吹く雪の祈り   作:ザミエル(旧翔斗)

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劇場版で明かされた設定でブッキーは特別な存在だというのに本編での戦いなどではあくまでもそれなりに優秀な艦娘。で、終わってしまったのでもう少し位特別感あってもいいよネ! 的な感じで書いた作品。
なお提督の夢は絶対修正する予定の模様。


第一話・プロローグ

―――堕ちている。

 

 下へ、下へ、下へ。ゆっくりと海の中を堕ちる。否、沈んでいる。口から、鼻から、耳から。ありとあらゆる穴から身体へと水が入りこんでいき、ゆっくりと、だけれど確実に私を死へと誘っている。それに抗うことは出来ない。身体を動かすという機能がまるでなくなってしまったかのように腕も、足も、瞼さえも動きを止めてただ沈んでいく。

 

―――痛みも、ない。

 

 沈んで、沈んで、沈んで。水底に辿り着いて、横たわる。海面は遥か遠くなのか僅かな光しか見えない。海面に出ようと手を伸ばそうとしても動かずに、唯々時が止まったようなこの場所で私は一人沈んでいる。

 

―――嫌だな。

 

 霞む思考が言葉を紡ぐことさえ億劫な中そう漏らす。息は既にない、冷たいという感覚も忘れてただ水底にいながら、されど嫌だと思った。

 

 

 

―――何にだろう?

 

 何が嫌なのかと疑問が浮かぶ。はて、私は一体何を拒絶しているのだろうと考えて、直ぐに思い至る。

 

―――……沈みたくないんだ。

 

 あまりに単純な話、私はただ単に死にたくないだけだった。生きとし生けるものとして当たり前の忌避、死が怖いという願いを自覚したその時から唯々ひたすらに死にたくないという思いが強くなってくる。

 

―――嫌だ、いやだよぉ……。

 

 悲鳴のような思いが零れる。生きたいと踠く声が助けを求める。

 

 

 

―――だが、暗い海の中で、鉄がただ沈み朽ちていくこの海の中で聞き届ける生命なんて当たり前のようになかった。

 

 

 

――――……。

 

 

 

 明滅。目覚める前、微睡にも似た霞んだ意識が光を浴びてはっきりと輪郭を得始めている。少しだけ呻き声の様な声を漏らしながら、明るい光の眩しさに徐々にはっきりとしてきた思考が目を開けようと頭に命令を送って、双眸がゆっくりと開かれる。

 

「―――まぶし」

 

 光に慣れていないのか視界は真っ白、痛くなるほどで、顔を顰めながら何度か瞬けばそのうちに目が慣れてきて木目の入った天井が瞳に映る。見慣れない光景だ。そう感じた所で、はたと疑問を覚えた。

 

「―――ここ、は?」

 

 何処なのだろうか? 意識がはっきりとしてきたところで見覚えのない景色であるという事実に疑問を覚えてそう言葉を零しながら自分の状況と周囲を改めて確認する。ベッドの上、病人が着ているような服を身に纏って寝かされている。周りを見渡そうとしても窓以外の方向は白いカーテンで遮られて確認できない。起き上がって状況を確認しようと判断して身体を起こして、コトン。と、その瞬間小さな音が響く。何かが落ちた音だ。と、理解して辺りを見渡せば、床の上に碇のような何かが落ちていた。

 

「……?」

 

 なんなのだろうか。疑問に思いながら手のひらより少し大きいそれを拾い上げて、まじまじと見つめる。鈍い鉄色、持ち手のような部分があり、そこから持てば碇の逆のような形になり、中央にある穴が目立つ。しかしそれだけで、正直に言って用途も使い道もわからないし、何かの役に立つようにも思えなかった。

 

『すみませーん、起きてますかー?』

 

「……えっと、私ですか? はい」

 

 カーテン越しに聞こえてきた声に、私へと向けられているとは思えなくて、だけどカーテンの目の前に影が現れたことで私に対して言っているのだと理解し、少し遅れてそう返事を返す。同時に手に持った碇のようなそれが手からするりと落ちてしまい、ベッドの上、布団の下に軽い音を立てながら落ちた。それを取ろうとしたところで、カーテンが開き、外からピンクに似た紅髪の女性がベッドの近くへと寄ってくる。

 

「お早うございます! 私、工作艦『明石』と申します。気分は大丈夫ですか?」

 

「えっと……あ、はい、お早うございます、大丈夫です」

 

 それはよかったです。と、いいながらペタペタと身体を触られる。突然すぎて碌に抵抗らしい抵抗を出来ないままに彼女、『明石』さんは目的を果たしたらしく少し小首をかしげながら頷いて、手を放した。

 

「いきなり失礼しました。触診で調べさせてもらいましたが一応身体の方に問題はないみたいですね」

 

「は、はあ?」

 

「ん? って、ああ、すみません。よくわからなかったですか?」

 

 頷く。ふむふむと明石さんも頷きながら近くの机に置いてあったらしい紙を持ち出して記入し始めて、直ぐにあ。と惚けたような顔で小さく呟きながらえっとすみませんと改めて話を切り出した。

 

「忘れちゃってましたのでまず此処の説明から始めさせていただきます。此処は呉鎮守府の入渠ドッグに併設された医務室です。主に小さな損傷や疲労による気絶の場合運ばれてくる場所ですね。で、貴女ですけれどこの両方に当てはまらないパターンで、少し前まで出撃していた部隊の方が海上で倒れこんでいる貴女を発見したそうです。こちらのデータベースで調べましたけれど貴女の外見に該当する艦娘は当鎮守府所属の艦娘にはいないみたいです。そこで質問ですが貴女のお名前と所属鎮守府は何処ですか?」

 

「私の、名前……」

 

 名前、私自身を表す、私自身であると示す、私自身だという証明。それはなんだと聞かれて、口を噤む。そんな私の姿に明石さんも何かあると察したのか困惑した表情で、

 

「えーっと、ひょっとしてわからないんですか?」

 

 確かめるように言われたその問いかけに私は俯くように頷くことでそうだと答えた。

 

 私は自分の名前がわからなかった。

 

 

 

―――……

 

 

 

「質問です。艦娘とはなんですか?」

 

「深海棲艦と戦う、私達のことです」

 

「じゃあその深海棲艦とは?」

 

「海の底から現れて、人類へと攻撃を仕掛けている正体不明の敵です」

 

「……では、現在の人類の状況は?」

 

「深海棲艦に追い込まれ、私達艦娘を指揮できる提督以外は内地に避難しています」

 

 そうですね。と明石さんは頷いた。

 

「うーん、話を聞く限り艦娘としての知識や一般的な知識は持っていますね。ですが自身に関することなどは全くわからないと」

 

 記憶喪失。そう判断されてから始まった一問一答形式での質問に答え続けて、体感で十分程度の時間が経過して、ある程度質問が終わった後に明石さんはそう呟いて、手に持ったペンで先程から書き込んでいるボードをカツカツと叩きながら、暫し思案顔で俯く。そして考えが纏まったのか頷いて、私を見た。

 

「とりあえずこちらではこれ以上の対応は望めないですね」

 

「……はあ?」

 

 どういうことなのかと首を傾げて、それを見た明石さんがええっとですねと言いながら手に持っていたペンとボードを置いて、視線を合わせた。

 

「こっちでは事情を調べるまでしか出来ないのでそれ以上、つまり貴女の身元確認や確認が取れるまでの間をどうするのかはこちらでは判断できないんです。なので申し訳ないですけれど今から一緒に提督の所まで付いてきて一緒に説明して貰えますか?」

 

 そういうことならばそうするしかないのだろうと頷いて肯定の意を示す。それはよかったです。と明石さんは言葉を言いながら立ち上がり、室内に置いてあったらしい木製の籠をこちらへと持ってきて、中身をベッドの上に並べた。

 

「こちらは貴女が発見されたときに着ていた衣服だそうです。洗濯はしてありますのでカーテン閉めますから着替えちゃってください。私は外で待っているので着替え終わったら終わったらすぐ右手の扉から出てください。いいですか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 では待ってますね。と、言って明石さんが出ていく音を聞いて、改めて目の前に用意された衣服―――私が元々着ていたらしい服に目を向ける。白と青、その色が目立つ、よくある一般的な水兵服。手に持ってみても、記憶に何か掠るようなものはない。本当に私の服なのだろうかと少しだけ呟きながら、脳裏に浮かぶ着方に従って上下を手早く着揃えて、スカートのボタンを留めようとした時に、スカートの側面にホルダーのようなものが左右ともについている事に気付いた。

 

「……? あ、ひょっとして」

 

 一つは中身が入っているのか薄いけれど硬い何かに触れた感覚があり、もう一つは空なのか柔らかい布製の感触を伝える、少しだけ何のか疑問を浮かべて、一つだけ思い当たる節があってベッドの上の布団をズラす。先ほど落とした碇のようなものを手に取って、それを腰のホルダーの一つ、空いてる左側の方へと入れれば、丁度中に納まりきる。やっぱり。と、思うと同時に本当に自分の物だったんだ、と少しだけ驚く。

 

「右側のホルダーは……カード?」

 

 元々物が入っていた右のホルダーを開ければ、中から手のひらサイズのカードが出てくる。取り出してみればそれは二枚あり、しかしそれ以上の情報がない。片面には蒼い模様が刻まれているけれどもう片方の面は真っ白で、何も書かれていなかった。

 

「碇といいこのカードといい私は一体何を持ってたんだろう……」

 

 呟きながら訳の分からないカードを元の場所へ仕舞う。記憶をなくす前の自分はどういう考えで、なんの意味があってこの二つを持っていたのか、それに首を傾げながら部屋にあった姿鏡へと目を向けて服装に問題がないことを確認してから扉を開いた。

 

「あ、着替え終わったみたいですね」

 

 扉を開けるなり、正面にいた明石さんが私を捉えてそういい、そのまま観察するようにぐるりと、私の周りを一周する。そして改めて正面へと戻ってきたところで頷いた。

 

「見た感じやっぱり駆逐艦みたいですね」

 

「……わかるんですか?」

 

 そりゃあもちろんと頷かれる。

 

「身長や顔つきを見れば大体は読めますね。ただまあ、龍驤さんみたいな駆逐艦と思ったら実は軽空母っていう詐欺パターンがありますけれどさっき夕張……趣味で手伝ってくれる子が貴女の艤装を調べて駆逐艦の物とわかりましたから」

 

 なるほど、と納得する。艤装は一人一人に合わせて存在している。そしてその大体の形は艦種によって決まっているのだから、調べてみれば一発でわかるのはまあ、当たり前だ。

 

「でも、それなら私の事もわかるんじゃ?」

 

「いえ、艤装を見ればどの種類の駆逐艦かまではわかりますけれどそれ以上は無理ですね。何せ数が多いので」

 

 ならば仕方ないか。そう思いつつ、でも諦めきれなくてせめて少しでも情報はないかと思いついたことをそのまま尋ねる。

 

「せめて何型か、とかはわかりますか?」

 

「それくらいなら報告してもらっているので分かりますよ。えっと確かこの辺りに……あったあった。報告によれば、特型駆逐艦みたいです」

 

 特型駆逐艦。それが自分を示すのだと漸く知って、しかし何処か他人事のように実感は湧かなかった。

 

 

 




碇型の輪っかと二枚のカード。

一体どんな特別なんだ……(棒)

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