吹く雪の祈り   作:ザミエル(旧翔斗)

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オマタセシマシタ。
ケツに致命傷を喰らって暫く投稿を止めていましたが、のんびり不定期に再開していこうと思います。
入院して完治するまでですがゆるりとお付き合い下さい。


第二話・Ⅰ

 

 

 

 

 

 暗い。一条の灯りもなく、唯々闇が広がっている。一寸先も見えないという言葉が正しい、闇を認識しているはずの自分の姿さえ見えない漆黒。

 

―――ここは何処だろう。

 

 口にしたはずの言葉は出ない。代わりにゴボリ。と、音を立てて空気が抜けるような音が響く。それで、自分が今海の底にいるのだろうと、何となく理解した。理由はなくともそう自分で定義したからか、水底だと思ったその瞬間から視界に闇以外のソレ、朽ちた鉄の塊と、それを包むように埋もれさせている砂を認識する。

 

―――ただの鉄の塊じゃない。沈んだ船だ。

 

 細部がわからなくともわかる。鉄の砲塔、ひび割れた艦橋。それだけでも見えてしまえば、それがそうだと認識するのに時間はかからない。認識すると再び闇に色が着くように周囲に沈んだ船が視界に浮かび上がる。二、四、六、八――――。大小合わせてそれ以上の船がこの水底にはあった。

 

―――ここは何処なんだろう。

 

 そして最初に呟いた疑問に戻る。水底なのは分かりきっているけれど、これほど多くの船が沈んだ海が一体どこにあったのだろう。そんな場所は聞いた覚えも見た覚えもなく―――、

 

『―――知っているはずです』

 

 しかしそんな声が響いた。知っている、少し前にも聞いたことのある声だった。しかし、周りを見渡しても声の発生源であろう人物の姿は見えず、幻聴だったのだろうかと首を傾げて―――次の瞬間、闇しかないこの場所に、私の腰部のホルダーから二本の光が生まれ、それは私の前に像となった。

 

―――綾波ちゃんに暁ちゃん?

 

 その姿は見覚えのある二人だった。腰部のホルダー、カードが入っているソレから出た光から現れたのだとすれば当然かもしれない、けれど、やはり驚きは隠せない。何故、どうして二人の姿が出てきたのかと。疑問を問いかけようとする。

 

『―――知ってるはずなんだから』

 

 しかし、当たり前だけれど気泡がただ生まれるだけ。疑問の答えは返ってこないまま、暁ちゃんが先程綾波ちゃんの言った科白をもう一度繰り返した。

 

―――知っている? 何を?

 

 先程までの考えていたことに対しての言葉だとすればその意味は、私はこの場所を知っていると言いたいのだろう。だがしかし、そう言われても私の記憶には、鎮守府で目覚めてから少し前に気絶するまでの間にこのような場所なんて聞いたこともなければ見たこともない。

 

―――なら、二人が言っているのはそれより前、私の失われた記憶のことなのだろうか。

 

 わからない。そう言われても、脳裏にかすりもしない。全く心当たりがない。そう伝えようとしても言葉は伝わらない。どうにか伝えられないだろうかと目の前で腕を交差させてみるけれど、しかし綾波ちゃんと暁ちゃんと違って私の身体は真っ黒なままで、見えそうにもなかった。どうしよう。と、八方塞がりなこの状況に頭を抱える。そんな様子が伝わったのかわからないけれど、綾波ちゃんと暁ちゃんは二人とも少しだけ悲し気な色に顔を染めた。

 

『取り戻してください、光を』

 

『貴女を取り戻して』

 

『『それこそが―――』』

 

 最後の言葉を聞き取る前に、唐突に気泡のようなノイズが視界や聴覚に奔り、一歩前も見えない、少しの音もかき消される状態になっていく。

 

―――待って! まだ話は終わって……。

 

叫ぶように、しかし声は出ないままもがいてノイズを振り払おうとする。腕を振って、視界が開ける様にと目の周りを擦り、再び目を見開いて。

 

 

 

 

 

―――伸ばした手の先に見える見慣れた木目の天井に此処が医務室だと理解する。

 

「あ……夢?」

 

 今まで見ていたのは夢だったのだろうか? 客観的に見てしまえばそうかもしれないと思うけれど、それにしては奇妙な現実感があった。ただの夢じゃないはずだと思いながら手を降ろして起き上がり、腰のホルダーに手を掛けて、綾波ちゃんと暁ちゃんのカードを取り出して眺める。

 

「……何が言いたかったの?」

 

 二枚のカードに問いかける。当たり前だけれど答えは返って来なかった。

 

「―――」

 

 小さく嘆息しながらカードを仕舞い、ゆっくりと立ち上がってカーテンを引く。どうやら明石さん席を外しているらしく、誰もいない。この部屋から離れていいのだろうか? と、一瞬思うも、横目で見た時計は正午過ぎを示していて、そういえばとお腹が空腹を訴えてくる。書置きを残してから行けば大丈夫かな、と判断して紙とペンを探そうとして、その瞬間扉が開く音がした。

 

「失礼します……って、あれ? 吹雪ちゃん起きてるの?」

 

 開いた扉の方に目を向ければ少しだけ驚いたような表情の睦月ちゃんがそこに立っていた。夕立ちゃんはいないらしく、一人だった。

 

「起きてるけど……睦月ちゃんはどうしてここに?」

 

 今の時間、お昼過ぎであるから時間割的には確かに休み時間かもしれない。けれども特に外傷とかもある訳ではなさそうだし医務室に来る用事はありそうに見えなくて、首を傾げる。何を言っているの? と、不審げな目を返された。

 

「お見舞いに決まっているのね。というか驚いたんだよ? 今日半ドンで帰ろうかなーて思ったら明石さんに吹雪ちゃんが気絶しちゃったみたいって突然言われたんだから」

 

「あ、そっか……ゴメンね、睦月ちゃん」

 

 倒れれば心配されるのは確かに冷静に考えてみれば当たり前の話だった。頭を小さく下げると、睦月ちゃんはうむ、心配したけど問題なさそうだしよかったにゃしいとほっとしたように笑って、そういえばと人差し指を上げた。

 

「吹雪ちゃん起き上がれる? ならちょっと着いてきて欲しいのね」

 

「起き上がるのは大丈夫だけど……明石さんに許可取らなくてもいいの?」

 

 微笑んで睦月ちゃんは机の上にあった紙にサラサラと文字を書き、これで良しと言った。

 

「これで問題無いのね! さ、はりきってまいりましょー!」

 

「なんだかすごく怒られそうな気がするよ……」

 

 本当に大丈夫なのだろうか? そう思うけれど、まあ呼ばれたんだしついて行こうと決め、起き上がって靴を履いて外へと歩き出した睦月ちゃんについて行った。

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

「それで、結局何処に行くの?」

 

 睦月ちゃんに先導され、医務室などがある建物から出た所でそう尋ねる。あまり遠くに行く用事などではないだろうけれど、それでも何処に行くのかは知りたかったからだ。

 

「んー? それは勿論、教室なのね」

 

「教室に? またなんで?」

 

 先程睦月ちゃん自身も言っていたが、今日は半ドンの日のはずだ。昼過ぎた今の時間帯には既に勉学の時間は終わっているはずで、事実今私たちがいる外には何人かの駆逐艦の艦娘と見られる子たちがのんびりとしている姿が見える。

 

「あんまり細かい事は気にしなくてよいぞ。いわゆる着いてからのお楽しみにとっておくのね!」

 

「着いてからのお楽しみ……?」

 

 答えははぐらかされてしまって、そうすると今度は尋ねることもなくなってしまい、無言のままついて行くこと数分。少し前にも一度来た、教室の前に辿り着く。

 

「吹雪ちゃん、さあ、開けるのね!」

 

「うん、わかった」

 

 何かあるのだろうか。期待と不安が半々の中、ゆっくりと扉を横にずらして、

 

『初めまして吹雪ちゃん! これからよろしくねッ!』

 

 扉を開けた瞬間、大きな声の合唱が耳を通り過ぎていった。

 

「……はい?」

 

 ぱちくりと目を瞬かせて目の前にある現実に目を向ける。10人弱しか座れない教室の席は二ヵ所を残して埋まっており、教壇には先生であろう重巡級と見られる紫と白の服を着た長いウェーブのかかった髪の人がいる。何処からどうみても全員揃っており、とても授業終了後には見えなかった。

 

「にゃはは! サプライズ成功っ! なのね!」

 

「む、睦月ちゃんこれは一体?」

 

「よーするに、明日からよろしくって事に先駆けての顔合わせ会っぽい……」

 

 笑って答えない睦月ちゃんに、どこか疲れたような声色の夕立ちゃんが答えた。教室内を見渡せば机に突っ伏した様子でぽいぃぃと呻き声をあげている。そんな姿が完全に無視されている所辺りにどうしようもない不安を覚えた。

 

「あら、夕立ちゃんの事なら無視していいのよ? 宿題を忘れた罰で疲れているだけだからね」

 

 苦笑しながらその訳を重巡の方が話してくれて、そういえば昨日のアレか。と、自業自得だったことを思い出してなら当然かと納得する。

 

「あ、そうだったんですか……て、すみません、お名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」

 

「あらごめんなさい。確かに申し遅れてたわね。私、妙高型重巡の三番艦『足柄』よ。この教室においては担任の役割をしているわ。これからよろしくね、吹雪さん」

 

「は、はい、よろしくお願いします」

 

 差し出された手を取り握手をする。終えた所で、良しと足柄さんは一言言って、私の手を引っ張って壇上に立たせた。

 

「え、え、え?」

 

「はーい皆注目! 明日から此処で皆と一緒に勉学に励む吹雪ちゃんの自己紹介がこれから始まるわよ! しっかりと聞いてあげなさい!」

 

「ええ―――!?」

 

 無茶苦茶だ。というより心の準備も何も考えついてないんですけど!? そう叫びそうになるが、直ぐに周りからの視線の圧力が私を貫く。すごく居づらい、というより辛い。何か早く話さないと更につらくなりそうで、とりあえず頭が真っ白のまま口から言葉を吐きだした。

 

「と、特型駆逐艦吹雪です。これからよろしくお願いいたします」

 

「……それで?」

 

「えっと、あう……以上です」

 

「面白味がないわね、三点」

 

 手厳しい評価を受けてしまった。がっくりと頭を下げて、息を吐いた所で、それじゃああそこの席に座ってくれる? と、場所を指さされ、とりあえずそこの椅子に腰を落ち着けた。

 

「じゃあ皆! 後は好きなように挨拶して、そのあとは普通に帰っちゃって大丈夫よ」

 

 そう言ったかと思えば足柄さんは嵐の様に教室から出て去って行ってしまった。思わず早っと口から言葉が零れて、

 

「何? 貴女も速さに一家言あるの?」

 

 直後横からそう話され、そちらへと振り向く。金髪をうさ耳のようなカチューシャで止め、セーラー服を改造してへそ出し超ミニにした子がそこにいた。見た目のインパクトが大分すごかった。

 

「い、いや。私は速さにはそこまで……」

 

「あっそうなんだ。……アタシ『島風』じゃあね」

 

 一言返したところで興味を失ったと言わんばかりにそのまま言葉を置いて去っていった。何だったのあの子、と呟いてしまったのは悪くないはずだ。

 

「全くそうよね! ホント島風ったら一人で勝手に動いちゃうんだから!」

 

 そう言った言葉が島風のいた方向とは反対から上がった。振り向けば、既視感がある格好の少女が、そこにいる。

 

「ご機嫌よう。私は特Ⅲ型一番艦「暁ちゃん?」ええそうよってなんで知ってるの!?」

 

 驚きを隠せないその子、暁ちゃんの姿はやはり、私が持っている彼女のカードと何処までも一致していた。驚いてなんでと繰り返す暁ちゃんに、実はとホルダーからカードを取り出して、見せる。

 

「ほ、ホントに私が書かれてる! ……カッコいい」

 

 カードを見つめてきらきらと目を光らせている姿は可愛らしく、少しだけ頬が緩みそうになる。そんな暁ちゃんの横から、興味深そうにカードを見つめていた子が、こちらへと視線を向けた。

 

「初めまして、響だよ。それにしても吹雪、随分面白いものを持っているね、何処で手に入れたんだい?」

 

「それは……私にもわからないんです」

 

「そいつはまた随分とおかしな話だね」

 

 面白そうにクツクツと響ちゃんは笑い、そうそうと親指を自身の背後にいる二人に向けた。

 

「紹介するよ、妹の雷と電だ。雷はともかく電は内気だけど出来れば友達になってほしいな」

 

「ともかくって何よ! ……紹介に預かった通り、雷よ。これからよろしくね!」

 

「あ、あの……電です。どうかよろしくお願いします」

 

 こちらこそ、是非と頷いた所で、響ちゃんは姉さんもほら、と小突いて暁ちゃんを正気に戻した。

 

「んん! 改めて挨拶するわね! 私は特Ⅲ型駆逐艦暁よ! 一人前のレディだから、それ相応として扱ってよね!」

 

「う、うん?」

 

 いまいち意図が読み取れず、首を傾げながらだけれどとりあえず握手を交わす。

 

「ふふ、響ちゃんがお姉ちゃんみたいでしょ?」

 

「うん、そうだね。睦月ちゃ……ん?」

 

 正直に思っていたことと一緒だったため頷こうとして、一瞬覚えた違和感に声の方向を向けば、この教室でまだ挨拶していない最後の人、睦月ちゃんと同じ制服を着た少女が微笑みながらそこにいた。

 

「如月と申します。睦月ちゃんと声、似てるでしょ?」

 

「当然にゃしぃ! なんたって姉妹艦なのね!」

 

 通りで、と納得する。確かに雰囲気は違うけれどどことなく似通った印象があった。

 

「ちょっと駆け足だったけどこれで皆と挨拶できたのかしら? もし良かったら吹雪ちゃんの事をもっと知りたいし今ここにいる皆で間宮さんの所に行かない?」

 

「賛成なのね!」

 

「私達も大丈夫よ、ねえ、響!」

 

「ん、問題は特にないね。だろう、二人とも?」

 

「ええ!」

 

「電は、大丈夫なのです」

 

「え、ええ……」

 

 トントン拍子で後の予定が決まっていく。当事者なのにノリについて行けずどうしようかと困った所で、申し訳ないけどと声がした。

 

「……夕立、まだ反省文終わってないっぽーい。ぽーい……」

 

「夕立ちゃん……」

 

 あらあらと困ったように頬に手を当てた後、如月ちゃんはどうしましょうかと少し考え、じゃあと再び提案をした。

 

「15時過ぎに改めて親睦会を開きましょう? それくらいなら夕立ちゃんも終わるんじゃないかしら?」

 

「んー……頑張るっぽーい」

 

 じゃあ、それで決まり、また後でねと、如月ちゃんは去っていった。

 結局私が特に決める余地がないまま後の予定が決まってしまったけれど、明石さんに話さなくていいのかどうかが少しだけ気がかりだった。


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