お待たせしました。そしてやっとこさ第50話です。節目のこの回は自分なりに書きたいことを書けたかと思います。
────カラダが熱い。
頭のてっぺんから足の指先まで熱を感じる。
しかし実際にカラダが燃えているわけではない。自分自身にも詳しくはわからないが、強いて言うなら〝魂が燃えている〟…そんな感覚だった。
敵が目の前にいて、自分を殺そうとしている。勿論美鈴もそれはわかっている…が、それでも何故か前に突き出した自分の右手を眺めてみた。
右手からは今まで見た事ないような異質な〝気〟が視える。紅く、それでいて黒い〝気〟だ。
恐らくこれは何の力のない人間でも視る事ができるだろう。もし私がその立場だったらきっと不気味に思うに違いない、と美鈴は冷静に考えていた。
「…なんだそりゃあ。変身か?」
変身?側から見ればそう見えるのだろうか。
自分ではまるで紅美鈴という妖怪の基盤そのものが新しくなったかのように感じた。
「!!」
美鈴は構える。いつものように。
ベジータや悟空に教わったモノではない。気付いていたら覚えていた構えだ。
そのいつも通りの構えに、プイプイがビクッと大袈裟に身構えた。先程と様子が違うように見える。
「はッ…!」
足にグッと体重を乗せて、相手に向かって真っ直ぐと蹴りかかった。格上の相手に真っ直ぐ向かうなど無謀に近い筈だが、不思議とそうは感じなかった。
恐らく相手はこの蹴りを躱すだろう。なので美鈴は相手の動きを見つつ、躱した先へさらに攻撃を仕掛けるつもりでいた。
が、相手は避けない。もう1、2メートル先まで来ていたというのに。
否。
避けないのではない。
「ガッ……!」
「…!」
美鈴の左脚は、プイプイの腹部に音を立てて突き刺さった。
この事にプイプイだけでなく美鈴自身も驚いており、2秒ほどの硬直が生まれた。
その硬直のあいだにプイプイが苦しみながらも反撃するが、美鈴はそれをあっさりと躱す。
プイプイの反撃がスローモーションのように見えた。
ー神殿ー
「悟空。これがきさまが昨日言っていたやつか?
ふむ…確かに界王拳に似ているな」
「……」
水晶玉に写っている美鈴を見ながら、ピッコロは悟空にそう言った。ピッコロは今の美鈴が先程までとは違うこと、つまりオリジナルの『界王拳』を完成させたと思っていた。
「経験値は十分。あとは実践だけだった。
成程、きさまの言う通りに紅美鈴にはトンデモない才能があったと言うことか。無事『擬似界王拳』を習得できてよかったではないか」
「いやあ、どうだろうな…」
「……?」
この時に悟空の様子が思っていたのと違った事に、ピッコロは違和感を覚えていたのだった。
場面は再び戻って岩場へ。
「なんだお前…急に…疾くなりやがって…!」
「私が…疾く?」
その実感は無い。むしろプイプイが遅くなったのではないかとすら疑うほどに。
しかし実際蹴りに反応できなかったのを見ると、プイプイの言う通りなのだろう。
「かあッ!」
今度はプイプイから攻撃を仕掛けて来た。
しかし美鈴は、その攻撃を食らうビジョンがまるで見えなかった。
勿論舐めているわけではない。舐めているわけではないのだが、当たる気が微塵もなかった。
「ハッ!」
また重い音が響く。
「……お…ぇ…!」
カウンターで正拳突きを食らわせた。モロに入り、プイプイは膝から崩れ落ち、血と唾液の混じった変な液体を地面に吐いた。
プイプイはもう戦えそうな状態ではない。そんなプイプイを見下ろした美鈴。その眼にはまだまだ闘志が篭っていた。
形勢が完全に逆転した。もはや勝つのは不可能だと考えたプイプイは、ギリっと歯を食いしばり「許してくれ」と小さく呟いた。美鈴に聴こえるか聴こえないかのギリギリのラインだ。
しかしそれで本当にプイプイが降伏するかどうかはわからない。先程のように罠の可能性もあるだろう。
〈…いいでしょう。早く消えてください〉
美鈴はそう
────時は昔に遡る。
〈はッ!〉
〈がはぁッ…!〉
場所は門番である自分の領域、紅魔館の門の前だ。
紅魔館には恐ろしい吸血鬼が住んでいる…と噂になっているが、そんな事は関係ないと言わんばかりに妖怪は度々攻めてくる。
しかしそんな
〈この紅魔館に攻め入るとは…命知らずですね〉
〈く…クソ…頼む、見逃してくれ…〉
〈ええ。私は元々貴方などどうでもいいので。
早く消えなさい。本当に殺されたくはないでしょう?〉
何度こんなやり取りをしたか憶えてはいない。
美鈴は敵の命乞いに耳を貸さなかった事はない。相手の命を
なので、害意のなくなった敵を追い詰める事はしない。美鈴の強さを知った敵も再び紅魔館へ攻め入る事はなくなる。それで良かった。
紅魔館の門番たる紅美鈴は、その役目を果たすことができていた。
あの男が来るまでは────
〈それにしても強いですね貴方。戦闘センスも弾幕の威力も桁違いです〉
〈そうか。お前は期待はずれだがな〉
初めて負けた。
いや、厳密に言えば生まれてこのかた何度も負けた事はあるのだが、あそこまで手も足も出ずに負けたのは初めてだった。
悔しかった。手から血が出そうになるくらい思いっきり拳を握りしめた。負けるというのはこういう事なのだと、改めて実感した。
しかし負けた事以上に悔しかったのは、相手に〝憧れ〟を抱いた事だった。
自分の求める究極の〝武〟 それを
〈私を…この紅美鈴を弟子にしてくださいッ!!!〉
弟子入りを懇願した。無論、恥は承知の上だった。しかし自分が求めるものの先を行くには、恥やプライドなど障害物でしかない。そんなものは今のうちに捨てておきたかった。
快く…ではなかったがベジータは紅美鈴の師匠となってくれた。
ベジータの元で修行を続けていく内に、〝技〟以外に大事な事を学んだ。
〝心〟だ。
美鈴が弟子となり、修行を始める前にベジータは美鈴にこう言った。
〈強くなりたいなら甘さを捨てろ。容赦無く
〈……〉
ゴクッと美鈴は生唾を飲んだ。
ベジータと美鈴は闘ったが、殺されはしなかった。美鈴はどのようなラインからが敵なのだろうと疑問に思ったが、それは殺意ある敵か否かという事だったのだろう。
〈オレはきさまのように甘っちょろい奴を知っている。まったく…反吐がでるぜ〉
チッと舌打ちをしながらベジータは目線を外す。
ああ…その人と何か因縁があるんだな…と美鈴は心の中で呟いていた。
ベジータの言う事は全て理にかなったものだ。その中でも先程の言葉は1番印象に残っていた。
しかし自分に甘さなどは無い…とその時は思っていた。
「(コレだ…コレが私の甘さ…)」
早く消えなさいと言おうとした口を右手で咄嗟に塞いだ。
今は自分の方が強いとわかっている。
なんて事はない。相手の首を折るだけで勝負は決まる。別に殺しを今更怖いとも思っていない。
「いや、貴様は殺す」
先程あれだけ痛めつけられたのだ。その怒りに任して身を委ねればいい。その決心しつつ、〝気〟を込めた右腕をプイプイに向ける。
「ヒッ…」
プイプイは怯みきっている。
今、美鈴はどんな
「貴様を…」
「やめてくれぇ…」
「………ッ!」
もはや赤子の手を捻るくらい簡単な筈だ。なのに美鈴の右腕は先程から動かない。
無抵抗の敵を殺そうとするのに、これだけの勇気が要るとは知らなかった。そして知りたくもなかった。
「…私は…甘さをッ…!」
強くなりたければ───殺せ。
眼に見えない言葉の鎖に、美鈴は囚われていた。
「……! ぐッ…あああッ…!」
────カラダが熱い。
先程とは比べ物にならない程に。
あまりの熱さに悶える美鈴。自分の腕を視ると〝気〟はさらに紅く、そして黒く染まっていた。
カラダは少しでも熱を逃がそうと、蒸気となって外へ出ていた。
「熱ッ…なんだお前はァ!」
プイプイは腹を右手で抑え、美鈴から離れる。明らかに異常が起きていることはわかっていたが、熱が凄すぎて手の出しようがない。
「ううう…師匠…私は…」
髪を掻きむしっていた美鈴が手を止めた。そして前に目線を向ける。もちろんプイプイにだ。
その眼にはもう光は消えていた。
「ヒィッ…!!!」
不気味すぎる紅の瞳に、プイプイは腰を抜かす。
その瞬間だった。
プイプイに向かって美鈴が超スピードで向かっていった。
殺す気という事は誰の目にも明らかだろう。
私は────
「無理を…」
美鈴の全力の拳はプイプイに当たる事はなかった。
当たる寸前で止めた?否、止められたのだ。
「しなくてもいいんだぞ、美鈴」
「…悟…空さん…」
シュインシュインと音を立てながら、文字通り光の疾さ、いやそれ以上だろう。そんなスピードでスーパーサイヤ人となった孫悟空が現れた。
悟空は間一髪のところで右手で美鈴の一撃を止めた。昨日まで白く細かった美鈴の腕は、焦げて煙を出していた。
そんな美鈴の腕を掴んだからか、悟空の手からも煙が出る。が、それを全く気にしない悟空は目にも留まらぬ疾さでプイプイに手刀を撃って気絶させた。
「何を………ッ!!!」
その後悟空は一瞬で美鈴の後ろに回り込み、同じように手刀で気絶させた。
美鈴が気絶すると、紅く、黒い〝気〟も消え、体温も戻っていった。
「わりいな美鈴…」
悟空は美鈴を仰向けに、優しく地面に寝かせてあげた。それからすぐにピッコロが現れた。
「悟空!…間に合ったのか」
「ああ…ギリギリな」
言いたい事は山程ある…が、ピッコロはあえて黙っていた。
悟空も心なしか少し悲しそうな顔であった。
「オラはこいつをとりあえず界王さまのとこへ連れていく。ピッコロは美鈴を見ててくれ」
そう言った悟空はすぐに『瞬間移動』で消え、その場にはピッコロと気絶した美鈴だけが残った。
「…紅美鈴。きさまは…一体何者なんだ」
聴こえないであろう美鈴に向かって、ピッコロが小さくそう呟いた。
はい、第50話でした。
第50話…ここまで長かったようで短かったですね。小説を書き始めた頃、ここまでいくとは思っていませんでした。
これからも間が空くとは思いますが、皆様に楽しんで頂けるように尽力しますので、どうか宜しくお願いします。
ではお疲れ様でした。