダが軋むように痛い。瞼すら開けられない程に』
『しかしその痛みには、なんの嫌悪感もなかった。むしろ充実感を覚えるくらいに清々しい。勝負には負けたが、自分が全力を出し切った上で、それより更に相手が強かっただけだ』
『このままゆっくりと気持ちよく寝ていたい気分だったが、そういうわけにもいかない。頑張って目を開けてみた』
「…ん?」
魔理沙の目の前には見慣れない変な岩があった。こんな肌色の岩、見た事がない。
ずっと眺めていると意識がハッキリしてきて、自分のみているものが岩ではないことに気がついた。
「せ、背中ぁ!?」
このゴツゴツしたものが背中だとはにわかに信じられなかったが、それでも間違いない。魔理沙はベジータにおんぶされていたからだ。
「あら?もう起きたの。意外とタフなのね」
「アリス…?あれ此処は?」
魔理沙は周囲を見渡すと、そこはまだ森の中だった。まだ家に帰っている途中だったのだ。
「まだ帰ってる途中よ。それより…貴方負けたわよ?」
可愛い顔に似合わずに、アリスはズケズケと魔理沙にそう言った。しかしそのアリスの言葉に、魔理沙はムキにはならない。「そうだな」とだけ言って、ベジータの背中に顔を埋めた。
「(…ちょっと意地悪だったかしら)」
アリスは少し反省して、自分の頭をコツンと叩く。
「……」
ベジータも何とも言わない。そのまま3人は何も語らずに、アリスの家に辿り着いた。
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「おかえり。 …遅かったわね」
「あら霊夢、起きてたの?」
家に着くと、ベジータは魔理沙をソファーの上にボフっと下ろした。魔理沙はそのまま横たわり、ブツブツと何かを呟きながらぐったりしている。
霊夢は珍しくエプロンを着ていて、朝ごはんを準備していた。この匂いは味噌汁の匂い。恐らく和食を作った様子だ。
「まあね…」
霊夢はチラッと横目で魔理沙をみるも、魔理沙はそれに気づくことすらなく、ひたすら独り言を呟いてた。
「はぁ…アンタねえ!」
「メシを食うぞ」
「え?あ、ああ… わかったわ」
魔理沙に対して何か言いたげな霊夢だったが、ベジータが席に座って朝食を要求したので、そのまま何も言わなかった。
朝食を大量に平らげたベジータは、漸く『地底』に向かうことにした。
はい、第55話でした。
漸く、漸く、漸く次の話から『地底』に行きます。此処まで長引かせて申し訳ないです。
ではお疲れ様でした。