~翌日~
「はぁ~」
アイリは心ここに在らずと言う感じで溜息を吐いていた。今までその様な姿を見た事がないため、村人達は混乱していた。しかし、女性陣だけはその様子を暖かい眼で見守っていた。
子供達は何時もの様にアイリに遊んで貰おうと近付いていくが、母親達に止められた。
「ダメよ」
「「「どうして~?」」」
「女の子には1人になりたい時もあるのよ」
「そうそう」
「「「?」」」
そう話す母親達の姿を見て、首を傾げる子供達。
「「「若いっていいわよね~」」」
アイリが龍牙王に「己の弱さ」を気付かせてから、2人の距離はかなり縮まった。周りから見れば、恋仲の様に見えても可笑しくないものだった。なので女性陣は2人に上手くいってほしいと考えていた。彼女達も女性なので、恋する乙女の悩みは理解できるらしい。
「アイリ殿」
「あっ……闘牙王様」
何故、闘牙王が此処にいるのかと言うと……。
昨日の夜にこの地の近くを通った闘牙王に気付いた龍牙王が此処に招いたのだ。その理由は、龍牙王が龍眠のことで高天原に行く間のこの地の守護だ。
守護狗達がいるとは言え、もしもの事があるかも知れないので自分が知る中で最も強い妖怪である父に留守の間の事を任せたのだ。闘牙王も
「それにしても此処は気持ちの良い土地だな」
「はい、龍牙王様のお蔭でようやく此処まで復興できました」
「そうか……そなたのお蔭で変わったんだな。昔のアイツは滅多に笑う事などなかったのだが……あの様に笑ったのを見たのは久し振りだ」
「そうですな~……ですが小さい頃の龍牙王様は良く笑われておりましたぞ。親方様は龍牙王様が幼いからと城に置いて、戦にばかり行かれてましたからなぁ」
「うぐっ!?」
闘牙王の髪の中から冥加が出てきてそう言った。
「それに突然、自分の子供だって言ってアイツを連れて帰って来た時はおったまげたぜ……まぁ一番おっかなかったのは奥方だったな」
『ウム……恐ろしかったのぅ』
供である刀々斎と鞘がそう言い、冥加もそれに同意し頷いている。
「うぐっ……その話は止めよ、あの時の傷が疼く」
そう言って闘牙王は腹を押さえている。
「小さい頃の龍牙王様……」
「そうだ、小さい頃のアイツの話でもしよう」
「はい!聞きたいです!」
そうして、龍牙王の幼い頃の話が始まった。それを村人一同が聞いていたのは言うまでもない。
~高天原~
「……と言うふうに頼む」
「成程……分かった。私と月読でお前が寝ている間はちゃんと管理しよくよ」
「助かる……ふぁ~」
「……」
「いたっ!いきなりなんだ?!」
龍牙王と天照が龍眠の間の土地の話をしており、話す中で時折安らかな表情を見せた。今まで自分の心を閉ざしてので彼が自分や妹神、心を許している者達以外の事で笑みを浮かべる事などなかった。天照にとってはそれは嬉しい事なのだが……それが他人の手でもたらされたのが気に入らなかった。なので彼の尻尾の毛を毟り始めた。
「うるさい……私の気持ちも知らないで、また女を増やしやがって」
「うぐっ」
「確かにあそこの土地神になれって言ったのは私だけど………何人、女を増やせば気が済むんだ……ぁあ!?」
「それに関しては…本当にすまない」
「……だけど、お前に気付かせたのはあの巫女だ。それに関しては感謝している、だけど覚えておけ」
天照が龍牙王を押し倒すと、顔を近づける。彼もそれに抵抗しなかった。
「女神としての退屈な日々を過ごしている私に楽しみ・喜びを教えてくれた。
勝手に動く他の神々を、私の為に叱責し、戦ってくれた。だからこそ、お前に惚れ……愛した。
私はお前が愛してくれるならそれでいい。お前みたいな強い男には女が集まってくるのは当然だと思う……だから『妾』くらいなら何人居ても許す………だけど」
天照は龍牙王にしか見せない哀しそうな顔になりそう言った。
「我は弱い、お前達が居なかったら恐らくとうの昔に壊れていただろう………お前達の内、誰か1人でも欠けたらと怖い」
恐らく龍牙王は天照や他の女神達に出会わなければ今の彼では居られなかっただろう。
「……女神は嫉妬深いからな、捨てられない様に気を付けるんだな」
「努力します」
「後、正妻の座は
「そっそれに関してはですね……皆との話し合いで」
「ハハハ、無理。私等誰も退かないしな……それとこれ以上増やすなら私にも考えがある」
「なっ何するつもりだ」
「鍛え上げた去勢拳……解放しちゃうぞ」
ニッコリと笑いウィンクする太陽の女神なのだが……眼は全く笑っていなかった。自業自得ではあるが流石の龍牙王も顔を引き攣らせており、縮こまっていた。
それを見て「冗談だよ」と言い彼女は龍牙王から離れた。
「土地の事は任せな……じゃそろそろ戻ってやんなよ、人間の一生は短いんだし」
「あぁ……ありがとう」
笑みを浮かべて礼を言う龍牙王。それを見て、顔を赤くする天照。
「……その気もないのに、女を落とすイケメンは本当に性質が悪い。これで性格が悪ければ私もキッパリと捨てれるんだけどな(ボソッ」
「なにか言ったか?」
「何でもない、それよりも早く行け」
「あっ…あぁ……?」
彼女の言葉が聞こえなかったので、疑問に思うがこの場を後にして自分の地へと戻って行った。
~龍牙王の地~
龍牙王は自分の土地に帰って来て、何か違和感を感じた。
「……なんだ、邪気?……にしては感じた事のないものだ」
村の方から邪悪な気配を感じた。そして風に乗って覚えのある匂いが漂ってきた。
「まさか!?」
凄まじい力で地を蹴り、村へと急いだ。
(ありえぬ………間違いであってくれ!)
その匂いは血の匂いだった。複数の者の血が混じっているため、はっきりしないが一番強く出ているのは最も自分の近くにいた女の血の匂いだ。
だからこそ全力で駆ける、何が在ったのか、原因は何かなど様々な事が頭を巡るが、そんな事は二の次だ……最優先事項は1秒でも早く辿り着く事だった。
辿り着き、始めに目に入ったものはボロボロになった村と村人達が光の結界に包まれて、その結界を破ろうとしている異形達の姿だった。そして深紅の衣を纏い倒れているアイリの姿だった。
龍牙王は始めそれを見て訳が分からなかった……正確には視覚が目の前の光景を認識していても、脳がそれを理解しようとしなかった。
「けっ!この結界、全然壊れねぇ!」
「それにしてもこの巫女……結局何も喋らないままくたばっちまいやがった」
異形達は結界が壊せない為に、イライラしていたのか倒れているアイリに蹴りを入れようとする。
「この人間風z「死ね」」
だがその足はアイリに届く事なかった。龍牙王が瞬時にアイリの元に移動しその爪で異形を引き裂いた。
「きっ貴s」
その隣にいた異形は龍牙王に襲い掛かろうとするが、彼の身体から放たれた光で消滅した。
異形達や村人達が何かを言っているが、彼は総てを無視して
「何をしている……我が戻ったのだぞ」
声を掛けるが彼女から返事はない。龍牙王は抱き上げた彼女の身体が既に冷たくなっているのに気付いていない筈もない。
「何故、目を覚まさぬ………アイリ」
「りゅ……お……さ」
「アイリ……やっと目を覚ましたか。寝坊だぞ」
「もうし……ま…せん」
微かだがアイリは目を覚まし声を出す……しかしそれはもう風前の灯火だった。
「謝る必要などない」
「りゅ……おう…ま……………………を…ます」
途切れ途切れで何が言いたいのか分からないが、龍牙王にだけは彼女が何が言いたいのか分かっていた。
「分かっている……だからもう喋るな」
アイリは震える手を伸ばして、龍牙王の顔に触れた。そして最後の力を振り絞り言の葉を放つ。
「あ……し……」
「あぁ……我もだ」
龍牙王の言葉を聞き、最後に笑みを浮かべるとその手の力が抜け地に落ちた。その瞬間、完全にアイリが息絶えたのが嫌でも分かってしまった。そして、アイリの身体は真っ黒に染まり、ボロボロと崩れ始めた。そして唯一残ったのは彼女の血で真っ赤に染まった巫女服のみ。
彼はそれを持つと、村人達の方に向かう。光の結界に彼が触れると、結界はその役目を終え消滅した。
「龍王さま!」
「アイリ様が…アイリ様が」
「私達の所為で……」
村人達はアイリの最後の姿を見て、涙を流している。
「お前達、怪我はないか?」
「はっはい……ですがアイリ様が」
「あぁ……アイリは自分の為すべき事は成した。褒めてやってくれ……少し此処で待っていなさい」
彼は村人達にそう伝えると、辺りを見廻してみると、大きな石が砕かれて居たのを見つけ触れた。すると石が光り出し陽牙達へと姿を変える。しかし重傷を負っていた。
「あっ主様……」
「申し…訳…ありま…せん」
「よい……村人達を守れ」
龍牙王は無表情のままそう言うと、異形達の方に向かい歩き出した。陽牙達は声を掛けようとするが、黙ってしまった。主である龍牙王が放つ凄まじい力が放たれており、その力は彼等が今まで感じた事のない程強大で、異質なものだった。
彼は異形の者達の前に立つ。
「貴様等が……我が地を穢し、巫女を死に追いやった者か」
「フン、人間如きがこのレドラ・アスタロトに逆らった罰だ……貴様が伝説の栽龍神とやらか、それなりの力だな……貴様、何故涙を流す。まさか、たかが人間の小娘1人が死んだくらいで悲しいと言うのか?」
「愛する者を喪い哀しいと思うのは当然の事だ」
「愛する?人間を?……くっ……フハハハハハハ!皆、聞いたか!伝説の龍神様は人間の小娘を愛していたそうだ!これは傑作だ、ハハハハハハ!」
レドラがそう言うと、その後ろの配下らしい異形達も笑い始めた。
「………耳障りだ」
龍牙王はそう言うと、後ろを振り返り陽牙達を見た。彼等はその視線に気付くと、村人達の周囲に結界を張る。
「ぐぅ………アアァァァァァッァ!!!」
龍牙王の白目が血よりも深い紅に染まり、凄まじい妖力が溢れだし、狗の姿へ変化していく。
【グルルルルル】
巨大な狗の姿へと変化した龍牙王はレドラとその配下の異形達を睨みつけ唸る。
「なっ……ぁ……」
「「「「ぁぁぁぁぁ」」」」
レドラ達は理解できなかった。
目の前の存在は一体何だ?
自分達が震える程、強大な力はなんだ?
【貴様等ハ生カシテ返サン】
そう言い、その爪を振るう。するとレドラの後方で何かが潰れる音がした。
「なっ……」
レドラは後ろを見ると、そこにいた筈の配下の者達がいない。正確には、辺り一面が血の海になっていた。
そして空に居た異形達も何が起きたのか理解できなかったが……だが次の瞬間、目の前の狗は自分達の方向を向いたのに気付く。ただそれだけの事なのに身体が全く動かなかった。
【ガアァァァァァァ!】
龍牙王は尾を振るうと、尾から無数の針の様な物が放たれる。その針が空の異形達に突き刺さった。
「くっ……こんなも」
「なっ身体が溶け」
針の刺さった所から身体が溶け始めた。
これは龍牙王の体内で生成された毒によるものだ、弟の殺生丸でさえ凄まじい毒を持っている。龍牙王は【万物を溶かし魂さえも侵し、神をも殺す毒】を体内に持っている。その様な物を受けては一溜りもない。
「なっ……なんだ………これは……栽龍神などただの伝説ではなかったのか」
レドラは目の前で起きた事が理解できていなかった。自分は貴族の悪魔……つれて来た者達も中級・上級の悪魔達だ。それがこうも簡単にやられるものなのか……あってはならない、その様な事があってはならない。
「ふっ………ふざけるなぁ!!!こんな事が……こんな事があってたまるかぁー!!」
レドラは魔力弾を形成しそれを龍牙王に向かい放つ。その魔力弾は龍牙王の顔に直撃し爆発する。
「はっ……ハハハ!どうだ!たかが、極東の神如きがこのレドラ様に勝てる訳がないんだ!」
【ガアァァァァァ】
「はっ……ハハハ……そんな……ばかな……そうだ、これは夢だ……きっとゆめだ」
だが全くと言っていいほど、無傷だった。それで彼のプライドは完全は崩れ去り、現実逃避を始めた。
龍牙王はレドラ以外を全てこの世から消し去った。すると、彼は何を思ったのか人間の姿へと戻る。そしてレドラを掴み上げると、その爪を喰い込ませた。そしてその爪から毒が流し込まれる。
「ぎゃあぁぁぁあっぁ!!!」
「その魂もろとも消えろ」
神さえも侵し殺す毒がレドラの身体を、魂を溶かしていく。
(いっ嫌だ!死にたくない!死にたくない!なんで、なんでこんなことに!?)
数々の神話・伝説に名を残す栽龍神を侮り、無謀な行動を起こした結果の報いを受け魂すらも消滅してしまった。
―我が帰る3日前に、我が父・闘牙王は一族での問題が発生した為にこの地を離れた。残ったのは刀々斎と冥加のみ……そして一昨日の朝に奴等……後から知ったが悪魔がやってきたらしい。
悪魔共はこの地を明け渡す様に言ってきたらしいが、眷族達も巫女も村人達もそれに反対した。眷族達は悪魔共を圧倒していたが、悪魔共は子供達を人質にとった故に抵抗できなかった様だ。そして奴等は龍泉をコントロールする神具を奪い、地の力を穢した。
その状況では人間は生きてはいけない、故にアイリはその命を削り村人達に結界を張り戦い続けた。
我がアイツを抱き起した時には既に肉体は死んでいた……なのに結界を維持し抵抗していた。その代償に肉体は塵と成ってしまった。
巫女を喪い、我は3日3晩の間雄叫びを上げ続けた。だが何時までも哀しんではいられなかった。アイツの最後の言葉を実行する為にも……
『龍牙王様……どうか、この地を……生きる人々を貴方様のお力で……末永く御守下さい』
我はこの地を護る為に、天照や我が知る神々の元に赴き、我が土地の情報を抹消する様に頼んだ。今回の件は恐らく我の名前が引き寄せてしまったものだと考えたからだ。
『強大な力は敵を圧倒するが、より多くの敵を引き寄せる』
我の名がより多くの敵を寄せるなら、隠さなければならない。これ以上、我の名の所為で地や民達に不幸を招く訳にはいかないからだ。
だからこそ、この地での名を【龍王】に変えた。元々、子供達にそう呼ばれていた為に馴染むのには時間は掛からなかった。龍眠が近かったが、無理矢理それを引き延ばして、我はこの地の結界・地脈・眷族を全て整えた。巫女は不在であったものの、村人達が揃って社を支えてくれたので問題はなかった。
その間に幾度も親父とその配下の冥加達が訪ねてきた。正直に言うと、会いたくはなかったので追い返したがな……あの時、親父が居てくれればとどうしても考えてしまう。あの時から、親父とは死ぬ間際まで疎遠になっていた。
そして我が龍眠の間は天照やその知り合いの神々に地の管理を頼んでいた―
~現在 龍王神社 神殿~
「と言う訳だ……って夜叉、寝てるし」
昔話をしていると、何時の間にか夜叉は尾に包まって眠ってしまっていた。桔梗は真っ直ぐ龍牙王を見上げている。
「りゅうおうさま」
「なんだ?」
「りゅうおうさまはみこさまをあいされていたのですか?」
「……そうだな。今でも愛しているよ」
「そのみこさまはしあわせですね」
「どうしてだ?」
「とのがたにいちずにおもわれている………おんなとしてとてもしあわせなことですから」
「どこでそんな言葉覚えて来るんだ……と言うかお前、記憶が」
「ついさいきん、すこしずつですけど」
どうやら、彼女の前世の記憶が少しずつ戻って来ているようだ。
「そうか………まぁいい。今は唯の子供としてのびのびと育て」
「はい」
「話はこれで終わり……さっさと寝なさい。早く寝ないと胸も大きくならないぞ」
「せくはらです。うったえますよ」
「酷いなぁ……ほれっ部屋に行くぞ。神無、酒とつまみを頼む。飲み直す」
「おさけののみすぎはだめです。きゅうかんびもひつようです」
「母親みたいだな、お前は…………」
そんなこんなで今日も平和な1日が終わった。